磁石の話と電子管

磁石
超伝導
電子管

磁石の話と電子管

 磁石はマグネット(Magnet)と呼ばれる。磁石は紀元前600年頃、ギリシアのマグネシア地方に天然の磁鉄鉱が多量に産出したことからマグネットと呼ぶようになった。馬蹄形の磁石には砂鉄が吸い付き、方位計あるいは電磁石を用いた電磁継電器やモーター等、子供の頃から親しみがあった。中国では、春秋戦国時代に磁石を用いて南北を指す指南車が存在していた。日本では「続日本紀」に近江の国で磁石を見つけ天皇に献上したとあるが、天然の磁石岩は和歌山の竜門山にあるらしい。科学的には、ギルバート(1540-1603)の磁石論、エルステッド(1777-1851)の電流による磁気作用の発見、ファラデー(1791-1867)の電磁誘導の法則、フレミング(1849-1945)の右手の法則、世界で最初に合金磁性体であるKS鋼を発明した本多光太郎(1870-1954)等などの業績がある。

 磁石にはN極とS極がある。同じ極は反発し、異なる極は吸引する。磁気はN極又はS極に集中し、N極とS極との間にループ状の磁力線が存在する。磁力線が存在する場所が磁場であり、磁場の強さが磁束密度である。正確には、磁場を磁力と関連付けたcgs単位系および磁場をコイル電流と関連付けたSI(MKSA)単位系があり、cgs単位系ではガウス(G)、SI単位系ではテスラ(T)が磁場の強さの程度(磁束密度)の単位に使われる。磁力線の中で銅線を動かすと電流が流れ、コイルに電流を流すと磁力線が生ずる。この電磁誘導は電磁波を生み、無線電信を可能にした。

 マイクロ波電子管の開発において、直線型の電子流(ビーム)を収束するために、電磁石や永久磁石が使用される。電磁石は電流を流すと磁石になり、電流を切ると磁石の機能が無くなる。一方、永久磁石は磁力を永久的に保ち、磁力を発生させる外部からのエネルギーを必要としない。UHF帯の直線型大電力クライストロンでは、主に電磁石を電子ビームの収束に使用し、コイル周囲の磁場を磁気シールドで遮蔽する。この場合、収束磁界外に打ち出される電子ビームの拡がりの状況はコレクターを設計するために必要不可欠である。また、マイクロ波電子管の大電力化と高周波数化が進み、電子ビームはより細く高密度にするために、小型でより強力な磁束密度を持つ収束磁界が必要になる。

 電磁石以外に磁気エネルギーを発生する永久磁石は、天然磁石でなく、人工的に造られる。そして、アルニコ磁石と呼ばれるMK鋼(Al−Ni−Fe)をベースにした合金磁性体が広く用いられた。しかし、より高いエネルギー積を持つ永久磁石が求められ、サマリウムコバルト系の希土類磁石が開発された。エネルギー積は磁石のエネルギーが磁界の強さHと磁束密度Bの積で表示され、永久磁石の特性が減磁曲線(B−H曲線)によって表される。特に、エネルギー積が最大になる動作点が注目され、BとHの比(B/H)はパーミアンス係数と呼ばれる。パーミアンス係数は磁石形状に影響され、エネルギー積が最大になるパーミアンス係数を持つ形が重視される。例えば、永久磁石の形状が角型の場合、縦と横が等しく、出来るだけ長い形が好ましい。また、磁石の磁気的性質として、磁場配向により異方性を強くすることで、強力な磁石を造ることができる。

 このような永久磁石をマイクロ波電子管の電子ビーム収束装置に用いると、小型でより強力な収束装置を得ることができる。当初は動作周波数が数GHz帯の直線型大電力クライストロンに使用され、より強力な収束装置が生まれると、ミリ波帯の大電力マイクロ波管への適用が可能になった。しかし、磁場の磁気シールドが難しく、磁場の漏れを完全に遮蔽することができない。このため、コレクターに打ち出される電子ビームの拡がりの状況は磁場の漏れを考慮しなければならない。さらに、進行波管には周期磁界(PPM収束)が使用され、周期性のある磁界に収束されるため、電子ビームの安定性とその状態が進行波管の特性を左右する。そこでは磁力の強い周期磁界を形成することと電子ビームの安定性との整合性が問題になった。この理論的な基礎を与えたのがマシュー方程式である。

 より強力な磁場を求め、超伝導電磁石にも挑戦した。ジャイロトロンと呼ばれるミリ波帯の新しい大電力電子管を開発するためである。高温超伝導体が発見される直前のことであり、要求された磁場の強さは数テスラである。この強い磁場の磁力線に電子を巻き付かせ、電子のサイクロトロン運動を実現させるのである。ちなみにジャイロトロンの動作原理は、サイクロトロン運動をする電子に高周波の電磁界を作用させ、そのエネルギー授受による相互作用を用いて電子の持つ運動エネルギーを電磁波に移し替える。この現象は電子運動の相対論効果を利用しなければ起らない。超伝導体の特徴は、電気抵抗がゼロになり、磁力線が超伝導体の進入せずに排除される。電気抵抗がゼロになるということは永久電流が存在することを意味し、後者の性質はマイスナー効果と呼ばれ、超伝導体に永久磁石のN極又はS極のいずれを近付けても反発する。問題は電気抵抗がゼロになる臨界温度が極低温であり、液体ヘリウムを使用しなければならないことである。後に液体窒素で動作する高温超伝導体が開発されて実用化されるが、この時に用いた超伝導体はニオブ・チタン系の材質であった。

 永久磁石の磁場を発生するメカニズムは電子スピンにあるという。電子スピンは核外電子の自転運動である。一般に、物質の原子の核外電子構造(電子軌道)は、プラスとマイナスの反対向きの電子スピンが一対になって存在する。この場合、電子スピンが互いに打ち消しあうので磁気は発生しない。しかし、多くの原子の中には、対を持たない電子を持つものがある。鉄やコバルトやニッケル等がその代表例であり、電子軌道の構造から3d元素と呼ばれる。他のグループには希土類元素があり、電子軌道の構造から4f元素と呼ばれる。物質内で電子スピンがバラバラに向いていると磁性は無く、電子スピンが一方向に揃うことにより強い磁性を帯びる。核外電子の公転運動すなわち軌道運動によっても磁場は発生する。つまり、電子が原子核の回りを回転すれば、電子流が周回運動することになり、コイルに電流が流れることと同じになる。すなわち、物質の磁性は原子核を周回する電子の働きによっても得られる。

 電流は電荷の時間変化であり、電子の動きが電流になり、電流が流れると磁場が発生する。電流(電子運動の時間変化)のあるところに磁場がある。電流を利用して磁場を生成するのが電磁石、電子スピンや電子の軌道運動の性質(電子磁気モーメント)を利用して磁場を生成するのが永久磁石である。原子核も磁気モーメントを持つが、NMR核磁気共鳴のような現象を除き、一般の磁石では無視してよいとされる。鉄やコバルトやニッケル等の合金で造られる磁石は主に電子スピンを利用している。サマリウムやネオジムを用いた磁石は、電子スピン以外に核外電子の公転運動が利用され、より強力な磁場が得られる。電場と磁場及び電子運動との関係に魅せられてマイクロ波管の開発に従事することができた。

(文責:yut)

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