- 26 :1/24:2006/01/05(木) 05:01:38 ID:???
- 赤道連合管轄下アンダマン基地に停泊するJ・Pジョーンズの艦内―
薄暗い司令官室で、ネオ・ロアノーク大佐はモニター越しに一人の男と対峙していた。
「……ミネルバのデータはご覧になったでしょう?現有戦力だけではとても彼らを落とせない。
どうあってもあの艦を撃沈せよと仰るなら……増援が欲しい。かなり大規模な戦力を……ね」
いつもは指揮官然とせず、会話にもどこか洒落っ気を絶やさないネオであったが……
このときの彼は、完全に指揮官の顔であり真剣そのもの。仮面で表情は分からないが……
相手に対し、一歩も退かない構えで、増援を要請していた。
モニター越しの相手は、ため息をつきつつ、それでも彼の要請に応える。
『開口一番それか……分かっているよ。そのために今日は連絡をした』
「……で、どこの部隊が増援に?ハッキリ言って、足手纏いになる連中では困ります」
有無を言わさぬ口調で、ネオは問いただしに掛かった。
中途半端な戦力を送ろうものなら、突っぱねてやろうと言わんばかりに強い口調―
それを見た相手は少し顔をしかめたが、敢えて咎めることなく話し始めた。
『まずは、大西洋連邦からの増援だ。太平洋艦隊のあるハワイ基地から三個小隊を送る。
腕は……ファントムペインのパイロット達には遠く及ばないが、彼らを合わせれば……
ちょうど一個中隊規模の戦力にはなる。使い方は……君に任せる』
「……それだけ?」
『大西洋連邦からは、それだけだ。彼らも本国の防衛とユーラシア連邦への援護に必死だ。
君の部隊にばかり集中して部隊を送ることなどできんよ。これ以上は……な』
「……他の国からは?」
『……オーブから、ユウナ・ロマ・セイラン少将率いる第一機動艦隊が明朝出航する。
空母一隻、護衛艦艇四隻……MSの戦力は新型のムラサメと、改良されたM1アストレイだ』
その言葉にネオは瞠目する。意外な国からの、余りに大規模な増援に―何より、あの国には……
「オーブを?まさか、盟主……彼を使うと仰るのですか?」
『ああ、彼を……キラ・ヤマトを……な』
盟主と呼ばれた男―ロード・ジブリールは、先ほどまでとは違い何やら楽しげな表情に変わる。
これから起きること全てが楽しみで仕方がない―という風に口元を歪めていた。
- 27 :2/24:2006/01/05(木) 05:02:42 ID:???
- 前日、ガルナハン基地からの脱出に成功したファントムペイン。
彼らは脱出後、ユーラシア連邦カザフスタン共和国の特別区バイコヌールに向かった。
ユーラシア連邦軍管轄バイコヌール基地―
カザフスタン共和国領であるが、この基地は古くから宇宙基地として活躍していた。
世界初の人工衛星スプートニクや、世界初の有人宇宙船ボストークが打ち上げられた地―
歴史ある基地はコズミックイラ73年現在も、ユーラシア連邦の宇宙基地として今だ健在であった。
また宇宙基地であるだけでなく、巨大軍事施設を置くユーラシア連邦の一台橋頭堡でもある。
ネオとジブリールの通信から数時間後……
ゲン・アクサニスはこの基地の通信施設で、上官ネオ・ロアノークからの連絡を待つ身であった。
やがてユーラシア連邦の通信兵がゲンに、J・Pジョーンズからの回線が繋がったことを知らせる。
頷きつつ、ゲンは目の前のモニターを凝視する。やがて、上官の顔が映し出された。
『よお!ガルナハンでは大変だったらしいな?いつもながら、ご苦労さんだ』
「……大変どころの騒ぎじゃありませんでしたよ、大佐」
開口一番―ネオはいつもの口調でゲンの労をねぎらった。
先ほどとのジブリールとの会合が嘘のような、酷く明るい口調で部下に話しかける。
そんな上官にゲンは些か呆れつつも、心のどこかである種の安堵感を覚えていた。
前日のガルナハン基地からの撤退……
ローエングリンゲートを破られたユーラシア連邦軍と共に、ファントムペインは撤退戦を始めた。
そんな中、彼らファントムペインはガルナハン基地から最後に撤退する役目―殿を務めていた。
マーズ・シメオンの駆るバビからの追撃を受け、あわやというところまで追い詰められもした。
一連の経過は既に報告書として纏めたデータで、遠く離れたJ・Pジョーンズまで転送したが……
それでも、その苦労は事務的な報告書で言い表せるものではない。
生きて再び上官の顔を見ることが出来たことに、ゲンは少々ホッとしていた。
『報告書は読ませてもらったよ、苦労のお詫びに……何れ休暇をやるよ』
「……休暇をくれるのは嬉しいですけど、それよりも何故アイツがガルナハンに来たんですか?」
『アイツ?ああ……彼か』
「彼か……じゃないですよ。寸でのところで助けられはしましたけどね。
けど、なんでアイツが先遣部隊として俺たちの元に来るんです?そんな話、聞いてないですよ」
- 28 :3/24:2006/01/05(木) 05:03:39 ID:???
- 彼―ゲンとネオの会話に上ったのは、キラ・ヤマトのことである。
オーブから先遣隊として送られた彼は、幸運にもゲン達ファントムペインの危機に現れる。
そしてムラサメを駆り、敵MSバビを撃破―余りにも颯爽とした登場は、同時に不自然でもあった。
何故、キラ・ヤマトがあのタイミングで、あの場所に居たのか……それをゲンは問いただした。
『そりゃあ、お前……偶然だよ、偶然』
「なら、その偶然……ってヤツを説明してくださいよ」
『……ったく、分かったよ。一部始終説明してやるから、よく聞け』
部下に請われ、ネオはキラがガルナハンに赴くことになった一部始終を説明し始めた。
ゲン達がガルナハンに発った日、ジブリールの手配でオーブが増援に来ることになった。
表向きはユーラシア連邦での対ザフト戦のための派兵だが、実際はファントムペインの増援―
つまり、ミネルバと戦う上での戦力として、オーブが軍を派遣することになったのだ。
だが、ここで派遣軍の指揮官―ユウナ・ロマ・セイラン少将は意外な行動に出た。
ジブリールからの要請に際し、先行するファントムペインの行動の詳細を聞き出していたのだ。
ゲン達ファントムペインのMS小隊がガルナハンに向かったと聞くや、彼は行動に出た。
即ち、前線の偵察と索敵行動と称し、先遣隊を派遣―その任にキラ・ヤマトを選んだ。
『ま、お前等は彼に助けられたというよりも……セイラン少将に助けられたわけだ』
「……あのボンボンが、そんなことを……」
「こらこら。仮にも増援部隊の司令官様だし、将軍様でもある。迂闊なこと言うなよ」
上官の窘める言葉は既にゲンの耳に届いてはいなかった。ゲンはユウナのことを考えていた。
ユウナ・ロマ・セイラン―オーブ五大首長の一つ、セイラン家を預かるウナト・エマ・セイランの子。
ゲンはユウナと面識があった。オーブでのラクス・クライン誘拐に際し、彼からも協力を得ていた。
無論、相応の対価も支払いはしたが……その際、ゲンとユウナは諮らずも邂逅を果たしていた。
そのときのユウナとのやり取りを思い浮かべていたが……
ゲンには、良家のボンボンにしか見えなかった彼に、そんな先見の明があるとは思わなかった。
諮らずも先遣隊のキラに助けられたことで、ゲンはユウナに心の中で感謝していた。
疑問は氷解したが、それで仕事が終わったわけではない。彼は次の任務を上官に尋ねた。
「で、俺たちはこれからどうすれば良いんです?」
『ああ、取り敢えずは……しばらくそこにいてくれ。赤道連合の巡航機は帰して構わん。今……
お前等とMSを乗せるための輸送機を手配しているところだ。あとでまた連絡する。少し休め』
- 29 :4/24:2006/01/05(木) 05:04:36 ID:???
- ネオから下された命令は待機命令であった。
即ち、J・Pジョーンズとオーブの第一機動艦隊がスエズ運河を越えユーラシアに来るまでの間―
母艦となる艦隊の寄港基地が何処になるかも今だ分からず、手配するのにも数日掛かる。
また、ゲン達の乗るMSと合流するための手筈も整えなければならなかった。
それらが決まるまでの間、ゲン達はバイコヌール基地で待機……という訳だ。
「助かった……これで少しは休めるな」
ネオとの通信が終わった後、ゲンは誰に言うともなく呟いた。
前日の撤退戦から今の今まで、彼は一睡もしておらず、また休みもしていなかった。
ファントムペインのMS小隊の指揮官はゲンであったため、基地に着いてから今まで……
破損したMSの修理の手配、武器弾薬の手配、MSを収納する格納庫の手配エトセトラ……
あらゆる雑務をこなさねばならず、また上官にこれから先の指示を乞わねばならなかった。
故に、今の今まで彼は働きづめであった。
「う……ね、眠い」
連戦の疲れもあり、ここに来てタフなゲンにも疲労が蓄積されていた。
バイコヌール基地の司令官から宛がわれた仮の兵舎に向かうべく、彼は通信棟を後にした。
ユーラシア連邦軍の撤退戦で活躍し、また殿という大役を務めたファントムペイン―
彼らはバイコヌール基地から暖かく迎え入れられた。殿とは撤退戦に際し最も危険な任務である。
逃げる敵を追う勢力とは、いつの時代も勝ち戦の余勢を駆り、波に乗っているもの……
そんな敵との戦いは必然的に危険度が増すし、一番死傷者を出しやすい任務であった。
重責を果たした彼らは、ユーラシア軍の使う兵舎を優先的に宛がわれ、休むことが出来た。
時刻は昼を過ぎたところであった―
ゲンも、バイコヌール基地に着いてからも、時間を見つけて軽食は取っていたが流石に腹も減る。
とりあえず、宛がわれた部屋に戻り、食事をしてからシャワーを浴びて眠ろう……
そんなことを考えつつ、彼は兵舎に歩を進めた。
やがて、ゲンは宛がわれた部屋の前まで来る―
が、部屋の中から声が聞こえる―アウルやスティングの声が。時折笑い声も混じっていた。
「何だ?あいつら、人の部屋で……何やってるんだ?」
部屋のキーは自分しか持っていない筈―訝しがりながらも、彼はカードキーを使い部屋に入った。
- 30 :5/24:2006/01/05(木) 05:05:33 ID:???
- ゲンが部屋に入ると、部屋の前で聞いた声の主であるアウルとスティングがいた。
「よお、お帰り」
「随分遅かったな。みんなもう飯食っちまったぞ?」
二人は手にトランプを持ち、床に座りながらゲンを見上げる。
まずアウルが労をねぎらい、次にスティングが昼食を済ませたことを告げた。
だが、ゲンが二人から視線を外すともう一人の人影が見えた。その人影を追い、顔を確認する。
ステラではなく、男―それも、自分達とは違う軍服を着た青年が、にこやかにこちらを見る。
「……おかえりなさい」
微笑みながら青年が―オーブ軍の軍服を未に纏ったキラ・ヤマトが労をねぎらった。
「……え?」
ゲンは訳が分からず、またその場にキラが何の違和感もなく溶け込んでいることに唖然とした。
見れば、キラの手にはアウルやスティング同様、トランプのカードが握られている。
だが、問題はそれではない。何故、キラ・ヤマトがゲンの部屋にいるのか―である。
ゲンは彼―キラを問いただす。
「……何で、お前がここにいる?」
「しょうがないじゃん。キラはゲンと相部屋になっているから。昨日からだけど、知らなかった?」
キラではなく、代わりにアウルが応じる。
基地から宛がわれた部屋割りでは、キラもファントムペインの一員と見なされた。
アウルとスティングはガーティー・ルーでもJ・Pジョーンズでも相部屋であったが……
今回は、これまで一人部屋だったゲンと、新たに来たキラとが相部屋にされてしまったらしい。
ユーラシア連邦から見れば、キラもゲン達同様他国からの増援だったので一緒に扱われたのだ。
「……そ、そうだったのか。とりあえず食事にいってく……る!?」
とりあえず食事に行くと言い、部屋を出かけたとき……彼は予想外のものを発見した。
相部屋であることが漸く分かったが、よく室内を見れば二つある部屋のベッドに人が居たのだ。
ファントムペインの紅一点であるステラ・ルーシェが、彼の荷物の置いてあるベッドで寝ていた。
ゲンの荷物はバッグ一つしかないが、それを抱えたまま寝入っている。
- 31 :6/24:2006/01/05(木) 05:06:32 ID:???
- その光景に困惑しながらも、ゲンは再度室内の人間に問いただした。
「何で……俺の荷物を抱えて、ステラが寝ているんだ?」
「ああ、お前の荷物をさっきステラが運んできたんだが……ご覧の通り寝ちまった。
大方、疲れていたのと昼飯食って腹一杯になったんで、お昼寝してるんだろ。邪魔するなよ」
今度はスティングが応える。だが、理由が分かってもゲンの困惑は消えない。
帰って休もうと思っていた部屋にはキラ・ヤマトが居て、更には自分のベッドでステラが寝ている。
アウルとスティングはキラと一緒にカードゲームに興じている……状況は大体把握は出来た。
しかし、ゲンは何だか自分の知らない世界に入り込んだような気がして、面食らっていた。
「……と、とりあえず飯食ってくる」
「あ、疲れてるんでしょう?なら……ボクが買って来るよ」
(……何だと?)
ゲンは驚愕した。突然、何を言い出すのかと思えば、キラがゲンの昼飯を買ってくるという。
キラが自分に気を使ってくれていることは分かったが、唐突な申し出に逡巡してしまう。
戸惑うゲンを他所に、スティングがトランプのカードを放棄し、サッと立ち上がる。そして言った―
「いえ、自分が行きます。キラ先輩のお手を煩わせることじゃありません。ゲン、何がいい?」
「あ、ああ……適当に選んでくれ」
「OK。パンとか適当に見繕ってくる」
何故かスティングがキラの代わりに買出しに出かけると言う。
だが、その前にスティングは何か言っていた―あまりに意外な単語を……
(今アイツなんて言った?……キラ……"先輩"だと?)
ゲンは言葉には出さずに、心の中でスティングが言った言葉を反芻していた。
彼には訳がわからなかった。いまだ嘗てスティングがそんな単語を発したことなどない。
これまでのことから、ゲンが言えることは一つ―彼を取り巻く周りの空気が明らかに違っている。
スティングの言葉といい、昨日までとはなにやら違う世界に迷い込んでしまった気分であった。
やがて、彼はそんな世界に戸惑いつつ、今度は口に出して状況を推し量ろうとした。
「スティングがキラ"先輩"……だと?一体、何がどうなってるんだ?」
- 32 :7/24:2006/01/05(木) 05:07:29 ID:???
- 周囲の変化に戸惑いながら、またスティングの言葉に驚いているゲン―
そんな彼を察したのか、アウルが口を開き状況を説明し始めた。
「ああ、スティングのこと?確か昨日からだっけ、キラ"先輩"とか言い始めたのは。
ほら……前々から、ゲンがキラのことを軽く紹介してたじゃん。ええっと……確か……
"俺の前にストライクに乗っていたパイロットが、キラ・ヤマトだ"って言ったじゃない?
出会ってから、スティングはキラにゾッコンラブってヤツ?いろいろと世話を焼いてさあ……」
ファントムペインの危機を救ったキラは、ムラサメとともにゲン達の乗る大型巡航機に着艦した。
ゲンはキラに無線で礼を述べた後、すぐに巡航機のブリッジに上がり状況把握に努めていた。
ブリッジに上がってからはレーダー監視をしつつ、バイコヌール基地に着くまでずっとそこにいた。
基地に着いてからは、先述の通りファントムペインのMS隊長としての雑務の連続……
今部屋に帰ってきたこのときまで、キラと顔を合わせることすらなかったのだ。
それまでの間、スティング・オークレーがゲンに代わりキラ・ヤマトとの応対役を務めていた。
アウルやスティングは、ゲンからキラが嘗てストライクを駆った歴戦の戦士だと教わっていた。
嘗てのストライクを駆ったパイロット……アークエンジェルとストライクの伝説は今も健在である。
たった一機のMSを駆り、ザフトのクルーゼ隊やバルトフェルド隊を向こうに回し戦った英雄。
パイロットの名前こそ公にされていなかったが、その伝説は連合兵の語り草にさえなっていた。
そんな英雄を目の前にして、アウルやスティングが興味を抱かないわけがなかった。
アウルは興味本位で接していたが、スティングはキラを尊敬と羨望の眼差しで見つめていた。
カオスを駆り戦う彼にしてみれば、強力なザフト軍を相手に一機で戦場を潜り抜けたキラは……
例えるならば、アイドル―つまり憧れの人として、キラと接するようになっていった。
やがて、スティングは喜色満面でキラの接待役へと変貌したのだ。
「……ようするに、ゾッコンラブ。まさにこれだね」
自分で言ったことに対し、アウルは納得顔で話を締めくくった。
ゲンにも、何となくではあるがスティングがキラに対し敬語を使い出した理由は分かった。
だが、彼にはアウルのその言葉が気色悪く聞こえた。
「男同士で……何言ってるんだ」
……ったく、ホモじゃあるまいに―
心の中で呟きつつ、ゲンはシャワーを浴びに部屋に備え付けのシャワールームに脚を運んだ。
- 33 :8/24:2006/01/05(木) 05:08:24 ID:???
- ゲンがシャワールームに消えた後……キラは、アウルに耳打ちをしていた。
「ねえ、アウル。バイザーをかけてた彼が……隊長さん?」
「そそ。ゲン・アクサニス……階級は中尉、俺たちMS隊のリーダーだよ」
「そう……彼が……」
呟きながら、キラはバルトフェルドから聞いた言葉を思い出していた。
ラクスを帰して欲しければ戦場に戻れ―そう告げた人間は、バイザーを掛けた特殊部隊の人間。
ファントムペインのゲンが特殊部隊の人間であるか、確たる証拠があるわけではなかった。
それでも、平素からバイザー掛けている人間などそういるわけではない。
何か予感めいたものもあり、キラはゲンがその人物であろうと考えた。
一方のゲンも、シャワーを浴びながらキラのことを考えていた。
ゲンは予てからキラ・ヤマトという人間のことを、ジブリールから教えられていた。
嘗てストライクを駆った人物―だが、彼はその後連合に反旗を翻しラクスと共に三隻同盟に参加。
先の大戦で最強と謳われたフリーダムを駆り、連合・ザフトと戦い戦争を終結に導いたのがキラ―
その強さは、嘘か真か単騎で連合・ザフト両艦隊を翻弄するほどであったという。
そして、ジブリールはゲンにアクサニスという名を与えたが、それはキラと関係があるらしい。
アクス・ア・ニースという言葉―Anti
Killer Ultimate Seed And National Insane Secrets
また、キラが嘗て操縦したストライクの後継機―Mk-Uを自分が操っていること……
どうやらキラとは浅からぬ因縁があるのかもしれない―そんなことをゲンは考えていた。
そして、ふと一つの可能性が思い浮かぶ。
「アイツ……俺がラクスを攫ったって知ってて、わざわざここまで来たのか?」
口に出してみたものの、やはりそれはありえないことだと思いなおす。
ネオの話ではキラを派遣したのは指揮官のユウナらしいし、キラが独断で来る筈がなかった。
だが、キラが目の前に現れたタイミングの良さに対する不可解さは拭い去ることができなかった。
あるいはキラとユウナの間で何らかのやりとりがあったのか……
「ま、俺があれこれ考えても仕方ない……よな」
その言葉を最後にゲンはキラがゲン達の元に送られた経緯について詮索をするのをやめた。
どのように考えたところで、所詮それは推測の域を出ない話―本人に聞けば済む話なのだから。
- 34 :9/24:2006/01/05(木) 05:09:20 ID:???
- その後のことはゲンもよく覚えてはいない。
スティングが買ってきた軽食を取り、あとはキラのベッドを借り、泥のように眠ってしまった。
それから何時間たったのだろうか―
ゲンが起きたころには、すでに部屋の窓から日の光は差し込まず、外は闇に包まれていた。
また、眠った頃に居た筈のアウルやスティング、ステラの声も気配もまったく感じられなかった。
ゆっくりと見慣れぬ部屋を見渡すと、自分のベッドに人らしき物体が横たわっているのが見える。
おそらくはキラであろうが……腕時計を見ると時間は朝の4時を指しているところであった。
ゲンは、都合半日近く眠り続けていたことになる。
「さてと……どうするかな」
呟いた後、ゲンは寝ているキラを起こさぬようベッドから出、ゆっくりと普段着―軍服に着替える。
軽く体を動かしてみたが、疲労感はそこそこ抜けており、散歩がてら基地内を歩くことにした。
二度目の惰眠を貪るのも悪くはなかったが……どうも見慣れぬ人間が側にいると落ち着かない。
つまりは、ゲンは知らず知らずのうちにキラと一緒の部屋にいるのを避けていたのだ。
兵舎の階下には兵員用のラウンジがあり、そこは24時間明かりが点いている。
軍の基地であるから夜間警戒中の軍人もいるし、そういった兵員が休息を取るためのエリアだ。
兵舎に来たとき予めその場所をゲンは確認していたが、実際朝の4時にそこにいるのは彼一人。
自販機でコーヒーを購入し、まだ熱いコーヒーを手に取りラウンジの椅子に腰掛ける。
疲労が抜けたことで、ある程度脳の働きが良くなったゲンは、一昨日のことを思い出していた。
ガルナハン基地からの撤退―予め司令官も想定していた撤退とはいえ、犠牲は多く出た。
基地司令は戦死、MS隊は大隊長以下パイロット達の大多数も帰らぬ人となった。
ミネルバのMS部隊は以前より数が増えており、ユーラシア軍は敵ではなかった。
「……完敗だったな」
完敗―どう考えてもその一言に尽きた。
自軍の戦果を考えたが、基地の兵員とファントムペインが無傷で脱出できたことくらいが精々。
数の上ではユーラシア軍が勝っていたかもしれないが、ミネルバはそれを物ともしない。
連合はザフトに、ミネルバに勝てるのだろうか―?
新たに加わったオーブ軍の戦力を加味しようにも、当てになる戦力と呼べるものは見当たらない。
- 35 :10/24:2006/01/05(木) 05:10:29 ID:???
- だが、ゲンはそこまで考えて一人の人物に、思索が行き当たった。
「いや、一人いるな……」
強力なミネルバと戦う上で、ファントムペイン以外に強力な味方と言える人物の名を―
同時に、先ほどまで同じ部屋にいた人物の顔を思い浮かべるが、一抹の不安は残っていた。
それは、キラ・ヤマトのパイロットとしての資質というよりも、性格に対する不安……
ゲンの知るフリーダムの伝説は二つあった。
一つは、最強のMSとして一騎当千の力があることの伝説―
そして、もう一つは、敵に対し極力殺生を避けるという、「不殺のフリーダム」という伝説―
ストライクに乗っていたときのキラ・ヤマトがそんな戦い方をしていたとは、聞いた事がなかった。
つまり、キラが戦い方を変えたのは、フリーダムに乗って以降……ということになる。
ゲンには、キラが戦い方を変えた理由は分からなかったが、一つだけ確かなことがあった。
「甘い……甘すぎる」
相手に止めを刺さないということは、ゲンにとってはどう考えても異常なことであった。
相手を戦闘不能にすれば、確かにその敵との戦闘は終わるだろう。
だが、それはあくまでも一時的なものに過ぎない。
その時殺す機会を逸したことで、別の機会にその相手に殺される危険を孕む行為……
同時にそれは、相手を殺さなかった本人だけでなく、友軍に危難が及ぶ可能性も否定できない。
「ったく、何考えてるんだ……」
思えばガルナハン基地脱出の際も、バビの猛攻からキラはゲン達を救ってくれたが……
そのときも、相手を撃とうと思えば撃てたのに、相手を戦闘不能にしただけで、殺しはしなかった。
つまり、敵のパイロットは無事―ということは、別の機会にあの手ごわい敵と再び戦うことになる。
相手が投降しているのならまだしも……如何にキラの立場で考えようとしても、理解不能だった。
「分からないな……言えることはただ一つ。甘すぎるんだよ」
キラ・ヤマトのMSパイロットとしての資質は、ゲンと同等、あるいはそれ以上かもしれない。
ストライクとフリーダムを駆り先の大戦を潜り抜けたキャリアも、今のゲンのそれよりも上だろう。
だが、戦士としてはどうだろうかと考えたとき、キラの戦い方は大きなマイナスになる。
相手を殺さなければ、次の戦闘で自分や仲間に危険が及ぶに違いないのだ。
- 36 :11/24:2006/01/05(木) 05:11:24 ID:???
- ゲンがこれからの対ミネルバ戦で、当てになる戦力を探しては見たが……
結局キラは未知数であり、当てになる戦力ではないとの結論に達していた。
「……やっぱり、甘すぎるぜ」
「そんなに……甘い?」
「甘い、甘いよ……大甘だよ」
「なら、ブラックにすれば良かったのに……」
「……おいおい、誰がコーヒーの話をしてるんだよ?俺は……」
ゲンの独り言に反応する人物の声に釣られ、彼は後ろを振り返った。
相手と視線が交わる……一瞬の沈黙と共に、ゲンはこの場に居た堪れなくなった。
ラウンジには誰も居ないものと思い、勝手にこれからの戦闘のことに思いをめぐらしてはいた。
だが、そこに当の本人―キラ・ヤマトが、いつの間にかゲンの後で微笑んでいたのだ。
恥ずかしさでこの場から消えたくなったゲンだが、困惑しつつ相手を問いただす。
「何で……お前がここにいる?」
「……ああ、君が起きたのが分かったから、ボクも起きようと思って……」
「……いつからここに居た?」
「今ついたところだよ。甘い甘い……って君が言うから、ここのコーヒーそんなに甘いのかなって。
ボクはいつも砂糖入れる派だから、ここの自販機のコーヒーを、どうしようかって考えていたの。
でも、コーヒーのことじゃなかったんだね。ボクの早とちり……かな」
「……俺は無糖派だ」
「そっか。じゃあ、ボクは……やっぱり砂糖は入れようっと」
言いながら、キラは自販機に歩み寄り、コーヒーを購入する。砂糖入りのボタンを押しながら……
その様子を眺めながら、ゲンは眩暈がしそうになっていた。まさか、当の本人が後ろに居たとは―
自分の余りの間抜けぶりに、些か頭痛もしてきた。そんなゲンに、キラは微笑み言った。
「あ、言い忘れていたけど……隊長、おはようございます」
「……隊長って、俺のことか?」
「……え?だって、アウルに聞いたら君は中尉で……隊長をやっているって聞いたから」
「……けど、俺はお前の隊長じゃないぞ」
「でも、今は一緒にお世話になっている身だから。……ええっと、自分はオーブ軍―」
「……一昨日聞いたよ。それと隊長呼ばわりしなくていいし敬語も要らない、ゲンでいいよ」
「じゃあ……改めて……おはよう、ゲン」
「……お、おはよう」
- 37 :12/24:2006/01/05(木) 05:14:05 ID:???
- グッドモーニングがあるなら、今日は差し詰めバッドモーニングってヤツだな―
ゲンは、ニコニコしながら向かいの席に座り、コーヒーを美味しそうに飲む青年を見ながら思った。
キラ・ヤマト―彼の駆ったストライクもフリーダムも、戦場では鬼神の様な強さを誇ったと聞く。
だが、目の前にいる青年は、どう見ても気の良さそうな普通の青年に過ぎなかった。
そんな青年が、再びゲンに話しかける。ゲンの思いも寄らぬことを……
「ねえ、聞いてもいいかな?」
「……どうぞ」
「ラクスを攫ったのは……君?」
「……ッ!!」
キラの単刀直入過ぎる問いかけに、ゲンは唖然として声も出なかった。
会ってからほとんど時間も経っていないのに、まるで全て知っているかのような問いかけ……
この男―キラ・ヤマトという人物は何もかも知っていて自分の前に現れたのではないか―?
先ほどいつの間にか自分の後に居たことと相まって、ゲンにはそんな考えさえ頭に浮かんだ。
だが、問題はこの問いに如何に答えるかである。顔の色を失った自分をキラが見逃しはすまい。
ここまで単刀直入に聞いてくるということは、彼にはある程度の確証があるのだ。
嘘をついたところで、結果的にそれは認めたことと同じ……諦め半分、ゲンは正直に答えた。
「……ああ、そうだ。彼女を……ラクス・クラインを攫ったのは俺だよ」
「……そう……なんだ」
責めるでもなく、憤るでもなく、嘆くでもなく……ただキラは短く言葉を発した。
意外な大人しさにゲンも内心拍子抜けしてしまったが、それから暫く気まずい沈黙が流れる。
誘拐犯とその被害者の親しい関係者……なんとも穏やかならぬ関係なのが、ゲンとキラである。
再びこの場に居た堪れない雰囲気になり、ゲンは途方にくれていたが、再びキラが話し始める。
「バルトフェルドさんから聞いたよ。ラクスを攫ったのはバイザーを掛けた青年……
ラクスを帰して欲しければ戦場に戻れ……ボクにそう伝えろって、君は言ったんでしょう?
だから、ボクはこうしてオーブ軍に入隊して、戦場に戻った。ラクスは……元気かな?」
「さあな。盟主はどういうつもりでラクスを攫って来いって命令したのか、俺にも分からない。
が、殺すつもりなら俺には誘拐ではなく、暗殺命令が来ていた筈だ。気休めかもしれないが……
あの歌姫が大人しくしている限りは、盟主は彼女を傷つけたり殺したりはしない筈だ」
ゲンにもジブリールの本心は分からなかったが、状況から推察できる限りで楽観論を述べた。
そんなゲンの言葉に、キラは苦笑いをした。キラには気休めになったのだろうか……
- 38 :13/24:2006/01/05(木) 05:15:08 ID:???
- だが、キラの話を聞いていたゲンは、一つの疑問が頭に浮かんでいた。
キラはラクス誘拐事件を機にオーブ軍に入隊したと言ったが、その経緯がよく分からない。
それに、キラがゲンの言葉に素直に従い戦場に戻ったことも解せなかった。
不殺のフリーダムのパイロットが、素直に戦場に戻るなどと……
不可解さが頭をもたげ、ゲンは問いたださざるを得なくなった。
「……戦場に戻れと言ったのは、正確には俺じゃなくて盟主だ。どういうつもりかは分からないが。
けど、随分素直に従ったな。お前……フリーダムに乗ってたんだろ?あの伝説のフリーダムに。
最強にして、不殺を信条とするのがフリーダムのパイロットなら……何故素直に戦場に戻る?」
「……素直に従ったわけじゃないよ。それ以外に、やりようがなかったから……」
あの日―
ゲンがラクスを攫い、アウルがヨップ・フォン・アラファス以下ザフトの特殊部隊を葬り去った日……
夜が明けると、前日セイラン邸に泊まっていたキラはユウナと共に変わり果てた我が家に戻った。
間借りしていたアスハ家の別宅は半壊しており、近くの海岸にアッシュの残骸が転がっていた。
バルトフェルドとマリューは無事だったが、ラクスは連合の特殊部隊に連れ去られていたという。
最初は状況の呑み込めず、ただ呆然としていたキラに、バルトフェルドが言った。
「全てを知っているのは、お前の隣にいる男―ユウナ・ロマ・セイランだ。
俺はね、長年軍人をやってきたからわかるが、どんな戦場でも偶然が重なることはそうはない。
精々重なるのは2つまで……一度の戦場に3つの偶然が重なることなんてない。
3つ目があるとすれば、そこには何らかの必然が存在する筈……つまり―」
あの日、偶然連合の特殊部隊がラクス・クラインを誘拐しに来たこと。
あの日、偶然ザフトの特殊部隊がラクス・クラインを暗殺しに来たこと。
あの日、偶然キラ・ヤマトは不在で、セイラン邸で宿泊していたこと。
「ザフトとセイランが繋がっていることは考えにくい。繋がっているとすれば連合だ。
ラクスが誘拐されちまったことも、その日キラが不在だったことも予め仕組まれていたこと……
なあ……俺は何か間違ったことを言っているか!? ユウナ・ロマ・セイラン!!」
砂漠の虎と呼ばれた猛将の大声が周囲に響き渡る。だが、名を呼ばれた本人は臆してはいない。
相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま、いつもの調子でバルトフェルドの問いに応えた。
パチパチと手を鳴らし、拍手をしながら―
「流石は砂漠の虎とまで言われたアンドリュー・バルトフェルド将軍!見事な推察、大正解だ!!」
- 39 :14/24:2006/01/05(木) 05:16:06 ID:???
- 少しも悪びれる素振りもなく、ユウナは飄々と事の経緯を説明し始めた。
ラクス・クライン誘拐の指示を出したのは、ブルーコスモス盟主ロード・ジブリールである、と。
ジブリールからの依頼を受け、ユウナ・ロマ・セイランはラクスに関する情報を提供したらしい。
キラやラクス達が間借りしているアスハ家別宅の見取り図や、住人達の生活パターン他……
そして、キラが家に居合わせないよう、セイラン家での会食に睡眠薬を混ぜたことも白状する。
その事実が俄かに信じられないという風に、キラはユウナを問いただす。
「……どうしてです?何故ラクスを攫う必要があるんですか?」
「そりゃあ、決まっているさ。大西洋連邦にとっても、ブルーコスモスにとっても彼女は怖いのさ。
考えてもみなさい。先の大戦で彼女率いる三隻同盟は、僅か三隻の艦隊で戦争を終わらせた。
フリーダムやジャスティスの活躍があったにせよ、彼女は連合にとって脅威以外何者でもない。
だから、戦争が終わるまでの間、彼女に勝手なことをされちゃ困るから攫った。それだけさ」
「……そんな!それに……何でユウナさんが加担するんです!?」
「何でって言われてもねぇ……大西洋連邦やブルーコスモスを敵に回したくないから、かな?
先の大戦でオーブは戦場になった。彼らの意向に逆らったが為に……ね。
同じ過ちは二度繰り返してはならない。ボクだってラクスさんに恨みなんかないさ。
でもね、為政者としては国民の生命、身体、財産の保全こそ主たる仕事さ。私情は挟めないよ」
「……ラクスが殺されたらどうするんですか!?」
「そのときは……花を持って墓参りでも行こうかな。でも……殺されたりはしないと思うよ」
「……え?」
「彼女は攫われただけ、つまり殺しちゃいけない存在ってことだ。彼女は安全弁でもあるからね」
ラクス・クラインは、極めてナチュラル寄りなコーディネーターの一人であった。
ナチュラルとの融和を心から願う人物でもあり、彼女を慕う人間はナチュラルにも多くいる。
類まれなる歌声とその容姿からも、プラントの内外を問わず、支持するものは少なくない。
そんな彼女が、先の大戦の最中に唯一政治的なパフォーマンスを見せたザラ派との演説戦……
「あのときの彼女の言葉、覚えているかな?
コーディネーターは決して進化した種ではない。婚姻統制をしても生まれてこない子供たち。
すでに未来を作れぬコーディネーターに未来はない……みたいなことを言っていたよね?
だから、彼女は戦争を止めてナチュラルと仲良くやっていこう……そう演説していた筈だ。
大西洋連邦大統領ジョセフ・コープランドは、ユニウスセブンの落下で戦争を始めちゃった。
でも、勝つにしろ負けるにしろどんな戦争でも、落としどころってやつは必要だ。
連合が勝てばプラントの現政権とザフトは解体される。でも、負けたプラントの国民はどうなる?
友人や兄弟が殺された腹いせに、テロに走らないとも限らない。そんな国民を静めるには?
つまり……大西洋連邦は、そんな彼らを静める役目を……彼女にやってもらうつもりなのさ」
- 40 :15/24:2006/01/05(木) 05:17:05 ID:???
- ナチュラルに敵対するつもりのない人物だから―ラクス・クラインを攫ったのはそんな理由だろう。
ユウナはそう言って、彼女が大西洋連邦にとってもブルーコスモスにとっても必要だと説明した。
だがキラは、大西洋連邦は兎も角、ブルーコスモスが彼女を攫ったということが分からなかった。
「でも……どうして、ブルーコスモスがラクスを?」
「そこまでは分からないけど。ただ、ジブリールはムルタ・アズラエルと同じ強硬派ではあるが……
殺すつもりなら攫ったりはしないだろうし、何なら彼には僕のほうから聞いておいてもいい」
「……その人とは……知り合いなんですか?」
「何度か会ったことはあるし、コンタクトを取ることもできる。僕だって鬼畜生じゃないよ。
情報を提供する際、口約束ではあったけど、彼女が敵対行為をしない限り殺しはしない……
そんな約束は取り交わしておいたから、彼女が下手なことをしなければ大丈夫だと思うよ。
それにね、キラ君。君は僕らを責める権利なんてないよ。分かっているの?」
「……え?」
「そりゃあ、誘拐したのは悪いとは思うけどさ。考えてもご覧よ。昨日来たザフトの連中。
あいつらを君がどうにかできたかい?ここはアスハ家の別宅。MSも碌に有りはしない。
君がここにいて、彼女を守ることが出来たのかな?」
「そ、それは……」
「地下にフリーダムが隠してあって、君が歌姫の危機に並み居る敵をバッタバッタと薙ぎ倒す?
そんな話はB級アクション映画か漫画の世界の話……あれ、フリーダムってどうなっていた?」
ユウナの言葉に、キラはやっと状況を冷静に分析できる状態に戻った。
思えば、キラの嘗ての愛機フリーダムは先の大戦で大破、戦後オーブ軍の某工廠に隠蔽された。
工廠は軍関係者のごく一部しか知ることのないところで、ここから大分距離もあった。
現実的に、襲撃者からキラやバルトフェルド、マリューが応戦したところで高が知れている。
結果論ではあるが、ブルーコスモスの盟主やユウナの謀略に救われた格好……
「ま、フリーダムはどうでもいいや。ああ、ええっと……バルトフェルド将軍、他に質問は?」
「……最後にラクスを攫ったヤツが言っていたぜ。
ラクスを帰して欲しければ戦場に戻れ……キラ・ヤマトに伝えろといわれた。それについては?」
「ああ、僕はそれについてはよく分からないけど……そういえばお届け物があったな。
元大西洋連邦軍少佐、アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスさん……ああ、いたいた」
キラへの質問を遮ったユウナは、バルトフェルドからの質問にマリューを名指しした。
「大西洋連邦から先日連絡があってね。アラスカ以来の脱走の罪、ヤキンでの敵対行為等等。
アークエンジェルのこれまでの敵対行為の全てを不問にするって、知らせがありましたから!」
- 41 :16/24:2006/01/05(木) 05:18:07 ID:???
- バルトフェルドの隣でユウナを睨みつけていたマリュー・ラミアスは、その言葉に瞠目する。
「不問にするって……どういうこと?」
「だから、言葉どおり……アークエンジェルのこれまでの罪一切問わないことにしたらしい。
貴女だけではなくクルー全員、生きて再び祖国の土を踏める……ってことですよ。
ま、例によって条件付ですけどね。アラスカ以来の事件について、余計なことは喋るなって」
「……それ以外は?」
「ああ、希望するなら復隊も認めるって書いてありましたけど……します?」
「……ッ! 誰がするもんですか!!」
マリュー・ラミアスは、ユウナの言葉に激昂した。正確には大西洋連邦からの通達に、だが。
アラスカ―ザフト軍が展開したオペーレーションスピリットブレイクのターゲットとなった地。
彼の地には、連合の最高司令部があり、ザフトは一気呵成に彼の地を攻め落とそうとした。
だが、その情報は事前に漏れ、逆に地球連合側から罠を仕掛けられることになる。
即ち、大量破壊兵器サイプロクスを使用し、自軍ごとザフトを殲滅しようと画策したのだ。
アラスカでの防衛戦の任務を与えられたアークエンジェルは、寸前で危機を回避するが……
味方を生贄にしてまで勝とうとする軍上層部の姿勢に、マリュー達は軍を脱走することになる。
「……酷い裏切りだったわ。命からがらヘリオポリスから逃れて……やっと地球に着いた。
そして下った命令がアラスカ行き。そこで……ザフトともども、全員殺されるところだったわ!
おまけに命令を下した上層部の人間はとっくに逃げていた……何様よ! 今更……ッ!!」
上層部がアークエンジェルを切り捨てた背景には、キラ・ヤマトの存在があった。
コーディネーターをストライクに乗せていたアークエンジェルクルーを処分する目論見と共に……
何れにせよ、軍上層部はアークエンジェルを邪魔者扱いし、抹殺を図ったのだ。
マリューが激昂するのも無理からぬことであった。彼女は更に、目の前の軽薄な男に当たった。
「あなたに分かる? 軍の上層部から邪魔者として殺されようとした私たちの気持ちが!?」
「……でも軍隊ってそういうところなんじゃないですか?」
「基地を護って死ねというなら話も分かるわ。でも……基地ごと敵と心中して死ねなんて!
あの時の軍の上層部はブルーコスモスに支配されていたって聞いているわ……だから!
私はブルーコスモスの盟主の口約束なんて信じないし、貴方のことも信じてはいない!
覚えておきなさい! ラクスさんにもしものことがあったら……私は貴方を殺すわ!!」
あまりの剣幕に反論する気力も失せたユウナは、すごすごとキラの元へ向かった。
そしてある事を告げる―
- 42 :17/24:2006/01/05(木) 05:19:21 ID:???
- 「キラ君。もしも戦場に戻れという盟主の命令を実行したいのなら……僕のところに来なさい。
近々オーブも出兵せざるをえない状況だ。まぁ、詳しくは軍本部に来てくれたまえ。それじゃ!」
そして、相変わらず鬼の形相で睨んでいるマリューにも、ユウナは言った。
「マリューさん、大変申し上げにくいんですけどね……」
「言いたいことがあるなら、さっさと言いなさい! そして早々に消えて頂戴!!」
「……大急ぎでフリーダムとアークエンジェルの修復を、お願いできませんかね?」
「……え?」
「元技術将校でしょ?近々造船課から軍の施設への出向命令を出す予定です。
僕だって大西洋連邦やジブリールの意のままに動くわけじゃない。保険は必要ですから」
「あ、貴方まさか……」
「別に僕を殺しても構いませんけどね、もうちょっと待ってもらえますか?
こっちも国の命運が掛かっているので、見かけによらず必死なんです。頼みましたよ」
最後の言葉を発したユウナの顔からは一切の笑みが消え、眼光鋭くマリューを射抜いていた。
あまりの鋭い視線に、マリューはこの男の真意が何処にあるのか測りかねて呆然とする。
だが、それも一瞬のこと―すぐにいつものニヤケ顔に戻っているユウナがそこにはいた。
「ああ、そうそう。マルキオ孤児院の子供たちの家もすぐに確保しますから。
セイラン家の別宅でいいかな。後で迎えの者をよこします。ちょっとだけ待っていて下さいね」
その言葉を最後に、ユウナは廃墟と化した旧アスハ家の別宅を後にした。
後に残されたキラとバルトフェルドとマリューは、暫くの間その場に立ち尽くしていた。
10分も経った頃だろうか、キラが口を開いた。
「……軍本部に行きます」
「……え?」
「それで良いのか?こいつはセイランとブルーコスモスの罠だぞ。分かっているのか、キラ」
自分の耳を疑うマリューと、セイランとブルーコスモスの思惑について指摘するバルトフェルド。
だが、当のキラは意に介した風もなく、すぐに軍本部へと足を向ける。
「ここにいても、ザフトは次にボクを狙ってくるかもしれない。
一緒に住んでいる孤児院の子供たちに危険が及ぶことは避けたいですから。
連合も……ボクが安穏とオーブで暮らしていることを、黙って見過ごすとは思えません」
- 43 :18/24:2006/01/05(木) 05:20:17 ID:???
- キラは先ほどまでの動揺からすっかり立ち直っていた。
彼は決して愚鈍な人間ではない。ユウナの言葉から即座に自分の置かれている状況を把握した。
そして、自分がいま居るべき場所はここではないことを悟り、すぐさま行動に出ようとする。
「ま、それもそうだな。確かにキラの安全を考えれば、オーブ軍に行くことが最善かもしれん。
だが俺は……そういうわけにはいかないんでね。ここからは別行動とさせてもらうか」
次にバルトフェルドが行動に出る。彼は半壊した邸宅に戻ろうと、足を向けた。
そんな彼をマリューが問いただす。
「貴方……どうするつもりなの?」
「俺もここで暮らしていたら、またザフトの連中が殺しに来るかもしれない。
とりあえずプラントに行く。ラクス暗殺を企てたのがどこのどいつか、心当たりを当たってみる」
「正気なの?だって……昨日来たのはプラント政府が放った暗殺者の可能性が……」
「多分そうだろうな。あるいは最高評議会議長ギルバート・デュランダルかもしれないが……
それでも、今プラントがどうなっているのかだけでも、調べておく必要があると思う。
大丈夫、昔の伝を頼れば……まあ、何とかなるだろうさ」
諫めるマリューの声を意にも介さず、バルトフェルドも歩み始める。
そう―平穏な日々は終わりを告げたのだ。最早、この地は彼らの安住の地ではなくなったのだ。
そのことはマリュー自身も分かっていた。そして、彼女も動き始める。
「……大西洋連邦に戻る?それだけは論外!
私は……まずアークエンジェルのクルーを集めて、さっきのユウナの言葉を伝えなきゃ。
あとは各人の意思に任せて……とりあえずはフリーダムとアークエンジェルを治そうかな」
状況がどう転んでも、フリーダムとアークエンジェルを治しておいて損はないように思えた。
ユウナの指示に従うのは釈然としなかったが、他にやりようもなかった。
マリュー・ラミアスも、やがて不沈艦アークエンジェルの艦長時代の顔に戻っていく。
キラ・ヤマト、アンドリュー・バルトフェルド、マリュー・ラミアス……
三者三様であるが、それぞれに進むべき道を見出していた。
だが、キラ・ヤマトの場合には一つだけ問題が残っていた。
彼女の姉にして、オーブ代表首長国代表カガリ・ユラ・アスハである。
そしてユウナは、マリューのとき以上の剣幕で迫られ、最大の被害者となってしまう……
- 44 :19/24:2006/01/05(木) 05:21:13 ID:???
- キラがオーブ軍に入るという話を聞いたカガリは激昂した。
「ダメだ! ダメだ!! ダメだ!!! そんなこと認められるか!!!!」
オーブ軍本部にある司令部にある一室では……
キラとユウナから事の次第を聞いたキラの姉カガリは、弟のオーブ軍入りを文字通り全否定する。
そして、事の発端に関与したユウナ・ロマ・セイランに掴みかかる。
「ユウナ……キサマ、どういうつもりだ!ラクス誘拐に加担した上に、キラを戦場に戻すだと!?」
「か、カガリ、落ちついて!」
「うるさい! 黙れ! よくもそんなことができるな!!」
「で、でもさ、君はそのブルーコスモス盟主の申し出を、断れば良かったって言うのかい?」
「あ た り ま え だ !!」
凄まじい剣幕で、ユウナの襟首を掴み上げ、掴みあげる。
ユウナの方が長身だが、力はカガリのほうが上であり、ユウナは苦しそうに顔を上げている。
キラが止めに入るが、カガリは構わずユウナを吊るす。
止まらないカガリに、息を切らせながらユウナは反論を始めた。
「ぶ、ブルーコスモスの盟主に逆らうと大変なんだよ!」
「何が大変だ!?」
「だ、だって……先の大戦でオーブが焼かれたのは……彼らに逆らったからじゃないか!」
「逆らうだろう! 普通は!?」
「今はもう戦時下だ。既にあいつ等も普通じゃないんだよ。
仮に断ったとしても、ブルーコスモスが黙っていると思う?それに……」
「それに……何だ!?」
「ぼ、僕らがラクスを攫ってなかったら、君の弟君は死んでいたかもしれないんだぞ!!」
最後の言葉に、ようやくカガリも我に返り、掴んでいたユウナの襟首を離す。
けほけほと咳き込みながら呼吸を整えるユウナを、キラが申し訳なさそうに背中をさする。
呼吸を整えたユウナは、皺になった襟を正しながら、話し始めた。
「君らがどんな高尚な理想を持っていたところで、三隻同盟関係者はテロリスト扱いさ。
大西洋連邦とプラントという二つの国に楯突いたんだから。連合とザフトからも狙われる。
幸い、オーブは大西洋連邦と同盟関係にあるから、彼ら連合はそう無茶なことはしないよ。
だから、ラクスさんも殺さないし、キラ君やマリューさんたちも穏便な処置で済んでいるんだ」
- 45 :20/24:2006/01/05(木) 05:22:08 ID:???
- ユウナは、これまでキラ達に伝えた事の真相全てを話した。
カガリは最初こそ憤っていたが、次第に怒りも収まり徐々に悲しげな表情になっていった。
やがて、今度はキラに向かって話し始めた。
「もうキラにとってオーブは……安心して住める地じゃない。
だから、ブルーコスモスの盟主の意に従って、軍に入るって言うのか?」
「……そうだね」
「そんな! 私はお前の姉で、オーブの代表だぞ! 弟一人くらい護ってやる!」
「ありがとう。でも、とても嬉しいけど……もう決めたことなんだ。それに、ラクスを取戻したい」
「彼女が帰ってくる保障なんて、どこにもないんだぞ!?」
「分かっている。でも、何れこうなることは……ラクスも覚悟していたから」
「覚悟……?何の話をしているんだ?」
ラクス・クラインは戦後しばらくの後、キラ達にこう言っていたという。
『戦争を否定するために、私は銃を取り戦争を終わらせようとしました。
でも、それは力に頼った解決であって、結局は戦争をしたがる者達と本質的には変わりません。
力に頼るものは、何れ力によって滅ぼされる。それは歴史上、多くの事例が示している通り。
ですから、いつかは私も討たれるかもしれません。けれど、それは仕方のないこと。
過ちを過ちと知って、私は戦ったのですから。そのときの覚悟だけは、私もしておきます』
ラクス・クラインは、自らが三隻同盟の盟主であったことから、そのような覚悟をしていたという。
だが、そのような覚悟は自身だけに止まっており、それをキラ達に強要したりすることはなかった。
狙われるのは、恐らく盟主のラクスだけ―だから、その時もし彼女が死んでも、それは天命。
決して復讐に走ったりしてはならない……そのようにラクスは、キラ達に言っていたらしい。
しかし、そんな話はカガリも聞いた事がなかった。当然カガリはその疑問をキラにぶつける。
「私は……そんな話聞いたことがないぞ?」
「カガリはそのときもうオーブの首長だったし、アスランもプラントで裁判を受けていたし。
ラクスがプラントで裁判を受けなかったのは、もうこれ以上プラントを混乱させたくないって……
アスランは……お父さんのこともあるからどうしても行かなきゃって、プラントに戻っちゃった。
知っているのは、ボクとバルトフェルドさんと、マリューさんだけだよ」
ラクスの秘められた覚悟に、カガリは瞠目した。
彼女は、何れ何らかの形で連合かザフトに命を狙われることを覚悟していたのだ。
- 46 :21/24:2006/01/05(木) 05:23:04 ID:???
- 「あ、あの〜」
キラとカガリの会話に、ユウナが入ってきた。先ほどから彼を無視して話が進んでいた。
気まずそうに、だが彼は何かの書類を持って、カガリにそれを見せたがっているようだ。
「代表、お取り込み中申し訳ありませんが……」
「……何だ?」
「これに目を通していただきたい」
「……ん?オーブ軍第一機動艦隊を……ユーラシア連邦に派遣するだと!?」
「一応、明日の閣議でも議題に上るんだけどね」
「み、認められるか!? 第一機動艦隊はオーブ防衛の要だぞ!?
それにタケミカヅチを……スエズ運河を通過させる?まさか、最前線に送るつもりか!?」
「……ああ」
「……また、大西洋連邦からの要請か?」
「……先日、要請があったんだ」
キラとの会話で落ち込んでいたカガリだが、見る見る顔に怒気が漲る。
「お前も、親父のウナトも! お前等は大西洋連邦の犬か!? あの国は国を焼いたんだぞ!
コープランド大統領は理性的な方だが、あの国はロゴスやブルーコスモスに牛耳られている!
そんな国の、そんな要請に……同盟条約のときもそうだ! 兵が血を流すのに……それを!」
「……貴女に言われるまでもなく、そんなことは分かっている!!」
いつの間にか、今度はユウナまでも怒りを孕んだ顔つきに変わっていた。
「誰が……誰が好きであんな国に尻尾を振るものか!! 誰のためかって? 国のためだよ!
あの国にロゴスがいようがブルーコスモスがいようが、諍いを起こすわけにはいかない!
狂っている国だろうと、その狂っている国に、再び国を焼かれちゃお終いなんだ!!
どんな理想があって、中立を掲げていたって……! 国が焼かれて、民が死んだら……!!
「ゆ、ユウナ……」
「ち、父だって好きでやっているわけじゃない!
父の兄、先代セイラン家の当主はウズミさまと一緒に死んだんだ!!
実の兄を殺したような連中と……いつも笑って、ご機嫌をとって……!!
だっ、だから……僕のことは罵ってくれてもいい! けど、父を悪く言うのは止めてくれ!!」
いつの間にかユウナは涙声になり、言葉にも詰まりながら泣き顔でカガリに抗議していた……
- 47 :22/24:2006/01/05(木) 05:24:08 ID:???
- キラとカガリが宥めようにも、ユウナの言葉は止まらなかった。
これまで内心にとどめ、決して他人に漏らす事のなかった心情を吐露するかのように……
その言葉にキラもカガリも言葉を失う。
「ち、巷で何て言われているかも、知っているよ。せ、セイランは大西洋連邦の犬だって……
でも、でもそうするしかないんだ! か、カガリはまだ若いし、相手は老練な策士達だ。
だから、僕等が犬って蔑まれたって、やるんだ! やらなきゃ国が、また焼かれる……
……嫌だ、そんなのは嫌だ! だから……僕等がやらなきゃならないんだ!!」
「「………」」
「……父はね、医者から酒を止められてるんだ。
戦争が終わってからの2年間、いつもいつもカガリの代わりに大西洋連邦の相手をしてきた。
でも、やっぱりストレスは溜まるんだ。溺れるほどじゃないけど、酒を飲まずにはいられない」
「「………」」
「何故父が酒に頼るか、わかるかい? 現実が辛いからさ。忘れたい現実が有るからさ。
今父は体を壊しかけている。もう……こんなことに、戦争に国を、民を巻き込みたくないんだ。
それでも現実に戦争はある。オーブは戦争にならなくても、増援を請われれば断れやしない。
だから、今回僕が指揮官になっていくことにした。兵を死地に赴かせるんだ、せめてもの……」
そこから先……ユウナの言葉は声にならず、ただ顔を片手で覆い、天を仰いでいた。
カガリは視線を落とし、先ほどの書類に目を通す。指揮官の欄に、ユウナの名が刻まれていた。
いつも、彼女の前では軽薄な笑みを浮かべているユウナ……だが、その影では……
彼も父ウナト同様に、苦しみもがいていたことは、この時の彼を見れば一目瞭然であった。
「……ッ!すまない、ユウナ……私は何も……すまない!」
カガリはその言葉を最後に部屋を飛び出した。
彼女が何も知らなかったというよりも、ユウナやウナトが悟られまいと振舞っていたのだ。
若い代表に何ら非はなかったが、それでも彼女は自分の不知を嘆いていた。
司令部の一室を飛び出した彼女は、やがて自室の最高司令官室に飛び込んだ。
慌てて彼女を追いかけてきたキラは、そこで咽び泣く姉の姿を目にすることになる。
数刻の後、キラは泣き止んだ彼女からオーブ軍入隊の許可を得ることとなる。
階級は、大西洋連邦の志願兵だったころに就いた最高位の少尉―即ち三尉……
だが、それはあくまで後日の話である。
カガリから許しを得た後、キラはユウナの居た部屋に戻った。
- 48 :23/24:2006/01/05(木) 05:25:16 ID:???
- ユウナ・ロマ・セイランは、相変わらず天を仰いだままだった。
既に涙も止まってはいたが、ぼんやりとキラを見る目は虚ろであった。
しばらくしてから、愚痴交じりにキラに話しかける。
「……言っちゃったよ。親父と一緒に、墓の下まで持ってく筈の話を。
最悪だよ、僕は。格好悪いったら、ありゃしない。父の話を出汁に、女の子を説得なんて……
あー、最悪だ。僕は最低の男だ。キラ君、笑いたかったら笑ってもいいよ」
「……笑えませんよ」
「……優しいねぇ、君は。恋人のラクスを攫ったのは僕も同罪だよ?
そんな人間に優しい言葉を掛けるなんて、君は甘い。甘すぎるよ、ホント」
「カガリから伝言です。ボクをオーブ軍に入れることを認めるって。
ユウナさんと一緒に、タケミカヅチに乗って……絶対に全員死なずに帰って来い、だそうです」
「……そっか、ははは……優しいな、二人とも」
翌日にはいつものユウナに戻っていたが、この日一日彼は元に戻ることはなかった。
そんな彼はふと、あることを思い出して言った。
「ところで……アレックス君は、いやアスラン・ザラはどうしたの?彼、最近見ないけど?」
「プラントに渡ったきり、音沙汰無しです」
「……ひょっとして、殺されちゃったかな」
「……そんな!」
「親友だったよね、君と彼とは。心中察するよ。でも、最悪の事態は彼が謀殺されることじゃない」
「……え?」
「万が一、いや僕はこっちの可能性のほうが高いかもしれないって思うんだけどね。
ひょっとすると彼、ザフトに復隊したかもしれない。政府や軍の人間が認めていれば……ね」
「まさか……」
「いや、国のために必死になるってことは、政治家も軍人も同じさ。
今オーブが戦争に巻き込まれて大変な以上に、プラントはもっと大変な筈さ。
アスラン・ザラが生粋の軍人で、祖国プラントを愛する人物だとしたら……ありうる話さ」
「でも、アスランは……!」
「僕が彼ならそうする。裏切り者の汚名を着ても、戦うさ。国が焼かれるよりはマシだ」
虚ろなユウナの視線は、それでもキラを捉えて離さなかった。
そんなユウナの視線に、幾分キラは怯えた。だがそれはユウナの目線のせいではなく……
アスランがザフトに戻っていれば、最悪自分たちと戦うことになるのかもしれないということ―
その考えに悪寒が走ったが、それでもキラは自分の進むべき道を歩もうとしていた。
- 49 :24/24:2006/01/05(木) 05:26:26 ID:???
- 話はバイコヌール基地に戻る―
キラは、これまでの経緯をゲンに語って聞かせた。
「……だから、他にやりようがなかったんだ」
冒頭の言葉でキラは話を締めくくった。相変わらず苦笑いを浮かべつつ、キラはゲンを見た。
そんな彼に、ラクスを攫った本人は掛ける言葉も見当たらず、言葉に詰まった。
ゲンの心情を知ってか知らずか、キラは言葉を続ける。
「あ、話長かったね。もう2時間も経っているよ。食堂に行く?」
「朝食にはまだ少し早いだろう。それよりお前……俺のことを恨んでないのか?」
「恨む?どうして?」
「ラクスを攫ったのは俺だ。彼女の事が好きなんだろ?それを誘拐したのは……」
「でも、君が来てくれなければ、ラクスもバルトフェルドさんもマリューさんも、皆死んでいた。
だから、ボクは君を恨まないし、ブルーコスモスの盟主も恨んではいないよ。そうだ……」
言うや、キラは右手をゲンに差し出す。戸惑うゲンを尻目に……
「まだ、お礼を言ってなかったね。ありがとう……ゲン。そして、これからもよろしく」
「………」
「ダメかな、こういうの?」
「あ、いや……」
ゲンにはどうすれば良いのか分からなかった。
恨まれることを覚悟していたし、憎まれても仕方がないと、会う前から思い込んでいたのだ。
だが、彼もラクスも、全て覚悟の上で生きてきたのだ。それを知ったとき、ゲンは言葉を失った。
(何て奴等だよ……三隻同盟は、こういう甘いヤツの集まりか?)
内心皮肉ってみたものの、その潔さを利用しようとした自分達が酷く薄汚く思えた。
その思いは消えることなく、ゲンの心に影を落とす。やがて、ゆっくりとゲンも右手を差し出した。
「よろしく、キラ・ヤマト三尉。それと、アウルもザフトの襲撃者を退けたんだ。覚えていてくれ」
握手を交わす二人……
いつの間にか上っていた陽の光が窓から差し込み、ゲンとキラを包み込んでいた。