- 268 :1/31:2006/05/08(月) 01:24:34 ID:???
- 黒海沿岸の都市ディオキア――
観光地としても栄えているこの街は、黒海南部の交易の場であることと相まって活況を呈している。
戦時となりザフトの支配下となった後も、その賑やかさは変わらない。
さて、この街の中心部にほど近いコンビニエンスストアに2人の若い男がやって来ていた。
サングラスに黒髪の少年と、彼より少し年上に見える茶色の髪の青年。彼らは雑誌売り場に足を運ぶ。
2人とも何かを探しているかのように、雑誌を次から次へと流し読んでいく。
ふと、黒髪の少年の手が止まる。彼は一冊の雑誌を捲りながら……読み耽り始めた。
その様子に気づいた隣の青年が声を掛ける。
「……ゲン、何か見つかったの?」
「………」
問われた黒髪の少年は、隣の青年を無視し、無言で雑誌を読み続ける。
内心ムッとしつつ、青年はかがみ込みながら、顔を上に向け雑誌のタイトルに目をやった。
少年の見ている雑誌のタイトルは……『HAT DOG PRESS』。ティーンズ向け、とりわけ男子用の雑誌だ。
ちなみに、特集は『ガールフレンドと夜を過ごす秘策!』であった。雑誌の内容が分かるや、青年はため息をつく。
「そんなものを見てどうするの?」
「……え? こういうのは、読んじゃダメなのか?」
「……あのね、何事もマニュアル道理に事が進むわけじゃない。君はMSで戦いながら、マニュアルを読む人?」
「い、いや……そんなことはないけど」
「なら、今はマニュアルに頼る時じゃないでしょ? 戦局は、待ってはくれないんだから」
なにやら訳の分からない会話をしているが、どうやら2人は"戦局"に立ち向かうらしい。
青年は手馴れた手つきで雑誌類から2冊の本を選び、カウンターへ向かった。
タイトルは『ディオキア観光地100選』と『ディオキアの食めぐり』。
会計をカードで済ませるや、青年は少年を引っ張るようにして店の外に出た。
「よし、最低限の物資は確保した。あとはブリーフィングだ。いくよ、ゲン」
「……Sir、Yes Sir」
キラ・ヤマトはゲン・アクサニスにきびきびと指示を出す。本来階級的な立場は逆なのだが……
こうして作戦は着実に進み出した。ディオキアの時刻は間もなく昼に差し掛かる。
- 269 :2/31:2006/05/08(月) 01:25:23 ID:???
- 同じくディオキアの繁華街。こちらは若い男女計3名が、大きな建物の内部をフラフラしている。
青い髪の少年に、緑の髪の少年、そして金髪の少女……彼らは物珍しそうに周囲を見渡している。
やがて、青い髪の少年が、緑の髪の少年に問う。
「……で、ここどこさ?」
「ショッピングモールだ。表の看板見なかったのか?」
「いや、そういうことじゃなくてさ。何でこんなところにいるのかってこと」
「そりゃあ、お前……キラがゲンにレクチャーしている間の、暇つぶしだ」
スティング・オークレーは、アウル・ニーダの言葉に素っ気無く答えた。
キラがゲンを"指導"している間、ファントムペインの3人は手持ち無沙汰。よって、この地に足を運んだのだ。
エクステンデッドであり、軍人を生業とする彼らにとって、このような人の多い繁華街に来ることは稀である。
また、買い物に来ること自体滅多になく、生活に必要なものは軍の施設を介し購入することが常であった。
「お前、この間バッシュ欲しがっていただろ? ここなら多分売っている筈だ」
「OK、納得。スポーツシューズなんて、軍じゃ手に入りにくいからね。この機会に買っておくのも良いかも」
「そういうことだ。行こうぜ」
ここに来ようと言い出したのはスティングであった。目的はバッシュ、即ちバスケットシューズ。
スポーツ用品扱いのため軍では中々手に入りにくい品であり、スティングはこの機会に購入しようと考えていた。
アウルも反対することなく従う。すぐに同意したのは、2人の共通の趣味であるが故。
しかし、少女にとっては共通の趣味ではない。とりわけ、この少女には……
「ねえ、ゲンとキラは……何処にいるの?」
「……お前は気にしなくて良いの。理由を知ったら、先の楽しみが半減しちゃうぜ?」
「そうそう。お前の為に2人は出かけたんだ。後で会えるから、楽しみにしていろよ」
ステラ・ルーシェは仲間2人の不在を不審に思い尋ねる。
元々、ゲンとキラはステラに内緒で出かけていた。ゲンとキラが内緒で出かけた理由……
それは、ゲンとステラの2人が自然に振舞える関係になるための、最適な手段を探しに行くためであった。
キラが購入した雑誌二冊は、そのためのアイテムである。内緒にした理由はスティングもアウルも先刻承知。
だが、不在の理由を聞いても、釈然としない答えしか返ってこない。
やがてステラは、先を歩く少年二人と少しずつ距離を置き始めた。そして、少女は別方向に歩き始める。
「……ここには、いない。そっか……なら、私が――」
- 270 :3/31:2006/05/08(月) 01:26:16 ID:???
- コンビニエンスストアで雑誌を購入したゲンとキラ。2人はカフェに場所を移し、雑誌の中身を吟味し始めていた。
ゲンは『ディオキアの食めぐり』を、キラは『ディオキア観光地100選』をそれぞれ眺めている。
その状態で10分ほど経過した頃、キラが口を開いた。
「ねえ、観光地の中に『奇麗な夕陽の見える海浜公園』ってのがあるんだけど……どうかな?」
「……あ、ああ」
キラの読んでいた雑誌『ディオキア観光地100選』の中にあるスポットのひとつ。
それは、タイトルどおり海浜公園は丘陵の上に位置し、街を一望できる上に奇麗な夕陽が見える場所であった。
ディオキアの西に位置するこの丘は、雑誌によるとデートスポットとして人気……らしい。
「……悪くないな」
「そう? なら、これは候補に入れておいて。次ぎの場所を、探すから」
「……え? 一つ決めるだけじゃないのか?」
「一箇所でそんなに時間が潰せるわけがないでしょ? デートスポットは、複数箇所探しておくものなの」
「……は、はい」
キラの指導にただ従うだけのゲン。経験豊富なキラの前では、ゲンは出来の悪い後輩に過ぎなかった。
落ち込み気味にゲンも自分の読んでいる雑誌の吟味に戻る。
『ディオキアの食めぐり』を眺める彼も、色々と考えてはいたのだ。ステラは肉でも魚でも好き嫌いはしない。
とはいえ、女性相手であるからアッサリした食べ物にすべきか。ならば、魚介類の店にしよう――
……などという程度ではあるが。
そんなゲンに、キラは別の話題を振る。
「ところで……ステラとどんな話をするか、考えている?」
「は、話? 何の話だ?」
「はぁ、君はもう、ホントに……あのね、折角二人だけになっても、会話がないと困るでしょ?」
「話のネタを……考えろってことか?」
「まぁ、そうだね。今はプライベートなんだから、趣味の話とか……あるでしょ?」
趣味……ステラの趣味……
ゲンとステラの2人は、互いの趣味の話などしたこともないし、彼女の部屋に入ったこともない。
何が彼女の趣味やら、ゲンには皆目検討もつかなかった。
応えに詰まるゲン。
そんな彼を見て、人生の先輩は頭を抱えながら……再びレクチャーを始めた。
- 271 :4/31:2006/05/08(月) 01:27:16 ID:???
- 「趣味が分からないのなら、直接ステラに聞けば良いじゃない? それも会話を弾ませる手段にすればいい」
「そ、そうか……」
「他には、共通の話題とかはないかな? 2人の間ですぐに打ち解けられるような話題とか」
「共通の話題……か」
「あるのなら、教えて欲しいな。それを上手く使えるかも知れない」
思い巡らすゲン。二人の共通の話題……
――あった。2人の間ですぐに打ち解けられそうな、共通の話題が確かにあった。
「たとえば……」
「たとえば? どんな話題があるの?」
キラも興味津々である。元々、好奇心からゲンとステラの仲立ちを買って出た側面もあった。
かつて恋人のラクス・クラインとオーブの方々を巡った日々のことを振り返り、懐かしく思いながら……
頬杖をつきながらキラは問う。しかし、そんな彼の意図とは真逆の答えを、目の前の少年は出してくる。
「――最近ガイアの調子、どうだ? とか……」
「……ッ!?」
ゲンが持ち出した話題は、寄りによってMSの話題。
仕事とプライベートは分けて考えるキラにとっては、予想外の答えであった。
あまりの答えに、キラは思わず頬杖を崩し、顔面を強かにカフェのテーブルに打ちつけた。
自分の答えが相手の期待はずれだったことを悟ったゲンは、慌てて訂正する。
「ダメか? なら、使いやすい機銃メーカーの話題とかは? ザスタバの新型マシンガンの話とかは?」
「………」
キラは本気で頭を抱え出した。目の前の男、ゲン・アクサニスは徹頭徹尾軍人である。
ソキウスであるが故、暇なときも戦いのことを考えていたりする生真面目さが、この時は完全に仇となっていた。
しかし、キラはそんなゲンの事情を慮ることはなかった。彼が理解したのは唯一つ……
(ダメだこいつ……早く何とかしないと……)
頭を抱えながらキラは再び思考をめぐらす。だが、ゲンからステラに出来るアプローチ手段は底をついていた。
キラは男である。所詮男性である彼は、同性であるゲンにしかアドバイスは出来ない。
彼からゲンに出来るアプローチ手段などそう多くはない。助言は困難を極め、キラは万策尽きかけていたのだ。
- 272 :5/31:2006/05/08(月) 01:28:11 ID:???
- キラは思う。こんなときラクスがいれば、どんなことを言うだろうかと。
彼を導くかのように接してくれた女性――それが、ラクス・クラインであった。
三隻同盟の戦いを終えオーブに隠遁した後も、キラはラクスと共にあった。
付き合う、付き合わないの話以前に、2人の関係は成立していた。
それは、相手がラクスであるが故なのかもしれない。
そこまで考えて、キラは別の考えに行き着く。
即ち、男女の関係がどうなるかは、ある程度付き合う女性のタイプで決まってしまうのでないかと。
例えば、フレイ・アルスターのような奔放なタイプの女性と、ラクスのような思慮深いタイプの女性。
嘗てキラが関係を持った女性は、何れも真逆の性格であった。
前者には少々振り回され、後者には導いてもらい……
よくよく考えてみれば、キラ自身は受身の女性関係しかなかった。
そのことに思いをはせたキラは、ため息混じりに呟く。
「結局、ボクはお尻に敷かれているだけなのかもしれない」
「……え?」
「い、いや。何でもないよ」
先程以来、ゲンは落ち込んでいた。
キラとのやり取りで、自分が普通の人間関係を構築できない、社会不適合者なのではないかと思っていた。
そこに、過去の人間関係において受身の女性関係しかなかった人物、キラも一緒に落ち込み始めてしまった。
昼時のカフェに男2人、雁首並べて頭を抱える。傍から見れば奇妙な光景が、そこにはあった。
「こんなとき、他に女性がいればステラの立場に立って考えてくれるんだけど……」
キラはそれだけ言うのが精一杯。策の尽きた彼には、そんな有り得ない話しか出来なくなっていた。
ステラはファントムペインの紅一点。つまり、彼女以外に女性はいない。
相談しようにも、キラのアークエンジェル時代の、マリューのような人物はいなかった。
――その時、である。
ゲンの持っていた携帯の着信音が鳴る。ディオキアに入った折に購入していた、プリペイド式携帯だ。
本来仲間同士連絡を取り合うために、この場合他の3人との連絡用に使う筈であったが……
それが鳴ったと言う事は、何かがあったのだ。慌ててゲンは連絡を受けとる。
「俺だ。どうした? 何かあったのか?」
- 273 :6/31:2006/05/08(月) 01:29:07 ID:???
- 『あ、あのな……ゲン、拙いことになった』
「スティングか? 一体、何があったんだ?」
電話を掛けてきたのはスティングであった。彼の声からは、何やら戸惑いのようなものも感じられ……
少なくとも、異常が発生したということはゲンには十分に感じ取れた。再度彼は問う。
「何かあったんだな? 何だ?」
『……ステラが、いなくなっちまったんだ』
「――!?」
『さっきまでオレとアウルが、スポーツ用品店で買い物してたんだ。気がついたら、いなくなって……』
「馬鹿ッ! 何で一人にした!?」
『う、後ろから付いてきてると思ったんだが……今アウルと2人で探しているんだが、見つからないんだ』
スティングが知らせてきたのは、ステラ行方不明の一報。
その知らせに驚きながらも、ゲンは己の為すべきことを考える。
ステラ・ルーシェという少女は、戦闘時には尋常ならざる能力を発揮するが、普段は温厚そのもの。
……いや、温厚というより天然、どこか抜けた感じのする少女である。
それに、ここはディオキア。地球とはいえ、ザフトの管轄下である。
一見普通の少女とはいえ、敵地で彼女を一人にしておくわけにはいかない。ゲンは即断する。
「分かった! 俺も直ぐに探しにいく。見つかったら連絡する」
『頼む。こっちも見つかったら、すぐに連絡――』
ブツン――と、通話を切る鈍い音が聞こえる。
ゲンは言うや、スティングの答えを待たずに電話を切った。そして、キラに向き直る。
「済まない、キラ。ステラが居なくなった。お遊びは終わりだ!」
「……え? ステラが、いなくなっちゃったの?」
「そういうことだ。悪いが、俺はステラを探しにいく。それじゃ!」
ゲンは席を立ち、風を巻いて走り去った。カフェの会計も済ませずに……
一人取り残されたキラ。2人が座っていたテーブルの上には、読みかけの雑誌が取り残されている。
ステラ行方不明という事態は飲み込めたが、キラは呆気に取られ、ただ一言呟いた。状況を嘆く言葉を。
「……この後、ボクにどうしろっていうのさ?」
- 274 :7/31:2006/05/08(月) 01:30:04 ID:???
- ディオキアの海岸線を一人の少女が歩いている。人気のない浜辺には彼女一人。
海が珍しいというわけではないのだろう。少女は海を見ていない。
栗色の髪を束ねた少女は、殆ど足元を見たまま……
浜辺に打ち寄せる黒海の波と、砂浜との境界線を時折眺めるだけ。
その視線も"見る"という行為ではあるものの、何処か無機質。表情も暗い少女の瞳は、虚ろでさえあった。
「これから、どうしよう……」
呟いた少女の名は、マユ・アスカ――
呟いた言葉は、先のことを考えているそれではなく、絶望に近い嘆きの声……
先ほどミネルバの艦橋で聞いた知らせは、彼女の故郷の軍隊、オーブ軍の詳報であった。
オーブ軍の派遣艦隊は、ジブラルタル基地攻略に向かう気配なし。つまり……
マユたちのいる黒海方面に向かう可能性が高まっていた。
マユは2年前の大戦で家族を失い、プラントへ移民として渡っていた。
既に彼の国で市民権を得て、テストパイロットとしてザフトに入隊までした身の上。
それでも、袂を分かったとはいえ故郷の軍と戦うことに躊躇いがない筈がない。
オーブで共に過ごした友人達の父親や兄弟の中には、軍に入った者もいるかもしれない。
また、戦災孤児となった自分の身を案じてくれた軍人、トダカ一佐も派遣軍の中にいる可能性がある。
そんな者達へ、刃を向けられるのだろうか――?
プラントと地球の各国が戦争状態とはいえ、オーブに非がある戦争ではない。
開戦の切欠がユニウスセブンの落下事件である以上、地球の海洋国オーブもまた被害者といえた。
被災の規模こそ甚大ではないものの、宇宙からコーディネーターが隕石を落してきたのだ。
戦争に参加する理由は、十分過ぎるほどあった。
しかし、今はプラントの市民として、そしてザフトの兵卒として生きる少女には……
戦うべき大儀もなく、ましてや故郷の人間と刃を交えることに納得できる筈はなかった。
自問自答しても、答えが出るはずもないが……それでも少女は、呟くほかなかった。
「ミネルバとオーブが戦場で出会ったら、私も戦うしか……ないの?」
- 275 :8/31:2006/05/08(月) 01:32:18 ID:???
- マユがテストパイロットとはいえザフトに籍を置いている以上、オーブ軍と出くわせば闘う他ない。
例えば、タリア・グラディスなどはマユのことを慮り躊躇くらいはするだろう。しかし、次の瞬間には……
フェイスである艦長には、即戦闘指揮を執ることが要求される。彼女は、一瞬の後間違いなく己が任務を果たす。
そうなれば、マユも軍属である以上、上官の命令に背くことは出来ない。
「やっぱり……戦うしか、ない」
自明の理に辿り着く。が、やはり納得できる筈はない。
彼女がザフトにいる以上、オーブ軍も彼女を慮りはしない。
降伏、投降すれば別であろうが、そうでなければ銃口を向けられるのだ。そして次の瞬間、銃口は火を噴く。
ならば、マユに残された選択肢は二つ。生きるために彼らを撃つか、自らが撃たれるか――
「戦わなきゃ、私は生き残れない……でも」
マユはオーブ領海付近での、連合艦隊との戦闘を思い出す。
ミネルバを護るため、自分が生き残るために艦艇6隻を沈めたことを――
この先も、自分がザフトにいる限り、また人を殺すのだ。今度は、故郷の人間を。
そこまで考えて、マユはもう一つの疑問に突き当たる。
「そうまでして、私が生きる事に……何の意味があるの?」
敵とはいえ、大勢の人間を殺め、あるいやこれから故郷の人間を殺める。
若干13歳の少女には、その事実に愕然とし、また……自らの存在理由に疑問すら抱いていた。
もし、2年間家族と共に死んでいれば、こんなことにはならずに済んだ。人を殺さずに済んだ。
マユは、自らの両の手をじっと見詰める。汚れのない、奇麗な手……
だが、この手で既に何人もの人を殺していたのだ。
そう考えると、一見奇麗な自らの手には、恰もべっとりと血糊がついているような錯覚さえ覚える。
血まみれのこの手で、また幾人も殺めていくであろう、己の未来。その運命に、少女は愕然とする。
「私は、生きていちゃいけない人間……かもしれない」
彷徨う少女は、あらぬ方向へ答えを求めていた。見れば目の前は海。入水自殺という手段もあったろうか。
……少しずつ、少しずつ少女は両脚を海に向ける。そして、黒海の水に踝が、膝が、次々と浸かっていく。
しかし、彼女の行為は寸前の所で咎められる。後ろから、誰かマユの手を引っ張る。悲痛な声と共に――
「――ダメっ!!」
- 276 :9/31:2006/05/08(月) 01:33:17 ID:???
- 同じ頃――
ディオキアの郊外を疾走するバイクがあった。真っ赤なバイクを駆るのは、黒髪の少年。
「国道方面にはいなかった。ってことは、まだ街中か! 畜生、何処行っちまったんだよ、ステラッ!?」
ゲンは、キラと分かれて直ぐレンタカーショップでバイクを借りた。
車より小回りもスピードも出し易いこの乗り物で、ステラの捜索に向かったのだが……
街に入る検問近くまで行ってみたものの、彼女と思しき人影はない。慌てて彼は街へ戻ろうとする。
街への道を、ひたすらに急ぐ。
街の治安は、実質的にこの地を支配しているザフトに委ねられていた。
万が一、連合軍人であるステラが見咎められ、露見を恐れたステラとザフトが戦闘になってしまったら……
最悪の事態を想定し、ゲンは慄然とする。兎に角、急がねば――
その彼が急ぐ道の先、数キロのところを歩く少女がいた。
燃えるような赤い毛の彼女は、爪を噛みながら何やら思案している。
「ったくもー! マユったら、何処行っちゃったのよ!?」
赤毛の少女は叫ぶ。どうやら、彼女も人を探しているらしい。
当てもなく街を探すより、ザフトの治安部隊にでも聞けばハッキリする。そう思って、方々を訪ね歩いていた。
しかし、街中ではマユらしき人物を見かけたという話は聞かず、街の外に出たものの……
やはり、姿など見えない。
「……大丈夫かな、マユ? オーブがこっちに来るからって、ショックなのは分かるけど……」
尋ね人の名を再び上げ、彼女は思いをめぐらす。
ショックを受けているのであれば、何故自分に相談してくれなかったのだろう。
同室であり、姉代わりを自負していたのに……実際、件の人物は自分をアテにしてくれてはいなかった。
その事実が、赤毛の少女の心に影を落していた。
「やっぱり私は……あの子のお姉さんには、なれないのかな」
考えながら、彼女は少しずつ道を外れていた。自動車のセンターライン、道路の中央部にまで足を踏み入れる。
――しかし、その時異変が起こった。
突如として彼女の目の前に、赤い物体が――少年の乗るバイクが飛び込んできた!
- 277 :10/31:2006/05/08(月) 01:34:03 ID:???
- バイクの乗り手と赤毛の少女は、互いを認めるや大声で危機を叫ぶ――!
「――うわッ、危ないッ!?」
「キャアアッ!!!!」
迫り来るものの正体を知った赤毛の少女は、悲鳴をあげ目を閉じた。
………
………
………・
……襲ってくる筈の痛みは、ない。少女は、恐る恐る目を開ける。
彼女の目の前には何も見当たらない。次に、少女は背後を振り返る。見れば……
転倒したバイクと、うずくまる一人の少年が目に飛び込んできた。
「ちょ……ちょっと! 大丈夫!?」
「……い、痛てぇ……」
慌てて少女は、倒れこんでいる少年に駆け寄る。少年に意識はあった。
少年と少女がぶつかる、あわや――! というところで、バイクを駆る少年はハンドルを切っていた。
真っ赤なバイクは、赤毛の少女を寸前ですり抜け……体制を崩しながら倒れ込んでいた。
2人が通っていた道は、海岸線の道――切り立った崖が視界を遮る道で、兎角見通しが悪い。
おまけに高低までついていた分、バイクの操縦者である少年が、赤毛の少女を見咎めるのが遅れたのだ。
それは兎も角、倒れこんでいた少年に赤毛の少女が声を掛ける。
「ねえ、君、怪我はない?」
「……ああ、なんとか……」
バイクに乗っていた少年、ゲンは体の節々を触り、何とか体を起こす。
腕も脚も義肢であり、作り物であることが幸いした。特注の義肢は頑丈で、動作に支障はなかった。
やれやれと、ゲンは立ち上がり事なきを得た……かに見えた。
が、事態が悪化するのはここからであった。
- 278 :11/31:2006/05/08(月) 01:35:01 ID:???
- その頃、ディオキアの海岸――
マユは、突然何者かに己が手を掴まれていた。恐る恐る少女は後ろを振り返る。
金色の髪、肌蹴た肩口から見える真っ白な肌……
年のころはマユよりも4,5歳ほど上であろうか、年嵩の少女がマユの手を掴んでいた。
戸惑うマユは、相手の顔を確認する。
見れば、金髪の少女は少しキツイ目付きでマユを見つめている。
「貴女……今、いけないことを……しようとした。ダメ……! こっちに……来て!」
「……え!? ちょ、ちょっと……」
金髪の少女の言葉に、マユは瞠目した。
やがて少女は、マユの手を強引に引っ張り、浜辺へと脚を向ける。
ふと気づけば、マユは腰の辺りまで海水に浸かっていた。少女はマユを引き摺るように歩き出す。
そして……マユは浜辺へと戻された。
浜辺に戻るや、少女とマユは互いに見詰め合う。
マユは気まずそうに、金髪の少女は相変わらずキッとマユを睨んでいる。
眼光の鋭さに、流石のマユもビクッと怯え……とっさに彼女と視線を交わすのを避け、足元に目線を向ける。
相対する少女と間を置けたことで、マユは己の行動を振り返り始めた。
つい先ほどまでの行為――オーブと戦うことに躊躇いを覚え、半ば入水自殺をしようとしていたことを。
しかし、冷静に考えると、敢行しても達成できるかは甚だ疑問であった。
元来、マユは泳ぎに自信があったのだ。生来のコーディネーターであり、スポーツもほぼ万能に近いためか……
亡き父や母の話では、幼少の頃家族で行った海水浴においても、誰に習うともなく水に浮き泳いでいたという。
そこまで考えて、マユは恥ずかしさを覚える。
最初から達成不可能なことをやろうとしていたのだ。恐らく、溺れようとしても本能的に泳いでしまっていただろう。
冷静になって己を取戻し、やろうとしたことを振り返ると……次第に恥ずかしさで顔が上気していった。
そして、達成不可能とはいえ愚考を阻止してくれた目の前の恩人に、礼を述べようと向き直る。
「あ、あのっ! ご、ごめんなさい。 わ、私は……」
「海に入っちゃ……ダメ。 ステラは……いつも言われているの。溺れるから、海に入っちゃダメ……って」
「……ええ、そう……って、違うッ! わ、私は泳げますッ!」
「そう……なの?」
マユは、相手の思い違いに慌てて反論する。そして、この時がマユとステラとの邂逅であった。
- 279 :12/31:2006/05/08(月) 01:35:56 ID:???
- 前線の兵士の自殺、これは必ずしも正確な数が明かされるわけではないので、実数は定かではない。
例えば、ベトナム戦争における米兵の自殺件数は、軍の公式発表では10万人中15.6人だったと言われている。
多いと見るか、少ないと見るかはそれぞれであろう。
が、この数は公表された数、表沙汰なった数である。少なくとも1万人に1人か2人は、自殺していたことになる。
また、自殺が最後に行き着く手段であることを考えれば、その一歩手前で踏みとどまった者達も多くいる筈。
精神的ダメージを被り本国に送還される兵士は、自殺者の数倍、数十倍に登ると言われている。
この時代は、MSや艦隊戦といった機動兵器を駆り戦う時代。
生身で兵士と兵士が戦い、その各人が凄惨な光景を目にする機会は減ったものの……
兵士が自殺や精神障害を起すケースまでゼロになったわけではなかった。
先ほどのマユの自殺未遂(?)も、精神的なダメージを被った突発的な行為。
作中でのマユの年齢は13歳という設定。その年齢での精神的負担は、読者のご想像にお任せしたい。
さて、話を戻そう。
数分前……顔を真っ赤にしていたマユは、自分の再びの勘違いに少し落ち込んでいた。
てっきり、自殺しようとしているのをステラと名乗る少女に看破されたものと思い、礼を述べようとしたのに……
こともあろうに、ステラはマユが自分と同じく泳げない者であると誤信し、止めに入ったのであった。
キッと睨んでいたステラも、自分の勘違いに気づいたのか、今度はキョトンとマユを見つめている。
今度は、先ほどまでとはうって変わったあどけない表情。
その表情に、落ち込んでいたマユも思わず和んでしまった。
今度こそ正気に戻ったマユは、改めてステラに礼を述べる。
「と、兎に角……止めてくれて、ありがとう」
「……え? ステラは……貴女の邪魔をしたのに?」
「ううん、違うの。ちょっと……他に、悪いこと考えていたんだ、私」
「……そう、なんだ」
やはり、お礼はしておこう――
そう思って礼を述べたマユだが、強いて詮索してこないステラに再び心の中で感謝する。
「貴女、ステラっていうんだ」
「……ステラは、ステラ・ルーシェ」
「良い名前だね。私はマユ、マユ・アスカ」
期せずして自己紹介が始まり、二人は和やかな空気に包まれていた。
- 280 :13/31:2006/05/08(月) 01:36:51 ID:???
- だが、こちらの二人は、マユとステラの和やかな雰囲気とは真逆の……
険悪とさえ言える雰囲気が立ち込めていた。
「ちょっと、アンタ! 謝りなさいよ!」
「何でオレが謝らなきゃならないんだ? 道の真ん中歩いていたのは、お前だろう?」
「交通法規を知らないの? 車だのバイクだの乗るんなら、歩行者に気をつけるのは当然のことでしょう!?」
「……道路の真ん中歩いている馬鹿に、そんなこと言う資格があるのかよ!?」
「馬鹿とは何よ!? 私には、ルナマリア・ホークっていう、ちゃんとした名前があるんですからね!!」
ゲン・アクサニスと、赤毛の少女――ルナマリア・ホークの対決、その第一ラウンドのゴングは打ち鳴らされた。
事の発端は、二人のどちらに事故発生の原因があったのか……であった。
ゲンはステラをいち早く探すため、少々スピードを出して走っていた。
一方、ルナマリアの方もマユを探しつつ悩みを深め、慣れぬ道ということもあり道路近くを歩いていた。
結論はどっちもどっち、双方に過失があるわけだ。
だが、互いに負けん気の強い二人だったことが仇となる。
最初にどちらかが「悪かった」と言っていれば丸く収まった筈……だが、その一言を二人とも言い出せなかった。
やがて、互いに互いを詰りあう険悪ムードへ――
不毛な言い争いはなおも続く。
「そう……なら、出るところに出ましょうか?」
「出るところ……って、何だよ?」
「この街にはね、今ザフトっていう軍隊が来ていて、その人たちの支配下にあるの。
彼らが街の治安を維持するために、部隊まで派遣しているって話は知っているわよね? 私、訴えようかしら?」
「……!! ちょ……! それは、それは困る!」
ルナマリアの発案に、ゲンは大いに困惑する。
仮にそんなところに訴えられたら、連合の兵士としては最悪の事態となってしまう。大慌てでゲンは阻止を試みる。
「お、オレは仕事でこの街に来ているんだ! 夜には仕事に戻らなきゃならないし……
それだけは勘弁してくれ! 頼む!!」
「あ〜ら、それはそれは……なら、ちゃんと謝ってもらおうかしら?」
「……う、ううっ」
形勢は一気にルナマリア有利に傾く。謝ろうか謝るまいか迷うゲン……
考え込むゲンとそれを見つめるルナマリア。こんなインターバルを挟んで、二人は第二ラウンドへと入っていく。
- 281 :14/31:2006/05/08(月) 01:37:43 ID:???
- 一方のマユとステラ、こちらは相変わらず和やかムード。
時刻は昼過ぎ――ディオキアの気候が暖かいため、二人とも濡れた服が乾くまで待つことにした。
「へぇ。ステラは、お仕事でこの街に来てるんだ」
「うん……。アウルとスティング、ゲンとキラ……皆で来ているの。今日のお仕事は……終わった」
「私は……仕事のお休みを貰ったの。でも、ちょっと嫌なことがあって……
海に入れば全部忘れられるかなーって思って、入ろうとしたんだけど、良く考えたら服来たまま。
ステラが止めてくれなかったら、私は今頃ずぶ濡れだよ」
「……そう。良かった……」
マユは、先の出来事を上手い具合にはぐらかしていた。
また二人とも、互いに本当の身分は明かさず、取り繕いつつ会話を弾ませる。
「ねえ、一緒に来てるお友達って、どんな人?」
「……アウルとスティングとは、昔からずっと一緒。ゲンとは……半年くらい前かな?
キラは、最近になって……私たちのところに来た。スティングはキラを……先輩って呼んでる」
「へぇ……仲が良いんだね」
「アウルとスティングは、兄弟みたいなもの。子供の頃から一緒……
ゲンは……働いているの。ずーっと、お仕事、お仕事。でも、最近はキラとばかり一緒……」
「……兄弟……か」
マユはステラの言葉に声を落す。亡くなった筈の兄のことを思い出したのだ。
俯き、表情が陰るマユに気づいたステラは、心配そうに声を掛ける。
「マユ……どうしたの?」
「う、ううん。何でもない。兄弟って、良いなって思ったの。私には……もういないから」
「もう……?」
「あ、何でもない! 何でもないの!」
言葉尻に敏感に反応するステラに、慌ててマユは話を打ち切る。
怪訝な顔をするステラだが、マユとしては折角愉しくなりかけた雰囲気を壊したくなかった。
気まずい沈黙が続いたが……やがて、ステラはハッと我に返る。
「あ……! 忘れてた……ステラは……ゲンを探しに来たの」
彼女がアウルとスティングの元を離れたのは、ゲンが原因。ステラは、彼を探しに来たのだった。
- 282 :15/31:2006/05/08(月) 01:39:30 ID:???
- 自分のやろうとしていたことを思い出し、ステラは立ち上がる。既に、海水に濡れた彼女のスカートも乾いている。
マユは別れのときが来たと思い、少々残念そうに立ち上がろうとするが……
「あー! いた! 見っけ!」
「……ったく、こんなところにいたのか。探したぜ、ステラ」
後ろから声が聞こえ、マユとステラは振り返る。
青い髪の少年と、緑色の髪の少年がステラを認め駆け寄ってきていた。
「アウル! スティング!」
「探したよ、ホント。街中にはいないし……」
「お前、海が好きだって言ってたろ? 覚えていたから見に来てみれば……ん? この子は……誰だ?」
アウルとスティングはステラの近くまで来て、マユの存在を訝しがる。
遠めにはただの通行人同士に見えたが、近くに来てみればマユはステラと男二人を交互に見ている。
素性を気取られてはいまいか――
スティングは一瞬表情を強張らせるが……マユの次の行動に、そんな疑念は霧散してしまう。
「あ、あのっ……! 私はマユ・アスカといいます。ステラとは、さっき会って、その……」
「お前は……ステラの友達、なのか?」
「え、ええと、友達というか、その……」
友達――
会って直ぐのマユとステラでは、果たしてそう呼べる仲なのか不安に思い、マユはステラを覗う。
しかし、そんなマユの不安も杞憂に終わる。ステラの一言で。
「そう。ステラとマユは……お友達……」
「なら、安心だ。オレはスティング・オークレー。こっちのは、アウル・ニーダ。ステラの仕事仲間さ」
「そういうこと。ヨロシク!」
スティングは正体が露見していないことに胸をなでおろしつつ自己紹介を、アウルもそれに倣い軽い挨拶をする。
マユも軽く会釈をし、男女4人で打ち解けかけたその時……
「あー! マユちゃんいた! 見つけた! もう……探したんだからね!!」
4人のはるか後方からもう一人、マユを探しに来ていた赤毛のツインテールの少女が駆け寄ってきていた。
- 283 :16/31:2006/05/08(月) 01:40:41 ID:???
- 「私は、メイリン・ホークって言います。
ミネ……じゃなかった、情報処理関係の仕事で、マユとこの街に来たの」
メイリンも、スティングがしたのと同じように自己紹介から始まった。
彼女がミネルバと正規の職業を伏せたのは、スティングやアウル、ステラを地球の民間人と思ったから。
如何にザフトが軍全体で地域住民と友好関係を築こうとしても、軍属と分かれば無用な不安を抱かせかねない。
相手への配慮、それ故メイリンは身分を伏せて相手に自己紹介をしたのだ。情報処理……も嘘ではないが。
「俺達は荷運びの仕事さ。戦争で飛行機が使えないから、この仕事は需要があってね」
「……じゃあ、この土地の人じゃないの?」
「ああ。仕事は夜からまた始まるが、それまでこの街で休もうかと思っていたんだ。なあ、アウル?」
「そうそう。なのに、ステラが突然いなくなっちゃうんだもの。ビックリしたぜ。
休んでいくつもりが、ステラを探さなきゃならなくなったんだから」
「……私と同じね。私も、マユがいなくなっちゃったから、探しに来たの」
メイリンは直ぐに打ち解け、スティングと話し始める。
アウルもスティングから話を振られ、事の顛末を話して聞かせた。
マユとステラ、二人の行方不明者はこうして無事互いの保護者に確保された。
「へぇ……そうなんだ。ねえ、マユちゃん。この後どうしよっか?」
「え、ええと……」
「そうだ! ステラが世話になったことだ……一緒にお昼食べに行かない?」
「アウル!」
「いいだろ、スティング。こんな機会でもなけりゃ、他所の子と話したり出来るチャンスは……ないもんね」
「……ったく、分かったよ。でも、そっちは大丈夫なのか? 仕事の方は大丈夫なのか?」
「ええ。私達は構わないです。マユちゃんも、いいよね?」
「う、うん」
突如アウルの発案で、このまま5人でランチに行くことに。
スティングは難色を示したが、折角の休暇である。ましてや、相手はただの民間人。警戒は不要か――
思いなおし、アウルに同調することにした。メイリンもマユも依存はない。彼女達も休暇で来たのだから。
「少し待っていてくれ。ちょっとゲンに……ああ、一緒に来てる仲間に連絡する」
「あ、私も! お姉ちゃんに連絡しておかなきゃ。誘ったら、来るかな?」
スティングとメイリンは、互いに携帯を取り出し連絡を始める。それぞれの関係者に――
- 284 :17/31:2006/05/08(月) 01:41:44 ID:???
- その頃のゲンとルナマリア。二人の戦いは早くも終焉を迎えようとしていた。
「さぁ、どうするの? 謝るの? 謝らないの?」
既に勝負有り。ザフトに話を持っていかれれば、ゲンとしては最悪の展開だ。
ここは逃げの一手。謝ってしまうほかない。そう思って、実行に移そうとしたとき……
彼のポケットの携帯が鳴り響き、会話は寸断される。
「す、済まない。ちょっと、仲間から連絡が来た。……オレだ、どうした?」
『ああ、ゲン、こちらスティング。無事にステラは見つけたぜ。女の子と遊んでいただけだ。今から皆でランチ』
「そうか……良かった」
『お前も来るか?』
「い、いや、こっちはその……ちょっと時間が掛かりそうだ。心配ない、直ぐ終わる」
『そういえば、夕方の予定は? ステラと何処で遊ぶんだ?』
「あ、ああ。海浜公園。ディオキアの海浜公園で、そうだな……午後6時で」
『OK、伝えるよ。それじゃ』
ゲンは携帯を切り、ホッと息をつく。懸案のステラは無事。どうやら友達まで出来たらしい。
改めてルナマリアに向き直り、謝罪の言葉を述べる。サングラスを外し、頭を下げる。
「済まない。オレが悪かった。赦してくれ……」
「分かれば良いのよ、ボク?」
「ぼ、ボク!? ちょっと、お前……それは!」
「相手は女の子? 今のはデートの話?」
「い、いや、違う! し、仕事の打ち合わせだ!」
「嘘。顔が赤いわよ。へぇ……海浜公園で夕方からデートねぇ? あ、携帯……ちょっと待って!」
折りよくルナマリアの携帯にも着信が。相手は勿論、彼女の妹メイリン・ホークである。
メイリンもスティングと同じくマユの無事を知らせてきていた。ルナマリアもゲン同様、胸を撫で下ろす。
『お姉ちゃんはどうするの? こっちと合流する?』
「そうね……それも良いけど、止めておくわ」
ルナマリアは妹の申し出を断る。そしてゲンの方を見ながら、笑みを浮かべる。妖艶な笑みを――
「ちょっとからかい甲斐のある子、見つけちゃったから……」
- 285 :18/31:2006/05/08(月) 01:42:37 ID:???
- 10数分後のとあるディオキアのレストラン。
黒髪の少年と赤毛の少女は、向き合う形でレストランの一角に腰掛ける。
昼時であり、些か混んでいる店内ではあるが、運良く二人分の席は残っていた。しかし……
少女はニコニコしながらメニューを見入っているが、少年の方は落ち込んでいる。この上ないほど。
やがて、俯いてた少年は、愉しそうにしている少女に問う。
「何で……俺達はここにいる?」
「謝罪は済んだわ。でも、直ぐに謝らなかったのは失敗ね」
「だから 何 で !?」
「謝罪は終われど、賠償は済んでないからよ。あ、ウエイターさん、このスペシャルランチコース二人分ね♪」
そう、賠償――である。
ルナマリアはゲンが直ぐ謝らなかったことに、ご立腹である……わけがない。
彼女としては、からかい甲斐のある少年を見つけたことで、暇を潰そうとしたのだ。
妹やマユと合流しても良かったが、女三人でいるより一人の男を捕まえていたほうが愉しいに違いない。
つまり、遊び心でゲンに賠償を要求、ランチを奢れと命令していたのだ。
「流石土地の人ね。良いお店を知っているじゃない?」
「……違う。俺はこの土地の人間じゃない」
「へ? じゃあ、なんでこんなお店知っているのよ?」
「それは、さっき調べ……い、いや、何でもない」
「……デート目的で調べていたのね? 見かけによらず、やるじゃない」
「う、うるさいっ!!」
「はいはい、こんな奇麗な女の子と一緒にランチが食べられるのよ? 下調べしておいて、良かった良かった♪」
「……!!」
ゲンは、一応このレストランをステラとのディナーに用意していたのだ。
しかし、何故かこの店でランチを、それも半ば自分を脅迫している少女に詰め寄られ、使う羽目になってしまった。
仮にランチを奢るのを拒否しても、それを理由にザフトに駆け込まれては堪らないから――であるが。
「さて、聞かせてもらおうかしら? 貴方と意中の子との馴れ初めを♪」
「ち、違う! そんなんじゃない! お、オレとステラは……」
「へぇ。ステラって言うんだ。良い名前じゃない。ね、どんな子? 可愛いの?」
「ひ、人の話を……!」
ゲンの抗弁に一切の耳を貸さず、ただルナマリアはゲンを出汁に、目一杯遊ぶつもりであった。
- 286 :19/31:2006/05/08(月) 01:43:36 ID:???
- ゲンがルナマリアとの延長戦に入った頃……こちらは相変わらず和やかムード。
アウルとスティングとステラ、そしてメイリンとマユ。5人は日当たりの良いオープンテラスを有するカフェにいた。
ここを選んだのはメイリン。本来なら姉とマユと3人でおしゃべりをして過ごすために用意していた店だ。
しかし、姉は来ず代わりに見知らぬ男女3人と一緒。
が、レストランに行くより長居できるのがカフェの利点。結局この場所に落ち着いたのだ。
「けど、心配したわよ。急にいなくなっちゃうんだから」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、一人で考えたいことがあったから……」
「気持ちは分かるけど、私やお姉ちゃんに相談くらいしてくれても良いじゃない? 一人で悩むのは、良くないよ」
「ありがとう……」
開口一番、メイリンはマユの行動を窘める。マユが忽然と消えた理由はメイリンも承知していた。
だからこそ、同僚である自分や姉に相談くらいはして欲しいと、フォローもしていた。マユもそれに感謝する。
そんな二人に……
「ねぇ、悩み事があるの? オレも相談に乗るぜ?」
二人の会話を聞きつけたアウルが声を掛ける。スティングもステラも少し真剣な顔でマユを見ていた。
その言葉にも感謝しつつ、マユは掻い摘んで事の次第を話し始めた。真相は伏せたまま。
「私ね、戦争で両親と兄を亡くして……プラントに移住したの。
でも、今度は故郷のオーブが連合について、今生活している国と、故郷が戦争になって……」
軍属であることは伏せ、マユは話し始めた。真相はもっと深刻なのだが……
戦争で、間接的にではあるが故郷に刃を向けることになるかもしれないことに悩み、彷徨っていたとだけ告げた。
その言葉にアウルとステラは頷くが、スティングだけは違った。彼は少し警戒の色を浮かべる。
「あんた達、プラントのコーディネーターだったのか……」
「ご、ごめん。隠していたわけじゃないの。でも……」
「私もマユもコーディネーターだけど、地球の人とは仲良くしたいって思っているわ。
ユニウスセブンが落下したのも、ほんのごく一部の人がやっただけ。
プラントの人たちのほとんどは、ナチュラルの皆との共生を望んでいるわ。ホントよ! だから……」
マユとメイリンは、スティングの言葉に言外の警戒の色を感じ、弁解を始めた。本心からの、弁明を――
「だから、厚かましいお願いかもしれないけど、どうか……どうか、私たちを嫌いにならないで欲しいの」
- 287 :20/31:2006/05/08(月) 01:44:31 ID:???
- 「嫌ってなんか、いないぜ。なぁ、ステラ?」
「うん。私はマユのこと……好き。メイリンも……」
マユとメイリンの不安は杞憂に終わる。アウルとステラは、気安いほどに警戒すらしていなかった。
逆に、二人がコーディネーターであっても、全く構わないという風ですらある。
唯一警戒していたスティングも、それを見て態度を変える。
「オレも、二人のことは嫌いじゃない。ただ……早いとこ戦争は終わって欲しいだけさ。気を悪くしないでくれ」
彼の言葉に、マユもメイリンも安堵を覚える。
スティングはコーディネーターを嫌っているわけではないが、この二人の親族にザフトにいる者がいれば……
スティング達は、必然的に彼らを殺めてしまうかもしれない。そうなれば、悲しむのはこの二人。
そんな複雑な気分ではあったが、彼もマユとメイリンは受け入れるつもりになった。同時に警戒も解く。
「で、昔の故郷と今の故郷が戦争になった……って言ったけど、マユは天涯孤独ってことか?」
「……そうなる……かな」
「なら、俺たちと一緒だ。俺もアウルもステラも、皆孤児院育ちなんだ。なぁ、アウル?」
「そういうこと。俺らは皆、親の顔は知らないし、兄弟もいない」
「……え? そ、そうなの?」
スティングの口から、またも衝撃的な言葉が飛び出し、マユは言葉に詰まる。
マユが辛い過去を吐露した後、3人が自分と程近い境遇であったことに驚きを隠せない。
ただ、期せずして辛い境遇を尋ねたことにだけ、申し訳ない気持ちになる。
「ごめん。辛い過去を、聞いちゃって……」
「別に、辛くなんかないぜ? 俺達は、ずっと3人一緒だったから、寂しくなんてない」
「オレもアウルも、ステラも……兄弟みたいなものさ。だから、孤独ってわけじゃなかった。それに、今は……」
「ゲンも、キラも……いる」
「ああ、ステラが言ったのは俺たちの仕事仲間。スティングもステラも、ゲンもキラも一緒に仕事してるんだ。
ゲンは半年くらい前、キラは最近知り合ったんだけど、結構仲良くやってるんだぜ? 皆、仲間さ」
アウルもスティングもステラも……辛さなど微塵も見せず、あっけらかんと話す。
仲間がいる――その事実が、ファントムペインの3人が孤独感を感じさせない理由であった。
それぞれに天涯孤独ではあったが、それ故……仲間同士の結びつきは強固。その言葉をマユは反芻する。
「仲間……か。良いな、そういうの」
- 288 :21/31:2006/05/08(月) 01:45:23 ID:???
- 「へぇ……仕事仲間の女の子と、仲良くなりたいんだ。ふぅん……」
一方、ルナマリアはゲンの言葉に唸っていた。
ステラの名をうっかり口にしたことで、ゲンはルナマリアに執拗な尋問を受けた。
結局は折れてしまい、掻い摘んで話す羽目になった。
軍人であることは伏せ、運送屋の仕事仲間5人のうち、紅一点の少女――ステラに好意を持ったことを。
それを聞いたルナマリアの顔からは……先ほどまでの好奇心旺盛さは失せ、何やら物憂げな表情に変わる。
「そういえば、ここは地球だったわね。いいな……」
「……? 何が良いんだ?」
「一生、自由な恋愛が出来る世界が……羨ましいって、言ってるの」
「……? 何言ってるんだ?」
ゲンは、ルナマリアの言葉の意図が分からず、首を捻った。
そんな彼の様子に、ルナマリアはため息一つつき、羨ましがった理由を話し始める。
「言ってなかったわね。私はプラントのコーディネーター。プラントではね、自由恋愛が出来ないのよ。
婚姻統制って、知ってる? プラントの人口は、第二世代以降減り続けているの。
人口的に遺伝子を弄った代償……適性のある人としか、子供を作れないのよ」
「そ、そうなのか?」
「地球の人は、知らないわよね。第二世代以降に適用されるのが婚姻統制。私は第三世代だから、適用対象。
恋愛……出来ることは、出来るんだけどね。けど、最終的に思い人と結婚まで行ける例なんて、皆無なの。
だから、結婚するまでに……恋愛しなきゃいけないんだ。出来れば、燃えるような大恋愛を、ね」
プラント政府が発令した婚姻統制令。
これは自由恋愛を禁止したわけではない。恋愛はあくまで自由。ただし――
結婚の段階においては、出産の適性のある者同士にしか結婚を認めてはいなかった。
理由は明快、子供を作れないからである。
結婚の段階で、プラントのコーディネーターで恋愛している男女は、決定的な選択を迫られる。
一つは、結婚を諦め、事実婚の状態で共同生活を営むか。
もう一つは、ルナマリアの考えるように、恋愛と結婚を割り切る考え方。
即ち、結婚段階においては別の相手との共生を認め、恋愛相手とは別れる方法である。
前者の事実婚にも、弊害は生まれる。社会的な弊害……
「事実婚も、出来なくは無いんだけど……周囲の、プラントの大人達は認めたがらないから。
周囲の大人たちは婚姻統制を受け入れているんだから、事実婚なんて赦される雰囲気じゃないのよ」
- 289 :22/31:2006/05/08(月) 01:46:27 ID:???
- 事実婚すら許容され難い、歪んだ社会――それがプラント。
「貴方、想像したことある? 自分の好きだった人が、自分以外の人間と寝て、子供も作ったりすることを」
「………」
「考えたら、ゾッとするわ。でも……受け入れるしかないの。私の生まれが、プラントのコーディネーターだから。
……貴方が羨ましい。ナチュラルなら、好きな人同士で結婚できるんでしょう? いいなぁ……」
能力的に如何にコーディネーターが優れているといっても、生殖能力でナチュラルに大きく劣る点は致命的。
ルナマリアは、コーディネーターに生まれたことについては親に感謝していたが、この点だけは不幸であると思う。
プラントの制度を受け入れるにせよ、果たして自分は好きでもない男の子を生めるのだろうか――?
そんなことまで考えているルナマリア。
だが、これは彼女だけが抱える悩みではない。第二世代以降の女子であれば、誰もが通る道なのだ。
改めて己の境遇に頭を悩ませるが、そんな彼女をゲンの一言が現実に引き戻す。
「オレは……ナチュラルじゃない。コーディネーターだ」
「……え?」
「オレはコーディネーター。地球生まれの、コーディネーターだ」
意外――
ルナマリアにとっては、まさに意外の一言で。呆気に取られた彼女は、驚きながら問う。
「こ、コーディネーターなら、大変じゃない? ブルーコスモスって、あるんでしょ?
コーディネーターなんて皆死んじゃえって、言っている人たち。周りにそんな人がいたら……」
「ああ、俺の上司はブルーコスモスだ。だから、周りにはナチュラルだって言い張っているのさ」
ゲンが挙げた上司とは、ロード・ジブリールのこと。ゲンは元々シン・アスカというコーディネーターである。
シンのように、地球で生まれたコーディネーターも少なからず存在する。
彼らはブルーコスモス思想のない国、オーブやスカンディナビア王国、あるいは大洋州連合で生きる他ない。
もし、そうでないとすれば……
例えば、大西洋連邦やユーラシア連邦、東アジア共和国のような連合主要国であれば、通常生きられない。
コーディネーターと分かれば、主義者に狙われる虞があるからだ。
そうなると、ゲンのようにコーディネーターであることを隠して生きねばならない。
流石にルナマリアもゲンを気遣う。
「貴方も、大変なんだ」
「……まぁね」
- 290 :23/31:2006/05/08(月) 01:47:16 ID:???
- 「ねぇ……その娘は、ステラって娘は……貴方がコーディネーターだって、知っているの?」
「……いや、知らない。知らせていない。
正体が分かると、今の職場にも居づらくなってしまうから……」
「ダメ。そんなの、ダメよ」
「……え?」
ルナマリアは、話を突如ステラに向ける。ゲンがステラに己の出生を隠していることを、聞きとがめた様子――
「私が、その娘の立場だったら……付き合う以上は、ちゃんと相手のことを知っておきたいと思う。
だってそうでしょ? 最終的に貴方とその娘がどうなるかは、分からないけど……
上手くいって、結婚まで意識し始めたときに、突然相手がコーディネーターって知らされたら――」
「――知らされたら?」
「間違いなく、ショックを受けると思うわ」
「それは、俺が嘘をついたから?」
「嘘……っていうのは、仕方ないと思う。だって、ここは地球なんだし。
でも、好きな相手にずっと秘密にされるって言うのは、自分のことを心底信頼していない裏返しじゃない?
そういうのは……嫌だな。勿論、私がその娘だったら……の話よ」
ルナマリアの言葉にゲンは瞠目する。
次に、彼女の言葉を何度も何度も脳裏で反芻し、熟考を始める。
確かに、ルナマリアの言葉に理はあった。
ゲンとしては、自分がコーディネーターであることを隠すのは必然。
しかし、その必然をステラの前でも使うべきか――?
少年は思い悩む。
人と人との付き合いの中で、最も重要なのは信頼関係である。
同性同士であれ、異性間であれ、友情や愛情とは信頼関係から発展するもの。
ならば、最初から相手との信頼関係に影を落すような事実を秘めたままにしておくのは……
やがて、ゲンは目の前の少女の言葉が正論であり、真理であることに気づく。
「やっぱり、話しておいた方が、いいよな?」
「私は、そう思う」
「そっか……そうだよな」
「うん……」
ゲンに限らず――この時代のコーディネーターとナチュラルの人間関係とは、かくも複雑であった。
- 291 :24/31:2006/05/08(月) 01:48:07 ID:???
- ゲンとルナマリアが妙な形で打ち解けている頃……
ファントムペインの3人と、ミネルバの2人の方はメイリンが意外な過去を吐露していた。彼女の過去を……
「私も、天涯孤独……みたいなものかな?」
一同がギョッとする。まさか、全員が天涯孤独であるとは思いはしない。
しかし、マユは不可解に思い問おうとする。彼女には、姉であるルナマリアがいるからである。明らかにおかしい。
「ルナマリアは? お姉ちゃんでしょ?」
「うん……でもね、家庭が……ないの。お姉ちゃんと私、二人だけなの」
「……え?」
「両親、離婚しちゃったんだ。元々、好きで結婚したわけじゃなかったの。
二人とも、政府の方針と周囲の進めに従って結婚しただけ。私を生んで直ぐ、離婚したわ。
養育費くらいは払うけど、私もお姉ちゃんも……二人から愛されたりしなかった。
愛し合って結婚した両親じゃないから、その間に生まれた子も愛されない……ってのは、必然なんだけど」
婚姻統制の悲劇――
第二世代以降に適用されるこの制度は、メイリンとルナマリアの両親にも適用された。
半ば二人が結婚した頃は試験的に始められた制度だったが、制度に従って結婚してみたものの……
心底愛し合ってない、制度的・義務的な肉体関係しかなかった二人は、メイリンを生んですぐに離婚。
互いに愛してはなかったメイリンやルナマリアを引き取らず……
政府関係の施設に預けられ、二人はそのまま公的な仕事、つまりザフトの仕事に従事することになる。
マユが生活費を工面するために軍幼年学校に入ったのと同様、二人は義務教育課程を経た後アカデミーへ。
結局、素養のあった姉はレッドにまで上り詰め、美声の妹は通信兵へ……
婚姻制度の歪みは、二人の姉妹に家庭と愛を与えることまではしなかったのだ。
「だから、お姉ちゃんと二人だけ。私の家族は、お姉ちゃんだけなんだ」
「……そんな!」
そういえば、マユはルナマリアやメイリンが両親と連絡を取っているのを見たことがない。
その理由は、メイリンの過去を知れば自ずと分かるが……
まだ幼いマユには、メイリンやルナマリアの抱える悩みまでは察せなかった。
形を変えた天涯孤独――
それが、プラントのホーク姉妹の過去であった。
流石のファントムペインの3人も、余りの話しに二の句が継げず……
ただ、メイリンの心情を察し、俯くだけであった。
- 292 :25/31:2006/05/08(月) 01:49:12 ID:???
- 「でもね、寂しくはないよ。お姉ちゃんがいるし、マユも、皆もいるから!」
無理やりに笑顔をつくり、健気にメイリンは振舞ってみせる。
両親がごく初期の婚姻統制適用者であったため、彼女は不幸な境遇にあった。
中には、婚姻統制下で結婚しても愛情が芽生え、夫婦生活・家族生活を継続できるケースもあったのだが……
それでも、姉がいたことでメイリンは随分と孤独を味合わずに済んだ面はあった。
マユの名を挙げたのは、先の気遣い故……
「マユちゃんも、一人で生きているわけじゃないでしょ。お姉ちゃんも私もいるし、アスランもレイもいる。
だから、一人で悩まないで。私やお姉ちゃんなら、いつでも相談に乗るからさ」
「……! ありがとう……」
メイリンの言葉に、マユは涙ぐんでしまう。孤独というものは、人の心を蝕むもの。
先のマユの入水は、孤独も原因の一つであった。
自分は一人であると思い込むが故、彼女はただ一人ミネルバを飛び出したのだ。
仲間の存在――
アウルの言葉とメイリンの言葉に、マユは蝕まれた心を癒されつつあった。
「一人で生きてるわけじゃない……か、良いこというね」
「俺らもそうだな。一人じゃダメ、仲間がいるからやっていけるんだよ」
「仲間……皆、仲間……」
アウル、スティング、ステラがそれぞれに同意を言葉で示してみせる。
が……そんな彼らの後ろから、人影が声を掛ける。ずっと前から、忘れ去られていた"仲間"が。
「皆……ボクのことは放っておいて、皆仲間だ……なんて、あんまりだ!」
「――!? き、キラ!? いつからそこに!!??」
「ずっと……ずっとこのカフェにいたんだ!!
なのに……皆ボクのことに気づかないで、女の子二人と喋ってる! 酷いっ!! 酷すぎるッ!!」
「ちょっと、先輩! ゲンと一緒にいたんじゃないんですか!?」
「昼前に……置いていかれた。彼も酷い。酷いよ……」
「キラ……泣いちゃダメ」
突然の闖入者は、キラ・ヤマト――
ゲンに置いていかれ、挙句の果てには忘れられ……ステラに慰められながら、キラは本気で泣きだす。
彼の両手には握りつぶされた雑誌が二冊……その惨状が、彼の孤独を現していた。
- 293 :26/31:2006/05/08(月) 01:50:18
ID:GOUAwp6N
- 夕刻――別れの刻は迫る。
ゲンは街中をバイクで駆る。今度は、スピードは控えめに。後ろには、赤毛の少女を乗せて――
二人は、やがてプラント関係者が寝泊りする施設の近くまで来ていた。
やがて、バイクは止まり……赤毛の少女、ルナマリアはバイクを降りる。
「送ってくれて、ありがと」
「謝罪と賠償は、これで済んだのか?」
「……十分よ。今日は愉しかった。ありがとう」
「そりゃ、どーも」
ゲンとしては、あまり愉しくはなかった。
ただ女の子と普通に喋れたことで若干の自信はついていた。この調子で、ステラとも話せばよいと。
そして何より、他人と付き合う上で、最も大事なことをルナマリアから教わった気もしていた。
そんなゲンのことは露知らず、ルナマリアは再び話を向ける。
「ねぇ、ステラって子は、ナチュラルだったよね?」
「……そうだよ」
「なら、結婚できるじゃない。コーディネーターとナチュラルの間には、普通に子供は……出来るそうよ」
「そ、そこまで考えてないぞ! オレはッ!!」
結婚、子供――先走るルナマリアの話題に、ゲンは顔を真っ赤にして反論するが……
ルナマリアは腹を抱えて笑い出している。心底、愉しそうに。
「あははははっ!! 貴方やっぱり面白い! 弄り甲斐があるっていうか、ホント……面白いわ」
「……お褒めの言葉と、受け取っておくよ。なんだっけ、名前……」
「――ルナマリア・ホーク。ルナ……って呼んでくれて、いいわ」
「ありがとう、ルナマリア」
「……アンタ、馬鹿?」
赤毛の少女は走り出しながら……ゲンを振り返り、舌を出して少しふくれて言う。別れ際の言葉として。
「いい? 名前じゃなくて、愛称で呼んで良いって言われたときは、愛称で呼ぶものよ。
女の子と付き合う以上、ちゃんと相手の言葉に耳を傾けなさい!
……それと、ちゃんと彼女のこと、守ってあげなさいよ!」
"ルナ"の最後の言葉は弾んでいたが、対照的にゲンの心には重く響いていた。
- 294 :27/31:2006/05/08(月) 01:51:18 ID:???
- 2つの人影を、4つの人影が見送る。
見送られるのはマユとメイリン、見送るのはキラを加えたファントムペインの3人。
見送りながら、アウルは呟く。
「お別れ――か。ちょっと寂しいね」
「あの小さいほうの、マユ……だっけ? お前とお似合いだぜ」
「はぁ? 何言ってんの? スティングだって、あの赤毛のツインテールの子とお似合いだぜ?」
「へぇ……そう見えたか。悪くないな」
スティングはからかうつもりでアウルに言ったが、言い返されても彼は否定しない。
普通の恋愛など、自分たちエクステンデッドには無縁のもの――スティングはそう思っていた。
だからこそ、せめてステラは女の子としての時間を過ごさせてやりたくて……
ゲンという相手を見出し、二人の仲を進めようとしていたのだ。
しかし、今日はマユやメイリンと愉しく過ごせた気がする。
もしかすると、戦争が終わり、平和になり……人として過ごせる時間が来るのならば、あるいは――
今日のように、自分もスティングも、人として普通に恋をして、先の人生を生きられるのかもしれない。
それは、ほんの僅かな希望――
だが、軍人であり明日をも知れぬ者としては、それは一筋の光明に思えた。
「生き残ろうぜ、アウル。生きてりゃ、今日のようなことも、あるさ。今日は、愉しかっただろう?」
「――その記憶も、明日には、消されちまうかもしれない。それでも?」
エクステンデッドは、戦闘に不要な記憶は消される定め。特に、休暇中の記憶などは……
アウルはそこ事実を指摘する。スティングもそれは承知。だが、だからこそ、彼は思う。
「どんな記憶も、何れは薄れ、何れはなくなっちまう。大事なのは記憶じゃない。
過去を、明日を生きるための糧にすること……キザな言い方だが、オレはそう思っている」
「……そっか。そういう考え方も、有りか」
二人は終始小声で話していた。キラやステラには聞こえぬよう……
時刻は、間もなく6時に差し掛かる。スティングはそれに気づくや、ステラに声を掛ける。
「さあ、ステラ! ゲンが海浜公園で待ってる! 行って来いよ」
そして、件の二人の時間が始まる――
- 295 :28/31:2006/05/08(月) 01:52:05 ID:???
- ディオキアの海浜公園――ここは、この土地有数のデートスポット。
が、今は戦時。この場所を利用するようなカップルなど、いる筈もなく……
そんな中、バイクに持たれかかり、一人ゲンは佇む。
出会った頃からステラが好き――というわけではない。むしろ、最初は命を狙われさえしたのだ。
が、時が経ち、親しくするにつれ……曰く形容し難い感情を、彼女に対し抱くようになる。
果たして、それは恋愛感情なのか?
恋愛というものをしたことのないシン・アスカ、その後のゲン・アクサニスには分からなかった。
が、唯一つだけ、心に決めていることはあった。
一つの告白と、一つの誓い――
その二つを、今日この時に伝えたいと思った。
やがて、一人の少女が眼に入る。金髪のショートヘア。見慣れた彼女が……
「や、やあ……」
「………」
早足のステラは、あっという間にゲンの側まで来て……ゲンを見る。
つい、ゲンも彼女深い瞳の色をじっと見入ってしまう。
その瞳は、彼の考えていることを、全て見透かしているかのよう――
意を決して、ゲンはステラに声を掛ける。
「今日は、どうしても話しておかなきゃならないことがあるんだ」
「……?」
「お、オレ……今までずっと、ナチュラルって言ってきたけど、本当は、その……コーディネーターなんだ。
ソキウスっていって、連合が作ったコーディネーター。オレは……その、最後の生き残りなんだ」
ずっと、秘密にしていた事実――ゲンはそれをステラに明かした。
受け入れてくれるかは分からなかった。が、これを秘密にしたままステラと関係を深めることはできない。
そうゲンは思っていた。それ故、この話から切り出したのだ。それに対し、当のステラは……
「……そう」
「………」
「別に……私は、構わない。ゲンが……コーディネーターでも……」
ステラは、意に介する風もなく、呟くようにゲンの嘘を赦した。
ただ時間だけが過ぎる――
- 296 :29/31:2006/05/08(月) 01:52:57 ID:???
- 二人の間に沈黙が流れる。ゲンは、己の出生だけは明かそうと思っていただけ。
仮に拒絶されても、その事実を受け入れる覚悟はあった。
しかし、ステラはその覚悟すら無に帰すほど淡々としている。
拍子抜けしたゲンは、安堵のため息をつき次の言葉を待ったが……それがない。
ステラは、無言で地面を見詰めるだけ。
果たして、ステラの言葉が真実であるのか、ゲンとしても不安になったが……
彼のほうから出来るアプローチは、最早なかった。
やがて、ゆっくりとした口調でステラが語り出す。
「私も……ゲンに、話さなきゃいけないことが……あるの」
「……?」
「私とアウル、スティングは……能力開発研究所にいて、そこでエクステンデッドになったの。
でも、そこでは……薬を飲まされるの。能力を高めるための……薬。
私は、聞いた。研究所の人が、薬の副作用があるって……言っているのを」
「副作用? 何だ、それは?」
「ゲンが、エクステンデッドなら……同じだった。
でも、コーディネーターなら……違う。私たちとは、長くは……一緒にいられない」
「どういうことだ? 何を言っている?」
ゲンは、これまで新型エクステンデッドとして連合に登録されていた。
しかし、コーディネーターであると分かった途端、ステラはある事実を話し始めた。
それは重く、辛い真実。
ステラの瞳は憂いを帯び、今にも泣き出しそうな顔になって……
「エクステンデッドの、薬の副作用って何だ?」
「この話は、アウルもスティングも……知らされていない。
まだ子供の頃、私だけが……偶然研究所の人が、話しているのを……聞いた」
「……それは、一体……」
「あのね……」
今度はステラが意を決し話した。
己の運命を――彼女と、仲間に残された時間を。
「ステラ達は……30まで生きられない。子供の頃から、薬で体を……作り変えたから。
その代償……私達は、もう人生の半分を……生きちゃってるの。だから……だからッ!!」
「――!?」
- 297 :30/31:2006/05/08(月) 01:53:48 ID:???
- 驚愕にゲンの両目は見開かれ、その言葉に耳を疑う。
聞いてはいけない事を、聞いてしまった――その想いが、心を支配する。
体は硬直し、思考が纏まらない。何を、どんな慰めの言葉をステラに言って良いか、全く分からない。
ステラとしても、本来は話すつもりはなかった。
だが、昼間の出来事がステラの心に変化をもたらしていた。
ゲンは仲間――ファントムペインの仲間。3人に新たに加わった新型エクステンデッド……の筈だった。
が、ゲンの告白で、彼女は話さねばならなかった。自分達の定めを――
アウルやスティングに秘密にしているのは、彼らを不安に陥らせないため。
3人が同じ運命なら、共有できる苦痛となるから。しかし、ゲンは――
「話すつもり……なかった。ゲンが、同じ……エクステンデッドなら……」
「………」
「だから、ごめん……ごめんッ!!」
泣き崩れるステラ。
どんなことをしても、ステラの寿命は30を前にして尽きる。
その事実がゲンに重くのしかかった。
ルナマリアの話した婚姻統制と比しても、その悲劇性は余りある。
彼女は恋愛以前に"生きられない"のだ。
それでも――
ゲンは答えを出さねばならなかった。彼女を受け入れるか、否かの答えを。
ゆっくりとステラを抱きかかえ、ゲンは言った。ある決意を言葉に代えて。
「済まない。辛いことを聞いて……でも、オレはそれでも皆と……いや、ステラと一緒に生きたい!」
こみ上げる感情を抑えようとするが、激情は迸り――
「あと10年は生きられるんだろう? なら……なら!
普通の人が生きられる5,60年くらい、充実した人生を、ステラと送る! 約束する!」
「……いいの? それで……いいの?」
「ああ! 構わない! だから、この戦争でも、ステラを死なせやしない!
必ず護る! オレが……ステラを、皆を護るから!!」
――彼は誓う。ステラを、仲間を護ることを。
- 298 :31/31:2006/05/08(月) 01:54:41 ID:???
- 陽が暮れて、辺りがすっかり闇に包まれた頃――
ゲンとステラは手を繋ぎ、アウルやスティング、キラの待つ運送会社へと向かう。
休暇は半日、あとはまた戦争の日々が始まるのだ。が、今はそのことすら忘れ、二人は歩いていた。
「……あ、忘れてた。これ、お土産……」
「ん? これは……貝殻?」
ステラがゲンに見せたのは、薄紅色の小さな貝殻。それは、マユと会う前に浜辺で拾った品。
二枚貝の貝殻は、珍しいことに両の貝殻がくっついたままの状態であった。
「半分、あげる……ね」
「ありがとう……」
贈り物を見たゲンは、素直に喜ぶ。二人揃って、同じ貝を持てることが、ゲンには何となく嬉しかった。
が、ファントムペインとキラの下に戻ったとき、この贈り物は思わぬ事態を迎える。
二人を出迎えた他の者達が、手に握っているそれらに気づいて……
「貝殻……そうだ! 良いこと思いついた! ちょっと……二人とも、それを貸して」
キラである。何やら彼は運送会社の工具を漁り、細いが丈夫な糸を借り、せっせと工作を始める。
やがて出来上がったのは……
「ネックレス……か?」
「そう。貝殻のネックレス。オーブの海沿いの観光地で、こんなのがあったんだ」
「奇麗……とっても、奇麗」
「でしょう。あのね、二枚貝の貝殻には、言い伝えがあるの。
この二つのネックレスを思い人と首に下げておくとね、恋愛が成就する……って話。
二枚貝は、元は一つの貝だから、やがて一緒になる……っていう意味らしい。実は、ボクとラクスも――」
最後の言葉は、ゲンとステラには耳に入っていなかった。
ただ、二人ともお揃いの手製のネックレスを首にさげ、互いに微笑みあっている。
アウルもスティングもそれを微笑ましげに見ている。
ソキウスのゲン、エクステンデッドのステラ。
二人とも人の手により作り変えられた存在、人であるが兵器――
だが、今この時の二人は、ごく普通の少年と少女に戻って……束の間の安息を得ていた。