分子の世界

分子とは何か
分子と電磁波との相互作用
化学反応の仕組み
分子の設計

1.分子の世界
 この世にあるすべての物、空気や水、ビルや車、草花や森林、人や動物、目に見えるあらゆる物、これらの物質を構成し、その性質を決定付けている最小の単位が分子である。そして、分子は原子核と電子の複雑な組合わせから成り立っている。

 原子は、原子核と幾つかの電子からなる実在の物質、物質の最小単位、原子の中心にある原子核は、陽子と中性子で構成されている。その陽子の数が原子番号、中性子の数を合わせたものが質量数となる。元素は原子の名称のこと、元素は原子の種類を表し、原子はその実体を意味する。

 現在、原子は113種類があり、自然界に92種類の原子が存在する。水素(原子番号1)からウラン(同92)までは、そのほとんどが自然界で発見された。しかし、ネプツニウム(同93)以降は人工合成された。自然界に存在する原子の中で、最も軽い原子は水素(H)、最も重い原子はウラン(U)である。

 分子は原子が何個か結合したもの、さまざまな形をしている。一個の原子が持つ結合の数や結合の長さ、または結合と結合が作る角度もそれぞれ異なる。例えば、比較的に簡単な分子として、酸素分子(O2)は酸素原子が2個結合した棒状の形をしている。水分子(H2O)は1個の酸素原子に2個の水素原子が結合した二等辺三角形の板状の形である。ベンゼン分子は4個の炭素原子と4個の水素原子からなる正六角形の板状の形をしている。

 分子を取り巻く電子は、分子から真空中に飛び出すと自由電子となるが、分子や物質中に閉じ込められていると、分子の形を決めたり、分子の性質を決めたりする。例えば、空気中の成分である酸素分子(O2)と窒素分子(N2)を比較すると、酸素は反応性に富み、窒素は不活性である。一酸化炭素(CO)は極めて有害であるが、炭酸ガス(二酸化炭素:CO2)はそれほど有害ではない。分子や物質の性質は電子状態によって決まり、化学反応を起こすのは電子の役割である。

2.原子の特質
 原子の中の電子はそのエネルギーの箱の中(エネルギー準位)に収まっている。電子の収まる箱のことを量子力学では電子軌道と呼ばれる。元素の化学的性質は、原子の電子配置に依存し、周期性が存在する。原子の電子配置は、パウリの排他原理に従って、エネルギー的に低い状態(基底状態)から順々に電子が配属される。このエネルギー準位は、主量子数、方位量子数、磁気量子数、スピン量子数によって与えられる。主量子数の等しいものをまとめて殻と呼び、K、L、M、N・・が対応し、方位量子数は、s、p、d、fの記号が用いられる。主量子数と方位量子数の組を副殻と呼び、エネルギー準位に従って核外電子の軌道が決定される。そして、原子番号と等しい数の核外電子を持っている。

 長周期型の周期表によれば、第一周期に2元素、第二、第三周期に8元素、第四、第五周期に18元素、第六周期に32元素、第七周期に17元素が所属する。各周期の元素は、類似した外殻電子(価電子)の配置を持つグループを形成し、族と呼ばれる18グループに分けられる。特に、1、2族および12から18族を典型元素と呼び、3族から11族を遷移元素と呼ぶ。同族の元素は類似した化学的性質を示し、典型元素は最外殻の電子数が結合力と一致して価電子となり、遷移元素は最外殻の電子の他に一つ内側の軌道の電子も価電子になる。

 典型元素の18族の希ガスは化学的に不活性で安定な電子配置を持つ。電子数2個で安定なHeを除くと、Ne、Ar、Kr、Xe、Rnは原子の最外殻に電子数8個が満たされている。また、電子が原子核に強く引き付けられ、融点や沸点は極めて低く、化合物になりにくい。Li、Na、K、Rb、Cs、Frはアルカリ金属と呼ばれる。この1族の元素は不活性な希ガスの電子構造の外殻に電子を1個多く持っており、化学結合は電子1個を失うような反応をして+1価の陽イオンをつくる。但し、K殻に1個の電子を持つ水素は、+1価の陽イオンの形をとるが、1個の電子を受け入れて−1価の陰イオンにもなる。

 2族の元素、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Raはアルカリ土類金属と呼ばれ、不活性な希ガスの電子構造の外殻に2個多く電子を持ち、化学反応の時に電子2個を失って、+2価の陽イオンをつくる。次に不活性な希ガスの最外殻電子数が1個少ない17族のハロゲン元素、F、Cl、Br、I、Atを考える。いずれも最外殻電子数が7個であり、化学反応の時は電子1個を獲得して−1価の陰イオンの形になる。このことはアルカリ金属がハロゲン元素と容易に反応して1対1の化合物になる。また、アルカリ土類金属がハロゲン元素と化合物を作る時はイオン比が1対2になる。16族の元素は酸素族とも呼ばれ、O、S、Se、Te、Poがあり、最外殻の価電子が希ガスより2個少ない。この場合、2個の電子を獲得して還元反応を起し易いが、最外殻のp軌道の電子4個もしくはs軌道の電子2個を含む6個の価電子を放出して酸化反応を起こすこともある。

 15族の元素、N、P、As、Sb、Biは、最外殻のp軌道に3個、s軌道に2個の電子を持ち、電子3個で共有結合の化合物を作る傾向にあるが、5個の電子が結合に関与することもある。14族の元素は最外殻のp軌道とs軌道に各2個の電子を持ち、C、Si、Ge、Sn、Pbがあり、4価の化合物を作るが2価のこともある。B、Al、Ga、In、Tlは、13族の元素でアルミニウム族とも呼ばれ、最外殻の3個の価電子を失って、+3価の陽イオンになる。ただし、Bは共有結合を作る。12族の元素、Zn、Cd、Hgは最外殻のs軌道に2個の電子を持ち、2価の化合物を作る。

  遷移元素は多様な原子価を取り、最外殻の内側の殻のd軌道やf軌道に不対電子を持つため磁性を示したり、内側の殻の不完全な軌道電子が可視光線を吸収して高エネルギー準位に励起すると色々な色を出すことがある。原子番号が大きいわりには密な集合状態にあり、融点も高く、硬度や密度が大きい。第4周期の3族Scから11族Cuまでの9元素を第一遷移元素と呼び、N殻のs軌道の電子の内側にあるM殻のd軌道の電子数が原子番号に伴って変化する。Scは3価、Tiは2、3、4価、Vは2、3、4、5価、Crは2、3価、Mnは2、3、4、7価、Fe及びCoは2、3価、Niは2、3、4価、Cuは1、2価の化合物を作る。いずれも、M殻のd軌道の電子が化学結合に大きく影響する。

 第二遷移元素は第5周期の3族Yから11族Agまでの9元素があり、原子番号の増加によってN殻のd軌道の電子数が増える。第三遷移元素は、最外殻のP殻より内側のO殻のd軌道の電子数が変化し、第6周期のランタノイドを含めて11族Auまでがある。これらの遷移元素は第一遷移元素と性質の類似性が認められる。なお、3族のランタノイド系列やアクチノイド系列は最外殻の内側の殻よりさらに内側の殻のf軌道の電子数が変化するので内部遷移元素と呼ばれている。いずれも2、3、4価等の原子価を取り得るが、一般的には3価の陽イオンで安定になる元素が多い。

3.化学反応
 分子の中の原子の配列が変化すると、新しい分子ができ、元の分子と違う新しい物質になることがある。このような原子配列の変化、あるいは原子間の結合の仕方の変化によって、別の分子ができる過程を化学反応と呼んでいる。一般には、物質を熱したり、光(電磁波)を当てたり、あるいは2種以上の物質を混ぜ合わせた時に化学反応が起こる。

 最も単純な反応に解離反応と異性化反応がある。これらは他の分子と原子のやり取りをしない反応、単一分子の中で起こる反応であり、単分子反応と呼ばれる。解離反応は、分子の中で結合が切れ、2つの分子または原子を生ずる。異性化反応は、分子の中で結合の仕方が変化して、別の分子を生ずる反応である。なお、2個以上の分子や原子が関与する反応は多種多様である。代表的な反応として、付加反応、置換反応、縮合反応、転位反応、酸化還元反応などがある。現実に起こる反応は、これらの化学反応が複雑に組合わさって起きている。

 化学反応の過程において、2個以上の原子を結ぶ結合状態は、安定な状態から別の安定な状態に変化する。この反応過程において、安定な状態と別の安定な状態の間に、エネルギーポテンシャル(エネルギー障壁)が存在する。つまり、このエネルギー障壁を電子が乗り越えるだけのエネルギーを外部から与えないと、化学反応は起こらない。また、エネルギー障壁が低ければ、化学反応が起こり易いともいえる。

 原子から分子ができる時、原子軌道から分子軌道が生まれる。分子の中の電子は、そのエネルギーの箱の中(分子軌道)に、一定の規則性を持って、エネルギーの低い分子軌道から順に収まっている。この時、電子で満たされた軌道を結合性軌道あるいは被占軌道と呼び、エネルギーが最も高い軌道を最高被占軌道(HOMO:Highest Occupied Molecular Orbital)という。電子の入っていない軌道は反結合性軌道あるいは空軌道と呼び、その内で最もエネルギーの低い軌道を最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)という。

 これらの分子軌道は、そのエネルギーが高くなるにつれて、分子の構成原子から外側に広がっている。被占軌道でエネルギーが最も高い最高被占軌道は、分子に最も弱く束縛された電子が入っている分子軌道であり、最低空軌道は、電子の最も受け入れ易い分子軌道である。つまり、最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)は、化学反応に最も関与する軌道であり、分子の辺境(フロンティア)にある軌道であり、フロンティア軌道と呼び、その軌道に入っている電子をフロンティア電子と名付けられた(ノーベル賞を受賞した福井謙一博士が名付け親)。このことから、芳香族置換反応の選択性を理解するには、フロンティア軌道のみを考慮するだけでよいことが明確にされた。

3−1.光化学反応
 物質に光を当てると色が付く。それは物質の分子が光を吸収するからである。色は光の波長の違いから生ずる。例えば、青い花は、赤や黄色の光を吸収し、残った青い色の波長の光を見ていることになる。光の波長によっては目に見えないものもある。目に見える光が可視光線、目に見えない光に赤外線と紫外線がある。物質による光の吸収は、美しい色を与えるだけでなく、物質の分子を興奮させる。分子の興奮状態は励起状態と呼ばれ、分子の分子軌道に存在する電子を励起する。励起状態の分子が元の状態に戻る時も光を出す。物質の分子が起こす発光現象である。

 物質内の分子による光の吸収は、光が電磁波であることに関係する。光による電磁場の変化が物質内の電子(荷電粒子)を刺激し、エネルギーポテンシャルの場(すり鉢上の中)に捕らわれた電子の運動と共鳴(共振)する時に、光のエネルギーが吸収され、分子状態を励起する。この時、分子や原子は固有の共鳴エネルギーを持ち、吸収される光のエネルギー(吸収スペクトル)を調べることで、どのような分子や原子なのかを特定できる。

 例えば、水素原子の一番低いエネルギー状態は、1s軌道に原子核を中心に電子が球状に分布している。エネルギーの高い2p軌道は、原子核を中心に、球が2個くっ付けた状態で電子が分布する。この2つの状態のエネルギー差は10.2eV(電子ボルト)、振動数で2.5×1015/秒、波長に換算すると122nm(ナノメートル)である。この波長の光を当てると、電子は1s軌道から2p軌道へ遷移する。

 光化学反応は、物質が光のエネルギーを吸収し、その光によって起こる化学反応のこと、光の波長に応じて別な反応を起こすことに特徴がある。熱エネルギーによる反応では起こらずに、光の照射によってのみ起こる反応はかなり多い。光による分解、合成、異性化、酸化、重合などの反応が含まれる。白黒写真では感光剤の臭化銀が光によって銀原子に変化し、写真のもととなる。植物の葉緑体のクロロフィルに吸収されたエネルギーは複雑な経路を経て、水と二酸化炭素から澱粉を作る。太陽電池では、電子過剰のN型半導体と電子不足のP型半導体を組合せ、光を照射すると電気を起こすことができる。オゾン層の破壊はオゾン層に達したフロンなどの光分解により発生する塩素原子によるといわれている。また、光化学スモッグは、いろいろなところから排出された窒素酸化物や炭化水素が光の作用でオキシダントとよばれる酸化力の強い物質に変わり、人体に影響を与えている。

 生化学では、光化学反応は色素分子を励起して物質の酸化還元に用いる反応のこと、植物の光合成の反応などに見出され、還元物質の合成などを行なう。酸素発生型光合成では、光化学反応により、水を電子供与体として用いて、酸素を発生する(水の光分解)。光化学反応は、生化学反応の基本であり、その電子伝達過程によって幾つかの種類がある。代表的な酸素発生型と酸素非発生型の光合成は光化学反応を担う複合体の数や種類などが異なっている。

 酸素発生型の光化学反応には、非循環的電子伝達系と循環的電子伝達系がある。非循環的電子伝達系は、水の光分解を行っており、植物のみならず地球科学的にも非常に重要な反応を担っている。幾つかのたんぱく質複合体が関与する複雑な反応系の一つでもあり、その詳細が今でも明らかになっていないようだ。循環的電子伝達系は、光化学反応を通じて、より光リン酸化を効率的に行なう反応系である。

 酸素非発生型の光化学反応は、光合成細菌の行なう光合成反応であり、緑色硫黄細菌型(循環型光リン酸化)と紅色非硫黄細菌型(非循環的光リン酸化)がある。緑色硫黄細菌型の光化学反応複合体は、緑色植物の光化学系複合体に似ている。また、緑色植物の電子循環的電子伝達系にも良く似ている。反応中心粒子が存在し、電子は循環的に電子伝達系を回転し、光エネルギーで励起されて光子(プロトン)濃度勾配形成のエネルギーを得る。紅色非硫黄細菌型は、最終電子受容体として酸素を用いる非循環的電子伝達系の光化学反応系である。

 特に、緑色植物の担う酸素発生型光合成の非循環型電子伝達系は、水の光分解、すなわち酸素の発生に関与する光化学系反応であり、もっとも研究が進んでいる。循環的電子伝達系は緑色植物の中ではATP(アデノシン三リン酸:生物体のエネルギー保存および利用に関与する)合成の補助的な役割を担っていると考えられている。

 分子中の電子は可視光線や紫外線で揺り動かされ、電子状態が励起で変化する。この時、光のエネルギーは、光の波長が短いほど、つまり光の振動数が高いほど大きい。したがって、光の波長を短くしていけば、電子が真空中に飛び出すようになる。この飛び出してきた電子は光電子と呼ばれ、同時に陽イオンが生成される。この現象は分子のイオン化と呼ばれる。

 光電子放出の現象は19世紀末に発見され、アインシュタインによって光の粒子性が説明され、量子力学の基礎を築き上げた。その後、光電子のエネルギーを測定することで、分子の内部を探ることができるようになった。

3−2.化学反応のコントロール
 熱による解離反応は分子の励起により、荷電粒子(電子など)が反応障壁を乗り越えるエネルギーを獲得した時に起こる。この場合、反応の速さは分子間の衝突の起こり易さと衝突によって励起された粒子が反応障壁の頂上に達する頻度との積で決まる。つまり、熱による反応は、温度が高くなるほど、運動エネルギーや分子の振動エネルギーが大きくなり、反応障壁の頂上に達し易くなる。反応障壁の高さは反応の系によって決まり、反応を速くするには、温度を上げて、反応障壁を超える粒子の数を増やすことが望ましい。

 光(電磁波)による反応は、光の波長と分子状態の高位のエネルギー順位との差との共鳴によって、励起されることがあり、解離の経路が異なることもある。したがって、分子の結合状態は、光(電磁波)や磁場によってもコントロールできる。何故なら、分子中の電子は負の電荷を持ち、電子自身が自転運動(スピン)をしているので、自転運動の右回りと左回りが磁石のN極とS極と同じような働きをする。

 気体分子を光分解で生成するラジカル(活性粒子)や原子を用いて、物質の表面をエッチングしたり、生成物を堆積させることが可能である。この技術は半導体の製造に応用されている。

3−3.物質の相変化
 空気中の酸素や窒素は、一般に、気体である。物質の相変化とは、気体から液体、液体から固体、またはその逆の変化のことをいう。気体を圧縮して、小さな穴を開け、そこからガスを逃がすことで、温度を下げることができる。その結果、気体は液体に変化し、液体を固体にすることも可能になる。これは気体分子の活発な活動(熱運動)が、温度を下げることで、活動の低下を招き、ファンデルワールス力(電荷を持たない中性の原子や分子間などに働く凝集力)が分子の熱運動に打ち勝って液体となり、やがては固体になることができる。この場合、個々の分子と異なる新しい性質や構造が物質に備わる。

 ファンデルワールス力は大きな分子ほど大きい。このため、高分子では常温で液体や固体になる物が多い。例えば、炭素化合物の鎖式炭化水素を考えると、最小の分子はメタン(CH4)、常温では気体である。分子式CnH2n+2のおいて、次第に炭素と水素の数(nの次数)を増すと、炭素の数が5個(n=5)程度で液体になり、炭素数が20個(n=20)近くになると固体の様相を示すようになる。しかし、温度を高くすると、物質が熱エネルギーを吸収して、固体から液体あるいは液体から気体になる様相を示し、最終的には分子がバラバラになったりする。

4.金属の分子構造
 金属は電気を通す導電体である。それは金属中の電子が活発に動けるからである。金属原子の特徴は、最外殻電子が飛び出しやすく、近くの原子から力の作用を受け、多くの電子軌道上を自由に動き回ろうとする性質がある。このため、容易に親原子から飛び出し、動き易い空いた電子軌道を見つけ、その軌道上を動き回る。電子の動きと電流の流れは反対方向、電子の持つ電荷の時間的な変化が電流となる。

 金属の特徴は、独特の金属光沢があること、電気や熱をよく通すこと(電気伝導性大、熱伝導性大)、展性や延性があり箔状や針金状に延びる性質があること、融点は種類によって異なるが水銀の−39℃からタングステンの3410℃まである。

 金属原子は、電子を放出して陽イオンになり易く、規則正しく配置している。金属原子が持つ価電子はひとつの原子に留まるのでなく、周囲のすべての原子の間を自由に動き回ることができる。この電子は自由電子と呼ばれ、自由電子が金属原子の間を自由に動き回ることで 原子と原子が結び付いている。この時、自由電子は分子軌道のほぼ同一のエネルギー準位のエネルギーバンドを形成する。そして、自由電子が接着剤の役割を果たし、金属結合による金属結晶となり、金属原子が規則正しく配置される。金属で見られる化学結合(金属結合)は、金属結晶の格子点に存在する正電荷を持つ原子核と、結晶全体に広がった負電荷をもつ自由電子との間のクーロン力で結び付けられている。

 金属の原子核は、周囲に一様に広がるガス状の自由電子と相互作用しており、原子位置のズレに対するエネルギー障壁が低く、それ故に金属は展性や延性に富んでいると考えられている。金属の電気伝導性や熱伝導度が高いことはこの自由電子の存在に起因している。また、自由電子は光子と相互作用するので、金属光沢は金属の持つ特性である反射率の違いが、自由電子のエネルギーバンドの状況を反映していると考えられている。

 金属結合における結合エネルギーは核外電子に参加する自由電子の範囲で異なり、数十〜数百kJ/molの値をとる。例えば、アルカリ金属は、内側の閉殻電子が自由電子に関与せずに、最外殻の価電子が金属結合に関与する。このため、結合エネルギーも弱く、80〜160kJ/mol程度である。一方、タングステンなどは、結合エネルギーが850kJ/molにも達し、これは内殻電子も結合に関与するためであると考えられている。このため、展性や延性がなく、融点も高いと考えられる。

 金属は金属原子が規則正しく配置した金属結晶でできている。その構造は、イオン結晶と同様に金属原子が延々とつながっている。しかし、金属の構造のあるひと塊を取り出し、それを単位格子とすると、金属原子の配置の仕方により、体心立方格子、面心立方格子、最密六方格子などに分類することができる。

 体心立方格子はナトリウムやバリウム、鉄に見られる金属結晶、隙間が比較的に多い構造である。一つの粒子に接している粒子の数を配位数と呼び、格子の中心の粒子(原子核)に接している粒子は立方体の角にある8個の粒子である。したがって、体心立方格子の配位数は8となる。この単位格子に含まれている粒子の数は中心の1個と角にある粒子の1/8個分が8個あり、合計で2個となる。

 面心立方格子はカルシウムやアルミニウム、銅などに見られる金属結晶、原子と原子が密着した構造である。原子を積み重ねて斜めから見ると面心立方格子になる。面心立方格子の配位数は12、単位格子に含まれる粒子の数は1/2×6+1/8×8=4個となる。

 最密六方格子はマグネシウムや亜鉛に見られる金属結晶、面心立方格子とほぼ同じ構造である。面心立方格子は1段目と3段目にズレが見られるが、最密六方格子は1段目と3段目が同じになる。最密六方格子は立方体として切り取れる部分がなく、六角形の柱になる。 配位数は12、この最密六方格子の中に粒子が6個入っている。

 金属の展性や延性は、電子軌道として局在性(結合異方性)の高いp軌道やd軌道の電子ではなくs軌道の電子が主体の結合だからともいえる。それが等極の結合でありながら最密充填性の高い結晶構造(面心立方、最密六方)を得る源泉になっている。アルカリ金属はp軌道があるため、水素との違いを示す必要から、誤解が生じているが、水素分子も高圧下では金属になり、p軌道が伝導帯のs軌道を形成するような働きをして、核間距離を近づけている。典型金属は金属の典型的なモデルと考えられている。しかし、結晶構造が体芯立方のような密度の比較的に低い構造があるなどの難点がある。むしろ、d軌道の電子が充填され不活性で、しかもs軌道の電子の結合の割合が非常に高いような、周期律表で遷移金属右端のCu、Ag、Au、白金族などが金属の本質と考えられる。

(文責:yut)

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