エントロピーについて

エントロピー
熱力学エントロピー
統計エントロピー
情報エントロピー

エントロピーについて

 エントロピーは、1865年ドイツの理論物理学者クラウジウス(1822〜1888)が熱力学の基本概念として、物理学の体系に導入したもの、その語源は、ドイツ語の「Entropie」、「内へ」という意味の接頭語「en」と「移り行くもの、方向の反転、変化」等を意味するギリシャ語「tropie」との合成語である。接頭語「en」は英語の「in」のこと、熱帯は「トロピカル」であり、「トロピ」は熱に関係ある語、強いて訳せば、エントロピーは「反転の内包量」となる。このため、エントロピーには適切な日本語訳がない。

 エントロピーSの定義は、クラウジウスの「熱力学エントロピー」S:S=Q/T(または凾r=凾p/T)、ボルツマンの「統計エントロピー」S:S=k logW、シャノンの「情報エントロピー」S:S=−ΣP log P がある。これらはそれぞれに意味がある。まず、最も基本的なクラウジウスの「熱力学エントロピー」Sについてを考える。クラウジウスのエントロピーSにおいて、Qは熱量、Tは絶対温度である。

 例題1.0℃(摂氏)の氷が1(グラム、g)溶けて、0℃の水になるときのエントロピーの変化は? 但し、氷の融解熱を80cal/gとする。

[解] S=Q/T=熱量(カロリー、cal)/絶対温度(ケルビン、K)
     =[80(cal/g)×1(g)]/[0+273](K)
     =80/273(cal/K)=0.29(カロリー/ケルビン)

[解説]絶対温度0度(K)は−273℃のこと、自然界では−273℃以下の温度は存在しない。したがって、−273℃を0K(ケルビン)とし、絶対温度と呼ばれる。また、融解熱は潜熱のこと、氷から水になる時、その温度が変化せずに熱量のみが必要になる現象のことである。

 例題2.この例題は、主として「参考文献:君はエントロピーを見たか?、室田 武、朝日文庫、朝日新聞社」による。

 いま、人間と大気をまとめた一つの系(システム)を考え、人間体温37(℃)=37+273(K)、汗をかき、1000calの熱量を大気に放出するものとする。人間の体から逃げる(失った)エントロピーSは、S=Q/T=熱量(cal)/絶対温度(K)=1000/310=3.2(cal/K)・・・これは人間が失ったエントロピーSとなる。また、大気の気温は、簡単のために、0(℃)=0+273=273(K)とすると、大気が人間から1000calの熱量を得るので、大気が得たエントロピーS’ は、S’ =Q/T=熱量(cal)/絶対温度(K)=1000/273=3.7(cal/K)・・・これは大気が得たエントロピーS’ となる。人間と大気をまとめて一つの系(システム)と考えているので、失ったものをマイナス、得たものをプラスとすると、−S+S’ =−3.2(cal/K)+3.7(cal/K)=0.5(cal/K)・・・これはエントロピーの増大を意味する。汗は、体内に溜まった廃熱が水に吸収されて体外に出たもので、その分だけエントロピーが廃棄された。つまり、汗という衣装をまとったエントロピーを見ていることになり、体外排泄物は一種の廃棄エントロピーである。この現象は「熱力学の第二法則」であり、「エントロピー増大の法則」とも呼ばれ、宇宙のあらゆる変化はエントロピーが増える方向にのみ起こる。ただし、生命現象などにエントロピー減少の例外がある。なお、熱力学には4つの基本法則(後述)がある。

 熱や仕事はエネルギーの出入りの時の形態であって、状態量ではない。状態量とは、状態を現す量、例えば温度・圧力・体積などのことである。「熱をいくら貰っているか」「仕事をどれだけ蓄えたか」と言う表現は正しくない。よく間違えて使われる「風邪をひいて熱がある」と言うのは正しくなく、「風邪をひいて体温が上がった」と言うべきである。熱や仕事はエネルギーの出入りのことである。例えば、気体の入っている密閉された体積Vの箱を考える。箱の中は何もないように見える。しかし、気体が入っている。この箱の外部から、ある力を加えて箱の外壁を縮ませるという仕事をする。箱は圧縮により縮み、また逆に箱が膨張すれば外部に仕事をする。すなわち、仕事の出入りによって、必ず箱の体積Vという状態量が変化する。それでは、熱量が入ると必ず増加し、熱量が出ると減少し、熱量の出入りが無ければ一定量に保たれるような状態量は何か? その解答がエントロピーである。温度(絶対温度=普通の摂氏温度+273度)Tの物体に、熱量Qが流れ込む(流れ出る)とする。その時、何かの状態量が「Q/T」だけ入ってくる(出て行く)とクラウジウスは考えた。そして、この状態量にエントロピーS(クラウジウスのエントロピー:S=Q/T)と名付けた。

 ここで余談、何故に記号「S」としたのか?「State」(状態)の頭文字「S」を使用したとの説もある。「entropy」の頭文字「E」はエネルギー記号に使用済であった。物理学では、「P」圧力、「Q」は熱量、「R」は気体定数、「T」は温度、「U」は内部エネルギー、「V」は体積、PQRTUVは使用済、「S」のみ未使用なのでエントロピーの記号を「S」にしたとの説もある。これらの物理学の記号は万国共通である。

 ところで、「熱力学の第一法則」(エネルギーの保存則)は、宇宙のエネルギーが保存されるという。エネルギーはいくら使っても保存され、何も問題は起こらないと考えるのは間違い。問題はエネルギーの総量ではなく、エネルギーの質に問題がある。では、エネルギーの質とは何か? いま、高温物体(高温槽)から作業物質(作業させる物質)がエネルギーを熱量として取出し、周囲に仕事をし、残りの熱量を作業物質が低温物体(低温槽)へ捨てる(渡す)とする。自然界のエネルギーの授受はこのようなモデルにすべて置き換えられる。この場合、エントロピーは「(取り出した熱量)/(高温槽の温度)」だけ減少し、「(捨てられた熱量)/(低温槽の温度)」だけ増加する。高温槽の温度は低温槽の温度より高いので、減少したエントロピーと増加したエントロピーの合計は、「例題2」と同様に、結果的にエントロピーが増加する。すなわち、エネルギーが高温で蓄積されると、そのエントロピーが低く、その価値(質)は高い。一方、エネルギーが低温で蓄積されると、そのエントロピーが高く、その価値(質)は低い。つまり、エントロピーはエネルギーの価値(質)判断に使用される。

 宇宙のエントロピー増大が自然の向かう方向、これが「熱力学の第二法則」(エントロピー増大の法則)であり、低温で蓄積されるエネルギーに対応して、変化の自然な方向はエネルギーの価値を低減させる方向なのである。つまり、捨てたエネルギーが蓄積されている様子を現しているのがエントロピーなのである。石炭や石油は燃やすたびに、宇宙のエントロピーを増加させ、蓄積されたエネルギーの価値は低下する。私達はエネルギー危機にあるのではなく、「エントロピー危機の淵」にいるのである。私達がなすべきことは、エネルギーの省力化とエネルギーの価値を節約することである。なお、「熱力学の第零法則」(熱平衡の法則)とは、2つの物体を接触させておくと、やがて同じ温度になり、熱平衡が成立する。「熱力学の第三法則」とは、エントロピーは絶対零度で「0」になるということである。これらが熱力学の第零、第一、第二、第三の四つの法則の意味である。

 現代は石油消費型の社会、大量の石油がエントロピーを増大させて廃熱に化している。特に、原子力発電は、発電量に比例する量の廃熱と放射性物質が発生する。廃熱は、温排水となり、海中に捨てられ、海水を温暖化し、漁業に悪影響を与え、地域的な異常気象を起こしている。放射能を持つ廃棄物は、捨て場がなく、そこには致命的なエントロピー問題やエントロピー危機が生じている。放射能物質を鉱山から掘り出すとき、また、それを使用可能な原子力燃料に加工するときに多大なエネルギーが使用されている。

 森林伐採と砂漠化、石炭時代の公害、石油時代の気候温暖化や異常気象、さらには土に返らぬ石油製品廃棄物など、石油の燃焼に伴って「熱エントロピー」が加速度的に増加し、捨て場のないエントロピーが地球上に広がる。人間が地球上に存在しなければ、このようなことは起こらなかった。「エントロピー危機」は人類とエネルギーの関わりの中から姿を現してきた。これまで述べてきたように、宇宙のエネルギーは一定(「熱力学の第一法則:エネルギーの保存則」)、また宇宙のエントロピーは増大しつずける(「熱力学の第二法則」)のであり、エントロピーは熱の持つ基本的性質である。またこれらは熱の属性であり、熱が移動すると、それに伴ってエントロピーも移動する。しかし、人や生物が生きて行く過程そのものは、エントロピー増大の過程でもある。適切な速さでなく、急激に増大するエントロピーを捨てる場所が私達の生活圏の中で少なくなっている。このことが問題なのである。エントロピーを捨てる場所が近くにあることは生物が生きるために必要である。外部にエントロピーを捨てる能力があるシステムのことを「開放定常系」という。地球は幸いにも「開放定常系」である。エントロピーの廃棄という視点で見ると、蒸気機関は水にエントロピーを捨て、内燃機関は空気にエントロピーを捨てるエンジンである。生命活動は、エントロピーが増えることを前提に組立てられており、増え続けるエントロピーをどう捨てて行くかが問題になる。最終的に、水がエントロピーの捨て役を担い、地域によっては、水は石油よりも高くなることもありうる。生物の「更新性」、例えば、秋に草花が枯れ、春に花が咲く、それは何故か? この地球は水惑星であり、土があるからである。このことに槌田敦教授(名城大学教授:環境経済学)が1975年頃に気付いた。地球は太陽からエネルギーを光と熱の形で貰っている。エントロピー増大の法則から捉えると、この太陽エネルギーは次第に劣化し、やがて廃熱になって終わりになる。幸いに、地球は水惑星であり、劣化して廃熱になった部分を水によって、地球外の広大な宇宙空間にうまい具合に捨てることができる。地球に太陽光が降り注ぎ、海水などが水蒸気に変化し、水蒸気は空気よりも軽く上昇するが、ある程度の上空で低温の大気に触れ、断熱膨張により急激に膨張し、同時に断熱冷却と言う冷却現象が起き、地表面で吸収した熱を輻射の形で地球外へ放出する。大気圏へ廃熱を捨てた水蒸気は、氷の細粒になり、集まって雲になり、雨になって地表に降る。数億年前から、この水の循環が定常的に続き、地球において非常に大切な機能を果たしてきた。生命は水が無ければ在り得ないのである。

 太陽熱を受ける時は比較的に高い温度(絶対温度で290K=17℃程度)で受け、大気圏上層部で熱を外へ放出する時は氷点下の温度(絶対温度で250K=−23℃程度)で放出する。この水の循環を通じて、地球は熱エントロピーを大気圏の外へ捨てており、槌田教授は、生物がその体内に増大するエントロピーを体外に捨てる能力を持つことに着目し、そこに生物の本質を認めようと考えた。人間は体重の半分以上(約65%)が水であり、この水の持つ熱エントロピー廃棄能力に人間生存の条件を見た。生物が熱エントロピーを捨て続けて生存できるのは、結局のところ地球が熱エントロピーを捨てる能力を持っているからである。生物は廃熱を水に吸収して貰うことで、熱エントロピーを一定の低い水準に保つことができ、生物の系(システム)を生きている系とすれば、地球そのものも広い意味で生きている系と見ることができる。

 ボルツマンの「統計エントロピー」Sは、S=k logWで表示される。この時、ある集団に属するミクロ状態の数がW、kはボルツマン定数:k=1.38×10−23J/K(1cal=4.186J)[「J」はSI単位系のジュール]である。集団内のミクロ状態はマクロ的には同一、乱雑な状態ほどWが大きく、熱平衡状態においてWは最大になる。この場合、「log」は自然対数「ln」、単調関数であり、Wが最大の時に統計エントロピーSは最大になる。現象が熱平衡状態に向かうということは、最大のミクロ状態の数になるということと同じ意味である。いま、個々の粒子のエネルギー状態をεj(j=1,2,3・・・)とすると、ある集団の粒子数N、それぞれのエネルギー状態εjにある粒子数njとすれば、ある集団に属するミクロ状態の数Wは、

   W=N!/(n1!・n2!・n3!・・・nj!・・・) 但し、「!」は階乗であり、
   S=k logW=k(NlogN−Σnj lognj) 但し、「log」は自然対数「ln」となる。

 シャノンの「情報エントロピー」Sは、S=−ΣP log Pで表示される。情報理論における情報エントロピーは、情報源を観測したときに得られる情報量の期待値のこと、平均情報量とも呼ばれる。ある確率分布P(x) をもつ確率変数x が与えられた時、S=−ΣP(x) log P(x) は確率変数x の情報エントロピーと呼ばれる。確率変数とはある起り得る事象のこと、その事象が起きたことを観測した時に情報を受け取ったという。この時、情報量I=−log P(x)であり、期待値S=ΣP(x)Iの関係がある。また、対数「log」の底に2が用いられ、その単位はシャノンと呼ばれる(旧単位はビット)。

 いま、あるコインを投げた時に表が出る確率をp、裏が出る確率をq=1−pとする。このコインを投げた時に得られる平均情報量(情報エントロピー)は、

   S=−ΣP(x) log P(x)=−plogp−(1−p)log(1−p)

 これは2値問題と呼ばれる。表だけが出ることが事前に分れば、S=−1log1−0log0=0、裏だけが出ることが事前に分れば、S=−0log0−1log1=0となる。表と裏が半々の確率で出るならば、S=−(1/2)log(1/2)−(1/2)log(1/2)=1となる。つまり、p=0もしくはp=1でSはゼロである。コインを投げる前から表もしくは裏が出ることが確実に分かっていれば、得られる平均情報量Sがゼロ、Sが最大になるのはp=1/2のときであり、一般に全てが同じ確率になる時(最もランダムな状態の時)にエントロピーは最大になる。これを図にすると下記のようになる。

<情報エントロピー>


 エントロピーという概念は、物理学だけでなく、情報や環境、さらには政治経済および司法行政のキーワードになる時代である。将来は「エントロピー制限法」なる法律が論議されるかもしれない。

(文責:yut)


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