37 :1/17:2005/12/18(日) 04:46:01 ID:???
ゲンとステラが汎ムスリム会議領から赤道連合にあるアンダマン基地に戻った二日後―
J・Pジョーンズに滞留するファントムペイン指揮官、ネオ・ロアノークの元に通信が入った。
しかし、その通信相手はロアノーク本人との連絡を望んでおり、艦橋は一時緊迫した状況となった。
大抵指揮官を名指しする通信は、彼らの直属の上司からの司令であった。
平時と異なる通信手段にネオも些かの緊張感を体に漲らせる―

「……通信は、俺の部屋に回せ」

それだけ通信兵に伝えると、彼は私室へと去った。
直属の上司はブルーコスモスの盟主ロード・ジブリール、恐らくは彼からのもの……
故にネオは他者の目を避け、私室へ通信を回すように指示したのだ。
部屋に戻るとすぐに彼は手元の小型モニターを点け、回線を開いた。
だが、彼の予想した相手とは異なる人物がモニターの向こうに居た。黒髪の女性が―

「……マティスか」
『お久しぶりね、ロアノーク大佐。アーモリーワン以来、ファントムペインは随分ご活躍のようね?』

マティス―
女性でありながら地球連合の中核国、大西洋連邦の諜報部を取り仕切る辣腕……
ファントムペインに対する大方の任務は、ジブリール本人ないし彼女から伝えられていた。
つまり、今回は彼女からの通達―という訳であった。

「……ミネルバの居場所、分かったのか?」
『相変わらず単刀直入な人ね。その件も伝えることになるけど……
 まずは、貴方方が攫ったラクス・クラインの件から……ユーラシア経由で盟主の元へ送ったけど……
 ザフトの軍偵の目をくらますために随分遠回りさせたけど、2日後には盟主の元へ届くわ』
「……で?」
『複数の襲撃者とザフトの最新鋭MSアッシュを6機も相手にしたのに彼女は無傷……大したものね?
 アーモリーワンでの強奪成功とユニウス破砕の功績、それに今回の汎ムスリム会議への介入……
 盟主はこれまでの貴方方の働きに大変満足なさっているわ』
「……世辞はいい。本題に入ってくれ」

諜報部からの連絡ということは、ミネルバの最新の動向が掴めたということである。
目下最大の敵であるミネルバ撃沈が自身の部隊の至上命令であり、ネオはその動きが何より気になった。
マティスは、社交辞令のつもりの麗句を遮り、事を急かす指揮官に些かムッとしたが……
そこは任務であり、彼女もその道のプロ―すぐに相手の望む本題に入ることにした。

『ミネルバの足取りだけど、4日前にペルシャ湾にあるマハムール基地に入港したわ……
 そこで貴方方との戦闘で負った傷を癒しつつ、次の目的地へ向かう腹積もり……というところね』
「ジブラルタルか?」
『それは最終目的地。その前に幾つか寄る場所がありそうよ。
 おそらくは最初にユーラシア連邦管轄の……ガルナハンのローエングリンゲートを狙う筈……
 次にザフトが展開しているスエズ攻略に参加しながら、ジブラルタルへ向かう……といったところ』
「……チッ!内陸部に入られたらお手上げだな」

ネオは心底悔しそうに舌打ちした。
J・Pジョーンズは海上艦艇であり、内陸部に入り込める道理がないのだ。


38 :2/17:2005/12/18(日) 04:46:49 ID:???
更にマティスは情報を伝えた。
ユーラシア各所で分離独立運動が活発化し、また裏でザフトがその運動を支援しているという。
ユーラシア連邦軍はその鎮圧に右往左往する羽目になり、彼らに増援を頼むというのは難しい。
大西洋連邦からの増援といっても、J・Pジョーンズからは大分距離があるため一朝一夕には困難。
現在ジブリールが各所に発破を掛けつつ、増援の手配を行なっているとのことであった。
マティスの一連の状況報告が終わり、ネオは深々とため息をついた。

「俺たちはどうすればいい?ここで足止めか?」
『足を止めておく必要はないわ。紅海からスエズ運河経由でミネルバの先回りをして頂戴。
 J・Pジョーンズも一応最新鋭の海上母艦だから……その快足で今から一週間もあれば着くでしょう』
「おいおい、スエズ運河って……ザフトの攻略戦が始まってるんじゃないのか?」
『攻略を始めそうってだけの段階よ。プラントは自衛権の積極的行使の名目で駐留軍を動かしたけど……
 準備に追われていてまだ本格的な作戦展開には至っていないわ。連合も防衛ラインを作る時間はある。
 そうね……遅くともあと2週間後には始まるでしょうから、それまでに連合も準備をしなければね。
 だからそれまでに……増援も一緒に地中海辺りまで送る必要があるのよ』
「増援の手配、大丈夫なんだろうな?」
『そっちは盟主が手配するわ。けど、貴方方と組む以上は……それなりの部隊を遣すでしょうね。
 大西洋連邦の駐留軍からか……もしくは赤道連合、東アジア共和国……あるいはオーブかも』
「おいおい、あの国は……」
『あくまで可能性の話よ。一応彼の国も同盟条約に締結しているわ。圧力を掛ければ断れない……
 最も、これだけ準備しておきながら……スエズ攻略戦自体がザフトのブラフって可能性もあるけど』
「ブラフ……だと?」
『諜報戦とはそういうものよ。常に先を読み、先手を打ったものが優位に立つ。
 スエズ攻略……と見せかけてユーラシア連邦本国を切り崩しに掛かる可能性もあるわ』

ユーラシア連邦各所で分離独立運動が活発化しているが、戦前からザフトの影は見え隠れしていた。
分離独立運動はユーラシア連邦建国当初から存在していたが、あくまでデモ程度の規模でしかなかった。
が、2年前の大戦以来、武装闘争にまで発展するケースが頻発し、諜報部が調べを進めた結果……
武装する独立運動を資金面で後押ししていた企業等を洗ったところ、背後にプラントの企業が確認された。

『巧妙に資金ルートは偽装されていたけど、煩雑さをさけるため一部でダミー企業を使ったのが仇ね……
 そこを辿って、プラントからザフトへと繋がったわけ。所詮歴史の浅いザフトの諜報戦はこの程度……
 と、言いたいけど、戦争が始まってからは連中も情報操作を始めたから、正確な情報を掴むのは大変。
 どの道、作戦がユーラシア連邦への攻撃に切り替わっても良いように、私たちも手を打ってるわ』
「分離独立運動ってのは、どこが活発なんだ?」
『ユーラシア西側……特にジブラルタルに近いエリアが凄いけど、問題はそれだけではないわ』

ユーラシア連邦は建国以来、所属の国同士での軋轢が絶えず存在した。
経済力のあるフランスやドイツを中心とした旧EU中核国と、多数の人口を抱えたロシアとの主導権争い。
前者にはユーラシア西側諸国がつき、後者には旧CIS(独立国家共同体)を始めとした国々がついた。
首都選定の時でさえ争いがあり、パリやベルリンといった街が候補に上がったが、ロシアサイドは猛反発。
結果、パリでもベルリンでもない、フランスとドイツの間にあるベルギーのブリュッセルに落ち着いたが……
巨大な連邦国家の主導権争いと共に、更に民族同士の違いから来る衝突もあり、内部はゴタゴタ続き。
つまり、ユーラシア連邦は建国以来、国としては一枚岩と言いがたい状況が今日まで続いていたのだ。


39 :3/17:2005/12/18(日) 04:47:42 ID:???
『……というわけだから、ザフトがユーラシア連邦を崩しに掛かるのは当然。
 もしユーラシアの独立運動が成就して、またあの国が小国に分かれてしまえば事実上の連邦制崩壊。
 大西洋連邦と双璧を成す連合の一角が崩れるってことは……戦争の継続は―』
「難しくなる……そうなると、またなし崩しの和平……ってことになりかねないか」
『だからスエズ運河攻略がブラフの可能性も捨てきれない。
 大西洋連邦を始めとした連合各国もそれに気づき始めているから、軍の派遣を検討している最中よ』
「で、俺たちはスエズ経由で地中海まで行けってことか」
『それはJ・Pジョーンズの話よ。MS隊には別行動を取ってもらうわ』
「何だと?」
『話したとおり、ユーラシア連邦管轄のガルナハン基地が次のミネルバの攻撃目標である公算が高いの。
 あの基地は、幾度かハマムール基地からザフト軍が攻撃を仕掛けたけど、悉く失敗しているわ。
 ガルナハンを落とせば、ユーラシア連邦を西側からだけでなく、南側からも切り崩せる……。
 だから、基地の守備隊と共同して彼らを撃退して欲しい……可能ならばね』

マティスから伝えられた命令にネオは些かの疑念を抱いた。
可能ならば―その命令とは言いがたい指令に対して、どういう意図が隠されているのか。
不可解に思った彼は、諜報部のトップに対し問いただし始めた。

「可能ならば……ってのはどういう意味だ?それは盟主からの命令じゃないのか?」
『盟主からのご命令は、あくまでミネルバ追討……現状はそれだけよ。
 けど、大西洋連邦軍司令部はユーラシア戦線の拡大を防ぎたいという思惑があるの。
 盟主直属の部隊である貴方方には、いくら司令部でも命令を強制することは出来ない……
 そういう訳で、私経由でこんな回りくどい手を打ってきたのよ」
「……ガルナハン基地にはミネルバをどうこうできるだけの戦力があるのか?」
『一応、MAゲルズ・ゲーとMS大隊が配備されているけど……
 MS大隊は、旧式のダガーLが主戦力で最新鋭のウィンダムの配備は少数だから、些か頼りないわ』
「そんなところに大事な部下を……MSとパイロットだけで送れって言うのか?」
『司令部からの頼みよ。近くにいてすぐ動かせて……少数ながら精鋭部隊……
 赤道連合に駐留している大西洋連邦のどの部隊よりも、貴方方ファントムペインが優れているからよ。
 嫌なら断っても良いけど……軍からは嫌われちゃうわね』

司令部からの依頼―
ファントムペインはブルーコスモス盟主ロード・ジブリール直属の部隊である。
正確には、彼を中心としたブルーコスモス派の上級将官を中心として創設された特殊部隊である。
以前ファントムペインが立ち寄ったカリフォルニア基地司令官なども、その創設メンバーの一人であった。
しかし、原則的にはジブリールのみが指揮命令権を有するため、軍から直接命令を下すことはできない。
もっとも、時には"蒼き清浄なる世界のため"必要とあらば独自の判断で動くことができる部隊であった。
つまり……

「ガルナハンが落ちるのを、手をこまねいて見ていられないから……軍司令部は俺たちに動けと。
 断るなら断るで良いが、以後盟主を介さずに俺たちファントムペインの言うことは聞きたくない。
 この間のインド洋沖での戦いみたいに、近くにいる軍に協力を依頼することも憚られる……か」
『これからも軍に積極的に協力して欲しければ……ね?』

そこまで言われては、流石のネオも断るわけにはいかず、首を縦に振るしかなかった。


40 :4/17:2005/12/18(日) 04:48:30 ID:???
「……というわけで、お前らにはこれからガルナハン基地まで行ってもらう。出発は今夕。
 輸送機はこの基地の大型巡航機を使わせてもらう。夜陰に紛れてガルナハンに向かうが……
 以後の指揮命令は向こうの基地の指示に従ってもらう。変な指示だったら無視してゲンが指揮を執れ」

マティスとのやりとりを簡単にネオが説明した後、今後の方針を伝えた。
だが、ブリーフィングルームに集められ、彼の指示を聞く4人のパイロットは訝しげ……

「何か質問はあるか?」

その問いかけに一人ずつ順に質問をしていく。まずはアウルが口火を切った。

「一緒に作戦行動するユーラシアのガルナハン基地の連中って、どんな奴等なんだ?強いの?」
「うーん、俺も彼らが戦っているのを見たことはないが、何度かザフトとやりあってるし撃退もしている。
 そうそう酷い腕前じゃないとは思うが……連携に不安が残るから、お前等は原則小隊行動を心がけろ」
「……そういうのって、投げやりじゃない?」
「急な命令だし、俺たち大西洋連邦軍とガルナハンのユーラシア連邦軍とは指揮命令系統が違う。
 俺が同行できればある程度強いこともいえるんだが、俺はJ・Pジョーンズを離れられない。
 不本意だが、お前達の力量とユーラシア軍の力を信用するしかないんだ」

ネオからの答えに不満げなアウル。次に質問したのはスティング。彼はアウルより強い口調で質問した。

「……この作戦でミネルバに勝てる算段があるのか?
 この間30機も投入して遂に落とせなかったミネルバだぜ?簡単に落とせるとは思えないが……」
「数は30に満たないが、ガルナハン基地には新型MAとMS大隊がある。
 ミネルバを落とす期待をかけられるのは、基地に設置してあるローエングリンだ。あれを使えば……」
「もしこの作戦で勝っちまったら、その先はどうする?」
「そりゃあ……祝杯挙げて喜ぶさ。ま、勝てたら次はユーラシア戦線に向かう。
 ジブラルタルかスエズか……いまザフトが展開している次の地域で闘うことになるだろうな」

勝てたら―その言葉に、ネオ自身勝利の予想には懐疑的な見方であることが伺えた。
ため息をつくスティング。友軍の支援に出向くものの、作戦の立案もできないが現地でのファントムペイン。
ユーラシア連邦の軍人達は、ミネルバがどれほど手ごわいのかさえ知らないのだ。
こんな状況では勝算があると言えるほうが可笑しい―ネオ自身内心舌打ちしていた。
スティングの質問への回答が終わったのを見計らって、ステラが質問をした。

「ネオは……どうするの?」
「ん……迎えにはいくさ。スエズ運河経由でJ・Pジョーンズを地中海に向かわせる」
「しばらく……お別れだね」
「そうだが、まぁ俺みたいな小うるさい大人がいないんだ。
 作戦に成功したら休暇を考えてもいい。皆頑張ってくれよ。無事に……帰って来い」

そして、ネオは最後に残ったゲンに質問を促すが、彼は無言で上官を見やった。
まるで聞きたいことは3人が聞いてくれたから、もういいという風であった。



41 :5/17:2005/12/18(日) 04:49:25 ID:???
赤道連合から提供された大型巡航機へMSを移送する間―
次々と運び込まれるMSの様子を、ゲンとネオの二人は眺めている。やがて、ゲンの方から口を開いた。

「大佐はこの作戦に……あまり乗り気じゃないんですね」
「ああ。作戦を回してきたのは大西洋連邦軍司令部さ。
 彼らはユーラシア戦線の拡大を防ぎたくて、俺たちに遠まわしに命令を下してきた。
 が、実際ユーラシア連邦とは国も違えば組織も違う。すぐに円滑な共闘体勢が作れるかは……疑問だ」
「でも、俺たちはどうするんです?ミネルバの連中は、ハッキリ言って手ごわい。
 組んだこともない仲間と、一体どれほどの事ができるのか……正直俺は不安です」
「……言いたくはないが、やばくなったら逃げろ。責任は俺が取る」

ネオは、暗に基地が陥落する場合のことを想定していた。その消極的な考え方にゲンは疑問を抱く。

「……随分悲観的ですね」
「指揮官っていうのはな、常に最悪の事態を想定しなければならない。
 ミネルバがガルナハン基地に向かうなら、相応の準備をユーラシアの連中もしなきゃならん筈だ。
 けど現状連中が増援を派遣したって話は聞かない。下手をするとお前等だけが増援かもしれん」
「俺はどうすればいいんです?」
「そうだな……基本的には基地司令の命令か、現場のMS隊の責任者に従え。
 ただし、そいつ等がお前達を使うに値しない人間であると判断した場合は……お前が指揮を執れ」
「良いんですか?」
「俺たちは独立機動軍……必要とあらば独自の判断で動ける部隊だ。
 現場での判断はお前に任せる。その責任は俺が取るが……3人のこと、頼んだぞ」

指揮官の言葉に頷く。ネオが指揮を執れない以上、MS隊隊長であるゲンが責任者である。
アウル、スティング、ステラの3人のことを護りつつ行動し、戦わねばならない。
そんな決意を胸に秘めた彼を見透かしたのか、ネオは助言をする。

「気休めかもしれんが……ここまでお前はよくやっている。3人との連携も全く問題ない。
 お前の配属前は不安で仕方なかったよ。俺はこの部隊の責任者、あの3人と一緒にいる時間もない。
 年齢的に近いからかもしれないが、お前はあいつらのことを俺より理解しているから、不安は消えたよ」
「……褒めても何も出ませんよ?」
「……まぁいいさ。そんなお前に御褒美をやろうかな」

ついて来い―そう促したネオは、ゲンをつれて基地の格納庫に向かった。
目の前には黒い小型MS輸送機らしきものが4機並べられていた。

「今朝方着いた装備だ。元々は空中戦ができないガイアをフォローするつもりで持ってきたんだが……
 装備部から無理言って譲ってもらった試作型MS支援空中機動飛翔体―通称"フライング・アーマー"だ。
 見ての通りの代物で……連合版グゥルってところだ。空中戦になれば、こいつは使える筈だ。
 このうち一機はお前のストライクMk-U用にカスタムしてあって、ミラージュコロイドも使える。
 コロイドを散布できる時間は限られているが、要は使いようだ。うまく使ってくれ」

ささやかな御褒美―だが上官のさりげない心遣いが見て取れて、ゲンは幾分かの安堵感を覚えた。


42 :6/17:2005/12/18(日) 04:50:59 ID:???
ファントムペインの4人のMSパイロットとそれぞれのMSを乗せた大型巡航機が発った頃―
ユーラシア連邦管轄ガルナハン基地司令は、二つの連絡を受けていた。
一つは……

「ファントムペイン?」
『大西洋連邦所属第81独立機動軍……その通称だ』
「増援のMSの数は……如何ほどで?」
『4機らしい』
「ハッ!たった4機の増援部隊ですか。連中の程度が知れますな」
『ミネルバとかいうザフトの最新鋭戦艦と何度もやりあっている部隊とのことだ』

司令官と話をしている男は、軍人ではなくスーツを着込んだ男。
その男とのやり取りの中で、司令官は軍では高位であるにも関わらず上司でもない男に遜っている。
ミネルバの名前を聞いても、司令官もスーツの男も取り乱す風でもなく、平然としているが……

「ミネルバ……ですか」
『軍偵の報告では既にマハムール基地を発ったらしい。明後日には着くだろう。それまでに……』
「ハッ!万全の対策を取って迎え撃ちます!
 ザフトは我が基地の攻略に幾度も失敗しておきながら……懲りない連中です。
 最高の矛ローエングリンと最高の盾ゲルズ・ゲーがある以上、負ける虞は……」
『……いや、全軍撤退の準備を始めてくれ』
「……は?今何と仰いました?」
『既に例のもの建造も10を超えた。
 君たちは早急に、これまで集めた物全てを……バイコヌール基地まで持ってきて欲しい。
 どのみちスエズ攻略戦が始まれば、我々ユーラシア連邦の軍だけで対処はできん。
 大西洋連邦を始めとする同盟国の力を借りつつ……ユーラシア中央部への進行を食い止める』
「し、しかし!この基地は……いや、あのMSを使えさえすれば同盟国の手を借りずとも!」
『パイロットがいない……これは厳然たる事実だ。月から呼んだテストパイロットでさえ手に余る状態だ。
 彼らが機体に慣れるのを待ちつつ、作戦を展開する。これは決定事項だ。基地は放棄して構わん』
「……首相も同じお考えで?」
『当然だ。最優先で、例のものを送ってくれ。あと……施設は破壊しろ。ザフトに使わせるのは癪だ』

基地司令は通信が終わると、見る見る顔が怒気で赤くなっていった。

「シビリアンがッ!どれほど苦労してここで……今日までアレを集めたと思っているんだ!
 連中は……モスクワにいながらにして、何の苦労もせずアレが手に入ると思っていやがる!」

更に彼は、副官以下基地の主要な士官を緊急招集し、命令を伝えた。

「もうすぐ、ここにミネルバが来る!それまでに例のものを運び出せ!
 それと、撤退の準備を始めておけ!いつでも撤退できるように……ただし!兵には気取られるな!
 指揮に関わるからな……あとは、ゲルズ・ゲーとMS隊はいつでも動かせるようにしておけ!」


43 :7/17:2005/12/18(日) 04:51:49 ID:???
夕刻に出発したゲン達一行は、翌日未明にガルナハン基地に到着した。
先日汎ムスリム会議が事実上の中立を宣言したため、必要以上の緊張を強いられることもなく……
悠々とムスリム領を通過し、カスピ海南部に広がるエルブールス山脈を越えることもできた。
山脈を越えたところにガルナハン基地がある―ゲン達は基地に着いて早々、基地司令室に出頭した。

「良く来てくれた。大西洋連邦からの増援が来るとは夢にも思わなかったよ。
 だが、ここにはローエングリンもあれば、MS大隊もある。君たちの手を煩わせることはないよ」

丁寧な言葉遣いで労をねぎらったが、言葉とは裏腹に司令の表情は冷淡そのもの。
ファントムペインの到着を心から歓迎しているという風には見えない。

「ところで……ゲン・アクサニス中尉、君は一年前ユーラシア連邦の月基地に籍を置いていたようだが?」
「はい。モーガン・シュバリエ大尉に師事しておりました」
「ほぅ、それは心強い。ではその経験を買って……君たち4人には基地の守備をお願いしたい。
 ローエングリンゲートとその周辺での防衛我が軍がやるが……その際、基地のMSが空でね。
 最近は分離独立だのを掲げるレジスタンスが暴れているが……君たちに基地を護ってもらえると有難い」 

ユーラシア連邦のエース、モーガン・シュバリエの名前を出したとき一瞬司令の眉が動いたが……
彼はファントムペインに対ミネルバ用の戦力としてではなく、基地の防衛を任せようと言った。
その言葉に、アウルとスティングはムッとした表情をし、対照的にステラはウンと頷いた。
ゲンはバイザー越しで表情は見えないが、声を荒げることもなく口を開いた。

「了解しました。では、その守備の任務に就くにあたって、司令に一つお願いがあります。
 基地の守備に関する指揮権の一部を、我々に移譲願えないでしょうか?」
「……どういう意味かね?」
「敵が攻めてきた場合、司令はガルナハンのローエングリンで陣頭指揮を執られることと思います。
 ですが、この時基地に異変が起きれば、司令の元にそれをお伝えし、指示を乞うまでの時間……
 タイムラグが生じますが、緊急事態に際し、MSを動かせる我々が指揮を執ることでこれを回避できます」
「君は心配性だな。そんな事態は起こりえないと思うが……まぁいい。言い出した手前もある、任せよう」
「ありがとうございます」


司令室を出、大型巡航機に戻りMSのチェックを始めた4人。アウルとスティングはゲンに詰め寄った。

「どういうことだよ、あの司令官。まるで俺たちなんて要らない……って口ぶりじゃん」
「それに、何で守備の役目を引き受けた上に指揮権なんて要求したんだ?説明しろよ、ゲン」

ゲンは少し困った表情になり、内心やれやれと思っていた。
自分はいつもこうしてネオに接していたのかと思うと、上官の気苦労が知れるというものだ。

「あの基地司令、完全にミネルバを軽んじている。あるいは自軍の戦力を過信してるのかもしれないが……
 どちらにせよ、俺達が前面に出て戦うって言っても、連中と上手い連携プレーなんて出来ないだろう。
 だから、最悪の事態に場合に備えて手を打ったのさ」


44 :8/17:2005/12/18(日) 04:52:36 ID:???
「退屈だよ〜街にでも行こうぜ?」

早朝に基地に着いたため、昼頃にはファントムペインの4人は完全に手持ち無沙汰になってしまった。
到着早々、MSや装備品のチェックなどやるべき仕事は全て終わっていたのだ。
アウルが言い出したことで、全員私服に着替えてガルナハンの街に繰り出すことになった。
基地から軍用ジープを拝借し、4人は街に出たが……街に入った早々、4人は呆然となる。

「なぁ……人がいないぜ?」
「何かあったのか?人っ子一人いないじゃないか」
「誰もいない……」

3人は口々にその様子を訝しがる。彼らが言うように、街は静まり返っている。
昼だというのに、人影が見えず、まるでゴーストタウンの様相だ。

「……聞いてみるか」

丁度目の前を基地のほかの軍用ジープが通りかかったので、ゲンが問いただした。

「この街は何でこんなに静かなんだ?何かあったのか?」
「……お前等、見ない顔だが?所属は?」
「大西洋連邦から来た第81……」
「ああ、今朝方着いた大西洋連邦の……なるほど、道理でそんなことが言えるはずだ。
 外出禁止令が出されているんだよ。レジスタンス活動に身を投じる輩が増えてきてな。
 俺たちも手を焼いているが、連中には気をつけろ。普通の市民を装っているから、見分がつかん。
 だからこうして俺たちも警戒しているんだよ。お前等も……気をつけろよ?」

見れば、彼のジープにはマシンガンを持った軍人が数名乗り込んでいる。
これから待ちの各所で警戒に当たるのだろう。彼らは話している間にも周囲への警戒を怠ってはいない。
ジープが去ると、取り残された4人は、そんなユーラシア軍人が説明したこの街の状況を訝しがった。

「ゲン、レジスタンス活動って何だ?」
「アウル……知らないのか?」
「名前は知ってるけど、中身はよくわかんないんだよ」

レジスタンス―具体的には、侵略者や占領軍に対する抵抗運動をさす言葉である。
あるいは、権威に対し特定の目的を認めさせようとする組織的活動をさす場合もある。
大抵、レジスタンスという言葉は意図する、しないに関わらず政治的な色彩を帯びてくる。
これは対決する権威、政府、統治体制の正当性が見る者により変わってくる為である。

「つまり、この地方を支配するユーラシア連邦に対して、抵抗している連中のことだよ。
 軍の撤退、ユーラシア連邦からの分離独立……あるいは自治権を要求するとか、そんなところか?」
「けどよ、ゲン。この土地は……ユーラシア連邦の土地じゃないぜ?」

スティングの指摘にゲンは瞠目する。あれっ……と思わず声に出しそうになるが、何とか堪える。
堪えたところでスティングに説明を促すと、彼は地図を持っていた。基地を出るときに持ち出したらしい。


45 :9/17:2005/12/18(日) 04:53:22 ID:???
地図によるとこの土地はユーラシア連邦領ではなく、汎ムスリム会議領ということになっている。
地図の年号はCE73―古いものではなく、ここが間違いなくユーラシア連邦の領土でないことがわかる。

「……何でだ?どうなってるんだ?」

今度はゲンがアウルとスティングに聞くが、彼らも首を横に振るばかり。
終いにはステラに顔を向けるが、彼女もぷるぷると首を激しく横に振るだけである。
4人ともジープの上で途方にくれていたが……答えは意外なところから返ってくることになる。

「ここは汎ムスリム会議領だけど……会議がこの土地をユーラシアに売り渡したんだ!
 お前達は余所者だろうから警告しておく!ここはもうすぐ戦場になる……早くこの街から出て行け!」

その声に全員が振り返る。見れば少年がジープの側に来ていた。
4人を睨みつけるように見た後、彼は走り去る。

「お、おい!」

ゲンはジープを飛び降り、少年を追った。先日まで自分が居た汎ムスリム会議―
会議の宗教指導者の一人をゲンは護衛し、彼の国は事実上の中立宣言をするに至った。
その国がこの土地をユーラシア連邦に売り渡した―?聞き捨てならない言葉に、彼は少年を追った。
ゲンは車を降り、少年を追っていくが……街の路地裏に入られ見失ってしまった。舌打ちするゲン―
だが、突然悲鳴が聞こえ、その方向に足を向ける。狭い通路を抜けると、軍人に囲まれた少年の姿が……

「おい、お前!外出禁止令は知っているだろう!?何故キサマは外に出ている!ああ!?」

質問というよりまるで恫喝―ゲンには少年を怒鳴りつける軍人の姿が、そう映った。
怒鳴っている軍人のほかにも、3人ほど銃器を構え少年を囲んでいる。
怯えた少年は答えることもままならず、ただ震えているだけ―舌打ちしてゲンは割って入る。

「そいつを外に出したのは俺だ。窓から俺たちを眺めてたんでね……
 この辺で開いてる料理屋を案内してもらおうと思って、外に出てきてもらうよう頼んだんだ」
「ん……お前はさっき会った大西洋連邦の……」

よくよく軍人の顔を見れば、先ほどであったジープに乗っていた軍人であった。
ゲンは自分の招いた事態と説明し、詫びを入れることでその場を収めようとした。

「済まない……まだこの街に着いたばかりで、状況が分からないんだ」
「ったく、紛らわしい真似をされては困る!住人の外出も届出制なんだ……気をつけてくれ!」

少年に向けていた恫喝は行き先を失い、ゲンを厳しい口調で叱責し彼らはその場を去った。
フゥとため息をつき彼は少年に向き直った。

「危なかったな、小僧」
「こっ……小僧だと!?私は女だ!どこに目をつけている!?私は お・ん・な だ!よく見ろ!」


46 :10/17:2005/12/18(日) 04:54:14 ID:???
少年―
さっきまでそう思っていた相手の顔をよく見ると……

「お、女の子!?」
「失礼な奴だなお前は!私は女!コニール・アルメタだ!まったく……」

ブツブツとゲンに文句を言いながら、少年と思われた少女は不満げにゲンを眺める。
そんなやり取りの間に、残りのファントムペインの3名もジープで側まで駆けつけてきた。


ゲン達一行は、コニール・アルメタの案内に従い街の料理屋に向かった。
嘘から出た信であるが、このまま少女を帰してしまっては再び尋問に掛けられかねない。
コニールもしぶしぶではあるが、彼らを街の料理屋へ連れて行く羽目になった。

料理屋に着くと早速に4人はメニューを開くが……土地の料理の内容が分からない。
名前は読めるがどんな食べ物なのか皆目見当がつかず、コニールが数分適当に料理を頼むことになる。
料理ができるまでの間、ゲンは目の前の少女に先ほどの件の仔細を聞いた。

「さっきの話の続きを聞きたいんだが……この土地が売り渡されたって、どういうことなんだ?」
「余所者に話しても分かってもらえるか分からないけど……助けてくれた礼だ。教えてやるよ」

コニールは、彼女の知る範囲と前置きした上で、この街の状況を語り始めた。

「……元々このガルナハン、いや、カスピ海の東と南側は汎ムスリム会議の領土だったんだ。
 2年前の大戦で連合とザフトが戦争するようになったのを境に、会議はザフトに、プラントについた。
 けど、マハムールに基地が出来たころから、ユーラシア連邦が圧力を掛けてきて……
 一時汎ムスリム会議は主権を放棄して、ユーラシアに併合されちゃったんだ」

マハムール基地の存在は、当時のユーラシア連邦にとって脅威であった。
折りしも、開戦当初の戦いで世界最強と謳われた戦車部隊が、ザフトのMS部隊相手に連戦連敗……
ジブラルタルを奪われ、アフリカ戦線で完敗したユーラシアにとって、ザフトはこれまでにない脅威だった。
やがて、開戦当初は黙認していた隣国の汎ムスリム会議の行動も、捨てては置けない状況に発展する。
そんな中、ユーラシア連邦はロシアにいた部隊を派遣して、汎ムスリム会議を制圧すると脅しを掛けた。
プラントの技術は欲しいが、ユーラシアとの全面戦争は避けたい……会議にはそんな思いもあったのか―
やがて、会議は主権の譲渡という形で恭順の意を示して見せた。

「けど、ムスリム会議が主権をユーラシアに譲渡しても解決する問題じゃない。
 当時はMSを持っていなかったユーラシア連邦に、マハムール基地を制圧できるわけがないだろう?
 会議もそれを分かっていたから、裏でザフトと手を結び、表でユーラシア連邦に媚びへつらったのさ」

はき捨てるようにコニールは言った。
だが、そんな都合の良いムスリム会議の方針を、ユーラシア連邦が黙って見過ごす筈がなかった。
主権の譲渡と共に、カスピ海南部のムスリム会議領をユーラシア側に提供することを要求していたのだ。
やがてガルナハンに基地を作り、マハムール基地からのユーラシア本国への侵攻を止める拠点とした。


47 :11/17:2005/12/18(日) 04:55:12 ID:???
コニールがこの街にユーラシア軍が駐留することになった経緯を話し終えた頃―
すでに料理はテープルに並べられ、各自食事に入ったが……コニールは話を続けた。

「でも、ユーラシア連邦がこのガルナハンを拠点にした目的はそれだけじゃない。
 もう一つ……この街でしか採れない、あるモノが……あいつ等にとって必要だったんだ」
「あるモノ……?」
「……コレさ」

そう言うと、コニールは食事が並べられたテーブルに石ころを一つ置いた。
全員の目がその石に注がれる―だが、その石が何であるかは余所者4人には理解できなかった。

「その石は、レアメタル―希少金属さ」

レアメタル―先端産業には不可欠な希少金属を指す。
この時代、レアメタルは機動兵器であるMSやMA、艦艇の製造には欠かせない存在であった。
最も、単体として取り出すことが技術的に困難であり、採掘や精錬のコストも掛かる。
この石も、それだけでは何の役にも立たないものであり、精錬してこそ真価を発揮する物である。

「元々この街は、そういった鉱石を掘り出すことを生業とする鉱山街だった。
 地球上のレアメタル採掘地は年々掘り続けられたことにより、減少傾向にあって……
 レアメタルが多く含有されている山脈は、ユーラシア大陸には数えるほどしか存在しないんだ。
 カスピ海南部に広がるエルブールス山脈もその一つ……だからあいつ等はここに基地を構えたんだ」

基地建設と並行して、ユーラシア連邦軍はレアメタルの採掘を始めた。
それに対し地元住民は反発したが、相手は大西洋連邦と並ぶ巨大戦力を誇る大国……
戦う術もなく、また彼らの祖国汎ムスリム会議の失態が招いたことでもあり、口を噤む他なかった。
戦後、汎ムスリム会議は主権を取戻すが、基地はマハムール基地対策のため無期限に残される。
歪んだ形でのユーラシア連邦軍による統治が、なお続くことになる。

「けど、ユニウスセブンが落ちた直後から……ユーラシア連邦はどんどん高圧的になっていった。
 あれから直ぐに、基地保安の名目で俺たちの採掘権を取り上げて、鉱物資源を独占したんだ!
 鉱山街から鉱物を掘ることを禁じられたから、大人たちは皆失業しちまった。
 それでも皆で基地にデモとかして、何とか採掘再開を認めてもらおうと思ったけど……」

デモの参加者は、尋問の名目で基地内に何日も勾留されたり、暴行を加えられることもあったという。
そんな基地と土地住人との不協和音が、やがてこの地に抵抗運動の根を生やすことになったのだ。
しかし、ユーラシア軍がみすみす、自らの膝元でそんなことを見逃すわけがなかった。
集会を開いていたところに踏み込まれ、先導者たちを基地内に連行し、拷問を加えることもあった。
拷問に耐えられる人間など軍人の中にさえ、そうそういるものではない。彼らの活動は早晩露見した。
連行された者の口から活動が露見すると、徹底した弾圧が加えられた。
レジスタンスと分かればテロリストとして処刑されることさえあった。

「あいつらさえ来なければ、こんなことにはならなかったんだ!」


48 :12/17:2005/12/18(日) 04:55:58 ID:???
絞り出すような声で少女は叫ぶ。その光景にゲンたちは沈黙する。
ユーラシア連邦とガルナハン基地周辺住民との軋轢―その事実は友軍であるゲン達にも重くのしかかる。
全員食事の手を止め、少女の心中を慮る。

「あ……すまない。余所者には関係のないことだったな。
 ところでお前達、何者なんだ?私服で軍用ジープに乗る人間だから、基地で仕事をしているんだろ?
 お前等みたいな若い軍人なんているわけないから、民間人だろうけど……何してるんだ?」

その言葉に全員気まずげに顔を見合わせる。

「あ、あはは……ほら、スティング」
「なっ!俺に振るのかよ?……ゲン、お前が答えろよ」
「ゲン……お願い」

アウルは苦笑いを浮かべながらスティングに話題を振り、スティングとステラはゲンに矛先を向けた。
まさか、自分達がユーラシア連邦と同盟関係にある大西洋連邦の軍人で、支援目的でここに来た……
とは言いがたい状況である。言ったとたんに、この少女との和やかな会食は暗転するだろう。
逡巡の後、ゲンは答えた。当たり障りのない答えを―

「俺たちは今朝方、大西洋連邦の巡航機に乗ってこの土地へ来た。
 いろんな物資を運んできて、その荷運びが終わって街に出ようとしたんだが、そこでお前とあったのさ」
「へぇ、運送会社の人間か。こんな戦時下に大変だな」
「まぁ、手伝いみたいなものさ。余り長居することはないと思うが、ヨロシクな」

その後、ゲン達は一人ずつコニールに自己紹介をした。無論階級や本来の仕事は隠したまま……
和やかな会食が終わり、コニールを家まで送り彼らは分かれた。別れ際、コニールはゲンに言った。

「ここの基地は再三ザフトに攻められている。今までは失敗に終わっているが……
 ザフトがまた攻めてくれば基地も……お前達も、早くこのガルナハンから消えたほうが良いよ」
「……ありがとう」


「折角の食事だったけど……後味悪かったな」
「外に出ようっていったのはお前だ、アウル」
「ねぇ……ゲン、あのお爺ちゃんは、コニールたちを見捨てたの?」

アウルとスティングは、やはりユーラシア連邦とコニールたちの軋轢にやるせなさを感じていた。
また、ステラはコニールの話から、先日会った汎ムスリム会議の宗教指導者の老人について話を向けた。
彼の老人は、先日まで亡命同然で大西洋連邦に逃れていた親連合派の人間であった。
故に、会議がザフトにつくと決めた頃には亡命せざるを得ない状況にあった筈―

「あの爺さんは、先日まで亡命同然で大西洋連邦にいて、先日やっと帰国したんだ。
 これからどうなるかは分からないが……多分あの爺さんが見捨てる筈はないよ。大丈夫だ」

不安げなステラを慰めるが、ゲンもユーラシアの圧力をこの先会議が跳ねつけられるかは疑問であった。


49 :13/17:2005/12/18(日) 04:56:47 ID:???
基地に帰ったゲン達―乗ってきた大型巡航機に戻るが……
基地の格納エリアには、先ほどまではその場所になかった筈の輸送機が数機存在した。
見れば、ユーラシア連邦の兵が次々とその輸送機に何物かを積み込んでいる。
ゲンはその様子を訝しがり、荷運びをしている兵に尋ねた。

「何を運んでいる?」
「……ああ、これは鉱物資源ですよ。この辺で採掘されて基地に保管してあった資源を粗方。
 司令からの命令なんですけど、急になんで……いつでも運べるようにしておけって、言われたんです」
「この基地にはどのくらいの量があって、この辺りの鉱脈にはどのくらい残ってるんだ?」
「自分は鉱山技師じゃないので詳しいことは分かりませんが……ここ数ヶ月でかなり掘って相当あります。
 けど、これらはまだ精錬されてるわけじゃありません。純度の高いものから順に移送する予定です。
 まだ相当量眠ってるらしいですが、まだ掘れる場所はあるし埋蔵量もかなりあるんじゃないでしょうか?」

人の良さそうな若い兵士は、余所者であるゲンに対して知る限りのことを伝えた。
だが、ゲンはその兵士と分かれた後、彼の最後の言葉を反芻し、何事か黙考しているようであった。

「まだ相当量眠っている……か」

夕刻―ゲンは基地司令に頼み、ローエングリンゲートを見学させて欲しい旨願い出た。
司令は、基地の守備隊には必要ないことであると一蹴しようとしたが、ゲンは後学のためと懇願した。
折れた司令官は、MS大隊隊長を案内役に指名し、ゲンと二人でローエングリンゲートに向かった。
ゲンはストライクMk-Uを、大隊長はダガーLを基地から発進させた。

二人がMSを用いたのは、見回りもかねてであるが、何より基地からゲートまでそれなりに距離があった。
ジープで行けないこともないが、舗装されてない道を通る必要もあったため時間の節約が目的だった。
日が傾きつつある峡谷に、2機のMSが降り立つ……

『どうだ?このローエングリンゲートを見た感想は?』
「天然の要塞……ってところですね。峡谷に誘い込んだ上で、ローエングリンの一撃で相手を粉砕……」
『それだけじゃない。ローエングリンを守る鉄壁の盾……
 陽電子リフレクターを装備した新型MA、ゲルズ・ゲーもある。が……これでミネルバを落とせるか?』

通信越しではあるが、大隊長の声からはまだ見ぬ敵への警戒心が伝わってきた。
司令官はローエングリンゲートと新型MAに全幅の信頼を寄せていたが……この男には油断がなかった。
それえを察したゲンは、大隊長を始めとする基地の人間のプライドを傷つけぬよう言葉を選び話し始めた。

「確かに堅牢ですが……過去幾度かザフトの攻撃が失敗している以上、対策は立ててくるでしょう」
『例えば……君ならどう攻める?』
「……俺がミネルバの立場であれば、時差を使って攻めます。そう、例えば……
 囮のMS部隊を侵攻させてローエングリンを打たせる……それから、本隊でローエングリンを止めます。
 ローエングリンの欠点は連射が効かない事―ミネルバの高機動の空戦用MSはその僅かな時間を狙う」
『そいつらは……基地のMA・MS大隊を突破できるのか?』
「基地のMAとMSで連中を撃退できるかもしれませんが……敵はエース級を何人も有しているようです。
 ザフトの連中は元々多数の敵を相手にすることを恐れませんから、楽観は出来ません」


50 :14/17:2005/12/18(日) 04:57:43 ID:???
すでに夕陽は沈みかけ、辺りの山々は紅く染まっていった。2機のMSは索敵をしつつ峡谷周辺を廻る。
異常もなく、大隊長はゲンに帰還しようと言ったが、その際ゲンは人影を見つけた―見覚えのある少女―

「大隊長は先に帰っててください」
『ん?どうかしたのか?』
「いえ……夕陽が沈むのを眺めてから帰ろうと思いまして」
『意外に風流だな。まぁいい、この辺は田舎だから綺麗な夕陽を拝めるが、あまり遅くなるな』

やがてダガーLは一機で基地に向けてバー二アを吹かせつつ帰還の途につく。
それを見送ったゲンは、先ほどの人影を追った。峡谷の岩場に隠れながら移動を繰り返している。
距離にして数kmはあろうか―その先で、人影は時折こちらの様子を伺ったりもしている。
何を思ったのか、ゲンはストライクを飛翔させ空中で停止した後、ミラージュコロイドを展開した。


「よし……帰ったな」

それだけ言うと、コニール・アルメタは先ほどまで岩陰に隠れていた自分の姿を曝け出した。
そして、一目散に掛けて行く―やがて、数km走った先の、坑道の入り口で足を止め中に入っていった。
その直後、ストライクMk-Uがミラージュコロイドを解きその姿を現す。
ゲンは坑道から離れたところでストライクを着地させ、その愛機から降りる。
やがて、コクピットに置いてあった愛用の拳銃を取り、坑道の入り口の前で待機した。
暫くすると、中からコニールがジープに乗り外に出て来る。彼女はゲンの存在に気づいていない。

ゲンはゆっくりと銃を構え、ジープの車輪目掛けて短く発砲した。
突然の事態に目を白黒させるコニール―だが、ジープに走りよったゲンに組み伏せられた。
組み伏せたところで、ゲンは銃を少女に突きつけ凄む。

「キサマ……何をしている?」
「ヒッ!れ、連合兵!」
「外出禁止令が出ているのにこんな時間に外に出てジープに乗る……さては、レジスタンスだな?」
「ああっ、いや、私はその……隣町まで病気の母に薬を買いに行こうと思って……た、助けて!」
「……さっきお前のお袋さんに会ったけど、ピンピンしてなかったか?」
「……え?」

訝しがるコニール―ゲンはそこまで言った後、ヘルメットを脱ぎ捨て素顔を曝け出した。
恐怖に怯えていた少女の顔が見る見る明るくなり、やがて今度は怒り始めた。

「おっ、お前ッ!ゲンじゃないか!」
「ハハハッ、驚いたか?さっき家まで送ったときお袋さんらしき人の姿が見えたからな。
 嘘をつくなら、もっともらしい嘘をつくもんだぜ、小僧さん?」
「わ……私は女だ!……ったく!冗談にしても度が過ぎるぞ!」
「……冗談のつもりはないんだがな」

「……え?」


51 :15/17:2005/12/18(日) 04:58:30 ID:???
ゲンはストライクMk-Uの前までコニールを連れて行った。少女の目は驚愕に見開かれる。
漆黒に染め上げられたストライクは夕陽に染まり、あたかも紅蓮の炎を纏ったかの様にさえ見えた。
やがてコニールはゲンに目を向ける。MSと同じ色のパイロットスーツを着込み、自分に銃を構えている―

「う、嘘だろ?お前……まさか」
「……自己紹介は二度目になるな。地球連合軍大西洋連邦第81独立機動軍所属……
 この黒いモビルスーツ、ストライクMk-Uのパイロット、ゲン・アクサニス中尉だよ、お嬢さん」
「大西洋連邦……連合軍?お、お前!騙してたのか!?」
「騙してなんていないさ。俺はお前に軍人ではない、とは言わなかった筈だぞ?」
「……そんな!」

絶句したコニールは、膝を折り地に伏せ泣き出した。
まさか、昼間自分を助けた人間が、ユーラシア連邦の同盟国である大西洋連邦の軍人であろうとは……

「……夢にも思わなかったよ、お前が敵だなんて!」
「お前、レジスタンスだな?」
「そうだよ……分かったんだから、殺せよ!お前等連合はレジスタンスって分かったら殺すんだろ!?」
「……その前に、聞いておきたいことがある。お前はこれから何処へ行き、何をしようとしていた?」

その言葉に少女は瞠目する。慌ててジャケットのポケットに手を当てる―が、それはゲンに見咎められた。
コニールから上着を剥ぎ取ったゲンは、ポケットの中から黒い記録媒体を取り出す。

「見せてもらうぞ」

言うや、ゲンはストライクのコクピットに戻り、機体の端末に少女から取り上げた記録媒体を繋ぐ。
出てきたのは地形図―ガルナハン一帯の坑道や、各峡谷のスペースなど……
ローエングリンゲートのある峡谷のデータまで存在した。やがてゲンは再び少女の前に立った。

「……なるほどな。このデータを、大方ザフトにでも届けるつもりだったんだろう?」
「……! 何故分かるんだ!?」
「最初に会った時、お前は何て言った?
 ここはもうすぐ戦場になるから、早くこの街から出て行け……確かそう言ったな?
 民間人なら連合やザフトの動向なんて知るわけがない。違うなら、どちらかと?がりがあるってことだ。
 あれだけユーラシア連邦を嫌ってたお前だ……ならば、可能性は一つだけ。ザフトと内通してる筈だ」
「さ、最初から私のことをレジスタンスって……」
「ああ、知ってたさ」

ため息をつき、ゲンは少女を見下ろす。先ほど咎められてポケットを探るなど、素人としか思えない。
こんな素人がレジスタンスの連絡役を務めるとは……コニールの失態ばかりは責められない。
こういう仕事は、大人の仕事の筈だからだ。―やがて少女は震える声で、絞り出すような声で言った。

「……殺せよ」
「………」

ゲンは無言で少女に銃を突きつけた―


52 :16/17:2005/12/18(日) 05:00:27 ID:???
ガチッ―!

奇妙な鉄の音がコニールの耳に響き渡る。予想していた痛みもなければ、硝煙の匂いもしない。
目を閉じていた少女は、ゆっくりと目を見開く。目の前には銃を下ろしたゲンが居た。

「……残念だな。安全装置を外し忘れたから……処刑は無しだ」
「………」
「……生きてて良かったな?嬉しくないのか?」
「……ふざけんなあ!さっきは撃ったくせに!!」

暫くの間、コニール猛抗議にゲンは辟易する羽目になった。
落ち着きを取戻した少女にゲンは語りかけた。何故お前のような少女がレジスタンスなのかと―

「親父がレジスタンス活動をしていたんだ。採掘権を取り上げられて、失業しちまったから……
 みんな困り果ててデモとかしたけど、弾圧されて、それからレジスタンスをすることになった。
 けど、親父の奴、容疑を掛けられて捕まっちまって……だから私が代わりに!」
「けど、これはお前に任せる仕事じゃないだろう?」
「……女子供は小さいし、人目に付かないからだ。親父は捕まって以来、何週間も面会すら許されない。
 親父だけじゃない。街の大人は何人も捕まってるし、レジスタンスって分かったら殺される。
 ひょっとすると親父達も、もうこの世には……」
「銃を持ってるレジスタンスならまだしも、尋問や拷問では、そうそう殺すことなんてないだろう」
「何でそんなことが言える!?」
「事が明るみに出ればどうなる?ユーラシア連邦は国際的な非難を免れ得ない。
 捕虜に対する拷問や虐待は禁じられている……もっとも、やるときはやるだろうが。
 それでも、下手に殺せばその軍人の経歴に傷がつく可能性が高い。あまり無茶はしないだろう」
「そうだといいけど……」

帰るぞ―ゲンはそう言うと、ストライクにコニールを乗せた。
戸惑う少女を半ば無理やりに機体に押し込め、ストライクの手にジープを乗せてその場を跡にした。
コクピットの中で、ゲンはコニールを膝の上に載せる格好でストライクを操縦していた。
少女は赤面していたが、ゲンはお構いなしであった。おずおずと、少女は問いかける。

「……何で私を殺さなかった?」
「武器を持たない人間を殺す趣味はない。
 それに……ザフトに踊らされそうなお前を見て、黙っていられなかったのさ」
「踊らされる?どういうことだ?」
「この辺りには、俺たちの乗っているMSを作るのに必要なレアメタルがまだまだ眠っている。
 奴等の目的はお前達を助けることなんかじゃない。そのレアメタル―希少金属が目的の筈だ」
「そんな!彼らは私たちを解放してくれるって言ってた筈だ!そんなこと……」
「……一時的には、な。けど、よく考えてみろ。
 旧世紀の汎ムスリム会議領で産出されていた石油……その天然資源が枯渇したときどうなった?
 石油利権争いに明け暮れていた昔の大西洋連邦やユーラシア連邦は潮が引くように居なくなった筈だ。
 今度も同じさ。レアメタルが手に入る……だからお前達にザフトは救いの手を差し伸べた。それだけだ」
「………」
「常識で物を考えてみろよ。赤の他人のために無償で血を流したがる奇特な奴は……いやしないさ」


53 :17/17:2005/12/18(日) 05:02:42 ID:???

基地に近づいた頃、再びコニールが口を開いた。

「……けど!それなら、力を持たない私たちはどうすればいいんだよ!
 例えレアメタルが目的でも……それでも!私たちはザフトに縋るしかないじゃないか!
 汎ムスリム会議に訴えて出たけど、結局何も返事は返ってこなかった!
 そんな中で、私たちにどうしろって言うんだ!」
「………」
「……お前は凄いな。私とそう変わらない年なのに、こんなMSに乗って、強くて、力もあって……
 レジスタンスにもなりきれない私みたいな弱い人間とは……大違いもいいところだ……はははッ」

笑い声とは裏腹に、少女の声には寂寥感が漂っていた。
少女の声に、何を思ったのかゲンは己の秘密―アウルやスティング、ステラも知らないことを話し始めた。

「俺は大西洋連邦の軍人だが、コーディネーターだ」
「……え?」
「俺の体も……俺自身のものではなく、軍の所有物だ。
 戦闘用に作られたコーディネーター、最後の"ソキウス"―言うなれば生体兵器だ」
「……また、からかっているのか?」
「俺の両脚を触ってみろ。膝から下だ」


言われるままにコニールはゲンの両脚に手を触れる。
パイロットスーツ越しにではあるが、人のそれではない感触が手に伝わってくる。

「ぎ、義足?」
「……俺には過去の記憶がない。正確には過去2年より以前の記憶が……な。
 脚を失ったときの記憶もない。恐らく軍の連中が消しちまったんだろう。それに……
 作られたコーディネーターだから、両親のなんて最初からない。子供の頃の記憶もありはしない。
 記憶があるのは軍に入ってから……文字通り、戦うために作られた、生きている"兵器"そのものさ」
「そんな……そんなことって!」
「お前が羨ましがった"力"……これが体制に何かを明け渡した代償に、力を得た者の禍福だ。
 他の3人……アウルやスティング、ステラはナチュラルだが、俺みたいな境遇であることに変わりはない」

やがて二人を乗せたストライクはガルナハン基地に降り立つ―コニールがストライクから降りるとき……

「……今日のことは忘れてやる。お前の記録媒体は返してやる。
 ジープは明日にでも取りに来い。パンクしたタイヤは替えておく。それと、さっき俺が話したことは忘れろ」
「……え?」
「お前が今日やろうとしたことは、全部忘れてやる。だから、俺が喋ったことも全て忘れろ。これでチャラだ。
 もし誰かに今日の首尾を聞かれたら、連合兵に見咎められたんで引き返しましたって言えばいいだろう。
 あとお前の親父さん達のことは……こっちでなんとかやってみるから、お前たちは下手に動くな」

戸惑うコニールを尻目に、彼女を連れたゲンは基地のゲートまで少女を送る。既に陽は暮れていた。
周囲は暗闇―コニールはゲンの最後の言葉が信じられず、だが心のどこかで信じたいと願った。
少女の一筋の光明は、やがて一つの結実をもたらす―