115 :デスティニーW 2.5「ダコスタ君の苦悩」 1/3:2006/08/20(日) 23:26:21 ID:???
「う〜〜」
 キラはベッドに身を投げたままでうめいていた。頭には布団を被り全身冷や汗びっしょり
である。机上には抗欝剤の小瓶が転がっていた。
 休眠中、またフレイの夢を見た。獣のようになって何度も交わったあのころの夢だ。
(もっとも戦後一年間、キラは戦争のトラウマから今更ながらにEDになっていたのだが)
今のキラ=ヤマトのストレスは二年前に砂漠で戦っていたころを遥かに凌駕していた。
友人の命どころか一国の運命が彼の肩にかかってきているのだから当然だろう。
 しかもエターナルに乗っていたときのような一個人としての戦士ではなく「准将」
である。彼自身は少佐でも十分すぎると抗弁したのだが聞き入れられなかった。
同じザフトに協力するにしても「少佐」と「准将」では重みがまったく違う。
 実際のところカーペンタリアのオーブ亡命政府(首長カガリ)の戦力は限られており
派遣できる戦力はキラとフリーダムくらいしかなかった。キラ自身もそのことは
分かっていたから已む無く引き受けたのである。
「ラ、クス…」
 キラは自分を抱きしめてくれた人の名を呼んだ。しかし彼女は遥かなるカーペンタリア。
そして彼は某プラントのドック内、戦艦の中だった。漠たる宇宙空間が二人を引き離して
いた。姉のカガリもここにはいない。
「ラクス…助けて…」
 キラ自身はそれほど強い人間ではない。ただ弱いなりに頑張ってきただけだった。
 しかし非常にもアラームがなる。それは呼び出しの不吉なる知らせ。次の出撃が決まった
のだろうか。
「もう、いやだ…」
 しかし泣き言を言っても逃げ場は無い。キラはベッドから起き上がると向精神薬を飲んで
ブリーフィングルームへと向かう。一人だけながら一応はお供を連れて。
「ヤマト准将」
 オーブから付き添ってきたダコスタが心配そうな顔で呼びかける。
「体調が優れないのなら…」
 キラは引きつった微笑を浮かべて首を振った。
「大丈夫、気にしないで」
 しかし彼の目の下には薄いクマが出来ている。

116 :デスティニーW 2.5「ダコスタ君の苦悩」 2/3:2006/08/20(日) 23:35:17 ID:???
 ダコスタは思った。もう、そろそろ限界かもしれないぞ、と。もう何度か戦場に出て
ファントムペインの工作部隊を倒す戦果を挙げた。アリバイとして十分とはいえない
までもここで「体調不良」を主張しても悪くは取られないだろう。
キラの役目はザフト圏内でのテロ防止に協力することとが八割、人質に近い役目が二割
である。
「大丈夫だから…」
 キラは何も聞かれていないのに呟くように言った。その視線は宙を彷徨っている。
(こりゃ本格的にやばいぞ…)
 ダコスタの苦悩は深まるばかりである。バルドフェルト隊長も無茶を言ってくれる。
ダコスタの役目はキラの護衛と情報収集。しかし情報を収集したりキラの身を守ること
は出来ても心の問題まではどうしようもない。
 ここにきて一週間ほど過ぎてからキラは特に憔悴していっているように見える。
(隊長はデリカシーが足りないんだよ…)
 心臓に毛が生えたようなバルドフェルトは何でも自分を基準に判断してしまうところが
あった。そのことでダコスタは今までにも結構苦労してきたのである。
町を焼いたときさえ「フ、野宿か。ヒッピー生活で反省してもらおう」とか抜かしていた。
 バルドフェルトは若いころ(十代前半!)ヒッチハイクで地球を一周したそうだ。
野宿や狩りは当たり前で密航や逆強盗(襲ってきた奴を逆に恐喝する)もお手の物。
 コーヒーを飲んでくつろぎながらそんな話を延々と聞かされたことを思い出す。ヒッピー
村での乱痴気騒ぎくらいならまだいい。ザフトの上官をぶちのめした話も許そう。しかし
歌手だったアイシャを口説きに行って警備員に撃たれそうになった件などは心臓に悪い。
未発見の古代遺跡を発見して進入、記念に石造の頭をへし折って持ち出してきたことは
文化財に対する冒涜だろう。
 話し手の性格からして何割かはホラ話も混じっているのだろうし話術は凡人の比ではない。
その点を考慮しても実際にやった人間にしか分からないようなことまで詳細に語るのである。
 そんなバルドフェルトにダコスタのような小市民の気持ちがわかるはずもない。
(ああ、もう、ラクス嬢がいてくれたら…こっちまで気がめいってくる…)
 しかしラクスはオーブ亡命政府の広報要員としてカーペンタリアにいる必要があったし
逆にプラントに帰ればそのままザフトにいいように利用される恐れもある。

117 :デスティニーW 2.5「ダコスタ君の苦悩」 3/3:2006/08/20(日) 23:38:47 ID:???
(いっそ慰安婦でも頼むか?)
 そんな捨て鉢な考えがダコスタの頭をよぎる。彼自身、胃潰瘍になりそうなまでに
ストレスを溜め込んでいたし、オーブ時代の彼女に振られて早半年である。
 美男子で「准将」のキラ相手なら適当な女は見つからなくもないだろう。しかし
問題はそいつが味方とは限らないことである。それにキラ自身が真面目な人間だから
浮気をすればラクスのことでかえって気に病んでさらにノイローゼになる恐れもある。
キラ自身も自覚はある様子だったからまさかフレイのときの再現にはならないだろう
がそれでも余計なリスクは冒すべきではない。
 ダコスタは握った拳を震わせた。裏家業の情報収集と整理の作業で睡眠不足のことも
あって見開いた目は充血している。
このごろダコスタは時おり叫びだしたいような衝動に駆られるのだった。
 キラの足取りは心なしか朦朧としている。大事な人間を守りたいという意志の力だけで
辛うじて自我を保っている様子だった。もともと彼は戦闘向きの性格をしていないし
名誉欲なども希薄である。
 そういうわけでオーブから派遣された二人はかなり悲惨な精神状態に追い込まれていた。
キラは既に鬱病だったがダコスタの苦悩もまた尽きるところが無い。
 しかしそんな状況に変化が現れるとは思いもよらなかった。しかもそれは追い討ちに
近かったかもしれない。ブリーフィングルームでキラとダコスタを待っていたのは
最悪の事態だった。
 オーブが連合と手を組んでミネルバを襲うという情報。
「申し訳ありません!」
 ダコスタは何が申し訳ないのか自分でもよく分からないながら深々と頭を下げた。
本当は何か大声で叫びたかっただけなのかもしれない。
あるいは半ば逆上して血迷ったのかもしれなかった。
「いや、別にそういうつもりでお知らせしたのでは…」
 逆に困惑したザフトの艦長は済まなさそうに頭を掻く。
 ダコスタは肩で息をしながら顔を引きつらせていた。
 キラが思わぬことを言い出す。
「止めなくちゃ…僕たちも、僕たちも地球に戻ろう!」
 目を丸くするダコスタにキラは凛とした口調で告げた。
「デブリ帯を突っ切ればすぐだし、途中でファントムペインの連中も全部片付ければいい」
 デブリ帯に敵の工作艦が複数隠れているらしいことは既に知られていた。
 驚いた艦長が「よろしいのですか」と尋ねる。その反応は理由がないことではない。
キラのこれまでの持論は「敵の掃討よりも航路の安全確保」であり無用な殺生は避けたい
というのが基本的な姿勢だったからだ。
 しかしそのときのキラは違っていた。
 そう。彼の中ではすでに何かが変わってしまっていた。
「僕が行って、全部やっつける…!!」
 そう呟いたキラの目は完全に据わっていた。     <第三話へ続く>
119 :デスティニーW 2+α :2006/08/21(月) 01:02:31 ID:???
「私、もうすぐおばあさんになるんだよ」
 ファントムペインの少女はそう言った。
 ファントムペイン艦ヘルメス内のマユの部屋。すでに灯は消され、薄闇の中で二人の
少女が睦み合っている。マユのベッドに潜り込んだソフィアは小さく笑った。
「綺麗な肌ね、羨ましい…」
 ソフィアはマユのむき出しの肩を撫でながら耳元に羨む様に囁いた。毛布の下で
ソフィアはマユを愛撫し続ける。マユは巧みな手つきですでに半ば裸にされていた。
「綺麗な髪。私と違ってあんなに綺麗な色」
 マユを後から抱きしめ、その首筋に舌を這わせるソフィア。マユはびくりとして
抗弁する。そんなことをされるのは初めてでマユはかなり動転していた。
「そ、ソフィアちゃんだって綺麗な金色じゃない」
「色素が薄いだけよ。でき損ないのコピーだもの」
 ソフィアはそう呟くとマユの肩に軽く歯を立てる。マユは状況が全く飲み込めず
辛うじてこう言った。
「どうして、こんな…」
 ソフィアはその問いかけに答えない。かわりにこんな風に囁く。
「マユちゃん、綺麗な花嫁さんになれるね? それでずっと家族と幸せに暮らすん
でしょうね」

120 :デスティニーW 2+α :2006/08/21(月) 01:06:25 ID:???
 ソフィアがマユの部屋に来たのはついさっきだ。「一緒に寝ていい?」とソフィアが
言ったから「うん」と答えた。それがこんなことになるとは思ってもみなかった。
マユがソフィアに偉大たのとは別の意味の好意をソフィアは持ったとでもいうのか。
 しかしソフィアは意外な言葉を吐いた。
「ねぇ、マユちゃん。私、嫉妬してるんだよ?」
「え?」
 マユは驚きの声を上げる。ソフィアの歯が首筋に食い込んでくる。
「痛い!」
 小さな悲鳴を上げたときにはもう、ソフィアの力は緩んでいた。そして温かく湿った
舌で滲み出したマユの血を舐めている。
(これがファントムペイン…ランスイル(長い爪を持つ<吸血鬼>)のパイロット…)
 動悸が、する。ソフィアの滑らかな掌がマユの腹に触れた。
「私には未来なんてないから…あなたのことが妬ましくて仕方ないの…」 
 ソフィアの手はマユのパジャマを握っている。
 普通の少女なら怯えて声も出なかったかもしれない。しかしマユは違っていた。
「分からないよ、未来なんて…」
 小さな、しかし強い口調だった。
「お父さんもお母さんも戦争で死んじゃって、弟だってずっと意識が戻らないし…
お兄ちゃんはザフトだから…私…いつか、お兄ちゃんを…」
 マユの言葉は次第に途切れがちになる。それはこれから起こる出来事への不安。
 ソフィアは少し驚いたようだった。体を密着させているマユはその気配を敏感に
感じ取る。マユは自分に言い聞かせるように言った。
「でも…私は、絶対諦めないから…だから…ソフィアちゃんも…」
 ソフィアが泣いていた。マユの背中にしがみついて泣いていた。
 背中から直に伝わってくる嗚咽やパジャマに沁みてくる涙にマユは胸が苦しくなる。
 ずっと泣きたかった。でも、もうどうやって泣いたらいいのか分からない。
                        <補章ここまでです>