音の好み
ーー併せて音楽ジャンルの好みーー

 オーディオを語るとき、当然のように語られるのが「俺はこんな音が好みだ!」という音に対する好みについての話です。「柔らかい雰囲気の音が好きだ」「ヌケの良い音が好きだ」などなど千差万別です。

 私は「音に好みを云っている内は本当の音には行き当たらない!」と考えています。

 音楽を聴く場合、例えばウイーン・フィルの音はウイーン・フィルの音が出る事を求めるべきで、それを柔らかく(アレンジ)してみても始まらない・・・と考えます。つまりは万全なサウンドが得られていないので「好み」に逃げていると思われる部分が多分にあると思っています。

 例えば、「タンノイはクラシック向き」と良く雑誌などにも書かれていますが、何を聞いても「タンノイ・サウンド」にアレンジされて聞こえます。JBLの場合も一緒です。「一種のクセ」を持つメーカー品スピーカーは、万全でない為にメーカー色を持つように作られています。それらのメーカー色を通した音楽が本当のサウンドを実現していない事は明らかです。オーケストラのナマを聴いて下さい。決してタンノイ・トーンでもなければJBLトーンでもありません。ジャズのライヴでも全く同じです。

但し、ジャズの場合は、PAを通しますので、必ずしもナマのサウンドとは云えませんが、かってのカウント・ベイシー楽団は、ソリスト以外はPAを使いません。フレディ・グリーンのギターもしっかり客席の後ろまで届きます。日本の渡辺貞夫氏の弟でドラマーの渡辺文男氏のグループもPAを使いませんでした。このような本来のアコースティックのサウンドを聞きますと、オーディオの音と比較して、「好みを云うのは間違いだ!」と気付かれるのではないかと思います。

 オーディオは如何なるクセも持ってはならないのです。あるがままのサウンドを表現するものが最高だと考えています。そのことは、オーディオの場合、ソフトに入っている音を忠実に再現する!ということと同じです。そして、LPにはキチンとその音が入っています。

 クラシック・レーベルの名門、ドイツ・グラモフォンには有名な名レコーディング・エンジニアのギュンター・ヘルマンス氏がいます。このクラスの人たちは、楽譜は勿論読めますし、それどころか、リハーサル風景のビデオを見ますと、プロデューサーと共に、超一流の指揮者に対して注文をつけたりしています。ギュンター・ヘルマンス氏は、クラシカ・ジャパンの放送を見ますと、多くの録音に関わっています。また、ジャズには有名なブルー・ノートのヴァン・ゲルダー氏がいます。音はキチンと入っているのです。その音をそのとおりに再生することがオーディオの役目と云えます。

 こんな人がいました。「俺は50年代のジャズしか聞かないので、50年代に作られたオーディオしか使わない」・・・と。これは考えそのものが間違っています。50年代の音は、50年代の音でその通り入っていますので、本格的なオーディオで聞いても50年代の音にしかなりません。何も骨董品のハーツフィールドなどで聞く事はありません。有名なアルバムに、ライオネル・ハンプトンが1947年に録音した「スターダスト」があります。日本で云いますと戦後間もない昭和22年の録音です。この録音のハンプトンのヴァイブの音は本当に凄い音で捉えられています。50年代のオーディオでは本当の音の再生は不可能です。当時の録音機材は今と比較にならない粗末なものと考えられます。それでもエンジニアの情熱がこのような音を捉えたと考えられます。もっと遡って1938年にベニー・グッドマンが催したクラシック音楽の殿堂「カーネギー・ホール」での史上初のジャズ・コンサートの実況録音盤です。これは、たった1本のマイクで捉え、それを、CBSコロンビアのスタディオに電送して、CBSのスタディオで録音したものです。これを本格オーディオで聞きますと、音そのものはモノラルで古い感じはしますが、その音楽性の高さに驚かされます。因みに、このアルバムは、コンサートより12年後にLP二枚組みで発売になり、LP史上初のベスト・セラーを記録しています。

 クラシックのオーケストラなどで、ヴァイオリンの音が柔らかいと思っている人が多いようですが、ヴァイオリンは決して柔らかい音ではありません。大抵はヴィオラの音と勘違いしていることが多いようです。ヴァイオリンは、周波数的に高い音程の楽器ですので、高域がシッカリしたオーディオでないと万全な再生が出来ません。ドームやコーンのツイーター及びメーカー製システムに搭載されているマグネットの貧弱なものでは、ヴァイオリンの緻密で繊細な音は表現されません。それで、高域の出ないシステムで押さえ込んでキツサから逃れようとします。ヴァイオリンは、キチンと高域周波数に追従するシステムで再生しなければなりません。そのとき本当のヴァイオリンの音が聞き取れます。ホーン・システムは、トランペットなどの金管楽器は得意だが、ヴァイオリンのような弦楽器には合わないと考えている人が結構います。大きな間違いと云わなければなりません。

 音楽は、音の集合体ですから、正確に再生できる能力をもつシステムには苦手も得意もないのです。

このように、自分のシステムの欠点を隠す意味で「好み」を云っている人は多いようです。

 オーディオに「好み」の入り込む余地はありません。「好み」を云うならオーディオに対してではなく、音楽そのものや演奏に対して持つべきだと思います

 ところが、音楽そのものに対する「好み」もオーディオと無縁ではないことが往々にしてあります。

 つまり、オーディオの再生能力に合わせて音楽の好みが変わる事態です。「俺は室内楽が好きだ」と云う人がいます。その人のオーディオを私と縁が出来て、オーケストラが十分鳴らせるようにして上げますと、オーケストラの迫力に圧倒されて、俄然オーケストラ・ファンに宗旨替えします。結局、室内楽が好き!というのは、自分のオーディオが室内楽しか鳴らせなかったからです(この場合も本当の室内楽が鳴っていたとは云えませんが・・本当は室内楽はオーケストラより難しい部分があります)。

 私が知り合いになるオーディオ・ファン(音楽ファン)は、当初はジャズの方はジャズのレコードのみで、クラシックは持っていても数枚程度です。クラシック・ファンの方も同様で、ジャズを数枚持っておられれば良い方です。しかし、面白い事に私と何回か話をし、またオーディオのグレードが上がるにつれて、ジャズ・ファンの方はクラシックも、クラシック・ファンの方はジャズも聴きたいと云われるようになります。そのときは、私が2〜3万円の金を預かり、行きつけの中古レコード屋で私が選んで送る事にしています(地方では適当な店が無かったり、あっても程度が悪かったり、品揃えが薄かったり、価格が高かったりするようです・・私は、選んだレコード全てにその都度聞き所を書いた解説文を後ほど送ります・・これもアフター・サービスと考えます)。そして今では、全部のお客様がジャズとクラシックを同等に楽しんでおられます。オーディオのグレードが上がれば音楽ジャンルも広がります。その分楽しみも増えて行く訳です。オーディオの醍醐味はその点でも増して行きます。音楽ジャンルの拡大までを視野に入れたオーディオのグレード・アップこそが重要です。

 そこで、私の勝手な自慢話になりますが・・。

 音楽大学の先生や、音楽の先生たちはもっと音楽ファンを増やす努力が必要だと思っています。私の友人に「音楽評論家」と名乗る人がいます。音楽コンクールの審査員をしたりしています。また芸大を出て、音楽大学の教授になっている人もいます。私大は定年が長いのです。しかし、この方々は一人の音楽ファンも育てていないと私は思っています。元々音楽に興味があり、或いは親にせかされてピアノや声楽を学んだ人たちを相手にする訳です。しかし、私の場合は、全くクラシック音楽に興味を持たなかった人をクラシック・ファンにし、クラシックしか興味の無かった人がジャズの楽しみを知るようになる。私は、その点で音楽大学より音楽界に貢献していると思っていますが、誰も認めてくれませんね(笑)。

 オーディオの音の好みも、音楽ジャンルの好みも、全ては思い込みによる錯覚に過ぎません。なるべく早く気付いた方が楽しみは増えます。オーディオに「好み」の入り込む余地はありません

2005・5・25