4 :1/18:2006/02/26(日) 01:09:37 ID:???
ゲンとキラがノフチー共和国での任務を終えた日の翌日……
ユーラシア連邦の西側、黒海沿岸に位置するユーラシア連邦軍のノヴォロシースク基地――
先にこの地に着いていたアウル、スティング、ステラの3人は、基地でMSの整備をしながら二人を待っていた。
時刻は午前10時を過ぎたところ……アウル・ニーダはいち早く期待の整備を終える。

「……よおっし! 整備終了っと」

アウルは愛機アビスの整備を終え、コクピットで声を上げる。
モニターでのチェックのみだが、アビスの機体の何処にも異常は見られなかった。
最もインド洋でのミネルバとの戦闘以降、碌に戦闘らしい戦闘もしていなかったから異常がある筈もないが――
アビスのコクピットから降り、スティングやステラの様子を見に行った。アビスの横にガイアもカオスもある……
程なくしてステラがガイアから降りてきた。彼女の顔を見たアウルが駆け寄る。

「……お、ステラ! 上がり?」
「うん。ガイアは……異常なし」
「そっか。スティングはまだカオスのコクピットの中?」
「……まだ、出てきてない。いつもは……一番早いのに……」
「言われてみりゃ、いつもアイツが一番早いよな。今日はどうしたっていうんだろ?」

いつもは手際よく機体の整備を終え、先に出てくる筈のスティングが今日は遅い……
ステラの指摘を受けたアウルも、言われてから気づきそのことに訝しく思った。
とはいえ、機体の整備にそれほど長い時間が掛かるとは思えず、二人ともそのままスティングを待つことにした。
しかし―――10分経っても、20分経っても彼はカオスから降りてこない。

「……何やってるんだ、アイツ?」
「変……いつもは、こんなに時間かからない」
「だよな。よぉし、ちょっと見てくるわ」

言うや、アウルは整備中のカオスに駆け寄る。メカニック数名が機体の側に張り付いていた。
メカニックが張り付いているということは、まだ中にスティングがいるということに他ならない。アウルは彼らに問う。

「ねえ! スティングのヤツ、まだ機体の整備してんの?」
「オークレー少尉なら、もう機体の整備はとっくに終わっていますよ」
「……え? じゃあ、なんで出てこないのさ?」
「少尉は、今シミュレーションの真っ最中です。ストライクMk-Uの戦闘データから抽出した戦闘記録……
 アレを元にして、仮想の敵に仕立てて模擬戦……ってところですかね。彼是20分はやっていますよ」


5 :2/18:2006/02/26(日) 01:10:37 ID:???
メカニックの言葉どおり、スティング・オークレーはシミュレーションの最中であった。
コクピットに映し出されるのは仮想の海、仮想の空、そして……彼の眼前にあるのは黒いストライク――
ゲン・アクサニスの戦闘データを元にして組み上げられた仮想の模擬戦を、スティングはこなしていた。
最初のうちは、目の前に現れるMk-Uの姿は、仮想とはいえスティングを大いに緊張させはしたのだが……

「……チッ! やめだやめだ、こんなのやってられるか!」

突如、乱暴に言い放ち機体のシミュレーションを止め、コクピットのハッチを空ける。
バシュッ――と、乾いた空気音が響き、外の陽の光りがコクピットに入る……そして、人影も――
カオスから降りようとしたスティングの目の前に、僚友のアウルがいた。タイミングの良さにアウルが目を丸くする。

「……あれ? 終わり?」
「ああ……クソッ! 終わりだ、終わり!」
「……機嫌悪いなぁ。ひょっとして、シミュレーションで、仮想のゲンに負けちゃったとか?」
「……気になるなら、コクピットのモニターのスコアを……見てみろよ。先に上がるぜ、俺は」

スティングの機嫌の悪さに、アウルは顔を顰めるが……スティングの機嫌の悪い原因が気になりはした。
一体どれほど打ち負かされたのか――そう思って、アウルはカオスのコクピットに座り、モニターを眺める。
だが、目の前に表示される数字は、アウルの予想とは真逆のものであった。

「ええと、撃墜率は……いくつかな? ……ん? 73%……!? 凄ぇじゃん!」

モニターに映し出されたのは、破壊されたMk-Uの姿と、カオスが彼の機体を撃墜率――73%という数字だ。
予想とは全く逆の結果、圧倒的なスティングの勝利にアウルは驚き、慌ててスティングの所に向かう。
機体から降りたスティングは、メカニックにシミュレーションの終了を告げ、ステラの元へ向かっていた。
そのスティングに、後からアウルが声を掛ける。

「おーい! 何で不機嫌なのさ? スティングの大勝じゃない!」
「……だからだよ」
「はぁ? 意味わからないよ。なんで勝って機嫌悪いのさ?」
「……最初のうちは、相手がゲンだと思って気も引き締まったし、Mk-Uのスピードにも手を焼いた。
 けどな、時間が経つにつれて段々慣れてくるんだよ、相手のスピードにはな。だから、7割も勝てたんだよ。
 本物とはまるで違う……まがい物の動きだ。ゲンはこっちの予想もつかないようなことをやってくるが……
 所詮シミュレーションはシミュレーション、心理戦とか駆け引きの相手にはならない。パターン化されているのさ」

大勝にも関わらず、スティングの機嫌が悪かったのはシミュレーションそのものへの苛立ちに他ならなかった。


6 :3/18:2006/02/26(日) 01:11:43 ID:???
スティングを待ちくたびれたステラは座り込んでいたが、スティングに促され3人ともラウンジに移動する。
彼らは、他の兵より一足早く仕事を終えてしまっていたため、お茶会になった……と言うわけだ。
ラウンジに備えつけの販売機から各自飲み物を買い、椅子に腰掛ける。3人とも飲み物を口にし……
全員一息ついたところで、先ほどのスティングの機嫌の悪さをアウルが気にかける。

「なあ、コンピュータ相手で不満なら、俺が相手しようか? 模擬戦の許可さえ出れば出来るだろ?」
「……申し出は有りがたいんだけどよ、そいつはあまり意味がない」
「なんでさ?」
「お前の機体は水中戦用に特化しているし、ステラのガイアは陸戦に特化している。
 そして、俺のカオスは、本来は宇宙戦用……大気圏内でも使えるが、主に空中戦に向いている。
 俺たち3人の間で模擬戦をやるってのは、誰かが決定的に有利になり、不利にもなる。だから、無意味なんだ」
「……なるほどね、納得。じゃあさ、ゲンが帰ってきたら頼めば?」

3人の間での模擬戦は意味が薄い――スティングの指摘は完結明快なものであった。
そんな彼に、アウルはゲンと模擬戦をやってみてはどうかと提案してみせるが……スティングは笑って首を振る。

「そいつも……ダメだ」
「ええ!? なんでさ? カリフォルニアベースでもやってたじゃない?」
「まぁな。でも……ゲンより先にやっておきたい相手がいるのさ」
「ゲンより先にって、他には……あッ! お前、まさか……」
「その、まさか……さ」

ゲンより先に模擬戦を行ないたい相手――彼ら3人と、ゲンを除けば残るはただ一人……
先の大戦でストライクを駆り、連合最強とまで謳われるまでの戦果を残した男、キラ・ヤマトしかいない。
つまり、スティングが挑戦をしたい相手というのは、ゲンではなく……

「アウル、俺はオーブ軍と合流した日にキラに挑戦するつもりだ」
「……マジで?」
「大マジだ。伝説のストライクのパイロット……けど、その正体はこれまでヴェールに包まれていた。
 俺もあの温厚そうな人がストライクのパイロットだなんて、夢にも思わなかったが……こいつはチャンスだ。
 勝ち負けなんて問題じゃない。所詮は模擬戦、実戦で勝てば良いだけの話だ。だがな……」
「だが……何だよ?」
「俺は強くなりたい。そのためには、自分より強いヤツの持っている技術を全て吸収したいんだ。
 いずれはキラだけじゃなく、モーガン・シュバリエやレナ・イメリアみたいな名のあるエースともやってみたい。
 最終的に彼ら全員の技術を吸収できれば……俺はもっともっと強くなれる、そんな気がするんだ」


7 :4/18:2006/02/26(日) 01:12:47 ID:???
スティングは目を輝かせて将来の展望をアウルに語って聞かせる。
そんなアウルは、何やらスティングの魂胆が見えてきた気がして、ため息をついた。

「お前さ、キラのこと、キラ"先輩"って呼んでたよね? あれはひょっとして……」
「軍人として、また連合のパイロットとして尊敬はしているぜ。けどな……やっぱり挑みたいんだよ。
 ほら、いきなりやってきて"模擬戦して下さい"じゃ洒落にならねえだろ? 事前の準備ってのは重要なんだよ」
「……似合わない言葉吐いてると思ったら、それかよ」
「勘違いさせちまったか? 悪いな。まぁ、最大の敬意を払いつつ、全力でぶつからせてもらうつもりだ」

スティングの力強い言葉に、アウルはやれやれと想いつつ首を振る。付き合いきれない――と。
ステラは、そんな二人の様子をボーっと眺めているが……そこに、他のユーラシア連邦軍の兵士達がやってくる。
彼らも休憩なのだろうが、彼らが話している会話の内容は芳しいものではなかった。

「おいおい、聞いたかよ。スペインが独立しちまったらしいぜ? プラントと手を組むらしい」
「ったく、何考えてるんだよ。ナチュラルの裏切り者どもは……相手は宇宙の化け物だぞ」
「気の毒なのは連合在籍でスペイン出身の奴らさ。スペインの新政権がどんな方針を打ち出すにしろ……
 連合内にいたら白い目で見られ、国に帰ったところで元連合兵だから白眼視される。板ばさみ状態だぜ、実際」
「辛気臭い話はやめよう。俺たちはコーディネーターを殺しまくって、宇宙に追い返せば良いだけの話さ」
「そうそう、化け物相手だ。降伏したって、情なんてかけねぇ……殺して殺して殺しまくるだけさ」

スペインの独立――ジブラルタル直近の国は、事実上の独立を果たしていた。
ヨーロッパ方面の小国では独立の気運が高まっているというが……その言葉に3人は顔を顰める。
ブルーコスモス思想の広がりか、はたまた連合内での気運なのかは分からないが、殺伐とした言葉が飛び交う。
ただ、アウルが最後の言葉に反応し、ユーラシア兵に食って掛かる。

「降伏した相手を殺したら、そりゃ国際法違反だろ?」
「ああ? 誰だお前?」
「大西洋連邦から来た者さ。あんた達の言っていること、本当にやっちまうのは……やばいぜ?」
「余所者が……国を分割されて、母国がプラントについちまった連中の気持ちが分かるのかよ? ああ!?」

アウルが窘めたのは、ユーラシアの男たちにとっては癇に障ったらしい。
確かにアウルの言葉は正論ではあったが、ユーラシア兵の言ったとおり、彼の国の者は人事ではなかった。
独立を叫ぶ国々が独立し、プラントについた場合……その国出身の連合兵の心境は如何ばかりであろうか。
彼らには戻る場所がなくなってしまうのだ。が、険悪になりかけたアウルとユーラシア兵のやり取りは寸断される。
スティングが手でアウルを制しユーラシア兵達に謝る。また声を荒げたユーラシア兵の仲間も、その男を宥める。
大西洋連邦もユーラシア連邦も同じ連合軍であり、このようなことで争う意味など何処にもないからだ。


8 :5/18:2006/02/26(日) 01:13:49 ID:???
スティングは、ステラとアウルを促しラウンジを出た。ラウンジを出たところでアウルがスティングに食って掛かる。

「……なあ、俺は間違ったこといったかよ?」
「間違ってはいないが……あいつ等の気持ちも察してやれ。俺たちは確かにここじゃ余所者だ。
 それに、スペインだかの国の連中のことも、迂闊に口を挟める身分でもない」
「けどよ……」
「俺達は研究所で言われた筈だ。いつも博士たちから言われた言葉、覚えているか?」

スティングに問われ、アウルはハッとする。かつてエクステンデッドの研究施設で言われた言葉を思い出し……
彼らが慕っていた研究所の博士と呼ばれる人物から言われ、他の研究員もそれに倣い常々言われた言葉――

「……確か、俺たちがエクステンデッドになったのは、ただ殺しの技術を身につけるだけじゃない……だっけ」
「戦争でナチュラルがコーディネーターに勝利することで、ナチュラルが劣った存在ではないことを証明する。
 そして、俺たちがナチュラルもコーディネーターと同じ能力を得られることを実証し、戦争を終わらせる」

アウルが最初に言い、次にスティングがそれを補足する。彼らを育てた人物はそのようなことを言っていたらしい。
だが、彼らは最後にその博士という人物から言われた言葉を、言い忘れていた。最後にステラがそれを話す。

「私達は……兵器じゃない。ナチュラルもコーディネーターも人間……命令は絶対、規則も絶対……法も」
「よく覚えていたな、ステラ。アウル、お前の言ったことは正論だし、研究所で言われた言葉を覚えていた証拠だ。
 けど、連合兵同士で諍いなんてやっていたら、それこそ俺たちはザフトのコーディネーター共に負けちまう。
 気持ちは分かるが、あいつ等だって馬鹿じゃない。そんなこと実際にやるわけがないだろう。気にするなよ」

スティングは改めてアウルを窘め、彼が間違っていないことを強調してみせもした。
もっとも、既にアウルはほかの事を考えていた。かつて自分達がいた研究所のことを……
研究所での訓練は辛く、ときに怪我をすることもあったが、それでも研究所の者は彼らに優しかった。
かつての思い出に浸っている中――アウルは彼らの身を案じる。

「みんな、元気かな? 博士や他の研究者の皆も……」
「多分、元気だろう。お前の……大事な人もな。便りがないのは、良い知らせって言うだろ?」
「それなら……リー艦長とか、ガーティ・ルーの皆も……元気?」

最後にステラが言った言葉で、アウルとスティングは現実に引き戻される。嘗ての僚友達の安否――
研究所から便りがないのは、特に問題もないからであろうが……嘗てのファントムペインの母艦ガーティ・ルー。
彼の艦は最新鋭の宇宙戦艦であり、戦地に赴く艦――しかし、彼の艦からの連絡はこれまで一切なかったのだ。


9 :6/18:2006/02/26(日) 01:14:53 ID:???
ステラが突然話を振った件のガーティ・ルーは何処か……
彼の艦はファントムペインの母艦でありながら、ネオ以下MS小隊とは別行動――月軌道艦隊に配備された。
本来ならば、月軌道周辺でラグランジュポイント周辺から展開するザフト軍を相手に戦っている筈である。
だが……月軌道とは全く見当違いのポイントに、ガーティ・ルーはいた。L4宙域の辺りに……

「……ん? 誰か呼んだか?」

ガーティ・ルーのブリッジ、キャプテンシートに腰掛ける艦長イアン・リー少佐は、誰かに呼ばれたような気がした。
しかし、ブリッジ内では誰もリーを呼んだ者などおらず、ブリッジのクルーは互いに顔を見合わせ、首をかしげる。
周囲の様子に、リーは自分の勘違いであると悟りクルーに謝った。

「すまん、気のせいだ。作戦行動中に悪かったな。誰かに呼ばれたような気がしたのだが……」

リーは気を取り直し、襟を正し咳払いを一つした。周囲のクルーも、艦長の言葉を忘れ仕事に取り掛かる。
航海を続けるガーティ・ルー。彼の艦が月軌道を離れていたのには理由があった。持ち場を離れる理由が――
時計をちらりと見たリーは、メガネを掛けた短髪細面の青年オペレーターに指示を出す。

「予定では目的地まであと30分程だが、このままの速度で予定通り到達できるか?」
「目標が情報どおりの場所にあれば到達できる筈です。あとはザフト軍と鉢合わせしなければ……」
「連中は本国の防衛で手一杯の筈だ。こんな場所を重点的に護る理由はないだろう」
「しかし、アーモリーのコロニー群も近くにあります。アーモリーのコロニーは軍用ですから、楽観は……」
「楽観しているわけではないが、本作戦の成否は作戦要員を送り届けることにある。艦隊戦にはなるまい。
 ……少し早いが、工作隊及びMS隊に発進準備をさせろ。10分後に第一戦闘配備だ」

作戦要員を送り届ける……工作隊……――リーの言葉によれば、今回は戦闘がメインの作戦ではないらしい。
ガーティ・ルーがミラージュコロイドを備えた隠密偵察可能な強襲艦であることを考えれば、適任ではあった。
だが、リーはこの作戦にあまり乗り気ではなかった。新型機強奪のような華々しい任務と比べれば……

「……全く、つまらん任務だな」

リーは小声で本音を呟く。本心ではこんな任務は真っ平であった。軍命だから逆らうわけにもいかないが……
可能なら地球でネオ達と共にミネルバ追撃の任務に当たりたかったのだ。が、軍からその命令は降りなかった。

「艦長! 目標地点周辺に巨大な構造物を確認! どうやら件のコロニーのようです」

オペレーターの声にリーは思考を中断し任務に戻る。目的地であるコロニー……そして、作戦は始まった。


10 :7/18:2006/02/26(日) 01:16:00 ID:???
それから数時間後のL5コロニー群国家プラント――
首都アプリリウス・ワンの最高評議会では、ギルバート・デュランダル主導で定例の会議が催されていた。
先の大戦後プラントの指導者となり、今度の戦争が始まってからも卓越した指揮能力を発揮するデュランダル……
彼は、その手腕をこの日も遺憾なく発揮していた。

「――では、プラント国内の内政についてはここまでとします。次に地球における今後の戦略について……
 目下ザフト軍はユーラシア連邦西側、ヨーロッパの国々の独立を望む国々に兵を送っております。
 先日も、ガルナハン一帯はミネルバ、及びラドル隊の共同作戦により我が国の支配下におかれました。
 まずは、今後の彼の土地の処遇につき……シュライバー国防委員長から、説明を――」

国内の内政については特に問題もなく会議は進められた。
戦争による国民の不安感は拭えないものの、表面化したのは一部市民が早期和平を望むデモを行なった程度。
デモそのものも混乱はなく、市民生活に不安を与えるような性質のものではなかった。戦中とは思えない平和――
プラントではそれが保たれていたのだ。やがて話はユーラシアでの軍事行動に及ぶ。国防委員長が口を開く。

「……ガルナハンの処遇について、簡潔にご説明します。
 ご存知の方もおられるでしょうが、あの土地は、本来は汎ムスリム会議が有していたものです。
 しかし、先の大戦でムスリム会議が一時主権をユーラシア連邦に譲った際、ガルナハンの支配権は移りました。
 この土地が元からユーラシアのものであれば、今後も我々が支配することに差し支えはないのですが……」
「本来はムスリム会議のものだから問題だ。あの国は中立を宣言しましたからな」
「そのとおりです。敵の拠点が本来は中立国の持ちモノであったという事実が、問題なのです。
 後ほどムスリム会議の領土内にあるマハムール基地の処遇についても検討することになりますが……
 つい先日、ムスリム会議から撤退要求がなされております。ガルナハンの処遇と相まって、ご検討願います」

予め各評議員に議題となる資料は渡されていた。意を察した評議員の一人が話しの問題点を指摘する。
その言葉にシュライバーも頷くが……軍を動かす以上、この話は評議会のみで決することはできなかった。
故に、デュランダルも会議を円滑に進めるべく、軍のトップのシュライバーを進行役に押したのだ。
彼の説明に、各員は各々が準備した意見を披露し始める。

「大体、虫が良すぎます。親プラント国でありながら連合の同盟条約に加盟、中立宣言などとは……」
「やむを得ますまい。あの国もまたユニウスセブンの被災国です。隕石となった破片があの国を穿ったとか」
「とはいえ、容易に撤退などはできないでしょう。これは戦争です。先方の都合もあるが、我々にも都合はある」

ガルナハンの処遇も問題ではあったが、それ以前にムスリム会議との関係をどうするか――会議は紛糾する。
言い争っていたわけではないが、ムスリム会議を慮る意見もあれば真っ向から否定する意見もある。
10分ほど経ち意見が出尽くした後、各員はそれとなくデュランダルの方を見る。


11 :8/18:2006/02/26(日) 01:17:11 ID:???
このように意見が纏まらない場合には、最高評議会議長の発言は重みを増す。
議長といえども独断専行が許されるわけではないが、最高決定機関の評議会で意見が割れれば話は別だ。
一応あくまで一人の評議員としての意見である、と前置きした上でデュランダルは話し始めた。

「確かにムスリム会議の方針の変更は一方的ではあります。しかし、これを真っ向から否定することも出来ない。
 被災国である以上、我々と親密な関係を維持し続ければ、彼の国も戦争に巻き込まれかねません。
 北にはユーラシア連邦、西には赤道連合が控えていますから。彼の国の立場も察する必要はあります」

ムスリム会議を挟む形で、ユーラシアと赤道連合という地球連合加盟国が存在している――
その事実を指摘した上で、デュランダルは本題に入った。

「撤退要求ですが、今日明日にも出て行けという話ではなかった筈です。マハムールを始めとする基地から……
 3ヶ月を目処に基地を立ち退いてほしい、というのが先方の意向でした。故に……従いましょう」
「議長、宜しいのですか?」
「どの道、マハムール基地の戦力もスエズ攻略戦に加えておいて損はないでしょう。
 スエズを落とせば……インド洋近くで粘る必要もない。スエズ運河周辺を重点的に固める必要も出てきます。
 情勢の変化にもよりますが、プラントからの回答としては"撤退要求は飲む"ということで、構わないと思います」
「情勢の変化……とは?」
「戦況が我々に有利になるにせよ不利になるにせよ、軍事行動とは想定の範囲内に収まるものではありません。
 仮に、撤退が現実的に難しくなった場合には、外交で撤退期限の延期を願い出ることもありえましょう。
 先方の唐突な要求を飲むのです。彼らとしても我々と事を構えたくはない筈。交渉に差し支えはないでしょう」

建前と本音は別――そう言わんばかりのデュランダルの言葉に、各員は一瞬瞠目するが……
冷静に考えれば、撤退要求を断って新たな敵を作る必要もない。議長の意見に理があると誰もが思えた。
各員の納得気味の雰囲気に、デュランダルは余勢を駆ってもう一つの懸案事項にも触れる。

「ガルナハンの話も同様に扱うのが良いかと思います。彼の土地では希少金属の採取も可能だという。
 ラドル隊を彼の地に移し、希少金属の確保の任を与えようと思います。どうだろう、シュライバー?」
「……議長がそうおっしゃるなら。元々、ジブラルタルとカーペンタリアを繋ぐ補給隊としてラドル隊はいた訳です。
 最低限基地の守備に必要な戦力があれば、補給に差し支えはありません。希少金属は我々としても欲しい。
 特にあの土地で採取されるモノは宇宙には少ない。確保もまた、大切な任務であることに変わりはありません」

デュランダルは話をシュライバーに振る。もっとも、この二人の会話は予め仕組まれたものであった。
公にはしていないが、デュランダルは国防委員長と常に緊密な連絡を取り合っており、この日もそうであった。
予め会議の前から、行政のトップと国防のトップは議題の打ち合わせ等は済ませ、戦局の分析も済ませていた。
あとは評議会の承認を取り付けるだけ――独断専行ではないものの、評議会の主導権は常に議長が握っていた。


12 :9/18:2006/02/26(日) 01:18:12 ID:???
「しかし議長、ムスリム会議から求められた3ヶ月以内に撤退という期限はガルナハンも例外ではないはずです。
 ラドル隊が採掘を始めても、期限が来れば返還しなければならない。無駄骨に終わらないか、不安が残ります」

デュランダルとシュライバーの会話に隠れていた問題点を、評議員の一人が指摘する。
優秀なコーディネーター国家プラントでも12名しかいない評議員たち――プラントの頭脳ともいえる彼らである。
予め退去期限を定められていたことが、ガルナハンでの作業に影響を及ぼさないか――?
その疑問は当然出てくるであろうものであった。デュランダルは一瞬の間をおき、答える。

「……少々狡猾なものの考え方かもしれませんが、あの土地は……実は主権不在の土地です。
 先の大戦でユーラシア連邦とムスリム会議の間で結ばれた借地約定、アレが失効しない限りは……ね。
 イスラム教国の小国の連合体であることに変わりはなく、ムスリム会議は国として纏まっているとは言いがたい。
 国としての統一見解を出してくるのは、次の会議でも難しいでしょう。何せ、あの国は……」

少し口元に笑みを浮かべ――しかし、ハッキリとした口調でデュランダルは言う。自らを指差しながら……

「私たちプラントと、ユーラシア連邦を始めとした連合各国との間で板ばさみになっているのです。
 元々は親プラント国……ガルナハンの地を解放した我々を地元住民も好意的に迎え入れてくれています。
 我々に強く返還を求めるとも思えないし、今更連合の支配に戻すというわけにもいかないでしょう。」
「居座ってしまえば良いと?」
「ガルナハンにユーラシア連邦が基地を作ったのは、ユーラシア方面への防衛と鉱物資源の採掘……
 我々としては、これらは戦略上軽んじることは出来ません。返還を求められれば、主権の話を持ち出せば良い。
 あの土地の問題について、ユーラシア連邦との間で話し合いがついたのですか……とね。
 ユーラシア連邦があの土地を欲する限り、彼の国と戦争状態の我々としては利敵行為など許容出来ません」
「……少しばかり、気の毒な話ですね」

流石に狡猾とも思えるデュランダルの物言いに、質問した議員はムスリム会議を慮る。
元はといえば親プラント国であり、戦争が始まるまではそれなりに友好な関係を築いてもいたのだ。
嘗ての友に、些か冷たい仕打ちではないか――暗に議員はそう言ったのだ。
しかし、デュランダルはその言葉に鋭く反応する。

「確かに、気の毒ではあります。だが、ガルナハンを手に入れるのに我々も犠牲を払っている。
 レセップス級一隻が大破し、犠牲者も出ている。我々の国の若者たちが命を散らせた事実はどうなります?
 我々としても善意で戦争をしているわけではない。撤退要求を飲むのですから、それなりの見返りも頂きましょう」

硬軟織り交ぜた外交方針を執るべし――デュランダルはその方針を明確に打ち出した。
元より撤退要求を飲むという方針を議長が宣言したのだ。見返りを欲することも可笑しい話ではなかった。


13 :10/18:2006/02/26(日) 01:19:23 ID:???
デュランダルの発言に最高評議会からの再反論はなく、ザフト軍の汎ムスリム会議内での行動が決まった。
マハムール基地の兵は最低限の要員を残しユーラシア戦線に送り、ラドル隊はガルナハン基地に移ることとなる。

やがて、次の議題に移ろうとしたとき――会議室の扉を叩く者がいた。入ってきたのは一人の女性……
豊かな金髪に理知的な双眸の彼女は、遺伝子調整で美男美女の多いコーディネーターの中でも際立っていた。
間違いなくプラントの中でも美女と呼べる部類の人間であった。年のころは三十路にも及ばない。
まだ若年――だが、一方でそんな彼女は評議会員の服を着ている。評議会の椅子は全て埋まっているのに……

突如、彼女を認めた議員全員が席を立ち、礼をする。議員達の後ろに控えている官僚たちも、軍人達も……
彼らだけではなく、最後には最高評議会議長ギルバート・デュランダル自身も彼女に礼をしていた。
同僚同士の挨拶の礼ではなく、明らかに目上の者に対する礼を――更にデュランダルは感謝の言葉を述べる。

「来て下さいましたか、アイリーン・カナーバ前最高評議会議長」
「ギルバート・デュランダル……現最高評議会議長、そのような堅い物言いは結構です。
 今の私は一プラント市民。もうこの場所に来ることもないだろうと、ずっと思っていましたのに……」

デュランダルの礼をやんわりとした口調で拒絶した上で、会議室の全員に向かって返礼をする。

「皆さん、お久しぶりです。最高評議会議長、ギルバート・デュランダル議長の招待に預かりこの場に参りました」

先の大戦後、混乱するプラントを収めユニウス条約を締結した前最高評議会議長アイリーン・カナーバ――
彼女は、自分がデュランダルの招待で来た事を告げると各員は顔を見合わせる。
彼らは事前にそんな話は聞いていなかったからだ。疑問顔の議員たちにデュらダルが説明する。

「今日彼女をお呼び立てしたのは、私の一存です。お知らせするのが遅れたことはお詫びします。
 目下、ユーラシア連邦西側、ヨーロッパ方面で高まっている独立運動の気運。これにどう対処するか。
 外交のエキスパートとして先の大戦から活躍していた前議長に、アドバイザーとして出席を願った次第です」

先の大戦でパトリック・ザラ最高評議会議長が暗殺された後、彼女がプラントの指揮を執った。
半ば強奪の形ではあったが……殲滅戦に入ろうとしていたザラ派をクーデター同然に拘束し、指揮権を奪う。
穏健派と呼ばれたクライン派に属していたカナーバは、長らく外交の舞台で活躍し辣腕で鳴らしていたが――
ある意味では権謀術数に長けていたのかもしれない。彼女の活躍でクライン派は政治の実権を取戻した。

何れにせよ、殲滅戦を止め和平への道を作ったのは彼女――ユニウス条約締結後、一線を退いた身ではあった。
が、今なおプラント市民、またこの場にいる政治家諸氏からも敬愛される人物ではあったのだ。そんな彼女は……
今日は外交上の問題を解決する上でのアドバイザーとしての扱いではあったが、全員が改めて最敬礼をした。


14 :11/18:2006/02/26(日) 01:20:28 ID:???
「次の議題はユーラシア西側の独立を求める国々との関係についてです。
 皆さんもご承知のようにプラントは、元は大西洋連邦を始めとした連合の宗主国の植民コロニーでありました。
 自由と独立を欲して先の大戦で我々は独立を勝ち得た訳ですが、そのような背景があるからでしょうか……
 ユーラシア西側の小国の首脳たちから少なからず、非公式ではありますがコンタクトがありました」

デュランダルは、ユーラシア連邦から独立を望む小国からのコンタクトが多くあることを説明した。
そのような小国は独立を望んではいるが、独立をしてしまえばユーラシア連邦という巨大国家の後盾は無くなる。
暗に独立への支援と共に、独立後の包括的な支援をも求める国々が続出していることを、デュランダルは伝える。

「しかし、独立を求める勢力といっても様々であります。彼らもまた一枚岩とは言えず、各国ごとに状況も異なる。
 どのような国々のどのような勢力に対し支援を行なうか、これが問題であります。詳しい話を……」

そう言ってデュランダルはカナーバを見る。国防の話はシュライバーとの連携で主導権を握ることが出来た。
だが、外交の話というとシュライバーはおろか、現職の評議員の中でもそれに長けた者がいるわけではない。
得てしてこのような議題は官僚の資料を評議員が検討し、意見を出し合うことで解決策を出すのが常套手段――
しかし、戦時ということであっては生半可な知識では対応しきれない。何より、実務に長けたものの意見も必要だ。
デュランダルがアイリーン・カナーバを呼んだ理由はここにあった。彼女とは同じクライン派としての縁もある。
議長はシュライバー同様、予めカナーバとも通じていた。その意図は推して知るべし……である。

「カナーバ、聞けば君の在職中からユーラシア西側の独立運動家たちはコンタクトを求めてきたらしいね」
「ええ、その通りよ。ユニウス条約が締結される少し前だったかしら……
 多くはヨーロッパの比較的経済力のある国、それらの国々の政治家から話が来たことはあったわ」
「今と二年前とでは状況が異なる部分もあるだろうが……どうだろう?
 良ければ君のほうから我々プラントが行なうべき独立支援の方策があれば、示してもらえないだろうか?」
「例えば……どのような国から、支援を求められているのかしら?」
「まずはスペイン、この国は我々が手を貸すまでもなく独立を果たしてしまった。
 ジブラルタル基地直近の国でもあり、先の大戦でザフトがスペイン領を占領していたこともあったのだろう。
 我々に対しても好意的な国ではあったが、彼らは同時に我が国に経済的支援を求めてきている」
「まだ独立を果たしていない国で、独立への支援を求めている国は?」
「スペインと近いフランス、ドイツ……イタリアもあったか。ほかにも旧EU圏の国々が独立を求めている。
 ただ、それらの国々には様々な勢力がいて、どのような勢力と交渉を持てば良い物か、判断に困るのだ。
 出来れば、どのような勢力と手を結ぶべきか、我々に教えてくれるとありがたい」
「……しかし、私が話してしまっては官僚たちの立つ瀬がないわ」

前最高評議会議長の発言である。一線を退いたとはいえ、その発言に重みが有ることに変わりはない。
それが現職の外務官僚たちの顔を潰さないか――カナーバは心配するが、彼らはただ頭を下げるだけだった。


15 :12/18:2006/02/26(日) 01:21:32 ID:???
如何に官僚として優秀であろうとも、カナーバほど数多くの外国要人と接してきた者はいない。
穏健派のクライン派は戦中から早期和平を求め、数多くの国と折衝し、和平への糸口を探ってきた。
その矢面に立っていたのがアイリーン・カナーバである。今は、彼女を越える人材に乏しいのが現状であった。
もっとも、デュランダルの台本にはこのような光景はなかった。あくまでカナーバなりの気遣いだが――

「では、簡単にではあるけどご説明します。あくまで私の在職中の話になりますが……
 ユーラシア西側の旧EU圏の国々で独立を求めている国、この多くは経済的自由を求めています。
 ユーラシア連邦の政治体制は福祉政策重視の体制、所謂"大きな政府"を維持する中道左派系の潮流です。
 これに対し先の独立を求める国々の勢力は、逆に経済最優先かつ福祉軽視の政策を求める傾向が強い。
 これらの勢力は、中道左派のユーラシア連邦政府とは真逆に、右翼的な思想を持った者が多いのが特徴です」

独立を望む者達――
彼らはただ無秩序に独立を叫んでいたわけではない。ユーラシア連邦政府の福祉政策に対する反感があった。
ユーラシア連邦西側の旧EU圏の国々は、経済的にユーラシア連邦の東側と比べて豊かな資本を持っていた。
しかし、福祉政策では富の再配分があり、自国の生産活動がそのまま利益になることは極めて少ない。
結果的に、貧しい他国を助けるためにその利益は使われ、自由な経済活動すらままならない――
ユーラシア西側の独立を求める国々には、常にそのような思いが付きまとった。
そのような思いと直結するのが右翼的な思想である。連邦を脱し独自の道を歩むべし――
得てして独立運動に身を投じる者たちは右翼、あるいは極右の勢力に身を投じ、独立の気運を高めていった。

「独立を支援するのであれば、そのような右翼勢力を支援するのが近道といえます。しかし、問題もあります。
 ドイツとイタリア……第二次大戦中この2カ国はファシズムに傾倒したが故に国を滅ぼしかけた経緯があります。
 この二つの国では、極右勢力を国民が排除する傾向が強い。迂闊に極右勢力を支援すると……」
「逆に、その国の人々からは、独立しプラントと協調路線を歩むことに対する疑問も出てくる……か」
「議長の仰るとおり、この2カ国については慎重に支援する相手を見極めなければなりません」
「ドイツとイタリアについては分かったが、例えばフランスはどうかね?」
「フランスは、ドイツやイタリアのような傾向はありません。むしろその逆です。
 古くからド・ゴール大統領以来のゴーリスムの潮流があり、彼の国の国民は右翼や極右に過敏ではありません。
 また、ゴーリスム思想はフランスを中心とした旧EU圏の政治的、経済的な対大西洋連邦の核となる思想です」
「……彼らは、我々の味方になる要素はあると?」
「フランスの政治家の中には、私の在職中からコンタクトを求める声もありました。
 仮定の話ですが、独立後の支援を確約すればユーラシア連邦の一翼は殺ぐことができるでしょう」

途中でデュランダルから話を振られるが、これは予め二人の間で準備されていた会話――
最後のカナーバの言葉どおり、ユーラシアの独立派を支援することは、ユーラシア連邦の力を殺ぐことになる。
半ば内政干渉ではあるが、最早戦争状態にあるプラントとユーラシア連邦の間に差支えがあるはずもなかった。


16 :13/18:2006/02/26(日) 01:22:32 ID:???
フランスやドイツ、イタリアといった経済的に豊かな国々がユーラシア連邦から独立すれば――
早晩、経済的にユーラシア連邦の戦争継続能力は殺がれ、早期に和平への道筋はつくだろう。
あるいは、ユーラシア連邦の分断そのものが、戦争でのプラントが勝利することにも繋がる。
評議会は、フランスを始めとしたユーラシア西側の独立を求める国々を支援する方向で固まりつつあった。

そんな最中――突如、軍服を着た若い兵士が議場に飛び込んで来る。
何事かと議員たちから視線を浴びる若者は、わき目も振らず軍のトップ、国防委員長の元へ向かう。
彼は何事かをシュライバーに耳打ちし、その報告を聞いたシュライバーは……席を立ち、各員に報告を伝える。

「議長、ならびに評議員の皆さん、たったいま忌忌しき知らせが参りました。
 L4宙域に建造中であったプラントの農業コロニーが、敵の攻撃を受け……壊滅したとの事です」
「壊滅だと? それほどの大軍で攻めてきたのか?」
「いえ、コロニー内部に侵入した敵工作兵が動力部を破壊したのが、壊滅の直接の原因です」
「……やってくれるな。しかし、なぜユニウス市ではなく、辺境のコロニーなどを狙ったのだ?」
「意図は不明ですが、壊滅したのは事実のようです。これでは、我がプラントの食料計画に差し支えます」

プラントは独立前、連合各国の指示で食料の生産は禁じられていた。
高い技術力を背景としたプラントの資本を、連合が食料の輸出を盾に奪い取ることが目的であったが……
独立後、最初の農業プラント計画はユニウス市を中心として進められ、急ピッチで食糧生産が進められた。
幸いにして数年先の食料は確保してあったが、更に長期化した場合の食料のアテになるものはなかった。
一部は同盟国の大洋州連合から輸入していたが、彼の国も戦争状態であるからそうそう余裕があるはずもない。
開戦の前後から、万が一のためにと作られていたL4のコロニー群を改修し、増産体制を作ろうとしていたのだ。

「やむを得んな。当面はユニウス市の食糧生産と大洋州連合からの輸入に頼るほかあるまい」
「しかし議長、万が一戦争が長期化した場合には、我々は……別の食料のアテを見つけなければなりません」
「そうだな……」

デュランダルは想定外の事態にも慌てることなく、シュライバーの報告を聞き、対応策を述べていた。
しかし、シュライバーの反論どおり他に食料を得られる策がない限り、今回の失態は取り返しようがなかった。
代案を求められたデュランダルは、黙考した後答え始める。

「次の議題でユーラシア西側への派兵問題について話し合う予定でしたが……
 この際、我々としてはユーラシアの穀倉地帯を確保する必要があります。フランスへの派兵を検討したい。
 彼の国は欧州の穀物庫と呼ばれるほど生産力がある。派兵をして損をすることもないでしょう。如何でしょう?」

デュランダルの言葉に反対する理由など評議員にあるはずもなかった。そして戦火はフランスにも拡がる――


17 :14/18:2006/02/26(日) 01:23:37 ID:???
それから程なくしてプラント最高評議会の会議は終了した。
ギルバート・デュランダルとアイリーン・カナーバの2名はそのまま議長室へと移った。二人だけの会合のため――

「相変わらず、話の主導権を握るのがお上手ね。あの様子だとシュライバーにも話は通してあったのね?」
「全ては円滑に事を進めるためだ。ザラ派とクライン派、今はその垣根も低くなったが方針の違いはある。
 君が来る前に少々揉めていてね。件のムスリム会議とガルナハンの処遇についてだが、如何せん……
 ザラ派は強硬外交を主張し、クライン派は穏健路線……ナチュラルに対する考え方の違いだろうか?
 地球の者を慮ることが出来る者と出来ない者、プラントを護ることでは一致していても、考え方に違いはある」
「……両者の相違点を、双方の顔を立てつつ会議を進めなければならない、か。貴方も大変ね」
「だから、前もってシュライバーと君には話を通して会ったのだ。あまり好ましい方法とは言えないが……
 側近たちに出てくるであろう疑問点、意見の相違点など全て纏めさせた上で、君たちに話を通し会議に臨む。
 派閥の枠を超えて挙国一致体制を作るには、こうでもするしかないのだよ」
「でも、今日は思い通りに事が運んで……まずまず良い会議だったのではなくて?」
「最後の一報がなければ……な。あの知らせはフランスへの出兵を手伝ってくれもしたが……
 彼の国の右派勢力が見事に独立を果たしたとしても、我々に食料を提供してくれる保障は何処にもない」
「そうかしら? 独立で恩を売っておけば……」
「戦況が我々に不利になれば、またユーラシア連邦政府に近い者達が息を吹き返すだろう。そうなれば……」
「一日一日で情勢が変化していく……か。戦争とは政治家にとって、頭の痛い話ね」
「君の苦労が、ここに来てようやく分かったよ。こう見えても胃薬が手放せなくなっていてね……辛いよ」

一見元気そうなデュランダルではあるが、彼はそう言うと胃の辺りをさする仕草をしてみせる。
カナーバにとってもその心境は察するに余りあるものがあったのだろう。瞑目し、同情を寄せる。

「今度、良く効く胃薬を持ってくるわ。先の大戦中私が使っていた製薬会社のものだけど……」
「それは有難い」
「それより、例の件はどうなっているのかしら? 今日はそれを聞くために足を運んだのだけど?」
「ふむ……」

同情を寄せる話をした後に、カナーバは双眸鋭くデュランダルを問いただした。
和やかな会合に突如として影がさしたためか、デュランダルは難しそうな顔をして唸ってみせる。

「……ラクス・クラインは以前行方不明だ。大西洋連邦、ユーラシア連邦、オーブ、東アジア共和国……
 連合の主要国の軍偵たちにそれとなく指示してあるものの、彼女を見たというものはいない。一体何処へ――」

デュランダルとカナーバが会合を持った理由は、ラクス・クラインにあった。
プラントの新旧最高評議会議長は、行方を眩ませたプラントの歌姫は重大な懸案事項であったのだろうか――


18 :15/18:2006/02/26(日) 01:26:43 ID:???
暫しの沈黙が流れる――
デュランダルは何事か瞑目し考えている風でもあり、カナーバは自らの爪を噛みながら忌々しげに呟く。

「あの娘は……放っておけば何をしでかすか分かったものではないわ。早く始末をつけないと……」
「それは分かってはいるが、送り込んだ暗殺部隊は誰一人として帰ってこなかった」
「けど、彼らは最新鋭のMSに乗って襲撃したのではなくて?」
「……監視者が明け方に、ラクスの住居に赴いて見たものは……そのアッシュの残骸だったという話だ」
「やはり、キラ・ヤマトが……」
「アッシュを屠ったのは、どうも彼ではないらしい。あの日、キラ・ヤマトはラクスの住居には居なかった。
 これも監視者の話だが、彼は早朝に帰宅したらしい。セイラン家の若君と一緒に……車でね」
「セイランがフリーダムを修復し、キラがフリーダムに乗りアッシュを屠ったのでは?」
「その可能性もゼロではないが……キラ・ヤマトはなにやら酷く落ち込んでいたらしい。
 監視者が遠目から彼を見たところ、変わり果てた我が家を見て絶望していたようにも見えたという話だ。
 あの日、オーブ軍が動いた気配すらなかった。ひょっとすると、彼は何もしていなかったのかもしれない」
「では……ラクスは何処に行ったというの?」
「アッシュ6機を屠るだけの力を持ち、キラ・ヤマトでもなくまたオーブ軍でもない者……」

穏健派で知られる二人のトップだが……会話の内容はそのような世評を覆しかねない内容であった。
ラクス・クラインに暗殺者を仕向けたのは、会話の内容からするとおそらくはこの二人――
デュランダルが言葉を切ったことで一瞬の沈黙が生まれるが、カナーバは相手の意を察し答える。

「……まさか、連合が? 連合が彼女を殺したと?」
「殺したのか……あるいは連れ去ったのか……
 あの日以来ラクス・クラインを見たものがザフトの軍偵にもいないのだ。その可能性は否定できないな」
「連れ去る?」
「キラ・ヤマトはあの日から程なくしてオーブ軍に入隊したらしい。
 我々がラクスを殺していれば、彼が入隊した動機は復讐……ということになるが、実際はそうではない。
 モルゲンレーテの技術者としての安定した生活があるのに、それをかなぐり捨ててまで軍に入る理由……
 連合が彼女を連れ去ったとすれば、辻褄は合う。彼女の身の安全を盾に、キラ・ヤマトを戦場に……とかね」
「あの女は連合にとっても敵のはずよ? それを生かしておくなんてことは……」
「敵の敵は味方……という言葉を聴いたことはないかな? 何れにせよ、この件はどう転ぶか分からない」
「そんな……馬鹿げたことが、本気であり得ると思っているの?」
「私は、状況から判断しているだけだよ。彼女の生死は不明だが、連合が関わっている可能性が高い」

デュランダルは状況からラクス・クライン暗殺事件は、連合の手によって阻まれたと判断していた。
そんな彼の話にいまだ納得ができない――そんな風に、カナーバは再び爪を噛み始めた。



19 :16/18:2006/02/26(日) 01:27:44 ID:???
事ラクスの話に関しては、カナーバは執拗だった。なおも彼女はデュランダルに食い下がる。

「状況から推察するのは結構だけど、そんな確証のない話で今後の方針は決められないわ」
「だが、状況から推察した上で私は暗殺部隊を彼女に差し向けたのだ。
 君が話していた例の話……シーゲル・クラインを殺したのは、ラクス・クラインだという話を……ね」
「………」
「ラクスが父親殺しだという話は、数々の情況証拠と……そして、何より君の証言が決め手だった。
 決して公には出来ない話だが、私はその話を信じた。そして、暗殺部隊を差し向けもした。失敗したがね。
 今回についても同じだ。監視者からの報告とラクスを取り巻く情勢の変化、それらを考慮した上での結論だ」

ラクスがシーゲル・クラインを殺した――プラントに住む一般市民がこの話を聞けばどのように思うだろうか。
デュランダルとカナーバの間で、かつてどのような話し合いがもたれたのか、知る術はないが……
二人は最早疑問をはさむこともなく、ラクスが父親殺しであることを確信している風であった。
更にデュランダルは話し続ける。

「――確証も時機に得られる。アンドリュー・バルトフェルドが宇宙に上がったらしい。
 先日、月の中立都市のエアポートに彼が姿を見せたと、軍偵から報告があった。ひょっとすると……」
「まさか、プラントへ? そんな……プラントはラクスの側にいた彼にとって、半ば敵地なのよ?」
「普通はそんなことはしないだろうが、彼も嘗ては砂漠の虎とまで異名を取った歴戦の勇士だ。
 あるいは、それも承知の上で彼はプラントに戻ろうというのだろう。監視は付けてある。好きにするが良い」
「……分かったわ。バルトフェルドについての処遇は私に一任させてもらえるわね?」
「構わんよ。腕の立つ者を数名、用意させてもらおう」

そう言うと、話は終わったとばかりにカナーバは席を立つ。先ほどまでの爪を噛む仕草はもうしていない。
いつもの、美しい――虫も殺さぬ顔に戻り、丁寧に礼をして議長室を後にする。去り際に一言を残して――

「――あの娘の処分に関しては、私の意に従う……貴方に議長職を譲る際にした約束を忘れないで欲しいわね」
「忘れてはいないよ。今この部屋に私がいるもの、君がクライン派に口添えしてくれたおかげだ」
「……もっとも、貴方以外に適任者が居なかっただけの話ではあるけど。適任者の条件は両派閥に顔が利く事。
 クライン派でありながら、ザラ議長の元で遺伝子研究に努めていた貴方なら、両派閥の対立を解消できる、と。
 貴方しか居なかったのよ。今日評議会を見て、貴方を選んだことが間違いではなかったと分かって安心したわ」
「私は両派閥の意図を汲み取り、政治に反映させているだけだ。全てはプラントの為に――」
「プラントの為に――」

新旧両議長の間でどのようなやり取りがなされ、どのような約束が取り交わされたのか――
最後は普段の両者に戻り、デュランダルは議長としての任に、カナーバはバルトフェルドの元へと向かった。


20 :17/18:2006/02/26(日) 01:29:28 ID:???
記憶――
それは忘れ難い忌まわしい記憶――
平穏だった筈の日常は、唐突に崩れ落ちる――

 『お父様、これは……一体どういうことです!?』
 『お前には関係のない話だ。プラントとしてはこれ以上戦争を続ける力はない。だから、こうする他ないのだ』
 『そんな……!』
 『正義のための戦争と不正義のための平和……その差は明確ではない。
   "彼ら"の存在はそのためにこそある。戦争が平和を呼ぶように、平和もまた戦争を呼ぶ。それだけの事』
 『では……そんな偽りの平和の為に、お父様は私たちを"作った"のですか?』
 『……! それを誰に聞いた!?』
 『今は亡きお母様からです。私たちが、何のために"作られた"のか、何のために"存在"するのか……
  亡くなられる直前に、お父様がいらっしゃらなかったあの日に、お母様からお聞きしたことです!』
 『お前は……プラントの歌姫として為すべきことを為せば良い! この話は他言無用、良いな?』

父去りし部屋に残された少女は、虚ろな瞳で空を見上げる――
彼女の眼に拡がるのはプラント、アプリリウスの空……人口の空、贋物の青空――

 『平和の歌を謳う――そのために作られたのが私……』

支えを失ったように血の気の引いた顔で――
少女は呟き続ける――

  『……でも、現実にあるのは偽りの平和――この作り物の空と同じ、贋物の平和――』

嘆きの言葉を呟き続ける少女――
しかし、彼女は一人の少年との再会に一筋の光明を見出す――

  『キラ・ヤマト……ストライクを駆り、戦争の中で嘆きながら戦い続けた戦士……貴方ならば――』

眠り続ける傷ついた戦士――
その少年の枕元で、少女の瞳は虚ろなものから、希望に満ちた眼差しへと変化を遂げる――

 『お父様、貴方が私を"作った"ことを恨みはしません。しかし、私は貴方に"作られた"平和を謳うモノ――
  言われたとおり、私は歌い続けます……平和の歌を。しかし、それは偽りの歌ではありません。私は……
  もしも、この少年が望むなら"力"を与えます。そして彼と共に謳います……真の平和のための歌を!』


21 :18/18:2006/02/26(日) 01:31:52 ID:???
暗い部屋――
その部屋には豪華な調度品が並べられ、少女はベッドの上で意識を取戻す。

「……今のは……夢?」

まだ朦朧とした意識の中、ラクス・クラインは覚醒した。
彼女が眠っている部屋は、ゲン・アクサニスに誘拐されてから長い間を掛けてつれて来られた洋館の一室――
おそらくは、ゲンに命令を下したブルーコスモス盟主と言われる男の邸宅……
つい先日、ようやくにして彼女はここに連れられてきたのだ。

「あれは……あの日の夢……
 私が真の平和の歌を歌おうと心に決めた日……キラとの再会で、私の運命が変わった日……」

目覚めたものの、ラクスは夢の内容を反芻しながら呟き続ける。
一しきり呟いた後、ラクスはベッドを抜け出し、身づくろいを始める――この部屋を出るために。
彼女は会わねばならなかった。彼女をここに連れてきた張本人と……
明け方――まだ日も昇っていないうちに、彼女は部屋を出た。
やがて、部屋を抜け出した彼女を一匹の猫が迎える。黒く、艶やかな毛に包まれた黒い生き物――

「……この家の主人の元へ、私を連れて行ってはくれませんか?」

猫は踵を返し歩き出し、ラクスもそれについて行くかのように歩き出す。
猫に連れられた少女はやがて階上に移動し、ひときわ大きいバルコニーに案内された。
そこで彼女を待っていたのは一人の男――早朝にも関わらず身なりを整えた、中年には遠く及ばない歳の男。
彼が恐らくはこの館の主であろう――そう思ったラクスは、彼に声を掛ける。
彼もラクスの存在に気づき、彼女の方に向き直った。男は若干笑みを浮かべラクスを迎える……

「……この猫は、ケット・シーでしょうか? 貴方の元へ連れて行くようお願いしたら、聞いてくれましたわ」
「ははは……ご冗談を。何の変哲もないただの猫ですよ。学名は……ノルウェージャンフォレストキャットです」
「貴方が……この家の主人?」
「ええ、そして貴方をここにお連れした者です。
 お初にお目にかかります――私は、ブルーコスモス盟主……ロード・ジブリールと申します」

丁度東から朝日が顔を出す――ラクスに向かっていたことで、陽の光りを背中に浴びるジブリール。
ラクスからジブリールを見れば、光りに照らし出された彼女とは対照的に、彼は陽の光りで長い影を作っていた。
立ち尽くすラクスを、ジブリールが作った影が覆う――それは恰も二人の未来を暗示するかのようであった。