- 132 :1/18:2006/03/26(日) 23:31:43 ID:???
- プラントの首都アプリリウス・ワン――
最高評議会議長ギルバート・デュランダルは緊急招集の評議会で、評議員を前に異例の表明をしていた。
「私は明後日地球へ赴こうと思う。私の留守の間は皆さんにこのプラントをお任せしたい。頼めますか?」
突拍子もなく切り出されたのは、議長自らの地球行きの意思表示――
各評議員たちはその真意を諮りかね、口々に疑問を呈する。
「議長、今は戦時であり……非常時ですぞ? わざわざご自身で地球に赴かれることは……」
「だが、どうしてもユーラシア戦線の現地視察をしておきたいのだ。現地の状況把握と士気高揚、慰問も兼ねて」
「ユーラシアの各基地を視察なさると仰るのですか?」
「そうだ。プラントにいれば議長としての職務は出来よう。しかし、仮にも今回の戦争で国を率いているのは私。
皆さんの総意や国防委員長以下委員会の面々との合議はあれど、私に判断を一任されることも少なくない。
私は、何よりもまず戦地というものが今どうなっているか、把握しておく必要があると思うのだ」
「……だから、ご自身で最前線のユーラシアを視察なさりたいと?」
最後の質問に、デュランダルは力強く頷く。
歴史の浅いプラントといえども、過去の大戦では二人の指導者がプラントにいた。
シーゲル・クラインとパトリック・ザラの二人がそれであるが、その何れも地球の基地に赴いた験しはなかった。
まさに、前代未聞の話――
しかし、一方でデュランダルの言葉にも説得力はあった。過去の二人は地球の基地にまで赴いたことはない。
パトリックは国防委員長時代幾度か視察、陣頭指揮に赴いたことはあったが……
最高評議会議長になってからは最終決戦まで動くことはなかった。シーゲルは言うに及ばず。
「そう長くプラントを空にすることはない。黒海沿岸のディオキアから、ユーラシア西のジブラルタル基地まで……
その間、国防のことはシュライバー委員長にお任せするとして、プラントの内政のことは皆さんにお任せしたい」
「どのくらいの間、視察なさるので?」
「そうだな……都合一週間ほどになるだろう。国を率いる者として、どうしてもやっておきたいのだ。頼めまいか?」
唐突な申し出ではあるが、たかが一週間ほどであればプラントの内政にさしたる悪影響はない筈――
また、先の大戦でプラントが勝ちきれなかったのは、トップの戦況の読違えという問題も無きにしも非ずであった。
何しろ、パトリックがヤキン・ドゥーエに赴くまで、プラントの最高指導者が戦地に赴くことはなかったのだから……
評議会の面々は、このような熟考を経てプラント最高評議会議長を地球に送り出すことを了承した。
かくして、ギルバート・デュランダルはユーラシア西側、黒海沿岸の都市ディオキアへ向かうこととなる。
- 133 :2/18:2006/03/26(日) 23:32:34 ID:???
- プラント最高評議会終了後、デュランダルは議長室へと戻った。
彼が部屋に入るや、金髪の女性がデュランダルに応対する。前議長にして現外交顧問アイリーン・カナーバが。
「評議会の承諾は取れたの?」
「ああ。彼らとしても戦況の動向は気になるだろう。戦地故の危険は伴うが……行くしかあるまい」
「最高評議会議長自ら地球へ……それも戦地へ赴くだけの理由が、あるのね?」
「……やはり、君には敵わないな。分かるかね?」
「この時期に……貴方がユーラシアに赴かなければならない理由があるとすれば、一つだけでしょう?」
傍目には不明瞭なやり取りだが――デュランダルとカナーバの間には互いに意思の疎通が出来ていた。
戦況視察や兵士の激励や慰問は表向きの理由……デュランダルが地球に赴く目的は他にもあるらしい。
「そういえば、アンドリュー・バルトフェルドはどうしている? 先日会ったのだろう?」
「……彼にも思い当たることはあったようね。ラクスの話を……一応は信じたようよ」
「ふむ……で、ザフト復隊の話はどうなったね? 説得してみたのだろう?」
「返事は保留されたわ。今も……迷っているようよ。プラントのために戦う意思はあるようだけれど」
「それは重畳だ。彼も我々と共に戦う気になってくれれば、この上ない戦力になり得る」
話は、嘗て砂漠の虎と呼ばれた男アンドリュー・バルトフェルドに及ぶ。彼はラクス・クラインの側近だが……
カナーバからシーゲル・クラインの死に隠されたラクスの思惑を聞かされ、その心は揺れ動いていた。
今も監視付きの状態ではあるが、アプリリウスの某ホテルでこれからのことを考え続けていた。
自分がこれから何をすべきかを――
「彼の意向を尊重しよう。ラクスの側近とはいえ、迂闊にプラントを害する行動に出ることはあるまい」
「そうね……今の彼は、下手な真似はしないでしょう」
デュランダルは、バルトフェルドに無理強いすることはせず、彼が翻意するのを待つことにした。
カナーバも同意し、彼女は席を立とうとする。彼女の仕事――バルトフェルドについての報告は済んだのだ。
だが、席を辞して去ろうとしたとき、部屋の扉を叩く者がいた。
入りたまえ――そのデュランダルの言葉を聴き、扉を開け入ってきた一人の少女……
桃色のロングヘアに、清楚なワンピースに身を包んだ少女が――
「議長、私の準備は出来ております。いつでも地球に降りられますわ」
先ほどデュランダルとカナーバの話に上った人物、ラクス・クラインその人が部屋に入ってきたのだ。
- 134 :3/18:2006/03/26(日) 23:33:33 ID:???
- 突然の闖入者はラクス・クライン――が、デュランダルもカナーバも些かも驚くことなく、自然に応対する。
「おや、もう準備が出来たのかね? 出発は明後日だよ?」
「あら……先ほどマネージャーのタケダが、『いつでも行けるよう準備しとき!』と申しましたから……」
「随分と気の早い男だな。キング・タケダ氏には後でスケジュール表を送くっておくよ。君もそれに従えば良い」
デュランダルは目の前のラクス・クラインを訝しがることもなく、平然と会話をする。それはカナーバも同じ。
「あら、カナーバ様もいらしていたのですね。こんにちは」
「……貴女もデュランダルと一緒に地球に行くの?」
「はい。そろそろ初仕事があるから心の準備はしておけと、議長から言われておりましたの」
カナーバも目の前のラクスと会話する。
先日バルトフェルド相手にラクスのことを語っていた折垣間見せた、憎しみにも似た感情は表情に表れていない。
それどころかカナーバは、軽く少女の頭に手を伸ばし、少々乱れた彼女の髪の毛を整え始める。
「貴女、ここに来るまで走ってきたのね?」
「あ……わかります? 議長が休憩中って聞いたから、お目にかかるなら今しかないかなって……」
「コラ。前から言っているように、言葉遣いに気をつけなさい。地が出ているわよ」
少女の言葉遣いをたしなめるカナーバ――
だが、窘められた少女は少し頬を膨らませ、前最高評議会議長に抗弁する。
「気をつけていますよぉ! 毎日欠かさずラクス様のビデオはチェックしているし、立ち居振る舞いだって……」
「いいこと? 今は貴女がラクス・クラインなの。だから、そんなことは二度と口にしては駄目」
「ええっ? カナーバ様も議長も、私の秘密はご存知でしょう? 知っている人の前でも、いつも通りにするの?」
「そうよ。どこで他の者が聞き耳を立てているか、分かったものではないわ。だから気をつけなさい、ラクス」
不満顔ではあるが、納得したのかラクス・クラインは分かったと返事をする。
「分かったのなら、復習しましょう。ラクス様、貴女が地球に赴かれる理由とは何でしょう? お聞かせ願います」
「……私が地球へ赴くのは、前線兵士の慰問と戦死者の合同葬に出席するためですわ。
決して、悪戯に戦意高揚のために前線に赴くのではありません。一日も早く平和が訪れることを祈っております」
「……些か鼻につくけど、本物ならそう言うでしょうし、そう行動するでしょうね。合格よ、地球でも頑張りなさい」
本物なら――カナーバのその一言は、少女がラクス本人ではなく、替え玉であることを示唆していた。
- 135 :4/18:2006/03/26(日) 23:34:38 ID:???
- 替え玉のラクス・クライン――
演じる少女はカナーバとデュランダルに再度挨拶をした後、部屋を辞した。
カナーバは、先ほどまでこの部屋を去るつもりでいたが、ラクスの登場で機を逸していた。
そんな彼女にデュランダルが声を掛ける。
「どうかね? 私たちのラクス・クラインの出来は?」
「……少々厳しいことを言ったのは、念には念を押すためよ。出来はかなりのものだと思うわ。
私たちのように、ごく限られたものしかあの娘の正体は知らない。他の者には、恐らく気取られはしないでしょう」
「私からも注意を払うようにするが……それにしても、良いのかい?」
「……何が?」
「彼女はラクスではない。そのことを彼女自身が忘れるのは、拙いのではないか?」
「今更あの娘がミーア・キャンベルに戻る道はない……違う? 大体、あの娘を連れてきたのは貴方でしょう?」
ミーア・キャンベルという名の少女を連れてきたのは、ギルバート・デュランダルであった。
予てから平和を謳う歌姫、ラクス・クラインの不在はクライン派にとっても痛い事実であった。
本来は派閥の盟主としては打ってつけの人物であったラクス・クライン。だが、彼女には問題があった。
過去三隻同盟を率いプラントに敵対したこと、シーゲル殺害にラクスの関与があったのではという疑念……
これらは公にはなっていないがプラント内でも諸説飛び交い、本物はプラントを去りオーブに身を隠していた。
その代役として抜擢されたのがミーア・キャンベルであった。
当初の目的は声と年恰好の似ている少女にラクスの代役をしてもらい、プラント内の憶測を静めることにあった。
しかし、ミーアがラクスの代わりを演じられるようになった時期は、ユニウス・セブンの落下事件と重なってしまう。
かくして今日まで彼女は本来の役割を果たすことも出来ず、ただ本物になるべくレッスンを積み重ねていた。
過去を思い出しデュランダルは言葉に詰まるが、暫くの後再び口を開く。
「それはそうだが……私は彼女のアイデンティティまで奪おうとは思っていない」
「……ミーアの戸籍を処分した以上、実際は奪っているでしょう? それに……」
カナーバは、先ほどより厳しい口調で反論する。
「何度もの皮膚の移植手術にも、あの娘は耐えたわ。プラントのためになるのならと、ね。
そうさせたのは貴方であり私。だから、私達は何としてでもあの娘を、ラクス・クラインにしなければならないのよ」
ある種の決意を秘めた瞳を湛えるカナーバ。デュランダルはその瞳に抗弁する気も失せ、押し黙る他なかった。
- 136 :5/18:2006/03/26(日) 23:35:35 ID:???
- 二日後――
最高評議会議長ギルバート・デュランダルは地球に降り立つ。ラクス・クラインと共に。
二人の赴いた先は、トルコ領黒海沿岸の都市ディオキア。彼の地には、ザフト軍艦ミネルバも到着していた。
そのミネルバ艦内、医務室から一人の女性兵士が運び出されようとしていた。
先日のガルナハンでの戦闘で脚を負傷し、以来療養を余儀なくされたヒルダ・ハーケンがそれであった。
ハイネ隊、及びヒルダ隊の隊員たちが、それを見送ろうとするが……
「大げさだねぇ、骨折の治療に本国に戻るだけだよ。早ければ、一ヶ月も掛からず戦線に復帰できるって話だ」
「そりゃ何よりです。留守の間はこのハイネ・ヴェステンフルスにお任せ下さい」
「悪いね。不出来な部下を押し付けるけど……頼んだよ、ハイネ」
マーズ・シメオンとヘルベルト・フォン・ラインハルトは、上官の言葉に仏頂面になる。
軍本部から下された命令書では、ヒルダ隊をハイネ隊と共にミネルバに配属する旨伝えられた。
つまり、ヒルダ不在の間この二名は、特務隊フェイス所属ハイネ・ヴェステンフルスの指揮下に入ることとなる。
やがて艦の外で待機していた運搬用の救急車にヒルダが乗せられようとするとき……
ルナマリアの側で控えていた一人の少女が、ヒルダの元へ駆け寄る。
「あ、あのっ……ヒルダ隊長!」
「マユかい? どうしたんだい?」
「あの……この間はすみません。隊長は私を庇って……そんな怪我をされて……」
「ん? ああ、ガルナハンで私が前衛を買って出たことかい? 気にしなくて良いよ、そんなこと」
ガルナハンでの戦いでヒルダは手傷を負った。ダガーLとゲルズ・ゲーの猛攻を受けたが故に。
戦術上フォーメーションでマユを庇う隊形で、ヒルダの駆るドムはマユの乗るインパルスの前に出た。
結果としてそれがヒルダの負傷を招くことになるのだが……マユはそれを気に病み、謝ろうとした。
が、ヒルダはそれを制し、優しく語り掛ける。
「隊長っていうのはね、隊員のために命を張ってこそ、隊長足りえるんだ。
お前のような子供を戦場に駆りだして、何を偉そうなことをと思うかもしれないが……これが私の精一杯さ」
「なら、俺たちにももう少し優しく……・」
「――そこ! 帰ってきたらタダじゃおかないからな! 覚えておきな、マーズ!」
ヒルダの流儀――それでも、大人と子供の扱いは別である。マーズは失言に首をすくめる。
それでもマユは自分のことを慮ってくれるヒルダに感謝していて、敬礼しつつ救急車に運ばれる上官を見送った。
- 137 :6/18:2006/03/26(日) 23:36:27 ID:???
- マユに倣う形でハイネ隊全員が敬礼していた。
そんな中、隊長であるハイネはヒルダの言葉を心の中で反芻していた。
「部下の為に命を張るのが、隊長である所以……か。良いこと言うぜ、先輩は」
「そうですね。俺も……そう思います」
ひとり言のつもりで口に出たハイネの思いは、隣にいたアスラン・ザラに聞かれ頷かれる。
彼もまた嘗てはザラ隊を率い、ザフトのMS小隊長として一世を風靡した男なのだ。
そんなアスランの言葉に、ハイネはあることを思い出し彼に耳打ちする。
今度は他に声が漏れないよう気をつけながら……
「アスラン、後で俺と一緒に来てくれ」
「……? 何かあるのですか?」
「上からの呼び出しだ。何でも……議長がここに来るらしい。御呼びだそうだ」
「議長が? 何のためにここへ?」
「さあな。ただ、俺とアスランは特別に呼ばれているって話だ。分かるな?」
特別に呼ばれる――アスランには意図は分からないが、プラントの最高指導者から呼ばれているのだ。
無視できる筈もなく、二人はすぐに身支度を整え地元ディオキアの三ツ星ホテルに向かうことになる。
そんな二人を目ざとくルナマリアが見咎め、尋ねる。
「あれ、隊長たち何処行くんですか?」
「仕事だ、仕事! ちょっと上から呼び出されたんでな」
「へぇ……アスランも、連れて行っちゃうんですか?」
「明日から休暇だろ、暇になったらいつでもこいつを連れまわして構わんが……今日は俺の手伝いだ。悪いな」
「そっか! じゃあ、そうします!」
内心舌打ちして応じたハイネだが、ルナマリアはそれ以上詮索することはなかった。ハイネはホッとする。
が、隣のアスランは、ルナマリアとハイネのやり取りに何やら背筋に悪寒が走り、おずおずとハイネに問う。
「……明日、俺は連れまわされるんですか?」
「年頃だからな、お前と遊びたいんだろ。受け入れるなり断るなり、好きにすれば良いさ」
アスランは連合最強のストライクを討った男。その繊細なマスクと相まって、プラントの女性から人気があった。
ルナマリアの誘いを受けるか断るか……議長との面談と共に、アスランの悩みの種は増えることになる。
- 138 :7/18:2006/03/26(日) 23:37:23 ID:???
- ディオキアの古城をアレンジして作られたホテル――
その一室で、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは、笑顔でハイネとアスランを迎え入れた。
「骨休めをしているところを呼び出してしまって、すまないね」
「いえ、これも任務ですから」
ハイネは隊長らしく応える。その様子にデュランダルも満足げに頷く。
「今日は、君たちに私のボディー・ガードを頼みたいのだ」
「……ボディ・ガードですか? 専属のSPでは不都合なことでも?」
「いや、そうではないのだが……」
若干言葉を濁すデュランダル。ハイネはその表情から、ボディー・ガードの仕事は表向きの任務であることを悟る。
ハイネとアスランをわざわざ呼んだ理由は他にあるということか――襟を正しハイネは失言を詫びる。
「失礼しました。何処であろうとお供いたします」
「ありがとう。こう言っては難だが……プラントの明日を担う君たちに、見ておいてもらいたいものがあるのだ」
デュランダルがハイネとアスランに見せたいものとは何であろうか?
かくして、アスランも内心不可解に思いながら、デュランダルの側に護衛として付く事となる。
やがて、正午を知らせるチャイムが鳴る――鐘の音は朗々と古城に響き渡り、デュランダルが席を立つ。
「そろそろ行くとしようか。付いて来てくれたまえ」
議長に促され、二人のザフトレッドは彼の左右に付く。
プラント最高評議会議長以下ハイネとアスラン、更に官僚らしき者達を従えて……
一向はホテルの一室、広々とした会議室のような場所に向かった。
会議室には複数の男達がいた。テーブルに横一列に並んだ男達。多くは背広を着た中年、初老の者達……
デュランダルが部屋に入るや、男達は俄かにざわつき始める。
「おお! あれは……!」
「議長自ら……!」
「ほぉ……! これはこれは……」
そのざわめきが止んだ頃、一つの会議が始まった。やがて世界の趨勢を変える会議が――
- 139 :8/18:2006/03/26(日) 23:38:17 ID:???
- アスランは奇妙な感覚に捉われていた。
何故自分がこの会議のような催しに連れて来られたのか? それに、この男達は何者であろうか?
答えを求めデュランダルの顔を見るが、彼は最早アスランを見ていない。
先ほどまでの柔和表情ではなく、政治家としての鉄面皮の顔になっていて……無表情に近い彼がそこにいた。
「プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルであります」
プラントの官僚の紹介に、先立って会議室に来た男達は一礼し、同じくデュランダルも返礼をする。
先立って部屋にいた男達の中で、会議室のテーブルの中央に座る男がデュランダルに話しかける。
「議長閣下自らおいでいただけるとは……」
「今日の交渉は、我々がユーラシア西側諸国の皆様に礼を尽くす立場でありますから、当然でしょう」
「これで我々も、心底安心できるというものです……閣下」
「それは結構。で、調印書は本物でしょうな?」
「勿論です。我々ユーラシア西側の国々は間もなく一斉に独立を果たし、各国は暫定政府を設けます」
アスランはこの時初めて気づいた。目の前に並ぶ男達――彼らの正体を。
(……こいつ等は、ユーラシア西側諸国の政治家達か? だが、一体プラント政府と何を話し合うというのだ?)
アスランの思いを他所に、会議は進められる。
先ほどの男が調印書らしきものを、プラントの官僚の一人に渡す。
アスランにはその中身は伺い知ることはできないが……好都合にも先の政治家が口を挟む。
「調印書にありますとおり、プラント政府が我々の独立の後ろ盾となっていただけるのなら……
間もなく我々は連合国家となります。そう……名前は、新ヨーロッパ共同体とでもなりましょうか。
それが済んだ暁には、我々は新たにプラント及び大洋州連合と同盟条約を結び、この戦争を終わらせます」
「それは、なによりの贈り物です。我々プラントのコーディネーターはナチュラルとの共生を望んでいます。
そのためにはこの戦争を終わらせることが不可欠ですから。そうだ……私からも贈り物があります」
「ありがとうございます、閣下。で、それは一体?」
やがて、部屋に数名の男達がジェラルミンケースを複数抱えながら入ってくる。
ユーラシア西側の政治家達、彼らの目の前に一つずつ並べられたそれらの中には……
彼らがケースを開けるや、眩いばかりの金塊が姿を現す。その額は計り知れない――
「皆さんが万が一独立に失敗した場合、それをお使いになりプラントへ亡命してください。ほんの保険ですが、ね」
- 140 :9/18:2006/03/26(日) 23:39:30 ID:???
- 会議が終わるや、アスランはデュランダルに食って掛かる。ハイネが止めるのも聞かず……
「議長! 一体どういうことですか!? あんな……贈賄まがいのことをやって、どういうつもりですか!?」
相手がプラント議長であり、自分の復隊を認めミネルバに配属してくれた恩人であることも忘れ、語気を荒げる。
いや、恩人であるが故に、元来正義感の強いアスラン・ザラという男には認めがたい行為だったのかもしれない。
憤るアスランを見て、苦笑しながらデュランダルは宥め始める。
「贈賄ではないよ。言葉どおり、あれは保険だ」
「保険って……何のための保険なのですか!?」
「私と話していた男は、フランスのさる政治家だ。彼だけではない。皆ユーラシア西側の政治家だよ。
フランスだけではない。ドイツ、イタリア、ベルギー、スペイン、オランダ、その他諸々……トルコもいたな」
「彼らは何をしようと言うのです?」
「先ほどの話のとおり、彼らにはユーラシア連邦から独立してもらう。そして、ユーラシア連邦は崩壊するのさ」
ユーラシア連邦崩壊の一手――デュランダルは事も無げに言い放つ。
その言葉に瞠目するアスランだが……彼に構わずデュランダルは話し続ける。
「地球連合の中にあって大西洋連邦と双璧を為す大国、ユーラシア連邦。
だが、先の大戦で戦場となり疲弊したこの国では、最早戦争を望む声は数少ないという」
「……だから、彼らに――」
「――そう。独立をしてもらい、プラントの味方についてもらう。
経済的に豊かなユーラシア西側諸国が味方に付けば、残るのは貧しい東側諸国だけ。ロシアは別だが。
そうなれば、早晩ユーラシア連邦という巨大国家は消えて無くなる。連合の脅威も半減される筈だ」
「しかし、あの政治家達の母国の者達には、連合に属し戦う者達もいる筈です。彼らがこんな裏取引を知ったら!」
「あの政治家達も……ただでは済まないな。だから、そのための亡命資金だよ。万が一の、ね」
最初こそ苦笑しながらアスランに応対していたものの、既にデュランダルから笑みは消え……
真剣にプラントの若者アスラン・ザラと向き合う、政治家ギルバート・デュランダルがそこにいた。
「……君は、あの政治家達を俗物と思うかい?」
「今は……そう思います」
「今は……か。あまり感心はしないが、嫌いではないよ。そういう率直な返事は。だが、考えてもみたまえ。
戦争は軍人がやることだが、戦争を始めるのも終わらせるのも政治家の仕事。これが……政治というものだ」
戦争の影で蠢く政治家達の影――アスランにはその影が、ひどく邪なものに思えて仕方がなかった。
- 141 :10/18:2006/03/26(日) 23:40:19 ID:???
- 正義感の強い若者に邪な現実を突きつけながら、デュランダルは言葉を続ける。
「だが、政治家には絶対にやってはいけないことがある。悪戯に楽観主義に陥ることだ。
私は彼らが、新ヨーロッパ共同体が発足したとしても、戦争が終わるとは思っていないよ」
「……え?」
「彼らは、自分達が独立を果たせばコーディネーターとナチュラルの対立の図式は崩れ……
すぐに平和が訪れると思っているようだが、恐らくそう上手くことは運ぶまい。戦争は続くぞ、アスラン」
目を瞬かせるアスランに、デュランダルは畳み掛けるように告げる。
「戦争が終わって欲しいとは思っていても、現実には簡単に終わるとは思えない。
あの国が、大西洋連邦がそんな勝手を赦しておくとは思えないし、東の大国ロシアも動くだろう。
それらの、分断されたユーラシアを取戻そうと動く者達が現れる筈だ。彼らを叩き、戦争を終わらせて欲しい」
「戦争は終わらずに……続くと?」
「私はそう読んでいる。下手をすれば……長引くかもしれない。覚悟しておいて欲しい。ハイネもな」
「はい、議長閣下……」
いつの間にかアスランの隣にいたハイネは、ただデュランダルの言葉に頷く。
更に彼は言葉を続ける。並んだアスランとハイネの肩を軽く叩きながら……
「アスランには何れ政治の道を目指し、ハイネには国防を担って欲しいと思っている。
出来ればアスランが最高評議会を率い、ハイネには国防委員会を束ねて、ね。そのために二人を呼んだ」
「私たちに……現実を見ろと?」
「目を背けるのは簡単だ。しかし、背けていては見てこないものもある。今日の会議を俗っぽいと感じて構わない。
だが、その裏には各国各人の、様々な思惑というものが介在するということだけは、覚えておいて欲しい」
デュランダルは意味深な言葉で、二人に語りかける。改めてアスランは先ほどの会議と、議長の言葉を比較する。
やがて彼は――ひとつの疑問に直面する。デュランダルの言葉に偽りがないとすれば……
「……議長のお話では、戦争が続くということですが、そうなるとユーラシア西側はこの先も戦場になるということ。
しかし、あの政治家達、新ヨーロッパ共同体の連中は、独立して戦争が終わると思っている筈。これでは……」
「あの政治家達は、今日という日を……やがては後悔する事になるかもしれないな」
自嘲の笑みを浮かべながらデュランダルは呟く。
「アスラン……私は阿漕なことをやっている。そのことにも……どうか目を背けず、直視して欲しい」
- 142 :11/18:2006/03/26(日) 23:41:10 ID:???
- アスランとハイネに、政治の舞台裏を見せ語った後……
デュランダルはアスランに部屋の外で待つように言いつけ、ハイネ一人を残し彼と密談を始める。
「アスランの様子はどうだ?」
「真面目に軍務に就いていますよ。今のところ不審な点は見受けられません。後ほど報告書を提出します」
「……彼が裏切る気配は?」
「ありません。それにしても議長、貴方は酷い人だ」
嘗てアスラン・ザラの行動監視と、彼が裏切った場合の処分を議長直々に命令されたハイネ。
二人きりになったところで、緋の戦士は口調を若干崩しデュランダルに対する。
「さっきは、アスランに将来のプラント評議会を背負え……なんて仰りながら、実際は疑っている」
「……可笑しいかい? あれは本心から思っていることだよ。ただ……彼は純粋すぎる嫌いがある。
戦士としての資質は疑っていないが、純粋さゆえ裏切りの危険はまだある」
「だから、あの会議を見せることで……免疫をつけようとなさった?」
鷹揚にプラントの最高権力者は頷く。アスラン・ザラ――
先の大戦で連合最強と謳われたストライクを討った英雄、しかし最後の最後にプラントに刃を向ける。
父であるパトリック・ザラのジェネシス行使を思いとどまらせるべく……それが、唯一の彼の汚点であった。
パトリックの息子であるから、政治家になった場合には、抜群のネームバリューは生きてくる。だが……
「我々を裏切った過去は消せない。まだ彼に監視は付けることになるな」
「部下を疑うのは……あまり気持ちの良いものではありませんが」
「レイ・ザ・バレルにも因果は含めてある。何とか二人で上手くやってくれたまえ。
今度の戦争が無事終わり、あの男がまだ生きていたら裏切りの罪は完全に消える。晴れて政界に迎えよう」
「それは構いませんが、俺は国防委員なんて真っ平ですよ。自由業が好きなものでしてね」
デュランダルの言葉どおり、レイもハイネ同様にアスランの監視を任されていた。
レッドとはいえ兵卒扱いのアスランは、同じくレッドの兵卒レイと同室であり……内々に監視されていたのだ。
国防委員になって欲しいといわれたハイネだが、彼はデュランダルの申し出をアッサリと拒絶する。
政治の舞台裏も察する能力のあるハイネは、先のデュランダルたちの会談などに疑問は挟まない。
軍人の戦闘行為ですら、政治家の取引行為の一端になってしまうことを、彼は熟知していたからだ。
先の大戦初期から活躍していたハイネなればこそ、軍人の酸いも甘いも知り尽くしている。
「未来の約束なんてどうでもいい。代わりに……戦争に勝てる材料を、もっと提供してもらえませんかね?」
- 143 :12/18:2006/03/26(日) 23:42:02 ID:???
- ハイネの申し出にデュランダルは唸る。一応ハイネの国防委員会入りも、戦後のプランの一つではあったのだが。
あっさりと断られたばかりか、更なる戦力の増強を求められるとは……些か彼も予想外であったらしい。
「ふむ、戦争に勝てる材料……か。ミネルバにヒルダ隊を送っただけでは、足りないと?」
「ミネルバの頭数はかなり充実しています。が、問題は軍全体のことです。MSの増強は進んでいるのですか?」
「グフとザクの増産も急がせている。ドム・トルーパーの建造もね」
「あの……ヒルダ・ハーケンが乗っていた、ごっつい核エンジン搭載のMSを?」
「核を搭載していたのは初期型の2機だけだ。ヒルダが乗っていたのはそのうちの一機。
まもなく正式ロールアウトされる3号機以下の機体には、核ではなくバッテリーを搭載してある」
ヒルダ・ハーケンが乗っていたドム。核エンジン搭載のその機体は、戦前から眠っていた初期型であった。
どうやら試作機であったらしい。正式に配備されるドムには、核ではなくバッテリーが搭載される計画――
「けど、どうせならドムも核エンジン搭載にして欲しかったですね。アレは、パワーが段違いだ」
「だが、扱いを間違えると厄介なのが核を積んだMSの困ったところだ。一部の者にだけ、用意してはいるがね」
「へぇ……ドムではないとすると、どんなMSを?」
「ラウ・ル・クルーゼが駆ったプロヴィデンス、アスラン・ザラが駆ったジャスティスの後継機を……」
「そりゃ凄い! 噂じゃ二つとも一騎当千の能力を持つって話でしたっけ? ジャスティスは、やはりアスランに?」
「そうだ。そして、もう一機用意してある。その機体には君が乗ってくれ」
「……何を用意して頂けるんです?」
「――フリーダムの後継機だ」
その言葉にハイネは瞠目する。先の大戦で最強と謳われたザフトのMSフリーダム――
ラクス・クラインに奪われ、キラ・ヤマトが駆り大戦を終結に導いた幻の機体。
しかし、ハイネには彼の機体には苦い思いもある。ザフトの戦勝を妨げたフリーダムには……
「……まさか! 議長は本気で自分に、あの忌まわしい機体に乗れと?」
「忌まわしい記憶は、断ち切って貰わねばならない。そのために、君にフリーダムの後継機を任せるのだ。
連合も戦力を増強しているらしい。特に警戒すべきは、あの黒いストライクのパイロットたち。彼らを……潰せ」
「Genocider Enemy of
Natural とかいう、あの男を……」
「君の乗るグフや、アスランのセイバーを相手にしても負けない者達……実に興味深いな」
デュランダルはファントムペインの存在を挙げ、殲滅対象として考えていることを示唆した。
やがて、彼は自分が挙げた人物の名を反芻し、笑いをかみ殺しながら言う。
「Genocider Enemy of
Natural ……彼が今日の会議のことを知ったら、我々もタダでは済まないな」
- 144 :13/18:2006/03/26(日) 23:43:10 ID:???
- その頃、デュランダルたちの話に上った人物、ファントムペインの黒いストライクを駆る男ゲン・アクサニスは――
ユーラシア連邦軍管轄、ロシア共和国管轄の黒海東岸に位置するノヴォロシースク基地にいた。
先日キラ・ヤマトとこの地に来たゲンは、先立って到着していたアウルやスティング、ステラと合流する。
ファントムペインのパイロット達とキラ、彼らはこれから母艦J・Pジョーンズとタケミカヅチに向かう筈……
なのだが、今まさに上官のネオと連絡を取っているゲンには、俄かに信じられない指令が下っていた。
「……俺たちに休暇を取れ?」
『そうだよ。ここのところずっと働き続けていただろう? そろそろ疲れが溜まっている頃かなと思ってさ』
「はぁ……そりゃ、疲れているといえば疲れていますが」
『これからまた連戦の日々が続くかもしれない。休めるときに休んでおけ。今がそのときだ』
下されたのは突然の休暇命令。ゲンだけでなく、ファントムペインの3人のエクステンデッドにも与えられた。
本来ならば喜ぶべきことなのだろうが、やっと本隊と合流でき、さあこれからミネルバと戦おう……と思った矢先。
出鼻を挫かれたような気もし、ゲンは素直には喜べなかった。が、ネオの言うことも道理である。
「……分かりました。この界隈でノンビリ休むことにします」
『あー、ちょっと待った。悪いんだが……休暇先を指定させてもらう。ディオキアへ向かってくれ』
「ディオキア? どうしてそんな所へ?」
『トルコの黒海沿岸の都市ディオキア。彼の地地は今ザフトの支配地域になっている。そこで――』
「――はぁ!? 何でわざわざ敵のいるところで休暇を取る必要があるんです?」
『話は最後まで聞いてくれよ。ちょっと頼みたいことがあってね……』
ディオキアは、先の大戦の最中には地球軍の拠点の一つであり、軍港もある街だった。
しかし、大戦で痛手を受けたユーラシア連邦は、国全体の経済が傾きつつあったため苦肉の策を採る。
即ち、各地域の軍事基地の削減である。重要拠点は残し、さほど要衝ではない地域の基地は削減対象となった。
経費節減のための基地の削減……これにより、ディオキアの基地から地球連合軍は去ることになる。
が、この政策は仇となった。今度の戦争が始まるや、ユーラシア軍は易々とザフトに基地を奪われたのだ。
これにより、黒海西側にザフトが進出する切欠となる。味方と思っていた地域が、行き成り敵になるのだ。
ユーラシア連邦軍は慌てふためいた。敵地となったからには、早急に軍偵を送り込まねばならない。
『……というわけで、お前にはその軍偵の皆さんのお手伝いをして欲しい。突然のことで人手不足らしくてね』
「繋ぎをつけろ……というわけですか。分かりました、やりますよ」
通信は傍受の危険を伴う為、敵地で迂闊に無線は使えない。ゲンは臨時の連絡役の任務を仰せつかったのだ。
- 145 :14/18:2006/03/26(日) 23:44:08 ID:???
- 敵地での休暇、そして軍偵の繋ぎ役……
束の間の休息と少し面倒な仕事を与えられたファントムペインの小隊長は、その指令を隊員たちに告げた。
「休暇かぁ……久しぶりで休めるね。カリフォルニアベース出てからこっち、休む暇なかったモンね!」
「ありがたいぜ。いい加減疲れていたところだ。敵地でも俺たちみたいな歳ならそう怪しまれないだろう」
「お休み……嬉しいな」
アウルは素直に喜びを言葉に表し、スティングはゲンの心配は杞憂になるだろうとフォローする。
ステラはただお休みを貰ったことを喜ぶだけ……三者三様だが、皆は休暇を貰ったことを肯定的に捉えていた。
ただ一人……この人物を除いては。
「あの……ボクはどうすればいいのかな?」
おずおずと手を伸ばす青年キラ・ヤマト――
彼はオーブ軍のユーラシア派兵部隊の一員であり、ファントムペインの者ではない。指揮系統が違うのだ。
自分には休暇を与えられているのか――そうキラは問うたのである。それに対し、ゲンは……
「キラについては俺たち大西洋連邦の方から命令する筋合いはないから、強制はしない。
もしこの基地の辺りで休みたければ、そうして貰っても構わないよ。ただ、一応ディオキアへの手筈は――」
言いながらゲンは手元のファイルを取り出す。中からは5人分のユーラシア連邦政府発効の市民登録証が……
同行するか否かはキラ本人の意思次第。同行するなら、それも良し。それがゲンの示した回答であった。
「で、どうする? 俺たちに着いてくるか?」
「もし……邪魔でなければ、ボクも行ってもいいかな?」
「構わないよ。他に質問は?」
「じゃあ、俺から。この基地においてあるMSはどうする? フライングアーマーも4機分あるが……」
「休暇を終えたら一度休暇先からこの基地に戻る。その後、全員でクレタ沖に停泊してある艦隊に向かう。
クレタ沖にはJ・Pジョーンズやタケミカヅチが待ってくれているからな。合流したら、また戦争だが――」
スティングから質問が飛び、ゲンは今後の予定を一通り話して聞かせる。
クレタ沖が合流ポイントであることを示唆し、一呼吸おいてから……
「とりあえずは、休暇を皆で楽しもう」
合流すれば再び戦争の日々が始まるのだ。今は休暇を楽しもう――皆同じ思いを胸に、ミーティングは終わった。
- 146 :15/18:2006/03/26(日) 23:45:03 ID:???
- 「何だよ、その湿気た面は? ほら、明日から休暇だろ? そんな暗い顔してないでパーッと明るくやろうぜ?」
「………」
同じ頃、ハイネはデュランダルとの面会を終え、外で待っていたアスランと合流する。
議長も戦力増強に余念がないことを確認したハイネは意気揚々であったが、アスランはというと……
顔を会わせても、すぐに物憂げに下を向くばかり。その様子にため息をつきながら、上官は部下の肩を叩く。
「だ・か・ら、そんな難しい顔するなよ。戦争では裏で色々と動きがあるものさ。余り気に病むなよ」
「……はぁ」
「あのな……議長がお前にあの会議を見せたのは、一重にお前を買っているからこそなんだ。
気に入られているんだよ、お前は。羨ましい限りだぜ。またお前に最新型のMSが与えられるって話だし」
ハイネが何を話しかけても、ジャスティスの後継機の話を匂わせても、アスランは下を向いたまま……
この世の不幸を一身に受けているかのような青年の表情に、流石のハイネも辟易する。
「……よぉし! アスラン、俺の部屋に来い!」
「……え?」
「黙ってついてくればいいんだよ。上官命令だ、拒否は許さんぞ?」
ミネルバのハイネの私室、フェイスであり上級兵でもある彼には大きめの一人部屋が宛がわれていた。
このような一人部屋を宛がわれるのは、艦長のタリアや副長のアーサー、それに彼くらいのものである。
その部屋に、半ば無理やり連れ込まれたアスラン。部屋に入るなりハイネは、ごそごそと私物を漁りだす。
「……お! あったあった、これだ」
「お、お酒? ウィスキー……ですか?」
「おう。上物のスコッチだ。カーペンタリアに寄った時に買っておいたんだ。二本ある。一本は、お前が飲め」
自棄酒を勧められたアスラン――戸惑いながら彼は上官に抗弁する。
「……酔って紛らわせるものなら、とっくにやっていますよ」
「紛らわせるだけじゃダメ。忘れちまわないと! 今日の議長のことも会議のことも覚えておく。
ただし、嫌な思い……これだけは、この休暇中に全部忘れちまわないといけない。休暇の意味がないだろう?
いいか? そいつを一本空けるまで、帰ることは許さんからな? ……とりあえず、俺は氷の準備してくるわ」
ハイネは有無を言わさず、ロックで飲むつもりなのか氷の調達に部屋の外に出かけていった。
部屋に残されたアスランは困り顔ながらも……上官なりの気遣いに感謝し、自棄酒に溺れる覚悟を決めた。
- 147 :16/18:2006/03/26(日) 23:46:01 ID:???
- それから数時間後――
世の中には下戸と言われる類の人間がいる。この類の者は、酒を飲むと変になる嫌いがある。
「だいたい、俺はねぇ……たいちょお! 聞いていますか?」
「ああ、聞いているよ」
「あれ……俺、いま何を話していましたっけ?」
「……おいおい、今話していた事も忘れちまったのか? お前のザフト復帰の理由を聞いていたんだよ」
ハイネは己の浅はかさを呪っていた。
目の前の男が酒に強いとは決して思わなかったが、まさかここまで弱いとは……
フェイスでありミネルバのMS隊の指揮官でもある戦術家にも、予想外のことはあるもの。
アスラン・ザラの下戸は、ザフトきっての戦術家の予想を遥かに超えていたのだ。
「おれは……悔しかったんれすよ! あのユニウスセブンで……何も出来なかった自分が!」
「それはさっき聞いたよ。ユニウスの粉砕にザクで出たものの、大気圏に突入できなかったんだろう?」
「そう! それ! おれは……ダメなヤツです。あんな小さな子が、ユニウスに残って破砕を続けていたのに……」
アスランは己の復隊の理由を上官に語っていたのだが、ところどころ呂律が怪しくなっていた。それでも……
マユがインパルスに乗りユニウスで破砕を続けたのに、ザクである自分は何も出来ず手をこまねいていた――
その事実が、後のアスランに大きな影響を及ぼしていたことを、彼は熱っぽく語っていたのだ。
「ヒック……だ、だからね、おれはザフトに戻ったんですよ」
「追放されていたのを議長に赦して貰って、良かったじゃないか。けど、それなら何故2年前軍を離れた?」
「……おれは、父の事が好きだった」
「ザラ議長のことだな?」
「……父は優しかった。母を血のバレンタインで、ユニウスセブンの悲劇で亡くすまでは。
あれ以降、父は変わった。ユニウスを核で撃ったブルーコスモスの連中を、ナチュラルを心底憎み……」
話はパトリック・ザラに及ぶ。ハイネは何気なく離反の理由を探ろうとしただけなのだが……
「でも、俺は父に……大罪を犯して欲しくなかった。ジェネシスで地球を撃って、戦争に勝つ。
けど、それはどんな独裁者でも犯した事のない悪行……俺は、父を愛していたから、そんなことは……」
言いながら、アスランはフラフラとハイネの部屋のベッドに突っ伏して……居眠りを始めてしまった。
酒を飲むと人は本来の姿を見せる――そんな話もあったか? そうハイネは思いながら……
アスランがプラントに戻ったのは本心からと悟る。そして、彼に対し僅かに残っていた疑念も消えたのだった。
- 148 :17/18:2006/03/26(日) 23:47:39 ID:???
- 深夜のトルコの国道を一台の大型トラックが疾走する――
ただ西へ西へとハイウェイを走るそのトラックには、運転席に5人の若い男女が乗っていた。
アナトリア半島を横断する高速道路は、旧世紀からトルコ共和国が誇る63000kmに及ぶ大道路網の一つ。
運転席に座る黒髪の少年は、サングラスにジャケット姿。あたかも深夜の長距離運転トラックを生業とする風情。
しかし、彼の本職はMSパイロットで特殊部隊の隊員……
「明日の朝にはディオキアに付けるな。こんなハイウェイがあるなんて、トルコ政府様様だぜ」
「そっか……良かったね」
ゲン・アクサニスはその声に驚く。運転している自分以外の者達は仮眠を取っていると思っていたからである。
運転しながら隣を見ると、アウルとステラはスティングに持たれかかって寝ている。声を掛けたのは残りの一人。
「キラ……起きていたのか? 休んでいて良いんだぞ? 一応もう休暇なんだから……」
「君だけに運転させておくのは、気が引けてね。疲れたら言ってよ、運転変わるから」
「あ、ああ。ありがとう」
トラックはユーラシア連邦に本拠を置く、とある運送会社のトラックである。
ゲンたちはある運送会社のバイトという扱い。戦争で人手が不足し、バイトで荷運びをしているというシナリオだ。
筋書きを書いたのは上官のネオであるが、偽装してザフト支配地域に入り込むのには好都合な話ではあった。
彼是数時間運転しているゲンは疲れていたが、ノフチーでの一件以来寝つきが悪かった。
それ故長距離運転の役を買って出ていたのだ。キラもどうやら寝付けない様子――理由は、恐らく同じであろう。
「この間の件を、気にしているんだな……あれ以来、眠れないのか?」
「寝てはいるから、大丈夫。今日はそれだけが原因じゃなくて、ちょっと嬉しくて……寝付けないんだ」
「嬉しい?」
「……うん」
意外なことに、キラの口からは嬉しいという言葉が飛び出した。ゲンは訝しく思う。
無理やりに戦場に引っ張り出された彼にとって、一帯何が嬉しいのだろうか? 不可解に思いゲンは問う。
「嬉しいって……何が嬉しいんだよ?」
「皆と一緒に入れることが。ボクは、連合に居たとき……ずっと疎外感を味わっていた。
ヘリオポリスが襲撃されて、成り行きでアークエンジェルに乗って、以降ボクはストライクに乗って戦っていた。
けれど、周りは皆ナチュラル……ナチュラルが嫌いとか、そういうのではないけれど、ずっと寂しかったんだ」
何が嬉しくて、何が寂しかったのか――訳が分からなくなったゲンは、ただ相手の話を聞くほかなくなった。
- 149 :18/18:2006/03/26(日) 23:48:46 ID:???
- ゲンの想いを他所に、キラは話し続ける。己の過去を振り返りながら……
「あの頃はまだナチュラル用のOSもなくて、コーディネーターのボクがストライクで戦った。
ムゥさんはメビウスで戦ってくれたけど、ザフトのMSはほとんどボクが相手をしていたんだ。
だから、自分ひとりで抱え込んで、自分だけが戦っているつもりになっていた……馬鹿な話だよね」
アークエンジェルに乗り込み、ストライクでクルーゼ隊やバルトフェルド隊と戦っていた頃の話――
当然ゲンは仔細など知る由もなく、ムゥなどという固有名詞にも反応を示すことさえしなかった。
「けれど、相談しようにもコーディネーターのパイロットは周りに居なかった。友達は居たけど……
友達って言うのは、ヘリオポリスから志願兵になった友達。友達はいた。だけど…皆ナチュラルだから。
皆にとって、何処かボクは違う存在で……疎外感を感じていたんだ。いや、ひょっとすると……
自分ひとりで戦争を抱え込んでいたから、皆がボクと違うと思っていると、思い込んでいたのかもしれない」
過去の告白というよりは、むしろ独白に近く――完全にキラの話はゲンを置き去りにしていた。
「あ……ごめん。一人で喋りすぎたね」
「いや、構わないよ。それで……さっきの話だが、どうして嬉しいんだ?」
「……ファントムペインの皆と会えた事が、嬉しかったんだ。それに、皆と一緒に休暇を過ごせることが」
何を言い出すのかと思えば、キラはゲン達と会えた事が嬉しいという。ゲンは益々訳が分からなくなった。
ゲンを始めとしたアウルやスティング、ステラと会えて、一帯何が嬉しいというのだろうか。
「ゲンも皆も……皆MSに乗って戦っている。それに、ごく自然にボクを受け入れてくれた。それが嬉しかったんだ」
「……オーブ軍では、受け入れられなかったのか?」
「ボクはカガリの弟という扱いだから士官学校も出ていないし、オーブを出る前に馬場隊長と少し会っただけ。
周りは皆ボクより年上だし、ちゃんとやれるのか少し不安だったんだ。でも、ファントムペインの皆と会えて……」
「………」
「自分と同い年くらいの人たちと、同じ環境で過ごせている。確かに今は戦争で、皆大変だけど……
戦争が終わったら、いつか皆でまた笑いあえるような日が来ることを……願っている。今日という日を――」
キラの最後の言葉でゲンは時計を見る。日付はとうに過ぎていた。もう休暇は始まっているのだ。
オーブの青年の話は青臭くもあり、少し前のゲンであれば一笑に付していただろう話。
しかし、今のゲンには明確な目標があった。ファントムペインの仲間たちとこの戦争を生き残るという目的が。
抱いた目的故、彼はいつかキラの言うような日が来ることを、心のどこかで願わずにはいられなかった。
そして、ファントムペインの物語はディオキアへと移る。束の間の休息、そして邂逅が待つ地へ――