- 418 :1/16:2006/04/13(木) 20:11:43 ID:???
- ディオキアに向かって延びる国道の、街に入る道の少し手前――
そこに設けられた仮設の検問所の前で、一台の大型トラックが足止めを食っている。
検問所に詰めている者達は、宇宙の異国から来たザフト兵。トラックを降りた青い髪の少年が彼らに応対する。
「これがユーラシア連邦政府発効の市民登録証と、俺たちの勤めている貿易会社の証書だよ」
「確認させてもらう。その間にトラックの荷を改めさせてもらうぞ。あと……所持品のチェックも」
「いいけど……何も積んでないよ? 荷を今から取りに行くわけだし」
「チェックはさせてもらう。荷を改めるのに、誰か一人立ち会って欲しい。そっちの茶色の髪! 一緒に来てくれ」
青い髪の少年の後ろにいた茶色の髪の青年は、ザフト兵士に連れられトラックの後部へ向かう。
その間、トラックに残された三人の男女は、ただ成り行きを見守っていた。
「なあ、ゲン。アウルとキラに任せて大丈夫なのか?」
「仕方がないだろう。こういうのは人当たりのいい人間に任せるのが無難だよ。アウルの指示に従うさ」
「俺が心配なのはキラだよ。あの人に上手くやれるのか?」
「この間まで一般市民だったキラは、普通にやれば大丈夫さ。俺やお前みたいな匂いはしないだろうからな」
トラックの運転席に座っている男二人、ゲン・アクサニスとスティング・オークレーは言いあう。
ほんの数分前まで、彼らは如何にしてザフトが設けた検問所を潜り抜けるか思案しあっていた。
ザフトの検問所で、連合の特殊部隊の隊員たちが臨検を受ける。事態は容易ではない。
予想していなかった事態ではないが、現実に直面すると流石に誰もが緊張する。
その最中、アウルが妙案を思いつき全員に指示を出した。
即ち、目付きの悪い男二人はサングラスを掛け寝たふりをし、人当たりの良さそうな二人が応対する。
紅一点の少女は、愛想良く運転席から手を振り、ザフトの兵士達に警戒されないよう努める……
これらがアウルの考えた作戦であった。この作戦はすぐさま実行に移されることとなる。
目付きの悪い二人は狸寝入り。ステラ・ルーシェはニコニコとザフト兵に微笑みかけ、兵士たちも応じている。
キラ・ヤマトはトラックの後方で空の荷台をザフト兵に見せる。その間彼はごく自然に振舞っていた。アウルも――
「一つ聞くが……何でお前等みたいな若いのが、こんな仕事をしている? 学校とかないのか?」
「俺たちの家は貧しいから、戦争で奨学金が止まって学業もストップ。戦争で飛行機が使えないから……」
「今は人手不足の運送業の仕事に就いた……か。大変だな、お前等も」
「ま、ユニウスセブンが落ちて来なければ、こんなことにはならなかった筈……なんだよね」
暇つぶしに一人の兵士がアウルに問う。その答えは予め用意されたものだが、最後の一言に兵士は俯く。
やがて……彼は気が咎めたのか、アウル達のトラックにそれ以上の詮索はせず、所持品検査も無しに検問を通された。
- 419 :2/16:2006/04/13(木) 20:12:40 ID:???
- 大型のトラックは、検問所を通るやスピードを上げる。勢い良く走り出したのは、緊張からの解放のためか。
運転をするアウルは、検問所を潜り抜けたことを誇らしげに語る。隣に座るスティングに向かって――
「ほら、上手くいったでしょ? こういうのは人当たりのいいヤツがやれば、大丈夫なのさ」
「けどよ、"目付きの悪い二人はサングラス掛けて寝ていろ"っていうのは……酷いぜ?」
「事実じゃん。二人とも目付き鋭いし。それに、堅気じゃない匂いがするんだよね」
「堅気じゃねえ……か。そりゃ、確かにそうだけどよ」
少し反論してみるスティング。そんな彼をアウルは華麗に往なす。
アウルの言葉どおり、スティングは少し目付きが鋭いところがあり、それは自身が自覚しているところでもあった。
しかし、サングラスを掛けているもう一人の男は……何やら運転席のミラーと睨めっこを始める。
「なぁ、俺はそんなに目付きが悪いか?」
「スティングほど鋭くないけど、柔和な顔には程遠いよ。自覚ないの?」
「………」
ゲンはその言葉に口を噤む。そして、無理やりに笑顔を鏡に向け、笑う練習を始めた。
その様は、傍から見るとぎこちなく滑稽に映り、キラを含めた男3人は苦笑し始める。
ただ、ステラ・ルーシェだけは閉口し、一言……
「ゲン……変な顔しないで」
「………」
「……その顔、気持ち悪い」
「……分かった。もう止める。もうしない」
ゲンの人当たりの良さそうな顔の訓練は、こうして終わった。
少女の言葉に、ゲンは俯き落ち込む。気持ち悪いとまで言われてしまったことに、彼はショックを受けた。
口数少ないステラは、最低限のことしか話さない。つまり、彼女としては口を出さずにいられない問題だったのだ。
ただ、最後に一言のフォローは添えられる。意味深な一言を――
「ゲンは……そのままでいて。その方が……好き」
ゲンはその言葉を聴き、少し戸惑う素振りを見せたものの、次の瞬間には何事もなかったかのような顔。
が、アウルとスティングはステラの言葉の意味を感じ取る。キラも言葉に込められた意を察するが……
それなのにゲンは、敢えて無視しているかのように、ステラの顔を見ようともしない。
他の男3人は、互いに顔を見合わせ少しゲンを睨みつけるが、それにも彼は何ら反応を示さなかった。
- 420 :3/16:2006/04/13(木) 20:13:28 ID:???
- ファントムペインがディオキアの街に入った頃――
ザフト軍艦ミネルバでは、ルナマリア・ホークが艦内を歩いていた。彼女は日ごろの軍服姿ではなく私服。
今日から二日の休暇を与えられたミネルバのクルーは、それぞれに思い思いの休日を過ごす。
彼女も同僚のアスラン・ザラを捕まえ、街へ繰り出そうかと思っていたのだ。だが……
「アスランならまだ帰ってはいない。隊長と飲みに行ったらしいが、それ以降連絡はない」
彼の部屋に行ったところ、意中の人物は不在。代わりに同室のレイ・ザ・バレルが応じた。
前日の夕方からハイネ・ヴェステンフルスに連れられ酒を飲みに行ったらしいが、帰っていないという。
それならばと、ルナマリアはハイネの部屋に向かう。アスランの所在を聞くために――
ハイネの部屋は、艦長のタリア・グラディスや副長アーサー・トラインの部屋の近くにある。
階級のない軍隊ザフトにおいて、独立の指揮権限を有するフェイスのハイネは、相応の扱いを受けていた。
即ち、艦長クラスの待遇を、である。ハイネの部屋に辿り着いたルナマリアは、早速ブザーで呼び出した。
「隊長、アスランは……こちらにお邪魔していますか?」
「お、ルナマリアか? 調度良いところに来てくれた。コイツを……引き取ってくれないか?」
「……はい?」
部屋から顔を出したハイネは、すぐさま踵を返しルナマリアを部屋に引っ張り込む。そこで彼女が見たものは……
ベッドにうつ伏せになっている物体。物体は人間、性別は男。彼女の意中の人アスラン・ザラその人であった。
顔色も優れない彼は、何やら苦しそうに呻いている。
「あ、アスラン!? どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない。昨日から酒を飲んでいたのだが……ご覧のとおりだ」
「二日酔い……ですか?」
「頭がガンガンいってるらしい。そいつを連れて行ってくれ。俺は上から呼ばれて、出かけなきゃならんのだ」
ルナマリアがゆすっても、アスランは反応しない。頑健なコーディネーターでも二日酔いになるらしい。
やむを得ず腕を取り、抱えようとしたが、思いのほかアスランは重く……おまけに酒臭かった。
「ホラ、アスラン! しっかりして下さいよぉ!」
「……うぅ」
折角の休日を意中の人物と過ごそうとした彼女の目論見は潰えた。この様子では暫く彼は動けないだろう。
ルナマリアは計画を諦めつつ、この意中の酔っ払いを無理やりにベッドから起こそうとした。その時……
- 421 :4/16:2006/04/13(木) 20:14:29 ID:???
- 「失礼します。こちらにアスラン・ザラがお邪魔していませんか?」
部屋の戸外から女の声が聞こえてくる。凛とした声には何やら上品さすら漂う。
何処の者だろうか? おそらくは自分と同じ考えで、ここに足を運んだ者に違いあるまい――
内心ムッとしつつ、ルナマリアは振り返る。彼女が見たものは、長い桃色の髪の、黒衣に身を包んだ少女……
「え? 嘘? ラクス? ラクス・クライン……さま?」
「……あら? 貴女が抱えているのは……アスランではありませんか?」
互いに疑問形で言いあう少女。ルナマリアが眼にしたのは、行方不明と言われていたラクス・クラインその人。
見れば、ハイネはラクスに直立不動の敬礼をしている。驚きつつ、ルナマリアも敬礼しようとするが……
ドサッ――
部屋に響く物音。ルナマリアの支えを失ったアスランが、ベッドに崩れ落ちたのだ。
動揺して意中の人をベッドに落っことしてしまった少女は、慌てて彼を抱き起こそうとする。
しかし、その行動は目の前の少女に遮られる。
「それには及びませんわ。タケダさん、お願いします」
「仕様のないお人やなぁ……ほれ、しっかりしいや! アスランはん! アンタの婚約者が来とるのに!!」
ラクスの後ろに控えていた怪しげな言葉の中年男が、指示に従いアスランを抱える。
その男の言葉にもアスランは無反応で、ただ抱えられるままに部屋の外へ連れ出される。
「では、アスランは私の方でお預かりしますわ」
「宜しいのですか? 式典の時間が間もなく迫っておりますが……」
「介抱はタケダに任せます。ハイネ隊長も準備を急いでください。私もすぐに参りますから」
ラクスは一方的に言う。ハイネもそれを咎めず、逆に彼女と何やら打ち合わせを始める。式典、準備……
蚊帳の外のルナマリアは、訳が分からず上官と少女の顔をしげしげと見つめた。それに気づいたハイネが応える。
「知っているとは思うが、この方はラクス様。間もなく、今度の戦争で散った者達の合同葬儀が、この地で始まる。
俺は今日一日、フェイスとしてラクス様や議長の側につくことになる。このことは他言無用だ。いいな?」
上官も一方的。ラクスはお忍びで合同葬儀に出席するためこの地に来たらしい。
が、部下はまだ動揺から立ち直っておらず、それだけ聞き取るのに精一杯。議長の存在ですら、上の空であった。
- 422 :5/16:2006/04/13(木) 20:15:16 ID:???
- その頃――
ディオキアに入ったファントムペインの一行は、休暇の前に一仕事を始めていた。
件の軍偵との連絡役である。軍偵との繋ぎはディオキアの運送会社の一角で行なわれる予定であった。
ゲンはトラックに仲間を残し、一人運送会社の事務室に足を踏み入れる。
事務室には壮年の髭を蓄えた男が一人。無愛想な顔をゲンに向け、何用かと目で問う。
「バイコヌールの支店から来ました。出物の積み込みを始めます」
「……何を持っていくつもりだ?」
「地中海と黒海で採れた海産物、カスピ海の物も。あとは……パンケーキ、箱で20個」
「……二階に上がれ。まずは、事務手続きをやってもらう」
ゲンがバイコヌール基地で指示された通りに自己紹介をし、注文の品を告げると……
無愛想な髭男は、彼を先導しつつ運送会社の二階オフィスへと上がる。合言葉はゲンの最後の言葉――
殺風景な二階オフィスに上がると、髭男はラジオにスイッチを入れる。
程なくスピーカーから、かなり大きな音が聞こえ始めた。地元のFM局の流すロックミュージック。
それを聞きながら、男はゲンに目で合図する。これは、盗聴防止のための手段であると――
この髭男こそが、連合の軍偵であったのだ。ゲンと男は互いに距離を狭め、軍偵の繋ぎの任務が始まった。
「夜間行軍だったのだろう? 遠くから済まないな」
「これが仕事です。で、今回こちらで何か変わったことは?」
「何もなければ良かったのだが……ちょっと拙いことになっている。こいつを見てくれ」
軍偵の髭男は、ゲンに小型のカメラを渡す。デジタルカメラに記録された映像を、彼はただ流し見る。
写真に写っていたのは、男達の写真――どれも中年以上の男で、彼らの身なりは見るからに上物だ。
訝しげな表情で、ゲンが髭男に視線を向ける。この写真の仔細を聞くために。
「最後の写真……そいつの顔を知っているか?」
「……? いいえ、知りませんが」
ゲンが最後まで写真を見たところ、最後のそれには白人の男が映っていた。
この写真を二日酔いのアスラン・ザラが見たらどうなるだろうか。恐らくは、直に二日酔いから醒めたに違いない。
写真に写っていたのは、昨日デュランダルと交渉していたユーラシア西側諸国の政治家、その人であった。
髭男は眉間に皺を寄せながら、写真に写っている男達のことを説明する。
「そいつは、フランスの外務次官だ。最初のヤツはドイツの野党の中心人物、俗に言う影の内閣の外相。
ここ数日、他にもイタリアやオランダ、ベルギー……各国の大物の官僚や政治家がディオキア入りしている」
- 423 :6/16:2006/04/13(木) 20:16:06 ID:???
- ゲンが髭男と密談をしていた頃、トラックに残された4人は……
こちらは、軍偵同士の緊張感に包まれた2人とは、まったく別次元の話題で盛り上がっていた。
「だからさ、ゲンはああいうヤツなの。ステラはアイツのこと気に入っている筈なのだけどね……」
「で、先輩に相談してみたって訳。ああいうヤツは、どうすりゃ良いと思います?」
アウルとスティングはキラを掴まえて相談していた。内容は先ほどのゲンについてである。
ステラの好意を示す発言を素通りした鈍感さ、あるいは朴念仁さとでも言おうか。
話を聞いていたキラは、本来他人の色恋などには興味を示さない青年ではあったが……
「流石に、さっきのは酷いとボクも思うよ」
「でしょ! ムスリム会議に2人で行ったときも何事もなかったみたいだし。どうなってんの?」
「俺に聞くなよ。大体ステラに手を出すと後が怖いって言ったの、お前だろ?」
「そりゃ……ゲンだって男だから。無理やりは良くないって、警告したつもりだぜ?」
「あの研究員半殺しにしたの、実はアウルだって教えとけば良かったかな……」
キラもゲンの態度には閉口していた。アウルもそれに同調するが、スティングが口を挟む。
ムスリム会議でゲンにステラに手を出すなと警告したのは、他ならぬアウルだった。
その日、ネオもゲンに警告した内容――以前ステラに猥褻な行為をしたエクステンデッドの研究員がいた事実。
彼の男はそれが原因で研究すらマトモに出来ない体にされたのだが、それをやったのもどうやらアウルらしい。
「だってさ、女性を無理やり……なんて、最低じゃない?」
「そりゃそうだが、上の人たちがもみ消してくれたから良かったものの、お前も下手すりゃ処分されていたぞ?」
アウルの凶行をステラの正当防衛にしてくれたのは、研究所の上役達。お陰でアウルは事なきを得たのだ。
しかし、それは過去の話。今は、ゲンについての話だ。脱線しかけた話は再び線路に戻る。
「でも、ステラはゲンのことを本当に好きなの? それを確認しておかなきゃ。ステラは……どうなの?」
「………」
キラの問いにも彼女は無言。だが、少しだけ頬を赤らめ、最後にコクリと頷いた。
アウルやスティングは、ステラ同様研究所出身なので色恋沙汰には縁がなかった。ステラとも兄妹のような関係。
困り果てた男2人は、懇願するようにキラを見つめる。
キラは彼らの事情は知らないが、二人が困っていることは察した。少し口元を歪め、青年は動き出す――
「要するに、ゲンを炊き付ければ良いんだね? 分かった。出来るだけ……やってみるよ」
- 424 :7/16:2006/04/13(木) 20:16:55 ID:???
- 「これでも出来るだけ調べはした。が、分かっているのはこれだけだ」
軍偵の髭男はゲンに知っている限りのことを話した。
ユーラシア西側諸国の要人がこのディオキアに集まり、何事かの会合を開いたに相違ない。
あるいはディオキアがザフトに占領されていることから、プラントと何らかの政治的会合があったのかもしれない。
が、ここ数日ディオキア周辺のガードが固く、調べられたのはここまで。確証は得られず、写真だけが残った。
「こいつを上に届けてくれれば良い。あとは、上が判断することだ」
「分かった。でも……この写真に写っている政治家どもは何を考えている? 寝返ろうって言うのか?」
「あるいはそうかもしれない。が、俺達は確たる証拠だけを上に報告するのが仕事だ。詮索は不要だ」
「でも、中央政府には、フランスやドイツ出身の連中もいるだろう? 情報が漏れたりする危険性はないのか?」
ユーラシアは巨大な連邦国家故、各国の出身者が中央政府に集っている筈である。
万が一このことが漏れれば、ゲンたち軍偵の活躍は無に帰すことになりかねない。その危惧をゲンは指摘する。
しかし、髭男はゲンの心配を笑い飛ばす。
「お前さん、大西洋連邦から派遣されたらしいが……なるほど、事情を知らんわけだ。
この国の諜報網はフランスやドイツが牛耳っている訳じゃない。あくまでロシア共和国が握っている。
かく言う俺もロシアから派遣されている。旧世紀から続くカーゲーベーの諜報網は今も健在。
分かるか? ユーラシアは今でも西と東で微妙に温度差があるのさ」
ゲンの心配は杞憂。即ち、諜報組織はロシアの管轄下にあったのだ。
髭男の話では、今のユーラシア連邦の情報機関は、フランスやドイツの情報機関とは別系統らしい。
とはいえ、情報機関出身ではないゲンは知らぬ事実。相変わらず訝しげな彼に、髭男は問う。
「お前は大西洋連邦中央情報局の、マティスのところのヤツだろう? そんなことも知らなかったのか?」
「……俺の本職はMSパイロットだ。諜報戦に長けているわけじゃない。今日は手伝いで来ただけだ」
「お前、その歳で……前線に出ているのか」
髭男の顔は少し暗くなり……やがて、何を思ったのか、部屋の冷蔵庫から箱を取り出し、ゲンに渡した。
「パンケーキは品切れでね。代わりのブツだ。中身はキャビア。カスピ海で採れた上物だ。
全部やるよ。美味い物の一つも食わないで死ぬなんて、気の毒だからな」
男の言葉は皮肉ではない。MS戦が主流になって久しい昨今、生存率が一番低い職業はMSパイロットであった。
逆に軍偵は、正体が露見しない限り生存率が高い職業――対象的な軍人から、ゲンは思わぬ贈り物を貰った。
- 425 :8/16:2006/04/13(木) 20:17:51 ID:???
- ミネルバのレストルーム。アスランを誘い損ねたルナマリアは、一人ぽつんと佇んでいた。
折角一緒に休日を過ごそうと思った相手は、二日酔いでノックアウト状態。
「……この後、どうしろっていうのよ」
お目当ての男性は、当分正気を取戻しそうにない。
それに、ラクス・クライン御付の人間に介抱されていては、手の出しようがない。
かといって、予定が無くなったとはいえ、このまま一日を無為に過ごしてしまうのも気が引ける。
「そういえば、メイリンはマユと出かける……って言っていたわね」
一番身近な人間、妹のメイリン・ホークと同室者のマユ・アスカを思い出す。
メイリンは午前中でオペレーターの任務が終わり、フリーになる。そこで、彼女はマユと出かける予定を立てた。
ヨウラン・ケントとヴィーノ・デュプレも誘ったらしいが、二人は新規にミネルバに配属されたバビの調整で居残り。
仕方なく、女2人で街に繰り出すことになったと、妹がぼやいているのをルナマリアは覚えていた。
「……わたしも、二人に混ざろうかな……」
ルナマリアが呟いていた頃――
艦橋では、メイリンが暇そうに通信席に座り、ボーッと計器類を眺めていた。
緊急事態が発生しても、ここはザフトの基地。基地には守備隊もいるわけで、ミネルバが動くことはまずない。
その安心感からか、少女もすっかり寛いでいた。だが……突如、目の前のモニターがメッセージを告げる。
「……え? 嘘? 緊急入電?」
「メイリン、どうかしたの?」
「あ、はい。艦長、ジブラルタル基地よりの入電です。これは……」
メイリンが取り次いだのは、先日アビーが取り次いだ内容の続き。
即ち、オーブ軍関連の情報であった。空母を含めた艦隊がスエズ運河を通過後地中海の地球軍基地に入港。
が、ジブラルタル基地には向かっていないとのこと。この情報で、近隣ザフト基地に警鐘を鳴らしているのだろう。
ミネルバクルーのマユの母国であり、本来ならば中立国であったはずのオーブ。
しかし、ユニウスセブンの落下で状況が変わり――彼の国は、今は敵国。
「……そう。マユには辛いわね」
艦長のタリア・グラディスはメイリンからの報を聞き、声を落した。
- 426 :9/16:2006/04/13(木) 20:18:44 ID:???
- 「けど、これは一大事ですよ。小国とはいえモルゲンレーテの高い技術力を擁しています。戦うことになったら!」
副長のアーサー・トラインは、実直な軍人らしく警戒を強める。
オーブは中立国であり、コーディネーターとナチュラルが共存する稀有な国家であった。
逆に、コーディネーターとナチュラルが共存しているということは、コーディネーターの兵士もいるということ。
「オーブは先の大戦でいち早くMSの量産に成功しています。
今では大気圏内戦闘を想定した空中戦用可変型MS、ムラサメを導入しているとか!
MSパイロットもナチュラルだけじゃない。もし腕利きのコーディネーターと戦うことになったら……」
「落ち着きなさい。まだ決まったわけではないでしょう?」
「けど……マユの例もあります。どんな稀有なパイロットがオーブにはいることか……そう思いませんか?」
副官は、タリアとは真逆の心配をする。タリアは虚を突かれた。
マユ・アスカはオーブ出身のコーディネーター。彼女の戦果はザフトの中でも眼を見張るものがあった。
ザフトがMS戦で有利に戦局を進められるのは、コーディネートされた人物が人口の大半を占めるが故。
少数とはいえ、同等の能力と技術力を有するオーブのコーディネーターパイロットは脅威――
アーサーは、その意味で警鐘を鳴らしているのだ。
「ヤキンを戦い抜いたバリー・ホーとかいう軍人もいるし……やっかいですよ、これは!」
「彼はナチュラルではなかったかしら。何れにせよ厄介なことになりそうだけど、命令が下ればやるしかないわね」
オーブは少数とはいえ脅威。アーサーのような判断は、おそらく上層部もするであろう。
その際、精鋭部隊として鳴らしているミネルバが矢面に立つ可能性は高い。
艦橋の空気が一気に重苦しくなる。長く続く沈黙……
やがて、沈黙は一人の少女の声によって破られる。
「やっぱり……オーブと戦うんですか?」
「決まりじゃないけど、そうなる可能性は高い……って、ええええ!? マユ……き、君は、いつからそこに!?」
意外な声の主に驚き、慌てふためくアーサー。
彼が驚愕するのも無理はない。話に上っていたマユ・アスカが、何故か艦橋にいたのだ。
「……メイリンを迎えにと思って、来たんです。一緒に出かける約束をしていたから」
気づけば時刻は正午を回っていた。不幸なことに、一番聞いて欲しくない人物に情報は伝わってしまったのだ。
- 427 :10/16:2006/04/13(木) 20:20:22 ID:???
- 「――失礼しました」
ペコリと頭を下げるや、マユは走って艦橋を後にした。
慌てて口を塞いでいるアーサーをタリアが睨みつけるが、後の祭り。
マユにとっては、同胞と戦う可能性が一気に高まったのだ。
「アーサー……!」
「も、申し訳ありません! 以後、気をつけますッ!」
「……聞かれてしまった以上は仕方ないけど、ホントに頼むわ。気をつけて頂戴」
インパルスのパイロットを務めるマユ。
年齢は13歳であり、まだ正規兵の身分ですらないのだが、特例でテストパイロットに抜擢された。
が、その直後に開戦。タリアは年齢を理由にマユの除隊申請をしてきたが、未だに認められず……
オーブ出国直後の連合艦隊との戦いで、華々しい戦果を挙げてしまったことが仇となっていた。
『貴重な戦力故、除隊は認められない』――これが一貫した上層部からの回答であった。
「……こういうときは、どうすれば良いのかしらね?」
タリアは呟き、オーブと戦うこと以上に、除隊させようとて適わない状況に頭を抱える。
しかし、彼女も生粋の軍人であり、指揮官。今は戦時であり状況を嘆いているときではない。
今後のためにも、心に傷を負った部下に助け舟をだそうとする。マユの心のケアをするべく――
「メイリン! 貴女は今日マユと出かけるつもりだったの?」
「は、はいっ! ゆ、夕刻までには戻るつもりです。ダメ……ですか?」
「……別に咎めている訳じゃないわ。ゆっくりしてきなさい」
「……え?」
オペレーター席を立ち、マユを慮り追いかけようと席を立つメイリンを、タリアは呼び止める。
その声にメイリンは一瞬硬直するが……次にタリアは優しげな声で話しかける。
「今日一日、ゆっくりしてきなさい。多少の門限違反は認めます。楽しんでらっしゃい」
「……宜しいのですか?」
「こんな気の滅入る話ばかりじゃ、貴女も疲れるでしょうし、マユはもっとショックでしょうね。
私はこれから戦死者の合同葬儀に行かなきゃいけないから……こんなことしか言えないの。マユを宜しくね」
タリアは軍人の顔ではなく――慈愛に満ちた顔でメイリンに向かう。
声を掛けられた少女も、笑顔でそれに応じた。
- 428 :11/16:2006/04/13(木) 20:21:13 ID:???
- ディオキアの陽が高く登り、街を照らす。既に時刻は昼近くになっていた。
ゲンが繋ぎをつけたことで、ディオキアにいたユーラシア連邦軍偵との連絡役の仕事は終わった。
これで晴れて全員休暇の身。いよいよファントムペインとキラは休暇を楽しむことが出来るのだ。
敵地であるものの、彼らは通常ならば地球連合各国では軍属に満たない年齢。
その分ザフトの警戒も緩む。また、仮初とはいえユーラシア連邦政府発効の市民登録証もある。
怪しまれる可能性も少ないし、正体が露見する危険もほとんどなかった。
全員が休暇に入る――筈であった。しかし、ゲンはキラに呼び止められる。
「どうしても聞いてもらいたい話があるんだ。少し、2人だけで話せないかな?」
「……何の用だ? 他の3人には聞かれたくない話か?」
ゲンの問いに、無言でキラは頷く。ゲンは、恐らくはラクス・クライン絡みの話であろうと想像する。
キラがファントムペインと行動しているのは、かつてゲンがラクスを攫ったからに他ならない。
他の3人には内密に、事を荒立てずに彼女の安否を確かめたいのだろう。
トラックから離れ、倉庫街に向かったゲンとキラ――
人気ない場所で、キラがゲンに話し始める。しかし、キラの第一声は、ゲンの予想とは全く見当違いの話であった。
「ゲン、君はステラのことを……どう思っているの?」
「……は?」
てっきりラクスの状況や安否を聞かれるものと思い、答えを用意していたゲン。
が、予期せぬ問いに、ただ一言疑問形で返す他なかった。戸惑うゲンを尻目に、キラは話を続ける。
「さっきの、ステラの話を聞いていた?」
「……ああ、俺の顔が変だって話か」
「その後。君はあの言葉を聞いて何も応えなかったのは照れ隠し? それとも無視を決め込んだの?」
「……その問いに、どういう意味がある?」
「答えて。大事な話なんだ。君にとっても、ボクにとっても」
キラの言葉と彼の瞳には、有無を言わせない迫力があり……その迫力に気圧され、ゲンは仕方なく答える。
「……両方だよ。それが、一体どうしたっていうんだ?」
「そう……なら、問題だね」
「……一体、どういうつもりだ? 何が問題なんだ?」
- 429 :12/16:2006/04/13(木) 20:22:05 ID:???
- キラの意味不明な質問に付き合わされているゲンは、少しだけ声を荒げ問い返す。
キラは相変わらず厳しい視線をゲンに向け、その真意を語り始めた。
「照れ隠しだけなら、君はただのムッツリ助平ということで済んだ。
けれど、彼女を無視をする意図があったというなら、その理由を教えて欲しい」
「……おい、ムッツリって――」
「――答えて。これは重要な話なんだ」
何が重要なのか、ゲンにはさっぱり分からなかったが、またしてもキラに阻まれる。今度は強い口調で。
この訳の分からない会話をさっさと終わらせよう――そう思ったゲンは、渋々己の意図を明かす。
「……無視したのは、仕方が無いだろう。俺達は戦争をやっているんだ」
「戦争をしていれば、ステラの気持ちは無視して良いの?」
「軍隊で仲間内の恋愛が、認められるわけがないだろう。そんなことも知らないのか?」
「休暇中くらいは別でしょ? 今日くらいは良いじゃない? 何故無視するの?」
問いには問いを――キラの論法は手強く、ゲンは抗弁する機会すら失った。次第に話はキラのペースで進む。
「あのなぁ……俺達は軍人だ。それに、俺は冷徹な兵器であることを求められるソキウスだ」
「それは、この間聞いた」
「なら、分かるだろう? 戦闘以外の余計な感情はなるべく持たないようにする。これが俺のやり方だ」
「……君の立場は分かった。けれど、それならステラの気持ちは無視しても良いの?」
人は嫌な問いをされると顔を顰めるもの。ゲンもこの時顔を顰め、キラを少し睨む。
が、ゲンはサングラスを掛けており、目線もサングラス越しである。相手は全く意に介せず話し続ける。
「ステラは女の子だ。君よりもずっと繊細な。彼女の立場に立って考えたことがあるの?」
「………」
「好意を寄せる人から無視され、それで心が傷つかないと思うの?」
「……でも、それは――」
「思い当たるなら、君は態度を改めるべきだ。違う?」
ステラも軍人である――そうゲンは反論しようとしたが、キラに阻まれる。
が、同時に、以前別の相手とステラ絡みでやり取りを思い出し、反論の石を挫かれた。
かつてムスリム会議領に赴いたとき、その地の実力者である老人から言われた言葉を。
軍人であり冷徹な兵器であろうとするゲンが、その老人から突きつけられた、ある言葉を――
- 430 :13/16:2006/04/13(木) 20:22:58 ID:???
- 『あの少女はこれから先もずっと軍人として生きるのか?
どこかで銃を置き普通の暮らしに戻ったとき、ただ殺し殺される世界にいたことが足しになるかね?』
ゲンは、嘗て言われた言葉を思い起こす。ステラは軍人であり、エクステンデッド。
故に、彼女は余計な感情は持つべきではない――そうゲンは思っていた。
しかし、老人から突きつけられた言葉はもう一つの現実を示しており、ゲンは反論する術を持たなかった。
兵器であろうとする男は、それを否定された記憶を辿り沈黙を続ける。
暫くの後、沈黙をキラが破る。ゲンの目の覚めるような話題を振ることで――
「君は、これだけ言ってもまだ分からないの?」
「………」
「……そう。仕方ないね。なら……ボクがステラと付き合うよ」
「……はぁ!?」
ゲンはキラの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げる。
全く訳がわからない。前後の言葉と何の脈略もないことを、キラが宣言したのだから。
今度はゲンが強い口調で詰問する。
「ちょっと待て!」
「待たないよ。ボクがステラと付き合う。そう決めたんだ。ちょっと、彼女に話してくる」
「だから、待てよ! 何で話がそういう方向に行ってるんだ!?」
「……だって、可哀相じゃない。ステラは好きな男の子に振り向いてもらえない。
相手がとっても優秀な軍人さんだから。君は酷いよね。なら、ボクが慰めてあげるしかないじゃないか」
「ちょっ……おま……」
「全部君の招いたことだよ。大体、君がラクスを攫うのが悪いんだ」
「……へ?」
「ボクとラクスがどんな関係だったか、大体察しはついている筈だ。なら、今ボクがどんな気持ちか分からない?」
「……いや、それは……!」
「ブルーコスモスの盟主って人の命令なのは分かっている。けど、ボクだって寂しいんだ。
君もその片棒を担いだんだから、同罪だよ。……それじゃ、ちょっとステラと話してくるから」
言うや、キラはゲンを無視してスタスタと歩き出す。トラックで待っているステラの元へ――
あまりの展開に、ゲンは言葉を失いその場で立ち尽くす。ただ一言だけ、搾り出すように言うのがやっとであった。
「……ぜ、全部……俺が、悪いのかよ?」
- 431 :14/16:2006/04/13(木) 20:23:53 ID:???
- 少しずつ遠ざかるキラを見ながら、ゲンの心の奥底に奇妙な感情が芽生える。
まず、ゲンは想像力を働かせ……この後ディオキアの街で過ごすステラとキラの姿を思い浮かべる。
笑顔で話しかけるキラ、愉しそうにそれに応えるステラの図――
(……何か……嫌だな)
キラは、おそらくラクス・クラインと親しげな仲、あるいは男女の仲なのかもしれない。
ゲンと比べて、相当に恋愛スキルは上の筈だ。何しろ、ゲンにはシン・アスカであった頃の恋愛経験しかない。
思春期に入ってから思いを寄せる女子が居ないではなかったが、告白などしたこともされたこともない。
経験値ゼロ。悲しいかな、これがゲン・アクサニスの現実であった。
比べて、キラにはラクスという女性が居た。相手はプラントの歌姫とまで呼ばれた女性。
彼女の心を射止めたであろうキラ・ヤマトという男には、相応の恋愛スキルがあったことは想像に難くない。
少なくとも、現時点でステラの取り合いになって、ゲンが太刀打ちできる相手ではなかった。
(……拙い……拙いな)
想像力を働かせるゲンには、最早悪いイメージしか沸いて来なかった。
ディオキアの街は海の近くの観光スポット。それなりに夜ともなれば、相当にロマンチックな雰囲気を醸し出す。
ステラとて、そう恋愛経験があるわけではない。乙女心が、そんな雰囲気に触発されてしまえば……
最後にゲンに思いついたのは、夜の街に消える二人の図――
「――!! 冗談じゃないッ!!」
そこまで思いついて、思いは口に出てしまった。ゲンは直ぐにキラを追いかけ走り出す。
トラックへ向かう道すがら、そう遠く離れていないところにいたキラに、ゲンは直ぐに追いつく。
「き、キラ! 待ってくれ、俺が悪かったッ!」
「……そう。反省したの?」
「……した。しました。十二分に。ラクスの件も、彼女が無事アンタのところに戻れるように、盟主に計らいますから」
保証などなかった。ただ、ゲンにはロード・ジブリールが下手にラクスを殺すことはないという確信はあった。
何せ彼は、コーディネーターであり、ソキウスであるゲンを生かしているのだ。使える人間は殺しますまい。
少なくとも、ラクスが大人しくしている限り、彼女に害を為すことはないだろう――
ゲンの安請け合いではあったが、キラは最後の言葉に飛びっきりの笑顔を見せ、ゲンに言った。
「なら、ボクも何もしないよ。約束する。ただし……今日は、これからボクの言うことを聞いてもらうよ? いいね?」
- 432 :15/16:2006/04/13(木) 20:24:53 ID:???
- 暫くの後、トラックの中で奇妙なやり取りが始まった。ゲンとステラを外において、男3人。
顔を寄せ合った3人。やがて茶色の髪の青年が、緑と青の髪の少年に話しかける。
「作戦は終了。見事にターゲットを補足しました」
「……マジで? どうやって、あの朴念仁を説き伏せたの?」
「一体、先輩はどんな手を使ったんですか?」
「……ちょっと、人間が持っている感情の一つに訴えかけたの。やっぱり、ゲンも人の子だよ」
「何それ? どういう感情?」
「先輩、分かり易くお願いします」
「……嫉妬って感情かな。ちょっとゲンには気の毒だったけど。
それに、何となく……いや、かなり自分が嫌な人間になっていた気がするんだけど……」
キラはゲンとのやり取りを掻い摘んで二人に聞かせた。ゲンがソキウス、コーディネーターであることは伏せて。
ゲンの朴念仁ぶりの理由と、それを打ち破ったキラの作戦を、少しだけ得意げにキラは語った。
「……凄え! 俺たちには出来ないことを、平然とやってのけるなんて!」
「流石です、先輩。で、この後はどういう作戦を?」
「本当は2人だけにしたいんだけど……そうも行かないみたい。外の二人を、見てご覧」
キラに指差され、外で待つ2人を見るアウルとスティング。ゲンはステラと二人きりになったものの……
ステラに何か話しかけようとして、話しかけられず。ちょっと口を開いたかと思えば、また沈黙して……
経験地ゼロの男などこんなもの――という醜態を晒していたのだ。
男3人は同時にガクリとうな垂れる。アウルは天を仰ぎ、スティングは嘆く仕草を見せ、キラに問う。
「ありゃあ、ダメだ。二人きりにしても意味ないぜ?」
「かと言って、俺らがいたんじゃ変に気を使わせちまう。先輩、どうします?」
「……ゲンは、あの様子だと女の子と遊んだりした経験が、殆どないみたいだ。皆無かも。重症だね。
もうショック療法は使えないから、今度は短時間でレクチャーするしかないね」
「「レクチャー??」」
「これからお昼前後の時間をかけて、ボクからゲンにアドバイスしようと思う。
その間2人はステラと一緒にいてもらって……夕方以降は2人きりにしよう。どうかな?」
「俺は賛成」
「俺もだ。どのみち俺らじゃ碌な策もない。先輩にお任せします」
2人の言葉にキラは力強く頷く。こうして作戦は始まった。オペレーション『ゲン・アクサニス改造計画』……
ゲンの知らぬところで偶発的に始まったこの計画は、ファントムペインとキラが展開する恋の大作戦――!
- 433 :16/16:2006/04/13(木) 20:26:02 ID:???
- 対照的に、こちらの女性の表情は暗い。ミネルバのレストルームに佇むルナマリア。
外出の準備は出来たものの、当初の計画から大幅な変更を余儀なくされたのだから。
暫くの後、レストルームにやってきたのは彼女の妹。妹を見るや、ルナマリアは告げる。
「メイリン、あのさ……私も今日一日、貴女とマユにつきあうことにしたわ。よろしくね」
「……ちょっと、お姉ちゃん! それどころじゃないの!!」
なにやらメイリンは息を切らせている。走ってきたのだろうか?
慌しげに姉に向かう少女も、すでに着替えは済ませており準備万端のはずなのだが……
「マユが……いないのよ! ここに来なかった!?」
「来てないわよ。私、ずーっと、ここに居たんだから」
「どうしよう……ねえ、お姉ちゃん、どうしよう!!」
「落ち着きなさい。一体、何があったの? 最初から、順を追って話なさい」
少し冷静さを取り戻した妹は、姉に事の次第を話し出す。纏めるとこうだ。
オーブと戦う可能性が一層高まったことを知ったマユ。ブリッジを後にした彼女は、その後の姿が見えないのだ。
当初メイリンとは、マユは自室にいるだろうと思っていた。
が、任務を終え自室で着替えたメイリンが向かった部屋に、マユはいなかった。
それからメイリンは、少女が行きそうな心当たりのある場所は全て探した。
食堂、更衣室、格納庫、コアスプレンダーの操縦席……そして、このレストルーム。
「でも、何処にもいないのよ!!」
「落ち着きなさい。艦の退出記録を見れば、外に出たかどうかすぐに分かるでしょ?」
休暇中とはいえ、外に出るクルーの数は把握しておくのが常。
ミネルバクルーは、所定の手続きをして外出する必要があるのだ。ルナマリアは艦内のPCでそれを調べる。
基地から外に出た人の記録を当たっていたのだが……
………いた。
マユ・アスカは既に一時間近く前に艦を後にしていたのだ。
「ちょっと! 大変じゃない! あんな小さな女の子一人で、見知らぬ街に出たなんて!!」
「お、お姉ちゃん、落ち着いて!」
「落ち着いていられないわ! 探しに行くわよ! ホラ、貴女も急いで!!」
強引に姉に手を引っ張られたメイリン。ホーク姉妹は慌ててミネルバを後にした。
こちらはマユ・アスカ捜索隊……とでも言おうか。
かくして、ファントムペインとミネルバのクルーは出会いのときを迎える。
やがて始まるは、長い戦闘叙事詩の中のほんの些細な邂逅劇。