日本のイエ制度

家族制度
家父長制
核家族制度
民主主義と個人主義

日本のイエ制度

 明治初期から昭和20年の民法改正まで、日本の家族制度は他国にはみられない独特な社会的性格を持っていた。江戸時代は、士・農・工・商の身分制度が厳しかったが、武士階級と豪農や豪商などの一部の支配階層を除けば、内部の家族生活は比較的自由であった。明治時代に身分制度は廃止されたが、国家的統合を安定化させるために、武士階級のイエ制度を民法に導入した。そして、教育勅語を中心とする教育などにより、庶民の家族生活を強く規制した。これは当時の欧米の先進列強国の力が極東まで影響していたので、後進国の日本が国力を養いつつ、外国からの侵攻を受けないように軍備を急速に整える必要から生じた。つまり、国の財政が貧しく社会保障も福祉も皆無に近い時代に、富国強兵を急ぐには産業の振興と軍備の拡充が急務であり、優秀な労働者と兵士の育成を家業や家族に求めたのである。このイエ制度による家族は、社会の安定と発達を支える不可欠な基礎単位となり、地域社会や国家組織に組み込まれ、構造化した強固なものになっていった。

 イエ制度とは、家族生活の物財的資源を均等相続せずに、強固な大家族を維持することを前提にして、物財的資源(家産)と人的資源(家督)の集中管理と運営の意志決定を家長の直系である子供(多くは嫡子の長男)に委ねることを基本している。また、家族は、本家(嫡系)と分家(傍系)の家族集団に組み込まれ、本家中心の家業と親族の擁護により、広範な相互扶助が行なわれた。このような本家筋を中心とした親族集団は農山村の地域社会に浸透していった。その理由は、経済条件が悪く政治的な社会保障が欠如していたので、家族を離れると暮らす場所がほとんど無かったからである。この家族生活は和の思想が絶対的に重要であり、家族の家風に基づいて各自の役割があり、役割に忠実に従えば生涯にわたる保護と保障の支援と報酬が与えられた。役割にそわない者は攻撃され否認され、重い場合には追放や排除の阻害と罰が加えられ、廃嫡処分、勘当や離縁、強制隠居をさせられることもあった。

 イエ制度の和の本質は、家族の支配と依存の関係があり、慈愛に対する尊敬と恩に対する報恩的服従を前提にしている。これはタテ社会の身分秩序の中で、盲従が美化されて、恩と義理の思想が展開していった。この和の思想は、集団の利益的な存続のためにあり、封鎖的な集団的エゴイズムになり易く、限られた集団の内部で固く結ばれ、他の集団には敵対や不寛容があらわれる傾向にある。集団の内部の親密さは、親分と子分、先輩と後輩等の序列意識が強くなり、道理より義理、論理より感情、個人より組織を優先した。そして、個人的能力より高年齢が尊ばれ、忠孝の家族主義的イデオロギーがイエ制度を強化した。すなわち、これは個人を外から規定する権力への服従であり、権力への違反には外的制裁が加えられ、一方が権利を持ち一方が義務のみを負う非人格的な関係の上に成立している。

 イエ制度において、子供達は、出生時から役割の期待が異なり、将来本家の家長となる跡取り(多くは長男)と、分家して本家の補助者あるいは独立的に都市勤労者となる他の子供(多くは2、3男)、他家の嫁となる女子とでは、格差のある対応と躾と責任分担がなされた。このような子供の躾と家庭教育は極めて重要であり、もし、子供がうまく育たない時は、家族が崩壊して親も老後には路頭に迷うことになりかねなかった。また、男子のない場合には、男子を養子に迎えた。この家族の躾は地域や社会全体の忠孝を中心とする統一的な道徳価値の構造に組み込まれた。そして、多くの人々は、子供時代にイエ制度の育成家族で過ごし、それなりに納得し信頼して、安定と満足を感じていた。

 結婚は、家族にとっても当事者にとっても、イエ中心の意味合いが強く、個人的な恋愛より見合い結婚が多かった。イエ存続のためには、家長としての夫と主婦としての妻の役割、生産のための家業の経営者と家族従事者の役割、家族の存続を確保する出産と育児及び老親扶養の役割があった。見合い結婚は、家風の相違や両家の暮らしぶり等を慎重に見極めて、類似と釣り合いを判断基準にして進められた。嫁入りする女子には「子にあっては親に従い、嫁いでは夫に従い、老いては子に従う」三従の躾が育成家族で行なわれ、婚家先への順応性を高める準備をしていた。老後の生活は、先祖からの伝承や慣習を大切にしつつ、家族の中心として権威と統括と支配権をもって、家族や親族や地域社会にわたり安定と発達を図っていた。そして、この役割と責任が果たせなくなると隠居する制度があり、孝行の道徳価値に裏打ちされていたので、心身も社会生活も今日より恵まれていた。しかし、一方でこのイエ制度は明治時代以降の天皇を頂点とする軍国主義を助長した。

 昭和20年の敗戦により、日本は連合国軍が進駐しその総司令部(GHQ)の支配下に入った。総司令部の占領政策は、日本の国家と社会の体質を変革して、再び侵略と戦争を引き起こさないようにすることであった。そして、米欧の文化や制度をやや理想化して、自由主義陣営の発達のために日本を保護育成しようとした。政治、軍事、経済、福祉、イデオロギー等、戦前や戦時中の公的制度の根幹をほとんど廃棄し、家族については、新憲法や民法改正、教育基本法、児童福祉法等により、民主主義と個人主義へ変革していった。したがって、直系家族によるイエ制度は廃棄され、夫婦中心の核家族制度への転換が進められた。

 従来の日本の国家や社会構造を支えたイエ制度の和は、支配と依存の関係に基づいており、占領政策を忠実に受け入れてその効果が顕著に表れた。そして、それは敗戦直後の大混乱を防止し、忠実で旺盛な労働意欲と共に、驚異的な経済復興と高度経済成長を支えて、日本は西側自由主義陣営の有力な国になっていった。この日本経済を支えた経営企業体は、家族主義的性格の強い労務管理に基づいており、温情主義的性格があり、年功序列や終身雇用の制度、根回しや稟議制度に見られる分権的な集権関係がある。これらはイエ制度の遺制のひとつであり、富国強兵に類似した富国強労働者として作用した。縁故採用、本給以外の手当て、業務外の個人的な慶弔、家族への慰安行事等の温情主義は、封建的な主従関係に基づくもので、暗黙の了解と義理人情によって、企業への従属と協調を強制している。業績や能力よりも学歴や年功を重視して、賃金や昇進を規定する年功序列制度、及び生活に安定感を与えて、熟練労働者の確保や帰属意識の育成を目的とした終身雇用制度もイエ制度の名残りといえる。根回しや稟議制度は、年功昇進により管理者の能力が内外の変化に対応できないとき、組織内の優秀な若手に立案機能を委任して、決定権のみ上層部の役員が行なう方式である。そして、封建的な忠誠心や勤勉と節約、勤労大衆を中心とした民間人の創意に活動の余地を与えたことが経済発展の理由と言われている。

 家族主義的な人間関係の支配は、各種の文化団体の中にも認められる。茶道や華道及び各種日本芸能の家元制度は、伝統的芸能を伝えその芸能の一切の権利を独占し、各家元集団が独自の制度と行動様式を持っている。家元と弟子は擬制的な家族形態であり、芸以外のことについても拘束を受け、その師弟関係は主従関係とも類似している。家元はすべての相伝権を独占し、家父長的な絶対的権力を持ち、一定の技能を習得すると名取が与えられて家元の分身(分家)となり、社会的承認によって権利と義務が生じ、多くの民衆を相手にして生計の維持が可能になる。この場合は家元の庇護に対して謝礼金を支払うことが義務づけられ、家元集団は芸術を自由に創造するという団体より、師弟の義理で結ばれた営利団体の性格がみられる。なお、広義には博徒ややくざ集団にもイエ制度に類似した親分子分や義兄弟の契り等の身内による結束がみられる。揃いの服を着たり、揃って慶事の参加や墓参りをする慣習もある。

 戦後の民主主義と個人主義の普及は、イエ制度の崩壊とともに、家族生活を大きく変えた。最初は、第一次ベビーブームにより、家族が最低限の生活確保に明け暮れ、子供の保護や指導が不十分であった。その後、婚姻率の低下、産児制限の普及、住宅の逼迫と狭小、育児費の抑制と生活水準の向上意欲等により、出生率は大幅に低下した。親子関係は、イエ制度による包括的な生活基盤を社会的に否定され、新教育を受けた子供達から親は古くて封建的と批判された。しかし、学校での新教育が理想的で多分に観念的であり、現実の家族生活は、親の生活力や扶養力の格差から、どう対応すべきか分からなかった。そして、高度経済成長とともに、大量の人口流動による都市の過密と農山村の過疎が生じて、家族の分解と核家族化が進んだ。

 経済成長と生活水準の向上により、利益を受ける若年層の家族と恩恵の少ない老人世帯を分離し、親族や地域社会の絆を振りきり、自己中心的なマイホーム主義に走った。このことは、孤立した家族や老人問題の起因となり、高齢化時代の老人の心身や生活の保障と扶養等が経済的にも日常生活の上でも重大化してきた。親子の断絶や家庭内暴力、過保護や競争からの落ちこぼれ、女性の進出と脱家族化、安易な恋愛結婚による離婚の増加等も表面化してきた。

 イエ制度は支配と依存の人間関係が前提にあり、民主化の基本は支援と安定の人間関係を維持することにある。核家族や単身世帯が増加しても、人は家族を失って一人で生きていくことは難しい。本来、家族には心身の保護機能があり、子供への指導や支援及び心理面や精神面での緊急対応を可能にする。そして、自主的な批判的精神と責任感の発達、近代的な契約意識や社交性の育成等、主体的に他人、集団、文化、社会、自然と共に感じて共に生き、調和と調整による家族の発達機能も大切にしなければならない。現代は、イエ制度が崩壊して、社会や経済の発展とともに、生活水準も向上してきたが、家族や個人の自己中心的傾向が強まり、集団性の喪失と家族分解の方向にある。しかし、家族は人類最古の集団であり、家族無くして人類社会の存続と発展はあり得ない。イエ制度の持つ長所として、家族、親族、地域、企業、社会の全体的な発達と保護のバランス、結婚による配偶者選択の慎重さ、子供に明確な役割を与える躾や教育、老人の地位の復権等は、今後も生かして行くべきであろう。

(文責:yut)

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