- 401 :種死異聞マユ(序文実験投下):2006/08/06(日) 03:06:28
ID:???
- 鉛色の南極の空に薄絹のような光が踊っている。
幻想的な薄暗がりの底に溜まった澱のような建物が氷の大地にへばりついている。
実際に地上に見えているのはごく一部に過ぎない。大半の施設は氷の奥深くに
潜り込んで身を潜めている。
それは悪魔の棲家だった。ブルーコスモス直属の実験施設『バプテスマ(洗礼)』。
その名は司るプロジェクトから採られたものだ。地下の施設には年端もいかない
コーディネーターの少年少女たちが幽閉されている。
本来ならば存在を許されない子どもたちにブルーコスモスの教義による洗礼を施し
「青き清浄なる世界」のための刃となす。彼らの大半は先の大戦でのオーブ占領の際に拉致されてきた。
言語を絶する洗礼を受けコンクリートの壁の中で戦争が来るのを待っている。一度機会が来れば彼らは
「元同胞」である「呪われた」コーディたちを滅ぼすためにすぐにでも出撃するだろう。
そしてマユ・アスカもまたその中にいた。
空爆に巻き込まれオーブの都市郊外に半死半生で倒れていたところを「保護」されたのだ。
もしもあのまま死んでしまえたならきっとその方が幸せだったに違いない。
今、彼女は金属の義手を残った腕と組み合わせて暗い空間に祈りをささげている。
「コーディネーターが皆死にますように。青き清浄なる世界のために…」
虚ろな瞳のマユには記憶さえも定かではなかった。二年間の歳月で人から兵器に生まれ変わった。
過去も未来も失くした少女は檻の中で自分が戦場に送られる日を待っている。
彼女はまだ、自分の運命を知らない。
- 415 :ネオ・アストレイ<マユの戦争>0-1:2006/08/07(月)
01:38:40 ID:???
- 真っ暗な宇宙空間に漂うデブリの海。それは海の墓場サルガッソに似て死の気配に満ち満ちている。
光学迷彩を施されたブルーコスモスの所有する宇宙艦が身を潜めている。
しかしそれは臆病さためではない。かえって獲物を待つ猛獣の如き静寂を纏って伏す戦艦ヘルメス。
彼らが狙うのはこの宙域を通過して地球に降下する予定になっているザフト艦だ。
だがそれは正規の軍事行動ではない。ブルーコスモス首脳の独善的ともいえる判断である。
あのユニウスセブンの落下事件から二週間。目に見えない場所で既に戦争は始まっていた。
「たとえ援助物資を積んでいるにせよザフトをこれ以上地球に入れるわけにはいかない」
という理由で目標を拿捕することが今回の出撃の目的である。
既に数機のMSがデブリ帯の空間に展開している。その大半は連合製のダガーだった。
しかしその中に一機、違和感のある機体が混じっている。
その外観はアストレイに似ていた。しかしそのカラーリングは黒と赤ではなく黒と緑に
彩どられていた。装備もまた異なっておりビームキャノンを小脇に抱えている。
それは正確にはビームキャノンと実弾のショットガンを組み合わせたものである。
そして両足の脛部分の外側には切り離し可能な大型ミサイルポット。
さらに胸部、人間で言えば肋骨の下の部分にはガトリングが内蔵されている。
それは頭部バルカンの替わりでもあった。赤と緑のオッドアイな瞳を輝かせる頭部
には狙撃用の装置があるためにバルカンを積む余裕は無い。
腰には接近戦用のヒートマシェト(山刀、厚みの短剣)があった。それが接近戦用の
武器の全てである。基本的には距離をとって後方から射撃する機体だからだ。
M2T・バスターアストレイ。オーブ軍の新型量産機のテスト(T)タイプである。
もっともナチュラルには使用困難ということで大量生産はされず、
主力の座はムラサメに奪われたわけだったが。
- 416 :ネオ・アストレイ<マユの戦争>0-2:2006/08/07(月)
02:07:19 ID:???
- オーブ・連合間での密約を証するために今回の作戦への参加を強要されたパイロットは
年端もいかないコーディネータの少女だった。
マユ・アスカ十五歳。二年前の大戦で連合によるオーブ占領時に戦渦に巻き込まれて両親は死亡。
そのときの怪我が元で植物状態になった弟は今もオーブの病院で眠り続けている。
その治療費の問題がマユがオーブ軍に入った理由(正式には契約のテストパイロット)だった。
本当は多くのコーディネータ市民のようにザフトに逃げる手もあったのかもしれない。
しかし大規模な生命維持装置ごと弟を移送するのは極めて困難だった。
下手をすれば途中で死なせかねないしましてや現在の状況下では端的に不可能事でさえある。
だから彼女はオーブ上層部との取引に応じた。自分が戦う代償として弟の命を保障する、と。
両親を殺した連合のために働くことは反吐が出るほどに屈辱的だったがそれでも弟の命には
替えられない。家族のために他人を殺すことがエゴであると自覚してもいる。
だがそれでも、自分の手を汚してでも譲れないものがあった。
あと一時間もしないうちにこのデブリで戦闘が開始される。
マユにはもう一つの懸念があった。ザフトに所属している異母兄・シンのことだ。
シンはマユの父親がプラントにいたころの恋人との間に作った子である。
仕事で地球にやってきた父はナチュラルの母と出会い、電撃結婚したという
(それだからマユと弟は性格にはハーフコーディネータということになる)。
シンはそのことで父を憎んでいた。生まれて間もなく母と共に捨てられたのだから当然だろう。
だから兄妹なのに昔はほとんど合ったことがなかった。少なくとも両親がいる間は。
幼いころ一度だけ会ったときにはとても怖い顔をしていてマユは泣いてしまったのを覚えている。
- 417 :ネオ・アストレイ<マユの戦争>0-3:2006/08/07(月)
02:36:19 ID:???
- シンの母親もまた二年前の大戦で亡くなりそれでザフトに入ったのだと電話で言っていた。
しかしシンはこの二年間、家族を亡くしたマユに以前とはうって変わって優しくしてくれた。
軍務のせいで直接に顔を見せる機会はまずないにせよ、毎月少ないながら仕送りまでしてくれた。
兄が誕生日に送ってくれたオルゴールのペンダントはいつも持ち歩いている。
そして顔も見たことがない異母弟に大きな恐竜の人形を贈ってくれた。それは病室に置いてある。
一度だけ、地球に来てくれたことがある。あのときの兄はとても優しい目をしていた。
マユの頭を撫でて「大丈夫か?」と覗き込む瞳は慈愛にさえ満ちていたと思う。
だから、言えなかった。弟が植物状態であること。シンの仕送りだけではお金が足りないこと。
それを稼ぐためにオーブ軍で働いていること。
マユはナテュラルとのハーフであるとはいえ能力では決して並みのコーディに劣らない。
その気になれば勉強の傍らにそれなりのお金は稼ぐことが出来た。少なくとも生活費程度は。
それに自立心の盛んな思春期の少女としてはそのことに微かな誇りさえ感じていたのである。
「弟は?」と訊ねる兄にマユは「弟は臨海学校に行っている」と言ってなんとか誤魔化した。
シンは単純にその言葉を信じたようだった。マユは連れて行ってもらった遊園地では
なんとかはしゃいで見せた。
けれども別れ際に泣いてしまったのを覚えている。兄と別れることが無性に心細かったのが
自分でも意外だった。シンはそれを両親がいない寂しさのせいだとうけとったのかもしれない。
「プラントに行って三人で暮らさないか」というシンにマユは目を伏せて
「弟が小学校を卒業したら」とだけ答えた。
実際、それも悪くないと彼女は後で思ったりしたものだ。そしてかつて他人同然だった兄のこと
をいつの間にか愛するようにさえなっていることに気がついた。
だからザフトとの戦闘を前に恐れた。手違いで兄を殺してしまうことを。
でも、望みはある。シンは「新型に乗ることになった」と電話で言っていた。
それ以上のことは教えてくれなかったがそれだけで十分だ。新型を狙うのを避ければよいだけ。
彼女は何とかそう信じ込もうとする。
しかし無意識的な不安は誤魔化しようがない。断続的に冷や水を浴びせかけられるような
感覚が彼女を襲う。マユの肌はパイロットスーツの中で冷や汗に塗れていた。
コックピットの中は暗く、モニターには真っ暗な宇宙と墓場のようなデブリ。
閉塞感に窒息しそうになる。マユは自分の膝が微かに震えているのを認めざるを得なかった。
- 474 :ネオ・アストレイ〈マユの戦争〉1 1/6:2006/08/09(水)
14:06:12 ID:???
- 戦艦ヘルメスの窓さえない薄闇の一室の中で月の様な光を放つ物体。
まるで棺のようなベッドの中に「彼女」は眠っていた。ケース内部の微かな彩光が
ガラスの蓋いに反射して油膜のような虹色の紋様を描き出している。
マユは片手をその厚みのあるガラスに掌を当てて眠る少女を凝視する。少女はまるで
死んでいるかのように安らかに眠っていた。しかしその薄絹のようなネグリジュの下で
その胸が微かに上下に起伏しているのが見て取れる。
マユの脳裏を白雪姫の御伽噺に出てきた一節がよぎった。それほどまでに安らかな
寝顔。薄暗い急造の処置室で、幾本ものチューブが繋がった宝石箱のようなケースの
中に彼女は眠っている。
「この子が…」
マユは閉ざした口の中で呟いた。この子があの、禍々しいMSのパイロット。
さながら廃墟に潜む悪魔のように宇宙の暗闇に無数の命を引き裂いた子。
顔を近づけて覗き込む。眠る少女のむき出しの手足は細く、まるで透き通るかの
ように白かった。そしてその華奢な肩に淡い金色の髪がかかっている。
マユと比べてもけっして丈夫そうには見えない。そしてその顔立ちは人形のように
整って優美でさえある。同じ女のマユから見ても溜息が出そうになるほどだった。
ファントムペイン。政治結社ブルーコスモス直属の私兵団が造ったエクステンデッド。
マユが抱いていたイメージとはずいぶんと違っている。彼女は小難しい面持ちで
ガラスから顔を離した。しかしその目線の先は相変わらずその寝顔に注がれている。
「アスカ少尉」
隣に立っていた白衣の管理官が口を開いた。部屋には三人しかいない。
「まだ目が覚めるまでに半時間ほどかかるから」
三十代後半と見える管理官が煙草を取り出して告げた。水パイプを加える姿が妙に
サマになっている。そのエナメルのような赤い髪がさらりと揺れた。
「その時でいいわよ」
管理官リョウコ・ユーリは鉄製の椅子に腰掛けて紺のタイトスカートから伸びた足を
組み合わせたままにそう言った。
その表情は冷ややかで人を寄せ付けない科学者然としたオーラを纏っている。
マユは眠る少女と管理官の顔を視線で二往復ほどする。
- 475 :ネオ・アストレイ〈マユの戦争〉1 2/6:2006/08/09(水)
14:19:32 ID:???
- マユはやや躊躇った後、頷いた。たしかにずっとこうして見ているわけにも
いかないからだ。
「わかりました。目を覚ましたら呼んで頂けませんか…挨拶くらいはちゃんと
したいですから」
リョウコはにこりともせずに目を伏せたまま「分かったわ」とだけ答える。
そのときマユはおや、と思った。
一瞬、ガラスケースの少女とリョウコが重なって見えたからだ。
二人とも整いすぎた顔が魅力的ながらもどこか近寄りがたい印象を与えているように
感じられる。あるいは表情の無さが影響しているのかもしれなかった。
そしてマユはそんなことを頭に巡らせつつ、お辞儀をして部屋を出る。
***
一人部屋の自室で宙に浮いたまままどろむ。疲労? 指摘するまでもなくそうに
違いない。初陣、デブリ帯でのザフト艦奇襲作戦は予想を超える激戦になった。
ほんの二時間ほど前のことだ。
マユは自分の手を光にかざしてみる。今日、この日にこの手が人を殺めたのだ。
そして目を閉じた瞼の裏の闇にも戦火が浮かび上がってくる。
彼女は刹那、鼻の奥に血の臭いを嗅いだ気がした。
「ぅ」
急に気分が悪くなる。
マユは自分の口元を押さえて歯を噛み締める。その白い眉間には微かな皺さえも
が出来ていた。頭の中を映像の断片が駆け巡る。まるでフラッシュバックのように。
だから彼女の奥歯はぎりと音を立てる。片手は無意識に自分の栗色の髪を
握り締めていた。
そのとき耳に蘇ってくる歌声。戦闘の終わりに聞いた歌は妖精の音色のように
美しかった。表面的な耳障りの良さという意味ではなくてその底に籠められた激しさ
のようなものが戦慄と奇妙な陶酔を呼び起こす。
…あれは人間のものではなかったようにさえ感じられる。
でもあの歌は突然の金切り声と共に打ち切りになった。マユは息が詰まったような
音と苦しそうな喘ぎ、そして呟きが無線から聞こえてきたことを思い出していた。
- 476 :ネオ・アストレイ〈マユの戦争〉1 3/6:2006/08/09(水)
14:22:27 ID:???
- 話は小一時間前にさかのぼる。
マユのB(バスター)アストレイはデブリの影に身を隠し、ザフト艦の到着を待っていた。
手元には予備のミサイルポット(脚部用)が二つ。彼女の役目は先制攻撃と援護射撃である。
つまりミサイルを全段撃ち込んだら前列から一端後退する手はずになっている。
真っ暗に近いコックピットの中でマユは円形のレーダーを凝視していた。
そのとき何か大きな熱源が青いレーダーの円に入ってくる。思わず手に力が篭る。
マユは顔を上げ、モニターの画像を拡大した。それはザフトの戦艦に違いなかった。
「きた」
ヘルメットの中でそう呟いた。
バスターアストレイは何かの残骸から顔を覗かせる。
彼女はビームキャノンの照準を合わせながら脚部ミサイルの軌跡を空いた片手で
キーボードに入力した。デブリの薄いコースを選び、隙間を縫うように六つのルート。
これだけ分散すれば一グループくらいは気づかれずに直撃するかもしれなかった。
ごくり、と喉を鳴らす。そして発射スイッチに指を乗せ、深呼吸した。
(本当に、いいの?)
マユは自問自答する。自分がやろうとしていることが正しいとは思えない。
しかし他に道はない。だが不可抗力とはいえ簡単に割り切れる話でもない。
そのときだった。ザフト艦からMSが飛び立ったのは。
「気づかれた!?」
その数は十数機。偵察というには余りに多すぎる。ひょっとすると全ての機体を
出してきたのかもしれない。
「くッ!」
マユはとっさにボタンを押していた。脚部のポットから滑り出した幾筋ものミサイルが
ザフト艦をめがけて六つの弧を描いて飛んでいく。
彼女はすばやく左右の足からポットを切り離し、予備のポットを装着した。
そしてデブリの影から躍り出る。
それに気がついたザフト機の何体かが迫ってくる。ジンの改良型が三機。
かなりの速度でライフルを撃ちながら突っ込んでくる。
マユは被弾する恐怖を打ち消すように叫んだ。
「当たらない! 私には絶対当たらない!」
- 477 :ネオ・アストレイ〈マユの戦争〉1 4/6:2006/08/09(水)
14:25:32 ID:???
- マユはブースターを小刻みに噴かして自機の位置を上下左右にずらしながら狙い撃ちにする。
胸部ガトリングで時おり細かい弾幕を張りながら。意外と俊敏な動きだった。
一機は肩口に被弾して動かなくなる。
だがもう二機は遠慮会釈無しに距離を詰めてくるのだ。それなりの手垂れのようである。
マユは舌を引きつらせ、喉を絞った。
「ぅあァアあああぁああァ!」
もう乱射、だった。ジンに行く筋ものレーザー、無数の弾丸が雨のように降りかかる。
多分ジン二機の撃った数の三倍以上の火力を浴びせかけただろう。
片方はガトリングの餌食になってボロ雑巾のように消し飛んだ。もう片方は左肩から
先をレーザーに吹き飛ばされて大破した。
マユの機体は量産機の試作型とはいえ、雛形となるべく造られたオリジナルである。
その性能、特に火力は前大戦のGシリーズと比べても遜色はない。
「はァ、はぁッ、はァ…」
マユは肩で息をしている。しかし休んでいる暇は無かった。
ジンの一群が別ルートから後方の母艦ヘルメスに向かって進んでいく。
マユはその進路を考えに入れてミサイルのルートを入力する。その細い指は信じられない
速さでコードを刻んだ。そしてすぐに左足のミサイルが発射される。
それは三方向から目標を襲うようにインプットされ、忠実に軌跡を描いた。
マユはさらにビームキャノンを撃とうとしたが、止めた。さっきのミサイルで
混乱したジンの群れに味方の改良型ダガー数機が襲い掛かり混戦になっている。
下手に撃てば誤射の危険が大だった。
そうこうするうち、再びマユの目の前に迫ってくる新手のジン四機。
マユは残っていた最後のミサイルポットを切り離す。そしてジンに向かって放り
投げながら一目散に逃げ出した。
Bアストレイはムラサメほどの機動力がない反面、武装を扱う必要上パワーはある。
投げられたミサイルポットはかなりの速度で飛んでいった。
追ってきたジンの群れとミサイルポットの距離が詰まる。
そのとき彼女は突然振り返り、撃った。ガトリングで打ち抜かれたミサイルポット
が爆発し、四機のジンのうち三機までがその巻き添えになった。
- 478 :ネオ・アストレイ〈マユの戦争〉1 5/6:2006/08/09(水)
14:26:39 ID:???
- だが片足を失くしたジン一機が追いすがってくる。爆煙に紛れて迫ってきたらしい。
もう幾ばくの距離もなく、ほんの少し先でサーベルに手をかけている。
「ぅ…アァ!」
マユは悲鳴とも気合ともつかない声を上げ、ビームキャノンを向ける。
しかしマユはキャノンのレーザーを撃とうとせず、側面のスイッチを切り替えた。
彼女は歯を噛み締めて引き金を引く。実際に火を噴いたのはショットガンだ。
拡散する弾丸が空間を削る音が聞こえそうだった。片足のジンは上半身を吹き飛ば
されて下半身だけが残された。
ヘルメットの中の額は汗ばみ、首筋は濡れている。
「下がらなくちゃ」
ミサイルを撃ちつくした今、最前列にいる意味はない。新しいポットを取りに行く
必要がある。中距離用のガトリングやショットガンはまだ半分以上残っているから
母艦ヘルメスまでの護身用には十分だろう。
Bアストレイは身を翻す。
しかしマユはレーダーを見てゾッとした。
「この数…」
敵機の数が尋常でない。ずいぶんと倒したはずなのにまだ二十機近く残っている。
ひょっとすると情報自体がガセで罠にかけられたのはこちらなのかもしれなかった。
救援物資を積んでいるはずのザフト艦にはおびただしい数のMSが積み込まれていた
のである。
テレビで見たデュランダル議長の顔が頭をよぎる。穏やかそうな紳士で好青年と
言ってもよいほどだとあのときは感じたけれども。
今、マユはデュランダルの狡猾で油断のならない側面を見た気がした。
そのとき頭上からビームが降り注ぐ。
上を向くと「新型」が迫ってきている。ザク・ウォーリア、資料で見たことはある。
「新型に乗ることになった」という異母兄の言葉が脳裏をよぎり、一瞬、応射を躊躇
してしまう。しかしシンの電話での話ではまだ公開されていないものと聞いていた。
一瞬の気の迷いが命を危険に晒す。
ザクの速度はジンの比ではなく、もうすぐそこにまで迫ってきていた。
- 479 :ネオ・アストレイ〈マユの戦争〉1 6/6:2006/08/09(水)
14:28:09 ID:???
- 「ぁ!」
投げつけられたヒートホークがBアストレイの胸をかすめる。とっさに避けなければ
直撃していたかもしれなかった。
慌ててガトリングの引き金を引こうとする。だがそのとき、目の前を灰色の影が
よぎったのだった。ザクは真っ二つになり、Bアストレイの目の前で大破した。
爆発で飛び散った破片が自分の機体に当たっているのが分かる。
《何してるの!?》
それはどこか快いソプラノ。通信の第一声がそれだった。
マユは瞬きして現れた僚機を見た。灰色の華奢な機体にはビームサーベルに近い
長さのビームクロウが装備されている。二枚の翼のような大型のバックパックを
マユに向けたまま通信は続く。
《ひょっとして弾切れなの?》
マユは「彼女」のその二言目の言葉で我に返った。
「大丈夫…でもミサイルをとりに行きたいの」
マユがそう答えると灰色の機体はBアストレイの手をとってヘルメスに向けて
飛び始めた。かなりの速度で。
その機体もまたガンダムタイプのようだった。あとで聞いた話では「ランスイル」
という長い爪を持った吸血鬼に由来する名前がついているらしかった。
そしてそれがあのファントムペインの少女、ソフィアの機体だった。
ランスイルはマユのBアストレイをヘルメスの近くに引っ張っていくと手を離し、
凄まじい速度で戦闘に帰っていった。さながら魂を狩りに行く悪魔のように。
翼をはためかせて闇に舞いながら両手の長い爪で敵機を切り裂いている。
どうやら接近戦用の機体のようだった。
マユは比較的手近にいたジンの方を向けてビームキャノンを全弾打ち込んでから
ヘルメスの艦内に駆け込んだ。
数分後には新しいミサイルポットを装備して再び出撃した。
戦闘中、ソフィアと何度か通信したけれども必要なことだけである。会話を交わす
余裕はなかった。
今、疲れ果てた二人の少女はヘルメス艦内に眠りをむさぼっている。