こんな演奏のレコードがあります 
―― ベートーヴェン編 ――

 普段、何気なく聴いているレコードにもチョット気をつけると「ナルホド!」と思うものがあったり、また、「何だコリャ!」と思うものもあります。そんなものの中から、ベートーヴェンの作品を3曲ご紹介します。

1)ベートーヴェン作曲 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61

       ヴァイオリン独奏 ヴォルフガング・シュナイダーハン

   指揮:オイゲン・ヨッフム  管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

(ドイツ・グラモフォン)

 この演奏は「なんだコリャ!」の部類です。勿論演奏そのものは悪いはずがありません。 ソリスト、指揮者、オーケストラ・・・と何れも超一級揃いです。
 私が、このレコードを最初に手にした時一番に興味を持ったのは「カデンツァ」が演奏者のシュナイダーハンのオリジナルになっていたことです。

ご存知のとおり、この曲は、アノ「運命交響曲」の作曲中に一時作曲を中断し、ベートーヴェンとしては珍しく極めて短期間にこの「ヴァイオリン協奏曲」や「交響曲第四番・作品60」その他(「ピアノ協奏曲第四番・作品58」やピアノ・ソナタ「熱情・作品57」)等々)を立て続けに書き上げていて、いわゆる「傑作の森」時代の作品のひとつで、1806年に初演されています。が、評判は必ずしも良くなかったようです。この曲が、世間に評価され始めたのは、ベートーヴェンの没後の1844年に、メンデルスゾーン(1809〜1847)の指揮するゲヴァント・ハウス管弦楽団の演奏会で、僅か13才のヨーゼフ・ヨハヒムが演奏してから認められるようになり、その後もヨハヒムは幾度と無く演奏しました。こんにち、この協奏曲を演奏するソリストは、カデンツァの演奏には、大抵がこのヨハヒムの演奏したものを使うか、もう一方ではフリッツ・クライスラー(1875〜1962)のものを使用するのが一般的です。ところが、このレコードの演奏は、シュナイダーハンとなっていますので、大変興味を持ったということです。

初めて聴いて「何だコリャ!」と思いました。通常、カデンツァは、ソリストの独壇場でオーケストラは全休止します。しかし、この演奏では、ティンパニーが加わって効果を挙げていますし、曲のイメージやテンポが独特なのです。もっとも、この曲は、単なる打楽器であったティンパニーを一個の楽器として、しかも曲の冒頭にソロを持ってくるという全く型破りの作品であることは皆様もご存知の通りです。従ってカデンツァにティンパニーを加えて効果を出す事に違和感はない訳ですが、そのテンポ、リズムも他のカデンツツァと全く異なる事に驚いたわけです。

シュナイダーハンが、このようなアイディアを持っていて、しかも大指揮者ヨッフムがそれに同調したことも不思議(というか“流石”というか)に思われました。

しかし、この疑問?は間もなく解消されることになりました。

 この「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61」には別のバージョンがあることはご存知ですよね。

つまり、第六番目のピアノ協奏曲とも云われるピアノ協奏曲ニ長調 作品61a。即ち、ヴァイオリン協奏曲のピアノ版です。実際には、ピアノ曲を管弦楽曲に編曲したり(「展覧会の絵」のように)することは多くの例がありますが、殆どは作曲者と編曲者は別人です。この「ピアノ協奏曲」はベートーヴェン自身が編曲しているという極めて稀な例に属します。

 その際、オーケストラ部分には全く手を加えず、ヴァイオリンのソロの部分だけをピアノ用に編曲し、主旋律部分も保持していますが、カデンツァ部分は、ベートーヴェン自身が作曲しています。

 従来、ベートーヴェンは、初期の頃こそピアノ協奏曲にもカデンツァ部分を設けてありましたが、カデンツァは演奏者が技巧に走りすぎるきらいがあって、音楽そのものの芸術性が低くなるとして廃止する傾向にありました(有名なピアノ協奏曲第五番「皇帝」にはカデンツァはありません。一楽章の冒頭に、分散和音のソロが入りますが、あれをカデンツァの代用と考える人もいますが、分散和音ですので、音の確定の為との考えも成り立ちますがどうでしょう。スコアを見ますと、カデンツァの挿入部のところに「カデンツァを挿入せず先へ進め」と書いてあります)。従ってこのピアノ協奏曲ニ長調の場合は、ベートーヴェン自身がカデンツァを書いたのです。以後の作品では作曲家がカデンツァを書くのが通例のようになっています。因みに、このピアノ版の完成は、1807年(原作の1年後)で、このピアノ版は翌年の1808年、原作に先立つ1年前に楽譜が出版されています。これは、当時は、原作よりピアノ版の方が評価が高かったからです(理由は、当時ヴァイオリンの名手が慢性的に不足していたから・・・とも云われます)。

 私がこのピアノ協奏曲ニ長調を聴いたのは、シュナイダーハンのものより随分後になりました。

 レコードを紹介します。

 ベートーヴェン 作曲  ピアノ協奏曲 ニ長調 作品61a 

 ピアノ独奏:ピーター・ゼルキン (あのルドルフ・ゼルキンの長男・1947年生まれ)

 指揮:小沢征爾   管弦楽:ニュー・フィルハーモニア管弦楽団       (RCA)

レコードには録音年が記載されておりませんが、イギリスの名門オーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団が、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と名乗ったのは、1964年から77年の足掛け14年間でその期間に録音したということになります。「オザワ」がまだボストンの常任になる前で、レコードのライナーノートをみても「オザワ」についてボストンのことは触れられておりません(客演はあったようです)。どうでも良い事ですが、若手の、しかも親の七光りのあるピーター・ゼルキンを起用し、殆どの演奏家が余り取り組まないベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のピアノ版を録音するのも如何にも「オザワ」らしいと思います。

このピアノ協奏曲を聴きますと、カデンツァはシュナイダーハンのものと全く同じで、ティンパニーも同じように入っています。つまり、カデンツァにティンパニーを加え、リズムやテンポも独自にとるという手法(アイディア)は、シュナイダーハンのものでは無くてベートーヴェンのものだったのです。

つまり、カデンツァのピアノ・パートをシュナイダーハンがヴァイオリン用に編曲した・・・ということが真実のようです。ピアノとティンパニーの組み合わせは、第五番「皇帝」の第三楽章の導入部でも用いられています。

機会がありましたら聞き比べて下さい。音楽的な成熟度は云わずもがな・・・の感アリです。

2)       ベートーヴェン作曲 ピアノ協奏曲 第一番 ハ長調 作品15

    ピアノ独奏:アルテューロ・ベネディッティ・ミケランジェリ

    指 揮:カルロ・マリーア・ジュリーニ   管弦楽:ウイーン交響楽団 

(ドイツ・グラモフォン)

 素晴らしい演奏のレコードです。アルテュール・ベネディッティ・ミケランジェリ(1920〜1995)を私がナマの演奏で接したのは、多分他界した年だと思います。渋谷の人見記念講堂での演奏会でした(多分3月頃)。オーケストラはミュンヘン・フィルハーモニーで指揮はセルジウ・チェリビダッケという豪華版で、入場料も3万2千円という破格のものでしたが当然満員で、会場の外には「幾らでもチケット買います」と書いた紙をもっている人が大勢いました。ミケランジェリは黒のとっくりスェーターを粋に着こなし、演奏家とは思えないラフなスタイルでしたが、演奏は(シューマンのコンチェルト)イマイチでした。それもその筈で、翌日から全ての予定をキャンセルし、体調不良を理由に帰国してしまいました。思えばその3ヶ月後に他界したことになります。とても75才には見えない粋な姿でした。そのスタイルを彷彿とさせるのがこの演奏で、姿と演奏が見事に一致した名演といえます。録音は1980年のライブです。このシリーズではライブでベートーヴェンの全ピアノ協奏曲を録音しているようですが、目下、ほかには「皇帝」だけしか入手していません。全曲を聴きたいと思っています。演奏は「皇帝」も同じですが、指揮がカルロ・マリーア・ジュリーニ(1914〜2005)で、オーケストラも同じウイーン交響楽団です。ジュリーニは交響曲の演奏でも魅力的ですが、コンチェルトの場合はまた別格に良い演奏をするようで、このレコードの演奏も名演の一つかと思います。惜しくも今年他界しました。しかし、私のイメージにはとても89才のジュリーニはありません。真面目で、正確な(演奏解釈)人物そのものの演奏は心に残ります。しかし、多くの映像も残していますので、今後は映像も含めて偲ぶことにします。(ジャケット写真のミケランジェリは良くその姿を捉えています)

さて、前置きが長くなりました。この演奏は「ナルホド!」の部類に入ります。

ベートーヴェンはご存知の通り耳の疾患で随分悩まされました。しかも、ベートーヴェンが体験しなかった病気は婦人科だけだ!と云われる位病気のデパートでした。特に1800年頃からは難聴は顕著になり、自殺の為の有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」(1802年)も残したほどでした。音楽家にとって耳の病は致命的です。

 話は少し変わりますが、もしベートーヴェンが作曲をしなかったとしたら、ベートーヴェンの名前は後世に残ったでしょうか?

これは「残った」が正解らしい。兎に角、歴史に残るピアノの名手であったことは事実のようです。

 このピアノ協奏曲は、完成の時期も初演の時期もハッキリしたことは不明ですが、1798年頃か1800年までには完成し、初演も行われた、さらに指揮とピアノはベートーヴェン自身が務めた・・・というのは多くの歴史家の認めるところです。したがって、この曲のカデンツァは、当時ベートーヴェンが演奏したものを用いるのが通例となっています。このレコードも例外ではなく、第一楽章、第三楽章ともにベートーヴェンのものと明記されています(即興で演奏したものを全部覚えていて再現できることも驚きですが、将棋の棋士が手順を全て覚えていることと同じでしょうね、多分)。

 では「ナルホド!」の部分にかかります。これも「カデンツァ」です。

 ベートーヴェンは、先述のとおり難聴に悩まされていました。実際に世間に知られるようになるまでは、なるべく隠していましたので、本人自体はこの頃(多分1798年頃)から気付いていたと思います。その所為でベートーヴェンの演奏するピアノの音は異常に大きかった!と云われます。

 悲しい事実ですが、自分の納得するサウンドを得る為に異常に大きい音だった!。それでやっと普通の音量に聴こえたのでしょう。ベートーヴェンの心情や察するべし!。この気持ちをもって接するこのミケランジェリの演奏は「まさしく当時のベートーヴェンのピアノはかくありなん!」と思われて涙を禁じ得ません。そうです。音が異常に大きいのです。しかもそれがカデンツァでは「これこそベートーヴェンそのものの演奏だ!」と思われるのです。名演たる所以です。感動を共有して頂ければ嬉しい限りです。ミケランジェリもジュリーニも今はいません。

3)        ベートーヴェン作曲 交響曲第七番 イ長調 作品92

     指揮:リッカルド・ムーティ  管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団    (EMI

 何年にも亘り聴いてきて全て知っている“つもり”の曲が実は「エェッ?」と思わされる演奏に出くわす事があります。前述の日のチェリビダッケ・ミュンヘン・フィルの演奏したベートーヴェンの「運命交響曲」もまさしくその部類でした。「運命」は私がクラシック音楽に目覚め始めた16才の頃、友人がレコードを貸してくれて、それで何回も聴き、また、自分ではレコードを買えないので(当時はとても一般の人は買えません)オーケストラの楽譜を買って(それも友人からプレゼントして貰い)それを辿って音楽を鑑賞した気分になっていました。それほど知り尽くした“つもり”の「運命交響曲」でしたが、チェリビダッケの演奏は、正に「晴天のへきれき」「目からウロコ」でした。そのような演奏に巡り合うこともあります。このレコードは、まさにその一つです。

 下に楽譜を提示しますが、見てのとおり何の変哲もない譜面です。注目はチェロとコントラバスです。この部分は、第一楽章の最後、再現部が終わり、コーダ(終結部)に入る時の移行部分です。

 この時のチェロとコントラバスが凄いのです。更に非常に効果を挙げています。

 なにか爆撃機が地上スレスレに迫ってくるような独特のサウンドです。この部分は、他の演奏でも聴かれますが、これほど強調した演奏は知りません。楽譜では、特にその部分に対する強弱の指示はありません。ムーティの独断だと思います。しかし、この部分に似た旋律は、ベートーヴェンは他の曲でも用いていますので、ベートーヴェン自身も意識していたのかも分かりません。だとするとムーティーの解釈は正しいのかも分かりません。気をつけて聴いてみますと、ブラームスの交響曲一番にも似たような箇所が出てきます(第一楽章)。この場面はヤハリ重要なようです。ムーティのこの演奏を聴いて他の演奏と比較してみて下さい。結構、その後の作品、その後の作曲家も用いていることに気付かれるかも分かりません。初めて聴いたときは、「何だコリャ!」でしたが「ナルホド!」に変わりました。慌てて楽譜を取り出して眺めてみて何の変哲もない部分だと気付きましたが、ここに注目したムーティに脱帽しました。

 ムーティが我が国にデビューしたのはNHKの創立50周年記念にカール・ベームがウイーン・フィルと来日した際に副指揮者として来日した時と思います。若手ながら、特にヴェルディの作品には評価が高く、背筋をピンと伸ばし、むしろ反り返った感じの指揮スタイルは印象に残りましたが、今でもそのスタイルは変わりません。私が初めてムーティのナマ演奏に接したのは鹿児島で、その時の「マーラーの“巨人”」は全くの名演でした。今でも脳裏に焼きついています。ムーティは今や巨匠の仲間入りかと思っています。

楽譜1 ベートーヴェン作曲 交響曲第七番 イ長調  第一楽章 コーダへの移行部

 最下部の低音記号のついた二列がチェロ(上)とコントラバス(下)です。問題の部分は上段の3小節目(Nの部分)からです。

 

 4)ベートーヴェン 作曲  ピアノ・ソナタ ヘ短調 作品57 「熱情」

               ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル   <RCA>

 この曲は、1805年の暮れに完成したと云われています。1)のヴァイオリン協奏曲とほぼ同じ時代で、ベートーヴェンの作曲した32曲のピア・ノソナタ中もっとも有名で、かつ内容も大変に秀れていることはご存知の通りです。

 俗にベートーヴェン弾きと云われるピアニストは、SPレコードの時代には、アルトゥール・シュナーベル(1882〜1951・・オーストリア)がいました。LP時代になり、更にステレオの時代になりますとヴィルヘルム・ケンプ(1895〜1991・・ドイツ)とヴィルヘルム・バックハウス(1884〜1969・・ドイツ)がもっとも注目を集めました。

 私自身は、バックハウスを好みましたので、ベートーヴェンのソナタ及び協奏曲は、極力バックハウスに集中していました(協奏曲は、他にも多くの演奏家のものを持っていますが、ソナタはバックハウスに集中していると云って良いくらいです)

 最近になってリヒテルのものが入手できましたので、この演奏を紹介したいと思います。

私のコレクションの中で、スヴャトスラフ・リヒテル(1915〜1997・・ロシア)の演奏したレコードは、38年くらい前に購入したムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927〜・・ロシア)と共演した、ベートーヴェンのチェロ・ソナタだけです。(左のジャケット)二人の卓越した演奏と解釈で、この曲の決定的な名演のレコードとして、今でも私の代表的な愛聴盤でもあります(最近になって同じものをスペアに購入しました。このレコードには全曲の楽譜が掲載されています。但し、ライナー・ノートのリヒテルの生年に誤りがあります。つまり、1914年生まれと書いてありますが、本当は1915年で3月20日生まれです・・・レコードに楽譜が添付されているのはLP時代には珍しくありませんでした。CD時代には考えられません。以前はみんなクラシックを真剣に聴いていたのですね)。

 本題に戻って、この「熱情」の演奏には驚かされました。

 チェロ・ソナタの演奏のイメージとは全く違って、良く云えば大変に情熱的な強烈な(むしろ炸裂音に近い)演奏です。一方から云いますと「大向こうをはった」とでも云える演奏です。冒頭の主題の提示は静かで普通の感じを受けますが、次のところで強烈なはじけるような演奏に変わります。狂ったように大きなサウンドです。(右のジャケット)こんな演奏は聴いた事がありません。また、ピアノの音が非常にその演奏にマッチして割れるような音になります。 録音年は記載されていませんが、多分70年代後半と思われますが、リヒテルがメインとしているピアは日本製のヤマハ・ピアノだと聞いた事があります。そこへ思いが及んだ時、納得したように思いました。あの割れるような音はヤマハ・ピアノの音に相違ないと思うと同時に、このような演奏をイメージしていたのでヤマハ・ピアノを好んだに違いない!と思い至りました。ただ、前記のチェロ・ソナタの時のピアノは決してヤマハではないと思います。多分、スタンウェイだろうと思われます。全くサウンドが違います。ヤマハ・ピアノは、ジャズの世界的なフェスティバルでは良く使われています。そのサウンドがジャズには向いているようです。ヨーロッパのピアノのようにシットリ感が無くて派手に鳴りますのでジャズには向いていると思われます。リヒテルはやはり一種のカリスマ性をもったピアニストだとはこのような演奏を云うのでしょうか?

そこで、バックハウスの演奏(ロンドン・デッカ)と聞き比べてみました。

 バックハウスの演奏は、リヒテルのような派手さはありませんが、秘めた情熱を奥に抑え、大変シッカリと聞かせます。スタンウェイよりも更に落ち着いていて、彼らしい重厚さももっている雰囲気です。流石にベートーヴェン弾きとしての確固たる地位を築いただけの風格があるように思えます。多分ピアノはベーゼンドルファーではないかと感じています。(右のジャケット)

 同じ曲が演奏者によってこれほど極端に違う例はそんなに無いと思いますし、この二つの極端な演奏の違いは、聴く人によって好みが別れると思いますが、貴方はどちらをお好みでしょうか?

 是非聞き比べて下さい。         

2005・9・13