- 572 :1/10:2005/10/10(月) 16:44:02 ID:???
- カーペンタリア基地司令室―
時計は既に10時を回っていた。司令官はため息をつき呟いた。
「アッシュ6機は今だ帰還せず……作戦は失敗したか……」
先日突然に来訪し、この基地からアッシュ6機を借り受けた特殊部隊。
ヨップ・フォン・アラファスと名乗る男に、基地司令は理由も分からずMS6機を貸し与えていた。
早朝には帰還するとだけ言い残していたが、もはや時間は早朝を過ぎ、昼にさしかかろうとしていた。
彼らが帰り次第、貸していた機体のメンテナンスも行なわれる予定で、整備兵が早朝から待機していた。
しかし、今だ彼らは戻らない。即ち、作戦は失敗したのだ。失敗した以上、司令としても待ち続けはしない。
彼は手元の受話器を手に取り、整備班に連絡を入れた。
「私だ。班長、アッシュ6機は今だ帰還していないか?」
『……はい。すでに待機時間は6時間を越えています。如何致しましょう?』
「残念ながら作戦は失敗したようだ。彼らの未帰還を持って、本作戦は終了する」
『……解りました。待機命令を解除します』
再び、今度は先ほどよりも一層深いため息をつく。
特殊部隊が作戦に失敗することは往々にしてあることだ。しかし、最新鋭のMS6機を失ってしまった。
ザフト軍地球最大の拠点の一つ、カーペンタリア基地を指揮する司令官は、一介の軍人とはわけが違う。
その明晰な頭脳で、特殊部隊が向かったであろう先と、彼らが散ったであろう場所の推測を始めた。
「……この基地直近で連合の拠点があるのは、赤道連合か……」
だが、赤道連合に駐留する連合基地に、僅か6機で強襲を仕掛けたとは考えづらかった。
あるいは何らかの偵察行動が目的であれば、6機でも作戦行動可能ではあっただろうが……。
MS隊とは別に、特殊部隊員8名が随伴していたはずだ。彼らは何をしようとしていたのか。
最新鋭の水中用MSアッシュ。彼の機体は量産機だが、連合のどの水中用MSよりも優れている筈だ。
そのアッシュまでも戻らないと言うことは……考えにくいが、それ以上の戦力を持つ相手に敗北したのだ。
連合よりも技術力のあるMS……そこまで考えて、ある国の名前が思い浮かぶ。
「……まさかオーブか?モルゲンレーテのあるあの国ならば、あるいは……」
アッシュを屠ったであろうMSの力量を推し量っていて、もう一つの直近の国、オーブに行き着いた。
けれど、あの国の主力MSは地上用のアストレイと空中用のムラサメだけのはず……
それに、実戦経験豊富なザフトの部隊が、オーブのMSに後れを取るとは考えづらかった。
これ以上考えても仕方が無い、そう基地司令は思考を纏め、この件を考えるのを止めた。
大体、目下彼の務めは基地周辺を脅かす連合艦隊の存在であった。
開戦した直後、連合の艦隊はカーペンタリア基地を襲撃したが、降下部隊の増援もあり撃退はした。
しかし、いつまた連合の艦隊が襲撃してくるかわかったものではない。これからも戦争の日々は続くのだ。
「……それなのに最新鋭MSを6機も失うとはな。議長にも付き合いきれんわ」
最後に、特殊部隊を派遣した最高評議会議長に悪態をつき、彼はこの件を忘れることにした。
- 573 :2/10:2005/10/10(月) 16:45:04 ID:???
- 基地司令は次の仕事に取り掛かろうと、自室を後にしようとした矢先、部屋の扉を叩く者がいた。
入れと司令が促すと、見知った顔である彼の副官がこの部屋に入ってきた。だが、その表情は暗い。
いや、暗いというより、何か困惑した風……ただならぬ気配を察し、敬礼する相手を差し置いて問うた。
「何があった?」
「……はっ。実は……本日、戦艦ミネルバへの増援として来るMSパイロット4名なのですが……」
「その話は聞いているよ。何でもあの艦はテストパイロットを含め、たった3名しかいないらしいな。
だが、増援でMS4機と共に、経験豊富なパイロットが一緒に来るのだ。これで格好もつく……」
「ですが……そのパイロットの中に、その……申し上げにくいのですが……」
「何だ?ハッキリ言いたまえ。私とて暇なわけではないのだぞ?」
「その……パイロットの中に、アスラン・ザラの名前があるのです」
「……何だと?」
緊急事態ではないことがわかり、鷹揚に構えていた司令官の顔つきが一変する。
アスラン・ザラ―その名を知らぬものは、プラントにもザフトにもおそらくいないであろう。
先の大戦中盤、最強と謳われた連合のストライクを討ち、ネビュラ勲章受賞したエースパイロットである。
だが、彼は大戦末期、殲滅戦に突入するザフト軍に疑念を抱き、軍を離反後三隻同盟に参加した。
当時の最新鋭MSジャスティスを駆り、連合・ザフト両軍を向こうに回して激戦を繰り広げた。
その最中、ザフト軍の兵器ジェネシスが地球に向けられることを阻止すべく、彼はジェネシスを破壊した。
脱走の罪、利敵行為、その他もろもろの罪で、彼はプラントを追放されるに至った筈である。
「何かの間違いではないか?なぜヤツの名があるのだ?」
「それが……最高評議会議長ギルバート・デュランダル議長の特命付きで、メンバーに入っているのです」
「……また議長か。一体何を考えているのだ?」
「はぁ……そして、これがその書類です。ご確認を」
副官が小脇に抱えていた書類のコピーを、司令官は一瞥した。
確かに、ギルバート・デュランダルの署名があるし、アスラン・ザラが増援のメンバーに入っていた。
最初は不可解に思い、副官を問いただした彼だが、最高評議会議長の真意に気づき、僅かに安堵した。
恐らく、議長はアスラン・ザラを始めとした離反者たちを纏めようとしているのだろう、そう結論付けた。
先の大戦後、プラントの実験を握ったクライン派は、やむを得ずザラ派を要職から追わねばならなかった。
ザラ派の存在は、地球殲滅に踏み切ろうとしたパトリック・ザラを連想させ、連合の心証を悪くするからだ。
しかし、戦争となった今、要職から追われたり、追放されたりした者達の力も借りねばならぬ。
それ故に、何らかの理由でアスラン・ザラも復隊させたのだろう。
「……議長のご命令と言うことは、何らかの意図があるということだ。詮索は無用だ」
「しかし、彼は嘗て我が軍に対する利敵行為を働いております。幾らなんでも……」
「だから、議長がわざわざ署名をよこしたのだ。……詮索はしてはならぬ」
「……はっ」
利敵行為を働いたとはいえ、嘗てはエースであったことに変わりはないのだ。
使えるものならば何でも使わねばならない。ユニウス条約でMS保有数を制限されたザフト。
MSの差は戦力の差に直結する。それを埋めるのは、コーディネーターとしての能力しかあり得ない。
アスランほどのエースであれば、連合との戦いにおいて間違いなく活躍するに相違ないのだ。
- 574 :3/10:2005/10/10(月) 16:46:16 ID:???
- 無論、開戦直後からザフト軍もMSの増産体制に入っていたのだ。
だが、いくらコーディネーターでも短期間にMSをロールアウトできるMSの数は限られている。
今は正念場。なんとしてでも増産体勢が整い、連合と互角以上に戦えるまで持ちこたえねばならない。
だから、アスラン・ザラのような人間の力をも借りねばならないのだ。司令官はそれを理解していた。
司令官は訝しがる副官を嗜めた後、増援部隊の基地への受け入れのためのサインをした。
退室する副官を眺めながら、彼が部屋の扉を閉めたあと、今日3度目のため息をついた。
「詮索はせんが、裏切り者の力まで借りねばならんとはな……議長も何を考えておられるやら……」
一方その頃、ザフト軍地球軌道艦隊所属ホーキンス大隊では、降下作戦の準備が始まっていた。
今からカーペンタリア基地に向けて、増援4機のMSをポッドに入れて投下する手筈であった。
その中に、基地司令の話に上った人物、アスラン・ザラの姿もあった。
『間もなく降下作戦を開始します。各員所定の位置についてください』
『ハイネ隊、ハイネ・ヴェステンフェルス、グフ・イグナイテッド。準備OKだ』
『ハイネ隊、ショーン・ポール、同じくグフ。俺もいつでもいいぜ』
『同じくハイネ隊、ゲイル・ラッセル。やっぱりグフ。ここにいると息が詰まりそうだ。とっととしてくれ』
そして、もう一人……
「ハイネ隊、アスラン・ザラ。セイバー、準備OKです」
ハイネ隊の3機のグフとアスランの乗るセイバーは、既に降下ポッドに収納されていた。
これから大気圏に突入するのだが、軽口を叩くゲイルなどとは異なり、アスランの声は強張っていた。
それを聞き取ったハイネ・ヴェステンフェルスは、からかい半分、声を掛ける。
『おいおい、アスラン。お前が緊張することはないだろ?
地球に下りるのが初めてな俺たちならまだしも、お前は何回かやってるんだろ?』
「はぁ……2度ほどやっておりますが」
『ははぁ……さては実戦が久しぶりなんで、緊張してるな?
だいじょーぶ。今のところカーペンタリア周辺では一回小競り合いがあっただけらしい。
あとは至って平穏。目をつぶって時間になったらポッドから飛び降りる……これだけだぜ?緊張するなよ』
「……はい」
アスラン・ザラ、彼は数日前までアレックス・ディノの名で、オーブ特使としてデュランダルと面会していた。
オーブの連合参加は本意ではない旨を伝え、プラントも和平への尽力を惜しまないで欲しいと伝えた。
だが、その席上デュランダルからザフト復隊を請われた。離反したザラ派の象徴として戻って欲しいと。
クライン派とザラ派は戦後処理の段階でわだかまりを残していた。それ故、離反者の復帰を願っていた。
戦争となる可能性が強い今、派閥の壁を乗りこえ挙国一致体勢の確立は急務といえた。
アレックスは祖国を慮り逡巡し、数日滞在する間にこたえる旨告げた。だが、その滞在中に開戦。
彼は一転、敵国の人間となってしまったのだ。
- 575 :4/10:2005/10/10(月) 16:47:08 ID:???
- そんな中、彼はデュランダルがラクス・クラインの代役として用意したミーア・キャンベルと出会った。
祖国の役に立つべく、己の人生を捨ててまでラクスになろうとする少女に、彼は心動かされた。
そして、旧友の墓参に訪れた先で、かつての戦友イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンと会う。
彼らもまた、プラントの平和のために戦いに赴くと言い、アスランにもそれを求めた。
アレックスの中に残る、アスラン・ザラとしての心は揺れ動いた。
だが、そんな彼を更に揺さぶる出会いがあった。ロミナ・アマルフィ―
二コル・アマルフィの墓参に訪れた帰り、旧友の母親と会い互いの近況を伝え合った。
その中で彼女の夫、ユーリ・アマルフィがアーモリーワンで非業の死を遂げたことを知らされた。
更に、公式発表では事故死だが、実際はMS強奪犯の一味と思われる人間に暗殺されたと言う。
そこまで聞いて、アレックスはデブリ隊での戦闘を思い出した。Genocider Enemy of Natural―
アレックスは、彼との出会いで、プラントに迫る新たなる敵の存在をはっきりと認識していた。
そして今回の戦争……コーディネーターを滅ぼそうと画策するブルーコスモスの陰……
彼の戦士としての心が再び頭をもたげていた。
更にロミナは彼を驚愕させる話を聞かせた。
ユーリとロミナの養子となるはずの娘、その人物が今だ軍艦ミネルバで戦っていると言うのだ。
オーブ出身で、戦火で家族を失い、更に父親となるはずのユーリ・アマルフィを失った。
ロミナはまだ見ぬ娘のことを慮り、夫の死と共に悲嘆にくれていた。
アレックスは、そこまで聞いて、彼女にその娘の名を問いただした。
それが彼に復隊を決意させることとなった。
彼は復隊の条件に、デュランダルに対しミネルバへの着任を要請した。そして……
『これから赴任するミネルバは最新鋭戦艦らしい。当然、激戦地送りだろうな。
俺たちがこれからやることはえげつない戦争だが……せめて、明るくやろうぜ?なぁ、アスラン』
「はい……」
ハイネの励ましのとおり、アスランはミネルバへの着任の命を受けた。
プラントを護るため―そして、一人の少女を護るため―彼はユニウスセブンでの一件を思い出す。
あの日、まだ幼い少女は地球を救うため単身ユニウスに残り、破砕作業を続行していた。
本来なら自分のような人間が行なうべきことを。その時彼は己の力のなさを呪った。
そして今、彼は新たな力"セイバー"と共にミネルバを目指していた。
『間もなく降下始まります。ハイネ隊の皆さん、御文運を!』
ホーキンス隊所属のオペレーターからの激励を合図に、4機のMSは落ちてゆく。
新たなる戦いのため、そして―
「マユ……君を死なせはしない」
決意と共に、戦士は戦場へと舞い戻っていった。
- 576 :5/10:2005/10/10(月) 16:48:26 ID:???
- だが、降下ポッドの中でハイネ・ヴェステンフェルスは、言葉とは逆に暗澹たる気持ちであった。
理由は、アスラン・ザラ。彼の復隊とともに、ハイネには議長直々にある命令が下されていた。
アスランと共に地球降下命令が下った頃、ハイネは議長室に呼び出されていた。
そして人払いをした後、命令が下された。
「アスラン・ザラが、かつてわが軍に利敵行為を働いたことは君も知っているな?」
「はい。ヤキンで我が軍と戦い、ジェネシスを沈めたと聞いております」
「彼が再び不穏な動きを見せた場合、始末は君に任せる」
「……裏切った場合、彼を殺せと?」
「アスランは復隊させたが、彼のフェイス資格までは戻していない。一介の戦士としてレッドを着ている」
「フェイスである私に、彼の監視と……場合によっては抹殺をしろと?」
「保険はかけておく必要がある。あくまで保険だが……全てはあの男次第だ」
生来楽天的な性格のハイネもこれには閉口した。
復隊を求めながら、なお裏切った場合のための保険として、彼の抹殺命令を受けようとは……
重力に引かれ落ちてゆくポッドと同じく、以来彼は奈落の底に落とされたような気分であった。
それを部下が察したのか、声を掛ける。
『隊長、ひょっとして緊張してます?』
『ゲイル。俺たちの隊長が、大気圏降下ごときで緊張すると思ってるのか?』
「ん〜、ちょっとな。これからどういう連携で戦おうかとか、いろいろ……な」
部下の前では弱気を気取られてはならない。彼は何気ない話で話題をそらした。
『フォーメーションの件なら、私が先方を務めます』
『おおっと、出戻りさんが先方を志願してらっしゃいますよ?』
『ゲイル、お前……!言いすぎだぞ』
「出戻りは余計だぞ、ゲイル。で、アスラン。志願の理由は?」
まさか本気で答えられようとは思ってもいなかったが、やむを得ず問いただす。
『自分の機体、セイバーは空戦用の機体です。大気圏内ではグフよりも動けます。
また、フェイズシフトもあるため、ビーム兵器以外に脅威を感じることはありません』
「ふ〜む、やる気満々だな。心配して損したぞ」
『でも、実際どうするんです?いつもは隊長トップで俺らが援護ですけど?』
『俺たちもグフにはまだ慣れてません。各個撃破は少々厳しいかと……』
逡巡の後、ごまかし半分でハイネは答えた。
「よし!俺とアスランでツートップ、お前等は援護。ミネルバの連中は会うまで解らんが……
会ってから改めて決めても問題ないだろう、とりあえずは……あとは、出たとこ勝負だな」
……アスランの裏切りが再び起きても、出たところで勝負するだけの話だ。
そう自分に言い聞かせ、ハイネはいつもの明るい自分に戻ろうと努めていた。
- 577 :6/10:2005/10/10(月) 16:49:18 ID:???
- ミネルバでも、4機の増援部隊の到着は心待ちにされていた。
だが一人だけ、先日フェイスに就任したばかりのタリア・グラディスの気分は晴れていなかった。
オーブからカーペンタリアへ向かう途中、大西洋連邦艦隊の猛攻を受けた。
インパルスを駆る少女、マユ・アスカの活躍により6隻の鑑定を沈め撃退するに至ったが……
当のマユ本人に異常が生じていたのだ。彼女は戦闘終了後、激しく嘔吐し、医務室に運ばれた。
身体的異常は認められないとの医師の診断であったが、彼女の異変の原因は明らかであった。
ミネルバの危機に怒りの反撃をしたが、年端も行かない少女が大勢の敵を殺したのは事実。
彼女は戦闘の最中、敵を撃つたびに「命の散る音が聞こえた」と言い、己が行為に震えていた。
勲章ものの活躍に周囲は色めき立ってはいたが……タリアは手放しで喜べなかった。
彼女の除隊申請をしたものの、インパルスは戦力になるという理由で却下された。
タリアが新たに来る4人パイロットによせる期待は、他のものより大きかった。
「まだ……かしらね?」
「午後には降下してくるという話ですので、夕刻までには着任するかと」
「そう……」
独り言のつもりが、副長のアーサー・トラインの生真面目な応答にあった。
できればもう一人、インパルスのパイロットを連れてきて欲しかったというのが彼女の本音であった。
マユ・アスカは先の戦闘以来、同室者のルナマリア・ホークの話では、ろくに食事もとっていなかった。
理由は先の戦闘ともう一つ―彼女の父となるはずだったユーリ・アマルフィ死去の一報であった。
アーモリーワン襲撃事件に巻き込まれての死、そうマユには伝えていたが……
彼女が望んでいたであろう、日々のささやかな幸せという未来は閉ざされた。
その代わりの未来が、エースとして戦わねばならない未来……
「やるせないわね。本当に……」
「はぁ……?」
「……あなたに言ったわけじゃないのよ、アーサー。独り言よ、独り言」
「……はっ」
生真面目に返事をする副官のせいで苦笑するタリア。彼のお陰で些か暗い気持ちも晴れはした。
「マユは……元気かしらね?」
「ああ、今日は待機命令もないので、ルナマリアやメイリンと一緒に買い物に出かけたとか……
女の子同士でしか話せないこともあるし、いいことじゃないですか?」
「そう……」
アーサーの言葉で気づいた。言われてみればメイリンの姿が見えない。
代わりにいつもメイリンが座っているオペレーター席には、アビー・ウインザーが座っていた。
彼女は、ミネルバのカーペンタリア基地寄港後に送られてきた補充要員の一人であった。
そもそも月機動艦隊に所属するはずのミネルバが、諸般の事情で地球にまで来てしまったのだ。
進水式前ということもあり、最低限の人員しか用意していなかったが、補充要因のお陰で体裁が整った。
あとはパイロットの数さえ揃えば……だが、それは最新鋭艦として更なる活躍を求められることに繋がる。
来るべき激戦を予想し、タリアは最後に一つため息をついた。
- 578 :7/10:2005/10/10(月) 16:50:22 ID:???
- 同刻―カーペンタリア基地とそう遠くない場所―
赤道連合支配域の秘密基地に、地球連合軍所属空母J・Pジョーンズは寄港していた。
ラクス・クライン誘拐の任務を無事に終えたファントムペインには次なる任務が下されようとしていた。
ブリーフィングルームに4人のパイロットが集まる。徹夜で任務に当たっていたため全員寝ぼけ眼だ。
誘拐犯のゲンはもとよりアッシュを打ち倒したアウル、二人は流石に疲労の色が濃かった。
また、スティングとステラも待機命令が出ていたため、夜通しMSの側を離れられなかったのだ。
「なぁ……ここ、どこ?」
「知るかよ……ネオにでも聞くんだな」
仮眠から起きたてのアウルがスティングに基地の場所を問いただすが、相手にされない。
スティングもまた仮眠明けで眠いため機嫌が悪い。その上、ここが何処だか彼もわからなかったのだ。
「位置的には、オーストラリア大陸に近そうだけどな……」
「ネオが……秘密基地……って言ってた」
代わりにゲンとステラがフォローする。彼らも寝ぼけ眼である。この基地はそもそも正規の基地ではない。
ザフト軍の最大橋頭堡であるカーペンタリア基地攻略のため、以前から連合が秘密裏に作っていたのだ。
しかし、秘密基地故に問題が山積してもいた。秘密裏の基地建設のため工事に目立つMSは使えない。
現地住民を徴発して建設作業を行なっていたが、半ば強制徴用であるため労働者の意欲は低い。
故に完成予定は大幅に遅れており、今だ戦力となるべき基地の体をなしていなかった。
そこにJ・Pジョーンズが寄港し、ファントムペインは次なる命令を待っていたのだ。
そして、その次なる命令を携え、彼らの指揮官が部屋に入ってきた。
「何だ何だ、みんな眠そうだぞ?」
仮面の男、ネオ・ロアノーク大佐である。彼も徹夜同然ながら、相変わらず元気であった。
そこは大人と子供の差が現れていたのだが、4人とも軍人である。流石に上官の来訪で眠気を振り払った。
「大佐、ラクス・クラインはどうしたんです?」
「ん……着いてすぐに赤道連合の別の基地に移送されたよ。これから盟主のところまで行くそうだ」
「そうですか……」
「どうした、ゲン?彼女が恋しくなったか?」
「まさか。いなくなってくれて清々しますよ」
昨夜拉致され、この艦に収容されていたはずのラクス・クラインは既にこの艦を去っていた。
ゲンは彼女のことを尋ねたものの、好意を持っていたわけでもない。ただ聞いてみただけなのだ。
そもそも昨夜の戦闘でザフト軍特殊部隊と交戦した際、彼女の不手際でゲンは負傷したのだ。
背中に榴弾の破片が食い込み、今でもときおり疼く。医師の見立てでは全治2週間ほどらしい。
だが、傷の程度よりも、彼女の見せた優しさが、ゲンには酷い不快感を残していた。
「ああ、そうそう。彼女がお前に礼を言ってたぞ。護ってくれてありがとう……ってな」
礼は本人に言うものだろう―そう思いながらも、抱いていた不快感の幾分かは消え去った。
- 579 :8/10:2005/10/10(月) 16:51:11 ID:???
- ネオとゲンのやりとりを、アウル、スティング、ステラの3人はひそひそ話しながら見ていた。
「………?」
ゲンが視線を向けると、3人とも目をそらす。ただ、ステラだけがゲンにボソッと言った。
「浮気者……」
「……おぃ。何だよそれは……」
なぜか浮気者扱いされた―当然、彼女にそんな言葉を吹き込んだ輩がいたに違いないのだ。
見かけよりも子供っぽいステラが言う台詞ではない。ゲンはアウルとスティングを睨む。
アウルはあからさまに視線を逸らし、スティングはニヤニヤ笑いながら声を掛ける。
「隊長さんよ、女難の相が出てるぜ」
「……冗談じゃない。大体俺とステラはそういう仲じゃないだろう?」
「そうか?じゃあ、ラクス・クラインとは?」
「……誘拐犯にその被害者が心を開くとでも思ってるのか?」
「でも、"護ってくれてありがとう"なんて普通言わねぇぞ?」
「………」
反論するのは薮蛇だ―そうゲンは悟った。
子は親の背を見て育つなどというが、軍人は上官の背を見て育つようだ。
普段から似たようなからかいをネオからゲンは受けていたのだが、それが部下にも移ったらしい。
ステラとラクスを出汁に、なにやらゲンにとっては不利な話題が続けられた。
詰った本人のステラは、話の内容がわからずキョトンとしている。
どうやら同僚の二人に唆されただけらしい。ゲンは少しだけ安堵する。
見ればネオは口元を歪めて笑っている。
「若いねぇ……」
「大佐、そろそろ仕事の話、しません?」
付き合いきれない―なら元の話に戻せばいいだけだ。残念そうにネオは口を尖らせる。
アウルとスティングもステラ、いよいよ次の任務の話だとわかり目つきが鋭くなっていった。
「まずはこれを見て欲しい。先日オーブ近海で戦闘があったんだが、その際の映像だ」
ネオは室内に備え付けのモニターにある映像を映し出した。
それは開戦直後に撮影された、ザフト軍艦ミネルバと大西洋連邦軍艦隊との戦闘の映像。
たった一隻の艦に猛攻を浴びせる友軍だが、ミネルバはまったく沈む気配がない。
逆に暫く経つと、一機のMSが突如として友軍に猛攻を浴びせた。
ゲンをはじめ、ファントムペインのパイロット達はそのMSに見覚えがあった。
「こいつは……あのときの!」
- 580 :9/10:2005/10/10(月) 16:52:14 ID:???
- アーモリーワン以来の仇敵の姿がそこにはあった。
ミネルバに群がるウィンダム部隊を次々打ち落とし、MAザムザ・ザーすら撃破された。
そして今度は、武装を換装し対艦刀を握り締め、次々と空母・駆逐艦を屠っていったのだ。
「すげぇ……」
「本当にアーモリーワンで戦ったアイツか?まるで別人じゃねぇか?」
「こいつ……強い……」
アウルは素直に感嘆のため息を、スティングは見違えた仇敵の動きに些かの疑念を抱く。
そして、ステラは極めて客観的に、かつ簡潔に相手の戦力分析をした。
そんな中、ゲンだけは別の感情を抱いていた。
「こいつは……あのときユニウスで会った……」
ユニウスセブンの破砕を共に行なったMS。ステラよりも年若い少女が乗っていたはずだ。
目の前に映し出される映像では、そのMSが突如として変貌を遂げていたのだ。
まるで鬼神―そう思えるほどに目の前の光景は凄惨ですらあった。
蹴散らされる友軍を尻目に、悠々と引き上げるミネルバと白いMS……
「……これがお前等の次の相手だ」
ネオの言葉は続く。大西洋連邦軍はMSウィンダム15機とMAザムザ1機、艦艇6隻を失った。
艦隊を派遣していた大西洋連邦軍カリフォルニア基地司令官は、この結果に愕然とし、ある命令を下した。
すなわち第81独立機動軍、ファントムペインにミネルバ追討の命令を下したのだ。
ファントムペインの直属の命令者はロード・ジブリールだが、彼もまたそれを認めた。
この艦は、いずれ我々連合の脅威となるだろう……
「だから、俺たちがミネルバを倒さなければならない」
「で、大佐。こいつらは?戦おうにも、一体何処にミネルバはいるんですか?」
「まだカーペンタリア基地にいるんだが……連中の動き次第だな。
このままカーペンタリアに居続ければ、俺たちもカーペンタリア攻略戦に参加する。
宇宙に戻るようなら俺たちもガーティ・ルーと合流して、ミネルバと戦う。
あるいはこいつらが地球の別の拠点に移るなら、俺たちもそれを追う……ってところだ」
つまり、ミネルバの撃沈こそがファントムペインの至上命令となったのだ。全員がこの事実を受け止める。
「……強そうじゃん。相手にとって不足なしだね」
「まぁ、俺たちが宇宙で討ち漏らした連中だ。尻拭いはしないとな」
「……うん!やっつける!」
アウル、スティング、ステラはそれぞれに相手を倒す決意を固めた。
だが、一人だけ、ゲンだけはなぜかミネルバの白いMS、インパルスに奇妙な感情を抱いていた。
- 581 :10/10:2005/10/10(月) 16:53:12 ID:???
- ゲンはユニウスでの一件を思い出していた。
わが身を省みず、地球を救うため破砕作業を続けようとした白いMSのパイロット。
彼女がこれほどのMS乗りであろうとは、ゲンは夢にも思わなかった。
そして、あの時少女を討たなかったことを悔んだ。大気圏突入の際、彼女を手助けしたのはゲン。
あのまま彼女が燃え尽きていれば、大西洋連邦軍の艦艇は沈まずに済んだのかも知れない。
そう思うと、自らのミスは悔やもうにも悔やみきれなかった。
「……コイツは俺が討つ。この白いMSは……俺が……」
他の3人に比べて明らかに別の決意を秘め、ゲンは宣言した。
だが、3人ともエクステンデッドとして、またエース級のパイロットとしても易々と手柄を奪われたくはない。
「ゲン、こいつは俺の獲物だよ?」
「アウル、勝手なこと言ってんじゃねぇ。俺がやる」
「陸戦なら……ガイアが一番強い。だから、陸戦なら私がやる」
意気盛んな部下達をネオは満足気に眺めている。だが、そんな彼らを驚かせることを彼は言った。
「こらこら、上官を差し置いて勝手なこと言うなよ。
カリフォルニア基地でフルブーストが届いたんで、俺のウィンダムも出られる。俺もやるぞ〜」
「ええっ!おっさんも出るのかよ?」
「コラッ、アウル!おっさんじゃないっ!」
「ネオ……年甲斐もなく頑張りすぎるなよ」
「スティング、俺はまだ若いんだぞ!」
「ネオ……お年より?」
「こらこら、ステラまで何言い出すんだ?こんな若い指揮官を捕まえて年寄りって……」
アウルとスティングが、相手が上官であるにもかかわらず諫めに掛かった。
果てはステラにまで年寄り扱いされては、流石のネオも落ち込まざるを得なかった。
「大佐、自分で若いって言い出したら、年取ってる証拠ですよ?」
「ゲン……お前まで酷いぞ?」
「いつものお返しですよ。でも、これで全員MSに乗れますね」
「ああ……これでミネルバを叩くのさ」
ファントムペイン所属―ネオ・ロアノーク大佐以下
ゲン・アクサニス中尉、アウル・ニーダ少尉、スティング・オークレー少尉、ステラ・ルーシェ少尉……
ミネルバ所属―特務隊フェイス、ハイネ・ヴェステンフェルス隊長以下
アスラン・ザラ、ショーン・ポール、ゲイル・ラッセル、ルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレル、マユ・アスカ……
かくして役者は全て演壇に登り、インド洋の死闘は幕を開ける―
この戦いは意外な結末へ向かう序章曲―