ゴッドマジンガー作品紹介


作品紹介
 15歳の高校生、火野ヤマト。彼は1984年の日本を生き、ラグビーで腕を鳴らした、そう、ごくありふれた「現代っ子」の一人に過ぎなかった。或る日突然異世界の扉をくぐるまでは・・・
 ヤマトは、アイラー・ムーと名乗る女性に呼ばれ、時を越えてムー大陸へと迷い込む。そこは外宇宙からやって来た種族・ドラゴニア帝国によって侵略されつつある古代・ムー王国の世界であった。そのムーの守護神・ゴッドマジンガーは、ムー人の子孫であるヤマトにしか操れないという。ムーの女王・アイラ・ムーの願いを受けてヤマトは守護神・ゴッドマジンガーに感応して一体となりドラゴニアの魔の手からムーを守ることとなった。
「選ばれた神の戦士」の物語がここにはじまった!
解説
 マジンガーにしてマジンガーに非ず。それが「ゴッドマジンガー」の真骨頂でもあり、また同時に最大の悲劇でもある。
 通常、「マジンガー」というと世間一般には「Z」「グレート」「グレン」のいわゆるTV三部作を思い浮かべることが多い。そこには、「Z」「グレート」「グレン」との設定上の繋がりや、エッセンスの共有というものを人は期待してしまう。ところが、である。当「ゴッドマジンガー」には、旧来のいかなる「マジンガーシリーズ」とも接点が極めて薄いのである。
まずは設定の面で語るならば、「ゴッドマジンガー」の世界は旧「マジンガー三部作」と同軸の世界であるという設定が一切説明されていない。されていない以上「違う世界」と見倣すのがむしろ至当だろう。
次にエッセンスの共有の度合い。旧「マジンガー三部作」はいささか大雑把な物言いをするならば「正義の巨大スーパーロボットが悪のロボット軍団と闘う」物語である。ところが「ゴッドマジンガー」は「石造に宿った神的存在のものが悪の呪術恐竜軍団・改造恐竜ロボ・戦闘ロボと戦う」物語であった。すなわち、立脚する立場にそもそも「マジンガー」である必然性が全くないのだ。それは些か極端な例を挙げるならば、「悪の秘密結社に拉致され機械に改造された人間がその悪と闘う物語に『ウルトラマン』の名を冠するようなもの」である。そんなものを「ウルトラマンライダー」といわれても『そんなもん誰がウルトラマンと認めるか、コノヤロー!』てなものである。もしくは「グリッドマン」に「ウルトラマン」の名がつけられればブーイングの嵐であろう。「マジンガー」に非ざるものを「マジンガー」と言いくるめたことによって、「マジンガー三部作」のファンから総スカンを喰らったとしてもそれは無理からぬことである。
(注:ただしこれはアニメ版においてのみ言い得る事である。原作・小説版の「ゴッドマジンガー」は皮肉にも原作「マジンガーZ」がすぐに切り捨てざるを得なかった「神にも悪魔にもなれる」エッセンスを拾い上げ膨らませており、その意味では永井豪が本当に描きたかった「マジンガー」にもっとも近かったのかも知れない。むしろ「マジンガー」の名称は「マジンガー三部作」よりこちらの方が相応しいとさえ言えるのではないだろうか。)
また、なまじ「マジンガー」と名がついたことにより戦闘シーンに過去のマジンガー張りの戦闘を要求され、「ロボット戦として面白くない」として切り捨てられるのだ。
しかし、それもこれも過去の「マジンガー三部作」に囚われ過ぎての弊害と云えよう。過去の「マジンガー三部作」とは全く別のものとして捉えれば案外楽しめるものだ。
もちろん、単体の作品として捉え直しても、「(特に前半の)演出が下手である」とか「ストーリーが安直に過ぎる」など、不満は多々ある。が、「ヒロイックファンタジー」として考えれば少なくとも戦闘シーンに不満はなくなる。「ロボットの物語」ではなく、「ヒロイックファンタジー」としての主人公の力の具現、その象徴なのであれば、ロボット戦とはまた自ずと表現が違ってむしろ当然なのだから。「ロボットの物語」に非ざるものを「ロボット戦として面白くない」などと謂うのもそれは不粋というものだ。
また、「ヒロイックファンタジー」として捉えたならば、このTV「ゴッドマジンガー」は実に王道的である。「異世界に引き込まれた主人公が救世の英雄となる」「剣と魔法の世界(ゴッドマジンガーの存在は魔法を神の力に置き換えたもの)」「捕われのお姫様を救助する物語」それらを実に真正面から語り切っている。アイラとヤマトの愛の物語としての側面も、特筆するだけの価値はあろうというものだ。ただし、「アイラのデコが嫌い」という生理的嫌悪のある方にはどうやっても面白さの片鱗も見つけられないかもしれない(^^;
いずれにしてもヒロイックファンタジー「ゴッドマジンガー」は、噛めば噛むほどなかなかに棄て難い味が沁み出して来て、愛着が醸し出されてくる。「マジンガー三部作」ファン側としても「ゴッドマジンガー」は認めたくない代物であろうが、「ゴッドマジンガー」ファン側からいわせればむしろ「マジンガーシリーズ」と一括りにしてほしくはない、そんな一作である。
製作スタッフ
放映局 日本テレビ系
放映期間 昭和59年4月15日〜昭和59年9月30日 
毎週日曜日午前10時30分〜11時
原作 永井豪
プロデュース 初川則夫 加藤俊三
製作担当 徳永元嘉
音楽 羽田健太郎
録音監督 伊達渉
音楽監督 鈴木清司
撮影監督 高橋宏固
編集 鶴渕允寿 高橋和子