- 66 :1/30:2006/01/29(日) 06:39:48 ID:???
- ユーラシア連邦主要都市のひとつモスクワ――
この地にはユーラシア連邦最大の領土を誇るロシア共和国の行政府クレムリンがある。
また、不思議なことにここクレムリンには、ユーラシア連邦軍の最高司令部が存在する。
ユーラシア連邦の首都はブリュッセル―が、人口も最大規模のロシアには一つの役割があった。
旧世紀以来の軍事ノウハウがあること、また最大の兵員供給国であるが故――
世界最大の連邦国家の国防は、長らくこのロシアを中心に運営されていた。
そして、今このユーラシア連邦軍最高司令部では、幕僚クラスの会合が開かれていた。
「西ユーラシアの情勢はどうなっている?」
「スペインは事実上の独立状態に、またドイツやフランスといった国々にも動きがあります。
西ユーラシアと言うより、ヨーロッパ方面と言った方が適切ですが、これらは抑えようがない」
「仕方あるまい。大国ロシアの影響下にあった旧CIS諸国と違い、彼らは纏まりに欠ける。
悲しい話ですが、我が国は所詮寄り合い所帯の連邦国家……ということですかな?」
「そんな言葉で済ませられる状況ではないだろう。
東側でも徐々に独立の気運が高まっている。小国の民族会議を中心とした運動が始まった」
「ザフトに踊らされているとも分からん馬鹿共が……クソッ! 最早穏便には済ませられん!」
各幕僚の話は進むが、最後の者の罵声で場が静まり返る――
ややあって、それら幕僚の中で上座に座っていた一人の老人がゆっくりと口を開く。
「諸君、問題は何だ? まずはそこから考えねば解決できないだろう」
その言葉に、一応は各人幕僚の地位に就いている各人が、次々と意見を述べる。
「……元帥、独立運動そのものはユーラシア各所に昔から存在したものです。
今彼らの運動が活発化しているのは、ザフトがそれらの運動を後押ししているからであります」
「同時に、独立運動家の中でも武力闘争に及ぶテロリストと連携を取っているケースがある。
そういった者達が力ずくで独立を叫び、これを実現すれば……我が国は早晩崩壊する!」
「ザフトを我が国から追い出せれば万事解決だが……奴等は強力だ。
ジブラルタルという拠点があるし、各所に基地も建設されている。正直現状では……」
「大西洋連邦を始めとする連合の援軍を待ってザフトを叩くことになるな。
なら、まずは独立運動の芽を摘むのだ。下手をすればユーラシア中央まで及ぶことになる。
ザフトに加え、ユーラシア全土で独立運動が展開されれば、手の打ちようがなくなる」
問題点の明示せよとの元帥の言葉に、幕僚達の方針は徐々に固まりつつあった。
- 67 :2/30:2006/01/29(日) 06:40:39 ID:???
- しかし、その会合は突如として空気が一変する。末席に座る男の言葉に――
「独立運動の芽を摘むのであれば……生贄が必要ですなぁ」
全員がその言葉―とりわけ生贄という単語に鋭く反応する。
ある者は露骨に不快感を示し、またある者は形相鋭く末席の男を睨みつける。
それでも、当の本人は意に介する風でもなく、先ほどより更に声を大にして再度発言をする。
「独立運動に身を投じる者達、彼らの中には武力闘争を掲げる者達もいる。
そのような者達は、最早テロリストと呼んでも過言ではない。死を以って贖って貰いましょう。
彼らに協力する市民も同罪だ。見せしめ……と言っても宜しいでしょう。彼らを処分すべきです」
末席に座る男―その風貌は、頭こそ禿げ上がっているものの、眼光は鷹の目のように鋭い。
体格は長身痩躯ではあるが、眼光と相まって精悍さすら漂わせている。襟には中佐の階級章―
「皆さんが仰っている独立運動のユーラシア全土への波及阻止……
つまり、ヨーロッパ方面より東側に対する対策こそが急務といえましょう。
そう、さし当たっては、最も激しい独立運動を展開している国のテロリスト共を殲滅しましょう」
「……それは何処かね?」
「カフカス山脈北にある小国……ノフチー共和国は如何でしょう?
彼の国には、懸案の独立運動家の間で英雄と持て囃される男もおります」
最後の言葉に各幕僚から声が上がる。その声に、中佐は次々と答える。
「イワン・ザンボワーズか!? まさか……ハイペリオン3号機も一緒にあるというのか?」
「はい。開戦以来足取りが掴めませんでしたが、つい先週確認されました」
「ノフチーというと……先日落とされたガルナハンと山脈を隔ててすぐだ。ザフトは?」
「まだザフトは山脈を越えていません。先に手を打ちませんと、何かと不都合かと……」
「しかし、ヤツを捉えようとして既に何機ものMSが破壊されている。やれるのか?」
「それにつきましては、妙案がございます。ご安心を」
各幕僚からの質問が終わる――
だが、最後に元帥からの問いが始まった。
「……イワンの件は兎も角、ノフチー共和国をやるとなると国際世論が黙っておるまい。
それに小国とはいえ一国を壊滅させかねない作戦だ。政治家どもの言質は取っているのか?」
- 68 :3/30:2006/01/29(日) 06:41:41 ID:???
- その問いに中佐は―ゆっくりと立ち上がり、大型スクリーンを弄りながら答え始めた。
「政治家どもの言質につきましては、ロシア共和国大統領からの支持を取り付けております。
と言っても、つい先ほどですが。この国の大統領が良しといえば、東側の各国も同意します。
また、国際世論についてですが……先ほど妙案と申しました件と合わせてご説明します。
まずはこのスクリーンに今から表示される二枚の写真を……ご覧下さい」
一つの写真には黒髪の青年が、もう一枚の写真には茶色の髪の青年が写っている。
黒髪の青年は大西洋連邦の黒の軍服を、茶色の髪の青年はオーブの青と白の軍服を着ている。
「茶色の髪にオーブの青と白で色分けされた軍服を着ているのがキラ・ヤマト三尉。
ユーラシア連邦軍では少尉に相当する階級ですが、彼は今回一兵卒として参戦しております」
「キラ・ヤマトだと? あのフリーダムの……」
フリーダムのパイロットという代名詞付きで、キラの名は幕僚達の耳にも届いていたようだ。
全員内心驚愕しつつ、続けろとばかりに男に視線を向ける。再び促され、中佐は話を続ける。
「もう一人はゲン・アクサニス中尉。件の第81独立機動軍のMS小隊長を務める者です。
二人とも、ザフトによるヨーロッパ方面への侵攻を食い止めるべく連合が送ってきた増援です。
キラ・ヤマト三尉はオーブから、ゲン・アクサニス中尉は大西洋連邦からやってきております。
元三隻同盟のキラ・ヤマトが、何故この戦争に積極参加しているのかは不明ですがね……。
そう……今度の作戦で、3号機の奪還若しくは破壊を、この二人にやらせてみようと思います」
幕僚全員が息を呑む――キラ・ヤマトは仮にも元三隻同盟――
かつてのテロリストに、テロリスト殲滅作戦をやらせようというのだから、無理もない。
「万一負けたところで我々の懐が痛むわけではありません。彼らはユーラシアの同胞ですらない。
大西洋連邦やオーブの人間が死んだところで、大した損失ではありますまい。如何でしょう?」
呆気に取られたこともあるだろうが、誰も反論する術を持たなかった。
成功にしろ失敗にしろ全てを大西洋連邦とオーブに押し付けようと言っているのだ。何より……
「ノフチー一国を潰すのに、その2カ国の者が共犯となれば彼らは黙らざるを得ない。考えたな」
「はい。3号機を駆るテロリストと独立を望む小国を一挙に潰す……一挙両得です」
元帥の言葉に、中佐と呼ばれた男は力強く頷いた。
- 69 :4/30:2006/01/29(日) 06:42:33 ID:???
- だが、纏まりかけたその話を一人の中年男がぶち壊す。
「ま、待ってくれ! キラ・ヤマトは……アイツのせいでアルテミスは潰れたんだぞ!?」
ジェラード・ガルシア少将――
キラ・ヤマトとアークエンジェルが立ち寄った要塞アルテミスの元司令官である。
「おまけにアイツはコーディネーターだ! あの疫病神がッ!」
「……確か、報告ではブリッツに潰されたとあった筈ですが?」
「そ、それは言葉の綾だ! アイツがブリッツを呼び寄せたも同じだ!
ハイペリオンも、元はといえば私が開発計画の指揮を執っていたんだ!
大体、あのハイペリオン3号機も私の管轄だったものだぞ!?それを破壊などと……」
「その虎の子のハイペリオンを貴方は2機も失い……最後の一機は……
こともあろうか、あのイワン・ザンボワーズの手に渡った! 貴方の責任ではないのか!?」
今度は中佐が激昂する番であった。
相手の剣幕にガルシアは色を失うが、中佐はなおも反論を止めなかった。
「ハイペリオン計画は再度ロシア共和国の許可を得て再開された!
あれは我が国を護るための兵器だ! テロリストの手においておくことはできんのですよ!」
その言葉に再反論する術を持たぬガルシア、また幕僚達からの援護も得られなかった。
最後に後味の悪い議論がなされたが、元帥の言葉どおり中佐の方針を認めることとなった。
それでもガルシアは、会合終了後も元帥に食って掛かった。
「元帥! あのような男の言葉を真に受けるなどと! ヤツはカーゲーベーの亡霊……
ユーラシア連邦の暗部を知り尽くしている情報部の人間ですぞ! そんな人間を……」
「中佐か……確かに彼は情報部の人間で、ロシア共和国縁の者だ。
が、独立運動に対し牽制をせねばならない軍としては、そう悪くない提案だったろう?」
「し、しかし……!」
「元はといえば、全て君の失態だ。彼の指摘は正しい。もう私は帰らせてもらうよ」
そそくさと元帥も席を立ち、最後にはガルシア将軍一人が取り残された。その一室では……
やがてキラ・ヤマトに呪いの言葉を吐きながら、地団太を踏んで悔しがるガルシアの姿があった。
- 70 :5/30:2006/01/29(日) 06:43:29 ID:???
- 情報部の中佐と呼ばれた男は、翌日バイコヌール基地を訪れた。
ファントムペインとキラ・ヤマトがこの基地に着いてから3日目のことであった。
その日、基地の一室にゲン、アウル、スティング、ステラ、そしてキラの五名が呼び出された。
「はじめまして。私はユーラシア連邦軍情報部のイワン中佐だ。以後宜しく」
イワンは自己紹介も程ほどに、ゲン達にここに来た目的を明かす。
「ガルナハンでの撤退作戦の話は聞いているよ。お陰で犠牲を最小に食い止めることが出来た。
感謝しているよ。ロアノーク大佐から依頼されていた君達の移送の件も、手筈がようやく整った。
ノヴォロシースクまで、MSと君達を輸送する手筈が整ったんだが、一つ頼みたいことがある」
男は一枚の写真をゲンに渡す。写真には精悍な男の横顔が写っていた。
そんな男の顔も、ゲンには見覚えのない顔だったので、アウル達3人に渡す。
アウルもスティングもステラも知らない顔だと首を振る。最後にキラに見せたが同じことだった。
イワンはそんな5人を見て、その人物を知らないことを確認してから話し始める。
「男の名前はイワン・ザンボワーズ。国籍不明、年齢不詳、生物分類不明。
推定年齢20代後半から30代前半らしいが、コーディネーターかナチュラルかも分からない。
どうも前大戦以後ユーラシア連邦に流れ着いた人物らしい。少なくともわが国の人間ではない。
……私と同じ名前だが、この国ではありふれた名前だ。あまり気にしないでくれたまえ」
イワン・ザンボワーズ―
先の大戦後、ユーラシア連邦に流れ着いた彼は、ユーラシアの独立運動に身を投じる。
独立運動家の間では"英雄"と讃えられ、事実ユーラシア小国を分離・独立に導いた経歴がある。
また、彼は武装闘争家でもあり、MSを駆りユーラシア軍に対し敵対行動をも見せていた。
「君達に頼みたいのは、この男の逮捕ないし抹殺……そしてもう一つ。
彼の乗っているMSを奪還ないし破壊して欲しい。そうそう、そのMSというのは、これでね」
更に男は、もう一枚の写真を見せる。今度は映っているのは人ではなくMS―白い機体の―
「2年前に我が国が極秘裏に開発したMS、CAT1-X3/3ハイペリオン3号機だ」
背部に巨大な砲門のような装備を付けたガンダム――
アクタイオン・インダストリー社が開発した純正ユーラシア連邦製MSがそれであった。
- 71 :6/30:2006/01/29(日) 06:44:18 ID:???
- 中佐の話では、これから武装闘争をするテロリストの殲滅戦を展開するとの事であった。
今度の戦争でユーラシア西側の独立運動が激化し、呼応するかのようにイワン達も動き始めた。
イワン・ザンボワーズは現在、カフカス山脈北に位置する都市でユーラシア軍と戦っているらしい。
ところが、その作戦は展開しづらい状況にあった。件のイワンである。
「ヤツの手にハイペリオンが渡った経緯は不明だがあのMSは……
先の大戦の最中、我がユーラシア連邦の技術力の粋を集めて作られたものだ。
ハイペリオンは2年前の機体でも、ダガーLやウィンダムよりもスペックも装備も上なのだ。
無論、イワン・ザンボワーズ本人の腕もあろうが、その機体の性能と相まって難攻不落でね。
これまで幾つもの部隊が彼の前に苦杯を舐めている。そこで……だ」
「そこで俺たちファントムペインと、キラの出番ってわけですか」
「その通りだ、中尉」
沈黙を護ってきた5人だが、相手の意を察したゲンが代表して応えた。
もとより、彼らMS隊に廻ってくる任務といえば、ある程度想定できる類のものであったが……
とはいえ、ここはユーラシア連邦。同じ連合とはいえ、指揮系統が違うので即答はできない。
「けど、我々の上官やキラの上官に許可を取る必要は……」
「確かに、指揮命令系統は違うが、この件はユーラシア連邦軍最高司令部からの依頼だ。
相手は凄腕のテロリストでね。手をこまねいてヤツを逃せば、火種が拡散しかねない。
ここで勝負を決めたいのだよ。了解してくれたら、今後ユーラシア連邦での活動は……
我々の出来うる限りの便宜を図らせてもらうつもりだ。物資の補給等も最優先でね。どうかな?」
ネオ・ロアノークやユウナ・ロマ・セイランといえども断れるものではない。ゲンの立場では……
「……なら承諾するしかありません。上官達にも連絡はしておいて欲しいですが、ね」
「了解した。で、君はどうするね? キラ・ヤマト三尉?」
話を振られたキラだが、彼もゲンと同じことを考えていた。遠い異国の地の作戦行動。
その中で、最優先で物資等の補給が可能になれば、オーブ軍にも多大な恩恵を与えるだろう。
「参加させていただきます」
「では、アクサニス中尉とヤマト三尉は、それぞれのMSを基地の輸送機に載せてくれ。
残りの三名は、3時間後にこの基地に着く別の輸送機で、ノヴォロシースクまで直行して欲しい」
ゲンとキラの言葉に、イワン中佐は満足げに頷いた。
- 72 :7/30:2006/01/29(日) 06:45:13 ID:???
- しかし、最後の言葉はゲンには引っかかるものがあった。ゲンとキラだけの作戦行動――
「……俺とキラだけで行けと?」
「余り大人数で行って、イワンに警戒されて逃走されては元も子もない。
幸い連合を代表するMS、ストライクの新旧パイロットが揃っているからね。二人で十分だろう」
男の言葉に、ゲンとキラの二人は互いに顔を見合わせる。
この男は、最初からキラのことも調べていて、彼の過去を承知で依頼に来たのだ。
あるいは、キラがフリーダムのパイロットであったことも知っているのかもしれない。
「作戦には私も同行させてもらうよ。では、一時間後に出発だ。頼んだよ」
そう言って、中佐は席を立った。後に残された五人の中で、真っ先にアウルが不満顔を見せる。
「あのさ〜、こういうのって差別じゃないの?幾らゲンとキラでもさあ……
俺さあ、ガルナハンでは碌に戦ってないし、今度も外されるし……ったく、何だかなあ」
「ま、そういうなよ。気持ちは俺も同じだが、作戦の内容が内容だ。仕方ないさ」
「二人とも……頑張ってね」
いつもの様にアウルを宥めるスティングと、ゲンとキラを案じるステラ。
それでもゲンは、3人が任務から外されたことに内心安堵していた。
3人はエクステンデッドであるが故に、連戦への不安が残る。投薬で状態は安定しているが……
最適化もしていない状態での遠征には、いつ何時不測の事態に陥るか分かったものではない。
コーディネーターであるゲンやキラの方が、タフさでは勝っているのもまた事実。
「すまないな。でも、楽しい任務じゃない。後で、ノヴォロシースクで会おう」
ノヴォロシースクは黒海沿岸にあるユーラシア連邦軍の軍港がある都市――
おそらくは、その地でJ・Pジョーンズやタケミカヅチの到着を待つのであろう。
そうゲンは侘びつつ、3人に先立ちキラと席を立った。そして、小声でキラに耳打ちする。
「断らなくて正解だったな。あいつ、お前の過去もそれなりに知っているみたいだ」
「うん。オーブ軍のためになればと思って引き受けたけど、それが幸いしたかな。
昔のことは……やっぱり簡単には赦してもらえないだろうし、これからも気をつけるよ」
嘗て連合に反旗を翻したキラとしては、情報部の男の言葉にはある種の含みを感じていた。
- 73 :8/30:2006/01/29(日) 06:46:02 ID:???
- カザフスタン共和国内にあるバイコヌール基地から中継地テンギスまでの空路―
一路、ゲンとキラ、そして情報部のイワン中佐を乗せた輸送機は、カスピ海に差し掛かった。
MSは格納エリアに置かれ、輸送機内の一室に3人はいた。飛行機に乗ってから数時間……
その間ほとんど会話らしい会話はなかったが、唐突にキラがイワン中佐に話しかける。
「あの……」
「ん? 何かね?」
「イワン・ザンボワーズという人物はどういうことをしたのですか?」
「簡単に言えば、テロ行為だな。独立運動に参加する者たちに武力を貸すというものだ。
彼はどこからか我がユーラシア連邦が作ったハイペリオンを手に入れ、独立運動に手を貸した。
ただ、そのやり方というのが拙くてね。そう、今や彼は第一級のテロリストになってしまった」
情報部の入手した情報を総括すれば……
先の大戦後、ユーラシア西側の小国、特に経済的に弱い国々では独立の気運が高まった。
ザフトが長い間駐留したジブラルタルに近い、ヨーロッパでそれは顕著であり、また活発だった。
彼ら小国が何故独立したか―?それはひとえに世情不安のなせるものといわざるを得なかった。
大戦の最中、連合・ザフト両軍は、ユーラシア、アフリカ、カオシュン、オーストラリア等等……
世界各地で戦ったが、緒戦でジブラルタルを得たザフトは、ヨーロッパ西側と密接な関係となった。
開戦当初は、プラントのコーディネーターが、連合各国に独立戦争を仕掛ける形となった。
その中で、地球の住民には、ナチュラルとコーディネーターとの戦争という意識を与えはした。
しかし、実際ザフトの占領政策は好意的なもので、占領地を横暴に支配することは少なかった。
元々、ザフト自体が、プラントの民間人が多く参加している民兵組織ということもあったのだろう。
ザフトに支配された地域では、住民の抵抗も皆無ではなかったものの、概ね平和が保たれた。
戦後、ザフト軍はカーペンタリアやジブラルタルといった大規模拠点を除き、撤退した。
しかし、残された住民達には疑問が残った。彼らは本当に自分達の敵だったのかという疑問だ。
コーディネーターはナチュラルを殲滅しようとしている。それは連合各国が振りまいた喧伝だった。
だが、パトリック・ザラのような人物を除けば、ザフトは支配地の住民には概ね友好的に接した。
プラントのコーディネーターは、本当は敵ではなかったのではないか―そんな疑問が残った。
やがて戦争が終わると、戦後復興の問題が残った。
戦争で国土が戦場となったユーラシア連邦の復興には、莫大な費用が必要となった。
大西洋連邦からの支援はあったものの、荒れ果てた国土の住民には必然的に増税が課された。
戦争で酷い目にあったのに、なお政府は重い税金を貸すのか―?彼らの不満は徐々に募る。
- 74 :9/30:2006/01/29(日) 06:46:50 ID:???
- それは、戦争に巻き込まれなかった地域も例外ではない。巨大な連邦国家ユーラシア連邦……
彼の国には、巨大な連邦国家であるが故、各国の経済格差を埋めるため、富の再配分があった。
豊かな国から貧しい国へと、必然的に支援が必要となる。富める国の住民にも不満は残った。
やがて少しずつにではあるが、ユーラシア連邦の各地域に独立運動が芽吹き始めた。
とはいえ、ユーラシア連邦政府がそんな勝手を許す訳がない。
独立を容認すれば、早晩巨大連邦国家は崩壊するかもしれないからだ。
ユーラシアの為政者が、そのような独立運動の取締りに躍起になったのも無理はない。
が、その取締りは逆効果となった。
ユーラシア連邦政府が独立を容認せず、弾圧に走るのなら無理にでも独立してしまおう――
そんな空気は、やがてザフトが嘗て支配した地域には蔓延することとなる。
戦後復興の問題にしても、戦後支配地域へのプラントからの補償は行なわれていた。
最早、頼るに値しない連邦政府よりも、戦争の最中親しくなったプラントと友好関係を結ぼう――
嘗てザフトに支配されたユーラシア西側の小国には、こんな考え方まで広まってしまった。
「真に、困ったことだよ。
独立運動の影には、資金面でプラントの企業が支援しているという情報もあるが……
それは兎も角、そんなユーラシア西側の独立運動に、イワン・ザンボワーズは身を投じる」
独立運動を弾圧するユーラシア連邦に対し、イワンはハイペリオンで武装闘争を展開する。
その姿は政府を戦慄させる。何しろ、たった一機のMSで連合のMSを薙ぎ倒すのだ。
躍起になってユーラシア連邦軍は討伐隊を出したが、何れも敗退する始末。
やがて独立運動にあって、彼は"英雄"とまで持て囃されることになる。
「彼の正体は今もって不明。あるいはコーディネーターではないかという噂もある。
だが、彼がナチュラルであれコーディネーターかは問題ではない。彼の存在が問題なのだ。
戦争が始まっていなければ、彼を正規の方法で逮捕したかったが……
最早手段を選べん。最悪、殺害も已む無しというのが政府の方針だ」
「彼は……強いのですか?」
「強い。これまでに計20機のMSが破壊、ないし戦闘不能にまで追い込まれている。
倒されたのは何れもユーラシア連邦のダガータイプ、ダガーLタイプもあったか……
そんな訳で、恥ずかしながら君達の手を借りざるを得なくなったのだよ」
イワン中佐は頭をかきながら、キラへ説明を終わらせた。
武装した独立運動家という話は聞いていたが、単騎でダガー20機を屠るのだから只者ではない。
キラは、その情報に、手ごわい相手との戦いになると気を引き締めた。
- 75 :10/30:2006/01/29(日) 06:47:38 ID:???
- 「そいつに……協力者がいるはず。どんな連中なんです?」
突如、ゲンが話しに割って入る。だが、イワンは意表を突かれたという風もなく、平然と応えた。
「彼がノフチー共和国に入ったのは先週。独立運動を展開しているテロ組織を頼っているらしい。
あの国は、昔からユーラシアから分離・独立を望んでいて、自前のテロ組織も供えていてね。
幾度も混乱状態にあった国で、イワン・ザンボワーズもそのテロ組織の食客扱いだが……」
「何故今頃になってイワンを必死に追うのです? もっと早く手を打てば良い筈では?」
「……もっともな質問だ。だが、それは得策ではなかった。少なくとも戦争が始まるまでは。
イワンに限らず武装した独立運動家――テロリストは殺しても殺しても新顔が出てくる。
かといって、変な輩に暴走されても困る。テログループにしても同じだ。組織も人も……
恒久的な安寧を望むなら、組織を壊滅させるのではなく、存続させてコントロールするのも手だ」
「……イワンもテロ組織も、ある意味では連邦政府が飼っていたと?」
「そうではない。が、どんなテロリストでも行動を把握できれば、それは脅威ではない。
殺せば良いというのは短絡的に過ぎるよ。それに、下手に殺して英霊扱いされても困る」
「それでも、一部を容認することに代わりはない……違いますか?」
「……信義よりも効果だよ、アクサニス中尉」
イワン中佐は、そう言うとポケットからタバコを取り出し、一服始める。
煙がゆっくりと部屋の上部にまで立ち込めたころ、再び彼は話し始める。
「この国は病んでいるのだよ。軍、麻薬、テロ、マフィアの連携は巨大で暴走も多い。
大西洋連邦やオーブでは考えられないことが日常的に起きている。ユーラシアは広大だが……
同時にその病巣も大きく根深いものがある。あまり多くは語りたくないが……まあ、察してくれ」
「……目的地は何処です?」
「ノフチー共和国の首都、雷帝の街だ」
「……?」
「……知らんのか? イワン雷帝の街だ。ロシア語で恐怖の名を持つ街だが……
そういえば不思議だな。これから行く街もイワン、戦う相手もイワン、そして私の名もイワンだ」
言葉遊びのつもりなのだろうか――
イワン中佐はなにやら愉しげにその事実を指摘する。
食えない男だとゲンは感じたが、相手は中佐である。その思いは口には出さない。
やがて輸送機はカザフスタンの西、テンギスに到着した。
- 76 :11/30:2006/01/29(日) 06:48:30 ID:???
- 中継地テンギスからは、直接MSに乗り込んでの移動となった。
ゲンはストライクMk-Uをフライングアーマーに乗せ、キラはムラサメを飛行形態にして準備する。
同行する情報部のイワンも、フライングアーマーに乗り込み同行することとなった。
彼の機体は、独立した戦闘機ともなり得る機体だったからだが……
「あまり無茶はしないでくれよ。私は乗り物に強くはないんだ」
「中佐も物好きですね。そこまでしてついてくる必要はないでしょう?」
「これも仕事でね。現地の状況を確認しなきゃならんのだ」
イワンは愚痴りつつ、同行することをゲンに了解させた。彼もまた軍人ではあったのだ。
とはいえ、フライングアーマーは移動用にしか使えないことになる。ゲンは内心舌打ちした。
そんなやりとりを、キラが見つめつつ、イワン中佐に話しかける。
「あの……」
「……ん? 何かね?」
「我々の任務は、イワン・ザンボワーズの逮捕が第一ですよね?」
「そうだ。無傷で逮捕できればそれに越したことはない。だが、相手は凄腕のテロリスト。
おそらく、そう簡単に逮捕など出来まい。最悪、殺傷もやむを得ないだろう。
君達は、気にせずいつも通りやってくれればいい。後の始末は私がやる」
キラとイワンのやり取りをゲンも見ていた。だが、彼はキラの言葉に一抹の不安を感じていた。
初めてキラと共に作戦行動をする以上、不安を取り除く必要がある―
そう思ったゲンはキラを問いただす。
「お前、生け捕りにしようって思っているのか?」
「できれば……」
「やめておけ。相手は相当の腕だぞ。加減の出来る相手か?」
「でも……」
「俺たちは神じゃない。万能でないだけ、鬼になる必要もある」
最低限の釘を刺し、ゲンはキラの元を離れ、愛機へと向かった。
そんな様子をイワンは不思議そうに眺める。そして、会話が終わるとキラに言った。
「君達は……あまり仲が良くないのかね?」
良くないわけではないが……ゲンとキラの思考は、明らかに食い違いを見せていた。
- 77 :12/30:2006/01/29(日) 06:49:17 ID:???
- ゲン達がテンギスを出てから数時間後―
ゲン達の目的地の街に、件の男―イワン・ザンボワーズはいた。
彼の周りには大勢の男たちがいる。彼らは皆銃を持ち、一見して堅気には見えない。
そんな中にいるイワンを、一人の男が呼ぶ。
「イワン、来てくれ。大佐が呼んでいる」
男に呼ばれ別室に通されたイワンを、大佐と呼ばれる人物が迎える。
髭を蓄えた壮年の男だが、その顔はやつれている。暫くして、男が口を開く。
「イワン、もうすぐ空爆が始まる。ユーラシア軍からの通告があった」
「市民の避難は?」
「他所にアテのあるものは済んでいるだろう。だが、そうでない者はまだ多くいる。
一時しのぎではあるが、なるべく安全な場所へ向かわせるよう、指示は出しているが……」
「……俺はどうすればいい?」
「……街を出たまえ。ここで君が出来ることは終わった。
相手が重爆撃機ならMSでは手も打てない。今日まで……ありがとう。よく戦ってくれた」
それだけ言うと、大佐と呼ばれる男はアタッシュケースを取り出し、イワンに遣した。
「もって行ってくれ。今日までの礼だ」
「……金が目的でやっているわけじゃない」
「だが、これからの君の活動に必要なものだろう? それに、せめてもの感謝の印だ」
暫しの黙考の後、イワンはケースに手を伸ばす。ケースを受け取った後も再び沈黙が続く。
やがて、大佐と呼ばれた男が手を伸ばし、握手を求める。
「我々の戦いもまだ終わったわけではない。また……いつか会おう」
イワンも手を伸ばし、大佐と握手を交わす。だが、そんな部屋に一人の男が駆け込んでくる――
「イワン! 街の北からMSが2機迫っている! 早く脱出を!!」
男の言葉に大佐とイワンは頷きあう。ユーラシア連邦はイワンの逃走を逃しはしないということだ。
そのことは予め二人も承知していたのだろう。覚悟の上といった表情で、イワンは部屋を出る。
その姿に、大佐と部屋に駆け込んできた男は無言で敬礼をした――
- 78 :13/30:2006/01/29(日) 06:50:09 ID:???
- 愛機ハイペリオンに乗り込むイワン――
情報どおり、北からMSが2機迫っているが、どちらもユーラシア連邦の識別コードではない。
一機は大西洋連邦で、もう一機はオーブであった。遠く離れた両国のMSが何故この地に――?
「事情は分からないが……敵であることに変わりはないな」
言うや、戦闘モードに切り替えハイペリオンを起動させ、激戦の幕が開けた――
その頃もう一人のイワン―ロシア情報部のイワン中佐は、ゲンとキラに指示を出していた。
「ああ、二人とも。街の外で待っていろ。街には入るな」
『どういうことです?』
「あのイワン・ザンボワーズという男は、市民のいるところでは戦闘はしない。
彼の傾向からすると、街の外でいつも戦闘を仕掛けてくる筈だ。
こちらが少数だから、尻尾を巻いて逃げるとは考えにくい。
返り討ちにしようとする筈だから、やつの誘導に従え」
『ちょっと待ってください! こっちに地の利はないんですよ?』
「頼りないことを言わないでくれ。二人とも、伝説のストライクの新旧パイロットだろう?
いつもこのくらいの難局は、難なく突破してきたのではないか? 頑張ってくれたまえ」
ゲンの抗弁にも彼は意にも介さない。やってみせろという風に言うだけであった。
食えない男だ―そうゲンは思ったが、状況が変わるわけではない。目の前の戦闘に集中する。
フライングアーマーの速度を上げ、キラのムラサメに先行した。
「キラ、信用していないわけじゃないが……
ブランク明けのアンタより俺が先に出た方がいいだろう。俺が先行するから、援護に廻ってくれ」
『了解』
そんなやりとりをしているうちに、イワン・ザンボワーズは街の西へと移動を始める。
モニターは、ハイペリオンの動きを逐次捉えおり、ゲンもキラも自機をその方向へと向ける。
「む……ヤツが向かっているのは、森林地帯の方向だな」
情報部のイワン中佐は、フライングアーマーのコクピットの中で、先にあるものを告げる。
数的有利を帳消しにされるな―ゲンは舌打ちするが、彼もMk-Uを森林地帯の方向へ向けた。
- 79 :14/30:2006/01/29(日) 06:51:03 ID:???
- Mk-Uとムラサメが森の近くまで到達した頃、既に森林の奥へとハイペリオンは去っていた。
ゲンはMk-Uをフライングアーマーから下ろし、キラはムラサメをMS形態する。
二人は森の前でMS越しに話し始める。
「逃げたのかな?」
「いや、ここで俺たちを倒すつもりだろう。レーダーを見ろ。奥で動きを止めている」
「あ……ホントだ」
「……いくぞ」
キラの疑問にゲンが答える。見ればハイペリオンは前方数km先で動きを止めている。
二人がMSを進ませようとしたとき、異変が生じる。通信機器にノイズが混じり始めたのだ。
すぐに雑音が強まり、無線が使えなくなる。やがて、全ての帯域で通信不能になった。
「くそッ……ジャミングか!」
ゲンはストライクのコクピットでその異変の正体を察知する。
多対一の戦闘では、まず一の方が多の連携を封じるのが上策といえた。
教科書どおりといえば教科書どおりなのだが、オーソドックスな手法でも効果は絶大。
木々に阻まれ、自由に動くこともままならなくなった。完全に数的有利は帳消しにされたのだ。
「イワン中佐! アンタはここで待っていてくれ! もう一人のイワンをすぐ連れて来る!」
「生死は問わんよ。上手くやってくれたまえ」
互いに無線ではなく、拡声器を使ってのやり取りだが、情報部のイワンは落ち着いて言った。
それに応えるように、ゲンのストライクMk-Uとキラのムラサメは森の奥へと入っていった。
「ストライクとムラサメか……妙な組み合わせだな」
イワン・ザンボワーズは、森に入ってくる両機を訝しがった。
ストライクといえば大西洋連邦が開発したMSで、ムラサメはオーブの最新鋭機……
しかし、そんな接点のない両機体は、ジャミングに動揺する風でもなく森に入ってくる。
その光景にイワンの手は汗ばみ、それがグローブ越しに全身に緊張を伝える――
「相当の手練か……いよいよ俺も年貢の納め時か?
だが、俺はまだ死ねない。俺を受け入れてくれたユーラシアの国々が自由を手にするまでは!」
- 80 :15/30:2006/01/29(日) 06:51:53 ID:???
- 森林地帯に分け入るMk-Uとムラサメ―
針葉樹林の樹木は、MSが通れるほどのスペースはあったが、その程度の幅でしかない。
今攻められれば、機敏な対応はできまい―ある程度覚悟していたことではあったが……
「拙いな……」
敵の術中に嵌りつつある―ゲンはそう感じざるを得なかった。
やがて、敵MSまで数百mというところまで迫ったとき異変が起きる―
二人の小爆発が次々と起ると、周辺の地表が一斉に爆ぜる。
「煙幕だ! 来るぞ!」
相手に聞こえもしないのにゲンはキラへ言葉を発する。
視界の悪い森林地帯に加え、煙幕でこちらの視界を潰しに掛かる―完全にプロの使う手だ。
状況は最悪といえた。この時のゲンの言葉は、キラへのものというより自分への叱咤に近かった。
ゲンはストライクMk-Uのシールドを構えながら横へ数歩移動を始めたが……
「クッ……! 樹が邪魔で動きが!!」
舌打ちする間もなく、ストライクを膨大な光の束が襲う――ビームキャノンフォルファントリー
ハイペリオン最強の破壊力を持つビームキャノンは、数秒前までMk-Uが居たところを通過する。
後手に廻ればやられる―確信したゲンは機体を無理やりに加速させる。
シールドがあろうと、フォルファントリーは防ぎきれるものではない。止まれば死を待つのみだ。
ストライクMk-Uは左右にステップしつつ、バー二アを吹かせることで距離を詰めようとする。
「……見えた!!」
モニターに相手の姿―ハイペリオンの姿が確認される。距離にして500mほど――
その距離まで迫ったとき、今度は威力の小さいビーム砲火がストライクを穿った。
ザスタバ・スティグマトと呼ばれるビームサブマシンガンは、無数の閃光となりゲンを襲う。
しかしここで足を止め、相手に距離を取られれば再びフォルファントリーに穿たれよう。
モニターが点滅し被弾箇所を知らせる―それでも、ゲンは無謀な突貫ともいえる攻撃を強行した。
「捉えたッ!!」
ビームライフルの射程圏内に納め、ここぞとばかりにゲンはライフルを放つ――
- 81 :16/30:2006/01/29(日) 06:52:39 ID:???
- が、その弾道は逸らされる――ハイペリオンの左腕を結晶のような粒子の膜が包んでいた。
ハイペリオンの左腕に装備されたモノフェーズ光波シールドが、それを阻んだのだ。
接敵するまでゲンがライフルを放たなかったのは、一重に自分の位置を相手に悟られないため―
撃てば確実にいる場所を相手に悟られ、フォルファントリーの餌食となるからだ。
しかし、視認できる距離まで接近しても、肝心の攻撃が阻まれては仕様がない。
最早、超接近戦でのサーベル攻撃以外に敵を仕留める手段はないと言えた。
ゲンは機体を飛翔させ、これまで以上に強引に距離を詰める―
ハイペリオンも、そうはさせまいとサブマシンガンの光弾を放つ。一発一発が死のバレット――
その弾幕がゲンを襲う―シールドで受けるストライクであったが、衝撃はコクピットを容赦なく襲う。
コクピット内で、激震に見舞われながらもゲンは意識を保ち、あと数歩のところまで迫った。
刹那、敵の攻撃がやむ―
ハイペリオンのビームサブマシンガンは、パワーセルを入れたマガジンで装弾される。
つまり、その弾が切れた一瞬を迎えたのだ。即座にマガジンの再装填を行なおうとするが……
その一瞬はゲンにとっての最大の好機――
「今だッ!!」
Mk-Uはシールドもライルフもかなぐり捨て、ビームサーベルを引き抜き相手に切りかかった。
狙いは敵のコクピット周辺―そにはMSの機能が集中しており、そこを切り裂けば敵は止まる。
もっともコクピットの近くであるから、操縦者を殺傷する可能性も高いが、手段は選べない。
相手はまだサブマシンガンを抱えたまま―確実にゲンの距離であった。
が、目前でMk-Uのサーベルはハイペリオンに防がれる―
「何ッ!?」
驚愕するゲン―ハイペリオンは、その手に持つサブマシンガンから一筋の光が見える。
サーベルと呼べるほどではないが、ナイフ状のビーム粒子が、Mk-Uのサーベルを阻んでいた。
「銃剣かッ!!」
舌打ちする暇もなく、ハイペリオンはその銃剣と化したサブマシンガンで切りかかってくる。
ハイペリオンは、2年前の機体とはいえ、その能力は現行のどの量産機よりも優れていた。
同時に、数は少ないものの、遠中近どの距離でも戦える装備も備えてる。
その汎用性には、ゲンも瞠目せざるを得なかった。
- 82 :17/30:2006/01/29(日) 06:53:29 ID:???
- だが、ゲンの驚愕もよそに、戦闘はなお続いていた。
切りかかってくるハイペリオンをいなしつつ、ゲンは相手の力量を測っていた。
手加減しながら勝てる相手ではない―と。手段を選ばず勝ちに行かねばならない、ということだ。
意を決し、ゲンは再度サーベルを振りたて、ハイペリオンに切りかかる――
再びハイペリオンは銃剣で応じるが―その時、Mk-Uの頭部バルカンがその砲門を開いた。
「もう……手加減なんてできねぇぞ! 逝っちまえッ!!」
切り結んだ一瞬に、Mk-Uの頭部から実弾の一斉射が放たれる――
シールドを展開せず、またフェイズシフトを装備していないハイペリオンには防ぐ手段はなかった。
あたかもダンスを踊る人形のように、後方に弾き飛ばされながら無数の弾丸を浴びている。
頭部、胸部、上腕部を中心にMk-Uの20mmのバルカン砲はハイペリオンを穿っていた。
数秒間ではあったが、射撃の的となったハイペリオンは崩れ落ち、無残にその残骸を晒す……
「……殺しちまったか」
胸部も無残に穿たれ、コクピットの周辺にも弾傷は刻まれていた。
遺体を確認するまでもない状況に、些かの後味の悪さはあったが、相手はテロリストである。
その力量と相まって、手加減している暇などなかったのだ。仕方がないことだと、ゲンは諦めた。
「終わったぜ、キラ。帰る準備をしよう」
戦闘が終わったことをゲンはキラに告げる。
森林地帯での密着戦に持ち込んだ時点で、キラは援護の仕様がなかった。
また、緒戦でムラサメのライフルで射撃をしたところで、位置を知られる危険があった。
正確な位置を知られれば、彼のフォルファントリーの一撃で、自分が狙われる虞があったのだ。
キラが碌に援護らしい援護もできなかったのは、やむを得ないことであった。
だが……
「キラ? おい、キラ! 返事をしろよ!? 無線が……まだ通じない」
無線で呼びかけるが、雑音が入り相手に声が伝わらない……
ジャミングはまだ続いていた。しかし、テロリスト本人はたった今ゲンが倒したのだ。
ジャミングの発信源がハイペリオンではないということか――?
ということは……まだ戦闘は終わっていない―他に発信源があるか、仲間がいるのか――?
ゲンはストライクを反転させキラの姿を追ったが、一瞬後にゲンは信じられない光景を目にする。
- 83 :18/30:2006/01/29(日) 06:54:20 ID:???
- キラの駆るムラサメは、一機のMSと対峙していた。
敵機種は見覚えのない機体、だが一瞬後にゲンはその機体の名を思い出した。
レイスタ――ジャンク屋が主として使う工作用MSで、オーブのM1アストレイに近い性能を持つ。
なぜなら、レイスタ自体がアストレイのパーツを流用してくみ上げられたものだからだが……
「キラ!?」
ムラサメはライフルを構えているが、レイスタは樹木を盾にビームナイフを一本持っているだけ。
キラがそれを放てば、勝負は一瞬にしてつく筈であった。しかし、キラはライフルを撃とうとしない。
そうこうする内、レイスタは木々を器用に抜け、距離を詰めようとする―
「何をやっている!? 撃て! 撃つんだ!!」
ゲンは思わず言葉を掛けるが、キラはその意に反しライフルを投げ捨てサーベルを引き抜く。
近接戦闘で相手を止めようというのだ。相手と対等の立場で戦いたいからするのではない。
キラは相手の命を慮ったのだ。木々に身を隠した相手の手足を狙い打つことが出来ず……
「馬鹿……野郎ッ!」
ゲンがストライクMk-Uで援護に向かおうにも、ライフルはなくバルカンも残弾が尽きていた。
遠距離からの支援などできよう筈もない。距離にしてMk-Uとムラサメは2、300mは離れていた。
舌打ちするゲン――だが、最早キラ本人の力量に期待せざるを得なかった。
サーベルを引き抜いたムラサメは、一気呵成に迫るレイスタのビームナイフを持つ手を両断する。
勝負は一瞬にしてついたかに見えたが、それでもレイスタは前進をやめず、ムラサメに組み付く。
――武器を失ったのに、何をする気だ?
ムラサメに組み付いたレイスタに鬼気迫るものを感じるゲン。その答えはすぐに明らかになる。
レイスタの切断された右腕はそのままに、残った左手が自機の足元に伸びる―
次の瞬間、レイスタの足元から何かを取り出す―もう一本のビームナイフを――
「キラ! 敵はまだやる気だ! 早く仕留めろ!!」
ジャミングで届かぬゲンの声がMk-Uのコクピットに木霊する。
だが、状況は既に最悪の方向へと向かい始めていた。
- 84 :19/30:2006/01/29(日) 06:55:10 ID:???
- キラのムラサメも、すぐさまそのレイスタの動きに反応するが……
ビームサーベルは言わば長剣、木々が隣接する森林内では思うように振り回せない。
小回りの聞くレイスタのビームナイフの方が、近接戦闘では遥かに小回りが効いていた。
流石のキラも、武器の性質の違いから反応が遅れる――
その間隙を縫いレイスタのナイフが、ムラサメの胸元を抉った――
一瞬遅れてムラサメのサーベルの一撃が、残ったレイスタの左腕を切断するが……
両機は互いにそこまでで動きを止め、数秒の間をおいて互いにゆっくりと仰向けに倒れこむ――
「キラああッ!!」
ゲンの絶叫も虚しく、キラの乗るムラサメはピクリとも動かない。
今だジャミングは健在で、無線で安否を知ろうにも阻まれ手の打ちようがない。
ゲンはストライクをムラサメの元に向かわせ、倒れたムラサメの側で停止させる。
次に、応急用の救命道具を手に、ゲンはキラの元へと向かった。
仰向けに倒れているムラサメのコクピットによじ登り、コクピットに辿り着く。
胸部にはビームナイフで切り裂かれた傷跡が、無残に残ったまま……だが、直撃ではなかった。
幸い、コクピットブロックからは若干逸れており、誘爆の危険を除けばパイロットは無事だろう。
すぐさまゲンはコクピットのハッチを強制解放し、キラを救おうとする。
「キラ、無事か!?」
「……うん、何とか」
「……血が出てるじゃないか」
「う、うん」
見れば、コクピットに座るキラの左肩口からは、血が流れている。
切り裂かれた衝撃でコクピットの機材が破損したのだろうか、焦げ臭い匂いも立ち込めていた。
「兎に角、傷の具合を見るのが先だ。立てるか?」
「……うん」
「あまり無理をするな。俺の手に掴まれよ」
ゲンは手を伸ばし、キラをコクピットから助け出す。
ムラサメの機体の外に出た二人―すぐさまゲンはキラの傷の処置に入った。
- 85 :20/30:2006/01/29(日) 06:56:07 ID:???
- ゲンは、キラのヘルメットを取り、パイロットスーツの上腕部までを肌蹴させる。
幸い、出血量は大したものではなく、傷も浅かった。コーディネーターであれば全治一週間程か。
大事には至っていないことに安堵しつつ、消毒と簡単に傷口を応急用の絆創膏を貼った。
「……これで、とりあえずの処置は済んだ。あとは帰ってからだ」
「ありがとう、ゲン」
「……ありがとう、じゃないだろう!? お前は、何を考えている!」
「……え?」
「何故あの時撃たなかった? 撃てばお前はこんな怪我を負う羽目にはならなかった筈だ!」
「………」
詰問するゲンに沈黙するキラ―暫しの沈黙が流れるが、キラから答えは返ってこない。
だが、その答えは意外なところから返って来ることになる。
「大方、俺の逮捕命令がでていたんだろうな。そして、そいつはそれを忠実に実行した」
「「!?」」
二人の目の前に、件の男―イワン・ザンボワーズが銃を構え立っている。
ゲンは腰を見やるが、今の彼はキラを助けるべく丸腰で飛び出していた。愛用の銃はここにない。
舌打ちするゲンだが、最早後の祭りであった。テロリストの銃口が鈍く光二人を捉える……
「馬鹿な! イワン・ザンボワーズは……ハイペリオンは俺が倒した筈だ!」
「多分、リモートコントロールで操っていたんだ」
「何……?」
「気づかなかった? ジャミングの中で、ある高音帯域にノイズが混じっていたのを。
そのノイズは恐らく、ジャミングに阻まれない特殊な電波送信方法の筈。
レイスタの中からリモートコントロールを使って、その周波数からハイペリオンを操っていたんだ」
嵌められていた――キラの言葉で、ゲンは全てを悟った。
目の前の敵に目を奪われ、周囲が見えていなかったのは彼であった。
キラはその状況で冷静に相手の戦法を読み、レイスタを操る者こそイワンであると悟ったのだ。
全てはイワン・ザンボワーズの手のひらの上で、彼操られるように戦っていたに過ぎない。
舌打ちするゲン―だが、状況は絶体絶命。イワンは銃を手に、残酷にそのことを告げる――
「大したものだ。あの短時間でそこまで判断できる人間がいるとはな。
だが……まだ俺は死ねない。加減してもらって悪いが、お前等には死んでもらうぞ」
- 86 :21/30:2006/01/29(日) 06:56:54 ID:???
- 「なあ、アンタ……コーディネーターなのか?」
唐突に――余りに唐突にゲンは質問をした。
銃口を向けられ、今正に死に瀕しているというのに――
「……そいつが人生最後の質問か?」
「……自分を殺す人間がどんなヤツか、知っておきたくてね」
「俺は……コーディネーターだ。親も兄弟もいない。作ったのは誰かも分からない。大方……
親の気に入らない姿で生まれた為捨てられたんだろう。"サーカス"っていう組織に育てられ……
戦闘訓練を受け傭兵紛いのことをやらされていたが、嫌気がさして俺はサーカスを脱走した。
けど、外界で俺に行くアテなんてなかった。そんな俺を受け入れてくれたのがユーラシアだ。
ある小国で俺は独立運動の手伝いをし、その国は独立を果たした。そして今日まで生きて来た」
「……そうか、アンタはコーディネーターなのか。間違いないな?」
「ああ。さて、そろそろお喋りは――」
「俺もアンタの余計なお喋りは聞き飽きたよ。今度こそ――」
ゲンが話を途切れさせるや、彼の左腕部に異変が起きる――
インナースーツの繊維が弾け飛ぶや、彼の左腕からは漆黒の機銃が現れる――
「――逝っちまえよッ!!」
ゲンがその言葉を発してから連続して数秒間――森に弾音が鳴り響いた。
「……語っている暇があったら撃つんだよ、間抜」
ゲンははき捨てるように、イワン・ザンボワーズだった肉塊を罵った。
ゲンの周囲には薬莢の欠片が散乱し、辺りには硝煙の匂いが立ち込める――
隠し銃――前腕浅指屈筋の辺りから飛び出した20cm程の小型マシンガンとも呼べる兵器……
それがゲンの切り札であり、イワン・ザンボワーズを仕留めた、文字通り最後の武器であった。
「何で俺が生き残ったか、最後に教えてやるよ。それは、俺が軍人で、お前がテロリストだからだ。
テロをやるような人間が持つ思想とか、そんな下らないモノ、俺は生憎持ち合わせちゃいない。
俺はGenocider Enemy of
Natural……ただナチュラルの敵を殲滅するだけの兵器だ。
お前は成ってない、敵を見たら撃つんだよ。最も、お前がナチュラルなら殺せなかったけどな」
テロリストの出自を聞いた代わりに、ゲンはその人物の遺体に自らの出自を語った――
- 87 :22/30:2006/01/29(日) 06:57:55 ID:???
- 「こいつを使うとインナーも上着も、左腕の服が破れるから本当は使いたくはないんだよ、クソッ」
カシャン、カシャン―――
金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、すぐにゲンの左腕は元通りになっていた。金属製だが……
手も普通の人のそれと大差なく見え、今しがた左手から物騒なものが生えていたとは思えない。
義手が正常に機能するか確かめるように、2,3度手のひらを伸ばしてから拳を作る動作をする。
問題がないことを確かめた後、ゲンはキラに向き直る。
キラはただ、呆然とゲンの腕と、目の前に横たわるイワン・ザンボワーズの遺体を見比べていた。
やがて、それが終わると、彼はゲンを責める様な眼で睨みつける――
「………」
「何だよ? 何か言いことでもあるのか?」
「殺さなくても……殺さなくても、良いじゃないか!」
「……は?」
「彼の逮捕が目的だった筈だ! なのに、どうして殺したんだ!!」
「命令が変わったんだよ。お前には伝えていなかったけど、イワン中佐から秘匿回線で言われた。
最初は生死を問わないと言ったけど、後から相手が投降した場合を除いて対象を抹殺しろ……
ってな。お前がどうにもやる気なさそうだったから、あのおっさんも不安になったんじゃないか?」
「そんな……! どうして!?」
「裁判に掛けていたら面倒だからじゃないのか? 大概テロリストの末路なんて、あんな物さ」
「そういうことを言ってるんじゃない! 君なら相手を殺さずに捕らえることも出来た筈だ!」
次第にキラの語気は荒くなって――
それに呼応するかのように、ゲンもキラの胸倉を掴み上げ、相手を罵り始める。
「俺が……あのイワン・ザンボワーズに慈悲の手を差し伸べてやる必要が何処にある!?
大体、お前も俺もアイツに殺されるところだったんだぞ! 平和ボケも大概にしろ!!」
「君は……ガルナハンでレジスタンスの少女を殺さなかったって聞いた!
そんな君ならあのテロリストだって、やろうと思えば殺さずに捕らえられた筈だろう!?」
「……ふざけるなッ!!」
ガルナハンでの一件を指摘され、ゲンは頭に血が上った。
情報の出所は大方アウルやスティングだろうが、そんなことは問題ではなかった。
先日ゲンがした "兵器"としては相応しくない行為は、自身が何より気にしていたことであった。
一番触れられたくない部分にストレートに触れられたことで、ゲンの精神のリミッターは、キレた。
- 88 :23/30:2006/01/29(日) 06:58:43 ID:???
- ゴッ――!
鈍い打撃音が森に響く。ゲンは拳を握り締め、キラは地に臥せっていた。
やがてゆっくりと顔を上げるキラの左頬には、ハッキリと打撃痕と分かる腫れが見えた。
地に臥せながらも、しっかりとゲンの眼を見据えて再び口を開く――
「……どうして、どうして殺すんだ!」
「どうしてもこうしてもあるか! 敵だから殺す! 当たり前のことだ!!」
「生かす人間と、殺す人間を……君はどうして決めるの?」
「俺はなぁ……戦闘用コーディネーター、ソキウスなんだよ!
課された命令は二つ! "ナチュラルのために戦え、ナチュラルを殺すな"だ!
ラクス・クラインを攫えって命令を出した、ブルーコスモス盟主から命令を受けて動いている!
ガルナハンでコニールを何故殺さなかったか? 簡単な理屈さ、アイツがナチュラルだからだ!
コニールが……アイツがコーディネーターだったら殺していたさ!!」
「………」
「お前だって、ラクス・クラインだってそうさ!
命令が出たらお前だって殺すし、ラクスだって殺していた。それが俺だ!!
Genocider Enemy of
Natural……ナチュラルの敵を殲滅するための兵器が、この俺だ!!!」
ナチュラルの敵を殲滅するための兵器――
その言葉を聴いたキラは、先ほどまでの怒りを帯びた表情とは異なる……
それとは真逆の、静かな瞳で――その瞳に哀しみの色を濃くして言った。
「君は……兵器なんかじゃない」
「……あ?」
「君は兵器なんかじゃないって言ってるんだ。君は……人間だ!」
「………」
「バルトフェルドさんから聞いたよ。君は襲撃者からラクスを庇ってくれたって。
あの夜、襲撃者が自爆したのを庇ったのか、君の背中は血に塗れていた……って。
ただ命令で動いているだけの人間は、絶対にそんなことはしない。君には人としての心がある」
「……だから、俺は人間だって?だが俺がソキウスである事実は変わらない!奇麗事を言うな!」
「奇麗事じゃない! ……なら、何で今君はそんなに辛そうな顔をしているの?
君はそうやって相手を無理やり憎んで、本当は殺したくないのに……相手を殺している」
あの夜――マルキオ孤児院をザフトの特殊部隊が急襲した夜――
バルトフェルドは、どこからかゲンとラクスの行動を見ていたのだろうか……
キラには何らかの確信があるのか、ゲンの歪んだ表情を見て"辛そう"と言った。
- 89 :24/30:2006/01/29(日) 06:59:33 ID:???
- 「俺が……辛そう、だと?」
人は鏡を用いずには、正確に己の表情を知ることなどできはしない。
憤怒の情がそうさせているのか、それともキラの言うように辛苦の想いがそうさせているのか……
ただ、確かにキラの言葉どおり――ゲンの顔は歪んでいたのだ。
そんなゲンとキラのやり取りは、意外な闖入者により中断されることとなる――
「なあんだ、二人とも実は仲が良いんじゃないか」
いつからか、ユーラシア連邦軍情報部のイワン中佐が二人の側まで来ていた。
横たわるイワン・ザンボワーズの亡骸に一瞥くれると、ご苦労さんという風に二人に拍手する。
先の皮肉の言葉と今の拍手に、キラは露骨に不快な表情を見せ、イワン中佐を睨みつける。
「……どうして、この人を殺せと……ゲンに命令したのですか?」
「キラ君、それは政治的配慮だよ。この戦争の最中、裁判に掛けるのは手間だろう?」
「……ッ!」
「それに……ヤマト三尉、君は他人のことは気にしている余裕があるのかね?
君にとっては、このイワン・ザンボワーズのことは、他人事じゃないだろう?」
情報部のイワン中佐は笑みを浮かべながら――やがて、冷徹なまでにキラに残酷な宣告をする。
「どんなテロリストでも行動を把握できれば、それは脅威ではない……そう教えた筈だ。
つまり、裏を返せば君たち三隻同盟の連中も同じことだよ。君は不思議に思わないのかね?
我々連合もザフトも、二年もの間オーブで暮らす君達に対して何もしてこなかったことが。
理由は簡単さ。君たちの行動が把握できていたからに過ぎない。それだけのことだ」
「把握……?」
「常に君達は監視されていたのだよ。テロリストの一団としてね。
賢明なことに、ラクス・クラインはこの2年間市井の人として生きる道を選んだ。
だから、我々は彼女の行動から脅威を感じず、ただ放置していただけのこと……
しかし、ユニウスセブンの落下で状況は一変した。戦争が始まったからだよ。
戦争に際し、連合はテロリストとザフト、二正面の作戦を展開するとなれば相当の負担となる。
それはザフトにとっても同じこと。だから、ザフトは、いやプラントはラクスを排除しようとした。
イワン・ザンボワーズにしてもそうだ。国家が管理できないテロリストに生きる場所などないのだ」
キラと向かい合ったまま、情報部のイワン中佐はタバコを口にする。
- 90 :25/30:2006/01/29(日) 07:00:20 ID:???
- 「私にはザフトがラクス・クラインを消そうとした理由がよく分かる。
連中は怖いのさ。また彼女にしゃしゃり出て来られると、思うように戦えない。
だから、暗殺部隊まで差し向けて消そうとした。その気持ちは実によく分かるよ」
ゆっくりと煙が立ち昇り、煙が宙を舞う――キラはただその煙の先を虚ろな表情で眺めていた。
イワン中佐がタバコを吸い終わると同時に、彼は再び口を開いた。
彼の言葉に些かショックを受けているキラ・ヤマトを、今度は慰めるかのように……
「まあ、それはさておきヤマト三尉、君は実に良いタイミングでオーブ軍に入った。
連合に敵対した過去の罪が帳消しになるわけではないが、これで君も体制の側の人間だ。
過去の罪の清算は、戦果を挙げることで相殺されよう。せいぜい頑張ってくれたまえ」
それから2時間後、迎えの部隊に連れられてゲンとキラはその場を後にした。
後詰と思われるユーラシアのダガー4機が、損傷したムラサメをトレーラーに積み込む。
そして、件のテロリスト、イワン・ザンボワーズの亡骸も一緒に――
だが、意外にも物々しい装備をした軍人たちの姿があり、穏やかならぬ様子であった。
移動のためゲンとキラも損傷したMSを降り、用意されたトレーラーに乗り込んだが……
只ならぬユーラシア連邦軍の兵士たちの様子に、ゲンは不審に思いイワンを問いただす。
「作戦は終わったんじゃないのか?」
「ああ、イワンの抹殺は終わったよ。だが、もう一つの作戦が残っている。時機に始まるよ」
東から轟音が聞こえる――重爆撃機から無数の爆弾が嵐のように投下されていたのだ。
先ほどまでイワン・ザンボワーズがいた街は、やがて紅蓮の炎に包まれ、東の空も紅に染まった。
陽が沈む方向とは真逆の方向が――気味の悪いほど赤い血の色に塗りたくられる――
「何だよ、アレは!?」
「言わなかったかね? 今度の作戦は、あの街に巣食うテロリストどもを一掃するというものだ。
君達がイワンを抑えてくれた作戦も、その一掃作戦の一部に過ぎない」
「普通の、一般市民の避難は済んでいるのか?」
「一応、警告は済ませたよ」
「……それだけか? まだ避難していない市民がいたらどうする!?」
「さあな。あの国は独立を掲げ我が国から離反しようとした。穏健派も無論いたが……
武装闘争を掲げる者もいた。イワンもその一人だ。だから、始末する必要があったのだよ」
テロリストごと――住民ごと――根こそぎ焼き尽くす死の炎は、やがて街の全域を包み込んだ。
- 91 :26/30:2006/01/29(日) 07:01:09 ID:???
- 遠目だが、凄惨な光景を見たゲンが憤る。あの街にまだ住民がいるとすれば……
「おい! それじゃ、あの街にまだ住民がいるってことか!?」
「いるかもしれんな」
「そんな馬鹿なことがあるか!? 彼らもユーラシア連邦の国民だろう!」
「その通り。だが、独立運動に参加し、武装闘争を掲げる者たち―テロリストが問題だ。
彼らは一般市民に紛れて行動している。困るんだよ、見分けがつかなくてね……」
「だから、爆撃で一掃しようっていうのか?」
「ああ。警告を出した日から、街の外に出た連中を検問でチェックしている。
それらしい者がいたら、逮捕か……尋問を受けることになっていた。それを拒む者は……」
「テロリストと見なし、殺すって言うのか……動けない者や、避難を拒む人間はどうする!?」
「……もう、君には見当がついているんじゃないのか? お察しの通りだと思うが……」
察しの通り―今イワン中佐たちは虐殺とも呼べる行為に手を染めていたのだ。
その事実を指摘しても、顔色一つ変えない情報局の男に、ゲンは敬語も忘れ激昂する。
「これでは……虐殺だろう!」
「だったら、何だというのだ? この事実を公表し、我が国を糾弾するかね?
だが、君達はあくまでこの作戦の参加者だよ。そのことを分かっているのかね?」
「……ッ!! キサマ等は最初からそのつもりで俺とキラを……!?」
「……大西洋連邦とオーブにはこれからも友好な関係を築いていきたいものだ。
君は特殊部隊の人間だが、大西洋連邦の上層部にも顔が利く部隊にいるのではないか?
ヤマト三尉は確か……オーブの代表の弟だったか? 非公開の事実だったと思うが……
大変だなあ……そんな大それた人間が虐殺に加担したと分かれば、なあ?」
「ふざけるなッ! 俺たちを……使いやがったな!?」
「ふざけているのは君のほうだろう! 考えてもみたまえ、テロを止めるのは国家の役目だ!
この戦争の大事に、敵国プラントの軍隊ザフトとテロリストが連携してみろ、どれだけの脅威か!
手段を選んでいる暇などないのだよ! 少し考えれば分かることではないのかね!?」
「……クッ!」
「戦争はヒーローごっこではない! 少数精鋭の特殊部隊だか何だか知らんが分をわきまえろ!
軍人は歯車だ! 国家のために戦う歯車だろうが!! 何のために貴様らは戦っている!?
正義とでも言うつもりか? だがその正義は貴様らの正義ではない! 国家の掲げる正義だ!
それとも……軍を離れ、嘗てのヤマト三尉のように、国家を敵に回すテロリストでもなるか?」
「……ッ!」
「……君たちには幾ら感謝してもしきれないよ。イワンを倒したばかりか、我が国を救ってくれた。
これで表向き今回の作戦を大西洋連邦やオーブから責められる事は、なくなったのだからな」
- 92 :27/30:2006/01/29(日) 07:01:59 ID:???
- 燃える街――その光景を満足げにイワン中佐は眺めていた。
ゲンはそれに怒りを露にし、隣のキラは何にも言わず、ただ顔を伏せ絶望していた。
「このノフチー共和国は、昔から独立運動を長いことやってきた国でね。
一応は小国として存在しているにも関わらず、なおユーラシア連邦からの独立を望んでいる。
ユーラシア連邦が出来る以前から、ロシア連邦の時代からもう何百年も独立運動をやっている。
そんな国だから、中央ユーラシアでは独立運動もかなり激しく展開していてなぁ……」
「周辺国への……見せしめのために空爆したって言うのか?」
「独立運動の芽を摘むためだ。
そもそもは……ザフトがユーラシア連邦の独立運動に介入したのがこの悲劇の始まりさ。
憎むなら私やユーラシア連邦ではなく、むしろザフトの連中を憎んで欲しいものだな」
イワン中佐の言葉は、半ば責任転嫁とも取れる発言……
しかし、プラントとの戦争が始まり、ユーラシア西側で独立運動が展開される――
そんな状況ではユーラシア連邦も手段を選んでいる暇などなかったのかもしれない。
それでも、なおゲンやキラにはやり場のない哀しみだけが、心のしこりとして残っていた。
次第に、最初から沈痛な表情のキラに加え、ゲンも中佐を睨むのを止め悲しげな表情となる。
その様子に、慰めるつもりなのかイワン中佐はゲンに声を掛ける。
「中尉、君はガルナハンで善行をしたそうじゃないか。それは確かに良いことだよ。
でもそれは人として良いことではあっても、軍人としては褒められた行為ではないな」
「………」
「君くらいの年齢なら、ああいうケースで使命感に燃えたりするのは必然かもしれないが……
若者らしい正義感なんぞ、軍隊ではクソ食らえという扱いでね。所詮それは感傷に過ぎん」
「……言いたいことは、ハッキリ言ってくれ」
「なら言わせてもらおう。ヤマト三尉は君を兵器ではなく人間だと言ったが……その通りだ。
君は兵器としては不完全すぎる。完全な兵器を目指すなら、ああいう類の感傷は捨てるべきだ。
人生は絶え間なく連続した問題集と同じだ。揃って複雑、選択肢は極少、時間制限もある。
さらに戦争に参加する軍人であれば、その問題集は超難問、選択肢も時間制限もシビア――
分かるか?敵を見て躊躇する暇は……ない。その時間があればあるだけ、死に近づく」
「………」
「ザフトもテロリストも――それに加担する者も、軍にとっては同義……
敵と認めたものは、最短の方法で且つ最速で殺さなければならない……ということだ」
兵器であるべきか―――それとも、人間であるべきか―――
この時のゲンにはどちらが正しい答えなのか、二者択一にも関わらず――分からなかった。
- 93 :28/30:2006/01/29(日) 07:02:48 ID:???
- それから数時間後――
ゲンとキラは、中継地テンギスに戻りユーラシア連邦軍の施設に留め置かれた。
各所にハイペリオンの銃撃を受けたストライクMk-Uと、レイスタに切り裂かれたムラサメの修復。
キラの負った傷の手当てを……
その医務室の前――
ゲン・アクサニスは、一人キラが出てくるのを待っていた。先ほどの戦闘のことを考えながら……
そして、キラから言われた言葉と、情報部のイワン中佐から言われた言葉を――
「……俺にどうしろって言うんだ。俺に何が……できたんだ」
ゲンはただ命令どおり、イワン・ザンボワーズを抹殺しハイペリオンも破壊した。
ミスはテロリストのジャミングのカラクリを見抜けなかった程度で、彼は己の任務を成し遂げた。
最後に街で行なわれた空爆――軍務に一切の私情を挟むなと言ったイワン中佐――そして……
「アイツは俺が……辛そうな顔で戦っていると言った。俺が……人間だとも」
そんな言葉を言われたのは初めてだったし、ハッキリ人間と言ったのもキラが初めてであった。
ジブリールは言わずもがな、上官のネオ・ロアノークやイアン・リーもそんなことは言わなかった。
彼らはあくまでゲンを兵器としてしか見ていなかったし、ゲン自身そのことを熟知していた。
ソキウスであり兵器であることは、ゲンにとって余りに当たり前のことであった。それなのに……
「アイツは……一体、俺にどうしろって言うんだ!」
数分後、部屋から出てきたキラには――左肩から腕に掛けて包帯が巻かれていた。
傷はそれだけではなかった。何よりもキラの顔には――左頬には、絆創膏が張られていた。
考えてみればゲンは両腕とも義手――金属の腕である。それで殴られたのだから……
「……さっきは殴って悪かった」
一時の感情に任せキラを殴ってしまったことと、また己の腕のことも省みず殴ったこと――
二つの謝罪の意味を込めて、ゲンはキラに頭を下げた。そんなゲンを苦笑いしながらキラは……
「……いいよ。気にしてないから」
ただ、それだけの言葉でゲンの行為を赦したのだった。
- 94 :29/30:2006/01/29(日) 07:03:43 ID:???
- 二人は宛がわれた部屋へと向かった。今日はこの地での宿泊――
その部屋へと向かうまでの間、互いに一言も口を開かず、ただ二人は歩き続けた。
ゲンはその間口は開かなかったものの、幾度か口を開きかけてはいた。話を切り出すために……
やがて、ゲンは先ほどまで抱いていた疑問を口にする。
「なあ……俺は今日どうすれば良かったんだ? 」
「今日のこと? ボク達がイワン・ザンボワーズと戦おうと戦うまいと……街は爆撃されただろうね」
「……ッ! 俺は……自分が兵器だと思っているし、俺の周囲もそう思っている。
けど……俺は、あの情報部のイワン少佐のようには考えられないッ! どうすれば……!」
堰を切ったようにゲンはキラに言葉を紡ぐ――奔流となった想いを――
「俺は、ガルナハンでレジスタンスを保釈させた。それは使命感でも正義感でもない。
ナチュラル同士が争うのを見ていられなかったからだ。ザフトに踊らされている連中を……!
そんなことが続く限り、地球連合とプラントの戦争も終わりはしない……だからッ!!」
「広義において戦争が終わることなんて……ないのかもしれない。
あの街――今日空爆が行なわれた街がどういう街だか、君は知っている?
「……いや」
「今軍医さんから聞いたけど、あの街の名前はグロズニー、ノフチー共和国の首都らしい。
あのノフチー共和国では、もう200年以上昔から、ユーラシアやロシアから独立を望んでいる。
その度に独立運動に参加する国民は武器を持ち、抑えようとする体制側と戦ったって話だ」
「……200年? そんなにも長い間戦っているのか?」
「途中何度か平和だった時代もあったらしいけど、旧世紀から通算すると200年以上も……
その間、あの国の人たちは何万人も犠牲になったし、体制側にも大勢死者が出ている。
こんなことがCEの時代の今になっても続いているのが、この世界なんだ」
200年以上――その途方もない年月に、ゲンはただ唖然とするほかなかった。
そんなゲンを見ながら、キラは歩く足を止め、語り始めた。
「そんなにも長い間戦いが続く理由……ボクは、それは憎しみの連鎖が原因だと思っている。
例えば、親兄弟を始めとした親しい人たちが殺されれば、皆殺した人を憎んでしまうだろう。
殺されたから殺して、殺したから殺される。そんなことを繰り返している限り、戦争は終わらない。
そう思って、戦争を止めたい一心で、ボクは先の大戦でフリーダムに乗った」
やがて――
今度はキラの方が、堰を切ったように話し始める。
- 95 :30/30:2006/01/29(日) 07:04:47 ID:???
- 「大戦は確かに終わった。けど、局地的な紛争は世界のいたるところで繰り返されている。
戦争が終わってからの2年間、皆がどうしたら幸せに暮らせるか、それを考えていたけど……
答えは見つからない。今この時も、どうすれば良かったかは分からない。でも……」
青年は、ある確信を秘めた眼で――
ただ一つだけ、自身が信じていることを告げた。
「誰も人の命を奪う権利なんてない……これだけは確かに言えると思う。だからボクは――」
「人を殺さない……って言うのか?」
「我侭なことだとは思う。戦争に参加しているのに、手前勝手な理屈……だよね。
自分でも分かっている。けど、これがボクの戦いなんだ。君には嫌われるだろうけど……」
理想論ではあるが――突き詰めて考えれば、キラの話は一応理屈ではあった。
だが、それで全てを納得できるゲンでもなかった。
「……お前の乗っているのはフリーダムじゃない。量産機のムラサメなんだぞ?
力があるって言っても、性能差という明確なアドバンテージがない限り、命の保障なんてない」
「戦場に戻った時点で、命の保障なんてないよ。たとえムラサメでも……ボクは自分を貫きたい。
そして……どうしたら戦争のない平和な世界が実現するのか、その答えを見つけ出したいんだ」
自分が死ぬのは覚悟の上――そこまで言われてしまっては、反論も出来ない。
それに、そもそも二人の理論前提条件がまるで違うのだ。ゲンが戦う理由、それは……
「俺は……この戦争で、アウルやスティング、ステラには命を救ってもらったから……
あいつらにはその貸しがある。俺はこの戦争をあいつらと生き残る――それだけを考えている」
「でも……でも、できるだけ殺さない戦い方って、できないかな?」
「俺はアンタみたいに最強のMSに乗っていた訳じゃない。今の俺はアンタほど強くはないし……
だから、俺には……アンタみたいな戦い方、できっこない。生きるためには、殺すしかないんだ」
「……そう」
「……でもな、降伏した相手を殺すほど無慈悲でもないから……それで勘弁してくれ」
ゲンとキラの間にはなお埋めがたい溝はあった。それでも、最後にキラは少しだけ笑顔を見せる。
その笑顔で、テロリストとの戦いで傷ついた二人の関係は、些か修復されたのだろうか――
ゲンは、キラと情報部のイワン中佐から出された問題は今だ答えを見つけられないでいた。
兵器であるべきか――それとも、人間であるべきか――
今だ見つからない答えの存在が、なおゲンの心に影を落としていた。