――鹿児島市Mさんの場合-――
今の装置を生かすで、グレードアップの実践法をお伝えしましたが、ここでは、より具体的に実際の例で説明しながら話しを進めて参ります。
鹿児島市のMさんは、父親の代からの開業医です。オーディオは学生時代から続けておられて、研修医時代や、父親の跡を継ぐまでにも熱心な音楽・オーディオ・ファンでした。結婚して子供が出来ると、子育てに専念したいと、10年間のオーディオの休業を申し出られました。そのときのスピーカーは、私が納入したタンノイのスーパー・レッド・モニターでした。それから10年、丁度そのときイケダのトーン・アームが発売になりました(1996年)。それを契機にMさんのオーディオが再び動き始めることになります。他のことはさて置き、スピーカーのグレード・アップの遍歴を紹介します。
その頃Mさんは、父親の跡を継ぎ、病院も新築して、立派な院長になっておられました。(お父さんも勿論健在で、時々は手伝いをなさっておられるようです)
先ず、私の持論として、今有るタンノイを生かしてグレード・アップすることは当然のことです。ここで、他の高価な市販スピーカーを入手するようでは、本当のグレード・アップは成り立ちません。
兎に角、ツイーターの追加が最初です。その際、アナログ関係は、殆ど私の推奨するもので完了しておりました。そこで先ず、エールのツイーター・1750DEをハイパス・フィルターでカットする方法で納入致しました。俄然タンノイのスーパー・レッド・モニターが生き返ったことは当然です。従来のスーパー・レッド・モニター一本で鳴る音とは全く異なった音が響くことになります。
翌年になりますと、次のステップへ進みます。3ウェイへの移行です。この際に必要なものは、パワー・アンプ一台、チャンネル・デバイダー一台が必要になりますが、この際Mさんは完全マルチをやりたいとのことで、ハイパス・フィルターは私が下取りすることになりました(キチンと下取りします)。
チャンネル・デバイダーは、当時は現在のようにラックスの2チャンネル用のものがありませんでしたので、4ウェイ用のアキュフェーズのものになりました。これは、1チャンネル毎に増やせるタイプですので、これを3チャンネル用として使用することになりました。(結局、パワーアンプは都合2台)
スピーカーの方はエールの4550DE・ドライバー(中高音用)とホーンのEX−800です。これをスーパー・レッド・モニターの寸法に合わせたキャビネットにマウントします(写真)。スーパー・レッド・モニターは当然、内部のネットワークを外しウーファーとアンプを直結します(この場合のクロス・オーバーは1kHzと7kHzです)。音は俄然繊細感とスケール感を増し、音楽が存分に楽しめる雰囲気になりました。その翌年は、ウーファーを入れて3ウェイを完成させるか、或いはこのままで4ウェイまで進むかの問題です。この際は、ウーファー・エンクロージャの寸法の問題がありますので、このまま4ウェイに移行することになりました。
今回必要なものは、スピーカー関係では、7550DEドライバー(中音用)、これを4ウェイの場合のミッドバスに使用します。大型になりますので、それなりに気遣いは必要です。ミッドバス用のホーンは、EX−150Mです。その他にパワー・アンプ一台、チャンネル・デバイダーのボード類1セット分(200Hz用)です。ホーンは、そのままでは置けませんので、専用のキャビネットを私の方で準備してセットしました。(写真)
ここで、タンノイさんは横置きに寝そべり休んだ格好ですが、これでもタンノイかと思う低音を再生します。それは、上のミッドバスが存分に低域の加勢をしているからです。これまでに、毎年1チャンネルづつ増やして4ウェイに到達しました。この時のクロス・オーバーは200Hz、1kHz、7kHzとなります。200Hzからホーンが受け持ちますので、従来の1kHzまでをタンノイのコーン・ウーファーが負担していたより遥かに有利となり、奥行き感もありスケールに満ちた、更に低域までホーンらしい緻密なサウンドになりました。3ウェイの段階で既に他の追随を許さぬサウンドに変身したところへ、4ウェイはさらに異次元の世界に誘います。
次は、いよいよウーファーの導入です。ここで、デザインの問題でMさんに相談です。5ウェイの場合と、4ウェイの場合とはエンクロージャのデザインが異なります。「どうされますか?」Mさんはこれに合わせて作って欲しい「5ウェイの時無駄になりますよ」「構いません」ということで、現在のシステムに合わせたエンクロージャを制作することになりました。(面白いことに音の向上と平行してレコードの数がグングン増えていきます)
今回の必要品は、ウーファー・エンクロージャ(私のオリジナル)と内臓ユニットはエールのWA−4000(コーン型ウーファー)のみで、アンプはそのまま使います。このとき、永年働いてくれたタンノイ・スーパー・レッド・モニターはやっと役目を終えて引退することになりました。息子さんがオーディオに関心があれば、そのときまた陽の目を見ることになります。(使い込んだスピーカー・システムは音が馴染んで新品より聞きやすいのです)
左の写真が4ウェイの出来上がり図です。上部のホーンのキャビネットはタンノイに合わせたものなので、寸法的に少し合いませんが、これで音の方は完全な4ウェイが出来上がりました。もう低音不足を感じる事もありません。物凄いサウンドが部屋中に響き渡ります。
今までのシステムで、不要になったのは10数年前に購入したタンノイのみです。これも何れ息子さんが使われます。全く無駄なくつぎ足すのみで4ウェイまで発展しました。これが本当のグレード・アップなのです。買い替えでは絶対に到達し得ない境地といえます。(無駄なお金は1円も使っていません)
このような方法を実際にショップや雑誌などで提示されたことがあるでしょうか?絶対に無いと確信をもって断言できます。これが私の云うグレード・アップの実例なのです。実は、Mさんのオーデイオの発展は、これで終わりではありません。いよいよ究極の5ウェイへと進みます。その際の処理の仕方に注目して下さい。その前に、私は基本的にオーディオは、生活の場の中にあるもの、従ってデザインも生活空間にマッチしたものでなければならないと考えています。Mさんの場合は、今までの説明でお解かりのようにステップ・アップの段階で万全を期せない部分がありました。実際は可能ですが、Mさんは、すでに先のステップ・アップを考えておられたのでこのまま済ませましたが、本来は下の写真のようなデザインが望ましいのです。東京の方の例を写真でお目にかけます。この方は、タンノイのGRFをベースに4ウェイに進まれた方です(勿論ツイーターの追加が発端です)。タンノイのGRFをウーファーとして使い(ネットワークを外してウーファーをパワー・アンプに直結してあります・・・その際、内部のケーブルを見たユーザーの方は「こんなものしか入っていないのですか?」と驚かれましたが「そんなものです」と答えておきました)、横にエールのドライバー群が加えられています。マウント・キャビネットの高さはタンノイに揃えられています。左がサランネットを外した所で、右がサランネットを付けた所です(私のオリジナル・デザイン)。ここも次には5ウェイに発展されたのですが・・・・。(東京)
ここでもう一人、鹿児島市のKさんに登場していただきます。Kさんは学生時代からヴィオラを演奏されるお医者さんです。奥様はヴァイオリンを演奏されて、鹿児島でご夫婦を中心に弦楽四重奏団や室内合奏団を結成して活躍しておられます(アマチュアと思えない高度な演奏を披露される団体です)。
このKさんは、結婚当初、私の店に来られてオーディオ一式を購入されて以来のお付き合いです。あとで聞きますとテレビより先にオーディオを購入されたのだそうです。(この団体の演奏の技量の高さは、やはり“鑑賞”を十分にされる演奏者だからだと私は思っています。クラシックの演奏者は意外と鑑賞をしないのです)
お勧めしたのは当時発売になって間もない「ハーベス」HLモニターでした。
KさんはMさんより早くからハーベスにツイーターを加えて聞いておられました。
ユニットはYLのD−18000Y(オーディオノート製)でした。その後KさんもMさんに刺激されて3ウェイにされました。弦楽奏者だけに高域の音にはかなり気を使われます。この段階では2チャンネルマルチの3ウェイです。ハーベスを横置きにして、その上に板を置いて中音ホーンを乗せます。こうしないと、ドライバーがハーベスからはみ出すからです。
さて、Mさんの5ウェイへの移行が本格化します。今までのもので不要になるのが、ミッドバス用ホーン(キャビネットつき)とウーファー用エンクロージャです。ここでKさんの存在が重要になります。ミッドバス用ホーン(キャビネットつき)と、ウーファー用エンクロージャをKさんに中古価格で引き取って貰うように私から依頼しました。Kさんも快く引き受けて下さいました。Mさんとしては全額が不要になる覚悟で揃えられたものですが、Kさんの引取りで思わぬ予算が出来て5ウェイへの移行が楽になりました。
Mさんが新たに必要なものは、5ウェイ用のホーン・マウント・ステージ一式(私のオリジナル)中音用ホーン(EX―250・・・ドライバーは7550DEですから載せ替えるのみです)とミッドバス用ホーン(EX−70)とドライバー(これは、YLのウーファー・ドライバーの中古をエールにメンテナンスしてもらい、それでOKでした・・・・・必要十分であれば、なるべく出費は抑えるのが私の主義です)
それとウーファー用エンクロージャ(私のオリジナル)です。ウーファー・ユニットは載せ替えるだけです。一方Kさんの方はエンクロージャと4ウェイ用のホーンが格安で入手出来てこちらもラッキーでした。このような場合、私はお客様同士の橋渡しをするのみで中に入りません。価格を提示するのみです。双方に良いように・・。
通常のように中間に入りますと、手放す方の価格は安くなり(ユーザーの損失が増える)、新たに購入する方は高くつきます。どちらの利益にもなりませんので、私は常にお客様同士の直の取引としています。Kさんは、ドライバーの7550DEとウーファーのWA−4000を予算の出来たときに揃えればよいわけです。
Mさんのアンプの方は、ラックスのチャンネル・デバイダーの追加とパワー・アンプ1台です。このとき、チャンネル・デバイダーのクロス・ボードを変更します。200Hzを500Hzに、1kHzを2.5kHzに。(ここで、3万円位の金がダブります)。これでMさんの5ウェイは完成しました。その後、エージングも順調に進み、実に壮大で、更に緻密・繊細なサウンドを響かせておりました。その翌年、Mさんは、世界最高のユニット、「オールパーメン・ツイーター」(1750DEP 続:スピーカー・ユニットの理想)を導入することになりました。現有のツイーター1750DEは当然Kさんの方へ嫁入りしました。今Kさんのお宅にはMさんのお宅にあった4ウェイ・システムがソックリそのままセットされています。ハーベスと、YLのツイーターが無駄になったとお思いですか?Kさんのホーム・シアターで活躍していますから安心して下さい。一人のグレード・アップで、二人が同時にグレード・アップ出来たことになります。Mさんは今年中高音の4550DEもオール・パーメン(4550DEP)に変更されました。ここの4550DEは東京で働く事になっています。オールパーメンがツイーターと中高音までになったことで、正に夢のサウンドを実感されています。Mさんはしみじみと言われます。「この音は、エールのドライバーと、イケダのカートリッジがあって初めて実現出来るのですよね」・・・と。
ここで、一見関係の無いような写真が挿入されています。これはMさん宅で、4ウェイに移行する際、タンノイのウーファーを元通りに戻す(ネットワークと接続する)際の写真です。ユニットを見て下さい。あたかもマグネットは見当たらないくらいの感じです。大体メーカーの既製品システムのユニットはこのようなものです(タンノイだけに限ったことではありません)。余り大きな期待をしない方が良いという私の意見を思い出して下さい。
完成したMさん宅の5ウェイ・システムです。(トップ・ページのものと同じです) 写真で見られて「ウーファー・エンクロージャが下のステージとハウリングを起こさないか?」。或いは、「ウーファーが上にあれば、低音が上から聞こえて不自然ではないか?」との疑問をお持ちの方があるかも分かりませんので補足致します。
実は、ウーファー・エンクロージャは、下のステージに密着しておりません。2mmほど浮かしてあります。浮かせ方は、私の独特の考え方で、エンクロージャの下部とステージの上部に8mmφの穴を開けてあります。この中にパチンコの玉を入れてこれで浮かせてあるのです。片ch3ヶ。費用はゼロです。但し、このアイディアを思いつくまでに優に10日は考えましたネ。要するにお客様の出費を如何に少なくするか。また見た目に不自然で無いようにはどのようにするか・・・と。脇を見たら普段道端で拾い集めたパチンコ玉(結構落ちているものです)がビンに一杯あるのが目につきました。「これだ!」テナものです。教訓その1、落ちているパチンコ玉も無駄にしない。いつか役に立つ。
ウーファーが上にあるから低音が上から聞こえると言うことはありません。この場合のクロス・オーバーは80Hz,500Hz、2.5kHz、7kHzなのです。ナント80Hzから上は全てホーンで出来上がっています。80Hzで、通常のウーファーよりシッカリした低音を再生できるのです。音の方向感は、ミックス音ですので、驚くような迫力ある低音が下のホーンから溢れ出ます。因みに全体の外寸は、1300(W)、2000(H)、1100(D)(単位mm)となっています。
Mさんは、約9年をかけて、タンノイ・スーパー・レッド・モニターから大型ホーンの5ウェイまで発展されました。その間、音に対してただの一度も不満感はもたれませんでした。1チャンネル増える度に、その音の変化に驚き、安心し、また満足してこられました。この満足感の連続が、次への期待を持たせます。このような楽しみのあるオーディオ・ライフ.を本当に実感して音楽を楽しんでいる人が幾人おられるのか疑問に思います。雑誌等の相談欄の質問や、中古製品の広告をみたり、店頭の中古品を眺めたりしますと、結構悩んでおられるのだな・・と実感します。私のユーザーで、音に不満を訴える方は、ただの一人もおられません。みんなの方が、自信をもってシステムを信頼し、音楽をこよなく楽しんでおられるのです。
しかし、万全の筈の4ウェイに至り、その上何故5ウェイに行くのか疑問に思われる方もあるかと思います。
お答えします。
それは、4ウェイと5ウェイは全く別次元だからです。4ウェイは、3ウェイの発展・強化型(延長線上にある)とも云えます。つまり、3ウェイの上級機種的な部分があります。勿論、3ウェイとは比較にならないスケール感と奥行き感があって4ウェイの魅力は十分発揮しますが、5ウェイは、4ウェイの発展・強化型(延長線上)の範疇に入りません。全く異なる別の世界の音を現出させます。2ウェイから4ウェイに至る一連のグレード・アップは、4ウェイで途切れます。5ウェイは全く別の分野のオーディオの世界と考えた方が良いのです。これを4ウェイの発展型的な考えで取り組むと大変な間違いを犯して逆に失敗します。5ウェイとはそのようなものです。それは、取り扱いの問題や、鳴らし方の専門性、セット・チューニングなど、並外れますが、実は、音そのものが、全く異次元のサウンドなのです。このことを理解するにはMさんのような軌跡を辿ることは重要なのです。
今、Mさんは、オーディオに対しては、何も考えずヒタスラ音楽を楽しみながら、それでも鳴らす度ごとに「良い音だなァ!」と実感し、満足感に浸ってておられます。
2005・6・30