- 173 :1/19:2005/10/18(火) 01:18:24 ID:???
- ハイネ・ヴェステンフェルス、アスラン・ザラ、ショーン・ポール、ゲイル・ラッセル……
彼らハイネ隊の4人がミネルバに赴任してから3日目の朝―一通の命令書がミネルバに届けられた。
艦長タリア・グラディス、副長アーサー・トライン、MS隊隊長ハイネ・ヴェステンフェルス。
ミネルバの指揮を担当する3人がその命令書を巡る検討がなされていた。
口火を切ったのはアーサーであった。
「しかし、ジブラルタル基地に向かえって……どういう任務ですか?」
「……私が聞きたいくらいよ、アーサー」
命令書の中身は、ジブラルタル基地に向かい、スエズ攻略中の駐留軍の支援せよ―というものであった。
タリアから命令を聞かされたアーサーは開口一番訝しがった。ジブラルタルといえば地球の裏側に近い。
その途中、ザフト軍の拠点は随所にあるとはいえ、地球連合の支配域がそのほとんどを占めている。
即ち、敵中を突破しつつ、友軍の支援に向かえというのが、命令書の趣旨であると解された。
最新鋭の戦艦であるミネルバであるから、過酷な任務も想定のうちとはいえ、常軌を逸していた。
アーサーが疑問をもつのも無理はなかった。
「でも……命令された以上、やるしかないでしょ?ハイネ隊長、MS隊の方はどうなの?」
「グフとセイバーの補修用の部品も今朝方届けられました。いつでも出れるとは思いますが……
パイロット間の練成の問題、とりわけフォーメーションの問題が懸念されます」
「命令は、明日には出航しろってことだけど、航海の間に解決できそう?」
「シミュレーターを使えば相応には……ただ、シミュレーションは所詮シミュレーション。
実戦感覚が養えるかといえば疑問が残ります。まぁ、結局は出たとこ勝負になりますかね」
「そう……」
緋の戦士ハイネ・ヴェステンフェルス、彼のミネルバ着任はタリアにとって数少ない喜びであった。
新鋭艦として建造されクルーも新人が多数を占めるミネルバにおいて、彼は貴重な歴戦の戦士だ。
正規パイロットはルナマリア・ホークとレイ・ザ・バレルのルーキー赤服の二人だけ。
インパルスのテストパイロット、マユ・アスカを入れても3人しかいなかったのだ。
彼を含めた4人の着任は、これから困難が予想される任務においてこの上なく心強い存在であった。
彼の腹心ともいえるショーン・ポール、ゲイル・ラッセルの二人も一般兵ながら大戦を潜り抜けた猛者。
連携の問題も、当面はハイネと腹心の部下二人が中心となって活躍するだろうことは容易に想像できた。
そして、もう一人……
「彼、アスランはどうしてるの?」
「アイツは……まだ復隊してから日が浅いのと、なまじ名前が売れてることもあって……
ミーティングやシミュレーションやらには顔を出すんですが、部屋の外にはあまり出なくて。
外に出ても、周りが何だかんだ言って覗きに来るもんですから、艦にもまだ馴染んではいないようです」
「……色々あるんでしょうけど、早く馴染んで欲しいものね」
復隊したアスラン・ザラ―かつて連合のストライクを討ち倒した英雄の存在も、一応は心強いのだが……
一度はジェネシス破壊という利敵行為に及んだことが災いして、完全に信頼はできないタリアであった。
とはいえ、復隊の志が真実のものであれば、この上なく艦にとっては頼もしい存在。
一日も早く嘗ての英雄としての姿を見せてくれることを、彼女も望まずにはいられなかった。
- 174 :2/19:2005/10/18(火) 01:19:18 ID:???
- ハイネ隊の着任の他にもう一つ、ミネルバにとっては喜ばしいこともあった。
先ほどからアーサーが、タリアの襟についているものをチラチラと眺めていた。
タリアとハイネの会話が終わるのを見計らって、いよいよとばかりにアーサーが祝辞を述べる。
「グラディス艦長。特務隊フェイス就任、おめでとうございます!」
「……ありがとう。こんな急な任務が入らなければ、もっと喜べたんでしょうけどね」
「いえいえ、これも艦長の活躍の賜物。副長の私としても鼻がたか……」
「―ちょっと待ちなさい、アーサー。今作戦会議中よ?喜んでくれるのは私としても嬉しいけど……
ほら、ハイネ隊長を見なさい。さっきから笑ってるわよ……もうっ」
見れば緋の戦士は、タリアとアーサーのやり取りを見ながら笑いをかみ殺している。
流石にそれを見てアーサーも襟を正すが、時既に遅し。堪えきれずハイネは笑い出した。
「いやいや、艦長。おめでとうございます。申し遅れましたが、私からもお祝いを……」
「……ほんとに、ごめんなさいね。恥ずかしいところを……」
「いえ、ユニウスセブン破砕作業、及びオーブ近海での大西洋連邦艦隊との一戦。
これらの戦いぶりは、まさにミネルバは戦女神の名に相応しい活躍を見せております。
その艦の指揮官たるグラディス艦長がフェイスに任じられる。これは至極当然のことでしょう」
「……ありがとう」
ミネルバの名は古代ローマ時代の技術と工芸の神、ミネルバに由来している。
また、ミネルバという神は後にギリシャ神話の戦女神アテナと同一視された。
艦の由来と、今の活躍ぶりを褒めたたえられればタリアとて嬉しくない筈がない。
照れながらも、機知に富んだハイネの祝辞に、先ほどまでの重苦しい雰囲気も幾分和らいだ。
「ところで、その……ミネルバ活躍の立役者……と言われている子の話なんですが」
「……マユのことね?」
「はい。彼女は……その、本当にあれほどの活躍を、あの年齢でやったというんですか?
正直、初めて聞いたときは我が耳を疑いました。私も長いことパイロットをやっていますが……
あんな女の子が、あれほどの活躍をするなんて些か……」
「……信じられないのも無理はないわ。私だって、目の前で見ておきながら未だに……
そう、まるで夢でも見てたんじゃないか……って思いたくなるときがあるけど、事実なのよ」
ミネルバ活躍の立役者、マユ・アスカの存在は、ハイネから見ても異質であった。
ユニウスセブンを砕くため、ただ一人ユニウスに残り破砕作業を続行後、単独でミネルバに帰還。
また、オーブ近海の海戦では、MS7機とMA1機、そして艦艇6隻を一人で屠ったというのだから。
年齢がまだ13歳と幼いため、軍のテストパイロットとして一般に素性は明かされてはいないが……
当然ハイネは着任早々その話を聞かされ、マユ本人にも会ったが、俄かに信じられなかった。
それ故、改めて艦長に聞いた次第であったが……
「艦長は、彼女にエースとしての資質があるとお考えで?」
「私はパイロットじゃないから分からないけど……天賦の才は間違いなくあるでしょうね」
ふむぅ、と唸ってハイネは沈黙してしまった。
- 175 :3/19:2005/10/18(火) 01:20:08 ID:???
- 艦長室を辞した後、ハイネは考え込んでいた。
ミネルバがオーブ海戦で討った敵機はMS15機とMA1、艦艇6隻―
MAとMSの実に約半分をマユ・アスカが一人で討ったことになる。そして艦艇を6隻も。
かつて初陣でMS30機余りと艦艇6隻を沈めたラウ・ル・クルーゼというパイロットもいたが……
碌に軍事教練も受けていない幼年学校の生徒が、これほどの戦果を挙げるものだろうか。
ハイネが最初にマユと会ったときに受けた印象は、普通の女の子という印象以外持ち得なかった。
部下を待たせてあるミーティングルームに向かい歩きながらも、彼は幼いエースについて考え続けていた。
その頃の幼いエースはというと、命令どおりミーティングルームで待機していた。
部屋には他のパイロット達、アスラン、ショーン、ゲイル、ルナマリア、レイたち全員揃っている。
作戦行動開始前ということもあって、曰く形容しがたい緊張感に包まれるのが普通であろうが……
なにやら場違いに雑談が繰り返されていた。
「アスランさん、ストライクを倒したときの話、聞かせてくださいよぉ」
「あ……いや、それは……その、またの機会に……ほら、これからミーティングだし……」
「いいじゃないですか?まだ隊長来てませんし」
「でも……な、長くなるからさ」
ルナマリア・ホークは何やらアスランを質問攻めにしている。離反者とはいえ、嘗てはザフトのトップエース。
艦内の誰もが彼の着任に興味津々ではあったのだが……それを嫌ってか彼は部屋の外に出てこない。
会う機会もほとんどなかったため、ルナマリアはこの機会にとばかりに質問を始めたのだが……
肝心のアスランはというと、元来あまり社交的でない性格も手伝ってか、引き気味であった。
他の男性陣はというと、ショーンとゲイルがレイを掴まえてアカデミー時代の話に花を咲かせていた。
レッドではないがベテラン二人もアカデミー出身で、今年度主席のレイに教官の悪口などを語っていた。
レイは教官の悪口など言わないが、そこは彼なりに訓練は厳しかったなどと相槌を打ちながら話していた。
そんな中、一人浮かない顔でルナマリアの側にいたのがマユ・アスカであった。
マユを誘って、一緒にアスランから話を聞きだそうとするルナマリアが声を掛ける。
「マユ、何か質問とかないの?アスランはトップエースだった人よ。聞いておきたいこととかない?」
「………」
「ほらほら、こういう機会に聞いておかないと損だよ」
「………」
相変わらず浮かない顔で、無言で困ったようにルナマリアを見返す。
そもそも、マユ・アスカには彼の復隊がどういう経緯でなされたのか、よく分からなかった。
連合のストライクを討った英雄というのは、軍幼年学校にいたころから周囲から聞かされ知っていた。
そして脱走して利敵行為を働いたことも……。だが、そんな過去の事実はマユにはどうでも良かった。
この間までオーブ代表の護衛として同伴していたアレックス・ディノが、なぜアスラン・ザラなのか―
この点が彼女には不可解で、同時にオーブ代表を快く思っていなかったこともあり、不快でもあった。
困惑してルナマリアを見返しても、己の心中まで慮ってはくれなかった。困り果て、アスランを見るが……
意外なことに、彼はルナマリアの質問攻めに困っていたときの顔とは違っていた。
何やらぎこちない笑顔を作ってはいたが、マユに微笑みかけているようにも見える。
どうしてこの男はザフトにいるのだろう―?ふとそんな想いが頭をよぎった。
- 176 :4/19:2005/10/18(火) 01:20:56 ID:???
- 「どうして……貴方はザフトに戻ったんですか?」
質問するつもりはなかったが、この際と思い一番疑問に思っていたことをマユは口にした。
アスランの笑顔がそうさせたのだろうか……だが、アスランは先ほどとは違い厳しい表情に変わっていた。
慌ててルナマリアはマユの口を塞いだ。この質問をするのはある種のタブー……彼女はそう思っていた。
それはルナマリアだけでなく、艦内のクルー全員にとって暗黙の了解事項であったのだが……
利敵行為を働き死刑寸前までいった男の復隊、これには政治的意思が働いたに相違ないのだ。
彼が軍に戻ったということは、政治的理由で何らかの力が働いたからこそ実現したに違いない。
当然そんな裏の事情に触れることは、一般兵の身分では何やら畏れ多くもあり、皆沈黙していた。
生来の好奇心旺盛なルナマリアもその質問だけはさけ、障りのない質問に止めていた。
しかし、マユは……それをやってしまったのである。長い気まずい沈黙の後、アスランが口を開いた。
「……俺は、この戦争から祖国を……プラントを護りたいって思ったからザフトに戻ったんだ」
「じゃあ、どうして前の戦争で裏切ったんですか?」
今度はルナマリアだけでなく、室内のショーンやゲイルまで顔をしかめていた。レイだけは無表情だが……
皆それとなく復隊したアスランの心情を慮ってもいたため、室内の空気は張り詰めたものとなった。
先ほどの沈黙よりも更に長い沈黙の後、アスランは語りだした。
「……先の大戦で、俺が脱走して……ジェネシスを破壊したことは知っているね?」
「はい……」
「俺の父、当時の最高評議会議長であるパトリック・ザラは、ジェネシスで地球を焼こうとしたんだ。
ナチュラルを全て滅ぼすためにね。けれど、戦争はルールのない殺し合いじゃない。
相手が軍人ならまだしも、地球には大勢の民間人が、戦争とは関わりなく暮らしてる人たちがいる。
そして地球に住むコーディネーターやザフトの人間もいた。ジェネシスを撃てばどうなる?」
「……皆死にます」
「そうだね。父は……連合との戦いの中で、そういうことを見失ってしまったんだ。
あのとき……ユニウスでテロリストのリーダーが言っていたこと、やろうとしていたこと……
それと同じさ。だから俺は脱走してジェネシスを破壊したんだ」
「………」
「もっとも、俺は正しいことをしたなんて思ってはいない。脱走とジェネシスの破壊は立派な反逆の罪。
だから戦争が終わったあとに出頭して裁判を受けた。……追放されちゃったけどな。
オーブに渡った後、知り合いのつてで仕事を見つけて、あとはずっとそこに居たんだ」
厳しい表情から一転、柔らかい言葉でアスランはマユに話しかけた。少女に諭すように話す。
マユが抱いていた不信感と不快感が全て消え去ったわけではないが、一応マユは理解した。
眼前の男のことは好きではないが、あの時ユニウスで自分がテロリストを説得しようとしたこと……
それと同じ思い、そして同じ経験をかつて彼はしたのであろう―そのことは容易に想像できた。
同時に、先ほどから恐る恐ることの成り行きを見守っていた仲間も胸をなでおろす。
最後にアスランはこう締めくくった。
「俺は議長にお会いして、もう一度祖国のために働く決意をした。
議長は父みたいなことはしないと思うし……だから、もう裏切ったりはしないよ。安心してくれ」
- 177 :5/19:2005/10/18(火) 01:21:44 ID:???
- 最後の言葉は、マユだけでなく部屋の全員に言ったつもりであった。
皆互いにぎこちない笑顔を作ってはいたが、先ほどまでの張り詰めた空気はなくなった。
マユも一応納得したようで、この話は収束することとなった。やがて、部屋にハイネがやってきた。
「おう、悪い。遅くなったな。……ん?どうした?何かあったのか?」
「いえ、何もありませんよ。それより何かあるのは隊長のほうでは?」
「ああ、これから本艦の作戦行動について話すんだ。皆、席に座ってくれ」
部屋の微妙な空気を気取ったハイネであったが、すぐにアスランが遮った。
当の本人にしても、あまり詮索はして欲しくないし、また話したくもない話題であったのだ。
ハイネも知ってかしらずか、詮索する風もなくすぐに所定の任務をこなそうと、ミーティングを始めた。
ミネルバは、この日12:00を以ってスエズの友軍支援のため出航した。
ボズゴロフ級潜水母艦二ーラゴンゴ一隻、搭載MSグーン3機が護衛のため付けられた。
だが、ミネルバの一連の動きは赤道連合支配域対カーペンタリア基地にも知るところとなった。
地理的に、カーペンタリアのある親プラント国大洋州連合と地球連合国赤道連合は近接していた。
両国は、国は違っても民間レベルの交流は盛んであり、そこにザフト・連合両軍もまた暗躍していた。
諜報活動、とりわけスパイ活動は両軍とも盛んに行なっており、ある程度の情報は筒抜けであった。
それ故、両軍とも機密保持は一定程度捨てており、最重要事項のみの保持に努めていたのだが……
それでも、カーペンタリア基地に潜入していた連合スパイからの情報がJ・Pジョーンズに入っていた。
「戦女神が動き出すか……」
対カーペンタリア基地に駐留していたJ・Pジョーンズのブリッジでネオ・ロアノーク大佐は報告を受けた。
ファントムペインのメンバーが滞在しているこの基地もまた、秘密保持のため細心の注意が払われていた。
護岸工事と現地民の医療問題解決のためのヘリポート建設作業の名目で建設が進められていたが……
ザフトの目をくらますため、MSも使わずに連合の技術者の指示で現地住民が半ば手作業で進めていた。
故に建設作業は遅々として進まず、基地としても完成半ばで数々の問題を残すところであった。
しかし、そんな事情などこの佐官に関係のある話ではない。彼は己の任務を遂行するだけである。
ネオはその知らせを受け、すぐに基地司令に連絡を入れた。
「基地司令?J・Pジョーンズのネオ・ロアノーク大佐だ。MSを貸して欲しい」
『MS?何に使うんだ?』
「決まってるだろう。この間話したミネルバを撃つんだよ」
『待ってくれ。ここの基地のMSは警備のためにあるんだぞ。いきなり戦闘など……』
「何機あるの?」
『30だが……』
「全部貸してくれ。用意が出来次第、J・Pジョーンズに送ってくれ」
『ちょっとまっ……ちっ!切りやがった!』
ネオは有無を言わさないため、基地司令の反論を待たず通信を切った。
基地司令には軍本部からの命令で、ファントムペインに便宜を図るよう命令が下されていた。
彼の立場としては、一方的ではあるがこの作戦に待ったをかけるわけにもいかなかった。
- 178 :6/19:2005/10/18(火) 01:22:35 ID:???
- だが、通信を切ったネオの胸中は複雑であった。
理由は基地のMS隊の錬度にあった。彼らはここが秘密基地であるため大っぴらに訓練など出来ない。
そのため、この基地所属のMSパイロットたちはシミュレーターしか用いることが出来ない環境にあった。
ネオには、彼らが実戦経験豊富なファントムペインと一緒に任務をこなすのは難しいと思われた。
「J・Pジョーンズには俺、ゲン、スティング……空中じゃステラのガイアは使えないか。
アウルは海からの攻撃になるから、水中にいる潜水母艦を潰してもらうか。あとは……」
J・PジョーンズにあるMSはストライクMk-U、カオス、ガイア、アビス、ネオ用のウィンダム……
空中戦がメインになるであろう今回の戦いでは、ステラの乗るガイアは使用不可能である。
また、彼女の抜けた穴を、実戦経験が少ない基地のパイロット達に埋めろと言うのは酷であった。
ミネルバと同伴の潜水母艦は当然航路であるから、戦闘は空中戦および海中戦にならざるを得ない。
戦闘に参加できるのはネオを含めたファントムペインの4人、基地のMS30機……
基地司令の話も疎かには出来ない。基地のMSはあくまで防衛用―損傷はできれば避けたかった。
それに、肝心の基地の防衛が疎かになれば、ここまで基地を築いてきた苦労が水泡に帰すのだ。
この基地はいずれ対カーペンタリア戦において重要な拠点となる筈……
「少々味方が頼りないが、これ以上の増援は求められん……どうする?」
とっさに、ネオは先のオーブ海戦で得られたミネルバのデータを呼び出した。
ミネルバは最新鋭の戦艦であり、とりわけCIWS(近接防禦火器)の充実振りは目覚しかった。
オーブ海戦では、白いMSの活躍もあったが、迂闊に近づいたMSがCIWSの犠牲になってもいた。
連合お得意の物量戦術を用いようとも、この艦は容易なことでは落とせない……
ミネルバを撃沈させるには、やはりファントムペインが血路を開かねばならなかった。
数以外有利とはいえない作戦……だが、一点だけオーブ海戦とは違う点にネオは気づいた。
ミネルバ護衛の潜水母艦の存在である。やがてネオは一つの作戦を思いついた。
「……作戦としてはこの上なく汚いが、足枷を……利用させてもらおう」
ネオは意を決した。
そして、ファントムペインを含めたJ・Pジョーンズの全パイロットを招集する。
その後J・Pジョーンズに到着した基地のMS隊パイロットと共に、ネオは作戦概要を説明した。
その作戦内容には、ファントムペインのメンバーだけでなく他のパイロット達も唖然とせざるを得なかった。
そんなパイロット達の中で、アウルだけが不敵な笑みを浮かべていた。
笑みを浮かべるアウルに指揮官は声を掛ける。
「アウル……この作戦の趣旨、分かっているな?」
「とーぜん。ある意味、俺が影のキーマン……でしょ?」
「そうだ。生かさぬよう殺さぬよう……頼むぞ」
「了解!」
ただ、意気盛んなアウルとは対照的に、ステラだけは寂しそうにしていた。
彼女の愛機ガイアはこの戦いでは使えない。よってこの作戦には彼女は参加できなかった。
俯く彼女を、それを察したのか近づいてきたゲンが頭をなで慰めていた。
- 179 :7/19:2005/10/18(火) 01:23:24 ID:???
- カーペンタリア基地を出航したミネルバは、出航してから二時間が過ぎていた。
インド洋経由でジブラルタル基地に向かう手筈であったが、この海域は既に大洋州連合のものではない。
赤道連合の支配域であり、コンディションイエローのまま艦は航路を取っていた。
赤道連合は地球連合に参加している国ではあるが、経済的に裕福な国ではない。
元は東南アジア諸国が合併してできた国であるため、特に目立った産業があるわけでもない。
大西洋連邦やユーラシア連邦といった国からの経済的援助の見返りに連合に参加したに過ぎなかった。
また保有MSも大西洋やユーラシアから払い下げられたMSがほとんどであった。
それ故、ミネルバのクルーは艦長以下この海域では無警戒ですらあった。
「アーサー、ニーラゴンゴは?」
「本艦の後方、距離200を保ったままであります」
「そう……異常はないのね」
タリア・グラディスも最新鋭艦であるミネルバに、赤道連合が旧式MSで襲ってくるとは思っていない。
ときおりこのように、僚艦の様子を副官のアーサー・トラインに聞く程度であった。
だが、突然そんな状況が一変する。
「艦長!後方距離8000に敵影!」
「何ですって!?」
弛緩していた空気を、オペレーターメイリン・ホークの声が切り裂く。
内心舌打ちしながら、タリアは戦闘ブリッジへの移行を告げた。一方で彼女には余裕もあった。
旧式MSで掛かってこられようと、こちらにはハイネ隊を加えた戦力が充実していたからだ。
来るなら来い―半ばそんな気持ちですらあったが、メイリンの声は更なる危機を告げていた。
「敵機照合!ウィンダム……さ、30!もとい、31!それに……これは……カオス!」
「カオス!?まさか……」
「後方より更に一機……ストライクです!!」
赤道連合の旧式MSではなく、最新のウィンダムが30機以上。そしてアーモリーワン以来の仇敵……
「ええっ!?それじゃあ、まさかあいつ等が!!」
「……驚いてる場合じゃないわよ、アーサー!CIWS起動!!」
「はっ……はいいっ!」
油断した―タリアは顔には出さないが、臍をかむ想いだった。
アーサーの言うとおり、彼女もここでアーモリーワン以来の仇敵が現れるとは思ってもいない。
それに連合の最新鋭機ウィンダムも30以上……明らかにこれは危機的状況であった。
「MS隊の発進準備急がせて!あと……戦闘の指揮はハイネ隊長に一任するって伝えて頂戴!」
メイリンに指示を出しながら、タリアはハイネ隊の存在の大きさを改めて認識した。
先のオーブ海戦では、彼女がMS隊の指揮まで取らねばならなかったが、今回は艦の指揮に専念できる。
危機的状況ながら、それでもタリアの気持ちは昂ぶっていた。
- 180 :8/19:2005/10/18(火) 01:24:13 ID:???
- また、ミネルバには、その知らせを受け戦闘意欲を昂ぶらせている人間がもう一人いた。
「ストライクだと!?あの、艦艇襲ったり、ボギーワンとの戦いで暴れてたストライクか!」
『熱紋照合は一致しました。おそらくは……』
メイリンから知らせを聞いたハイネ・ヴェステンフェルスである。
彼は暗礁空域でのザフト艦艇襲撃犯追討部隊の指揮を取り、ストライクMk-Uと戦っていた。
愛機のグフ・イグナイテッドの初陣であったが、互いに損壊しての痛み分け……
また、その戦いで彼の乗っていたナスカ級は中破し、死傷者も多数出ていた。
かつての仲間達の敵討ちのつもりもないではなかったが……
「借りは返すぜ!黒いストライク!」
戦士としてのプライド―愛機を傷つけられた過去が彼の闘争本能を昂ぶらせていた。
また、アスラン・ザラもその知らせを聞いた。もっとも彼の心は昂ぶらず、あくまでも冷静……
「黒いストライクか……また会おうとはな……」
アスランとゲンは、名を互いに伝え合った両者であったが、その頃のアスランはアレックス・ディノであった。
偽りの名を用いていた頃の出会いが、こうしてザフトに戻ってきた自分と再びまみえる事になるとは……
些か複雑な心境であったが、彼が敵であることには変わりはない。今度は倒す―それだけを考えていた。
同じく複雑な思いを抱いていたのはマユ・アスカ―
彼女は、ユニウスで黒いストライクと邂逅を果たし、共にユニウスを砕いていた。
そのパイロットは自分に礼を述べ、また大気圏突入時に色々とアドバイスをくれたりもした。
そして何より、そのパイロットの声は死んだ兄、シン・アスカとよく似た声でもあったのだが……
「でも……敵なのね……」
彼女にそう決意させた事実がもう一つ……その男が、アーモリーワンでの強奪犯の仲間であったことだ。
カオス、ガイア、アビスの3機の強奪に巻き込まれ、彼女の父親になるはずのユーリ・アマルフィが死んだ。
ボギーワンの襲撃、そして漆黒のストライク―それらは一連の事件であったのだ。
父の仇―マユ・アスカはあのストライクのパイロットをそう思わざるを得なかった。
「アイツは……私が倒す」
全てのパイロットが機体に搭乗したところで、ハイネ・ヴェステンフェルスから指示が与えられた。
「手筈通りフォーメーションは、俺、アスラン、ショーン、ゲイルが前!マユは第二線を張ってくれ!
ルナマリアとレイも……悪いが空中戦ができないので、同じく第二線、ミネルバの援護だ!
相手は数が多い上に相当厄介なヤツもいるが……健闘を祈る!」
「「「「「「了解!」」」」」」
ミーティングで決まったこと―それは空中戦の際、隊を一線と二線に分け、攻撃・防禦の分担を図った。
実戦経験者を攻撃部隊、まだ経験の浅いミネルバの3人は艦の防衛に専念する―その手筈だった。
- 181 :9/19:2005/10/18(火) 01:25:04 ID:???
- 紫色にカラーリングされたウィンダムの機中―
ミネルバから発進したMSの数をネオ・ロアノークは数えていた。
見慣れないMSが4機こちらに向かってくる。だが、その中に白いMSはいない……
「ふむ……増えていやがる。やっぱカーペンタリアで増援が来たか……
あの3機はまえにゲンが暗礁空域で戦ったやつと同じ……かな?新型投入かぁ、やるなぁ」
『大佐、あのオレンジ色には見覚えがあります。あの時の敵に間違いないですね。
他の青い2機は……一般兵用ですかね。でも、もう一機見慣れないのがいますよ?』
「あの赤いのか。何だろうね、まったく。
アッシュといいあの赤いのといい、ザフトはいっぱい作ってるんだなぁ……」
ネオとゲンはかつて戦った相手―グフが現れたことに気づいた。
また、オレンジ色のグフは、かつてゲンの乗るストライクMk-Uに手傷を負わせてもいた。
そしてもう一機、見慣れぬ赤い機体―セイバーがこちらに向かってくる。
ザフトの技術力とMSのバリエーションの多さにネオは驚きを隠そうともしない。
「あの赤いの、カオスのデータベースにあるか?」
『ないな……どうやら、カオスの完成後に作られた機体らしい』
「正真正銘の新型か……白いのがいないのはよく分からんが、あの赤いのを含め強敵だろう。
ゲンとスティングのことは心配しちゃぁいないが……締めてかかってくれ!」
『『了解!』』
景気のいい声が返ってくる。二人の部下の返事にネオは微笑んだ。
だが、彼ら二人がこの作戦の主役ではない。ミネルバを落とすのは空中部隊だが、メインは……
この作戦の影のキーマンへ寄せる期待は、並々ならぬものがあった。
「全員聞いてくれ!敵の新型はファントムペインが引き付ける!他は援護に回れ!
ミネルバへの攻撃は一撃離脱でいい!無理に突っ込む必要はない!アビスの攻撃後だ!
俺たちの全員の攻撃を受ければ、如何な戦艦といえども沈められるはずだ!健闘を祈る!」
ネオの訓示が行なわれたころ、ミネルバの第一線部隊も相手を捉えていた。
ハイネ・ヴェステンフェルスは、愛機である緋色のグフ・イグナイテッドを駆っていた。
「おーおー、相変わらず連合は数のゴリ押しが好きだねぇ?計33機か……ミネルバ、敵艦の位置は?」
『それが……艦影らしきものはいまだ……』
「ふぅん。ってことは……相当遠くに連中の拠点、ないし艦があるってことか」
ミネルバからのメイリンの報告にハイネは作戦を練る。
まともにぶつかっては如何にハイネ達といえども苦戦は必至である。
どうするか―ハイネは己の頭をフル回転させ策を練った。
- 183 :10/19:2005/10/18(火) 01:25:58 ID:???
- 数秒の熟考の後、彼は己が作戦を部下に披露した。
「全員聞け!近くに艦影はない!……ってことはだ、連中のバッテリーさえ切れればいいんだ。
わかるか?この作戦の成否は時間稼ぎだ!ミネルバに近づけさせず、時間切れを待て!
そうすりゃ勝てる。分かったな?」
『隊長、えらく消極的じゃありませんか?』
「じゃあゲイル、お前だけ一人で敵の中に突っ込むか?」
『……願い下げであります』
「だろ?正面からぶつかることはない。あまり格好よくないが、敵を全滅させようなんて考えるな。
敵の狙いはミネルバだろうが、その前に俺たちを落とさないと、うかうか母艦に攻撃できまいよ。
だから俺たちはあいつを牽制しつつ、時間を稼ぐ。大気圏内で姿勢制御しながら戦うのは大変だ。
フルに戦えば、30分も持つまい。せいぜい、20分ちょいってところか……それまで我慢だ!」
ゲイル・ラッセルから不満の声が漏れた。
確かに30機以上のMS相手にまともにぶつかれば命はない。
自分の立てた作戦ながら、流石に消極的過ぎるとは思ったが、ミネルバを護って死ねとは言えない。
苦渋の判断であったが、彼はミネルバも己の部下も、全員この危機を乗り切る方法を選んだ。
彼らの目的はここで戦うことではない。あくまでジブラルタルへ向かうことなのだ。
「アスラン、セイバーはどうだ?やれそうか?」
『はい。やれます』
「お前の機体は空戦に特化している。悪いが、俺たち以上に頑張ってくれ。
そうしないとミネルバがもたん。頼んだぞ!」
『了解』
ハイネの唯一の不安要素がアスラン・ザラのセイバーであった。
彼の勇猛ぶりは聞いてはいたが、流石に実戦から2年も離れた人間のため不安はあったが……
この状況で慌てもせず落ち着いた返答をするアスランに、ハイネの不安も消えていった。
不安が消えたところで、ハイネはアスランにある命令を下した。
「おし!アスラン、お前が先陣切ってぶっ放せ!」
『……は?』
「ほら、セイバーにごっついビーム砲があったろ?アレだよアレ」
『しかし、この距離で撃っても……』
M106アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲とMA-7Bスーパーフォルティスビーム砲―
フリーダムのバラエーナやジャスティスのフォルティスらの発展系装備をセイバーは有している。
それらを発射しろとの命令だが、この距離では避けられる―そうアスランは判断したが……
「当たらなくてもいい。相手の気勢を殺ぐんだよ!ぶっ放せ、盛大になぁ!」
『了解』
直後にセイバーから膨大なビームの束が放たれた。かくしてインド洋の死闘は開幕した。
- 184 :11/19:2005/10/18(火) 01:26:54 ID:???
- 連合軍からもセイバーからのビーム砲は視認できた。
指揮官のネオでさえゾッとするほどのビームの束がこちらに向かってくる。
だが、この距離でそうそう当たるものではない―
「脅しだ!」
そう悟ったネオが部下全員に告げたが、彼の思惑は裏切られた。
ゲンやスティングは一切動揺を見せることはなかったが、基地のパイロット達の陣形は乱れた。
舌打ちしながらも、ネオは威嚇してきた相手の動きを見る。4機の相手が散開して攻めて来る。
如何に兵力で勝っていても、動揺を見せればその優位性は揺らぐ。
うろたえた味方の一機がオレンジ色のMSに打ち落とされる―敵に先手を取られた。
「チッ!……ゲンはオレンジ色を、スティングは赤いのをやれ!俺は青いのを狙う!他は援護だ!」
『あのオレンジ色か……暗礁空域以来だな』
『新顔さんよ……見せてもらおうか、その力を!』
ネオは、僅か4機ながら怯みもせず向かってくる相手の力量を推し量った。
ザフトはその国土と人口の狭さゆえ、連合とのほとんどの戦いでは数で劣っていた。
しかし、彼らはコーディネーターとして生まれた自らの能力を誇るため、その戦力差をものともしない。
数倍に上る相手を前にしても、時に打ち負かすことすらあった。だが、30機以上を4機で迎え撃つ―
それは客観的に見れば蛮勇以外何者でもない。が、もし蛮勇ではなく、その力があるのだとしたら……
そう考えたとき、彼はあえて自軍のエース級を各機にぶつける事にしたのだ。
「アウルが、アビスが仕掛けるまではミネルバを攻撃しなくてもいい!タイミングを誤るなよ!」
『『了解!』』
全軍に指示したつもりが、勢い良い返事が返ってきたのは直属の部下のみ……
基地から借りてきた連中は、最初にハイネに一機落とされた動揺から立ち直っていないようであった。
アテにはできんな―そう思いながらも、ネオは自分のターゲット、青いグフ2機に向かっていった。
その頃、ミネルバでは第二陣が発進準備に入っていた。
ルナマリア・ホークはガナー・ザクウォーリアーを、レイ・ザ・バレルはブレイズ・ザクファントムを……
そして―
「マユ・アスカ!コア・スプレンダー、行きます!」
ミネルバの専用発射口からインパルスのコアが勢いよく飛び出す―
続いて、チェスト、レッグの両スプレンダーも射出され、フォースシルエットが最後に放たれる。
やがてそれらは合体し、空中戦を想定したフォース・インパルスへと姿を変えていった。
ルナマリアとレイのザク二機はミネルバのMS発射口で銃口を構える。
マユのインパルスはルナマリアの赤いザクの隣に着陸する。
ミネルバの直援部隊、第二線の布陣が整った―
- 185 :12/19:2005/10/18(火) 01:27:42 ID:???
- ファーストコンタクトで、ハイネ・ヴェステンフェルスは黒いストライクを目の前にしていた。
流石に1vs1で戦える状況ではなく、数多群がるウィンダムの動きにも注意を払わねばならなかった。
それでも、因縁の相手を目の前にして血が騒がぬわけはなかった。
「お前とここで会えるとはなぁ……!この間の借りは返させて貰うぜ!」
まずは挨拶代わりとばかりに手甲に備え付けのドラウプニル4連装ビームガンを見舞う。
だが、それはストライクに向けられたものではなく、周囲のウィンダムに向けられたもの……
元来近接戦闘が主体のMSグフは、およそ火器と呼べるものはこれしか存在しなかった。
無駄弾は撃てない―自戒しつつ数秒間だけストライク周り援護の陣形を組もうとしたウィンダムを狙う。
パイロットの経験が浅いのか、ウィンダムの連携はすぐに乱れ慌てふためく様子が垣間見れた。
ハイネはセイバーのビーム砲の一斉射で浮き足立った姿から、ウィンダム隊の錬度は低いと踏んだのだ。
そして彼の判断が正しいことが証明された。敵が組もうとしていたフォーメーションはすぐに崩れ去った。
「……残念だったなぁ?錬度の低い仲間を持つと苦労するだろう?
ま、ある程度の腕のあるパイロットにしか分からない悩みなんだけどな……もう少し混乱してもらうぜ!」
届かぬ声を黒いストライクに投げかけつつ、彼は機体を敵中に突っ込ませた。
部下のゲイルが慄いた行為を、彼は平然とやってのける。周囲からビームが降り注ぐが意に介さない。
我慢、我慢だ―敵の陣形を完全に崩しつつ、数の上での不利を承知の上で敵中に躍り出た。
やがて、敵のほぼど真ん中で反転し、高速で横に逃げる。彼の一連の動きにゲンは舌打ちした。
「……クソッ!同士撃ちを誘ってるのか!?」
ハイネ機にターゲットを絞っていた周囲のウィンダムは、落とそうと焦る余り味方の動きを見ていなかった。
ハイネを狙ったウィンダム隊が放ったビームが、危うく味方を撃つところであった。
文字通り死中に活路を見出したのだ。危険な賭けだが、これが奏功する。
ウィンダム隊は意外なハイネの動きに完全に翻弄されていた。
「どうした?黒いストライク!お前の仲間は随分と頼りないじゃないか?」
グフのコクピット内でハイネは勝ち誇った声を上げる。だが、それは勝利を確信しての咆哮ではない。
彼の行為は半ば自殺行為に違いないのだ。それを敢えて敢行したのは、戦局を有利に運ぶため……
自分だけではない。復隊したてのアスランや、古参の部下のショーンやゲイル、そして……
ミネルバにいる新兵のルナマリアやレイ、そしてまだ幼いマユ……彼らを死なせないための行為であった。
現に叫ぶハイネは言葉とは裏腹に、全身に汗が吹き出るほどの極限の緊張状態にあった。
「……相変わらず……やるなっ!」
ゲンも負けじと声を張上げていた。かつて暗礁空域の戦いで、彼はハイネのグフを軽んじ窮地に陥った。
そのときは辛うじて切り抜けたが、ハイネ・ヴェステンフェルスとはそれほどのパイロットであった。
そんな強敵との再会ではあったが、恐れるどころか逆にゲンの心は躍っていた。
久方ぶりの強敵との再会は、ハイネだけでなくゲンの闘争本能をも昂ぶらせていたのだ。
- 186 :13/19:2005/10/18(火) 01:28:40 ID:???
- スティング・オークレーも、ネオの指示通り赤いMS―セイバーを狙っていた。
初めて見るMSであり、新型であることは疑いなかったためスティングも警戒はしていたが……
相対するセイバーは、乗り手のセンスと相まって、彼に付け入る隙を与えなかった。
「こいつ……速い!速すぎる……!」
空戦用のMSセイバーの動きにスティングは舌を巻いた。
カオスは、嘗ての模擬戦で空中用武装のエールストライカー装備のMk-Uと渡り合っていた。
空中戦でも他のMSに引けを取ることはあるまい―そのような想定は見えてすぐに瓦解した。
戦闘が始まってすぐに、セイバーはカオスやストライクMk-U以上の機動力を見せ付けたのだ。
アスラン・ザラは、愛機セイバーを空戦用の戦闘機形態に変形させ機動力を最大限に生かした。
もっとも、それだけではない。ハイネ同様に、敵のフォーメーションを崩しつつ、カオスと戦っていたのだ。
「上に行ったり、下に行ったり……何なんだよ、この赤いのは!?」
ハイネが正面から切り込んだのとは対照的に、アスランは最初にセイバーを上空まで上昇させた。
雲の見えるところまで……だが、そこから機体を反転させウィンダム隊のいる方向へ、ビーム砲を放つ―
ハイネが切り込んでから高速で横に移動し、かく乱したのと時を同じくしての上からの攻撃……
二機の動きが故意か偶然かは兎も角、オレンジ色のMSと連携し見事にウィンダム隊を混乱せしめた。
そして、今度は一転して急降下を見せる―やがて海面ギリギリのところまで行ったかと思えば……
今度はMS形態に変形し、返す刀でビームライフルを放ち、こちらに的を絞らせない。
スティングはセイバーが見せつける技量に、敵ながら感服せざるを得なかった。
だが、アスランにとっても、これら一連の動きは自らの身体に負担を強いるものだった。
「ぐっ……!地球の重力は……キツイ……な」
地球の重力はプラントのそれよりも重い。大抵のコーディネーターは地球に下りてきては苦労するものだ。
しかし、アスランは戦闘機形態のセイバーで急上昇と急降下を一気にやってのけたのだ。
機体を反転させたり、変形させる度に体中の血が逆流するかのような感覚に襲われる。
気が遠くなることもあるが、ここで気を失ってはただの的―戦士としての本能がそれを拒んだ。
戦闘直前にハイネから言われた言葉を思い出す。空中でアドバンテージのあるセイバーの活躍―
それこそがミネルバを敵から護る唯一の手段であり、彼に課せられた使命でもあった。
ハイネが横から、アスランが上下から切り込んだことにより、ウィンダム隊は完全に混乱に陥っていた。
が、そんな好き勝手をこの男―スティング・オークレーが許すわけがない。
「……調子に乗るんじゃねぇ!この新顔が!」
言うや否や、カオスの機動兵装ポッド―ドラグーンを展開する。
大気圏内でポッドはバー二アの役割を果たすため、ドラグーンを放つ際はカオスの機動力も削がれる。
が、反面火力は増大するため、その光線が幾本もセイバーを狙う。またカオス自身もライフルを放つ。
突然背後の敵―カオスの攻勢が増したことにアスランも気づき、自らを襲う光の束に内心ゾッとする。
それでも、ここで動きを止めるわけには行かない。動きを止めればたちまちにしてビームに穿たれよう。
機体を最大戦速に切り替え切り抜ける。大気圏内ゆえ、その速度はそのまま体に相応の負担を掛ける。
カオスによるセイバーの追撃戦はいつ終わるともなく続けられた。
- 187 :14/19:2005/10/18(火) 01:29:42 ID:???
- ネオ・ロアノークもまた、青いグフ2機相手の追撃戦を繰り広げていた。
グフの機動力はウィンダムのそれをも若干上回っていたため、錬度の低いパイロットでは追いきれない。
フルブーストパックを装着したネオのウィンダムが2機を追う羽目になっていた。
「ちっ……ちょこまか逃げやがる!」
青いグフ二機は相互にフォローしあい、牽制のビームをこちらに放ちつつ展開していた。
オレンジ色のグフのように別格に動きが鋭いわけではないが、連携の取れた動きでネオを翻弄した。
だが、追うネオの評価とは対照的に、グフのパイロット達、ショーンとゲイルは息を切らせていた。
「くそっ……数が多すぎる!連合め!」
「んなもん……前の大戦からこっち、ずっとそうだったじゃねぇか!?」
「分かってるが……あの紫色、パーソナルカラーのエース機か?ピッタリついて来やがる!」
「向こうにも、ハイネ隊長みたいなのがいるんだろ?センスが悪い紫色だが……なっ!」
ゲイルは悪態をつきながら機体を反転させ、ネオのウィンダムに切りかかった。
ビームソードがネオのウィンダムに迫るが、ネオはあっさりそれをシールドで防ぎ、すぐに距離を取る。
そして手持ちのライフルを放ち、ゲイルのグフに付け入る隙を与えなかった。
「やっぱコイツ……強いわ」
「ゲイル、迂闊なことをするな!俺たちの任務は時間稼ぎだろう!」
「わかってるよ……そんなこと!」
一瞬動きを止めたゲイルに、ネオの後方にいたウィンダム隊からビームの洗礼が浴びせられる。
舌打ちしながら切り抜けるが、数発が彼の愛機を掠めていく。
「ふっ……いい動きだな。だが、それも今のうちだけさ」
ゲイルの動きに感心しながらも、ネオにはまだ余裕があった。
セイバーの一斉射にフォーメーションを乱され、まだ自軍は攻撃態勢を造れてはいない。
また、その後のハイネとアスランの撹乱戦法で、数の利を生かしているとは言いがたい状況であった。
だが、緒戦の攻防では自軍は残念ながら遅れを取ったものの、彼には次の一手が用意されていた。
それが彼の余裕の理由であった。
「アウル……頼んだぞ」
この指揮官は部下の名前を呼びながら、逆転の切欠を掴もうとしていた。
名前を呼ばれた本人は、攻防の繰り返されている方向からミネルバの向こう側に回りこんでいた。
アビスを駆り、彼は時間を待っていた。緒戦から5分後に彼は行動を起こす手筈であったのだ。
戦闘開始から5分―時間を見計らって彼は高らかに吼えた。
「さあ、いこうか!アビス!」
- 188 :15/19:2005/10/18(火) 01:30:28 ID:???
- 緒戦の展開にミネルバ艦長、タリア・グラディスは訝しがった。
ハイネ隊4機の奮戦はあったにしろ、艦への攻撃が手緩いのだ。いや、手控えていると言うべきか―
30機を誇る敵が、艦に対して碌に攻撃してこないのだから、彼女が不審がるのも無理はない。
「変ね……」
連合軍が攻撃しようと思えば、恐らくミネルバは猛攻に曝されていただろう。
だが、現実にはミサイルの一発も放ってこない。CIWSを警戒しているにしてもおかしい。
「……艦長?」
「何?アーサー?」
「艦長も、やっぱり変だと思いますよね?」
「そうね。どういうつもりかしら?」
「いや……そうじゃなくて……」
副官も疑念を抱いていたのか―そう思ったタリアだが、アーサーの歯切れが悪い。
何か言いたそうにしていながら、自分に遠慮しているのか言いかけて止めている。
「アーサー、今は戦闘中なのよ?不明瞭な発言は慎みなさい」
「いえ……その、連中がアーモリーワンを攻撃してきた連中だとすると……アビスは……」
副官の言葉にタリアはハッとした。彼らがカオスやストライクを用いているとすれば……
当然アビスも敵部隊の中にいる可能性が高い。いや、いるに違いないのだ。
「メイリン、ニーラゴンゴに連絡!アビスに警戒しろと伝えて!」
「は……はいっ!」
ミネルバに同伴していたボズゴロフ級潜水母艦ニーラゴンゴの艦長。
彼は既に艦所属のMSグーンの発進準備をさせていたが、その連絡を受けた心境は複雑であった。
自軍の最新鋭MS3機を強奪され、その追撃を請け負ったミネルバが取り逃がしたボギーワン。
そのボギーワンが奪ったMSが目の前にいて、攻撃してくるから警戒せよと言う。
貴様らが撒いた種だろう―!
そう言いたいのを堪えてグーンの発進を急がせる。
「グーン隊に通達!敵はアビスだ!我が軍の最新鋭MSだった機体だが……
遠慮はいらん!アーモリーワンで死んだ仲間の仇だ……ここを墓場にしてやれ!」
オペレーターは慌てて艦長の檄文をMS隊に通達する。
だが、艦長にも不安がないわけではなかった。相手はプラントの最新鋭MS―
果たして2年前の機体であるグーン3機だけでどうにかなる相手であろうか―?
そんな不安を抱いてはいたが、増援を求めようにもミネルバに水中用MSは存在しない。
ニーラゴンゴが何とかするしかない―艦長は、曰く形容しがたい悲壮感を胸にしていた。
- 189 :16/19:2005/10/18(火) 01:31:19 ID:???
- ニーラゴンゴからグーンが発進した直後、アビスはニーラゴンゴを捉えていた。
だが、次にグーンが3機現れたところでアビスに乗るアウルは、残念そうに深々とため息をついた。
彼は先日アッシュ6機を、不意を突いたとはいえあっさり壊滅せしめていたのだ。
なのに出てきたのは旧式で、オマケに半分の数……
「……舐めてんの?」
思わずそんな言葉が口をついてでてくるほどであった。だが、彼の任務はMS撃墜ではなく他にあった。
そのことを思い出し、渋々戦闘に没入するのを諦め、目の前の敵を殲滅することに専念する。
アビスを最大戦速に切り替え、一気に敵に迫る。その動きはニーラゴンゴにも知るところとなった。
「後方!距離3000よりアビス!」
「後ろからだと!?」
ニーラゴンゴの艦長の予想では、アビスはウィンダム隊が来た方向から来るはずと思っていた。
だが、それとは真逆の方向からアビスが迫ってくるという。虚を突かれた格好である。
その知らせはグーンのパイロットにも知らされた。
「後から!?」
「慌てるな!水中じゃ魚雷しか使えない……この距離じゃまだ大分ある!」
「数はこっちが上だが……相手は一機とはいえ最新鋭機だ!気を抜くなよ!」
水中では水の抵抗ゆえ高速で移動するのは難しい。最初のパイロットはそれ故動揺を見せた。
だが、二人目のパイロットは冷静に状況を判断した。水中では魚雷しか使えない―焦る必要はないのだ。
水中では高速移動が困難なため、数の上で勝っているほうが当然有利にはなる。
魚雷戦でも魚雷のスピードは、空中戦でのビーム兵器ほどのスピードがあるはずもない。
その点では数で勝るグーン隊に利は合った。三人目のパイロットの発言は、それを踏まえて自戒したのだ。
しかし、彼らはアビスの性能を見誤っていた。彼らの予想を超える動きをアビスは見せる―
「いくぜぇ!」
言いながらアウルは3機のグーンそれぞれに照準を合わせ、魚雷を発射する―
「きたぞ!」
グーンのパイロット達も回避運動に入っていく。
まだ回避可能な距離であったため、彼らはすぐに回避する。そして反撃の魚雷を見舞おうとしたが……
最大戦速のアビスが眼前に迫っていた。回避運動の僅かな時間、その間にアビスは距離を詰めていた。
「は……速すぎる!」
グーンのパイロットは驚愕する―自機のスピードとは比較にもならない速さだったからだ。
パイロットが悲鳴をあげた直後、距離を詰めたアビスのランスが一機のグーンを貫いた―
- 190 :17/19:2005/10/18(火) 01:32:06 ID:???
- 「テメーが遅すぎるんだよ!」
相手の声が聞こえたわけではなかったが、アウルは敵の声に応えていた。
グーンはアビスのスピードについていけず、接近を許しても慌てたままで碌に反撃もしてこなかった。
だが、仲間を破壊された敵の僚機が黙ってこれを見逃すはずがない。
「キサマ……よくも仲間を!」
「やりやがったな!」
2機からの魚雷が放たれたが、アウルはアビスの踵を返しその場を離れる。
アビスの機動力は放たれた魚雷のそれよりも速い―あっさりと魚雷を振り切る姿にグーン隊は瞠目する。
「何なんだ……あいつは!?」
「……くそっ!でも、元は我が軍の……とんでもないもの作りやがって!」
「……おい!8時の方向より魚雷4、来るぞ!」
「何だと!?アビス一機じゃないのか!」
改めて自国の技術力の高さを再認識させられるが、その思考すら中断させられる。
次にグーン隊を驚かせたのは迫り来る魚雷群……それは新たな敵の襲来を予想させた。
だが、パイロット達が敵機を捉えようとモニターを見たが、それらしき機影は見当たらない。
回避運動に入るが、索敵に手間取った一機が魚雷のうち一発を受けてしまった。
僚機のグーンの腕が吹き飛ぶ―水中だが、その音はもう一機のパイロットにも聞こえてくる。
「大丈夫か!?」
「くそっ……左腕がやられた!でも……索敵に引っかからないぞ……どういうことだ?」
魚雷が放たれたと思しき方向からは敵影は捉えられなかった。訝しがるグーン隊―
だが、見えざる敵の存在は彼らの本来の敵―アビスの動きから目をそらさせることに繋がった。
「……アビスは!?」
「後方距離―――――」
腕を吹き飛ばされたパイロットの問いに、僚機は答えようとしたが、その答えは届くことはなかった。
彼らが魚雷とそれを放った敵機を探している間に、アビスが新たに放った魚雷に貫かれ絶命した。
残されたグーン隊最後の一人は、爆散する僚機の破片の中からアビスが現れるのを視認した。
怒りと共に彼はグーンのライフルダーツを放つ―だが、フェイズシフト装甲のアビスは意に介さない。
装甲にはじかれ、彼はなすすべを失った。格闘能力を持たないグーンはこれが精一杯の抵抗であった。
接近したアビスのビームランスに貫かれ、最後のグーンのパイロットもまた絶命した。
「……もう1機MSがいるとでも思ったのかよ?」
2機のグーンのパイロットが驚愕した4本の魚雷、だがそれらはアビスから放たれていたものであった。
グーン隊がアビスの動きを察知する前に魚雷は放たれていた―グーン隊はそれを新手と勘違いしたのだ。
魚雷よりも速く動けるアビスの機動性は、これまでの水中戦の常識を覆していた。
- 191 :18/19:2005/10/18(火) 01:32:54 ID:???
- グーン隊が壊滅する様子をニーラゴンゴ艦長は目の当たりにした。
「これほどまでとは……!」
アビスはザフトの海神にすらなりえると言われた機体―
それが強奪されニーラゴンゴの前に立ちふさがる。あたかも死神とも思えるその姿に艦長は瞠目した。
その死神が、葬り去ったグーンには一瞥もくれずこちらを振り返る―ニーラゴンゴを見据えていた。
「……回避……いや!攻撃だ!魚雷……魚雷を撃て!」
水中母艦ボズゴロフ級でアビスの快速を振り切れるとは思えなかった。
故に艦長は、一か八かの反撃を試みることにしたのだが……
ニーラゴンゴから放たれた魚雷はアビスの機動力に的を絞ることすらできなかった。逆に……
「照準……できません!アビスは本艦の左に高速移動!」
「取り舵だっ!接近されたら終わりだぞ!」
照準すらままならない―そう悲鳴をあげる砲撃手だが、叫んだところで現実が変わるわけもない。
操舵手が舵を取る間もなく、アビスはニーラゴンゴの背後にまで回りこんでいた。
そして高速で接近し、ランスをニーラゴンゴのエンジンブロックに突き立てる―
「これで……お前等は"足枷"だよ!」
アウルの勝ち誇った声とともに、アビスのビームランスがニーラゴンゴの背後を貫いた。
轟音がニーラゴンゴの艦内を包み込む―轟音はブリッジまで聞こえ、艦橋はその被害報告に忙殺される。
「機関部、浸水警報!」
「舵をやられました、コントロールが効きません!航行能力大幅減退!」
「機関部炎上!負傷者多数!」
「第4、第5ブロックにも浸水です!」
ダメージコントロール要員からの被害報告に艦長は愕然とする。最早ニーラゴンゴに戦闘能力はない。
今、アビスに次の攻撃を仕掛けられれば艦は、いや、乗組員の命がない―艦長は半ば撃沈を覚悟した。
艦長だけでなく、クルーの誰もがその覚悟をした。だが、10秒、20秒……幾ら経っても次の攻撃はない。
「どういうつもりだ?……なぜ……攻撃してこない!?」
ネオ・ロアノークは、ウィンダムのコクピットでアビスからの通信を受け取った。―mission complete―
笑みを浮かべながらモニターの文字を見た後、自軍の全機に高らかに命令を下した。
「全員聞け!ミネルバは"足枷"に捉われた!これより作戦は第二段階に移行する!
厄介な敵MS4機はファントムペインに任せて……全機ミネルバに攻撃を集中させるんだ!」
- 192 :19/19:2005/10/18(火) 01:34:00 ID:???
- 突如としてウィンダム隊が攻撃の矛先を変える―
今までハイネ隊4機を追い回していたのを、一転してミネルバに向かい移動し始めたのだ。
「ちっ……こっちを諦めたか!」
ハイネ・ヴェステンフェルスは舌打ちしながら呟いた。時間にして7分少々しか粘れなかった。
ミネルバに攻撃の矛先を変えたとすれば、これからは第二線のMS3機と共に総力戦になろう。
防戦―だが、敵のバッテリーが切れるまではまだ10分以上あった。
支えきれるか―?
そんな不安が頭をよぎるが、あれこれ考えている暇などない。ミネルバが沈めば全てが水泡に帰すのだ。
敵艦らしきものは未だに捉えられない―ということは、敵は帰るまでのバッテリーを確保せねばならない。
拠点か艦艇かは分からないが、兎も角敵の翼が力尽きるまで今は時間まで持ちこたえるしかないのだ。
「ミネルバ!時間稼ぎも限界だ!そっちも移動しながら応戦してくれ!」
ミネルバの移動―敵が来た方向からミネルバが遠のくほど、敵はバッテリーを気にせねばならない筈。
バッテリーだけでなく推進剤の問題もある。ユニウス条約による核MS禁止協定の効能がここにあった。
しかし、そんなハイネの計算も裏切られることになる。メイリン・ホークの声がコクピットに木霊する―
『ハイネ隊長!こちらミネルバ!』
「おう!敵はあと10分少々で息が切れるはずだ。それまでミネルバも移動しながら粘ってくれ!」
『それが……移動できないんです』
「なにぃ!?ミネルバのエンジンをやられたのか!」
『いえ、エンジンをやられたのはミネルバではなく……
ニーラゴンゴの機関が大破したため、僚艦を護るためにもこの場を動けないんです!』
嵌められた―!
ハイネはハッとした。敵は最初からこちらの狙い―時間稼ぎを想定していたのだ。
ミネルバの脚を止め、棒立ちにしたところを全力で沈めに掛かる手筈―敵の狙いはそれであった。
如何にミネルバが堅牢であり、最新鋭のCIWSを備えていたとしても、足を止められれば苦戦は必死。
ここまでウィンダム隊がミネルバを一切攻撃してこなかったのは、火力を温存させるため―
最初から敵の手の上で踊りを踊らされていた―ハイネは唇をかみ締めた。
悔いるハイネとは対照的に、ネオ・ロアノークは笑みを浮かべていた。
「そろそろ気づいたかい?ミネルバの隊長さん……アンタの考えはお見通しだよ。
たった一隻の戦艦と潜水母艦……これだけで30機もいる俺たちから逃げられるとでも思ったのかい?
そりゃあ、パイロットの能力はあんた等が上だろうさ。でも……それって甘過ぎる考えって思わないか?」
通信回線を開いていたわけではないが、その声は自軍に届いたのだろうか。
ネオの声を聞いたかのように、ウィンダム部隊が次々とミネルバにミサイルを撃ち込んでいく。
ミサイルはウィンダムのジェットストライカーから火の矢の如く放たれた―そして、ミネルバは朱に染まった。