- 10 :1/25:2005/11/27(日) 06:19:53 ID:???
- インド洋でファントムペインとミネルバが戦った2日後―
J・Pジョーンズは赤道連合管轄下、インド洋ベンガル湾南部に位置するアンダマン基地に停泊中であった。
地球連合軍第81独立機動軍―通称ファントムペインのメンバーも束の間の休息を取っていた。
そんな中、ゲン・アクサニスにネオ・ロアノークから艦の司令室への出頭命令が下された。
目下ファントムペインの任務はザフト軍新鋭戦艦ミネルバを撃沈させること―
当然、彼は追激戦の話になると思いつつ、司令室の扉を叩いた。
「おう、来たか」
軍においては上官と接する際には直立不動の敬礼を要求されるものだが、ネオはその限りではない。
挨拶など適当なままで、ゲンに早く入ってくるよう促した。ゲンも軽く敬礼し、ネオの座るデスクの前へ赴く。
形式ばった敬礼にこだわらない指揮官であるから、当然仕事も単刀直入に話を切り出してくる。
開口一番、彼はゲンに仕事―即ち次の任務を告げた。ゲンは対ミネルバの話しとばかり思っていたが……
上官の口からは、至極簡略な命令だけが下された。
「あー、ゲン。悪いんだが、お前これからカシミールに飛んでくれ」
「……は?」
「カシミールだよ、カシミール。知らない?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「……ん?」
「俺たちの任務はミネルバ追撃でしょう?なんでカシミールなんかに行かなきゃならないんですか?」
「悪いけど……って断っただろ?ちょっと面倒な仕事がまわって来てな。
まずはこのままニューデリーに行ってある人物に会って欲しい。
で、数日間その人物の護衛をしつつ、カシミール地方まで行って欲しいんだ。分かった?」
「はぁ……」
「何だよ、そのやる気の無い返事は?一応これは命令だから拒否権は無いぞ。
まぁ、一人じゃ寂しいだろうからステラも付けてやる。輸送機にMk-Uとガイア積んだら出発だ」
「……ステラも?一体何なんですか?」
「つべこべ言わないの。詳しいことはその人物に聞いてくれ。ああ、あと、その人には粗相のないようにな」
「……了解」
本来話好きなこの指揮官が有無を言わさず命令だけを下すということは、それだけ火急の任務ということ。
また、彼一人ではなく、Mk-Uとガイアの2機を用いるということは、それだけ危険も伴うはずであった。
話の中からそれらのことを察したゲンは、渋々命令に従った。
司令室を出て、自室に戻る。
ネオの数日間という言葉から、おそらくそれだけの日数を要するのだろう。
ゲンは自室に戻るとバッグに日用品や衣類といった荷持を詰め、愛用の銃を2丁引っさげて部屋を出た。
思い起こせば、それらの銃は、かつてラクス・クライン誘拐の任務の際使った物であった。
ふとそれを思い出し、ゲンは苦笑した。
「暗殺、誘拐と来て……今度は護衛か?俺は便利屋かよ……全く」
悪態をつきつつ、彼は部屋の明かりを消し愛用のバイザーを暗視モードに切り替える。
昼間だが、外からの光が差し込まない彼の部屋では、それだけでバイザーの機能が確かめられる。
一通り望遠等の機能を確かめバイザーが正常に機能していることを確かめた後、彼は任務へと発った。
- 11 :2/25:2005/11/27(日) 06:20:40 ID:???
- 部屋を出てMSデッキまで出ると、既にメンテナンスクルーがMk-Uとガイアの搬出作業を始めていた。
その光景を眺めつつ、艦の外まで出る。J・Pジョーンズからそう遠くないところに輸送機が見える。
恐らくはそれに乗ってニューデリーまで行くのだろう。そんなことを考えながら荷物を片手に向かう。
輸送機に近づくと人が見える。金色の髪の女性―
バイザーを望遠モードにするまでも無く、彼にはその人物が分かった。
これからの任務でゲンと行動を共にするファントムペインの女性パイロット―ステラ・ルーシェであった。
彼に気づくと手を振りながらこちらに向かってくる。
「おーい!ゲン!」
「ちょっと待てよー!」
ステラの姿が見えるのと同時に後からスティングとアウルが声を掛けてきた。
二人は先日のインド洋でのミネルバとの戦いで、精神的ストレスを受けていたが……
声を聞く限りはそれほど深刻な様子も無く、普段どおりに見え、ゲンもホッと胸をなでおろした。
「ネオからの届け物を持ってきたぜ。受け取れよ」
スティングはネオからの届け物―一つのケースをゲンに渡す。
ゲンがバッグを開けると、中からはディスク一枚と小型PCが一台、それと黒い衣類が一つ入っていた。
「ディスクは輸送機に乗ったら開けってさ」
「……わかった」
おそらくは今回の作戦の仔細がそのディスクの中に入っているのであろう。
急ぎの任務ながら、彼には上官の心遣いがそれとなく示されているのを見て安堵した。
そんなゲンを見たアウルは、不満げに文句を言う。
「なんで二人だけなんだかなぁ?俺も連れて行けっての」
「……お前まで一緒に来たら、J・Pジョーンズはどうなる?カオスとネオのウィンダムだけになるだろう?」
「ちぇっ……」
アウルは今回の任務から外されたことに若干苛立っていた。
しかし、それは無理も無い話しであった。彼は先日の戦闘で敵艦からの特攻を受けていたのだ。
一時はパニック状態に陥り、緊急施術を行なわねばならないほど精神的に追い詰められていた。
おそらくはその事実を考慮したうえで、今回の任務からネオが彼を外したのだろう―
それはゲンにも容易に想像できた。だから、ゲンはアウル納得できそうな理由を述べ彼を宥めた。
「仕方ないだろう、アウル。こっちは俺とアウルに任せて……二人で頑張って来いよ」
「ゲン、ステラに手を出すと後が怖いよ?」
見ればゲンの隣にステラが来ていた。そんな二人をスティングとアウルが改めて見送る。
何が怖いのかは分からないが、ゲンはアウルから妙な警告を受けてしまったが……
からかい半分での警告を受け流しつつ、二人は輸送機に向かっていった。
- 12 :3/25:2005/11/27(日) 06:21:31 ID:???
- 「さてと、ネオからの任務の中身……見てみるか」
輸送機に乗り込んだゲンとステラは、機長に指示された席に座り発進を待っていた。
隣にいるステラは興味津々で、ゲンがディスクを小型PCに挿入するのを見ている。
ゲンはヘッドフォンを取り出しつつ、耳に当てる。彼らは特殊部隊ファントムペイン―
故に任務が外に漏れることは極力避けねばならず、友軍の中にいても機密保持には最新の注意を払う。
声が外に漏れないようにするのもそのための配慮であったが……
「ゲン、ステラも……聞きたい」
「……分かったよ、半分貸すからそれで聞いてくれ」
ステラの申し出で一つのヘッドフォンを二人で聞く羽目にもなった。
ともかく、ディスクが起動しネオの姿がモニターに現れ、彼の声も聞こえてきた。
『あー、二人とも聞いているか?こういう形での命令は最初で最後になると思うが……』
「ネオ!」
「ステラ……静かに。聞こえないよ」
ネオからの音声は全て録音済みのものなのだが、ステラは通信が繋がったと思い、声を掛ける。
苦笑しつつゲンはそれを嗜めるが、怒ることは無い。ステラ・ルーシェという少女はいつもこの調子なのだ。
普段は何処か気の抜けた様子で言動も子供っぽい―俗に言うところの、天然タイプの少女と言えた。
だが、戦闘では尋常ならざる力を発揮し、それ故少尉の肩書きでファントムペインに籍を置いていた。
そんなステラだが、今はその場にいないネオは構ってはくれない。画像と音声は淡々と進んだ。
『夜中に急な命令が入った。お前達にはこれからカシミールに向かって欲しい。
3日後に汎ムスリム会議がカシミールで開かれることになったんで、その手伝いが必要なんだ』
「ムスリム?……ったく、何でそんなところに」
「ゲン、ムス……って何?」
汎ムスリム会議―地球に存在するイスラム教国の連合体の総称である。
元は地球連合の一員であったが、先の大戦で親プラント国となり、領土にザフトの基地も点在していた。
ペルシャ湾にマハムール基地があるが、開戦の切欠となったユニウス落下事件以降は連合に組している。
ザフトの基地はあるが、連合の一員―なんとも奇妙ではあるが、これが汎ムスリム会議という国であった。
ゲンはPCのネオからのメッセージを一時停止し、そんな現実をステラに語って聞かせた。
「ふぅん……変なの……」
「……確かに変だけどな」
「ゲン、続き……」
「ああ、分かったよ」
ステラの感想は、まさしくゲン自身が思っていたことであったが……
彼もネオの命令―すなわち今回の任務の核心が知りたかったため、ステラに促され映像を再生させた。
- 13 :4/25:2005/11/27(日) 06:22:29 ID:???
- 『まぁ、お前等も不可解に思うだろうな。
知っての通り、親プラント国だった汎ムスリム会議が、開戦後は連合の同盟条約に加盟している。
今度開かれる会議では、これからこの国に……完全に連合寄りになってもらう必要があるんだ。
で、そのために必要な人物を届けて欲しいんだ。つまりその要人の護衛……ってことだ』
ネオの言葉にゲンはようやく合点がいった。
今は領土にザフト基地を有する汎ムスリム会議を、今度の会議で完全に連合サイドに引き入れる―
そのために必要な人物とは……おそらくは国外にいても会議に影響力を及ぼす人物であろう。
連合寄りの政治家かもしれないが、兎も角その人物次第でプラントにも―ザフト軍にも影響を及ぼす。
あるいは、戦わずしてペルシャのマハムール基地からザフトを追い出せるかもしれない。
だが、仮にもこの間まで親プラント国であり、敵地とも言えた国に赴くのだ。楽な任務ではない。
だからMk-Uとガイアの2機を護衛に向かわせる必要もあったのだろう。
「ゲン、何すればいいの?」
「……つまりは、偉い人を護るんだ」
「……まも……る?」
「ああ」
「うん……分かった。ステラ、護る!」
理解したのかしていないのか、ステラはゲンが極めて簡潔に説明した言葉には納得したようだ。
退屈したのかステラはヘッドフォンから離れ、輸送機の窓のある方に外を見に行った。
周りを海に囲まれたアンダマン基地は、彼女にとっても物珍しかったのだろう。
赤道直下の南国の景色は、基地の殺風景さとは裏腹に輝いて見えた。
一人になったゲンは、更にネオの声に耳を傾ける。
『あ、あとゲン!ステラに手を出すなよ?二人とも若いから俺は心配なんだよ』
「……出しませんから……要らぬ心配ですよ」
『昔エクステンデッドの研究員で……
彼女に猥褻な行為をしたヤツがいたらしいだが……どうなったと思う?』
「どうなったんです?」
『……二度と研究が出来ない体になっちゃったそうだ』
「………」
まるでその場でネオと会話しているかのようにゲンは言葉を発していた。
映像の上官も、まるでゲンが反論するのを想定していたかのように言葉を続けた。
傍から見れば絶妙なタイミングで会話が成立していたのだが……ゲンは最後の言葉に少々寒気を覚える。
『まぁ、お前ならステラも大丈夫かもしれないが……やめとけよ?』
「……何もしませんよ」
緊張感のある命令だったのが、何故か窘められて上官からのメッセージは終わりを告げた。
映像が終了したところで、ゲンはそのメッセージが入ったディスクの中身を消去しておいた。
これも機密保持のため―なのだが、彼には任務よりも上官からの妙な警告で緊張感は失せてしまった。
舌打ちしつつゲンは、小型PCの電源を落とした。
- 14 :5/25:2005/11/27(日) 06:26:09 ID:???
- 輸送機はそれから1時間後に出発した。ニューデリーまでの道のりに特に危険は無かった。
空港に着くと輸送機は人目を避ける為か格納庫に入り、そこで積荷―2機のMSの搬出作業を行なった。
MSをトレーラーに乗せ換えた後、インデラ・ガンディー空港からニューデリーまでは陸路で移動した。
またインドに着いてすぐ、ゲンはステラにネオから渡された黒い衣類を渡した。
「ゲン、これ何?」
「チャドルっていう服らしい。この地方じゃ着ない服だけど、厳格なイスラム教徒の女性は肌を隠す。
全身がほぼ隠れるから銃も隠せる……ステラに向いてる服だろ?ネオから渡されたんだ」
「ホント?なら……ネオからの贈り物……」
「……そうなるかな。カシミールはイスラム教が支配してるから、着く頃に着るといい」
ネオからの贈り物と思い、ステラは年頃の少女らしい笑顔を見せる。
黒のチャドルは、どうやら古い型のもののようで、ステラの全身どころか顔まで覆い隠すものであった。
イスラム教徒の女性でもここまで全身を隠すのは珍しいのだが……ネオの指示にステラは従った。
試着したステラは、顔と手の白さだけを残せば、ほぼ完全に素性を隠せそうな様子であった。
「ゲン……チャドル、ずれ落ちる……」
「口で端を押さえるんだよ」
最中、ステラはネオからの贈り物に悪戦苦闘していた。
チャドルは、たいていはテープなどでずれ落ちないようにするものだが……
流石のネオもそこまで配慮できなかったのだろう。仕方なくゲンは口で端を押さえる対処法を教えた。
今度こそステラは黒布に包まれ、イスラム圏内の女性に見える格好になってしまった。
だが、ここはまだインド―つまりはヒンドゥー教圏内であり、この国ではその格好は異様である。
そんなゲンのアドバイスにステラは渋々チャドルを脱ぎ、いつもの軍服姿になった。
空港を出た二人は、近郊のホテルの一室にまで案内された。ゲンはステラと共に部屋をノックする。
やがて、大柄なこの国の男と思しき褐色の肌の人物が、部屋から顔を出す。
彼はゲンとステラを訝しげに見るが……
「地球連合軍―大西洋連邦第81独立機動軍所属、ゲン・アクサニス中尉だ」
「ステラ・ルーシェ少尉……」
二人は、己の身分を明かすが、彼はそれに何の関心も示さない。
ただ、武器は持っているかとだけ問いただした。ゲンは愛用の2丁の拳銃を見せる。
そして、ステラも護身用に持ち込んだ一丁の拳銃を見せた。
男はゲンの持つ銃―ステラのものより一回り大きい2丁の拳銃を見て言った。
「フルオートマ2丁か……お前、その体で二つとも撃てるのか?」
「ああ」
「今までにそれで何人殺した?」
「ザフトの特殊部隊を……7人ばかり」
ザフトの特殊部隊と聞き、男の顔が一瞬変わる。
- 15 :6/25:2005/11/27(日) 06:27:53 ID:???
- 「いいだろう……入れ」
それだけ言うと、男は二人を部屋に入れた。
ゲンの言葉に一瞬表情が変わった男も、すぐにもとの顔に戻っていた。
二人は誘われ部屋に入ったが、中には男と風貌の似た人間達が7、8名も銃を持ち控えていた。
ボディーガードなのだろうが、彼らの武装と人数に、要人警護の熱の入りようが分かった。
間もなく二人は一人の人物の前に案内された。
「お連れしました」
―ゲンとステラの目の前には一人の老人が座っていた。
年のころは7、80にもなろうか。褐色の肌は皺枯れ、髪も殆どない。
余命いくばくの無い老人には見えず、蓄えた髭と双眸に光る理知的な瞳が生気を放っていた。
ゲンとステラは先ほど男にしたのと同様に所属を明かし、敬礼した。
「……随分若いな」
二人を見るなり老人はそれだけ言った。
やがて二人を連れてきた男に何事か指示を出し、席を立った。男はゲンを問いただした。
「一緒に持ってきた機械人形は?」
「……MSなら、2機持ってきた」
「たった2機だと?」
「両方とも現行稼働している連合のどのMSよりも性能は優れている。
"敵"の数にもよるが、相手が中隊規模程度なら問題なく倒せる筈だ」
「………」
「不満か?」
「……いや、感謝する」
言葉とは裏腹にぶっきらぼうな感謝の言葉ではあったが、男はそれ以上問わなかった。
あるいは男にとってはゲンやステラの年齢と相まって不信感を抱いたのかもしれない。
兎も角男は更に言葉を続けた。
「これからお前達にはカシミールに着くまでの間、老師を護ってもらう」
「……老師って、さっきの老人か?」
「そうだ。お前たちには、主に機械人形相手の戦闘を想定している。
俺たちは……人間相手の白兵戦は出来るが、機械人形は扱えない。頼むぞ」
「構わないが……想定される敵ってのは?アンタ達は誰と戦うつもりなんだ?」
ゲンの問いに男は一呼吸置いてから言った。
「俺達が戦うのは反対派の過激派勢力だが、お前達の相手は……ザフトだ」
- 16 :7/25:2005/11/27(日) 06:28:42 ID:???
- 老人とその護衛部隊は間もなくニューデリーを発った。老人の乗る車は複数の護衛の車に護られていた。
ゲンたちを案内した男は名乗らなかった。ただ、周囲の護衛の男達が"隊長"とだけ呼んでいた。
ゲンはその隊長と共に前衛役に就き、Mk-Uを乗せたトレーラーに隊長と共に乗り込んだ。
もう一人のMSパイロット、ステラは後衛としてもう一つのガイアを乗せたトレーラーに乗り込んでいた。
丁度老人の乗る車と護衛の乗る車を、2台の大型トレーラーが挟んだ形での出発となった。
なお、トレーラーにはMSメンテナンス要員として、J・Pジョーンズから数名のメカニックが乗り込んだ。
「まるで大名行列だな」
ゲンは、そんな光景を前衛のトレーラーの窓から身を乗り出しつつ呟いた。
彼の言葉どおり、街道の者達もゲンたちの車の列を何事かと見に来る有様であった。
やがてゲンは、隣の席に座る隊長と呼ばれる男に話しかけた。
「どうせなら、赤道連合に頼んで空から直接カシミールに乗り込んだらどうだ?」
「……そうしたいのは山々だが、それができない理由があるんだ。
昔、赤道連合の前身となった国が、ムスリム会議と衝突していてな……
やっかいな歴史的な背景があるから、表立って赤道連合に護衛を頼めなかったんだ」
「だから……大西洋連邦の俺たち二人だけが、護衛に就いたってことか?」
「……そうだ」
男は任務に差し支えない範囲でゲンに状況を語って聞かせた。
汎ムスリム会議は、2年前から親プラント国となり、ザフトに拠点を持たせるほどに親密であった。
しかし、ユニウスセブン落下事件で、ユニウスの破片が彼の国を襲ってもいたのだ。
親プラント国であっても、多数の国民を殺されてまでプラントに義理を尽くす必要は無い。
連合からの圧力もあったが、迷うことなく会議は大西洋連邦の提唱した同盟条約に参加した。
が、問題はここからである。即ち、国内にあるザフト基地の処遇に頭を悩ませていたのだ。
親プラント国となる見返りに、この国はコーディネーター国家プラントから多くの技術供与を受けてもいた。
恩と呼べるほどではないが、借りと言えるものがプラントに対してはあったのだ。
それ故、国内基地の処遇に頭を悩ませつつ、静観せざるを得なかったのだ。
「……で、会議にあの老師って爺さんを連れていって、何をやらせようっていうんだ?」
「お前たちは、何も聞かされてないのか?」
男は意外そうにゲンを見た後で、また差し支えない範囲で彼に老人の素性を語った。
元々汎ムスリム会議は、多くのイスラム教国の寄り合い所帯であった。
宗教は同じだが、民族はそれぞれに異なっていたため、建国初期には混乱もあったらしい。
近年ではそれも収まりつつあったが、プラントの出現とザフトの地球侵攻で再び混乱が発生した。
即ち、ザフトに協力するべきか、地球連合の一員として彼らに敵対するかが会議で争われたのだ。
宗教指導者の一人であった老師と呼ばれる人物は、その際後者を唱えるの派閥に属していたが……
最終的に前者を唱える派閥が決定権を握った。だが、それで事が終わったわけではない。
後者の派閥に属するものは、一夜にして反体派のレッテルを張られ、彼らは主張の変更を迫られた。
老人は、それでも主張を変えず、この国に居られなくなり大西洋連邦に亡命することになったのだ。
「頑固な爺さんなんだな……」
- 17 :8/25:2005/11/27(日) 06:29:40 ID:???
- そう呟くゲンの声は隣の男には聞こえなかった。更にゲンは男に質問した。
「あの老師はこれからどうするつもりなんだ?」
「会議に出て……ムスリムの世界からザフトを追い払ってもらうんだ」
「じゃあ、老師を狙ってくるってのは……」
「……プラント、いやザフトとともに連合と敵対したがる連中さ。
やつらは……大昔のしがらみに捉われて、未だに憎しみの連鎖の中に居る……厄介な連中だ」
はき捨てるように男は言った。
更に男の言葉では、その道中に老師を暗殺しようとする腹積もりだろうとのことであった。
男の一連の説明で、ゲンはこの地に自分とステラが呼ばれた理由、その背景を理解していた。
あの老人を護ることが、地球連合にとって多大な影響を及ぼすだろうことは、容易に想像できたからだ。
夕刻―一行は、第一の宿営地に到着した。
汎ムスリム会議領に程近いアムリットサル郊外の邸宅に一行は泊まることになった。
その夜、ゲンは老師に呼ばれ彼の部屋へと案内された。案内するのは隊長と呼ばれる男……
「……何で俺が呼ばれる?俺はMSの側に居たほうが良いんじゃないのか?」
「老師のご命令だ……従ってもらう」
部屋の外には警備の男もいたが、フリーパスでゲンは中に入れられた。
部屋の中には、絨毯の上に座る老人がいた。
「わざわざ、遠いところを呼び寄せて済まなかったな」
「……命令ですから」
老人は開口一番、ゲンに労をねぎらった。
確かにミネルバ追撃の任務を捨て置きこの地に赴くことには躊躇いがあったが……
それでも軍の命令は彼らにとっては絶対のものであり、異議を挟むことは許されなかった。
そんなゲンに老人は言葉を継いだ。
「一つ聞きたいことがあってな……
私の記憶する限り、大西洋連邦にお前さんのような若い士官、それも中尉と呼ばれる人間はいない。
だが、お前さんはその年齢で中尉を名乗り、一緒に来た娘さんも少尉を名乗っている。どういうことだ?」
「……士官学校を出ていれば、やがては尉官になる資格はありますが?」
「それはそうだが、出たての雛っ子にしては……お前さんからは只ならぬ気配を感じるが?
そう……もう何度も死線を潜り抜けてきた戦士のような気配すら漂っているように思えるよ」
フッとゲンは息をつく。
恐らく老人は自分達の素性―ただの軍人ではないことを看破したのだ。
嘘をついても無駄だ―そう思い、ゲンは自分達が対ザフト用に特殊訓練を積んだ部隊だと告げた。
「ふむ……」
- 18 :9/25:2005/11/27(日) 06:31:26 ID:???
- 老人は、ゲンの言葉を聞いた後、深々とため息をついた。
彼はそれ以上問い詰めず、またゲンもそれ以上は語らなかった。
連合軍に所属するゲンの仕事は老人の護衛であり、老人が彼の上司であるわけではない。
老人からは任意で問いただされただけであるから、これ以上答える義務もまた存在しなかった。
「……なるほど。やはり普通の軍人ではなかったか」
「俺から只ならぬ気配を感じた……と仰いましたが、老師は元軍属か何かですか?」
「……何故そう思う?」
「ただの宗教指導者にしては……鋭い観察眼ですから」
「………」
ゲンは問い返した。
これという動機があったわけではないが、嘗て自分を一目見てその資質を看破した人間はいない。
勘にせよ必然にせよ、老人にも何らかの背景―軍に近いところにいたのではないかと推察したのだ。
老人は暫く黙ってから、漸く口を開いた。
「軍属……とは言えんが、あの頃は国中が戦っていた」
「……あの頃?」
「長い話になるが……聞くかね?」
「護衛の任務があるんですけど……」
「ここにいても護衛はできよう。休憩がてら、老人の話し相手になってくれんか?」
ゲンは内心舌打ちしていた。老人に捕まってしまったのだ。昔話を延々と聞かされる……
質問をした自分を悔やみつつ、長話に付き合う覚悟を固めた。
「この国、汎ムスリム会議はどうして出来たと思うね?」
「さぁ?」
「お前さんたち大西洋連邦と戦って出来た国だよ……知っていたかね?」
「……?」
大西洋連邦と戦って出来た国―?その最後の言葉にゲンは訝しがった。
彼の属する大西洋連邦がムスリム会議と戦ったという話をゲンは知らなかった。
おそらくゲンだけでなく、アウルやスティング、ステラが同じ事を言われても不思議に思うだろう。
「……初耳ですが」」
「この世界がコズミック・イラに変わる前の話だからのう……」
旧世紀の話か―ゲンが想定していた歴史は、あくまでもCEの年代に入ってからの歴史であった。
過去に世界規模の大戦があったことは知っていたが、詳しい知識があるわけではなかった。
しかし、その過去の歴史は彼の知らない話ではあった。同時にゲンは些かの興味を覚えつつあった。
「自分は知らない話でした。少し興味がわきましたが……手短にお願いします」
老人に釘を刺した上で、ゲンは話を聞く気になった。
- 19 :10/25:2005/11/27(日) 06:34:27 ID:???
- 汎ムスリム会議―その歴史はAD年代、7世紀より始まっていた。
アラビアの商人ムハマンドが創始した宗教がイスラム教であり、ムスリムとは神に帰依する者達を言う。
旧世紀には、イスラム教国は複数存在したが、信条や部族間の争いが絶えず、国が纏まらなかった。
また、産油国と非産油国では経済的格差も相当にあり、その面でも行き違いは存在した。
そして、石油という旧世紀の最高の天然資源は常に利権が発生していた。
「この地域に嘗て湧いていた石油……
本来なら国を富み栄えさせる物だったろうが、それは即ち膨大な利益を生んだ。
そして、その利権の発生するところには常に大西洋連邦……あの頃はアメリカと呼ばれていたが……
まぁ、常にお前さんの国が干渉していてな。いろいろ厄介な事になったのだよ」
「……厄介なこととは?」
「昔の大西洋連邦は石油利権欲しさに兎角干渉してきてな……
ユーラシア諸国と一緒になって、やれユダヤの民人が抑圧されているだの、運河を作ってやるだの……
果ては民主主義がないだのと、とやかく介入して石油資源を確保したがったものだ」
「……どう介入したんです?」
「宗教的対立や民族的対立に乗じて介入してきたのさ。
アメリカと呼ばれたあの国と親しい国は利益を得、機嫌を損ねた国は滅ぼされもしたか……
つまり……石油を巡る昔の大西洋連邦やユーラシア連邦による利権争いで、ゴタゴタがあったんだよ」
しかし、旧世紀末に状況は一変する。石油資源の枯渇により、世界的な不況の波に各国は襲われた。
イスラム教国もその波に襲われたが、石油という最大の資源を失ったことで窮地に立たされた。
欧米各国が排他的経済ブロックを築く中、輸出資源の石油の喪失は経済力の喪失を意味した。
「で、どうなったと思うね?」
「……石油利権がなくなったのなら、そいつらも居なくなったんじゃないですか?」
「その通り。彼らは石油が湧かなくなると潮が引くように居なくなった。
ただ、連中が利権争いの最中に残したものだけは……その後もずっと尾を引いたがな」
「……それは?」
「残ったのは、彼らが干渉し煽った……宗教的対立と民族的対立だけだよ」
イスラム諸国は、石油という資源を失ったことで貧困に喘ぐこととなる。
国内的な批判をかわす狙いもあってか、イスラム各国の為政者は宗教的対立・民族的対立に乗った。
石油資源の枯渇を境に、イスラム諸国は再び内紛を繰り返す騒乱状態に陥った。
同時に、世界ではもう一つの騒乱が始まっていた。
石油資源に変わるエネルギーの発掘という問題が残っていたのだ。
「当時の地球の国々は、エネルギー問題の確保として鉱物資源のウランを頼った。
そして、そのウランを求めてまたあの国、大西洋連邦になる前のアメリカが覇権を求めたのだよ」
「……それが第三次世界大戦の引き金になったと?」
「そういうことだ」
まるで歴史の講義だな―
ゲンは当初こそ多少興味を抱いてはいたが、次第に世界史の授業を聞いているような気にもなった。
- 20 :11/25:2005/11/27(日) 06:36:20 ID:???
- 第三次世界大戦は、同時に国家の統合・再編を促した。
アメリカ・カナダ・イギリスを中心とした大西洋連邦と、ロシアと欧州各国を統合したユーラシア連邦。
中国を中心にアジア各国を再編したアジア共和国、赤道周辺の各国の連合体となる赤道連合……
そしてあるときを境に、イスラム教国が連合した汎ムスリム会議も形成されることになる。
「だが、その統合の前に……悲劇が起きた」
「……悲劇?」
「最後の核が……使われたのだよ」
中央アジア戦線では、インドとパキスタンの戦争に発展していた。
カシミール地方はその戦争の最中、最後の核が使われた悲劇の地であった。
それが契機となり、戦争終結への機運が世界で高まり、国家の統合・再編への流れへと繋がったのだ。
「インドは赤道連合の中核となり、パキスタンと呼ばれた国は汎ムスリム会議に属したのだよ……」
「……今回貴方の護衛に赤道連合が関与しないのは、それが原因ってことですか?」
「うむ」
「けど、それはCEになる前……もう70年以上前の話じゃないですか?未だにそんなことを……」
「それが歴史というものだ。他国のお前さんには分からない話だろうが……
今もムスリム会議は大西洋連邦やユーラシア連邦に抑圧された過去の歴史が、尾を引いているのだよ」
赤道連合に属する旧インド領は、ヒンドゥー教徒が多数を占め、イスラム教徒は10%程度である。
創立当初から赤道連合は、最後の核の悲劇を教訓に両宗教の融和を推し進め、対立は緩和された。
だが、汎ムスリム会議との関係は、隣国ながら過去の戦争での負い目もあり頑なな外交関係であった。
故に今回の護衛にも、赤道連合は参加できないでいた。
「ふむ……些か喋りすぎたか」
「もう一つ質問させてください。
今の話だと、汎ムスリム会議は未だに大西洋連邦も快く思っていないってことになりますが……」
「そうだな」
「2年前の大戦でムスリム会議がザフトを受け入れた理由ってのは、昔の……恨み晴らし?」
「……石油がなくなって困窮した我々を、昔の大西洋連邦やユーラシア連邦は何もしてくれなかった。
煽られた対立はそのままで……悪戯に戦火を拡大させ、国を乱されたという想いがあったのさ。
今でも豊かではないこの国に様々な技術を持ったプラントが来た時、会議は彼らと手を組もうとした。
もう大西洋連邦やユーラシア連邦といった大国に……国を左右されたくなかったのだよ」
だが、プラントが何の見返りも要求しなかったわけではない。
ザフト軍の対ユーラシア戦線への足がかりとして、領土内にマハムール基地を建設されもした。
ジブラルタルやカーペンタリア基地と比べ規模は劣るものの、拠点を置かれたことに変わりはない。
先の大戦の最中、幾度かマハムール基地周辺では、ザフト軍と連合軍との戦闘もあった。
「武器を持って他所の国にやってくる者に……碌な連中はいない。
ザフトが拠点を持っている国々が、昔どんな国だったか知っているかね?」
やがて老人の話は、プラントとムスリム会議の関係にまで話が及んでいた。
- 21 :12/25:2005/11/27(日) 06:37:46 ID:???
- ザフトという単語が出てきたことで、老人の話に対するゲンの関心は一気に高まった。
老人の話から、今後ザフトと戦う上で何か役立つことが聞き出せるかもしれない。
そんなことを考えながら、先の老人の問いに答えた。
「……ユーラシア直近のジブラルタル、大洋州連合のあるカーペンタリア、アフリカ共同体がありますが」
「そう……ジブラルタルは兎も角、カーペンタリアのあるオーストラリアもアフリカも……
大西洋連邦やユーラシア連邦の植民地だった国だよ。植民地支配が終わっても、負の感情は残る。
武力による制圧が終わっても、経済的に富める国である支配国との格差は歴然としている。
国家の発言力が経済力と軍事力に比するなら、過去の歴史と相まって潜在的な劣等感が残るものだ」
「プラントは……いや、ザフトはそれを利用したと?」
「それもあるがもう一つ、オーストラリアと中央アフリカには……
戦争をする上で欠くことのできないものが眠っている……何か分かるかね?」
「……天然資源……ウラン?」
「……さっきまでの話をよく聞いていたな」
プラントが戦争をする上で欠くことのできないもの―それがウランであった。
ウランのほかにアルミニウム鉱石といった金属類を精製するための物質もまた必須である。
そんな鉱物資源確保の要請もあって、ザフトはオーストラリアやアフリカに拠点を置くことにしたのだ。
「大洋州連合やアフリカ共同体は親プラント国だが……
ザフトの拠点を置くことで、それらの国は嫌でも戦争に巻き込まれよう。
プラント政府は表向き親プラント国とは友好的に接してはいるが……その真意は別であって……
かつて大西洋やユーラシアに抑圧された者たちを取り込み……ナチュラル同士を争わせるつもりかもな」
「……ナチュラル同士を争わせる?」
「ナチュラルとコーディネーターの争い……先の大戦ではこの構図が成立していたが……
人数で劣るコーディネーターが真っ向から戦争をして、大西洋やユーラシアを制圧できるとは思えん。
制圧できない限り戦争の火種がプラントを襲う可能性は常にあるが、それを打開するにはどうする?
まずは、ナチュラルとコーディネーターの争いという図式から崩さねばならんだろう」
「そのためにプラントは……汎ムスリム会議を始めとした国々を利用したと?」
「私はそう思って二年前の会議でそれを訴えたが、案の定今の会議はザフトの拠点を持て余している」
老人は最後に、自分が会議に出席し、ザフトに撤退してもらうよう計らうつもりだと付け加えた。
そして、最後にゲンに言った。
「一つ覚えておくといい。戦争とは一面的には捉えられん。
戦争の影では様々な立場の、様々な者達の思惑が絡み合い、虚虚実実の駆け引きが行なわれる。
お前さんは軍人としては強いのだろうが……あくまでそういう連中に踊らされているに過ぎんのだよ」
「………」
「一つ聞いておきたい。お前さんは……何のために戦うのだ?祖国のためか?」
最後の問いにゲンは沈黙した。彼はソキウスである。
シン・アスカとしての記憶は抹消され、戦うことのみを義務付けられた存在……
戦う理由などは存在しなかった。生きることが戦うことと同義であり、彼は人であるが兵器でもあった。
- 22 :13/25:2005/11/27(日) 06:39:02 ID:???
- 夜が明ける―太陽の光が東の空を薄っすらと照らし始めていた。
結局昨晩の老人の問いには答えないまま、ゲンは部屋を辞していた。
しかし、愛機ストライクMk-Uを乗せたトレーラーの中で、彼は一晩中その問いの答えを探していた。
ソキウスとなる前の記憶は消され、彼の戦う理由は忘却の彼方であった。ただ兵器として生きる"戦友"―
そんな彼は、見つかるはずも無い答えを一晩中考え、探し続けていた。
「俺は……何のために戦うんだ?」
国のためか―?だが、所属する国、大西洋連邦のために戦っているつもりはない。
ジブリールのためか―?彼は自分の主であり彼の命令に従ってはいるが、彼のために戦うわけではない。
ネオのためか―?彼は上官であるし現場の指揮官だが、彼のためというつもりもない。
では、何のために戦う―?
「……ゲン、おはよ……」
「ん……ステラ?もう起きてたのか?」
思考は僚友であるステラ・ルーシェの声で中断された。
まだ夜明だというのに、既に彼女は起きていたようだが……仮眠明けなのか、目をこすっていた。
「敵……来なかったね」
「まだ一日目だ。これから徐々にカシミールに近づく。
カシミールはムスリム会議の領土だから、近づけば近づくほど敵が来る可能性は高い。
会議が始まるまであと二日……頑張ろう」
「……うん!」
ステラの言うとおり、初日は敵の襲撃を受けなかった。
隊長が危惧していた反対勢力も仕掛けてこず、ザフトらしき影も見えなかった。
だが、これからムスリム会議領に近づくにつれ危険度は増す。まだ気は抜けないのだ。
そして、ゲンの予想は的中することとなる。
同刻、ペルシャ湾に位置するザフト軍ハマムール基地―
基地司令ヨヒアム・ラドルは一人の来客を迎えていた。
「朝早くに到着とは、ご苦労なことだな」
「……宇宙にいると、こっちの時間なんて分からないんだよ。まだ時差ぼけにはなってないけどね。
それより、ミネルバが昨日この基地に着いたらしいが……ローエングリンゲートをやるのかい?」
「ああ、そのつもりだ」
「それなら、持ってきた新型のテストも兼ねて、私もその任務に参加しようか?」
「いや、君には別の任務を受けてもらいたい。これは極秘任務で……君にしか出来ない任務だ」
改まった口調で、ラドルは目の前の女性士官に命令を下した。
「ヒルダ・ハーケン、"不屈の抹殺者"と共に……ストライクとガイアを討って貰いたい。
やつらはもうすぐ汎ムスリム会議の領内、カシミールに侵入してくる。そこを奴等の墓場にしてやれ」
- 23 :14/25:2005/11/27(日) 06:40:17 ID:???
- 二日目の行程―
アムリットサルを発った一行は、赤道連合領から汎ムスリム会議領へと歩を進めた。
国境の検問を通過し、ラワールピンディを抜けノーザンエリアという地域に差し掛かった頃……
前日同様前方のトレーラーに乗るゲンに、同乗していた隊長が言った。
「注意しろ。連中が仕掛けてくる可能性が高いのは、ここからだ……」
「一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「この先はギルギットって街だが……そこから先は何もない筈じゃないか?
俺はカシミールに行くとしか聞いちゃいないが……あんた達は一体何処を目指しているんだ?」
「……行けば分かる」
ゲンは道程を移動中も警戒は怠らなかったが、如何せん暇である。
手元にあった地図を何気なく眺めていたが、自分達の目的地が判然としないことに違和感を覚えた。
ネオからはカシミールとだけ言われたが、カシミール地方自体広く、目的地が何処か検討もつかなかった。
その地域で一番大きいはずのギルギットの街が目的地かと思っていたが、隊長の口ぶりだと違うらしい。
が、更に踏み込んで聞いてみたものの、隊長はハッキリとしたことは言わなかった。
不可解に思いながらも、彼は引き続き護衛の任務を継続した。
ギルギットの街に着いた頃には既に日が暮れていた。
だが、一行は街を素通りし、夜中にもかかわらず進行を止めなかった。
不思議に思ったゲンは、再び隊長を問いただした。
「街に泊まるんじゃないのか?
まさか、このまま……街灯もない道を夜通し進むって言うんじゃないだろうな?」
「あと少しだ。もうすぐ着く」
やがて、一行は小一時間ほど進んだ後、一軒の邸宅の前で歩みを止めた。
しかし、その邸宅は古ぼけていて、とても会議に出席する要人が泊まるところには見えなかった。
「本当にここか?まるで……ただの農家じゃないか?」
「……ここだ」
隊長は事実だけをゲンに伝えた。
先日泊まった邸宅とは比較にならないほど狭く、また粗末な家屋であった。
だが、舌打ちしても現実が変わるわけではない。すぐさま彼は自分の任務に取り掛かった。
トレーラーの軽合金製の扉を開け、積んであったストライクMk-Uの起動準備に取り掛かる。
休眠モードから戦闘ステータスに切り替え、機体に異常がないかを確かめた。
「問題なし……だが、敵が来るとすれば今夜……か」
再び機体を休眠モードに切り替え、機体を降りる。
明日開かれる会議までは臨戦態勢を取っておかなければならない。
トレーラーの扉を閉じると、同じく後方のトレーラーからステラが降りてきた。
異常なし……とだけステラは伝えた―が、互いにこの任務の山場が近づいていることを感じ取っていた。
- 24 :15/25:2005/11/27(日) 06:41:28 ID:???
- その頃―ゲン達の元に一機の輸送機が向かっていた。
ヒルダ・ハーケンは、既に新型MS"壮大なる不屈の抹殺者"―ドム・トルーパーの機上の人であった。
コクピットの中で、輸送機に同乗していたクルーから"敵"の動向を聞いていた。
『既に一行はギルギットの街を出ています。また、2台のトレーラーも確認されています。
ニューデリーを出てから積み替えた可能性もゼロではありませんが……おそらく中には……』
「ストライクとガイアが入ってる……ってことね。でも、パイロットってのは……所詮ナチュラルなんだろう?
ザフト相手に散々暴れた黒いストライクは兎も角、ガイアは……碌に戦闘もしていないんだ。
実質……ストライクを落とせば終わりさ」
『でも、実際ガイアの性能はかなりのものですぜ?元々、地上戦用に開発されたMSなんですから。
MA形態の機動力も……バクゥやラゴウの比じゃありません』
「だから……単騎とはいえドムで私が出てくることになったんだろう?」
Dauntless Obliterator Magnificent―"壮大なる不屈の抹殺者"
彼の機体はグフ・イグナイテッド同様、ザフト軍正式採用量産型MSのコンペティションに落選していた。
理由はコスト高と、ミラージュコロイドを応用した攻性フィールドがユニウス条約に抵触していたからである。
しかし、戦争が始まり、グフが正式採用に漕ぎ着けたのと同様、この機体も日の目を見ることになった。
そしてもう一つ、この機体にはユニウス条約で禁忌とされたものが搭載されていた。
『けど、気をつけてくださいよ?そのMSが直撃食らった日には……』
「……私を馬鹿にしているのか?」
『い、いえ、そういうわけでは……』
「ま、心配なのは分かるよ。素人同然のムスリムの連中との連係プレーをしなきゃならないんだからね。
戦争で一番やっかいなのは強大な敵より……足手纏いの味方さ。せいぜい気を付けるさ」
『お、お気をつけて……』
クルーはヒルダの機嫌を損ねたのかと冷や汗をかいた。
ヒルダ・ハーケン―ザフト創設以来、現役最古参のザフト・レッドにして隻眼の女性エースパイロット―
先の大戦では穏健派とされるクライン派に属してはいたが、元々ザフト創設時には派閥争いなどなかった。
パトリック・ザラとシーゲル・クラインの蜜月関係は続いており、派閥さえ存在しなかったと言える。
また、ザフトを創設したのはパトリック・ザラであるから、当初彼女はザラ派に近い存在であった。
後にクライン派に属することになるが……それまで彼女は幾多の激戦を潜り抜けてきた。
そんな彼女でさえ今度の任務は異常であると思えた。
先日、ムスリム会議の派閥争いの最中、ストライクがムスリムの領域に侵入してるとの情報が入った。
連合派の宗教指導者に同行しているらしいが、その人物はプラント派の会議の人間からは疎まれている。
歴史的背景から大西洋連邦やユーラシア連邦を嫌う者がムスリム世界には多くいたが……
一部過激派がその連合派の宗教指導者の暗殺を目論み、ザフトにも増援を要請して来たのだ。
だが、その要請とは暗殺の援護であり、あくまでも護衛のMSが起動してきた時のみ戦闘参加要請……
「……武装組織と連携してストライクとガイアを倒せって命令は、シンプルな作戦じゃないね……」
彼女は全てザフトがやればよいとも思ったが、プラントと汎ムスリム会議の関係も相当に微妙なのだ。
今回はマハムール基地の存在を黙認してくれている汎ムスリム会議の顔を立てることになった。
それがヒルダには不満であり、同時に一抹の不安を抱かせてもいた。
- 25 :16/25:2005/11/27(日) 06:42:37 ID:???
「で、今日は何の用です?」
ゲンは悪態をつく。前日同様老師―あの老人から呼び出しを受けたのだ。
屈強な護衛の間を抜け、彼は老人の部屋に案内された。
「昨日の話しの……続きをしようと思ってな。
お前さんに何のために戦うのか、と聞いたら黙り込んでしまって……話が途中だったろう?」
「はぁ……」
律儀な老人だ―
そんなゲンの思いをよそに、彼は話の続きをした。
「第三次世界大戦の頃の話までしたか……あのあと、もう一つの騒乱があったのだよ。
あくまでも軍事的なものではなく、政治的な駆け引きだったが……」
「大西洋連邦のお出まし……ですか?」
「そう……世界再編を進める上で、局地的な紛争の火種は燻っていた。
一度なくなった連合……当時は国際連合とか言っていたが、まぁ地球連合の前身だな。
その連合で主導権を握るべく、連合軍を再編し、紛争がおきているところに入っていったのさ」
大西洋連邦は、建国当初からかつての世界の警察―アメリカの姿を目指した。
幸いカナダを併合したことで天然資源に事欠かなくもなり、再び嘗ての威勢を取戻そうとした。
ユーラシア連邦や赤道連合が小国の併合に手を焼いているのを助けると言う名目で、各国に軍を送った。
そして、まだ連合国家として成立していなかったイスラム教徒の諸国へも……
「当然、ムスリムの国々は反発したよ。石油があるときは手を差し伸べ……
なくなった途端に手のひらを返し、自分達の撒いた戦果の火種はそのままに帰ってしまった。
資源が枯渇し、一番苦しいときに助けてもくれなかった。だから皆反発してな」
「で、また戦争があったんですか?」
「世界大戦に比べれば、戦争と呼べるほどでもなかったが。なにせ皆して連合の侵入を拒んだんだからな。
おかげでムスリムの国々は一つになることが出来た。まぁ連中の思惑通りになったんだから……
結果的に、連中にとっても良かったのではないか?大西洋連邦はすぐに兵を引き上げたよ」
「……終わりですか?」
「うむ。あとは……明日話そう」
まだ明日も話があるのか―そう思い、ゲンがウンザリしつつ部屋を出ようとした時―
部屋の外から轟音が響き渡った。
「―何だ!?」
とっさにゲンは老人を庇いつつ、拳銃をホルスターから引き抜く。
「あれは、迫撃砲の音だな……」
「……ッ!来たか!」
老人の言葉にゲンは敵の存在を確信する。招かれざる客の来訪であった。
- 26 :17/25:2005/11/27(日) 06:43:47 ID:???
- 老人の護衛と入れ替わり部屋を出たゲンは、屋敷の入り口の壁を盾に応戦していた隊長の元に向かった。
「敵は!?」
「数は分からんが……多いッ!支えきれるか分からん!」
「クソッ!」
サブマシンガンで応戦する護衛組みだが、その元に負傷した仲間が担ぎこまれる。
だが、負傷した仲間の発した言葉はゲンを驚愕させた。
「連合の……トレーラーに乗ってた嬢ちゃんが……」
「ステラッ!ステラがどうかしたのか!?」
「まだ……トレーラーに残って……」
その言葉を聞くや否や、ゲンは体調が止めるのも聞かず外へ飛び出した。
銃撃が邸宅を襲っていた―ゴーグルは暗視モードに切り替えているが、銃器の火ははっきりと見えた。
「ステラっ!無事かッ!?」
呼びかけるが、銃声に声はかき消され、彼の声が彼女に届いたのかさえ分からない。
だが、彼女が無事でいるかもわからないが、トレーラーの方向を凝視する。
(一か八かッ……!)
ゲンは意を決し地を蹴った―フルオートマの拳銃2丁を両の手に握り締め、敵中に躍り出る。
その前にストロボ光弾を放ち、目くらましで相手の銃撃を止めるのも忘れてはいない。
だが、そんな小手先の目くらましに動揺する相手でもなかった。
数秒の空白の後、戸外にでた彼を襲撃者から放たれる無数の弾丸が体を掠める―
が、ゲンも必死の思いでストライクのあるトレーラーの元に辿りつこうとした。
相手が人である限り、MSの敵ではない。敵がMSを有していなければ、ストライク一機で形勢は逆転する。
ステラの身も心配であったが、彼女を助けるためにも、敵の攻勢を止めねばならなかった。
だが、やっとのことでトレーラーの元にたどり着いた直後、彼の身を重砲が襲う―
爆音が彼の身を包む―
とっさに地に伏せたことで身の安全は保たれたが……
見ればトレーラーの軽合金の装甲は無残に穿たれている。
四肢が動くことを確認し、彼はその穴の中に身を投げた。
「トレーラーの扉を開ける手間を省いてくれて……助かったぜ!」
精一杯の強がりを言った後、彼はストライクによじ登るが……光が彼の元に向かってくる。
対戦車用ランチャー―人が放つものとしては最上級の火器が彼を襲う。
(……やばいッ!)
思わずゲンは目を閉じた―
- 27 :18/25:2005/11/27(日) 06:45:00 ID:???
- しかしそれはゲンの身を焦す事はなかった。直前に何かが彼の身を庇った。
死を覚悟し目を瞑ったが、覚悟していた衝撃が襲ってこないことで彼は眼を開けた。
目の前に大きな鉄の塊がある―MSの手―
「ステラっ!」
ガイアの手がとっさに彼の身を庇っていた。ガイアの眼がゆっくりと光を放つ。
こちらをモニター越しにステラがゲンを捉えていた。
『……ゲン!大丈夫!?』
「ああ、お陰さまでな……そっちは?」
手元の通信機からステラの声が聞こえる。
ゲンは慌てて通信を繋ぎ、礼を言いつつ彼女の身を案じた。
『怪我とかは……ない、大丈夫……でも……MS一機……北から来るッ!』
「所属、機種は?」
『分からない……連合でも、ザフトでもないみたい。ライブラリ……該当なし……!』
「チッ……テロリストの改造機か?それともまさか……俺もストライクを起動する!
相手の性能が分からないんだから……無理をするな!連携して一緒に倒すぞ!」
『うん!』
帰ってきた返事は元気であったが、敵の襲来にゲンは嫌な予感がした―その予感は的中することとなる。
もう一人の襲撃者―ヒルダ・ハーケンは、ガイアの起動を許した過激派連中の動きの鈍さを呪った。
「MSが……起動してるじゃないか!暗殺は失敗……これだから素人どもはッ!」
愛機ドム・トルーパーの中で悪態をつく。
汎ムスリム会議は、地域ごと、州ごとに軍を持っていたりもする。
だが、その錬度は近代戦を経験しているザフトや連合とは異なり、脆弱かつ旧式であった。
また、MS運用能力も持ち合わせていない。そのため彼女―ヒルダがこの場に呼ばれもしたのだが……
「コイツを実戦で使うのは始めてなんだ!手加減なんて出来ないから……
テロリストはテロリストとして死んでもらう!巻き込まれても……私を恨むなよ、ムスリムの!」
共闘する襲撃者がMS戦の犠牲になってもやむを得ない―ヒルダは腹をくくった。
ドムをホバリングさせ、機体を高速移動させる。ステラの乗るガイアに向かって―
「……速いッ!」
ステラはガイアのコクピットの中でドムの動きに瞠目する。
相手の機動力は、四足歩行タイプでもないのに、バクゥクラスの速力を持っていたからだ。
それでもステラは臆さず、臨戦態勢を取った。
「ゲンはまだ……動けない……だから、私がお前を倒す!」
- 28 :19/25:2005/11/27(日) 06:46:33 ID:???
- ステラはゲンから、ストライクが起動した後、連携して相手を倒すよう言われていた。
だが、相手の機動力は速く、彼が機体を起こし戦闘体制をとるまで攻撃を受けない保証もない。
故に彼女は単独でドムに立ち向かった。
MA形態となり後部にメインスラスターを有した1対の背部ビームブレイドを展開する。
これはバクゥのビームサーベル同様、高速で突撃しすれ違い様に敵機を切断する兵器―
ステラは、自機の性能を生かし先手を取り、初撃で勝負を決めるつもりであった。
しかし、彼女の誤算もまたここにあった。
即ち、ザフト軍エースのヒルダ・ハーケンはガイアの詳細なデータを有していたのだ。
ガイアのMA形態での攻撃―それはヒルダの想定の範囲内であった。
「フッ……MA形態かい?まるで犬だねぇ……可愛いよ……でもッ!」
ヒルダのドムはステラの狙いを知りつつ、敢えて直線的に機体を動かした。
だが、装備しているバズーカも構えず、備え付けのサーベルも引き抜かず……
体当たりでもしようかという勢いで機体を突っ込ませた。
そんな姿を見たステラは勝利を確信する。機体がぶつかる直前ですれ違えば勝負が決まるのだ。
機体のコンピュータに両機の相対速度を計算させ、完璧なタイミングですれ違う―筈だった。
「その手は……お見通しだよッ!」
すれ違う一瞬でドムは切り倒されず、逆にステラの乗るガイアを吹き飛ばした。
スクリーミングニンバス―胸部にある高エネルギー粒子発射口から高エネルギー粒子を放散する。
攻性の防御フィールドを展開したドムは、フィールドでMSを破壊する機能を持つが……
MA形態で速度がついていたため、外部装甲が破損しただけでガイアは吹き飛ばされた。
この場合、彼女にとっては幸運に違いなかったのだが……
「ステラああぁぁっ!!」
その光景はゲンの眼の前で繰り広げられた。ようやくストライクを起動させたものの……
眼前でステラの乗るガイアが吹き飛ばされるのを確認させる結果となった。
絶叫するゲンだが、それでも彼は冷静さまで失ってはいなかった。
目の前の光景が彼には不自然に感じられた。
―なぜガイアが陸戦で負ける―?
「……ステラのガイアを弾き飛ばした?
あのMSは……ザフトの最新鋭機……ガイア以上のパワーを持っているってのか?」
ガイアと同程度のパワーを持っている機体は存在しないではない。
同時期に建造されたアビスやカオスもそうであるし、連合製のストライクMk-Uも劣るものではない。
だが、それ以上となると、現行のあらゆるMSを調べてみてもあろう筈がなかった。
ユニウス条約がある以上、MSの運用はバッテリー機体のみに限られていたからだ。
そこまで考えてゲンは一つの考えに行き着いた。信じたくない……が、現状考えられる唯一の可能性―
「まさか……このMSは……!核動力で動いているとでも言うのかッ!?」
- 29 :20/25:2005/11/27(日) 06:47:42 ID:???
- ゲンが答えに行き着いたとき、ヒルダは僚機が損傷を受けても動かないストライクに舌を巻いた。
「仲間がやられたってのに、随分冷静だねぇ?ひょっとして、もうこの機体の秘密を見抜いたのかい?
だとしたら大したもの……と言いたいけど、仲間がやられても動揺しないのは……気に入らないねぇ」
ドム・トルーパーの秘密―それはNJC搭載の核動力MSであるということだ。
元々この機体の開発が始まったのはユニウス条約締結よりも前からであった。
高性能の量産機―というコンセプトを元に、多様なビーム兵器が盛り込まれてもいたが……
ユニウス条約締結で、機体の設計路線も変更せざるを得ず、路線変更前の試作体がこの一機―
つまり……
「"不屈の抹殺者"……その言葉の意味、身を以って味わえ!黒いストライクっ!」
名に違わぬ性能を有しているのがドム・トルーパー―
機上のヒルダが咆哮する―ガイアをそのままにストライクに向けて進路を取る―
「クッ……来たか!」
ゲンはMk-Uのライフルを放つが、ドムの高速ホバリングにより的を絞りきれない。
苦し紛れにゲンはストライクを飛翔させる―エールストライカーパックにより距離は取れたが……
「上に逃げればいいっていう考え方……甘いんだよッ!」
ヒルダはドムのギガランチャーを構える―
ギガランチャーは砲身上部が実体弾、下部がビームを発射する連装式構造を持つビームバズーカである。
故に通常のMSのバズーカとは比較にならぬほどの威力を持つが……ゲンがそれを知る由もない。
Mk-Uのシールドを構えつつ、上空から地表を滑るように疾走するドムを追う―
が、それもヒルダの計算の内であった。
火力に劣るMSが状況を打破するには、回避行動を取りつつ牽制攻撃を掛けるのが常套手段……
「空に飛んで盾を構えてライフルで牽制……芸がないねぇ?連合の!」
ヒルダはドムを跳躍させる―核動力のドムのバー二アは、あっという間にストライクとの距離を詰めた。
「なにっ!?」
ギガランチャーが火を噴く―回避しようと盾を構えたストライクの、その盾が爆散する。
Mk-Uの中でゲンは慄然とする―離脱しようにも盾の爆発の衝撃で姿勢制御も間々ならない。
一度着地したドムは、再び地を蹴り高度をとる―ヒルダはゲンを射程内に収めていた。
「掴まえたよ!トドメを……受けろッ!!」
だが、その攻撃は遮られる―通信が混線し、何者かの声がヒルダの耳に届いた。
『こっちも……掴まえたッ!落ちろッ!』
- 30 :21/25:2005/11/27(日) 06:51:13 ID:???
- ドムの背後に黒い機体―ガイアが迫っていた。
ステラは再びMA形態でビームブレイドを展開し、ガイアの四肢で大地を蹴った。
地母神―その名の通り、地上戦闘においてガイアほどの能力を発揮するMSはいない。
バッテリー機にも関わらず、核動力のドムと同程度の跳躍をみせる。
「チッ!しまった!」
ガイアに止めを刺さずにいたことを悔やむが、やむを得ず回避運動に入る。
しかし、振り向いたところで袈裟懸けにドムのバズーカを切り裂かれ、崩れるように地に下りる。
「クッ……!バズーカが……くそッ!」
ドムは凡そ重火器と呼べるものはギガランチャーしか有していない。
ほかはビームサーベルやスクリーミングニンバスといった近接用の武器しかないのだ。
ストライクもガイアもまだビームライフルを所持しており、2機のエース格相手に不利は自明。
不利を悟ったヒルダは舌打ちしつつ機体を滑らせ、後退し始めた。
「バズーカなしじゃ……退くしかないのか?癪だねぇ……!
けど、ストライクに気を取られてガイアに止めを刺さなかったのは……私のミスか……
やはり一人で出来ることには限界がある……へルベルトとマーズがいれば倒せたか?」
ヒルダは本来部隊長を務める隊長格である。
あくまでドムの地上でのテストのために地球に下りてきていたのだが……
本来彼女の側にいる仲間の名を挙げ、撤退を決意しながらも再戦への情熱を燃やしていた。
「それにしてもあの声……ガイアのパイロットは……女か?
連合の女性パイロット……"白鯨"や"乱れ桜"とは思えないくらい若い声だったが……誰だ?」
自機に傷を負わせた相手―ステラに思いをはせる。
連合の女性エース、ジェーン・ヒューストンやレナ・イメリアにしては随分と若い声―
ヒルダは離脱しつつ、ガイアのパイロットが何者であるのか訝しがった。
当のステラも逃げ始めた敵機に気づいていた。
「ゲン!あいつ……逃げるッ!」
「追わなくてもいい!あれは……核動力で動くMSだ。迂闊に撃破したら……この辺一帯火の海だ」
「……いいの?」
「仕方ないさ……今の俺たちには、あの老人の護衛が任務なんだ」
追おうとするステラにゲンは状況を説明する。核動力で動くMSを迂闊に破壊すれば……
その動力の崩壊で辺りは壊滅する。そうなれば、あの老人とその護衛の者達もただでは済まない。
だから追撃は断念したが、一方でゲンは不利と見るやすぐさま踵を返す相手の動きに瞠目していた。
パワーでストライクとガイアを圧倒する程の核動力のMS、そしてそれを操るパイロット―
「あの引き際は……鮮やかだな。パイロットの腕もかなりの物……やはりザフトか」
- 31 :22/25:2005/11/27(日) 06:52:56 ID:???
- ストライクのレーダーから謎の襲撃者―ドムが消えた後、ゲンはステラに声を掛けた。
「ステラ、怪我とかしてないか?派手に吹き飛ばされてたが……」
「……流血……してる」
その言葉にゲンは再び瞠目する―
「お、おい!大丈夫なのか?は、早く止血しないと……どこをやられたんだ!?」
「……唇……切った」
「………」
「あ……血……止まった」
「……そ、それは良かった……な」
尉官でありエース級の腕を持ってはいても、ステラは女の子。
彼女が先ほどの戦いで流血していると聞いて、思わずゲンはコクピットのシートから腰を浮かせたが……
幸か不幸か杞憂に終わり安堵するが、少女への怒りといったものは全くない。
彼女―ステラはいつもこの調子なのだから……
「これで、アウルとスティング、ステラ……3人に借りが出来ちまったな」
オーブでのラクス・クライン誘拐の際、ザフトのアッシュとの戦いでアウルに―
インド洋での戦いで、インパルスの猛攻にあった際はスティングに―
今日の戦いで、ストライクに乗り込む際の窮地をステラに―
「俺は……助けられてばかりだ」
やがてストライクとガイアは、老人達がいた邸宅に戻り機体を降りた。
襲撃者の姿は既に掻き消えていたが、邸宅も半壊しており、ゲンは目を疑った。
「老師!隊長!……やられちまったのか!?」
護るべきはずの人物を護れなかったのか―?
ソキウスとして任務こそを至上とするゲンにとっては、老人達の死は彼の敗北を意味していた。
愕然とするゲンだが、彼の隣に来ていたステラが声を上げる。
「あ、お爺ちゃんだ……」
「……え?」
その声に驚く―が、彼女の声は事実であった。
半壊した邸宅から、老人を筆頭にぞろぞろと護衛の者達が出てきていた。そして隊長も……
「襲撃者は機械人形同士の戦いが始まると消えちまったよ……お陰で助かったぜ。
かく言う俺たちも機械人形に潰されるのが怖くてな……避難用の地下室に逃げ込んでいたのさ」
- 32 :23/25:2005/11/27(日) 06:55:15 ID:???
- やがて老師もゲンとステラの元にやってきて声を掛ける。
「ご苦労だったな……二人とも怪我はないか?」
「一応、無事です」
「済まなかったな。我々の問題で手を煩わせて」
「……貴方方だけの問題じゃありませんよ、ザフトは……
襲撃してきた機械人形は一機だけでしたが、あれにはユニウス条約で禁止されてた核エンジンが……」
「……!」
老人はゲンの言葉に瞠目した。その言葉を聞くや、立ちくらみでもしたのか不意によろめきもした。
そんな老人を慌ててステラが支える……
「お爺ちゃん、大丈夫?」
「う……うむ。疲れたのか、眩暈がしてな。ありがとう。もう大丈夫だ」
「そう……良かった。さっきの戦闘で……怪我とかない?」
「お陰で、かすり傷一つ負わなんだ」
「良かった……ステラ、お爺ちゃんを護れたんだね?」
ステラの気遣いに老人は、不意に目を背ける。
老人には目の前の少女が機械人形―MSに乗って戦っている姿が信じられなかった。
10台半ばを過ぎたくらいの少女が、大人である護衛の人間も恐れる兵器を操り戦っているのだから……
「お嬢さんに……一つ頼みがある」
「……?」
「お嬢さんはその……機械人形で戦っていたのだろうが、これからも戦っていくのだろうが……
その力を……誰かを護るために使って欲しい。老い先短いオイボレの頼みだが、聞いてくれるか?」
「護る……分かった。ステラ、護る……ゲンやスティング、アウルやネオ……お爺ちゃんも」
そんな二人の些細なやり取りをゲンは見咎めた。ステラが老人の元を離れるや、彼を問い詰める。
「余計なことを吹き込まないでくれませんか?俺たちは……」
「―戦士だから、戦い以外の余計な感情を持たぬよう、訓練されている……と言いたいのか?」
「分かっているなら……」
「お前さんはそれで良いだろう。だが、あの少女はこれから先もずっと軍人として生きるのか?
どこかで銃を置き普通の暮らしに戻ったとき、ただ殺し殺される世界にいたことが足しになるかね?」
「………」
「軍人でも常に誰かを護れる者であろうとすれば、銃を置いた折には……得るものもあるのではないか?」
「……それは気休めです」
「ならお前が彼女を護り……彼女の代わりに殺し……彼女を死なせるな。
古い考えと思うだろうが、我々の国では女に銃を持たせたりはしない。戦いは男の仕事だからだ。
お前は強いのだろう?ならば……その力で、お前が彼女を護り、手を汚し、生き残れ……それが使命だ」
気休めであると一笑に付そうとしたが……
老人の言葉には有無を言わさぬ力強さが込められており、彼は反論する術を持たなかった。
- 33 :24/25:2005/11/27(日) 06:57:52 ID:???
- 夜明け―日の出と共に、老人はゲンを伴い戸外へ出た。
暗殺の危険をゲンは指摘したが、老人は見せたいものがあるとだけ言った。
車に乗り、30分ほど進んだだろうか―突然、車がとまり、ゲンは車外に連れ出された。
停車したのは山の中腹であろうか、眼下には巨大な窪地が10数km余りに渡って広がっていた。
その窪地は自然に出来たものではない―
見た瞬間にゲンは悟った。何らか爆弾のようなものがこれを作ったのだ―と。
だが、このサイズの爆弾はただ一つしか思い当たらなかった。
「老師……まさかここは……」
「昔……ここにギルギットの街があった。よく見ておいてくれ、ゲン。これが戦争の果てにあるものだ。
ただ奪うだけの戦争が残した結末だよ……73年前の今日、ここで最後の核が使われたのだ。
大勢死んだ。この大穴が原因で、今も赤道連合とは相容れぬ仲だ。だから、お前とステラを呼んだ。
その大西洋連邦とも……昔の因縁でムスリムの国々とは、未だに関係が修復できておらん。
憎しみの連鎖だよ……それが今なお我々を結び付けぬ」
「………」
「ゲンよ、盟主にあったら伝えておいてくれ。私の言ったことを忘れないでくれ……とな」
護衛3日目―無事老師はギルギットの街で開かれた汎ムスリム会議に出席した。
予てからの言葉どおり、彼は会議で親プラント政策の転換を迫ったが……それだけに留まらなかった。
『……今日この日、私はプラントに対しザフト軍マハムール基地からの撤兵を求めるものであります。
ただし、この撤兵により、わが国にザフトに代わる如何なる軍隊の駐留を認めるものでもありません。
連合がザフトに代わり駐留を開始すれば、また要らぬ争いの火種になりましょう。
……ムスリム会議は現在連合の同盟条約に参加しておりますが、連合の駐留を認めてはなりません。
今日この地、カシミールで最後の核が使われましたが、二度とあのような悲劇を繰り返してはならない!
他国の争いに巻き込まれてきた我々の歴史……だから、自分達の国は自分達で護らねばなりません!』
この日を含め数日間会議が行なわれていたが、最終的にムスリム会議は以下のように決議した。
ひとつは、3ヶ月以内にマハムール基地からザフト軍の撤兵を要求するする事―
赤道連合を含めた地球連合各国の軍の駐留は、緊急時以外これを認めないこと―
最後に、今回の戦争において状況によっては連合各国とプラントとの仲介役を買って出ること―
予てより中立国であり、連合・プラント間の調停役であったオーブとスカンディナビア王国……
両国は開戦後も影ながら両国の調停に乗り出してもいたが、暫くの後もう一つの国がそれに加わった。
その会議の決定を聞いたロード・ジブリールは舌打ちしていた。
「……やってくれたな、老師!少々貴方を見くびっていたようだ……
あくまでこの戦争を止めようとするか……だが、この戦争は止めようとて止められるものではない!
人類が永遠に生きるためには……何としてもコーディネーターは滅ぼさねばならないのですよ!
殲滅戦にはするな……そう貴方は仰いましたが、奴等には滅びてもらわねばならない!
そのための切り札が、もうすぐここに届く……あのラクス・クラインがね」
- 34 :25/25:2005/11/27(日) 07:00:23 ID:NJkVi4WN
- ゲンは赤道連合にあるアンダマン基地のJ・Pジョーンズの元に戻っていた。
そして3日間の一部始終を、上司であるネオ・ロアノークに伝えていた。
報告が終わった後、ネオは意外そうに呟いた。
「ふ〜ん、あの爺さんが最後に中立を要求するとは……ねぇ」
「大佐、あの老人はどういう人なんですか?」
「……昔な、世界大戦のあと大西洋連邦が、あの辺りに軍を送ろうとしたんだが……反発食らってなぁ。
イスラム教国が総出で怒って、そのとき先頭に立って戦ってたのが……あの爺さんらしい。
元は宗教家だったらしいが、あの頃は世界中混乱してたらしいから……ね。
何だかんだであの爺さんも戦争に参加して、色んな悲哀を味わってきたんだろうなぁ。
今でこそ宗教指導者としての地位にあるが……昔はあの国は相当に大変だったらしいからな」
「そうなんですか……」
戦争経験のあった老人―
その言葉に、自分やステラのことを慮っていたのも、かつての自分と姿を重ねていたからかもしれない。
そんなことをゲンは考えていたが、やがてネオから話を振られる。
「ところで、爺さんからの質問の答えは見つかったのかい?
何のために戦うのか……か。まぁ、随分と哲学的な話にもなるが、見つかっていたら教えてくれないか?」
暫しの黙考の後、一呼吸おいてからゲンは答えた。
「俺はソキウスです。戦うことしか能がない人間……
けど、そんな俺をアウルやスティング、ステラには命を救ってもらったから……
だから、あいつらにはその貸しがあります。この戦争をあいつらと生き残って、それで……」
「……それで?」
「……それから先は、まだ考えていません。戦争が終わってから考えますよ」
ふぅと、一呼吸置いてから今度はネオが話し始めた。
「前から思ってたんだけど……お前、俺のことはホントどうでもいいんだな。
俺だって一緒に戦っているのにさ。いつもいつも、肝心なところで俺が出てこないじゃない?拗ねるよ?」
「だって大佐は……俺達ファントムペインの将でしょう?
佐官が、MSに乗って戦っている俺たちよりも前で戦うなんて、ありえませんよ。
大佐が死ぬときは俺達とっくに死んでいるでしょうし、俺達が生きてるなら大佐を死なせたりはしません」
ネオはその言葉に顔をしかめる。彼のように前線でMSに乗って戦う大佐クラスなどは滅多にいない。
無論、確かな腕があってのことではあったが、開戦したことで秘密部隊でもなくなったファントムペイン―
公に軍に増援などを求めることが出来る以上、彼が実際にMSに乗る機会は激減するはずであった。
インド洋の戦いでは、基地とJ・Pジョーンズの位置を知られまいとして前線で指揮を執っただけだ。
「ま、そりゃそうだけどさ、俺のこともちゃんと……護ってくれよな?」
護る―その最後のネオの言葉に、ゲンは曰く形容しがたい想いを抱いていた。
老人がゲンに送った言葉の意味を噛み締めながら……