さきゅうぬうだ

  奥豊後で使われる言葉と言っても、年輩の人に限定されてしまった感があるが、「酒を飲んだ」を「さきゅう、ぬうだ」と言う。「さきゅう」は「酒」に大分独特の格助詞「う」がくっついたもので「酒を」の意味である。この格助詞「う」については、「あるみよ」の項で詳しく述べたので、そちらを参照してほしい。
 さて、問題は「ぬうだ」である。標準語では動詞「飲む」の「た」につながる連用形が「飲んだ」となるのに対して、奥豊後ではウ音便化したうえに語幹「の」を「ぬ」に変化させてしまい、「ぬうだ」となるのである。
 奥豊後では、「た」あるいは「だ」につながる連用形が、このようにウ音便となる場合が多い。

 次にいくつか例を挙げてみる(カッコ内は標準語)。

Aグループ】
 ・遊ぶ    → あすうだ(あそんだ)
 ・入れ込む  → いれくうだ(いれこんだ)

 ・おらぶ   → おろうだ(敢えて言えば、おらんだ)
 ・仕込む   → しくうだ(しこんだ)
 ・畳む    → たとうだ(たたんだ)
 ・頼む    → たぬうだ(たのんだ)
 ・掴む    → つこうだ(つかんだ)

 ・突っ込む  → つっくうだ(つっこんだ)
 ・飛ぶ、跳ぶ → つうだ(とんだ)
 ・並ぶ    → なろうだ(ならんだ)
 ・飲む    → ぬうだ(のんだ)

 ・よがむ   → よごうだ、よぐうだ(ゆがむ→ゆがんだ)
 ・読む    → ようだ(よんだ)
 ・喜ぶ    → よろくうだ(よろこんだ)

Bグループ】
 ・合う、会う、逢う、遭う、遇う
          → おうた(あった)
 ・歌う    → うとうた(歌った)
 ・買う、飼う → こうた(かった)
 ・食う    → くうた(くった)
 ・し損なう  → しそこのうた(しそこなった)
 ・違う    → ちごうた(ちがった)
 ・這う    → ほうた(はった)

 ・払う    → はろうた(はらった)
 ・舞う    → もうた(まった)
 ・間違う   → まちごうた(まちがった)
 ・酔う    → ようた、ゆうた(よった)
 ・笑う    → わろうた(わらった)

 2つのグループのうち、【Aグループ】の語彙を今使うのは、かなりの高齢者である。昭和35(1960)年生まれの筆者でさえ、日常会話で使うことはほとんどない。まれに、冗談めかした会話の中で「柱い、よごうだ(柱がゆがんだ)」とか、「よんべは、ようけ、ぬうだのお(昨夜は沢山飲んだなあ)」などと言うぐらいである。「畳んだ」が「たとうだ」となるのは、実は古語的表現である。和服を畳んで箪笥にしまう際に包む和紙を「畳紙」(たとうがみ)と言う。また、美術業界では絵画を包む紙のことを「畳」(たとう)という。
 昭和6(1931)年生まれの父の会話を聞いていると、このウ音便の単語が頻出する。ことさらに意識して使っているわけではない模様だ。かろうじて高齢者の間で生き残っている語彙のようである。しかし、高齢者がそういう言葉を使っているのを若い世代も脇で聞いているわけだから、若い世代にとって全く理解不能の言語であるということではないと思われる。
 一方、【Bグループ】の方は、本サイトの「動詞の大分活用」五段活用での説明と重複するが、あえて再掲する。こちらは比較的若い世代も使う単語である。あえて言えば「ゆうた(酔った)」は年齢層の高い人々が使うだろう。

 2013年01月26日

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