- 286 :デスティニーW 3 1/5:2006/09/09(土) 03:49:53
ID:???
- あのユニウスセブン落下事件が世界の均衡を打ち崩した。
混乱の中で連合はオーブに迫り半強制的に同盟関係の中に組み込んでしまった。
しかしオーブとしてはプラント側の意向を無視することが出来ない。確かにオーブを
守ってくれるには遠すぎたし、パトリック=ザラの様な「コーディネーター至上主義」
の懸念もある。そうは言ってもやはり無視できない存在ではあったのである。
板ばさみになった小国の苦悩だった。しかし黙っていてまた国を焼かれるわけ
にはいかない。
そこでオーブの首脳陣は一計を案じた。カガリをザフト側に亡命させて保険を
かけるというやり方である。これならば連合とザフトのどちらが勝利しても
二手に分かれた首脳陣のどちらか一方が戦犯になれば済むだろう。
ユウナ=ロマとの結婚式の際に突如乱入したフリーダム。拉致されたカガリ。
半ば遊覧船に改造されていたアークエンジェルを含む一部の船舶を利用した
コーディネーター市民の脱出。全ては計画通りだった。
アークエンジェルがカーペンタリアに逃げ込んだ後、ザフトに影響力の大きい
ラクス=クラインとバルドフェルトはカガリと共に留まった(ラクスが広報担当で
バルドフェルトがザフトとの交渉役といったところか)。
キラとアスランはそれぞれ宇宙・地上のザフト軍に軍事協力として派遣されていた。
しかし問題は尽きることがない。先日には小競り合いでザフトに協力した
オーブ軍の一部とアスランを含むミネルバが衝突して死者が出ており、今後も
大規模作戦が展開されるという情報がある。
そして今またキラも連合(厳密にはファントムペイン)と戦おうとしている。
彼はまだ敵の中にオーブから派遣されたマユ=アスカがいることを知らない。
「僕が行って、やっつける! 早くハッチ開けて」
キラは無意識に無線に向かって叫んでいた。
ハッチが開く。
フリーダムは死の天使さながらに翼を広げ、宇宙空間へと飛び出していった。
***
アラームが、鳴り響いている。
<敵襲…敵襲…これはフリーダム!?>
マユとソフィアは廊下に響くブリッジからの指示に従ってMS格納庫へと向かう。
何度も壁を蹴って宙を滑りながら途を急いだ。
- 287 :デスティニーW 3 2/5:2006/09/09(土) 03:51:29
ID:???
- マユのBアストレイは予備ミサイルポットを携えて艦の近くのデブリに身を隠し、
逆にソフィアのランスイルはサイレントランでデブリの中を進んで行く。
その意図は迂回してフリーダムの背後に回りこむことだ。
Bアストレイのミサイルによる「囮の」奇襲後にランスイルが不意打ちを狙う、
そういう作戦である。
すでにファントムペインの僚機もまた展開して防衛線を張っていた。
全てはソフィアの奇襲が成功するための布石である。
マユには正直なところそれほどの葛藤はなかった。
たしかにフリーダムはオーブのMSではある。しかしマユ本人はキラと面識がある
訳ではなかったし不可抗力とはいえ2年前の誤射で家族を奪った相手でさえあった。
要するにキラはマユにとって別に大事な人間でもなければ義理も無かった。
しかも彼女がファントムペインに協力するのはオーブ本国の指示なのだ。
<フリーダム接近…距離…>
マユは薄暗いコックピットの中、冷ややかな三白眼でレーダーを見つめていた。
片手はキーボードに添えられ、ミサイルの軌道を計算している。
もう、ソフィアはフリーダムの背後に回る頃だろうか。
ランスイルのサイレントランの速度とフリーダムの近づいてくる速度。
両者がすれ違ってからの距離が離れすぎてしまっても駄目なのだ。
<撃て!>
無線の指示で僚機たちが一斉にフリーダムを狙撃する。
フリーダムは踊るかのように舞いながら光の線をかいくぐる。
そしてフリーダムのフルバーストが炸裂する。幾筋ものビームが暗闇を照らし
僚機をめがけて走る。
マユはそのときすでにミサイルのスイッチを押していた。最初からフルバーストの
隙を突く作戦である。
次の瞬間、無数のミサイルがいくつもの軌道を描いてフリーダムめがけ殺到する。
そのときヘルメス艦内のブリッジで観戦していたサイの顔は一気に青ざめた。
別にマユがミサイルを撃ったからではない。
たしかに「撃ちすぎだ」くらいには感じたけれどもそれ自体たいした問題ではなかった。
実のところサイ自身はこんな奇襲が成功するとは思ってはいなかったし、場合によって
はヘルメスが拿捕されて終わりになるだろうとさえ内心では思っていた。
- 288 :デスティニーW 3 3/5:2006/09/09(土) 03:53:24
ID:???
- サイが驚愕したのは他でもない。
キラの放った数条のビームが問答無用で敵を大破させたからだった。
ブリッジから見えただけで十機近くのダガーが爆発し、原形をとどめなかった。
きっとファントムペインのパイロットたちは即死だっただろう。
普段のキラではない。そのことをもっとも強く感じたのはサイだった。
ざわめくブリッジ内で彼は胸騒ぎを押さえて成り行きを見守るしかないのか。
フリーダム周辺が眩いばかりの爆発の光に包まれる。マユのBアストレイが放った
ミサイルは命中したのだろうか。
(所詮は目くらましだな…)
サイは腕を組んだまま苦虫を噛み潰したような顔をする。
<ランスイル、ロスト!>
(ほらな…)
奇襲を仕掛けたソフィアのランスイルはあっさり撃破されてしまったらしかった。
そして次の瞬間、サイはすばやくオペレーターに近づくと無線をひったくっていた。
そして怒鳴る。
「マユ、前に出ろ! キャノンとミサイルポットは捨てろ、距離をとって
胸部ガトリングのみで応戦だ」
「武器を捨てろとは…」
ヘルメスの艦長が怪訝そうな顔でサイを見る。「敗北主義者め」とでも言いたげな
口調だった。しかしサイは冷静に答える。
「どのみちキャノンなどフリーダムには当たりません。少しでも目方を軽くしないと
的になりに行くようなものです。ガトリングで弾幕を張れば目くらましくらいにはなります。
そのすきに我々は撤退しましょう」
Bアストレイがオーブの機体であることはキラも図面で知っている。開発にも一部
関わったとも聞いていた。
下手に隠れているよりは前に出て素性を晒した方がマユが殺される確率は低くなるだろう。
それにマユは混血とはいえコーディネーターである。
ファントムペインの悪行の証人にもなるしザフトに保護されても悪いようにはされまい。
しかしマユはフリーダムを目掛け最大出力でキャノンを発射する。
そして躍り出るとショットガンを連射しながら突っ込んで行く。
弾切れになってようやく彼女はライフルを捨てた。しかし胸部ガトリングのトリガーは
引きっぱなしである。
- 289 :デスティニーW 3 4/5:2006/09/09(土) 03:56:19
ID:???
- <バカ野郎!>
無線からサイの声が聞こえてくるが知ったことではない。
マユはさっき聞いたソフィアの断末魔が耳から離れなかった。
盾を構えて散弾の雨を防いでいたフリーダムに向かって加速していくBアストレイ。
マユはそのままヒートマシェト(短剣)を引き抜いて斬りつけた。
フリーダムは身をそらせて刃をかわす。
反応からして明らかに躊躇している様子である。
「こォノォォ!!!」
マユはそう叫びながら踵でフリーダムのコックピットを蹴り飛ばす。
それは明らかに怒りからだった。確かにファントムペインはテロリストには違いない。
しかし死んだパイロットたちの中には優しくしてくれた人もいたし、
ソフィアのことも出会って一週間だったがかなり気にかけていたのである。
同じ船の中にいて情が移ることはまだ十五やそこらの少女には禁じえないことだった。
Bアストレイの胸部ガトリングが火を噴き、硬直したフリーダムの全身に火花が散る。
「よくも…」
マユはフリーダムの顔面に肘うちを食らわせた。Bアストレイは見た目のゴツさに似ず
元々武装を除けば軽量で俊敏な機体だった。武器を持ち運ぶ必要からパワーもそこそこはある。
フリーダムが一瞬吹き飛ぶかに見えた。
しかしマユの勝ちはそこまでたっだ。次の瞬間にはフリーダムのビームサーベルが
Bアストレイの両腕を切断していたからだ。
「くっ!」
引き金を引くマユ。しかし胸部ガトリングはカラカラと回転するばかりだ。
既に弾薬は尽きていた。
「弾切れ…きゃ!」
フリーダムが左手でBアストレイの肩を鷲づかみにする。そして右手をコックピットに
かけるとそのままキャノピーを引きちぎった。
「ぇ…ぁ…」
マユは色を失ってしまう。目の前に開いた宇宙に繋がる穴。そしてその向こうには
フリーダム。
- 290 :デスティニーW 3 5/5:2006/09/09(土) 03:58:48
ID:???
- (私、もう、終わりなの?)
マユの胸の中を諦めに似た気持ちがよぎる。しかしオーブで人質になっている弟のことが
脳裏を過ぎった。
「駄目!」
マユは激しく頭を振った。
「駄目! 諦めたら、絶対に!」
マユは無意識に操縦桿を引いていた。Bアストレイは身をひねり不意を突いて
フリーダムの肩辺りに回し蹴りが入る。
しかしそれが最後だった。無理に機体をよじったことでBアストレイの肩が引きちぎれ
爆発を起こしたからだ。それはコックピットには届かなかったがショックはどうしようもない。
背中から胸への貫くような衝撃。一瞬で目の前が暗くなる。
マユはそのまま気を失った。
***
「そうか」
デュランダルはヘルメス拿捕の知らせを受けていった言葉はそれだけだった。
彼は受話器を置くと何気に机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
そこには彼自身のほかに二人の男が写っている。それは学生時代の写真だ。
二人の学友はクルーゼとアズラエル、両者とも前大戦の戦犯ということになっている故人。
しかし彼らの戦ってきた真の敵はロゴスと呼ばれる組織である。
その実態を把握することは困難を極め、クルーゼとアズラエルはいいように踊らされた
挙句に無残な死を遂げたのだったけれどもその志はまだ死んではいない。
先日のユニウスセブン落下事件にしても実行犯こそザフトの不平分子だったが
裏で糸を引いていたのがロゴスであることには疑念の余地が無かった。
ユニウスセブンは表向きは農業プラントだったがロゴスの息のかかった施設だったからだ。
アズラエルが核を打ち込んだのも理由の無いことではなかった。
「敵はとってやる」
デュランダルは目を細めてそう呟いた。<1部了>