かってはマルチ・チャンネルが有利と云われれば、家庭用のセパレート・システムまでマルチにするメーカーも現れましたから、オーディオの世界は今も昔もチットモ変わっていないようですね。
オーディオの理想を追求すれば、結局マルチ・チャンネル方式に突き当たります。この方式は、オーディオの全ての問題を解決する謂わば玉手箱のようなもので、マルチ(略してこう呼びます)を体験しないで、あれこれ云うのも憚れると思いますので、マルチの優位性をこれから説明して行きたいと考えます。
一般のオーディオ・システムは、極端な話、スピーカーとアンプを繋ぎさえすれば一応音は出ます。あとは、精々置きかたとか置き台の問題とかが必要なだけで大して気を使う部分はありません。従って音もその程度の変化しか期待できません。 (置き台などは60円〜70円のレンガで十分です)
しかし、マルチはそうは行きません。
かってのマルチ・ブームが何故下火になったかと云いますと方式が悪いからではなく、多くのユーザーが使いこなせなくて持て余したのが原因です。マルチ方式自体が究極のオーディオの方式であることは些かも揺るぎません。しかし、マルチを使い込むには、野生馬を調教するほどの根気と、オーディオへの認識の熟練と、更に音楽への理解度の深さが要求されます。それでこそ究極のオーディオ・ライフを十分に満足して送れるのです。それを通常のオーディオと同列に考え、つないで鳴らしても、先ずトンデモナイ音しか出ません。すると「マルチは駄目な方式だ」とか「あんな物よりシングル・スピーカーが一番だ」と自分の非を棚に上げてマルチの悪口を云います。これを「引かれものの小唄」と云います。「マルチは難しい!」と思えばまだマシですが、「マルチなんて駄目な方式さ・・」と決め付けるので困ります。結局、マルチ派は少数派になりましたが、私のユーザーは、その全部がマルチであり、マルチを止めようとするユーザーは一人もおられません。マルチこそは唯我独尊では必ず失敗します。独りよがりも通用しません。また独りでコツコツやっても失敗します。
結局、マルチを使いこなすには、マルチのヴェテラン経験者(しかも音楽の堪能者)のアドバイスが必ず必要です。実際は非常に少ないのですが・・・。
もし、貴方がマルチ・システムを使用中で、そのチューニングをオーディオ・ショップに依頼したとします。大方のショップは未経験なので、測定器を持ち込み測定器を使用しながら調整しようとするでしょう。こんなショップには出入りしないことです。その代わり、調整料だけはガッチリ取られます。器械を使って調整しても高度な音楽性のあるサウンドには絶対になりません。ヤッパリ人間が音楽を楽しむものは、人間の耳で調整しないと満足の得られる音は決して出ないのです。ある埼玉のショップは、私に電話を掛けてきて「ホーン型の4ウェイのチューニングを頼まれたけれど、全く経験がないので、行って貰えないだろうか」との依頼で私が伺いました。このショップの店主は本当に良心的な店主だと思います。普通なら出来ないまでも自分で訪問し、適当にお茶を濁して帰るのが関の山です。見習って欲しい心構えと思います。
伺ったお宅のユーザーは「このシステムを買って15年になりますが、初めて本当の音を聴くことが出来ました」と云われ、大いに感謝されました。15年も不満を抱えて聴いていたとはかなり辛抱強い方だと思いますが、恐らく人にも云えずご自分であれこれイジラレタことと思います。売ったお店も不親切だと思いますが、ナニ、売るだけで調整の不得手なショップだったのでしょう。こんな例は珍しくありません。(でも、機器はチャンとしたもので、調整も楽だったのです)
前置きが長くなりましたが、そろそろ本題に入ります。
マルチってなんだ?
まず、マルチとは・・・という説明から入りましょうか。「話には聞いているが、過去の方式じゃないの?」
などと云われないようにシッカリ説明致します。
マルチには先ず、必要悪の最たるネットワークを一切使いません。パワーアンプとスピーカー・ユニットを直結して鳴らす方式です。
説明します。
プリアンプまでは通常と同じです。プリアンプの後に周波数を分割するアンプ(チャンネル・デバイダー又はエレクトロニック・クロスオーバーと云います)が置かれます。ここで電気的に各スピーカー・ユニットに合致した周波数に完全に分割されます。曖昧さはありません。2ウェイの場合は1台、3ウェイで2台、4ウェイは3台、究極の5ウェイでは4台が必要になります。
(市販のデバイダーには4分割まで可能なものもあります。これだと4ウェイまでなら1台で済みますが、価格的には変わらないか却って高い位です)
デバイダーで分割された信号を、各々のパワーアンプに入力します。パワーアンプからスピーカーの各ユニットには直結されます。これがマルチ方式ですが、お解かりのように、スピーカー・ユニットの数だけのパワーアンプが必要になります。究極の5ウェイの場合、プリ1台、チャンネル・デバイダー4台、パワーアンプ5台、合計10台のアンプを必要とします。モノラル・アンプだとしますと、実に20台のアンプを必要とする事になります。「そりゃ大変だ!」と驚く必要はありません。そのノウハウや予算面も含み、公開しますので十分納得されると思います。
これに関して、すでに30年も前に書かれた土屋 赫著「オーディオ・エンサイクロペディア」(音楽の友社刊)という本があります。最近のオーディオ誌より余程マトモでシッカリしていますので、こちらから抜粋しながら説明致します。(30年もこの世界は変わっていないし、発展もないようです。但し、正しいものは何年経っても正しいと言う証明にはなります)
マルチチャンネルのメリットについて
1) 実質出力の増大・・・今40wのメインアンプ(この時代は今のように200wの300wのという馬鹿らしいアンプは無かったようですね)ひとつで普通の装置を組んだのと、15w2台の場合は、結果的に60wのアンプを使った普通のシステムにほぼ匹敵するものになると考えられる。 その出力計算式は
1台のアンプの出力 × チャンネル分割数の2乗 = 実質出力 となります。
注:実際に、東京ドームなどで行われるコンサートのPAは全てこの方式が使われています。
2) 非常にひずみが発生し難い条件になることも大きなメリットである。(後述)
3) ユニットを選ばない・・・音質そのものは良いが、スピーカーとして能率が非常に悪く、他のユニットとの組み合わせがやりにくいものを使う時も問題がない。
4) コンサートなどで特に大音量を必要とする時、最も適切有効な方法である。
以上のように、マルチ・チャンネル・アンプ方式は、高い品位と高忠実度の音を得たいと追い詰めているファンには理論的にも最も正当な方式だけに無視するという訳には行かないと思う。更に次のように述べてあります。
マルチのメリットを整理すると次のようになる。
1) 総合電気的出力の合理的な増加
2) アンプ回路に起因するひずみ、特に最も音質に影響のある、混変調ひずみの低減。
3) スピーカーとアンプの間に余分な分割回路(注:ネットワーク)が入らず、直結できるために、スピーカーの性能をフルに引き出すことが可能。
とまあ良い事ずくめのようになるが、反面デメリットとして
1) 音のバランスをとるのに余程熟練した耳が最終的に必要となり、これを誤ると不自然な音と年中つき合うことになる。
2) 音のみでなく、各コンポーネントの特性や規格、仕様を熟知していないと、特にスピーカーを破損する危険がある。
3) 費用がかなりなものになる。
という具合で決して良い事ずくめではない。しかしこのマルチ・アンプ・システムがある意味で「オーディオ再生装置の終着駅的なもの」とされる理由は、極めて個性的な装置をセット・アップすることができるためなのだ。
以上のようにマルチ・チャンネル・アンプ・システムは手のかかることにおいては最高の装置なのである。しかし、それだけに楽しみもあるし、もし「最高の忠実度と個性のある装置」を求めるとなれば、これに対して最短距離にあるシステムでもある。
と書いてあります。30年前(昭和50年・1975年)といえば、私がマルチに取り掛かってからすでに7〜8年経った頃ですが、この頃の本は真面目だったと思いますし、2ウェイか3ウェイについて書いてあります。しかし、私の究極は5ウェイです。
以上の土屋氏の文章を補足し、合わせて現在の認識も含め述べてみます。
まず、メリットの部分です。
1)と2)は全くその通りで、マルチのメリットとなります。3)につきましてもその通りなので
すが、スピーカーの性能をフルに引き出すのみでなく、アンプの特性を阻害するものが存在しませんのでアンプの特性もストレートにスピーカーに伝わりますから、音に対するメリットは測り知れません。現在の高価格・ハイパワー・アンプが流行する意味も分かるように思われませんか?(全く、マルチを考慮に入れていないのです。つまり、スピーカーはまともに鳴らないものだと決めてかかっているようです)
デメリットの部分
1)は全くその通りで、最初に述べましたように熟練した耳の持ち主のアドバイスは必須なのです。これも機器などを使っては決してうまくいきません。
2)も全くその通りです。周波数の設定は、使用ユニットの特性を無視してはなりたちません。
3)は、現在では当てはまりません。最近の高価なアンプ1台で、5ウェイのマルチ・アンプが全て揃うほどです。むしろ安くて済む場合もあります。 アンプはそれほど重要ではない
実は、マルチに関しては、更なるメリットが多くあります。
まず、ご自分のシステムをグレード・アップする際に、予算に合わせて2ウェイのマルチからスタートする事が可能なのです。この場合は、当面有り合わせのシステムでも遊んでいるユニットを使っても構いません。どんなセットであってもマルチのメリットは実感できます。その次に本当のユニットを導入するなり、3ウェイに移行するなりどうにでも出来ます。つまり、今あるものを使いながらグレードを上げるにはマルチが最適で、余分な捨て金が一切生じない方法でもあるのです。
システムの一切に、ひずみや、音の濁りが感じられないのはマルチの特質ですが、経済的にも大きなメリットがあります。
それは、プリから出た信号(此処はフルレンジ)をデバイダーで分割しますので、デバイダー以降は、限られた周波数の信号しか通りません。アンプももっとも得意な周波数範囲のみを通しますので、非常に楽をして働きます。従って、ケーブル(接続ケーブルもスピーカー・ケーブルも)も限られた狭い範囲の周波数を通すだけですので、一般に売られている高価な太いケーブルなどは必要としません。70円/mの平行規格線で十分なのです。ケーブルに気を使う部分は、プリのアウトだけです。
従って、アンプも高価なアンプは要りません。特にホーン・システムでマルチを組む場合は、高出力アンプは一切要りません。マルチの場合に限らず、現在のアンプは全てオーバー・クォリティと思って間違いありません。このオーバーな部分は無駄金を使っていることになるのです。
最高のオーディオ・システムは、マルチ・チャンネル・システムしかありません。マルチを経験せずしてオーディオを語る資格など無い! などと云うから反発を食うのでしょうかね。 でも事実です。
貴方も最高のオーディオ・ライフを送ろうと思いませんか?熟練者がここにおります。いつでも何処へでも出掛けて痒くない所まで手を届かせます。
最後に、ホーン・システムによるマルチ・チャンネルの音は、3ウェイでも、4ウェイでも、5ウェイなら尚更(ユニット数が増えるほど伝送周波数の範囲は狭くなります)、アンプも楽をして働きますので、十分な余裕をもって響きますが、最大のメリットは、音量が大きい場合も小さい場合も音像が変化しません。そのままの音で小さくなったり大きくなったりする事です。これは、アンプに余裕があることとユニットの能率が高いことに起因します。
正に良い事ずくめのマルチ・チャンネルです。
2005・4・26