朝焼けの森は深く霧が立ち込めて
その霧の中にある銀の泉も
幻のように霞んで見える
でも
俺を見つめて
静かに微笑んでいる
この瞳は
確かに
ここにいる
俺を
見ている
不思議と恐怖感は感じない
それは
この悲しげな笑みのせいだろうか
気がつくと
その瞳は
俺のすぐ傍まで来ていて
そして
一言
「貴方の落とした斧は金の斧ですか?
銀の斧ですか?」
うを
パクってやがる
つーか俺
斧なんか落としてねぇ
それとも
斧って俺かよ?
そして
なぜか知らんが
そいつは
更にこっちに向かってきた
水の中からザブザブと
四つん這いになって向かってくる姿は
正直
ホラー映画のワンシーン
長い髪から
ぼたぼたと水滴が落ちて
怖ぇ。
そして
そいつは俺の鼻先まで来ると
「で、どちら様でしょうか?」
お前こそ誰だ
いや
何者だ
「あ、申し遅れました。私、この泉に住む人魚です。仲良くして下さいね」
…………。
あの……
何か
反射的に握手しちゃったんですけど
水掻きがびよよんと張った指と
変な色の無駄に硬そうな長い爪とか
鮭のような鯉のようなヌルヌルテラテラした鱗とか
見なかったことにして良いですか?
だって
エグかった
人魚って
魚介類丸出しな生物だったんだね
俺の目の前に居る人魚は
俺の心とは対照的に
満天の笑みを浮かべて
岸辺を這いずり回っていた
だから
怖えよ
汗だくになって肩で息をしつつ
生乾きの人魚は
「あ、ちょっと待ってて下さいね。
身体が完全に乾いたら尾が足になって歩けるようになりますんで」
俺は
間髪置かず
人魚を
突き落とした
そりゃもうぼっちゃんと
派手に水飛沫をあげて
人魚は泉の底へ
沈んでいった
ぶくぶくぶく
願わくば
もう這い上がってきませんように
そして
俺は
人魚が復活しないうちに
ダッシュで逃げた
いつの間にか
朝焼けは姿を消して
森の中は
鳥の囀りが木霊して
いつも通りの朝が来ていた
誰も居ない家に帰ると
いつも通りに自分の部屋へと向かう
見慣れた俺の部屋
見慣れた穴の空いた毛布
そして
その傍らには
二本の
金の斧と銀の斧
だから
いらねぇって
おい
いつの間に置きに来やがった?
つーか…
いるのか!?
周囲を見渡す
しかし気配は無かった
既にこの場を去ったらしい
仕方が無く
二本の斧を手にとると
思わず自嘲気味な笑みがこぼれる
俺は
家族を失った
一人になりたくなかった
誰でも良いから傍に居て欲しかった
でも
だからといって
魚介類かよ
…………。
まぁ、いいや
とりあえず退屈とは縁の無い生活になるだろう
どうせ奴はまた俺の家に来るだろうし
その時は
魚でも焼いて待っていてやろう
そう結論付けると俺は
戸棚から古パンを取り出して
それを齧りながら毛布に包まった