こんなレコードがあります 
お聴きになりました?

 私が自分用の楽しみとして聴くレコードで、余り一般的に話題に上らないレコードがそれなりにあります。しかし、決して無視できない素晴らしい内容のものもあれば、また、十分に鑑賞に堪えられるものもあります。ここでは、それらのレコードの内容と、その聴き所(楽しみどころ)をなるべく詳しくご紹介したいと思います。

1)       銅琴協奏曲 「黄河」 中央楽団 作曲 演奏
   ピアノ協奏曲 「黄河」 中国中央楽団 作曲 演奏

 このアルバム(右のジャケット写真)は、1971年に中国で録音されたもののオリジナル・レコード(10吋・モノラル盤)です。所謂、当時の内閣総理大臣田中角栄氏の日中国交回復が実現したのが1972年で、その前年の録音と云うことになります。
 この曲は、中国では大変に好評で連日ラジオからも放送されていたそうです。日本でも国交回復に伴い、真っ先に入って来たのがこのアルバムです。私は、輸入レコードも取り扱っていた関係で、10枚を取り寄せました。これが、そのうちの一枚です(他の9枚も完売)。当時は、中国でのステレオ録音は無かったようでモノラルですし、しかも音質や盤質はイマイチです。しかし、この曲は、それなりに関心を集め、また、このレコードの演奏者がそのまま来日して日本でも演奏会が行われました。また、ジャケットの中には、中国語と英語で「毛主席語録」が同封されていて、ジャケットも1950年代の日本のLPのジャケットのようにお粗末です。時代を感じます。
 作曲が中央楽団となっているのは、共同作品という意味なのか、このような国民的作品は共産圏では、個人名では具合が悪いのか良くわかりません。
 指揮 : リー・テーイゥン  ピアノ : ユィン・チェン・エゥン
 管弦楽 : 中央フィルハーモニー管弦楽団(と英語では書かれています)

左側のこのジャケットは、同じ曲を演奏した、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏のものです(ステレオ)。録音の経緯と曲の内容をご紹介します。
 私の知る限りでは、「黄河」の録音は、この2枚しか存在しないと思っていますが、オーマンディは1973年、フィラデルフィア管弦楽団を率いて中国公演を行っていて、(9月10日〜23日)その際「黄河」を演奏しています(ピアノは前記のユィン・チェン・エゥン)。そのため、この曲を録音したようです。
 この曲は、ピアノ協奏曲となっていますが、形式上は協奏曲の態をなしていません。「ピアノと管弦楽の為の組曲」或いは「幻想曲」といった方が当たっていると思います。
 兎に角、この曲が、音楽的にも新生中国を標榜したものであることは間違いありません。曲は、中国の雰囲気を前面に押し出し、非常に美しい旋律にあふれ、オーケストラのサウンドとしても、特に私たち東洋人には大変親しみやすい曲となっています。この曲が、大変な速さで中国全土に普及したことは驚異的です。日本での演奏会も、たしかNHKで放映されたと思いますが、日本でも比較的多くのファンを得ました。
 曲は4つの楽章から出来ていて、それぞれにタイトルが付けられています。

 1、前奏曲「黄河の船うた」   (前曲、黄河船夫曲)     3:23
 2、「黄河を讃える」       (黄河頌)           4:16
 3、「黄河の憤り」         (黄河憤)            6:23
 4、「黄河を守れ」         (保衛黄河)           6:05


 音楽的にも1から2,3と続くうちに旋律も単調さから次第に複雑さを増しながら大変分かりやすい雰囲気と単純さ(オーケストレーションも)も持っていて、一度聴いただけで、深く記憶に残るほど印象深い曲でもあります。これほど民族性を高く表現した曲も珍しいと思います。機会がありましたら是非お聴き頂きたい一曲です。
 中国の中央楽団とフィラデルフィアの演奏では、オーケストラの格も違いますし、片方はステレオ録音で、音質的にも相当な開きがあります。フィラデルフィアの演奏は、完璧に近いのですが、条件が悪いとは云え、やはり、民族的な血の沁み込んだ雰囲気は、中央楽団に軍配が上がります。これは止むを得ない事だと思います。
 楽器構成は通常のオーケストラ編成で、打楽器にはティンパニー4(一人)、トライアングル、シンバルが加わります。他に中国楽器の竹笛と琵琶が加わっていて、大きな効果を上げています。続いての曲には、中国の民間歌曲を編曲した「労農行進曲」が入っています。これは、中国でピアニストのユィン・チェン・エゥンがアメリカ民謡の「峠の我が家」を演奏したことに対する返礼として演奏されたものです。一度聞いただけで覚えて仕舞うほど単純な曲の繰り返しですが、結構魅力的です。更にスーザの「星条旗よ永遠なれ」が入っていますが、これは中国公演では演奏されなかったようです。この曲の演奏にはアメリカのオーケストラは例外なく張り切ります。B面にはレスピーギの「ローマの松」が収録されていますが、この曲も中国公演で演奏されたものです。
 オーマンディは帰国後、サラトガ・スプリングスで中国訪問公演の曲目による演奏会を開きましたが、その時の「黄河」のピアノには、ニューヨーク生まれでジュリアード音楽院出身のダニエル・エプステイン(当時27才)が選ばれましたが、彼は、「黄河」の楽譜を国連中国代表に依頼して入手。オーマンディから誘いがあった時は完全に曲をこなしていたということです。

 指揮:ユージン・オーマンディ   管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団
 ピアノ:ダニエル・エプステイン  竹笛:マレー・パニッツ  琵琶:ホーマン・リー


 民族的な曲として、日本では、外山雄三の「ラプソディー」(八木節をテーマにした)が有りますし、組曲には伊福部昭が1935年に発表した「日本狂詩曲」がありますが、日本人にどれだけ普及したかは分かりません。ただ、「ラプソディ」は教科書にも採用されていて、比較的知られています。最近では、モスクワ放送交響楽団の横浜公演で、アンコールに演奏されて大喝采を博しました。実際、作曲者の指揮したものより迫力がありました。

ここに「銅琴」とあるのはピアノのことで、戦前には日本でも使われていました。因みにヴァイオリンは「提琴」と書きます。

2)ブー・ドゥー(Boodoo)組曲  ペレス・プラード作曲   ペレス・プラード楽団演奏

 ペレス・プラードと云えば「マンボの王様」として知らない人はいない位に有名ですし、彼の作った「マンボNo5」「セレソ・ローサ」(ミリオン・セラー)は一度は耳にされた事があるかと思いますが、ここに紹介します
「ブー・ドゥー組曲」は彼の“畢生の大傑作”と云っても過言でない作品だと私自身は高く評価しています。

 1954年4月7日、かねてから新録音についてプラードと検討を重ねていたRCAビクターのラテン・アメリカ音楽部門の企画担当者ハーマン・ディアス・ジュニアの元へ、同じRCAビクターのジャズ部門の企画担当者ジャック・ルイスが参加したことで、この「ブー・ドゥー組曲」が誕生する事になりました。この席でディアスとルイスは交々、プラードに対して少なくとも近い将来
「アメリカのジャズと原始リズムの結合を実現させた管弦楽曲」――― “アフリカに発生したリズム”と“今のジャズの基礎となっているもの”をひとつに結びつけ、聴く人にその近親関係を明らかにする一種の音詩をものすべきである・・と力説しました。このアイディアを聞いたプラードは体内に創作意欲が燃えたぎるのを覚えたと云います。その席上プラードは直ちにその構想を述べ、アイディアを即座に実現することを約束し、直ちに席を移して音詩の作曲、編曲に没入しました。一方、ディアスとルイスはプラードの構想に基づきその吹き込みに参加するミュージシャンの人選に着手。ウェスト・コースト派の名トランペッターであり、モダン・ジャズ界の優れた編曲者でもあるショーティ・ロジャースが相談相手に呼ばれました。それから24時間後の4月8日、全員が録音スタジオに集っていました(24時間後ですよ)。草稿を手にしたプラード、ディアス、ルイス及び22人のミュージシャン達。

 かくしてこの世紀の録音は数ヶ月前から慎重に準備されたかの如く整然と開始された・・・と云います。(レコードのライナー・ノートより抜粋)
 最初は「ブー・ドゥー組曲」は10吋盤の両面を使って発売になりましたが、その後12吋盤の片面全部を使って通しで聴けるようになりました。それがこのレコードでB面に収録されています。
 曲は、23分32秒に及ぶ大作で、アフリカのジャングルの夜明けに始まり、次第に夜が明けるに従い、アフリカン・リズムが高揚していき、ボーカルが流れ、やがてコーラスとなり(・・・このコーラスは少し乱れますが、ノー・リハーサルだったことが分かります)次第に楽器が加わり、リズムも多彩となり、突然モダンジャズのベースにのってサックスが吹かれるかと思うと、リズムが強烈なアフリカン・リズムとなり、いやが上にも高揚して行く。モダンジャズとアフリカン・リズムと更にマンボまで加わり渾然一体となった一大交響詩が繰り広げられます。そのリズムの多彩なこと。また、旋律の豊富さ、とても24時間に思いついたとは思えないほどです。多彩な旋律とリズムが縦横に駆使され、また、ミュージシャン達が見事にそれを表現していることに驚かされます。曲は、また、静かなアフリカの夕暮れとなって終わります。

 恐らく、簡単な打ち合わせのみのノー・リハーサルで一発録音されたこの演奏を聴きますと、当時のペレス・プラード楽団の力量の高さがわかります。私にとっては50年近く愛聴し続けた貴重盤といえます。レコードは、50年間聞き続けても問題なく今の超敏感なカートリッジでも聴けるのです。長持ちはCDの専売ではありません。今でも、年2・3回は聴きます。当然モノラル盤です。LPのタイトルは
「フィエスタ・クバーナ」です。機会があれば是非お聴き下さい。ラテン音楽をお好きな方ならお持ちの可能性は高いです。余談になりますが、日本のサックスの第一人者の渡邊貞夫氏もアフリカを非常に大事にして良く訪れています。

3) みんなりこう者  POCO

 カントリー&ウェスターン・ロックのアルバムです。私の店は、ロックとジャズ、クラシックの専門店で、ロックは当時はまだビートルズ全盛で、他にレッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズ等々が話題の中心でした。そんな中で、このPOCOは殆ど評判になりませんでした。
 POCOは元バッファロー・スプリングフィールドのメンバー二人がもとになって結成されたのだそうです。白状しますと、私はロックの世界には全く無知なのです。
 この録音に参加したのは、新しくメンバーになりたてのベース・ギター(上手い!)を加え5人です。

 私が経営していた店の近くに、ロックとジャズを鳴らす喫茶店があって(オーディオとレコードは全て私の店から納入していました・・・その店は今もあります)、その店でこのPOCOが評判になり、リクエストの上位を占めるようになりました。私も注目し、そのレコードをオーディオの試聴用に多用したことから評判になりました。

 困った事には、オーディオの客に聞かすと、必ず、「このレコードを分けて呉れ!」と云われて取り上げられるのです。あまり頻繁に入荷もしない程度のアルバムだったのです。従って間もなく廃盤になり、入荷しなくなりました。辛うじて私の手元に残った最後の一枚がこのレコードです(現在、CDは出ています)。

 何故リクエストの上位にランクされたかと云いますと、楽しくて、また当時としては録音も良くて聞く人を惹きつけたからだと思います。
 特に、注目はB面です。B面一曲目は「愛をつかもう」というヴォーカル入りの通常の演奏(このグループの音程は高い)ですが、一曲目が終わると切れ目無く二曲目の「みんなりこう者」に入ります。この曲が正に
ハイライトなのです。

 
演奏時間は、17分52秒。 ギターの導入に始まり、開始を宣言するような叫びが入ると待っていたようにドラムスを中心にリズム隊の出番となります。彼らはドラムスとベース・ギター以外は、スティール・ギターなのですが、此処ではギターを使わず、ハモンド・オルガン、マラカス、ボンゴ、など等、多彩な楽器を次々と繰り出し、延々と続けます。それらが実に計算され尽くした音とリズムを披露します。オルガンも特筆物で惹きつけます。これだけの長時間を、リズム中心で、飽きさせるどころか自然に引き込まれる魅力は、とても若者だけの音楽センスとは思えないほどです。更に時折入るギターやオルガンとの掛け合い、またハッとさせる魅力的なメロディー。計算され尽くした音楽構成。長時間に亘る演奏では、ジャズでもフェイド・アウトする場合が多いのですがこの曲は終結までキチンと構成されています。このような演奏をジャズでもクラシックでも聴いた記憶はありません。このアルバムも、私の35年来の愛聴盤です。私の長い中古レコード店めぐりでも、このアルバムを見かけたことはありません。きっと余り売れなかったのでしょうかネ。どうしても聞きたい方はCDを入手して下さい。

4)「日本組曲」  池田孝春 作曲    有馬 徹とノーチェ・クバーナ演奏

 有馬徹とノーチェ・クバーナと云えばラテン音楽全盛時に、見砂直照と東京キューバン・ボーイズなどと肩を並べる名門ラテン・バンドでした。
 真面目を絵にしたようなバンド・マスターの有馬徹は、信頼感も得て、人気がありました。演奏も華やかなラテン音楽と云うより生真面目な演奏でした。その有馬徹率いるノーチェ・クバーナが非常に意欲的な作品に取り組みレコードに残しました。(創立25周年記念)

 1)に紹介した「黄河」に対抗した訳では勿論ありませんが、こちらはタイトル通り「日本組曲」で、日本の風土を独特の雰囲気と楽器使いのアイディアで表現し、全く飽かせない大曲となっています。この曲も、全部で4つの部分からなりたっています。

 A面 1 二百十日
      2 恐山
 B面 1 鼓響
      2 鳴門


A面 1) 「二百十日」は立春から数えて210日目で9月1日頃に当たります。所謂台風シーズンです。
 ここで描かれるのは、ハリケーンでもサイクロンでもなく「日本の台風」です。その雰囲気を強く出す為に日本の鼓、大皮(太鼓)を加え、日本の雰囲気を作りながら台風のすさまじい様子を描きます。旋律も聴きやすく楽しめます。
2) 「恐山」は青森県の下北半島の中央に位置する休火山です。ここは、カルデラ湖(宇曾利湖)があって、その北岸一帯は至る所に硫気が噴出して草木も育ちません。まさに「黄泉の世界」です。そこに死者を呼び寄せ、現世の人との橋渡しをする「イタコ」と呼ばれる人達が来て、死者の霊と引き合わせます。有名な「イタコの口寄せ」です(毎年7月20日〜24日の恐山大祭。及び9月1日〜5日の秋詣りに行われて、山は多くの参詣人で賑わいます・・・恐山菩提寺)。この「恐山の一日」を描いたのがこの曲です。
 先ず夜明けはアルト・フルートです。続いて打楽器が岩に当たる陽の光を象徴し、明るくなると管楽器によるリズミカルなメロディーが奏されます。これは、周辺の農家に祀られた「おしら様」という民間信仰の対象をイタコが一軒一軒まわって祈る時の祭文で「おしら祭文」と云われ、そのモチーフを元にしています(ナカナカ良いのです)。

 やがて数珠のリズム(本物の数珠を使って、実際にイタコが口寄せする時のリズムが取り入れられています・・・素晴らしいアイディア)にスキャットがからみ(このスキャットが実に雰囲気を盛り上げます・・・伊集加代子)「イタコの口寄せ」が始まります。呼び寄せられた霊魂が、エレキ・ギターで表現されます。恨み、嘆き、喜び、対話、とドラマティックに盛り上がります。一方、津軽に欠かせない「津軽じょんがら節」の合いの手がサックスで奏され、口寄せと混ざり合ってクライマックスを作ります。やがてフルートとスキャットで夕暮れになっていきます。

B面 1)「鼓響」は和太鼓の競演といったところで、現在の太鼓ブームのはしりと考えられる演奏で、ここでは北海太鼓をテーマに奏されます。大太鼓1、中太鼓2、他がオーケストラと白熱の競演を繰り広げます。
2)      「鳴門」は私がもっとも愛聴する曲です。描かれているのは、うず潮で名高い鳴門をはじめ四国の風物詩です。打ち寄せる波の音をバックにホラ貝が吹き鳴らされます(作曲者の池田氏自身が吹いています)。
普通は「ホラ貝」と云えば、時代劇の戦場のシーンの音しか聞いていませんが、専門のミュージシャンにかかるとこんなに美しい音色になるんですね。
 ついで、四国四十八ヶ所の霊場をめぐるお遍路がうたう「ご詠歌」の一つを始めはストレートに、次いで8分の6拍子でアフロ風に変奏されますが、このメロディーが実に美しくて痺れます。ここを聞きたいばかりにこの曲を聴く!といって良いほどです。一転して「阿波おどり」となり、最後は鳴門のうず潮とホラ貝、の音で終わります。
 このアルバムの作品は、普通の日本ムードを出すだけのものでなく、オリジナリティを重視して、「じょんがら」にしろ、「ご詠歌」「阿波おどり」にしろ、単に借り物でないところが大いに楽しめる所以です。また、録音もシッカリしていてオーデイオ的にも楽しめます。

5) キャラバン    ミルス・ブラザーズ

 世界最古の歴史を持つヴォーカル・グループの一つ「ミルス・ブラザーズ」は、ジャズファンの方なら大抵ご存知です。このグループは、1922年に初めて公開のステージに立った4人の兄弟による世界最初のジャズ・コーラス・グループと云えるかと思いますが、不幸にして、1935年、ギターも担当していた長男が事故で他界すると父親が代わりに参加して演奏を続けました(これも凄いことと思います)。因みに1930年にはレコーディングを開始し、その中の一曲「タイガ−・ラグ」は1930年度の全米初のミリオン・セラーとなったほどです。父親は1957年に引退しましたので、このレコードの時は3人で演奏しています(ギターが別に加わり4人)。このグループは、単なるコーラス・グループと異なり、楽器の物まねが半端でなく卓越していて、そのもっとも素晴らしい演奏が、エリントン・ナンバーのこの「キャラバン」なのです。

 
「ザ・ミルスブラザーズ・ライヴ・アット・ザ・チボリガーデン」(MCA・DOT)がLPのタイトルで、そのB面一曲目が「キャラバン」なのです。3分51秒ですが、しゃべりが入っていますので、実際の曲は3分足らずです。トロンボーン、ミュート・トランペット、サックスが本物ソックリに演奏されます。全てが驚異的擬音ですが、特にミュート・トランペットは信じられません。また3人が合奏するシーンでは客席から拍手が起こります。兎に角「凄い!!」の一言です。このアルバムをお持ちの方も改めて聴き直して欲しい一曲です。

以上、私の独断で紹介させて頂きました。他にありましたら改めてご紹介致します。

2005・8・16