38 :デスティニーW(ネオ・アストレイ改め)2 1/4:2006/08/13(日) 13:43:23 ID:???
「なんかさ…」
 マユはソフィアの夕食メニューを見てやや呆れ顔を見せた。
「何?」
 ソフィアは豊かな金色の髪を揺らしてマユを見返す。
 ヘルメス艦内食堂の片隅に設置されたテーブルで二人の少女が向かい合っていた。
 彼女たちは半日前に知り合ったばかりだ。直接に顔をあわせたのは半時間前である。
それだからまだお互いのことをよく知らない。戦闘中の無線でのやりとりがある種の
好意を抱かせていたとはいえ、マユにとってソフィアは未知の存在だった。
 それだからマユはあえて積極的に訊ねてみることにした。食事に誘ったのも彼女の方である。
「サラダばっかり…」
 マユは自分のハンバーグとソフィアの食事を見比べてやや申し訳なさそうな面持ちである。
 しかしソフィアは黙って胡麻ドレッシングのついたレタスをフォークで口に運んだ。
そしてすました顔でそれを噛み砕いて嚥下するとようやく言葉を返した。
「おいしいよ? それに美容にいいから」
 美容。マユは余り気にかけたことがない言葉だった。マユはがさつな性格ではなかった
から身だしなみ等にはそれなりに気を使っていた。しかし軍属という身分に持ち前の容姿も
手伝ってそんな考えが頭に浮かんだことさえほとんどない。
「へえ…」
 マユは純粋に感心の声を上げる。自分と同じ年頃の少女がそんなことにまで気を回して
いること自体が素直に驚きだった。ましてやソフィアはファントムペインである。
「何か、すごい…」
 悪戯っぽく笑うマユにソフィアは肩をすくめて微笑んだ。
 マユはソフィアが柑橘系の香水をつけていることに気がついていた。最初はてっきり
蜜柑を食べたのだとばかり思っていたのだけれども。
(大人っぽいな…私もあと何年かしたら…)
 マユは心中にそんな感慨に耽りつつハンバーグを切り分けた。
 一応、当面の間は行動を共にすることになる仲間である。割と好ましい相手だったのは
僥倖であった。
 あとでサイにもこのことを話して安心させてあげよう、とマユは思う。オーブから
付き添って来てくれたサイ=アーガイルは食事も少なく、いつも暗い顔をしている。

39 :デスティニーW(ネオ・アストレイ改め)2 2/4:2006/08/13(日) 13:44:13 ID:???
 そう。二人の少女パイロットが団欒しているときにもサイは非常に困った事態に直面
していたのである。
「二日ほど前に撮影されたものだそうです」
 会議室で連合士官から差し出された写真にサイは眩暈を覚えた。
「我が艦ヘルメスと同じように、公宙域に展開していた艦が撮影したものです」
 その写真にはフリーダムが写っている。フリーダムは前体戦の終了時、平和の象徴
としてザフトからオーブに贈られたMSだ。
 ヘルメスが出航して間もなく多くのコーディネータがオーブから逃げ出したことは
知っていた。カガリもそれに紛れて母国を脱出し亡命政府を作ったらしい。
そのときには遊覧船になっていたアークエンジェル等が利用されたのだったが
その中にはフリーダムもまた展示されていたという。
 サイは机上の写真を眺めつつ、あえて冷静を装って問い返した。
「それで…」
 カガリの亡命政府は地球のザフト軍基地カーペンタリアに置かれている。こんな宇宙に
フリーダム一機だけがいるのは不自然な話だった。
「これを撮影した僚艦はMSの大半が中破、艦体にも打撃を受けて地球へ降りたそうです」
 サイは連合士官の説明を冷や汗を浮かべて聞いていた。士官はひたすら淡々と言葉を続ける。
「まあ、幸い死傷者は少なかったですがな。パイロットの一人によるとコックピットを
狙うのを避けているらしいですが」
 サイは表情を取り繕いつつそれを聞く。しかし動悸がしていた。
「オーブ亡命政府付の准将キラ=ヤマトと名乗ったそうです」
 その瞬間、サイは頭を棍棒で殴られたような感覚に襲われた。
 キラ。前大戦後、一年間は情緒安定剤を常用していた。今でも完全に回復したとは
いえないだろう。そんな体でどうする気だ? おそらくはキラの立場も自分やマユと似た
ようなものだろう。同盟国に対する点数稼ぎの生贄。
 しかし連合士官は憐れな彼らに容赦の無い注文をつけた。
「今後のターゲットはフリーダムです。あなた方に責任を取っていただきたい」
(最悪だ!)
 サイは卒倒した振りをして倒れたい気分になった。

40 :デスティニーW(ネオ・アストレイ改め)2 3/4:2006/08/13(日) 13:45:30 ID:???
 夕食後、サイの部屋を訊ねると案の定に彼は辛気臭い顔でコーヒーを啜っていた。
 心労で頬のこけたサイはマユにもコーヒーを入れてくれた。マユはそのコーヒー
カップを両手で持って小さな椅子に向き合って腰掛ける。
 マユが何から話すか迷っていたとき、サイがおもむろに口を開いた。
「マユちゃん。君はどうして戦うの?」
 その唐突な問いかけにマユは怪訝な顔をした。
「どうして急にそんなことを?」
「もし苦しかったら、逃げてもいいと思うんだ」
 サイは暗澹たる表情でそう告げる。前にも何回か言った事がある。
 マユはやや茶化すように答えた。
「逃げ場があったらとっくにそうしてますよ」
 マユはサイ個人に恨みがあるわけではなかったがどうしても険のある言い方に
なりがちだった。愚痴の言える相手が他にいないからだ。
 気まずい沈黙があった。
「実は」
 サイが猫背でコーヒーを啜りながら再び口を開く。
「フリーダムとやりあうことになりそうなんだ」
「へえ?」
 マユは気の無い返事をした。フリーダムがオーブの所有物になっていたこと、
コーディネータたちが脱出した際に持ち出したことも知っている。
 サイはさらに淡々と告げた。その表情には諦めの心境が表れている。
「あいつはコックピットを狙わない。だからマユちゃんも本気でやりあう必要
なんてないんだ。適当に撃って適当にやられておけば十分だ。それで義理は立つ」
 マユは無意識に三白眼でサイを睨んだ。
「無気力なんですね?」
 サイは首を左右に振る。
「そんなことはないさ。でもコーディの君が同じコーディと戦うのも普通に考えりゃ
おかしな話だし。君はもう十分やってくれたと思うんだよ。
最初から撃墜されちゃアレかもしれないが、二回目で相手がフリーダムなら問題ないさ」

41 :デスティニーW(ネオ・アストレイ改め)2 4/4:2006/08/13(日) 13:47:05 ID:???
「私に手抜きしろと?」
 マユは不機嫌な顔を見せる。生来の負けず嫌いな性格は兄と同じだ。サイは割りと
落ち着き払って言葉をつなぐ。
「こんなMS戦の勝ち負けだけで戦争が決まるなら二年前の惨劇は無かったろうよ。
上手に逃げるのも一つの処世術なんだ」
 そんなことを言うサイの脳裏に旧友カズイのことが浮かぶ。彼は年甲斐もなく思い出
に耽った。その眼差しは遠い。彼もまた前大戦で魂を失った人間なのである。
 そんな彼にマユは逆に提案した。彼女はサイなどより頭の回転は速い。
「負けても同じことかもしれませんよ? どうせすぐ新しいMSで出ることになるんで
しょうし。出来るだけ長くフリーダム相手の戦いを引き延ばしたほうが良いんじゃ
ありませんか」
 サイは少し驚いた顔をする。
「それだな」
 マユはソファから立ち上がる。冗談のつもりで言ったことを真に受けられて憮然とした
思いを抱いたからだ。彼女にとって経過や理由がどうあれ、味方が戦っているのに
自分だけ手を抜くというやり方には同意しかねるものがある。
 真面目な性格に年頃に潔癖さが彼女にそんな不快感を抱かせているのだった。
「なあ、マユちゃん」
 サイは部屋を出ようとするマユの背中に言った。
「嫌なら逃げてもいいんだぜ?」
 マユは眉間にしわを寄せて振り返る。
「バカ」
 そう言い捨ててドアを閉じた。彼女とて自分が逃げたらサイが只ですまない
ことくらいは十分に知っている。
 マユにとって一番我慢がならないのはサイの諦めきったような目だった。

                   第二話「アーガイル氏の憂鬱」完