論文「 光子力研究所ノ位置ハ富士山麓ノ南側ニ非ズ」


 光子力研究所の位置は?と問われて、あなたはどこを思い浮かべるだろう?
 恐らくは多くの方々が「富士山麓の南」あるいは「静岡県」を想起するのではないだろうか。
 私自身、他地方出身の身としては太平洋側の地理に精通していなかったこともあり、「富士山」というとその所在は(山梨県民のかたには申し訳なかったが)「静岡県」だとばかり思っていて、従って光子力研究所の位置は「静岡県」なのだろうと漠然と思ってきていた。それに後押しをするかのように、昭和62年12月に出版された『テレビマガジン特別編集 マジンガーZ大全集(講談社刊)』(注:以下『マジンガーZ大全集』と略す)には
 ・P26 「富士山麓の南に位置している」
 ・P168「甲児とシローは光子力研究所の近くへと引っ越してきた。さやかに憬れるボスたちとも知り合い、
      富士市の生活にもなれてきていた。」
とあり、もう私の頭の中では「光子力研究所の位置=静岡県で富士山麓の南(おおむね富士市附近)」というのが既定の事実であるかの如く受け止められていた。
 ところが、この『マジンガーZ大全集』の少し後になってようやく私はマジンガーシリーズをビデオテープに録画でき、ほとんど連日飽かずに繰り返し繰り返し見入っていった。最初の2〜3回目ぐらいは、純粋にストーリーを楽しんで視聴していたため特に気付きはしなかったのだが、視聴も5回、10回と数を重ねてゆくとストーリー以外の微細な部分にも目が行ってくる。そして「おやっ?」と疑問に思えるカットが飛び込んできたのだ。それが下記【図1】である。

 【図1】
        〜 テレビ『マジンガーZ』第6話(’73.1.7放映)より〜
                                           

 いかがであろうか。この、テレビ『マジンガーZ』第6話で観る限りだと光子力研究所の位置は「富士山麓の南」では決してなく、「富士山麓の北側」なのだ。
 もともと、テレビアニメであれば毎回描写が異なったりというのは日常茶飯事のことなので、テレビ版のほうが間違えているという可能性は大いに考えられる。しかし、検証もせずにテレビ版が間違えているとするのはあまりに乱暴に過ぎるので、その他にもいろいろと調べてみることとした。先ずはテレビ画面に現れた他の画像をあたってみようと思う。

 【図2】
      〜 テレビ『マジンガーZ』第17話(’73.3.25放映)より〜
                                            

 画面中の××はテレビ『マジンガーZ』第17話での説明によるとそれぞれ「御殿場」「強羅」であるという。その延長線上50kmぐらいに光子力研究所は位置するとのことである。その説明のとおりに下記の地図に当てはめると



 おおむね「山梨県西八代郡三珠町」附近といったところか。但し、そうなるにはこの【図2】の富士山の位置はあからさまにおかしい。「御殿場」「強羅」の延長線上50kmという条件さえ無視できるものなら、純粋に地図を見て富士山頂から北北東に位置するところを考慮するならば「山梨県富士吉田市」附近と見られる。まあ今は「山梨県西八代郡三珠町」か「山梨県富士吉田市」なのかは置いておくとして、たとえそのどちらにあるにせよ「富士山麓の北側」といって差し支えないだろう。
 以下

 【図3】                                    【図4】  
              
     〜 テレビ『マジンガーZ』第58(’74.1.6放映)話より〜    〜 テレビ『マジンガーZ』第60話(’74.1.20放映)より〜  
                         
 【図5】                                   【図6】  
              
    〜 テレビ『マジンガーZ』第74話(’74.4.28放映)より〜  〜 映画『マジンガーZ対暗黒大将軍』(’74.7.25上映)より〜
                         

 【図3】では「静岡県御殿場市」といったところか。
 【図4】。×はポイントAと称されこれがどこを指すものか不明。直後ブロッケンはポイントBに攻撃をかけている。が飛来するミサイルである。ポイントAが光子力研究所ならば「静岡県御殿場市」附近といったところか。
 【図5】、これは「富士山と光子力研究所」の位置関係図であるかどうか今ひとつ判定できない。私見では「富士山と東京」のように見える。調査の対象からは外すべきものと考える。
 【図6】。これも、正確には「富士山と光子力研究所」の位置関係図であるかどうかは不明である。多数の光点は戦闘獣であることはストーリー上容易に推測できるのだが。仮に十字の中心点が光子力研究所とすると、富士山は左横の山なのか上部の山なのだろうか? 上部の山が富士山であるならば光子力研究所は「静岡県富士市」あたりとなろう。左横の山が富士山ならばやはり「静岡県御殿場市」となる。

 これとは別に、画面上地図は現れなかったが、テレビ『マジンガーZ』第9話(’73.1.28放映)では、ドクター=ヘルがあしゅら男爵に『光子力研究所の近くに』ディモスF3を打ち込むように命令しており、その命を受けたあしゅら男爵は『富士山麓青木ヶ原に(ディモスF3を仕込んだ)ミサイル』を打ち込んでいる。
 また、テレビ『マジンガーZ』第48話を確認すると、甲児の自宅での会話で、機械獣との戦闘が終わったあとに、さやかが甲児に対してあてつけするためにボスを「青木ヶ原のレストランでおいしいものでも食べましょう」と誘っている箇所がある。甲児の自宅が青木ヶ原からそう遠くはないのではないか(=光子力研究所も青木ヶ原からそう遠くはない)と推測される部分である。

 テレビでの「富士山と光子力研究所」の位置がその回ごとに相反するとなると、事実を確定するにはその背景を精査する作業が必要となろう。
 まず第6話での【図1】は、ドクター=ヘルがマジンガーZをおびき出しておいてその隙に光子力研究所を襲おうと計画したときに示された図である。地中海に居るドクター=ヘルが、日本の正確な地理を知らずにある程度曖昧な地図を作成した可能性は否めなくもないが、陸戦において富士山と光子力研究所の位置を正確に把握していなければ作戦そのものが画餅に終わってしまうため、そこまでいいかげんに作成された地図とは思えないので、おおむねこの地図は正しいのではないかと思われる。
 次に第17話の【図2】であるが、これは光子力研究所側が地底機械獣を誘き寄せる目的の作戦において示された地図であって、少なくとも「富士山と光子力研究所」の位置については間違いがあろうとは考えられない。但し、即席で作られた地図のようなので、距離については縮尺の関係から若干間違いがあった可能性は残る。
 第58話【図3】。これも「地中海に居るドクター=ヘルが作成したもの」であり、、日本の正確な地理を知らずにある程度曖昧な地図を作成した可能性はやはりある。しかも、同じ回では地獄城の建設計画が持ち上がっているのだが、そのときの地獄城の地図についても、位置を示すランプを点した時に、島を直接点すのではなく、若干位置を左にずらした地点にランプを点していることから考えると、【図3】の光点も、実際の光子力研究所からはずれてランプを点していることが大いに考えられる。
 第60話【図4】はどうであろうか。先に述べたように地図の×は「ポイントA」である。ブロッケンはこのポイントAにミサイルを打ち込んだ後『次はポイントBだ』と攻撃目標を変えており、以後集中して光子力研究所にミサイル攻撃をしているので、×は厳密には光子力研究所の位置とは云い難いということになるのではないだろうか。
 マジンガーZ対暗黒大将軍での【図6】。戦闘獣の来襲を光子力研究所のレーダーが捉えたもの。ストーリー上の性質から、本来間違っていないはずだし、間違ってはいけないものと云えよう。もう少し詳しくこの図を検証すると、右下は「伊豆半島」であろう。すると右中央に見える半島は「三浦半島」であろう。とすると、この地図は真上が北を示すものではなく、北は左30度ばかりずれることになる。であれば左横の山が「富士山」。上部の山は「丹沢山脈」といったところだろうか。この推測が正しければ【図6】での光子力研究所は「静岡県御殿場市」附近ということになる。
 こうして図の背景を考えると、最も資料として価値が高いのは【図2】である。【図1】と第9話の『光子力研究所の近く』は『富士山麓青木ヶ原』であるという証言はそれについで注目されるべき史料価値がある。
 【図6】は光子力研究所側の資料ということで価値はあるのだが、肝心の「富士山と光子力研究所」の位置については不確定な要素が多すぎて今ひとつ資料として活用は難しい。
 【図3】・【図4】・【図5】は上記理由により、資料活用としては不適当と見なされる。

 次に、目を転じて設定資料関係を見てみよう。
 先ずは光子力研究所の設定を描いた辻忠直氏の証言を見てみよう。
『鉄の城 マジンガーZ解体新書(講談社刊) ’98.2.7刊』P41によると、辻氏のインタビューの談話の中で
 ・『光子力研究所は「特に悩んだのが、このシルエットだったんです。青木ヶ原にあるんで(後略)』
というものだ。
 他にも、『GO NAGAI All His Works(辰巳出版刊) ’98.10.10刊』P61に同じく辻氏の寄稿に
 ・『常に闘いの場となる光子力研究所である。設定条件は富士山麓にある青木ヶ原、』
という文章も見られる。
 次に、映画『マジンガーZ対デビルマン』のシナリオ(’73初出)の記載には
 ・『二大機械獣の眼下には青木ヶ原が展開され、ロングに光子力研究所が見える』
という文言。
 また、間接的だが、テレビ『グレートマジンガー』第9話(’74.11.3放映)では、ボス・ヌケムチャの通っていた保育園を『みなと保育園』としているが、同タイトルシナリオ(’74初出)の段階では
 ・『青木ヶ原保育園』
としている。名称が変更になったとはいえ、設定としてはボスたちは青木ヶ原付近に居住していたと見倣せる点である。
 最後に『マジンガー・バイブル 魔神全書(双葉社刊) ’02.1.25刊』(注:以下『魔神全書』と略す)P82に収められている光子力研究所の設定画を見てみよう。

 【図7】
      
                        〜『マジンガー・バイブル 魔神全書(双葉社刊)』(’02.1.25刊)より〜  
                                     
 ちょっと判読しづらいとは思うが、そこには『光子力開発研究所@ 青木ヶ原』と記載されているのだ。
 これらを見てゆくと、公式設定では光子力研究所は『富士山麓青木ヶ原』の近くであるということはもはや動かし難い事実であろう。
 【図2】は距離に間違いがあるということになるが、それは急造の地図の作成により地図の縮尺に微妙なずれが生じて、距離に誤りが出てしまったとみるのが妥当であろう。また、上記【図7】を見ると、どうやら手前の木々が青木ヶ原樹海の入り口といったところであろう。すると光子力研究所は富士山と青木ヶ原樹海の間に位置するということになる。
 これらの資料を尽き合せると、光子力研究所の位置は「富士山麓の北側の青木ヶ原樹海の附近。山梨県南都留郡鳴沢村」であると結論できる。


 なお、冒頭に掲げた『マジンガーZ大全集』に記載されていることについてだが、あえて直言するが、この『マジンガーZ大全集』は甲児とさやかの留学先を間違えていたり、グレート時代のボロットの身長や馬力の設定を知らなかったり、ダイザーの出自が記載場所によってまちまちだったり、ブレーンコンドルの諸元もやはり記載場所によって違っていたり、マリアの正式名は間違えている、敵ロボットの名称にも誤りが多い、などなど設定面において大変誤った記述が多い本である。「協力/ダイナミックプロ・東映動画」とはなっているが、けっして「ダイナミック企画監修」の公式設定本ではない。史学的には設定資料画の面から見れば三等資料ということになる。ただし、文芸設定の上から見ると五等資料といえそうだ。上記の設定画やシナリオ・テレビ本編といった一等資料と比べると著しく資料価値は低くなる。というか、設定面においてはもはや信用ならない書籍であるとさえ言える。
 そして、当時のダイナミック企画の発表した公式設定や、『マジンガーZ大全集』以前の書籍では表現の差こそあれ、等しく「富士山麓」という以上には発表されていない。
 このように云うのは口幅ったいのであるが、私もマジンガー関係の資料を収集して20年以上経ち、一般の方では見れないようなものも含め相当数の資料を見てきたつもりである。その私がこの『マジンガーZ大全集』以前には光子力研究所の位置は「富士山麓の南」あるいは「静岡県」とした資料を一切見たことがないというのは、つまりはそのような設定など存在しないということではないかと考えている。もし、光子力研究所の位置は「富士山麓の南」あるいは「静岡県」というのが正しいのであればぜひ『マジンガーZ大全集』の編集者の方にはその典拠をお示しいただきたく思う。それが示されぬ限りは光子力研究所の位置は「富士山麓の南」あるいは「静岡県」とするのは≪妄説≫としか評せざるを得なくなってしまうのだ。
 但し、この『マジンガーZ大全集』は設定面では錯誤が多いものの、その豊富な内容とカラー図版の多さ、簡便さから、群を抜いて素晴らしく、マジンガーファンに愛用されるようになった書である。私も『マジンガーZ大全集』は設定に錯誤が多いことを差し引いても、今なおマジンガー本の最高峰だと思っている。
 だが、あまりにも内容が素晴らし過ぎた為、以後の書籍においてこの『マジンガーZ大全集』に記載されていること全てが盲信されて、無批判なまま誤謬を孫引きされていっているように感ずる。『マジンガーZ大全集』は「設定資料画の面から見れば3等資料」、「文芸設定の上から見ると五等資料」であることを念頭に置いて活用すべき書である。
 しかし、この天下の好著『マジンガーZ大全集』の後世への影響は真に大きく、例えば、この光子力研究所の位置の問題について、『検証・70年代アニメーション オレはグレートマジンガー(辰巳出版刊) ’00.5.20刊』P95には
 ・『「光子力研究所」は、静岡県は富士山麓にある』
と記載している。
 また、『魔神全書』P95には説明に
 ・『富士山麓の南に位置し』
となっている。
 両書とも、不知火プロが編集し、ダイナミック企画が監修しているので本来は「根本資料」となるべき二等資料・三等資料なのだが、以上のように錯誤を犯しているのはまことに遺憾ではあるが、その他の事項にも、『マジンガーZ大全集』からの孫引きによる誤謬が多数見られており、ここでも『マジンガーZ大全集』の影響力が伺える。しかし、両書の為に弁解するならば、アニメーションの設定などというものは、いくら自社が作成したとはいえ他にも数多くアニメーションの製作を仕事として手掛けている中の一つでしかない。しかも約30年ほど前の作品ともなれば、熱狂的なファンならいざ知らず、その設定などは到底全てを通暁しつづけることなど不可能であろう。書籍として出来の良かった『マジンガーZ大全集』を参照にしてそのまま誤謬を引き継いだとしても無理からぬことと存ずる。また、あの膨大な量の文章をごく短期間(聞くところによるとほぼ一日程度)のうちに完全に「監修」しようなどとは、肉体的に非常に困難であることも承知しており、同情すら感じる。
 ただ、一研究家として公平に評した時、その他にも設定に関する錯誤が多すぎて最早両書とも『マジンガーZ大全集』同様、無批判に「公式設定」本として活用することは出来ないことを残念ではあるが指摘しておかなければならない。活用に関しては一等資料との突き合わせが必要となる。

 なお、『マジンガーZ大全集』が光子力研究所の位置は「富士山麓の南」とした経緯であるが、想像ではあるがある程度見当はつく。
それは桜多吾作氏の『マジンガーZ』である。
 現在最も入手し易い版の双葉社刊の『マジンガーZ』(’98刊)で見てみよう。第一巻のP226〜228の記載に
 ・『「研究所のまえに火山ができた!!」
   (中略)
  「あ 弓教授 溶岩が流れだしました! このままでは光子力研究所は火の海です!! そして下の富士宮市一帯も火の海になります』
というものがそれである。これを常識的に解釈すれば、光子力研究所も富士宮市にあるのではと推測してしまうだろう。慎重を期した物言いをするにしても少なくとも「光子力研究所は「富士山麓の南」という結論を出すのはそう不当ではない。
 『マジンガーZ大全集』の編集者の方が、私の想像どおり桜多吾作氏の『マジンガーZ』のこの箇所から推定したとするならば、むしろ真摯な執筆姿勢だったと言えよう。
 但し。桜多吾作氏の『マジンガーZ』では他の箇所ではまた違う描写がある。第二巻P27に出ている地図での光子力研究所の位置は「青木ヶ原樹海の附近」である。また、第四巻のP24に示されている地図も光子力研究所の位置は「青木ヶ原樹海の附近」と見える。
 また、同じく第四巻P221でボスたちが樹海でオリエンティリングしていて、その時所持していた地図が「山梨県南都留郡鳴沢村」である。しかもP222では『もうとっくに研究所にもどってもいいはずなのに』と云っていることから、光子力研究所もこの附近であることが考察できる。
 つまりは、桜多吾作氏の漫画でもその回ごとに光子力研究所の位置が違っていることが、少しく調査すれば容易に判明するのである。
 それに、これは特に桜多氏に限らないのだが、桜多氏の漫画や、その他の漫画についてはテレビアニメとはまた全然別物であり、資料学的に言えばテレビアニメ版からすると五等資料なのであるから、安易に同一視して桜多氏の漫画からテレビアニメを考察するのは危険でしかない行為である。ただ、このような記述をすると永井氏その他の漫画家が執筆された作品が「資料価値がない」かのように勘違いされる諸子も出るかもしれないので明記しておきたいのだが、答えは否である。逆に、漫画版からの視点に転ずれば、彼ら漫画家の作品こそが一等資料となり、アニメのほうが五等資料へと転ずるのだから。


ーーーーー以上の考証をもって、「光子力研究所の位置は富士山麓の南側に非ず」と断言して最早差し支えないだろう。光子力研究所の位置は「富士山麓の北側の青木ヶ原樹海の附近。山梨県南都留郡鳴沢村」である。

 今後二度と「光子力研究所の位置は富士山麓の南側」などという妄説が蔓延らないことを切に願って・・・

 (注;当論文上に引用した画像については、Web上での画像の再配布により、著作権者の権益が不当に侵されることを防ぐため、引用者の判断により画像にマスク掛け処理を施しています)