- 310 :1/33:2005/12/27(火) 21:39:03 ID:???
- ゲンがガルナハン基地に戻った時分は、既に夕刻を過ぎていた。
基地の警備兵から現地の人間であるコニール・アルメタを連れていた事は、当然見咎められた。
昼に会った時から少女に、夕陽を見るための案内役を頼んでおり、街を抜け出すよう諭していた―
そんな苦し紛れの嘘をついていた。
基地の警備兵は不審がったが、相手は、臨時とはいえ基地の守備の任を受けたMS隊長。
また、祖国ユーラシア連邦の同盟国大西洋連邦の軍人で、わざわざ遠方から自軍の支援に来た尉官……
そんな人間に面と向かって文句を言うことも憚られたため、ゲンはそれ以上詰問を受けることはなかった。
とはいえ、昼間彼と一緒に居た人間相手には、そんな嘘はすぐに見抜かれてしまう。
とりわけ、この男―スティング・オークレーには……
「昼間、そんな約束は取り付けていなかった筈だろ?何であんな嘘をついたんだ?」
「……夕陽を見に行ったのは本当さ。けど、偶然あの娘を見つけちまった。
以前坑道に残してきたジープを取りに行くって言ったから、監視も兼ねて同行した……それだけだ」
「外出が届出制なら届け出れば良いだけの話じゃねぇか?ひょっとするとあの娘は……」
「……まさか!あんな子供がレジスタンスか何かなんて……冗談だろ?」
「……だと良いがな」
危うく図星を突いてくるスティングの指摘に、一瞬ゲンもドキッと胸が高鳴った。
こんなときバイザーを着けている事は何より助かる。相手に視線や表情を気取られる心配がないからだ。
些かの疑念を残しているスティングを置き去りにするように、ゲンは早足でそのその場を後にする。
夕食後、ゲンは基地司令室を訪れた。ローエングリンゲートを見学させてくれた礼を述べるために……
彼らファントムペインをあまり快く思っていない基地司令ではあるが、礼は欠かせなかった。
「ローエングリンゲートを見た感想は……どうかね?」
「堅牢の一言に尽きます。流石、幾度もザフトを撃退しているだけのことはあります。
あれなら、ザフト軍最新鋭戦艦ミネルバであろうとも……十分に撃退できるだけの戦力と思えます」
「そうだろう!ハハハッ……」
ゲンが率直に褒め称えたことで、忽ちにして基地司令の声は明るくなった。
堅牢の一言に尽きる―ゲンは本心から思っていた。ミネルバをも退かせるかもしれないと―
だが、勝負は戦力だけで決まるものではない。蓋を開けてみなければ分からないのだ。
基地の戦力とミネルバの戦力は、ゲンの見たところ五分五分。五分五分の勝負で有利なのは……
最初に先手を取った方である。ミネルバがどのような布陣で臨むか―その一点に勝敗が掛かると思えた。
「ところで司令官、もうひとつお教え願いたいことがあるのですが……」
「ん?ローエングリン以外に、まだ興味のあることが?」
「はい。この土地のレジスタンスのことです」
「……む」
「我々大西洋連邦はユーラシア連邦の事情はよく存じませんが……
貴国西側で起こっている分離・独立運動を始めとして、この土地も反乱分子が蠢いていると聞きました。
巨大な連邦国家である貴国の事情は察するに余りあるものがありますが……
奴等は何故そのような活動に身を投じるのか、疑問が残ります。差し支えない範囲でお教え願います」
- 311 :2/33:2005/12/27(火) 21:40:05 ID:???
- 沈黙が時を刻む―基地司令は暫しの黙考の後、口を開いた。
「ユーラシア連邦は、君の祖国大西洋連邦とは、同じ連邦国家でも元となった国の数が違う。
アメリカ、カナダ、イギリス……南アメリカ合衆国が独立してからは3カ国が大西洋連邦を形成している。
それに対し、我がユーラシア連邦は、小国を入れれば30にもなる国家から形成されている。
歴史、文化、民族、宗教……多種多様だ。過去に国々が対立した歴史もあり、中々一筋縄にはいかん」
いくら小国を入れた連邦国家でも、国土や人口の大小、経済力、軍事力等で歴然とした差が生じる。
そして、それに伴って発言力にも差が生じてくるため、挙国一致体勢などは作るべくもないのが実情だ。
それでも、建国当初は明確な建国理由があった。即ち、大西洋連邦と肩を並べる発言力の保持である。
大国アメリカをベースとする大西洋連邦と対するには、旧EUの経済力と大国ロシア連邦の連合が必要―
故に、言い方は悪いが、周辺各国もそのお零れに預かろうとユーラシア連邦の威勢に付くことにしたのだ。
こうして大西洋連邦と肩を並べる超大国、ユーラシア連邦は形成されていったが……
「時が経つにつれ、そんな建国の経緯など人は忘れてしまうものだ。とりわけ、西側の小国の連中は……
問題は経済だ。経済的に豊かだった旧EU圏の中でも、特に経済力に富んだ国々が文句をつけるのさ。
富める国はその経済力に応じて、脆弱な国にも連邦国家として予算の再配分に応じなければならない。
経済力で一流国、二流国、三流国と格差がつけられ、政策決定でも連邦内の国家の経済力が物を言う」
大西洋連邦と肩を並べる政治的発言力を欲して作られたユーラシア連邦も、次第に齟齬が生じ始めた。
やがて、富める国々では、ユーラシア連邦から脱退し、大西洋連邦に加盟しようとする動きまで出始める。
そんな矢先、プラントが独立宣言をし、地球連合に対し宣戦を布告することになる。
「プラントの独立は、戦争という軍事的側面だけで測るわけにはいかん。
宇宙に住むコーディネーターの独立は、内心独立を欲していたユーラシアの国々にショックを与えた。
連邦国家の中において、各国の国民の中に眠っていた愛国心というヤツが疼きだしたのさ……」
ザフトがユーラシア連邦の西端ジブラルタルを制圧し、そこに基地を置きはじめてからそれは顕著になる。
ジブラルタルに近い国々から、徐々にユーラシア連邦からの独立を求め始めるようになった。
「だが、独立を認めればどうなる?我がユーラシア連邦は早晩崩壊するだろう。
そうなればプラントの思う壺だ。地球連合の双璧となっていた連邦国家のうち、一方が潰れることになる。
おまけに、ユーラシアがバラバラになれば、政治的発言力も分かれた国々の力……小さなものになろう」
ユーラシア連邦の西側諸国数国が独立を望み始めた頃、東側では逆にそれを警戒するようになった。
元々ロシアのような一部の国を除けば、貧しい東側諸国と豊かな西側諸国という構図が存在していた。
東側諸国は、自国の経済力と政治的発言力の低下を懸念し、連邦政府内で独立を望む国々を牽制した。
また連邦政府も、各国が先の戦争で受けた痛手から立ち直っていないことを理由に独立を認めなかった。
先の大戦で自国が戦場となり、国力を消耗したユーラシア連邦には経済的余裕はなかったこともある。
諸般の事情で独立運動は、連邦政府の方針として取り締まらざるを得なかった。
「私個人としては、ユーラシアの各国が独立を望むこと自体は、それはそれで構わないと思ってはいる。
しかし、その独立運動がプラントの後押しによって拡大しているとすれば、心穏やかではおれんよ」
- 312 :3/33:2005/12/27(火) 21:41:16 ID:???
- プラントの独立は、精神面でユーラシア西側諸国の独立を後押ししてはいた。
だが、プラントは事実上の独立を勝ち得たユニウス条約締結後、更に物資面でも後押ししていた。
ユーラシア軍諜報部の調べでは、西側諸国の独立運動家たちを背後から支援していた組織があるという。
その組織の内偵を進めた結果、背後にプラントの企業が確認された。
「プラントを独立国家とするならば、これは立派な内政干渉に値するよ。
一つの連邦国家を解体させようと暗躍しているのだとすれば……な。以降、政府の方針も固まった。
独立運動を叫ぶ者は、プラントやザフトと連携し国を揺るがす者として、内乱罪で裁くことになったのだ。
開戦後は、プラントは独立国家ではなくテロ国家と見なされたため、加担者は相応の責めを負わされる。
今は……外患誘致罪に問われるな。そんな有様でゴタゴタ続き……というのがわが国の実情さ」
司令官は一度自嘲気味な笑みを見せる。憂いとも諦めともつかぬ表情と共に……
些か喋りすぎたのか、基地司令は口を噤む。暫しの沈黙の後、今度はゲンが話を切り出した。
「司令は……私たち大西洋連邦の人間のことは……お嫌いなんですね?」
「……分かるかね」
「何となく……ですが」
「嫌いではないが、本心を言えば、我々の国は我々ユーラシア軍人の手で護りたいというのが本音さ。
だが……悔しいが、ジブラルタルを始めとするザフトの各駐留軍は強力だ。独力で勝つのは難しい。
真に、口惜しいよ。友軍とはいえ、他国の軍の力なしでは国も護れんとは……」
「しかし、今は……」
「分かっている。だから、矜持は隠すよう努めている。それでも……昼間は嫌な思いをさせたか?」
「……少しだけ、部下の機嫌が悪くなりました」
「……ははは、それは悪いことをしたな」
基地司令の言葉の端々には、大西洋連邦に対抗意識を燃やすユーラシア連邦人の気概が感じられた。
もっとも、彼は一人の軍人として正確な現状認識ができており、信頼するに足る一面を垣間見せてもいた。
それを見て取ったゲンは先の質問をぶつけた。彼が本心で話せばこれから先の話も切り出し易いからだ。
「今のお話で、ユーラシア西側の国々で独立運動が発生する理由は分かりましたが……
それでも、この地でガルナハンの人々から鉱山の採掘権を剥奪した理由が分かりかねます」
「……!君は……それを誰に聞いた?」
「街で昼間食事をしたときに聞こえてきた話です。採掘権を奪わなければ彼らは……」
「……それは政治的問題で、我々軍人は関知していない」
和やかな会話は一転して緊張した雰囲気に包まれた。ゲンは、拙かったかと思ったが後の祭り―
気まずい沈黙が流れるが、ゲンが謝罪する前に基地司令のほうが話を切り出した。
「……もっとも、これでは寝覚めが悪かろう。友軍が地域住民を弾圧していると思われては……な。
いいだろう。わざわざ遠方から駆けつけてくれた礼もまだだったな。これから君に話すことは私の独り言。
モーガン・シュバリエの弟子である君だから話すことだ。それを心に留めて……聞いて欲しい」
- 313 :4/33:2005/12/27(火) 21:42:18 ID:???
- ユニウスセブン落下後、戦争の足音が聞こえ始めた頃……
ユーラシア連邦では、先の大戦の最中に凍結されていた計画が再開されることになった。
「それがユーラシア連邦の自主生産MS開発計画だ」
先の大戦の最中、モーガン・シュバリエ大尉らが発案したMS開発計画。
モーガンらは、所属する戦車大隊がバルトフェルド隊のMS群に完敗し、MSの時代の到来を予感した。
しかし、当時ユーラシア連邦の上層部はその提案を却下され、日の目を見ることはないかに思われた。
それでも軍の一部は計画を強固に支持し、ユーラシア連邦某国の黙認の元、建造計画を進めたが……
当時いち早くMS開発を進めていた大西洋連邦が、MSダガーの量産に成功してしまった。
その余波を受けた格好で、再びユーラシアの自主生産MS開発計画は潰えた。
「が、いつまでも大西洋連邦に頼ったままではいられん。現にユーラシア連邦では未だにダガーLが主力。
ウィンダムの配備も、大西洋連邦から随分と送れて配備される予定だし……これでは戦争にならない」
ユニウスセブンの落下で戦争への危機感を募らせた軍の一部は、再びユーラシア連邦某国を動かした。
元々計画が潰えた後も、協力企業アクタイオン・インダストリーが私企業レベルで技術改良を進めていた。
そのため、再開された計画は異例の急ピッチで進められることとなる。だが、それでも問題はあった。
「MSを建造するにはユニウス条約という壁があった。あれはMS保有数を制限するものだったが……
条約は、その制限を現実のものとするために、MSを生産するための希少金属の保有量を定めたのだ」
予てから予定されていたMS建造に加え、新たなMSを開発・建造するのは物資面で困難さを極めた。
だが、開戦でユニウス条約が失効した以上、希少金属の開発は領土内であれば自由に可能となった。
ユーラシア連邦軍は連邦内の某国の力を借り、その影響下の地域で希少金属の採掘を大急ぎで始める。
「その国の影響下にあって希少金属鉱山があったのが、ここガルナハンの鉱山地帯だったというわけだ。
ガルナハンは元々汎ムスリム会議の領土だったが、彼の国が先の大戦で親プラント国となったから……
意趣返しのつもりで、住民から採掘権を取り上げ、大急ぎで希少金属の回収にあたったのさ。
ユニウス条約が失効し、他国の目を気にすることもなくなった。我々はその実行役……損な役回りだよ」
「……貴方方を後押しする国とは何処です?」
「独り言だと言った筈だが?まぁ……東ユーラシアの某国とだけ言っておくよ」
司令は、今度は深々とため息をついてみせる。彼とて地域住民と諍いを起こすのは本意ではないのだ。
だが、自主生産MS開発計画という大望のためには、後押ししてくれる某国の意こそ重要となってくる。
軍人である彼には、その意に従う他なかった。それでも、ゲンの質問は拒んだものの、ヒントはくれた。
内心ゲンは苦笑しつつ、その国の名を推し量っていた。
(そこまで言ったら同じでしょうが、司令官殿。大方、ロシアあたり……でしょうがね)
更に司令官は、愚痴交じりに指令の内容を漏らし始めた。
「おまけに、この基地を放棄しろとまで言ってきた。もっともタダでここをザフトにくれてやる気はないがな」
「……放棄?では、いずれこの地から引き上げるということですか……」
「いずれ……そうなるだろう」
「……それならば司令、この基地で捕らえられている現地住民を……解放していただけないでしょうか?」
- 315 :5/33:2005/12/27(火) 21:43:42 ID:FZSB8yD+
- 一か八か―意を決してゲンは、自分が最も切り出したかったことを伝えた。
もし、この基地司令がガルナハンの住民との軋轢を快く思っていないのならば、あるいは―
だが、その申し出は即時却下されることとなる。
「……出来るわけがない!やつらはレジスタンス……いや、テロリストだぞ?それを……」
「しかし彼らがレジスタンスになったのは貴国の占領政策にあります。採掘権を奪わなければ彼らは……」
「二度同じことを言わせる気か?それは政治の問題だ。軍の関知するところではない!」
部屋の空気は、先ほどの気まずさよりも、更に気まずい―というより険悪な空気に変わる。
実は、基地司令自身最も気にしていることでもあり、悔やんでいるのが自軍の占領政策であったが……
相手が武器を持ったレジスタンス―テロリストであれば、捕まえる以外なかった。
「連中はザフトと手を結ぼうとしていたのだぞ?」
「……それは、どうして分かったのですか?」
「レジスタンスの中心人物を尋問し、聞き出したのだ」
「拷問……の間違いでは?」
「……!」
「明日、基地守備隊MS隊長として捕虜収容施設を見学させてもらいますが、宜しいでしょうか?」
「却下だ!」
「ザフトがこの基地まで侵攻してきた折、収容施設近辺に着弾があったとしましょう。
その際、逃げ出したレジスタンスがそのまま逃走してくれれば良いですが、もしそうでなかった場合……
例えば、ザフトの動きに呼応して基地内で闘争行為に及んだ場合、それでは責任を負いかねますが?」
「……収容所を見てどうする?」
「捕虜に虐待の疑いがあれば、私から連合軍司令部に報告し、沙汰を待つことになります」
「……君は私を脅しているのか!?」
「とんでもない。ただ、近々基地を放棄するのなら彼らを解放したほうが良い……そう言っているのです」
ゲンは敢えて基地司令にカマをかける。その言動に流石の司令も気色ばむが……
さらに恫喝に近い言動に、今度は司令の顔は色を失う。
「……何故、君はそんなことを言う?我々の祖国同士の友好関係に波風立たせたいのか?」
「逆です。波風を立たせたくないから言うのです」
「何だと?」
「これは仮定の話ですが、ユーラシア西側の独立運動やこの地のレジスタンス運動……
共通して見えるのは、ザフトの影です。奴等はこの機会に地球軍を混乱させるつもりかもしれません。
しかし、もしも……もしもこの状況の作出そのものがザフトの狙いだとすれば……」
「……状況の作出だと?」
「先の大戦ではナチュラルとコーディネーターの争いが、大戦の構図となっていました。
ですが、数で劣るコーディネーターが戦争で勝つのは難しい。彼らも第三者の力を借りねばなりません。
例えば、一部のナチュラルがコーディネーターと組んで、地球連合軍と戦おうとしたら……?」
「……ザフトが独立運動を支援するのはナチュラルの味方を得るため……ということか?」
「もしも、ザフトの狙いが連合の混乱ではなく、状況を作出することが目的であるとすれば……あるいは」
先日汎ムスリム会議の宗教指導者の老師に教わったことをそのまま……ゲンは自分の言葉で話した。
もっとも、彼自身その老人の言葉に納得するものがあったから、語っていたのだが。
- 316 :6/33:2005/12/27(火) 21:45:01 ID:???
- だが、老練な指揮官にはそれもすぐ看破される。
「……君ほどの年齢の人間が言うことではないな?誰の受け売りかね?」
「……ある老人から教わったことです」
「ふむ……なるほど。我々がレジスタンスを弾圧すればするほど、それはザフトに好都合……か。
彼らが弾圧された者を解放すれば、コーディネーターは労せずして味方を得ることが出来る」
「すぐにザフトは抑圧された者達の英雄になりますから。それも……連合に反抗的な者達を」
思い当たる節もあったのだろう。基地司令は暫くの間押し黙り、黙考した。
数分も経った頃、彼は再び口を開いた。
「しかし……やはり、ユーラシア軍人としては……レジスタンスを赦免するわけにはいかん」
「………」
ゲンは無念さを胸に秘め俯く。何とか知り得た限りの知識を用い、基地司令を説得しようとした。
最初にユーラシア連邦西側の独立運動の話を向けたのも、その腹積もりがあってのことであった。
一応司令はゲンの話に理解はしてくれたが、コニールとの約束は果たせずじまい……そう思われた。
しかし、司令は次に意外な申し出をしてくる。
「だが、大西洋連邦の軍人がこの基地で何をやろうと……指揮命令系統が違うので何も言えん」
「……?」
「例えば……青臭い大西洋連邦の青年将校が、偶然我が軍が捕虜に虐待を加えている事実を知る。
酷く青臭い彼は義憤に駆られ、基地の司令官を脅しつけ、捕虜釈放の命令書を書かせる……とか、な」
「……その青臭い軍人は、自分ですか」
「私は、自分の手を汚さんで正論を語る人間は嫌いだ。損な役回りだが……やれるか?」
「……やります」
言うや、基地司令はデスクの引き出しから一通の命令書を取り出す。
捕虜釈放の命令書は1分もしないうちに出来上がった。それを司令はゲンに手渡す。
「ザフトがここに攻撃を仕掛ける前に……釈放を済ませろ」
「……ありがとうございます」
「しかし、君はいいのか?その年齢で中尉の地位……これまでのキャリアを溝に捨てるかもしれんぞ?」
「……構いません」
「全く……師に似ているな。シュバリエ大尉も処世術が下手で、本来ならもっと偉くなっている筈が……
部下からは信頼されているが、上官に平然と意見を述べるものだから、上層部に煙たがられていた。
士官学校を出て、齢50近いのに未だに大尉だ。君も……近いうちにそうなるかもしれんな?」
「大尉は……そうだったんですか」
「下手をすれば査問、降格、強制除隊もあるかもしれんぞ?それでも良いのか?」
「……相手が人間ならば、そういった処遇も可能でしょうが自分は"兵器"です。
"Genocider Enemy of
Natural"はナチュラルの敵を殲滅するための兵器だから、査問もありませんよ」
その言葉に訝しがる司令官をそのままに、礼を述べた後ゲンは司令室を後にした。そして一人呟く―
「"自分は兵器です"……か。そんな俺にも……まだこんな感情が残っていたとはな」
- 317 :7/33:2005/12/27(火) 21:46:13 ID:???
- 呟いた後、ゲンは一人これからのことを考えていた。
基地司令は何とか説得できたが、今の会合の内容を基地の全員に説明するわけにも行かない。
司令の筋書きは「青臭い大西洋連邦の青年将校が犯した、脅迫まがいの釈放」というもの……
聞けば、誰もがゲンを白眼視するかもしれない。だが、彼はそれも覚悟の上での行動であった。
同時に、本来兵器であるはずの自分が―戦闘用コーディネーター"ソキウス"である筈の自分が―
これからやろうとしていることは、兵器にあるまじき行為……思わず苦笑いがこみ上げてくる。
「まぁいい、やるだけだ」
翌日早朝―ガルナハン基地は騒然となっていた。理由は突然の捕虜釈放―
そしてそれを司令官に強要したとされる、大西洋連邦から来た軍人の話題で……
曰く、大西洋連邦から来た士官が、ユーラシア軍が捕虜を虐待していたことに憤ったらしい―
曰く、その憤った士官は、義憤に駆られ基地司令官にこの事実を指摘したらしい―
曰く、困惑する司令官を尻目に、「これは軍機違反である」と騒ぎ立てたらしい―
曰く、その上司令官にこの事実を司令部に報告すると言い出したらしい―
曰く、それが嫌なら捕虜釈放の命令書を書けと司令官に迫ったらしい―
――釈放理由は、レジスタンス活動が敵国プラントの軍、ザフトに唆されたことと判明した故のもの。
また、汎ムスリム会議において中立宣言が採択された為、この基地も段階的に撤退が検討されている。
汎ムスリム会議で決定された中立宣言に従い、ガルナハンの住民もこれに従い行動することを望む。
宣言に背き、ザフトに協力をするものは、以後外患誘致の罪でこれまで以上に厳しい罪を問われる。
撤退後、ガルナハンの支配は元の汎ムスリム会議に一任されるが、軽率な行動は慎むよう願いたい――
こんな通達が捕虜に伝わった。真相とは程遠い出鱈目な理由ではあったが、一応の体裁はつけられた。
だが、基地のユーラシア軍の兵士にとっては、余所者に自分達のやったことを全否定されたようなもの。
誰もが心穏やかではいられず、その矛先は当然ゲンに、また援軍で来た仲間達に向けられた。
スティングなどは、昨日のゲンとコニールのやり取りを垣間見ていたため、真っ先に事情を察した。
「おい、ゲン!これはどういうことだ!?」
「……すまない」
「すまない……じゃねえだろ!どういうつもりで捕虜を釈放させた?基地中その話で持ちきりだぞ!」
「悪かった」
「そうじゃなくて、理由を説明しろ!理由を!」
「………」
「言いたくないなら当ててやろうか?大方昨日の小娘にでも唆されたんだろ?何を考えてる!?
考えても見ろ!相手はレジスタンス……テロリストだぞ!それを野放しにしちまうなんて……
ユーラシアの軍人じゃなくてもおかしいと思うぜ!?いや……お前はどうかしちまってる!狂ってる!」
「……最後のは酷いな」
「酷くない!これでも控えめに言ってるほうだ!俺たちの身にもなれ!」
ゲンは言われて気づいた。ある意味で、ゲンの起こした騒動の最大の被害者は仲間である彼らだ。
アウル、スティング、ステラは、何の落ち度もないのにゲンの不始末で白眼視されてしまっている。
流石にゲンも気が引けて、3人を集め事情を説明することになった。
- 318 :8/33:2005/12/27(火) 21:47:15 ID:???
- ゲンがアウル、スティング、ステラの3人を集め事情を説明し始めた頃―
地球連合に属する赤道連合にある、ニューデリー空港に一人の青年が到着していた。
青年は戦闘機を駆り、母国から単身この地を訪れていた。
「流石に赤道連合……赤道直下の国だ。暑いな……」
パイロットスーツに身を包んだ青年は、ヘルメットだけを取り外し汗をぬぐう。
茶色の髪に端正な顔立ち……軍人らしからぬ素顔が、ヘルメットの下から現れる。
青年はこの国の気候のことを呟きつつ、機体の通信機を使い基地に駐留する赤道連合軍と通信を繋ぐ。
「こちらオーブ軍、第一機動艦隊旗艦タケミカヅチ所属……」
『ああ、さっき連絡があったヤツだな?ん……たった今認証コードは確認された。
補給予定ってことだが、機体に異常があれば修理するよう命令を受けている。何かあったら言ってくれ』
「いえ、ありません。このまま行けます」
『先遣部隊だって?大変だな。本隊はまだ国を出ていないんだろう?』
「はい。自分は先遣隊……といっても一人だけですけど。これから、友軍の部隊と合流する予定です」
『場所はどこだい?』
「ええと……汎ムスリム会議領で、ユーラシア連邦軍が管轄しているガルナハン基地です」
『ガルナハン基地!?
あそこは対ザフトの最前線基地だぞ?うちからも大型巡航機を提供したが……大変だな。気をつけろよ』
「はい……ありがとうございます」
青年は、年上の士官に丁寧に礼を述べたが……言葉とは裏腹に心の中は暗澹たるものであった。
彼は、つい先日まで軍人ではなかった。一介の技術者として会社勤めをする平穏な毎日を送っていた。
それが、突如暗転する。愛する者を奪われ、その女性を返す条件に戦場に赴くことを強要されたのだ。
それからは苦悶の日々が続いた。嘗ての歴戦の勇者である彼でも、戦争への嫌悪感は消えない。
だが、それでも彼は戦うことを選んだ。愛する者を失いたくないから―
「バルトフェルドさんが言ってたバイザーの黒髪の男……彼に会えばラクスの手掛かりが……」
愛する者を奪った男―唯一の手掛かりは、盟友から伝えられた外見のみ―
青年は、おそらくは連合の軍人であろうその人物に会って、問いただすつもりであった。
何故男は、彼の愛する者―ラクス・クラインを奪い、なお自分に戦場に戻ることを強要したのか―?
補給は20分ほどで完了した。嘗て最強と言われた戦士は再び戦場へと戻る―
『補給は今完了したが、休まず行くのか?』
「はい。どうしても急がなきゃならないので……だから、行きます」
『そうか……でも、死ぬなよ……オーブの。今滑走路を空けさせる。少し待ってろ』
赤道連合の軍人が言うや、たちまちに滑走路が開かれ、彼が飛翔するための道が開かれる。
「ご厚意、痛み入ります!ムラサメ、発進します!」
短く、だが誠意の篭った挨拶を伝えた後、戦闘機は空へと飛び立った―
- 319 :9/33:2005/12/27(火) 21:48:17 ID:???
- 「……と、言うわけだ。みんな、済まない」
ゲンは、昨日からの経緯を全てアウル、スティング、ステラの3人に伝えていた。
コニールがレジスタンスであることも、彼の父親がユーラシア軍の捕虜となっていたことも……
基地司令からユーラシア西側の情勢を聞き、彼と意見を戦わせたことも、釈放の同意があることも……
ただ一つ、彼がコニールに語った自分の正体―それだけを除いた全てを語った。
ゲンが話終わって最初に口を開いたのはアウルだった。
「要するにさ、ザフトの連中はナチュラル同士を争わせたい筈……ってゲンは思ってると。
で、それを阻止するためには、独立運動やレジスタンス運動を弾圧するのは良くないって思ってる。
だから、この基地で捕まってたレジスタンスを解放した……ってことでしょ?」
「まぁ……そうなるな」
「なら、良いんじゃないの?俺たちの敵はザフトだし、俺……弱いヤツに興味ないから」
「……助かるよ」
アウルの思考では、自分より弱い相手は戦うに値しない相手―よって、彼は至極単純にゲンを肯定した。
そんな彼にゲンは礼を述べる。そして次に口を開いたのはステラだった。
「私は……ゲンが良いなら、それで良い」
「……ありがとう」
これまた、アウルよりも至極単純にゲンに同意した。
だが、最後に残ったスティングだけは、頑としてゲンの意見に反論した。
「俺は……やっぱり反対だ。俺たちは軍人だぜ?軍の命令に従うのが筋だろう。
この基地の司令官だって現状はしっかりと認識しているし、捕虜にもそう無茶なことはしてない筈だ。
レジスタンスが殺されたって話も……そりゃ、武器もって基地を脅かせば殺されも仕方ないだろう。
そんなユーラシア軍の方針に背いてまで捕虜釈放なんて……ゲンのやるべきことじゃないだろ?」
「それは……」
「大体、ザフトとの関係以前に、ゲンはあのコニールって小娘が可哀相で、捕虜釈放に動いたんだろ?
何故俺たちはここに来た?任務はこの基地を守ることだけ……軍務に私情を挟む時点で、間違ってる」
スティングの言葉は全くの正論である。ゲンが、コニールの姿に心動かされたこともない訳ではなかった。
全く反論する術を失ったゲンは、ただ黙り込むしかないかなかった。
「大体、あのレジスタンスの小娘を見た時点で、撃ち殺しておけば良かったんだ。何で殺さなかったんだ?」
「……俺は」
「当ててやろうか?あの娘が可哀相だったから、殺さなかったんだろ?」
「……それもある。けど、それだけじゃない。俺は……ナチュラルを殺せないんだ」
「……何だよ、そりゃ?」
スティングの知らない事実―ゲンはナチュラルを殺せない"兵器"であった。
"ナチュラルのために戦え、ナチュラルを殺すな"それが兵器としてのソキウスの行動原理。
あの時―コニールを見咎めた時、彼女を殺すという選択肢もないではなかったが、彼は殺せなかった。
その至上の命令が存在したが故に……
- 320 :10/33:2005/12/27(火) 21:49:51 ID:???
- 「皆には話してなかったが……俺は強化されたとき、二つの至上命令を受けている。
俺のこの力は……ナチュラルのために使い、決してその矛先をナチュラルに向けてはならない。
そして、俺はどんなことがあっても、ナチュラルは殺してはならない……そう厳命されている」
ゲンの言葉に皆押し黙る。3人もゲン同様に連合のブルーコスモスによって心理操作を受けている。
だが、3人はあくまでもナチュラルであり、コーディネーターであるゲンとは受ける命令が違う。
ただ軍の命令に従うことだけを厳命されているのが3人。それ以上を要求されているのがゲン―
「俺たちはそんなことは言われてないが……お前がそんな命令受けてたんじゃ、仕方ないか」
ゲンは、一応は新型エクステンデッドとして3人には認知されている。
故に、スティングは彼だけ特別の命令を受けていると誤解し、それ以上追及しなかった。
それでもスティングは、なお心に引っかかることがあったようで、ゲンへの言葉を続けた。
「けどよ、ゲン。お前……これから先もこんなこと続けていくのか?」
「……これから先?」
「これから先、転戦していけば……ここガルナハンであるような話は幾らでも転がってるだろう。
例えば……あのコニールって娘以上に不幸な人間が、これから五万といるかもしれないんだぜ?
お前はこれから先もずっと、そいつらを助け、ナチュラル同士が争わないよう骨を折っていくつもりかよ?」
スティングが示唆したのはこれから先の話―
例えば、ユーラシア西側で独立運動が盛んな地域にファントムペインが向かった場合……
独立運動に参加する人間の中には、連合から弾圧されている人間は数多くいるかもしれない。
また、ここガルナハンのようにレジスタンス活動を展開し、捕らえられ収監されている人間もいるだろう。
そんな人間を、これから先も助けていくつもりか―?そうスティングは問うたのである。
「……分からない。ただ……」
「ただ……何だよ?」
「俺は……先日ガルナハンで宗教指導者の老人に会って、この地で基地司令に色々話を聞いて……
戦争の裏側……ってヤツが見えてきた気がするんだ。俺は戦うことが任務、それしかできないけど……
戦争を終わらせない限り、俺たちは永久に戦わなきゃならなくなる。そうなれば、皆いつかは力尽きる。
だから……できることなら、戦争の火種になりそうなものは……全部潰したいんだ」
「……馬鹿言え。戦争なんて国と国との争いだぞ。個人レベルでどうこう出来る問題じゃねえだろ?」
「それでも……何もしないよりマシだ」
ゲンの出した答えはスティングの現実論の前には、些か頼りない論理ではあったが……
それでも、スティングもゲンの言葉に、自分たちのことをも慮っての行動であることは理解していた。
ややあって、再度スティングは口を開いた。
「ところで、ナチュラルは殺せない……って言ったけど、ナチュラルから銃向けられたらどうするつもりだ?」
「……殺さないようにするよ」
「それこそ……お前がやられるぞ?ま、その時は俺らが助けてやるからよ……けど、一つだけ約束しろ。
以後今回みたいに俺たちに何の相談もなしに動くのは……やめてくれよ。俺たちは、仲間なんだからな」
スティングの最後の言葉に、アウルもステラも頷いて見せる。その光景に、ゲンは救われた気がした。
勝手な行動を窘めつつ、自分の身を案じてくれる仲間の言葉に―
- 321 :11/33:2005/12/27(火) 21:50:59 ID:???
- その頃―エルブールス山脈中央部にまで迫ったザフトの攻撃部隊では……
ザフト軍最新鋭戦艦ミネルバの中、一人の男が呟いていた。
「遅いな……」
ハイネ・ヴェステンフェルスは一人、誰も居ないブリーフィングルームで佇んでいた。
予定であれば、この地に潜む攻撃部隊に、ガルナハンのレジスタンスのメンバーが合流する筈。
そして、ザフトにガルナハンローエングリンゲートの攻略方法を伝える……予定であった。
しかし、時刻を過ぎても相手は現れず、既に予定の時刻より2時間もオーバーしていた。
また、到着の遅延を知らせる連絡も入っていない状況―
「……もう時間だ。我々だけでやるしかないか」
彼は意を決した。フェイスである彼はローエングリンゲート攻略の要―MS部隊の指揮官であった。
ブリーフィングルームの大型モニターの前に立ち、ゲート周辺の地形図を見て取り、作戦の立案に入った。
一見して狭いゲート前の通り道、そして開けたところに出たかと思えばそこは陽電子砲の射程距離内……
峡谷の地形を利用した見事な敵の布陣―どう攻めるか―?
「手伝ってやろうか?」
突如、彼の後ろから女性の声が聞こえた。部下のルナマリアでもマユでもない声……
驚き振り返るハイネ―彼の前には旧知の女性が立っていた。隻眼の女パイロット、ヒルダ・ハーケン―
「ヒルダ姐さん!?……じゃなかった、ヒルダ隊長!お久しぶりです!」
「元気そうだねぇ……おっと、今じゃフェイスさまだったっけ?昔みたいに気軽に声も掛けられないね」
「冗談でしょ?ところで……いつ地球に降りたんです?他のお二人は?」
「つい先日さ。今はラドル隊に同行している。二人も来てるよ。
もっとも……へルベルトもマーズも与えられた新型機の調整で忙しいけどね。
空戦用の新型機らしい。追っ付けミネルバのブリーフィングには参加する予定だけど、今は私一人さ」
「なら……今日は気持ちよく勝って、皆で飲みますか!」
「……そう願いたいけど……実際、勝てるのかい?」
談笑していたヒルダだが、最後の言葉を言った際には軍人の顔に戻っていた。
ヒルダは、ハイネにとってはアカデミーの先輩に辺り、かつては大いに世話になっていた。
そんな先輩相手であるから、彼は包み隠さず今の状況を説明してみせた。
「……なるほどねぇ。難攻不落の要塞が相手。敵は幾度もザフトを撃退したユーラシア連邦の猛者。
今回は援軍としてミネルバや私たちも来たけど、肝心のレジスタンスの情報提供者が来ないとはね……
ザフトだけで作戦を展開しなきゃならないから、ハイネ隊長は困ってる……ってところ?」
「……恥ずかしながら」
「ラドル司令から……レジスタンスとの連絡が取れない場合の作戦もあるって聞いた。今……
その万が一のためにヘルベルトが準備してるから……このままだと、あいつの手を借りることになるね」
「何です?その作戦ってのは?」
「多分、お前は好かない作戦だろうが……ラドル司令も相当切羽詰ってる。形振り構わずやるだろう」
マハムール基地司令、ヨヒアム・ラドル―彼の立案した作戦は、数刻後ハイネを驚愕させることとなる。
- 322 :12/33:2005/12/27(火) 21:52:13 ID:???
- 数時間後、マハムール基地司令ヨヒアム・ラドル以下ラドル隊のメンバーがミネルバに赴いた。
また、ヒルダ隊ヘルベルト・フォン・ラインハルトとマーズ・シメオンの二人も駆けつける。
ハイネ隊を含め、総勢20名以上のパイロットがブリーフィングルームに詰め掛けた。
ハイネは、ラドルから目配せを受けると、首を横に振った。レジスタンスと連絡は取れていないと―
それを見たラドルは頷くと、ミネルバの内線を使い、MS整備班長マッド・エイブスを呼び出した。
訝しがるハイネを他所に、ラドル司令は朗々と語りだした。
「これより、ガルナハンローエングリンゲート突破作戦を説明する。
本作戦はローエングリンゲートの壊滅を目的とするものであるが、これまでの作戦では歯が立たない。
即ち、敵のローエングリンとMS隊の二つを相手にする際のタイムラグが我々には致命傷となるからだ。
ローエングリンを攻めればMS隊に阻まれ、MS隊を攻めればローエングリンに焼かれる……。
この悪循環でこれまでの作戦は失敗した。よって、今回の作戦では、まず敵の動脈を絶つ必要がある」
言うや、ラドルはエイブスに目配せし、司令官に代わり彼が壇上に登り、話し始めた。
「まず、敵の最大の兵器、ローエングリンを打破する必要があることは自明です。僭越ながら……
ミネルバMS整備班長マッド・エイブスより、火力プラント破壊作戦の概要を説明させていただきます」
火力プラント―ガルナハンのみならずユーラシア連邦に送電される電力の供給源の一つ。
当然、ガルナハンのローエングリンも、この火力プラントに陽電子砲発射のための電力を頼っている。
火力プラントからの送電ラインを潰せば、ローエングリンの出力は大幅に低下する筈であった。
上手くいけば、敵はローエングリンを放つことすらできなくなるかもしれない。
「送電システムのうち、高圧送電ライン2箇所に同時に負荷をかけると、回線が一時的に断たれます。
その際、別ラインからローエングリンに自動的に電力供給するよう安全対策がなされていますが……
そのラインに一方向での電力供給を促すことで、過負荷の連鎖が起こり、数分でガルナハン一帯は停電を起こします」
エイブスは、ブリーフィングルームに火力プラントの一帯の見取り図を映し出す。
CG映像で投影されたローエングリンへの送電ラインのうち、3箇所が赤く点滅している。
どれもローエングリンから遠く離れた、基地に程近い火力プラントの送電ライン―
「つまり、この3箇所を潰せばローエングリンは起動不能か、大幅な出力低下を避けられません」
誰もがその作戦に耳を疑う。
火力プラントからローエングリンまでの送電ラインを断つ―それは単純な作戦に思われよう。
だが、今日までそれを実行できなかったのは、何よりガルナハンの峡谷を越えられなかったことにある。
火力プラントからの送電ラインは、ローエングリンゲートのある峡谷の向こう側にあるのだ。
また峡谷にはローエングリンとMS隊がおり、ザフトは彼らを破れず今日まで敗れていたのだ。
火力プラントからの送電ラインを潰すには、何より峡谷を越えねばならない―本末転倒な作戦……
集められたパイロット全員がそう思い驚愕していたが、ラドルはエイブスに代わり言葉を続けた。
「敵の目をくらまし、峡谷を越え、ラインを断つ……この作戦を可能にするのはそんなMSとパイロットだ。
ヒルダ隊所属、ヘルベルト・フォン・ラインハルト!この作戦の成否は君に掛かっている、頼んだぞ」
- 323 :13/33:2005/12/27(火) 21:53:59 ID:???
- ラドルから名を呼ばれ、四角いメガネを掛けた男―ヘルベルトが席を立ち敬礼する。
「ハッ!お任せを!」
ハイネはその男を知っていた。ヒルダ隊所属、ヘルベルト・フォン・ラインハルト―
先の大戦からの古参兵で、服装は一般兵の緑服であるが、実力は並みのレッドを凌ぐ程の腕前である。
マーズ・シメオンと並び、ヒルダの元で力をつけた人物で、豊富な戦歴と実力はハイネも一目置いていた。
また、彼はアカデミー時代のハイネの先輩に当たる人物で、色々と可愛がられもしたのだが……
それはさておき、ラドルの話を纏めにかかる。
「ハイネ隊長とヒルダ隊長、君たちの部隊はMS隊の殲滅とローエングリンの破壊を頼みたい。
送電ラインを潰しても、肝心のMS隊を抜き、ローエングリンを潰せないと話にならないからな。
我がラドル隊は、その援護にあたる。作戦開始は本日15:00、各員それまで所定の位置で待機!」
ブリーフィングが終わった後、ハイネはラドルに耳打ちする。
「火力プラントからの送電ラインのデータは何処から?」
「……諜報部から回ってきたものだ。出所はユーラシアの電力会社、火力プラントを作った会社からだ」
「信用できるんですか?」
「地元の人間、レジスタンスほどではないが……諜報部が送ってきたものだ。信用するしかあるまい」
「ヘルベルトには……何を使わせるんです?目くらましのタネは?」
「レイヴンを使わせる。彼ならやれるだろう」
レイヴン―その言葉にようやくハイネは納得がいった。確かに目くらましとしては最適なMS―
だが言葉と裏腹に、司令の顔は冴えなかった。今度失敗すれば指揮官としての器を問われかねない。
また、ローエングリンを止めても、肝心の敵MS隊を崩せなければ、勝利を収めたことにならない。
2段構えの作戦といえば聞こえは良いが、指揮官である彼は2度胃の痛くなる思いをするのだ。
ハイネにとっても、彼の心中は察するにあまりあるモノがあった。
やがて人気のなくなった部屋にハイネ隊とヒルダ隊だけが残された。
彼らはこの作戦のもう一つの要―ローエングリンゲート突破の役目を負っていた。
これから、彼らはその役割分担を決めねばならなかった。まず、ハイネが口を開いた。
「マーズ・シメオン、貴方の乗るMSの機種は?」
「バビだ。新型だが……クソッ!ヘルベルトの野郎、美味しいところを持って行きやがる」
彼は、僚友であるヘルベルトに重要な任務が与えられたことが悔しいらしい。
だが、ハイネは旧知の間柄でもある彼の愚痴に構わず、仕事を続けた。
「隊を二つに分ける。空戦主体のMSを持つパイロット……
俺、アスラン、ショーン、ゲイル、マーズの5人。地上戦の部隊は……ヒルダ隊長、お願いできますか?」
「OK」
「では……地上戦の部隊は、ヒルダ隊長とルナマリア、レイ……そしてマユ、4人でやって貰う」
レジスタンスとの連絡が取れない不測の事態はあったものの、ミネルバの布陣は着々と整いつつあった。
- 324 :14/33:2005/12/27(火) 21:55:09 ID:???
- 対するガルナハン基地でも、ミネルバ接近の報は伝わっていた。時刻は昼をすぎたところ……
昼食を終えた兵士達は、次々と所定の位置に就き、防衛体制を整えようとしていた。
そして、今まさに基地のMS大隊が基地から飛び立とうとしているところであった。
ストライクMk-Uに乗り込んだゲンの元に、基地MS大隊長が回線を開く。
『よう、大西洋連邦の。他所様のところに来て、好き勝手やってくれたそうだな?』
「……申し訳ありません」
『本当に悪かった……なんて思っちゃいないんだろう?』
「……いえ、そんなことは……」
『ま、どの道お前等の信用は地に落ちているから……お前の本心なんてどうでもいいさ。
ただ、仕事だけはキッチリやってもらうぞ。俺たちは基地を空にするから、護れるのはお前等だけだ』
「最善を尽くします」
『助かる』
大隊長は、それだけ言うとMS隊を伴い基地を発った。彼に率いられ次々とダガーLが空に飛び立つ。
ゲンは、敢えて自分の行為―捕虜の釈放を司令官に迫ったことを咎めなかった彼に、内心感謝していた。
信用が落ちたというのは客観的な事実であり、言葉に悪意は篭っていなかった。
それに好き勝手やったというのも、また客観的な評釈であろう。
そんなゲンを、言葉どおり適当に窘めた当の大隊長は、愛機ダガーLの中で呟いていた。
「若いな、あの小僧……」
壮年のこの男も、基地司令同様にガルナハン住民とユーラシア軍の軋轢を憂う一人である。
だが、通常実直な軍人というものは上の命令には逆らわないものであったし、彼もまたそうであった。
そんな中感情に訴え捕虜解放に走った人物とされる人物は、彼には若さゆえの無謀としか映らなかった。
それでも、彼にとっては先ほどの言葉どおり、それ自体はどうでも良いことであった。
基地を護りに来たのだから、ゲンは基地の守備をすればすれば良いだけの話……
戦うのは自分達ユーラシア軍の役目―
しかし、一方で彼は今度の戦いを楽観視してはいなかった。
彼の率いるMS大隊も当初こそ30機以上のMSを有していたが、今は30を切っていた。
度重なるラドル隊との戦闘は、ザフトを退けていたものの自軍の損傷も少なからずあった。
今はダガーLの数も総勢24機にまで減っていたし、MAゲルズ・ゲーを入れても25機……
今度の相手はコーディネーターの優秀なパイロットを多数有するミネルバ……
不安を抱きつつも、彼らはこのガルナハンを護らねばならない。
一時はゲン達ファントムペインの力を借り、共に前線で戦おうとも思ったが、彼はそれをしなかった。
ゲートの守備に特化した自分達と、あくまで攻性の部隊として組織されたファントムペイン……
攻性のファントムペインがゲートの防衛に向いているとは、到底思えなかった。
だからこそ、基地司令も彼も自分達だけでミネルバを迎え撃つことにしたのだ。
彼は不安を振り払うべく、自らを鼓舞するように部下に檄を飛ばす。
「全員よく聞け!間もなくこのローエングリンゲートにザフトのクソ虫どもがやってくる!
クソッタレの宇宙人どもには、何度挑戦してもユーラシアの鉄壁は破れないってことを教えてやれ!!」
- 325 :15/33:2005/12/27(火) 21:56:16 ID:???
- 時刻は14:40―作戦開始時間まであと20分と迫っていた頃のミネルバ……
マユ・アスカはルナマリアやレイと共に、本作戦の新しい自分達の上官ヒルダ・ハーケンの前にいた。
「フォーメーションは私のドム・トルーパーが前衛、サイドはルナマリアとレイが固めて、後ろはマユだ。
どんな作戦を立ててもこっちの期待通りに事が運ぶことはほとんどない。現場においては臨機応変。
第一のターゲットはあのゲテモノMAだが、マユ……お前はオーブ沖で似たようなのとやったんだろ?」
「……は、はい」
「あのゲテモノには陽電子リフレクターが付いてる筈だが、どうやって倒したんだい?」
突然の問いかけに、マユは言葉を失う。
オーブ沖で待ち構えていた大西洋連邦軍との戦いで、彼女はMAザムザ・ザーを撃墜していた。
だが、彼女はどうやって自分が敵MA落としたのか、あまりよく覚えていなかった。
必死で戦ううちに、気づいたら倒していた―そんな感覚だった。つまり、答えに窮していたのだ。
詳しく覚えていないマユは困惑してルナマリアとレイに視線を送る。それを察したレイが応える。
「敵MAはビームを弾きますが、実体のある武器は弾くことができないようです。
あの時、マユは敵MAに接近し、インパルスのビームサーベルで相手を貫きました」
「なるほどね……」
澱みなく、しかも敵の詳細な能力まで看破したレイの答えに、ヒルダはただ頷いた。
彼女にとっては誰が答えようと同じこと……あくまで、敵を倒すための作戦立案にのみ集中していたのだ。
やがて、彼女は自らが考案した作戦を披露した。
「敵MAに接近するためには距離を詰めなきゃ話にならない。
当然敵もこっちの接近には警戒するだろうから、遠距離・中距離時の戦闘は弾幕の張り合いだ。
ルナマリアとレイはザクをブレイズ装備で起動、マユは火力のあるブラストインパルスで出撃してもらう」
「「「了解」」」
「それとマユ、お前は少し残れ」
一人残されたマユは、先ほど上官の質問に即座に答えなかったことを咎められるのか不安に思っていた。
だが、彼女の危惧とは全く逆のことをヒルダは申し出た。
「マユ、お前は私の後ろに就け。ドムはビームシールドを展開できるから、多少の攻撃ではビクともしない。
私はお前の盾になるから、お前は言われたとおりに戦え。私が撃てと言ったら撃つ、それだけでいい」
「……え?」
「済まないね。お前みたいな子供を戦場に送るのは心が痛むが……私にはどうしようもない。
上官として、お前に何としても生き残れって言うのは簡単だけど、実戦では何が起こるか分からない。
だから、これが私に出来る精一杯だ。せめて私の目の届く場所に居て戦え。前の敵からは護ってやる」
プラントの成人年齢は15歳。マユはまだそれに満たない幼年学校の生徒であった。
それを慮ってか、ヒルダ・ハーケンは自らが少女の盾になると言った。
その心情はマユも何となく理解しており、ただ感謝するほかなかった。
少女はその感謝の意を同性の上官に伝えた。胸を張り敬礼し、言葉を紡ぐ―
「ありがとうございます。精一杯戦いますから……隊長もお気をつけて」
- 326 :16/33:2005/12/27(火) 21:57:30 ID:???
- そんなマユとヒルダのやりとりを、二人の男が見つめていた。
「おい、今のを聴いたか?」
「聞いたぜ。あのヒルダ隊長が……あんなことを言うとは。俺、初めて聞いたぜ」
「だな。ビックリだ」
ヘルベルトとマーズの二人である。
長年ヒルダの元で務めている彼らでも、そんな優しげな上官の言葉は終ぞ聞いたことがなかったからだ。
意外そうに顔を見合わせ、互いに首を横に振る。ありえないことだ―と。
「……天変地異でも起きなきゃいいが」
「それよりお前、そろそろ出撃じゃないか?先行するんだろ?」
「……そうだったな。行ってくる」
「チッ……!美味しいところを持っていきやがる」
マーズに促され、ヘルベルトは与えられた機体に向かって駆けて行く。間もなく作戦開始時間―
与えられた機体―空中戦用MSディンに乗り込み、彼は誰に言うともなく呟いていた。
「あの隻眼の女傑、ヒルダ隊長が……子供相手とはいえあんな優しい言葉を掛けるとはねぇ……
こう……いつもと変わったことが出撃前に起きるってのは、あまり縁起が良いことじゃねえんだがな。
ま、あの隊長があんな優しい面も持ち合わせていたってことは……隊長も人の子ってことか」
『木の股から生まれたわけじゃないんだ!当たり前だろう!』
「……た、隊長!?」
突然、機体に彼の上官ヒルダの声が木霊する。機体の回線が開いていたのだ。
コクピットの椅子から転げ落ちそうになるのを堪え、彼は上官相手に弁明を始めた。
「い、いや、今のはですね、言葉の綾というか何と言うか……」
『御託はどうでもいいんだよ!さっさと出撃しないか!このマヌケがッ!!』
「は、はいッ!」
『いいかい、よく聞くんだ。お前が上手くやれるかどうかで、ローエングリンを潰せるか否か決まる。
しくじったらタダじゃ済まさないから……よく覚えておきな!』
「りょ、了解であります!」
言うや、ヘルベルトの乗るディンは、発進シークエンスも待たずに勢い良く発進する。
こうして、なし崩し的にローエングリンゲート破壊作戦は開始された。時刻は丁度15:00―
「き、聞こえてたのか!おっかねえ!」
ヒルダ隊は女傑として知られるザフトレッドにしてエースパイロット、ヒルダ・ハーケンが率いる。
女性ながらザフト創設時―それまで地元のヤクザのような無頼漢の集まりだった頃のザフトを知る人物。
その頃から、荒くれ者を向こうに回して、彼らを従わせるだけの力量をもった女性でもあった。
そんなヒルダは、ザフトに入隊してからも持ち前のエネルギッシュな指揮能力で彼らを圧倒した。
つまり―ヘルベルトとマーズは、彼女に従うことを強要された元荒くれ者の片割れであった。
- 327 :17/33:2005/12/27(火) 21:58:27 ID:???
- 「……遅いな」
ローエングリンゲートの司令部では、ガルナハン基地司令が一人敵の動きを訝しがっていた。
敵の予想到達時刻はとうに過ぎていた。訝しがる司令官―だが副官は一笑にふす。
「敵は、我が軍のローエングリンに怯えているのではないでしょうか?」
「馬鹿を言え。最新鋭戦艦のミネルバまで持ってきていて、怯えることなどあるはずがない」
「はぁ……しかし、では何故来ないのでしょう?」
「……何かあるのだろうな」
「何か……とは?」
「じきに分かる」
副官の言葉を真っ向から否定する。敵が予想到達時刻を過ぎてこないということは、そこに何かある。
たとえば、ユーラシア軍が思いもつかぬような作戦を練っているのかもしれない。そう司令が思ったとき―
「司令!ローエングリンの送電ラインに異常が!」
「何処だ?」
「基地近くの高圧送電ラインが一箇所……いや、もう一箇所!映像回します!」
火力プラントのセキュリティシステムと、ローエングリンの司令部との回線が繋がれる。
司令部の大型モニターに、異常個所―送電ラインから火花が飛び散っている光景が映し出される。
だが、その周囲には何も映っておらず、一見それはただの事故に思われたが……
基地司令は異変を察し声を荒げる。
「敵だ!!」
「は……しかし、監視システムは万全です。周辺には敵影も人影も……」
「何もないのに二箇所の送電ラインが、このタイミングで切れることがあるかッ! 一番近い隊は!?」
「基地に残っている大西洋連邦の……」
「すぐに向かわせろ!大至急だ!!」
その命令は即座にゲンの元に伝わる―司令部の通信兵はすぐにファントムペインと連絡を取った。
「送電ラインで事故だと?」
『はあ、司令は大至急向かえと……何でしょうね?』
「……ッ!!馬鹿か!?敵に決まってるだろう!?」
『し、しかし敵影も人影も……』
「ミラージュコロイドがあるだろうが!敵の狙いは送電ラインを断って、ローエングリンを阻止することだ!
送電ラインが断たれると非常用に切り替わるんだろう?その切り替えを阻むポイントは何処だ!?」
『……!い、いま地図で表示します!』
ようやく事の重大さを呑み込んだ通信兵は、大慌てでポイントを特定し、ゲンに位置を知らせた。
基地からほど近いところに、それはあった。ゲンはストライクMk-Uを駆り、すぐさま発進させた。
「スティング!俺は火力プラントの送電ラインに向かう!あとはお前に任す!
間もなく敵が強襲してくるはずだ! アウルとステラはスティングの指示に従え!」
- 328 :18/33:2005/12/27(火) 21:59:39 ID:???
- 「一度入り込んでしまえば……脆いものだな」
ヘルベルト・フォン・ラインハルトは人事のように呟く。
彼は単身火力プラント近くにまで潜入していた。彼の乗るディンの特殊な能力によって―
ディン・レイヴン―RAVEN―Reconnaissance Attack adVanced Electronic iNstllation―
特殊電子機材搭載の偵察・攻撃用MSである。特殊電子機材はミラージュコロイド関連機器の事を指す。
つまり、ミラージュコロイド機能を備えたディン―文字通り鴉の如く漆黒に染め上げられた機体であった。
本来隠密行動専用の特殊部隊が持つ兵器であるが、本作戦に際しラドルが手に入れた機体であった。
ヘルベルトはこの機体の特性を生かし、単身敵の目をくらまし火力プラントまで潜入していたのだ。
「あと一つで……終わりだ」
彼は二つのポイントを潰し、最後のポイントに向かった。
ここを潰せばガルナハンのローエングリンゲートは、その能力を失うか、能力の大幅減退は避けられない。
その機動力を生かし、すぐに最後のポイント上空まで達し、狙いを定める。だが―
「……敵MS反応?……これは……ストライク!?」
寸前で作業は中断される。ゲンの乗るストライクが、間近まで迫っていたのだ。
ディン・レイヴンは今だミラージュコロイドを解いていない。やがて、ヘルベルトは舌なめずりをする。
「ハハハッ!いいぜ、来いよ……黒いストライク!確かお前もミラージュコロイドを使える筈だろう?
面白い!なら俺が……眼に見えないところからの攻撃を、神の目線からの一撃をくれてやるよ!
今までお前がやってきたことだ!楽しみだなぁ……お前を殺すのは!!」
「間に合ったか!」
ゲンもまた最後の送電ラインポイントに到達した。幸いにして敵影はない―
エールストライカー装備のストライクを、ゆっくりと地に付ける。敵はミラージュコロイド能力を備えている。
ならば、本当にこの場に来ていないのか、あるいは身を潜めゲンを待ち構えているのか―二つに一つ。
「……やってやるさ!」
ゲンは意を決し、ストライクを半身で盾を構えさせ、ライフルを構え周囲を警戒する。
同じ場所に止まらず、数秒おきに機体を移動させることも忘れない。
だが、そんなゲンの様子をヘルベルトは楽しそうに眺めていた。
「芸がないな、ストライク!まぁ、対処法としたらそんなモンしかねえだろうがよ。
ま、こっちもあまり時間がない。あと2分したら攻撃開始だ。それまで精々神経張り巡らせて消耗しな!
そして……時間が過ぎたらジ・エンドだ。ハハッ……アハハハハハッ!!」
ゲンにとって、それは生まれてはじめての経験―見えざる敵との戦いが幕を開けた。
- 329 :19/33:2005/12/27(火) 22:00:40 ID:???
- 10秒……20秒……30秒……
ゲンにとって、それはただ数えるより遥かに長い時間であった。まるで、何十分も経ったかのような感覚―
「クッ……!どこだ?何処にいやがるッ!!」
極度の緊張感がゲンを包む。彼には確信があった。敵はすぐ近くにいる―
肝心要の送電ラインを攻撃した気配が全くない。手際よく峡谷を越え、火力プラントまで来た相手だ。
それを考えれば、敵は間違いなくこの場に潜み、ゲンを狙っている筈であった。
やがて、この場所に来てから一分が過ぎる―
ゲンは、あるいは敵が本当にないのではないかと思いたくなる。だが、そんな筈はない。
敵はゲンが警戒を解いた瞬間を狙ってくるだろう。敵の存在と同時に、ゲンはそのことも確信していた。
何故か―?それは、嘗てゲンというパイロットが常にそうしてきたからだ。
暗礁空域での戦いでも、ユニウスセブンでサトーの乗るジンを貫いた時も……
常に相手の気が緩んだ瞬間を、自分が狙い済まし仕留めてきたからであった。
「俺は……今までこんなことをやってきたのかッ!」
見えざる敵からの一撃―即ち、神の目線からの一撃を見舞ってきた自分を振り返る。
そして、自分のやってきたことに改めて寒気を覚える。形容しがたい悪寒と恐怖……そして緊迫感。
それらは少しずつゲンを蝕んでいく―
「時間だ。ストライク、悪く思うなよ……」
2分が過ぎ、ゆっくりとヘルベルトはストライクに照準を合わせ始める―
「……ん?あれは……」
ヘルベルトが照準を合わせた正にその時―
ゲンは、機体のモニターが遠くに動くものを感知しているのに気づいた。こちらにやってくるジープ……
遠くからジープが走ってくるのが見える。そしてそれに乗っている人物は、彼の知る人間であった。
「コニール!?あいつ、何をやってるんだ!?」
拡大映像に映っていたのは、昨日であったレジスタンスの少女コニール・アルメタであった。
突然の闖入者に気を取られたゲンは、期せずして彼女のほうにストライクの機首を向ける。
ストライクのバー二アを吹かすべく、ペダルを踏み込み、彼女の方角に向かった。警告をするつもりで―
だが、その時―
狙撃手ヘルベルトから放たれた閃光がゲンを襲った―
- 330 :20/33:2005/12/27(火) 22:01:43 ID:???
- 「何いッ!?」
ビームライフルを放った直後、ヘルベルトは絶叫していた。放たれたビームは、ストライクを掠めただけ―
ゲンがコニールに気を取られ動いていなければ、彼はそのビームの一撃の餌食になっていただろう。
類まれなる運の良さは、ゲンに生きるチャンスを与えた。そして反撃の機会も―
「そこかッ!!」
ビームを放ったことで、身を隠していたヘルベルトの位置は特定された。
今しがたビームを放ったと思しき空間に、ゲンはストライクのビームライフルを向ける。
ピンポイントで当てるつもりはなく、4発、5発と五月雨式に乱射した。どれかが敵を捉えればよいのだ。
そして、そのうちの一撃が見えざる敵―レイヴンを捉える―
「ちいッ!腕だけかよッ!」
ディンレイヴンのライフルを持っていた腕は無残に吹き飛ばされた。やがて……
何もなかった空間から漆黒のディンが姿を現す。だが、ディンでストライクの相手は務まるはずもない。
ディンは所詮、前大戦時の機体に過ぎない。連合の新型機ストライクMk-U相手には荷が重過ぎる。
踵を返し、ヘルベルトは撤退を開始した。MA形態になると、一目散にその場を離れる。
「何でアイツは避けられる!?化けモンかよ!クソッタレがあッ!!
クソ……クソおッ!!だが、任務は果たさせてもらうぞ、このクソッタレのストライクがあッ!!」
去り際彼は置き土産を残していった。胸部6連装ランチャーを全開にし、最後の送電ラインポイントを潰す。
これで彼は本来の任務を果たし終えたが……彼の心には形容しがたい敗北感しか残ることはなかった。
ゲンは、それを舌打ちしながら見ているほかなかった。送電ラインと己が身を同時に守ることなどできない。
彼もまた敗北感を味わっていたのだ。やがて、敵が去っていくのを確認した後、コニールの元へ向かった。
「何しに来た!?」
「何しにって……お前、捕虜を解放してくれたんだろ?親父たちから聞いたよ。
大西洋連邦のから来た人間が捕虜解放に尽力してくれた……って。だから、その礼を言いたくて……」
「……そんな理由でこんなところまで来たのか?」
「わ、悪いかよ!?」
「当たり前だ!今は戦闘中だぞ!この……!」
馬鹿野郎―!そう罵ろうとしたが、彼女がいなければ、間違いなく自分はあのMSに撃ち抜かれていた。
寸前で回避できたのは、コニールの存在なくしてはありえないことであった。彼女に助けられたのだ。
故に彼は言いかけた言葉を呑み込んだ。やがて、ゲンは司令部に通信を繋いだ。失態を報告するため―
「……こちらゲン、敵はミラージュコロイドを使用したディン一機……送電ラインの確保には……失敗した」
言い終わるや、彼は乱暴にストライクの操縦桿を拳で殴りつけた。
- 331 :21/33:2005/12/27(火) 22:02:41 ID:???
- 「そうか……」
報告を受けたガルナハン基地司令は、ゲンを責めることなく呟くだけだった。
送電ラインを潰す―確かに理にかなった方法である。だが、詳細なデータなくして敵は実行できない筈―
敵は火力プラントそのものを狙ったわけではなく、的確なポイントだけを意図的に潰してきたのだ。
おそらくは、味方の軍、あるいは火力プラントで働く何者かが情報を漏らしたに違いない。
「何を考えて情報を漏らした!売国奴が……ッ!」
苦々しげに、それだけを搾り出すような声で呟いた。だが、呪いの言葉を吐いても状況が変わらない。
彼は、今自分ができる任務をこなすよう、頭を切り替えた。
「ローエングリンの充填率は!?」
「先ほどまでの間にある程度の蓄電はできました!第一射目の充填率は71%で可能です!」
「第二撃以降は!?」
「それが……出力は大幅に低下し、本来の2割程度しか……」
「送電ラインの修理に掛かる時間は?すぐに復旧できるのか?」
「この戦闘中には……とても……」
ローエングリンは最初の一撃しか有効な威力を発揮しない。その事実に司令官は愕然とする。
だが、できることをやるしかない。彼は即断で方針を決めざるを得なかった。
「基地にいる連中に知らせろ!全軍撤退!繰り返す、全軍撤退!
用意してある輸送機に全員乗って……バイコヌール基地まで撤退せよ!この基地は放棄する!
だが……その前に!MS隊に伝達!撤退までの時間を稼がねばならん!これより総力戦だ!
ローエングリン起動!連中が峡谷に来たところに放て!MS隊は弾幕を張れ!時を稼げ!」
司令部にいた全員が耳を疑う。だが、ローエングリンを撃てないゲートに防衛能力はない。
予めシビリアンから出ていた撤退命令に従い、司令官が隠密裏に実行させていた撤退準備……
それはこのときにこそ威力を発揮していた。数十分も時を稼げば、撤退は完遂できるかもしれない。
故に、基地司令はそれを全軍に通達したのだ。また、彼は司令部の人間に伝えた。
「貴様らもだ!ザフトのクソ虫どもに、ローエングリンの一撃をくれてやったらここを離れろ!
副司令!後の指揮はキサマが執れ!お前が撤退の責任者だ!やれるな!?」
「ハッ!」
「よおし!ローエングリンは私が預かる!威力は小さくとも……二撃以降もくれてやる!」
その言葉に、再び全員が耳を疑う。敵中の真っ只中、ローエングリンに残る―司令は死を覚悟していた。
しかし、司令官は悲壮感は全く表に出さず、寧ろこれからの戦闘を楽しむような素振りさえみせている。
皆、彼の心中を図りかね、呆然としていた。そんな司令部の人間を司令官が怒鳴りつける。
「何をしている?ボサッとするな!敵は目の前だぞ!?」
司令の檄に、全員が戦う者の目に戻っていく―かくしてガルナハン撤退作戦は始まった。
- 332 :22/33:2005/12/27(火) 22:04:31 ID:???
- ゲンもまた、その撤退命令を聞いていた。彼は、コニールにもそのことを伝えた。
「……良かったな。お前の大嫌いな連合軍はこの地を去る」
「……え?」
「撤退命令が出た。俺たちも逃げることになる。お前の望んだとおりになった……ってわけだ。
どうした、喜ばないのか?昨日あんなに連合を嫌って……出て行けって叫んでただろ?」
「………」
少女は、気まずそうにストライクから降りてきたゲンを見上げる。
連合の撤退は彼女の何よりも望んだこと―だが、何故か彼女は浮かない顔……
「わ、私は……連合にもお前みたいなヤツもいるって分かって……
連合にも良いヤツと悪いヤツがいるって分かったから、その……お前は良いヤツだろ!?
捕まってたレジスタンスを全員解放してくれた!だから……感謝している」
「……そうか」
少女の感謝の言葉に、ゲンはただ一言呟いただけ。
彼はそのままストライクに乗り込み、そして、別れ際言った。
「覚えておけ、戦争する人間に良いヤツも悪いヤツもいない。良いヤツは……戦争なんてしないさ」
「……!でも、お前はみんなを……!」
「俺には俺の目的があってやったことだ……気にするなよ」
「……ありがとう」
「礼は要らない。貸しは……もう返してもらったからな」
そこまで言った後で、ゲンはストライクのコクピットのハッチを閉めた。
やがて、ストライクはコニールがその場から離れたのを確認した後、バー二アを吹かし空へ舞い上がった。
そして、ゲンはストライクの通信を、スティングの駆るカオスに繋いだ。
「スティング、基地はどうなってる?」
『……ネズミの引越しだな。火力プラントからは技術者が総出で、基地からは兵隊がぞろぞろと。
皆して輸送機に乗り込んでる。撤退の準備はしてあったのかな?随分手際が良いぜ』
「そうか……なら、俺のフライングアーマーを使えるようにしておいてくれ」
『おい……逃げるんじゃないのか?』
「逃げるが……その前に撤退を手伝う。MS隊も逃げてくるだろうから、その援護に行く」
『馬鹿言え!戦闘は始まってるんだぞ!?』
「だから行くんだ。早くフライングアーマーを起動させておいてくれ!」
ゲンは、空戦に特化したMS支援空中機動飛翔体―連合版グゥルの名を挙げる。
彼の機体の航続能力を鑑みれば、ストライクの性能と相まって活躍が期待できるからだ。
スティングの声が聞こえなくなったことを確認した後、彼はコクピットの中で叫んだ。
「司令官、捕虜釈放の命令書を書いてくれて感謝する!
アンタが書いてくれてなきゃ、俺は今頃この世にいなかった……だから、借りは返すぜ!」
- 333 :23/33:2005/12/27(火) 22:06:10 ID:???
- ミネルバのMS部隊は、ラドル隊ともどもローエングリンゲートを攻撃した。
だが、阻止したかに思えたローエングリンの第一射は放たれ、戦局は一時的に混乱した。
それでも、熟練のハイネ・ヴェステンフェルスなどは、それが最初で最後の一撃と見て取った。
「ヘルベルトは任務を達成した!あの一撃で最後の筈だ。あとはガス欠……
今がチャンスだ!全軍全力であのMS隊を潰し……そしてローエングリンゲートを潰す!」
彼の号令の元、ミネルバ隊の猛攻が始まった。
空中からはグフ・イグナイテッド3機とセイバー、そしてマーズの駆るバビ……
地上からは、ヒルダのドム、ルナマリアとレイのザク、そしてマユの乗るインパルスが攻撃を仕掛ける。
かねてからの予定通り、MS隊はMAゲルズ・ゲーを集中して狙っていた。
「ザフトの攻撃目標は……ゲルズ狙いか?ダガー隊!ジェットストライカーのミサイルで弾幕を張れ!」
その動きに、ガルナハン基地MS大隊長も呼応するかのように指示を出す―
激戦の火蓋は切って落とされた。
その頃、ゲンは基地に戻りフライングアーマーにストライクMk-Uを乗せていた。
アウルはアビスを起動し、スティングはカオスを、ステラはガイアを起動させて、その成り行きを見守る。
やがて、ゲンが飛び立とうとするとき、スティングが声を上げた。
「俺も行く!フライングアーマーを!」
「あ、スティングずるい!俺も行くぜ!フライングアーマー出すよ!」
「ステラも……行く!」
釣られるようにアウルもステラも名乗りを上げるが、ゲンがそれを制した。
「ダメだ!下手をすれば敵中に取り残される可能性がある!
そうなったら、逃げ切るのは難しい。俺のストライクならミラージュコロイドで逃げ切れるが、皆は……」
「けど、一人じゃ……無茶だ!」
「大丈夫だ。俺はザフトの連中にやられたりしないから……皆は最後までこの大型巡航機を護ってくれ。
今から時間を稼いで基地のMS隊をつれてくるが……彼らのことを頼む」
「MSの積載能力は限界がある。全部は……」
「なら人だけでいい。最後まで残って……彼らを助けたいんだ」
「そこまでする必要があるのかよ?」
「ある……これは俺のミッションだ」
最後まで抗弁するスティングを説得しつつ、彼は機体をフライングアーマーに乗せ飛び立った。
「戻れなくても追いつくから……俺の戻りは気にするな!基地の連中を頼んだぞ!」
基地から次々と輸送機が脱出していく。撤退作戦が始まった。
だが、それとは真逆の方向にストライクは向かう。文字通り、ゲンは友軍の撤退を助けるべく死地に赴いた―
- 334 :24/33:2005/12/27(火) 22:07:01 ID:???
- ローエングリンゲートは猛攻にさらされていた。
ゲート周辺に無数のミサイルが着弾し、MS隊はその応戦に追われていた。
頼りの陽電子リフレクターを持ったMAゲルズ・ゲーですら、リフレクターを展開したまま、防戦一方……
彼らの戦力が不足していたわけではない。ハイネ隊、ヒルダ隊の連携が奏功していたのだ。
空中、陸上両方からの攻撃は、必然的に基地MS隊の注意を散漫なものとした。
エース級の連携の取れた攻撃の前に、次々ダガーLは撃破されていく―
「これほどとはな……さながらエース級だけで編成された部隊だな、ミネルバは。強すぎる……
あの大西洋連邦の小僧が言っていたことは本当だった。味方は……あと何機残っている?」
大隊長は呟き、応戦しつつ味方の残存兵力を確認する。
既に味方は半分をきっていた。MAゲルズ・ゲーを合わせても、12機しか残っていない。
「潮時か……全員退け!峡谷まで退くんだ!狭い峡谷なら時間を稼げる!」
大隊長の指揮の元、MS隊は後退を始めた。そして、その様子は司令部からも確認できた。
ローエングリンゲートのある峡谷の山頂は、すでにザフト軍のミサイル群で削られていた。
その峡谷の中にある司令部には、基地司令ただ一人が残っていた。
『司令官、申し訳ありませんがここまでです。MS隊……撤退します』
「大隊長……スマンな。こんな負け戦で」
『司令も脱出を……』
「部下を死に追いやって脱出か?笑わせるな」
『……後ほどお供します』
「フン、勝手にしろ……だが部下を巻き込むなよ?」
『心得ております、では……』
大隊長からの通信―二人にしか分からない会話はそこで終わった。
基地司令は最後に残ったエネルギー全てを使い、ザフトに一撃をくれてやるつもりだった。
そんな彼の元に、再び通信が入る。ゲンからの通信が……
『司令!』
「おお、青臭い大西洋連邦の士官殿か!……さっさと脱出しろ。敵は目の前だぞ」
『冗談じゃない!今行きますから脱出を!』
「……できんよ。部下を死なせておいて、自分だけ逃走か?後の手筈は副官に任せた。
お前も人の上に立つ者なら自覚しろ。部下を死なせておいて自分だけ逃げるような指揮官にはなるなよ」
『……しかし!』
「MS隊はまだ戦っている。彼らが戦っているうちは、逃げるわけにはいかんのだ。聞き分けてくれ」
『……!では、これより我々ファントムペインが……殿(しんがり)を務めさせていただきます』
「……ハハハッ!面白い!借りは作らんというわけだな!すまんな、小賢しい中尉殿……頼んだぞ」
『これより……残存のMS隊と合流します。司令、捕虜釈放の命令書を書いていただき、感謝します』
ゲンからの通信もそこで終わった。司令官は自嘲気味に呟く。一つの決意を秘めて―
「基地を放棄か……司令官としては無能の極みだが、それでも最後に……一撃をくれてやる」
- 335 :25/33:2005/12/27(火) 22:08:03 ID:???
- 「大勢は決したな」
マハムール基地司令、ヨヒアム・ラドルは満足げに呟いた。
彼の部隊の力ではなくミネルバのハイネ隊と増援のヒルダ隊の力ではあったが……
敵MS隊が撤退を始める様は、ローエングリンゲートの前に煮え湯を飲まされたラドルとしては―
「素晴らしい光景だ!はははッ!
ラドル隊に告ぐ!これよりローエングリンゲートに侵攻する。援護はもういい!
敵の撃破はミネルバの連中にやらせろ……宿願の、ローエングリンゲートの撃破をするぞ!」
当初の予定と異なり、ローエングリンは一射目以降を発射しなかった。
故に、ミネルバのMS隊は敵MSの撃破にのみ集中し、ラドル隊が遠方から彼らを援護していた。
そして、同時にローエングリンのある峡谷山頂部にもミサイルの雨を降らせていたが……
ようやく、打倒の見通しが立ったことで、ラドルは自隊の全部を峡谷内に進軍させた。
その光景はローエングリンの基地司令部からも見て取れた。
ガルナハン基地司令は冷笑を浮かべ、敵将の迂闊さを眺めていた。
「無能な将を持つと部下は気の毒だな。折角の勝ち戦で命を散らすことになる。私も人のことは言えんが」
彼はゆっくりとローエングリンの照準を、迫るレセップス級に合わせた。そして―
「ゲートより高熱源反応!これは……ローエングリンです!!」
「馬鹿な!?あれはもう撃てない筈ではないのか!!かっ、回避だ!回避ー!!」
ラドルの叫びもむなしく、ローエングリンの刃は僚艦のレセップス級を穿った。
今しがた勝利を確信していたラドルは、青ざめた顔でその光景をただ見入るだけだった。
そんな一連の様子を、セイバーを駆るアスラン・ザラは罵っていた。本来他人を罵ったりはしない彼だが―
「馬鹿な!何故ラドル隊長は旗艦をと僚艦を敵の射程圏内に入れたんだ!まだ戦闘は終わってないぞ!」
彼ほど温厚な男が怒りをあらわにするのだ。
ローエングリンは撃つ気配がそれまでなかったとはいえ、最も警戒すべき兵器であることに変わりはない。
「クソッ!ローエングリンを……仕留める!!」
敵MS隊の掃討に力を注いでいた彼は、踵を返しローエングリンまで飛んだ。
すぐさま彼の砲台に迫り、フォルティス・アルムフォタスの両ビーム兵器をローエングリンに突きつける。
その光景は司令部からも容易に確認できた。
「来たか……ザフトの。お前が私の死か……やってくれ」
セイバーの放つ閃光に穿たれたローエングリンは、その誘爆で司令部もろとも紅蓮の炎に包み込んだ。
- 336 :25/33:2005/12/27(火) 22:09:03 ID:???
- 司令部からの通信が途絶えたことで、MS隊にもその異変は伝わった。峡谷で応戦するMS隊だが……
更に数は減り、MS7機とMAザムザの計8機しか残っていなかった。大隊長も、限界を悟った。
撤退しようにも撤退する術がない。投降という手段もあったが、乱戦状態では降伏することすらできない。
せめて部下だけは逃がしたいという思いはあったが、それも難しい……
「万事休す……か」
だが、その時―迫っていた敵MSに異変が起きる。
ハイネが指揮する空戦MS部隊に、さらにその上空から無数のビームの雨が降り注いだのだ。
「何だ!?新手か!?」
慌てて動きを止めるハイネ隊―だが、モニターに新たな敵の存在は記録されていない。
訝しがるハイネ―だが、彼には嘗て見えざる敵との戦闘経験があり、その答えに行き着いた。
「まさか……ミラージュコロイド状態での狙撃か!?
全機峡谷から離れろ!密集するな!ヤツがいる!黒いストライクが……ヤツが俺たちを狙っているぞ!
各機、ツーマンで背中合わせ、動きつつ守備体勢を取れ!警戒しつつ、それでも動きを止めるなよ!!」
『隊長、ご無事ですか!?』
「中尉!お前だったのか!」
『敵は動揺しています!今なら脱出できます!
早く基地まで移動してください!俺たちの乗ってきた巡航機がいます!』
「助かった!全機基地まで急げ!」
ゲンの声に、大隊長は喚起の声を上げる。これで部下達の命は助かる―次々と離脱するダガーL……
だが、そんな光景は攻めるザフトにも容易に視認できた。
『ハイネ隊長!奴等逃げますぜ!?』
「分かってる!だが逃げる敵を撃つな!ヤツがいるんだ!その隙に撃たれちまう!」
『くそっ……それにしても、なんでストライクのヤツは今頃になってミラージュコロイドを使い出したんだ!
どうせなら、この間のインド洋での戦いで使えば良かった筈でしょう!?』
「大方……高温多湿のインド洋じゃあ、コロイドの視認値が上がっちまうから使えなかったんだろう」
ハイネは、ショーンとゲイル―二人の古参の部下からの問いかけに答える。彼の推測は当たっていた。
コロイドは所詮粒子である。水中でコロイドが使えないのと同様に、高温多湿帯では使用が制限される。
この地に来て、初めてゲンのストライクは本来の狙撃手としての能力を発揮していた。
しかし、一向に次の攻撃をしてこないストライクに、ハイネは相手の心中を慮った。
「味方を……逃がす気か。味な真似を……やってくれるぜ」
だが、最後に一機のダガーLとMAだけがその場に残っていた。
やがて、このガルナハンローエングリンゲートを巡る、最後の攻防の幕が開ける―
- 337 :27/33:2005/12/27(火) 22:10:10 ID:???
- 最後に残ったのは、大隊長の乗るダガーLとMAゲルズ・ゲーのみ……
3人が乗り込んでいるゲルズ・ゲーのパイロットのうち一人から、大隊長機に通信が入る。
『逃げないんですか、隊長?』
「……お前らこそ、なぜ逃げない?」
『このデカ物は足が遅すぎる。逃げるには向きませんぜ?おまけに巡航機にも詰め込めませんから』
「俺は逃げん……覚悟は出来ているのか?」
『当然です、あとの二人も同じですよ。せめて最後に……ユーラシア軍人の意地を見せてやりますよ』
一つ、大きくため息をつき……やがて、大隊長はゲンに通信を繋いだ。
「聞いての通りだ、中尉……君も撤退しろ」
『……今ならまだ逃げられます!機体なんて捨てちまえばいいでしょう!?』
「今撤退すれば、巡航機が敵に追われることになる。部下も乗る機体だから、それは避けたい。
君のMSストライクならば、脱出する巡航機の力になれる。だから、君が彼らを護ってくれ」
『そんな……!』
「今日までの戦いで、20名以上の部下を失ってきた。
だから、今生き残っている部下は、確実に逃がしてやりたいんだ。そのために……協力してくれるな?」
『………』
「頼むぜ、青臭い士官殿」
『……行きます』
ゆっくりと……ハイネ達に悟られぬよう、ゲンは踵を返した。
それを見て取った大隊長とゲルズ・ゲーのパイロットたちは、最後の戦いを始めた。
『俺たちも、行きますか』
「ああ、最後の戦いだ……健闘を」
『お互いに……ね』
突如、猛然とゲルズ・ゲーが起動する。そして、地上部隊のヒルダの駆るドム・トルーパーに組み付く。
同時に、陽電子リフレクターを稼働させ、一気に潰しに掛かる。ゲルズ・ゲーのパイロットは吼えた―
「さあ!ザフトのクソ虫ども!戦闘再開だ……始めるぞ!」
「誰がクソ虫だい!?」
「お前だよ、クソ女!ザフトは人手不足のようだな!女子供まで戦場に借り出すとはなあ!!」
「……ッ!言ったな!後悔させてやる!」
接触回線で互いの声が聞こえ、ゲルズ・ゲーのパイロットの声にヒルダも反応する。
ドムもまた、スクリーミングニンバスを展開し、互いにビームの干渉波を散らしながら潰しあった。
バッテリー機体ながら、重量級MAであるゲルズ・ゲーと核エンジン搭載のドム・トルーパー……
拮抗する両者の力は、周囲にビームの干渉波を撒き散らし、その光景に皆が慄然とする。
そして、そのゲルズ・ゲーの向こうから一機のMS―ダガーLが跳躍する。それに乗る大隊長が叫ぶ―
「我々ユーラシア軍人の意地を見ろッ!!」
- 338 :28/33:2005/12/27(火) 22:10:58 ID:???
- ゲルズ・ゲーとドムの均衡が破れる―
背後から躍り出たダガーLはビームサーベルをドムに突き立てた。
ドム・トルーパーの黒い巨体の胸部を、大隊長の駆るダガーのサーベルが貫く―
「ヒルダ隊長おッ!!!」
ドムの背後にいたインパルスを駆るマユが絶叫する。
ヒルダの愛機ドムは、スクリーミングニンバスの展開を止め、その場にズンッと音を立てて倒れこんだ。
「よくも……!よくも隊長を!!」
マユには、力なく倒れこむドムを目の当たりにし、ヒルダが死んでしまったように思われた。
怒りが少女を支配する―インパルスは手に持つ長槍デファイアントジャベリンをダガーLに突き立てた―
その動きに、ドムの両脇にいたザクを駆るルナマリアとレイも呼応するかのようにヒートホークを引き抜く。
そして、いまだ健在のゲルズ・ゲーに最後の一撃を見舞った。
峡谷での戦闘は終わりを告げた。敵の姿は既に遠く、ストライクもその姿を消している。
ハイネ隊は周囲に警戒しつつ、ドムの回収を始めようとしたが……
マユがまっ先にインパルスを駆け下り、ドムの元へ向かった。
「隊長!ヒルダ隊長!」
叫びながらドムのコクピットのハッチを強制解放する。
周囲にビームの粒子が散っていたため、ロックの取っ手部分からパイロットスーツ越しに熱が伝わる。
が、マユはそれに構わず、ヒルダを救うべく、ハッチを開いた。
「隊長!」
「ああ……マユかい?やられちまったよ……」
「い、今助けますから!」
力ない声ではあったが、ヒルダは生きていた。
マユが見たところ、取り立てて外傷があるわけでもなく、致命傷を負ってるようには見えなかった。
「そんなに情けない声をあげないでおくれ。怪我は大したことはないみたいだ」
「何処を……やられたんですか?」
「右脚……かな。潰れちゃいないようだけど、骨はイッちゃったみたいだ」
「ごめんなさい……私が、もっと早く敵の動きに反応していれば……」
「仕方ないさ。黒いストライクがどこから狙ってくるか分からなかったからね。それよりマーズは何処?
あの馬鹿……自分の隊長がやられたってのに、顔も出さないなんて。薄情な部下だねぇ……」
ヒルダは、ストライクの狙撃を警戒し反応が遅れたマユたちを攻めなかった。
もっとも、変わりに姿の見えない部下を訝しがっていたが……その言葉にマユもマーズの姿を探す。
だが、周囲にはハイネ隊しかおらず、マーズの駆るバビの姿は何処にも見えなかった。
- 339 :29/33:2005/12/27(火) 22:12:01 ID:???
- 基地MS隊が最後の戦闘を終えた頃―
スティング達の乗る大型巡航機は既に生き残りのMS隊を連れ、基地を飛び立っていた。
損傷の激しいダガーLは放棄せざるを得なかったが、パイロット6名とダガーL2機は乗せられた。
やがて、後から追いかけてきたフライングアーマーに乗ったストライクMk-Uと接触を果たす。
ストライクのコクピットにスティングからの通信が入る。
『……ゲン!無事か!?』
「ああ……だが、大隊長とゲルズ・ゲーのパイロット達は……」
『そうか……だが、感傷に浸ってる暇はないみたいだぜ。ゲンの後から敵影!
照合……ライブラリ該当機種有り!AMA-953……ザフトの新型MS、バビだ!低空から来るッ!』
「クソッ!こっちのバッテリーはもう残り少ない!クレイバズーカを用意してくれ!
スティングもカオスを出す準備をしてくれ!空中戦になる!巡航機に近づけさせるな!」
『へっ……!やっと出番か!準備はとっくに出来てるぜ!』
連戦による消耗で、既にストライクのバッテリーは限界に近づいていた。
それでも空中戦が出来るMSでなければ、迫り来る敵―空戦用MSバビに対応できない。
舌打ちしつつもゲンは対応策を練り、空戦の出来るストライクとカオス2機で応戦することを決めた。
「よくもヘルベルトとヒルダ隊長をやってくれたな!逃がしはしねえぜ!」
バビのコクピットで、逃げる敵の大型巡航機を追うパイロット―マーズ・シメオンは叫んだ。
先ほどミネルバに帰還したヘルベルトの乗るディンは損傷、ヒルダもドムを破壊され彼女も手傷を負った。
おめおめとこのまま引き下がれない―その想いが、単身での追撃戦に彼を駆り立てることとなった。
やがて、彼のバビのモニターに、逃げる巡航機の姿が映し出される―
「見つけた!二人の仇は……倍返しで返してもらうぞ!!」
ガルナハン撤退戦の最後の戦闘が始まる頃……ガルナハン基地に向かう機影が一機あった。
ザフトとの接触を避ける為、基地の北側からカスピ海経由で迂回路を取った戦闘機の姿が……
「ガルナハンコントロール!ガルナハンコントロール!
……依然応答なし……か。既に戦闘が……始まっているのか?」
戦闘機―ムラサメを駆る青年は、応答しない基地に訝しく思う。
だが、彼が向かっている基地が既に陥落しているとは彼は知る由もなかった。
それでも他に彼の行く当てはなかったし、ムラサメの燃料も残り少なくなっていた。
「……どの道、行くしかないね」
青年は覚悟を決め、基地の方向へ機首を向けた。
- 340 :30/33:2005/12/27(火) 22:13:29 ID:???
- ゲンの駆るストライクは、フライングアーマーごと巡航機のハッチに機体を滑り込ませる。
そして、彼は更にストライクにクレイバズーカを持たせ、再度出撃の準備を始める。
そんな彼に、アウルとステラが指示を請う。
『俺たちはどうすりゃいいの?』
『ステラも……どうすればいい?』
「巡航機からは出ないで……ハッチから応戦してくれ!」
『『了解』』
言うや否や、ゲンはスティングの駆るカオスと共に、巡航機から飛び出した。
「MSが出たか!」
その姿はマーズからも容易に視認出来た。彼はストライクとカオスの存在に狂喜した。
空中戦では、数の不利はあれど、圧倒的にバビの方に速度の利はあった。
経験豊富なマーズは、状況が決して自分に不利ではないことを確信した。
だが、突如彼の元に通信が入る。ヨヒアム・ラドルから―
『マーズ、聞こえるか?』
「ラドル司令……何の用だ?これから戦闘に入る。邪魔しないでくれ」
『邪魔をするつもりはないが、一つ命令がある。その巡航機は落とすな』
「……何だと?敵が乗ってるんだぞ!どういうつもりだ!?」
『ストライクとカオスがいるなら、無傷で確保したい。あるいはアビスもガイアもいるかもしれん。
アーモリーワンでの失態を、この機会で全て取戻せるやもしれんのだ」
「巡航機は沈めず、航行能力だけ殺げ……ってことか?」
『そうだ』
「……了解だ、クソッ!」
舌打ちしながらマーズはバビをMA形態にし、戦闘態勢に入る。
上官の勝手な都合に苛立つが、元をただせば奪われた3機のMSは全てザフトのもの。
ストライクを除けば、元はプラントの財産であり、ザフトの強力な戦力となる筈だったのだ。
「チッ……!やりゃあ良いんだろう?やってやるよ!!」
航行能力だけを殺ぐには、ブリッジを潰すしかない―マーズは、腹をくくり戦闘に没入していった。
丁度その頃、ムラサメのモニターからも大型巡航機が捉えられた。
「この反応は……赤道連合の巡航機?ニューデリーで聞いた……赤道連合の機体か」
ムラサメを駆る青年は訝しがったが、彼はこの時点で基地に異変があったことを確信する。
機体は北に向かう―赤道連合に戻るなら逆方向だからだ。青年は、最大戦速で、巡航機の方角に機首を向けた。
- 341 :31/33:2005/12/27(火) 22:14:37 ID:???
- ゲンとスティングは、マーズの駆るバビと戦闘に入った。
一段と速いスピードで、戦闘機のような形に変化した異形のMSが迫る―
「来やがったぜ、ゲン!」
「ああ……あのMSは変形した……MAかッ!!」
ストライクはクレイバズーカを、カオスはビームライフルを矢継ぎ早に放つ。
大型巡航機を落とされれば、彼らは脱出する術を失う―その先に待つのは投降か死か……
だが、決死の思いで応戦する2機を―必死に弾幕を張る二人を、マーズは嘲笑う。
「それで……応戦しているつもりか!笑わせるなよ!」
空中戦に特化したMAバビの空中でのスピードは、セイバーと比べてもそう劣るものではない。
彼は快足を飛ばし、あっさりとゲンとスティングの弾幕を回避する。狙いは、大型巡航機のみ―
「やらせるかよ!」
迅速なマーズの動きに、スティングは背部の機動兵装ポッドを切り離し、ドラグーンを起動させる。
しかし、その動きすらベテランのマーズには見切られていた。
「甘いなあぁッ!!」
突如バビはMS形態に変化し、左右に動き回りつつドラグーンのビームを回避する。
カオスの機体のデータは既にマーズも熟知していた。その性能の高さも、武装も、空戦能力も……
ポッドはバー二アを務める兵器―それが切り離され、機動力を殺がれたカオスをマーズは見逃さない。
カオスのビームを回避するや、バビのアルドール複相砲を起動させる。
膨大な光の束がカオスを襲う―
「……ッ!」
スティングは、辛うじてカオスのシールドで受けるが、シールドは砕けカオスは後方に弾き飛ばされる。
その姿に、マーズは冷笑を浮かべ追撃を試みるが……黒い機体が視界に入り、追撃を遮る。
クレイバズーカを抱えたストライクが、動きを止めたバビに襲い掛かった。ゲンが吼える―
「そこおッ!!!」
3発、4発とバズーカを放ち、そのうち一発がバビを捉えた―
頭部のモノアイが砕け、一時的にバビの視界は遮られたかに見えたが……
すぐさま予備のモノアイが稼働し、砕けたモノアイの変わりにバビの"眼"が復活する。マーズは嘲笑した―
「散弾ではなあッ!!!」
クレイバズーカは所詮実弾であり、その上散弾である。ピンポイントで相手の急所を捉えねばならない。
ゲンは、敵のメインカメラを砕こうと試み散弾で捉えはしたが、新型のバビはその弱点すら克服していた。
- 342 :32/33:2005/12/27(火) 22:15:34 ID:???
- ストライクとバビの攻守が交代する。
マーズは、バビのビームライフルを構え、ストライクを落としに掛かる。
ストライクが先に攻撃したのと同様に、4、5発を纏めて打ち込み、一発がストライクのバズーカが砕ける。
飛び道具を失ったゲンには、もはやなす術がなかった。
「残念だったな!」
しかし、マーズはストライクに追撃を見舞わず、機動力を生かし大型巡航機に迫る―
彼の目的は、あくまで無傷で奪われたMSとストライクを捕縛すること……マーズは己が任務を遂行した。
ファントムペインの最後の砦は、巡航機のハッチから応戦していたアウルとステラだけであった。
「来たぜ!」
「……うん!」
アウルはアビスの胸部にあるビーム砲カリドゥスを、ステラはガイアのライフルを放ち弾幕を張るが……
マーズのバビは、低空から回り込むように大型巡航機を通り過ぎる。
ハッチからは下部は死角になるため、二人は攻撃を阻まれた。
そして巡航機の前面に飛び出したバビは、巡航機のコクピットに狙いを定める―
「ブリッジだけを潰せば……機体は!」
ストライクとカオスを振り切り、最後の砦のアビスとガイアの攻撃も届かぬところにバビはいた。
ファントムペインのパイロット達全員が、最早なす術のない状態にまでマーズは追い込んでいた。
勝利を確信し、バビの左手に持っていた航空ガンランチャーを構え、照準を取る―
「終わりだ!!」
だが、マーズの駆るバビの背後から―
突如として一機の戦闘機が向かってくる―
その戦闘機―ムラサメを駆る青年は、マーズの動きを見て取り、叫んだ―
「させるかああッッ!!!」
戦場にいた誰もが我が目を疑う―
突如として現れた戦闘機がMSに変形し、ビームサーベルでバビの両の手を切り裂く―
更に、返す刀でバビの背面にあるバーニアの一部も両断してみせる―
自分が何をされたかも分からず、マーズは飛行能力が大幅に低下したバビのコクピットで叫んだ。
「馬鹿な!?こいつは……オーブのムラサメ!?クソッ、出力がでない……離脱するしかないのか!!」
降下して行くバビを何とか低空で持ちこたえさせるのが精一杯―マーズは戦場から離脱する他なかった。
- 343 :33/33:2005/12/27(火) 22:19:34 ID:???
- ゲンはストライクのコクピットで、スティングはカオスのコクピットで―
突然現れた戦闘機が変形し、バビを切り裂いたのを確認していた。
スティングは、今だその光景が信じられないという風に、呟いた。
「戦闘機がMSに変形して……敵のMSを倒したのか?」
ゲンもその光景は信じがたいものだったが、その戦闘機がオーブのムラサメであったことに驚いていた。
「ムラサメ……オーブもユーラシアに派兵したのか」
二人が、それぞれの言葉で状況を察したとき―
ストライクとカオスのコクピットに、一人の青年の声が響き渡る。
『大丈夫ですか?』
軍人とは思えないほど優しげな声で、相手はゲンとスティングに声を掛けてきた。
戸惑う二人―だが、スティングが困惑しつつも応える。
「あ、ああ。お陰さまで助かったぜ。ところで、アンタどこの部隊の人間だ?」
『あ……まだ名乗ってなかったですね、ごめんなさい。』
青年は詫びる必要もないのに、咎められてもいない非礼を詫び、所属を名乗った。
『ボク……じゃなかった、自分はオーブ軍第一機動艦隊旗艦タケミカヅチ所属―』
オーブ― タケミカヅチ― その言葉にゲンも聞き入る―
『馬場隊ムラサメ5番機に搭乗している……キラ・ヤマト三尉です。巡航機に着艦の許可を―』
後の言葉はゲンには聞こえなかった。ただ、彼はストライクの操縦桿を握り締め、心の中で叫ぶ―
(戦場に……戻ってきたのか、キラ・ヤマト!)
名乗った直後、キラもまたストライクの姿を見つけ、ムラサメの操縦桿を握り締める―
嘗て自分が駆り、アークエンジェルと共に戦場を駆け抜けた愛機と同じ外観を持つ機体―
ただ、その機体と嘗ての愛機との相違は、その機体が漆黒に染め上げられていることであった。
そして、その姿を間近に見たとき、キラもゲン同様に叫んでいた。
「あれは……まさか……ストライク?……Mk-Uかッ!?」
西に真紅の夕陽が沈みかける―
そんな中、白いムラサメと黒いストライクは対照的に陽の光に染まっていた。
キラ・ヤマトとゲン・アクサニス―
光と影が交わるとき、大いなる運命の扉は開かれる―
ガルナハンローエングリンゲートを巡る攻防戦……それは更なる激戦への間奏曲―