反応速度論の初歩

反応速度
量子力学
熱力学
統計力学
活性化エネルギー

反応速度論の初歩

  1. 化学結合と反応速度
     化学結合は原子と原子を結び付ける分子の概念、化学反応は結合の組み換えである。そこに物質の安定性と反応性があり、 物質固有の化学的性質が存在する。ポーリング(Linus Carl Pauling,1901/2/28-1994/8/19)は「原子または原子の集団が、 相互に力を及ぼしあって、集合体を作る。そして、そこのある安定性をもって、化学者がその集合体を独立に取り扱う時に、 化学結合が生じたと定義する」としている。一般に、化学結合には、静電結合、共有結合、金属結合などがある。静電結合 には、イオン−イオン結合(分子内の原子が電子を引き寄せる強さの相対的尺度になる電気陰性度が指標)、イオン−双極子 結合(分極が進み強く結合)、双極子−双極子結合(4極子、8極子など)がある。なお、双極子とは、一対の正負の同じ大 きさの電荷や磁荷からなる要素のこと、これが作用して化学結合を引き起こす。

     物質は、気体、液体、固体に区別できる。気体は、理想気体、希薄気体、高圧気体に区別できる。理想気体の概念は、容積 に比較して原子分子の体積が極めて小さく、全方向に一様なニュートン運動法則が適用でき、運動量が保存される完全弾性衝突、 分子間力無視などを仮定して取り扱う。希薄気体や高圧気体、液体と固体は、理論と実験と応用を伴う領域、理想化した モデル構築が難しい。その中でも希薄気体は、理想気体に近く、電荷を持たない中性の原子や分子の間などに働く凝集力 (ファンデルワールス力)によって、いろいろな反応が生じる。ファンデルワールス力は、力の到達距離が短く且つ非常に弱い。 しかし、この凝集力により分子間に結合(ファンデルワールス結合)が形成される。

     反応速度論は、一般に、化学反応という過程を取り扱う。化学反応は反応物から生成物を得る。これを数学的にモデル化する。 その過程において、内部エネルギーの変化などに着目し、物理化学的変化の本質を解明する学問が反応速度論である。ここでは、 その初歩的な概念のモデル化を試みる。このための予備知識として、量子力学、熱力学、統計力学、この相互関係を明確に把握 する必要がある。

     量子力学では、原子、分子、固体などの構造を正しく理解し、時間依存型のシュレディンガー方程式を用いて、 光(電磁波)と原子分子の相互作用(電場とのクーロン相互作用)や原子分子の衝突などを扱う。この時、原子分子の回転や振動、 電子のエネルギー準位、並進運動など、エネルギー準位に関する概念が必要になる。光(電磁波)と原子分子のエネルギー準位と の相互作用は、原子分子の回転はマイクロ波、振動は赤外線、電子のエネルギー準位は可視光線から紫外線、内殻電 子を考慮すると、X線領域までが関係する。

     分光学的には、エネルギー準位の変化凾d=hνが飛び飛びに起り、一様な外部電場を加えると、原子分子のエネルギー準位が さらに分裂するシュタルク効果や振動電磁場では磁気共鳴による特定の周波数に対して共鳴吸収が見られる。また、真空中で固体 表面にX線を照射すると、表面原子から電子が飛び出す。この電子は光電子と呼ばれ、元素固有のエネルギー値を持ち、そのエネ ルギー分布から組成を調べることができる。X線光電子分光法(XPS)とも呼ばれている。

     熱力学との関係では、圧力、体積、温度、熱容量、エントロピー、エンタルピー、自由エネルギー、平衡定数など、熱力学的 パラメーターの変化を考慮し、エネルギーをもらった時に、物質がどのようにしてエネルギーを確保するか、原子分子の回転や 振動、電子のエネルギー準位など、内部エネルギーに与える影響を考察する。この場合、アボガドロ数N= 6.0222×1023/molとして、1mol当りで考える。つまり、量子力学のように1ケだけの理想化され た状態と異なり、多粒子系で全体を捉え、スタティクに最初と最後を物語る物質をマイクロスコピックに見る。すなわち、それ ぞれの粒子の実際は、少しずつ異なったエネルギー準位を持ち、統計力学の分配関数を導入して結び付ける。

     統計力学の世界では、熱力学系のいろいろなエネルギー準位をマクスウエル−ボルツマン統計で記述する。マクスウエル−ボル ツマン統計は、熱力学的平衡状態において、量子化されていない系の粒子数分布を与える統計、分子の質量が大きく温度が 低いほど分布は密になり、分子の質量が小さく温度が高いほど分布は疎になる。つまり、アボガドロ数N= 6.0222×1023/molが何個ずつ分配されているかを記述でき、レーザ発光の概念とも結びつき、状態間 の差を予測できる。


    図−1 25℃における希ガス中での分子の速さの分布をプロットしたもの

     反応過程では、状態間の差について、準静的過程(熱力学的平衡)が成立する範囲で、ゆっくりと変化させる。ここで、平衡定数 は化学反応の平衡状態を物質の存在比で表したもの。物質の存在比は、分圧、化学ポテンシャル、濃度、モル分率などで表される。 一般には、分圧を用いた平衡定数が用いられる。化学ポテンシャルは、理想気体からのずれを示す係数(逸散度:fugacity)、ある 実在気体と同じ化学ポテンシャルを持つ理想気体の圧力を用いる。すなわち、実在気体は分子間力を持ち、理想気体は分子間力を 持たずに、圧力は運動エネルギーのみから生じる。分子間力は気体の種類によって異なり、それをいちいち考慮して補正したので は、物質の状態が扱いにくい。このため、分子間力を初めから補正に織り込んでしまおうという考え方(フガシティーの概念)である。

     状態の変化を早くさせると、熱力学的パラメーターはどのように記述されるのか、ここで時間関数が考慮され、量子力学と熱力 学と統計力学の関係が問われる。つまり、相互作用ポテンシャルでは、ある原子の特性を高圧まで理解することができない。した がって、もうひとつの関数として、密度を導入し、密度を変化(温度によっても密度が変化)させると、状態が質的に変化し、 固体、液体、気体、さらには原子核反応などのプラズマ状態になる。


  2. 反応現象
     反応現象として、活性化エネルギーを考える。いま、物質(X,Y,Z)の反応過程を「X+YZ→XY+Z」とする。 物質の反応前の状態(反応物)は、活性化エネルギーと呼ばれる比較的に高いポテンシャルを持つエネルギー障壁を乗り越え、 反応後の状態(生成物)になる。反応前の状態(反応物)および反応後の状態(生成物)は、そのポテンシャルエネルギーが 極小状態の安定領域にある。


    図−2 物質(X,Y,Z)の反応過程


     単純な2原子反応「X+Y→XY」(例えばHFやHClやNaClなどの反応過程)を考える。核間距離が十分に離れた位置から、 原子が近づくにつれて、ポテンシャルエネルギーは基底状態の低いエネルギー準位に落ち着く。この時、ポテンシャルエネルギー曲線 の極小点の近傍では、エネルギー準位で振動している。この振動は分子運動であり、分子中の原子の相互の振動である。この振動は、 量子力学的に、シュレディンガー方程式を解くことによって得られる。


    図−3 物質(X,Y)の化学結合過程


     この場合、一次元のシュレディンガー方程式は次のように記述される。

    ψ/dx+8πm/h(U−(1/2)kx)ψ=0

     この解は固有値となり、

    U=(n+1/2)hν   n=0,1,2,3,・・

     最も安定な状態は n=0,U=(1/2)hν、この零点エネルギーから飛び飛びにエネルギー準位が存在する。 この反応過程のポテンシャルエネルギーは、原子の相対位置との関係で存在し、そのエネルギー準位の遷移を分子分光学の 光の吸収スペクトルで関係付けると、可視光線の電子スペクトル、赤外線ラマン分光の振動スペクトル、マイクロ波の 回転スペクトルなどが存在し、分子の構造と性質を関連付けられる。原子核をも考慮すれば、核磁気共鳴スペクトルが観測される。


    図−4 反応過程のエネルギー準位の遷移モデル


  3. 反応速度定数とその温度依存性
     最も単純な一次反応「A→B+C」を考える。この場合、一定の温度において、反応速度は反応物質の濃度に比例する。 この物質の初期濃度a(t=0の時)とし、時間tが経過した時に「A」のxが分解したとすると、「A」の残りの濃度は (a−x)となり、「B」と「C」はxで生成されている。したがって、「B」と「C」の生成速度はdx/dtであり、 一次反応では、その瞬間の「A」の濃度に比例する。

    dx/dt=k(a−x)

     ここで、kは速度定数、その単位は時間の逆数である。変数分離すれば、
    dx/(a−x)=kdt

    となる。この積分の結果は次のようになる。

a-x dx/(a−x)=kt dt
a0

ln(a/(a−x))=kt

x=a(1−exp(−kt))

 したがって、ln(a/(a−x))をtに対してプロットすれば、原点を通る直線が得られ、その勾配kが一次反応の速度定数になる。 また、積分をxからx、tからtまでとすれば、

ln((a−x)/(a−x))=k(t−t

となり、任意の2つの濃度測定から速度定数が求まることになる。

 次に、二次反応「A+B→C+D」を考える。t=0の時、「A」の初期濃度a、「B」の初期濃度bとする。時間tが経過した時、 「A」および「B」のxが反応して、「C」と「D」がxだけ生成されていることになる。この場合、二次反応速度式になり、

dx/dt=k(a−x)(b−x)

が成立する。変数分離すれば、

dx/{(a−x)(b−x)}=kdt

となり、積分すれば、つぎの二次反応速度式を得る。

{1/(a−b)}ln{(a−x)/(b−x)}=kt

 つまり、二次反応速度式に従う場合、時間tに対するこの直線の勾配から、速度定数が得られる。なお、a=bの場合、

dx/dt=k(a−x)

であり、積分すると、次のようになる。

x/{a(a−x)}=kt

 一般に、反応を速くするには温度を高くする。例外的に、温度を高くすると、反応が遅くなること(例:酵素触媒反応)もある。 濃度やその他を一定にして、温度だけ変化させると、反応速度が指数関数的に増加する。1889年にアレニウス (S.Arrhenius:1859-1927)は、温度Tと反応速度定数kの関係が次式になることを見付けた。

logk=α−β/T   α,β=一定

logk=loge・lnk=0.43429448・lnk=α−β/T

lnk=(1/0.43429448)(α−β/T)

k=exp{(α/0.43429448)−(Rβ/0.43429448)(1/(RT))}
=Aexp(−E/(RT))

但し、A=exp(α/0.43429448) , E=Rβ/0.43429448

 すなわち、「logk=α−β/T」は「k=Aexp(−E/(RT))」と表現でき、アレニウスの式と呼ばれている。 ここで、kは反応速度定数、Eは活性化エネルギー、Aは温度に無関係な定数で頻度因子(時間の逆数)、Rは気体定数、 Tは絶対温度である。なお、頻度因子Aは、一次反応(1分子反応)の場合、時間の逆数であり、振動数である。 二次反応(2分子反応)の場合、衝突頻度を表し、衝突した時に何%が反応するかを意味している。 つまり、頻度因子Aは、気体分子運動論の衝突数であり、多粒子系のボルツマン統計(確率)に従う。

 なお、アレニウスの式は、自然対数の形にすると

lnk=(−E/R)(1/T)+ln(A)

となり、次のように変数をとれば対数グラフで y=mx+b の直線になる。

y=ln(k) , m=(−E/R) , x=(1/T) , b=ln(A)

 そして、この形式で描いたグラフはアレニウスプロットと呼ばれる。


  • 反応速度の数値計算事例(定常状態法)
     反応過程を反応物「A」から反応の中間体「B」を経由して生成物「C」になる経路を考える。

      k1  k2
     →  B →  C

     この場合、反応は「A→B」と「B→C」を別々に考える。とすると、

    d[A]/dt=−k1[A]

    d[B]/dt=k1[A]−k2[B]

    [C]=[A]0−[A]−[B]

    の関係式が成立する。この方程式を解くと、

    [A]=[A]0exp(−k1・t)

    d[B]/dt=k1[A]0exp(−k1・t)−k2[B]

     ここで、[B]=x・exp(−k2・t) とおくと、

    dx/dt=k1[A]0exp(−(k1−k2)・t)

    x=−(k1/(k1−k2))[A]0exp(−(k1−k2)・t)+const

    [B]={−(k1/(k1−k2))[A]0exp(−(k1−k2)・t)+const}exp(−k2・t)

     t=0の時、[B]=0として、
    [A]/[A]0=exp(−k1・t)

    [B]/[A]0=(k1/(k1−k2)){exp(−k2・t)−exp(−k1・t)}

    [C]/[A]0=1−[A]/[A]0−[B]/[A]0
    =1−exp(−k1・t)−{(1/(1−k2/k1)){exp(−k2・t)−exp(−k1・t)}}

     具体的な事例として、「k2/k1=1/3」と「k2/k1=10」の場合について計算する。


    図−5 「k2/k1=1/3」の場合


    図−6 「k2/k1=10」の場合

  • (文責:yut)

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