メキシコ旅行記 Vol.13
(2003年11月、日本ラテンアメリカ文化交流協会雑誌「オーラ!アミーゴス」
に掲載された文章です。ノーカット版でご覧ください。)
帰国
帰国前日の夜、セルソ先生とマレナさんに、「2週間お世話になり、ありがとうございました。」 と挨拶をしました。2人とも、私のことを自分たちの娘だと言ってくれました。私が泣いていると、マレナさんも「まこちゃんが帰っちゃうとさみしいから、私まで泣けてきたじゃないのー」と二人で涙を流していました。再び会うことを約束し、二人してしばらく思い出話をしながらソチミルコの最後の夜は更けていきました。
帰国当日。朝からずーっと、頭の奥ではTV「ウルルン滞在記」の主題歌が何度もリフレインしながら(笑)、家族皆に見送られ元気に出発しました。本当に良い家族だったな。今年11月のコンクールにはまたセルソと再会できるので、それを楽しみにがんばろっと。
空港までみんなでお見送りに来てくれたよ♪ これに今から一人で乗るのか…不安だなぁ。 ・・・さあ、ここからが大変です!帰りの便は、まったくひとりぼっちです。しかも、スーツケースと、さらには、まるで「ドラキュラの棺」(見たことはないけど・・・)のように大きなアルパの木箱まで、一人で日本まで持って帰らなければいけないのです。それも、ひろ―いロサンゼルス空港で乗継ぎもしなければなりませんでした。
セキュリティーがきつくて何回も荷物を
開けさせられました。(>_<)こんな大荷物なのになんで
みんな助けてくれへんねんっ(ノ_<。)乗り継ぎ
間に合わない〜〜!
「荷物達、さあ、お行きなさい!」(ロスにて)はぁ。やっとチェックインできた。
しんどくて心細くて泣きそうや〜。空港では、荷物はもちろん、カートに乗せるのですが、アルパの箱が大きすぎてドアやエレベーターを通れません。その度に、私は泣きそうになりながら30キロある「ドラキュラの棺」を一人でかつぎあげ、縦にして通り、またカートに乗せるといった作業を空港中で繰り返しました。途中、エレベーターの中に箱をかついだまま自分も乗り込んだその時、なんとドアが閉まってしまい、スーツケースだけがそのフロアーに取り残されたままエレベーターが動き出してしまったというハプニングもありました…。そして、なんとか必死の思いで乗り継ぎもできました。この旅行で何がいちばん大変だったかって、帰るときがいちばん大変だったかもしれません・・・。
関空まで帰ってこれた〜(涙)
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