- 476 :1/20:2006/05/21(日) 05:36:05 ID:???
- 夕陽が街を染め、二人の少女の顔を染める。
その内の一人、まだ幼さの残る少女に――声を掛ける。
「なあ、プラントに住んでいるって言っていたけど……プラントの何処に住んでるんだ?」
「え? ええと……養父になってくれるって、言ってくれた人がいたの。
あるご夫婦が、家族のいない私を引き取るって。だから、その人の……奥さんの所に行くかもしれない」
「確か、プラントって市が一杯あるんだろう? どこの市だよ?」
「……ユニウス市。農業コロニーの、ユニウス・ワンだよ。でも、まだ分からない。戦争が終わるまでは――」
……? 何で悲しそうな顔をするのさ? お前には新しい家族が出来るんだろ?
「なあ、何で悲しそうな顔をするんだよ?」
「……ううん、何でもない。ちょっと……そのご夫婦に不幸があったらしいの。それを思い出したの」
「………」
不幸って何だろう? 聞いてみたいけど……何故か聞いちゃいけない気がする。
……拙い。メチャ気まずい雰囲気だ。変なこと聞いちゃったかな? とりあえず、黙っておこう。
「………」
「……ひょっとしたら、ユニウス・ワンにはいないかもしれない。けど、移民局を訪ねれば、分かるよ。
私はオーブからの移民だから、特定は直ぐに出来る。71年に移民したから、覚えておいて」
「……なぁ、マユ。お前のファミリーネームって、何だっけ?」
「アスカ。マユ・アスカだよ。ひょっとすると、アマルフィって名前になっているかもしれないけど」
アマルフィ――? 何処かで聞いた名前だよな。何だっけ……? ま、良いか。
「じゃあ、戦争が終わったら会いに行くよ。地球土産でも持ってさ」
「……戦争、終わるかな? 早く終わって欲しいけど……」
「すぐに終わるって。俺が、終わらせちゃうから!」
「……え? アウル、今何て言ったの?」
やべっ……! 口が滑った!! と、とりあえず用件だけ、伝えておこうっと。
「な、何でもないよ。戦争が終わったら、プラントに行く。こんな戦争、すぐ終わっちまうさ。マユ、約束だ」
良かった、笑顔が戻った。またな、マユ。戦争が終わったら、お前の所に遊びに行くから。
- 477 :2/20:2006/05/21(日) 05:37:05 ID:???
- 何だろう。何処かから声が聞こえる。何だろ、コレ?
「――!!」
「――きろよ!!」
「おい、アウル! 起きろって!!!」
聞きなれた声。何だ、スティングじゃん。何怒鳴ってるんだ?
折角マユたちと仲良くなれたんだから、約束くらい取り付けても罰は当たんないだろ?
ハイハイ……お前は真面目だよ。
「何言ってんだ!? 起きろ! 作戦に戻るぞ!!」
作戦? 何でさ? 休暇中だぜ? 今日って休暇だろ? 真面目すぎると、体に毒だぜ?
「アホぉ!! もう休暇は終わりだ! アビスをさっさと起動させろ!」
………
……何だ、一昨日の夢か。ちぇっ……
そして、少年は夢から醒める。目の前に広がるのは、現実の世界。
いや、目の前にあるのは顔。見慣れた同僚にして旧友、スティング・オークレーの、憤怒の表情が飛び込んでくる。
アウル・ニーダはこうして現実に引き戻された。寝ぼけ眼のアウルを叩き起こしたスティングは、まだ怒っていた。
「……ったく、休暇ボケも大概にしろよ。ゲンもキラもステラも、もうとっくに起きて準備しているぞ」
「……わりぃ。今、何時?」
「10時だよ。食堂は終わっちまったぞ。7時と8時、二回も起してやったのに。お前は飯抜きだ」
「げ! 取っておいてくれよ〜〜 ……ったく、友達甲斐ないなぁ」
「昼前には出発だ。さっさと着替えて、出撃準備。ブリーフィングは10分後、格納庫でやるらしい。遅れるなよ!」
そう――アウルたちファントムペインは、今日クレタ沖で停泊する地球連合軍艦隊と合流する日なのだ。
着替えながら、アウルはそのことを考えていた。また、彼の戦争が始まるのだ。夢と現実をすり合せ、結論を出す。
「ま、さっさとザフトの連中潰して、戦争を終わらせちゃおう! そんでもって、マユのところに遊びに行くかな」
- 478 :3/20:2006/05/21(日) 05:38:07 ID:???
- アウルが夢から醒めた頃……
ちょうどミネルバのパイロット達も愛機の整備中であった。アウルの夢に出てきたマユはというと――
『へぇ〜、やるじゃない。ちゃっかり男の子と約束取り付けるなんて』
「べ、別にそんなんじゃないよぉ!」
『ハイハイ、否定したって無駄無駄。顔が赤いわよ?』
「えっ!?」
コア・スプレンダーの操縦席に乗り込んでいるマユは、ザクのコクピットに座るルナマリア・ホークと話している。
本来MS整備の時間は、準待機命令が下されている最中。私語など慎まねばならないのだが……
通信機器のチェックと称し、ルナマリアはマユに回線を繋いだ。
話は軽い挨拶から始まったものの、お決まりの女の子同士の長いお喋りに。
やがて、先日の休暇を如何にして過ごしたかが話題となり……ルナマリアがマユを尋問するに至る。
マユは結局折れ、一部始終を話す羽目になってしまう。
二人の別れ際に交わした約束は事実。つまり、アウルが見た夢とは、一昨日本当にあった出来事なのだ。
ルナマリアの指摘を受け、顔に手を当てるマユ。
が、通信相手がモニター越しにケラケラと笑っているのが見え……遊ばれていることにようやく気づく。
「ルナ……私のこと、からかっているでしょ?」
『怒らないの。良いことあったんでしょ? 素直に喜べば良いのよ』
「……そういうルナは、あの日私やメイリンと合流しないで、一体何やってたの?」
『そうねぇ……差し詰め、迷える子羊を導いていた……ってところかしら?』
「こ、子羊?」
『例えよ、例え。その子で遊んでいたのは、事実だけど』
マユは何のことかさっぱり分からず、首を捻るばかり。
対照的にルナマリアは、先日の出来事を思い出したのか、何やら笑いをかみ殺している。
『調度、今みたいなことをやっていたのよ』
「………」
『貴女と私が遊んでいた子、どこか似ているのよねぇ』
「……その子、可哀相……」
ルナマリアは一昨日、ゲン・アクサニスという少年をからかいつつ、遊んでいたのだ。
そんな彼女をモニター越しに眺めつつ、マユは話に上った人物に深い同情の念を禁じえなかった。
- 479 :4/20:2006/05/21(日) 05:39:17 ID:???
- 整備が終わった後、ルナマリアはマユとの通信回線を遮断し、ホッと息をつく。深いため息を――
「あの子の調子は、ある程度戻っているみたいね……」
ルナマリアの言う"調子"とは、マユのコンディションのこと。
彼女はただからかっていたのではない。会話を進めつつ、マユの状態をチェックしていたのだ。
オーブ軍との戦闘の可能性が高まるにつれ、次第に塞ぎこんでいったマユ。
彼女の姉代わりを自負するルナマリアは、彼女の様子に心を痛めていた。
先日、マユがミネルバを飛び出したことを受け、いち早く行動に出たのも彼女。
捜索は無事に終わり、妹のメイリンがマユを見つけるに至り、事なきを得たが……
いまだルナマリアの心配は解けず、こうして彼女なりのアプローチを試みたわけだ。
「でも、今後もどうなるかは分からない。万が一オーブとぶつかったりしたら……」
地中海にまで進軍してきたオーブ軍は、いまだジブラルタル基地ヘは向かっていないとのこと。
つまり、黒海方面かスエズ方面、どちらかに向かう公算が高まっていた。
今ミネルバがいるのは黒海沿岸の都市ディオキア。
なおミネルバとぶつかる可能性は否定できなかった。
「……どうしたらいいの?」
悩める少女の時間は過ぎる。
10数分後、ザクのコクピットを降りたルナマリア。
整備班のクルーに異常がなかったことを伝え、部屋に戻ろうとするが……
ちょうど、隣の白いザクから同僚のレイ・ザ・バレルが降りてくるのが見えた。
挨拶代わりに軽く手を振るルナマリア――だが、レイは軽く手を挙げ返事をするだけ。二コリともしない。
「レイ……か。相変わらず愛想ないわよね」
無愛想な同僚に、小声で毒づくルナマリア。が、そんな彼を見て、少女はあることを思い出す。
――それは、マユには兄がいたという事実。生きていればレイと同じ年頃の少年の筈。
オノゴロで戦災にあい、行方不明となったマユの兄。このほど、正式にオーブ政府から死亡認定もされた。
少女の兄に思いを馳せるルナマリア。彼女はマユの姉代わりを自負していたものの、限界を感じていた。
マユに兄はいても、姉はいなかったのだ。自分はマユという少女の心の隙間を埋める存在足り得ない――
そんなことを思っていたルナマリアは……やがてある決心を秘め、無愛想な僚友の元へ向かった。
- 480 :5/20:2006/05/21(日) 05:43:44 ID:???
- 「俺に、マユの兄代わりをしろ……だと? 何を言っている?」
ルナマリアの突拍子もない提案にレイは、首を縦に振るでも横に振るでもなく……
真意を測りかねるといった表情で、その意図を問う。
無理もない――そう思いつつ、少女は説得を試みる。
「マユさ……ここのところ、ずっと塞ぎこんでいるのよ。休暇で少しは楽になったみたいだけど。
レイも知っているとおり、今は私とメイリンがマユと親しくやっているわ。
けど、私たちじゃダメなのかもしれない。だって、あの子にお兄さんはいても、お姉さんはいなかったんだから」
「……だから、俺に彼女の兄代わりをやれと?」
「頼めないかな?」
レイはルナマリアの意を察したのか、暫く考え込むが……
やがて、彼は返事をする。否定的な回答と共に。
「――断る。大体、俺よりマユと親しくしている人間はいる。整備班のヨウランやヴィーノ、彼らの方が適任だ」
「あの二人はダメ、整備班よ。普段から一緒にいる人間の方が、絶対向いている筈」
「なら、ハイネ隊長やアスランがいるだろう。
隊長は気さくな方だ。アスランはプライベートでは少々頼りないところもあるが、俺よりは向いているだろう」
「隊長は上官でしょ? 何を言っても命令に聞こえてしまうわ。
アスランは……あの人はストライクを討った人物なのよ? 幼年学校にいたマユにとっては、雲の上の人。
それに、あの人もオーブにいたから同じ悩みを抱えている。辛気臭いのが雁首並べたら……ダメじゃない?」
なおもルナマリアは食い下がる。
レイとしては、マユを嫌っているつもりなど毛頭なかった。が、どうしても自分に向いているとは思えず……
整備班の名物コンビのヨウランとヴィーノ、MS隊の上官・同僚であるハイネとアスランらの名を挙げる。
しかし、ルナマリアは明確な理由を添えてそれらの人物を否定する。
「確かに……そうだが」
「ダメ? 絶対に、ダメ? マユのこと、そんなに嫌い?」
「……! 嫌いではないが……」
こういうとき、ルナマリアは強い。説得というより脅迫。"絶対"という単語を持ち出し、さらに"嫌い?"とまで迫る。
相手を萎縮させる作戦――頼んでいるのはルナマリアだが、実際はマユのため。全ては、幼い少女のため。
断ったら、悪いことをしているように思えてくる――次第に、雰囲気的に断りづらい状況が出来上がる。
作戦は見事に当たり……レイは更に考え込み、再検討を始めていた。
- 481 :6/20:2006/05/21(日) 05:44:41 ID:???
- やがて、再度レイは口を開き、あくまでクールに、かつ理路整然と応える。
「やはり、ダメだ。仮に俺がマユの兄代わりを務めたとして、俺が戦死すれば……彼女はまた兄を失うことになる。
そうなれば、マユは二度兄を失うことになる。そうなれば、あの子は酷い精神的ダメージを被るだろう。違うか?」
「……! 変な例え話、出さないでよ。縁起でもないわ」
「だが、可能性としてはある。あの子のためと言いながら、実際その逆になる可能性も、考慮に入れねばならない」
「それは、そうだけど……」
今度はルナマリアが考え込む番。レイの指摘は確かに正論であった。
兄代わりが出来たとして、レイが戦死すれば、再びマユは苦しむことになってしまう。
反論する術を考えながらも……ルナマリアは心のどこかで安心していた。
無口で無愛想なレイは、一応マユのことを気にかけていたのだ。
そうでなければ、こんな仮定の話まで出すことはないから――
「そうね、そのとおりね……でも、それはちょっとおかしい理屈よ」
が、ここで引き下がるルナマリアではない。
口には出さないものの、レイがマユのことを慮っていることが分かり、勇気百倍。
可能性が一気に高まったことで、コーディネーターの頭脳をフル回転させて反論にかかる。
「なら、あの子がレイより先に死んじゃったら、どうするの?」
「……どういう意味だ?」
「軍人なら、常に戦死の可能性は付きまとうわ。でも、それはマユも同じ。
あの子がこのまま……悩み苦しんだまま死んじゃったら、これほど残酷なことはないでしょう?
私達はもう成人、大人よ。でもあの子はまだ子供。愉しいことも、嬉しいことも、これから一杯あるのに」
「………」
「思い悩んで、苦しんで死んでしまうよりも……
例え仮初でも、お兄さんの代わりの人が出来て、良い思い出が出来て死ねれば……まだ救いはあるわ」
「……お前も、縁起でもないことを言う」
「でも、事実でしょ?」
レイと全く同じ論法で、ルナマリアは切り返す。
この時代のプラントでは15歳で成人。比してマユは13歳。まだ子供の扱いである。
愉しい思いでもなく死なすのは可哀相――
縁起でもない話ではあるが、これも可能性としては否定できない。
更に悩みの深まったレイは、今度こそ退路を断たれてしまった。
- 482 :7/20:2006/05/21(日) 05:45:43 ID:???
- 愛機のザク・ファントムの整備を終え、部屋に戻ったレイ。
同室者のアスラン・ザラがまだ戻っていない部屋で、一人彼はベッドに仰向けに転がった。そして……
「……俺に、何ができる?」
誰に問うとも無しに、レイはただ天井に向かい呟く。独り言である。
結局、ルナマリアの申し出を快諾することは出来なかった。
兄代わりなど、出来るかどうか分からなかったから……
それでも、マユと一緒にいるときには、これまで以上に彼女に話し掛けるようにしよう――
それだけは約束し、ルナマリアとは別れた。
彼女は一応、納得はしてくれたようだ。
が、現実にそれがマユにとって救いとなるという確信はなかった。
それと同時に、もう一つ――彼にはルナマリアの申し出を、快諾出来ない理由があった。
ふと、レイはベッドから上体を起こし、自室の私物を漁り出し……
クスリのような物の詰まった小瓶を取り出し、眺める。
小瓶を見つめながら、レイの顔は次第に歪む。
普段は他人に絶対見せる事のない表情――悩みや苦しみ、歪んだ表情が顔に出る。
苦悶、そう呼んでも差し支えないほど、苦しげな金髪の少年は……
やがて、搾り出すような声で、己の運命を呪う。
「――あと何年生きられるか分からない俺に、何が出来る!?」
それは、マユに対する思いとは別の――自らに残された時間を呪う言葉。
小瓶を握った彼の手は、次第に震え出し……やがてその震えは、全身にまで広がる。
悪寒によるとともに、次第に嗚咽の声まで漏れ出す。彼の体の変調は、いつ終わるともなく続いていた。
しかし、その苦悩の時間は、同室者の帰りで寸断される。
部屋の扉を開ける音が――軽い空気圧を示す、乾いた音が、レイの耳に届いたから。
「どうした、レイ? 電気もつけないで、何をしているんだ?」
「――! アスラン!! い、いえ、何でもありません」
アスランの声に、震えはピタリと止まり――小瓶をすぐさまアスランの視界に入らない位置に移す。
この時すでにレイは、周囲が認める、いつもの沈着冷静なレイ・ザ・バレルに戻っていた。
- 483 :8/20:2006/05/21(日) 05:46:41 ID:???
- それから数時間後――
黒海北に位置するユーラシア連邦領ウクライナ共和国の領空を、5機の戦闘機が西に高速で移動していた。
いや、正確には戦闘機と呼べるのは一機のみ。
これは戦闘機形体に変形したオーブの可変型MSムラサメ。
残りの4機は、戦闘機の上にMSが屈んだ体勢で載っている。
2機の黒いMSと、青いMS、緑のMS。それらは、フライングアーマーに乗ったストライク、ガイア、アビス、カオス。
そのストライクMk-Uのコクピットに、一人の黒髪の少年が乗り込んでいる。
少年は、モニターで現在位置と目的地を照らし合わせ、仲間に通信を繋いだ。
「全員、聞いてくれ。現在ウクライナ領空を飛んでいるわけだが……
問題がなければ、このままクレタ沖まで向かう。この速度なら、あと2,3時間で辿り着ける筈だ」
『なぁ、ゲン。どうしてこのルートなんだ? わざわざ遠回りしているじゃん?
黒海の真ん中突っ切っちゃえば、時間節約できるぜ?』
「アウル……ブリーフィングで、話聞いていたか?」
『あ、腹減っててさ……実は、あまりよく覚えてないんだよね』
「……いいか、もう一度だけ説明するから、よく聞いておいてくれよ」
アウルは、事の次第を問う。この時、ファントムペインとキラは、ウクライナ経由でクレタ沖に向かっていた。
確かに、アウルの言うとおり、黒海の真ん中を西進した方が、時間と燃料の節約になった筈。
しかし、それが出来ない理由があった。
それは、一重にザフトの存在。
トルコのディオキアを支配下に置いたザフトは、その余勢を駆り黒海南部をほぼ手中に収めていた。
敵対する地球連合軍で、この地を有するユーラシア連邦は、東のロシア北のウクライナ領からにらみ合う状態。
つまり、黒海中央部は連合とザフトが入り乱れており、時折海戦も行なわれている危険地帯であった。
「だから、俺たちはわざわざウクライナ経由でクレタまで向かう……ってことだ」
『納得。でも……腹減ったよ〜、途中で休んでいかない?』
「却下。休むのはクレタに着いてからだ。飯だって……アビスの中に、携行用の非常食があるだろう?」
『もうない。食べた』
やれやれと頭を掻くゲン。通信を繋いでいた仲間のうち、キラやスティング、ステラからも忍び笑いが聞こえる。
ウクライナにも連合の基地はあり、休むことは出来たのだが……
ゲンにはどうしても急ぎたい理由があり、アウルの申し出を拒んでいた。
彼には、一刻も早く確かめたいことがあったのだ。彼の直属の上司、ネオ・ロアノークに。
- 484 :9/20:2006/05/21(日) 05:47:43 ID:???
- そのゲンたちが向かうクレタ沖――
そこに停泊するのは、地球連合軍大西洋連邦第81独立機動群所属J・Pジョーンズ。
加えて、オーブ軍第一機動艦隊旗艦タケミカヅチ、並びにその護衛艦艇4隻。
艦艇群が停泊するこの地、ギリシャ共和国領最大の島であるクレタ島は、地中海の要衝である。
古くは紀元前3000年ごろから1400年ごろまで栄えていたヨーロッパ最初の文明、ミノア文明発祥の地。
また、第二次世界大戦の最中の1941年には、この地に軍を駐留させていたイギリス軍をドイツ軍が攻撃する。
彼の有名なマーキュリー作戦で、ドイツ軍が連合軍に対し大規模な空挺部隊を派遣。
双方に甚大な損害が出たこともあり、有数の激戦地として後世に名を残すこととなる。
タケミカヅチの艦橋。オーブ軍の上級将校である三人男達が、一人の連合軍佐官を迎えていた。
迎えるのはオーブ軍ユーラシア方面派遣部隊司令ユウナ・ロマ・セイラン中将、トダカ一佐、アマギ一尉。
やってきたのは、仮面を付けた異様な指揮官、ネオ・ロアノーク大佐である。
「ああ、この仮面は気にしないで頂きたい。先の大戦の折、ザフトとの戦闘で顔面に酷い傷を負ったものでね。
素顔をお見せできなくて恐縮だが、何分醜い面相なんだ。そういうわけで、ご容赦願いたい」
「ふ〜む、正に生きる戦鬼ですねぇ、大佐殿は」
対面して直ぐに、ネオは仮面姿であることを率直に詫びた。
対して、オーブの者達は、トダカとアマギは一瞬何事かと面食らっていたものの……
ユウナだけは気にも留めず、何食わぬ顔でお世辞交じりの社交辞令を返していた。
「で、セイラン中将。目下我々の任務は、ザフト軍の最新鋭戦艦ミネルバの追討です。ご協力願えますな?」
「勿論。そのために来たのですから。さて、手っ取り早く作戦会議に入りましょうかね」
「流石セイランの若君、聡明でいらっしゃる。こうなると、こちらとしても話易くて助かりますよ」
サクサクとユウナは話を進める。ネオは、その手際の良さに素直に感心しつつ、両軍首脳は作戦会議に入った。
だが、開口一番ネオの提案した作戦は大きな波紋を呼ぶこととなる。ネオの提案にアマギが激昂する。
「――ふざけるな! 貴官は、我々に囮役をやれというのか!?」
「まぁ、ぶっちゃけるとそうなんですが」
ネオの提案は、オーブ軍にとってはとんでもない作戦であった。早い話が、オーブ軍が割を食う提案――
即ち、緒戦で脅威となるのはミネルバの陽電子砲。これを潰すためにわざとタケミカヅチが囮となって……
その隙を突いてファントムペインのMS隊が急襲。陽電子砲とブリッジを潰し、作戦を有利に進めるというもの。
自軍だけが危険を被る作戦に、アマギは怒った……というわけだ。
- 485 :10/20:2006/05/21(日) 05:52:13 ID:???
- 「まあまあ、アマギ一尉。詳しい話を聞いてからでも良いじゃないの?
ロアノーク大佐、相当に自信のある作戦のようですが……その作戦、成功するんでしょうね?」
「無論。我々ファントムペインには、ミラージュコロイドの機体があります。
最低でも陽電子砲さえ潰してしまえば、作戦は優位に――」
「――何故、我々だけが割を食う!? 貴官らの旗艦、J・Pジョーンズが囮をやれば良いではないか!!」
「アマギ!」
「し、しかし……トダカ一佐、こんな無茶な話がありますか!?」
アマギを宥め、話を進めるユウナだが、ネオの言葉に彼は更に激昂する。さらに、それをトダカが諫めるが……
部下の怒りに、やれやれと言った風にユウナは頭を掻く。
一方のネオは、仮面なので表情は窺い知ることは出来ないが、恐らくは同じ想いであろう。
アマギが静まるのを待ってから、再度ネオは説明を始める。
「確かに、J・Pジョーンズでも囮は出来ます。しかし、この艦はうちの艦よりはるかに大きい。
また、戦力的にもオーブ軍はとても充実していらっしゃる。
私がミネルバの艦長なら、J・Pジョーンズではなく、先にタケミカヅチを狙うことでしょう」
「だが! 万が一タケミカヅチが打たれればどうなる!?」
「では、逆にお伺いします。ミネルバは緒戦で陽電子砲を使うことは明白。
これをアマギ一尉は如何様にして防ぐおつもりか……お聞かせ願いたい」
「そ、それは!」
ネオの問いにアマギは言葉を失う。
これまでの連合軍の調べで、ミネルバに陽電子砲が搭載されていることと、再三それを使用した事実が判明する。
地球では、オーブ領海、ユーラシア連邦軍ガルナハン基地……いずれも、緒戦で強力な一撃を見舞っていた。
先の戦いでは、連合に陽電子リフレクター付きのMA、ザムザ・ザーとゲルズ・ゲーがあったのだが……
今J・Pジョーンズとタケミカヅチのどちらにも、そのような装備を持ったMA・MAは存在しなかった。
つまり――
「あのミネルバの陽電子砲を潰さなければ……我々は、間違いなく陽電子砲に焼かれる。
それを防ぐためには、なんとしてでも先手を打たねばならないのです」
オーブの3人の上級将校には、それ以上反論する術を持たなかった。
タケミカヅチがJ・Pジョーンズより大きく、積載MSも多いことから、ミネルバが先に狙うのは本艦……
その事実は、認めざるを得なかった。黙考の後、ユウナはネオの申し出を受諾する。
「止むを得ませんな。やりましょう、その作戦。その代わり……万が一失敗したら、恨みますよ?」
- 486 :11/20:2006/05/21(日) 05:53:28 ID:???
- 「納得できません! ユウナ様は、何故あのような作戦を受けたのです!? ご説明頂きたいッ!!」
作戦会議が終わり、ネオがタケミカヅチの艦橋を後にしてしばらく……
怒りの収まらないアマギは、今度はユウナにその矛先を向けた。
反論する術がないのなら、申し出を蹴ればよい。そして、早々にオーブに帰ってしまえばよい――
そう言わんばかりの剣幕で、アマギはユウナに迫る。
「アマギは一尉、君はそんなに大西洋連邦の連中が嫌い?」
「……! き、嫌いであります!」
「そう。なら、セイランのことも、ボクのことも……嫌いかい?」
「そ、それは……!」
アマギの意を察したのか、ユウナは話題を変える。それは、アマギの真意が分かったから……
元々、アマギに限らずオーブ軍の兵士たちのほとんどが、大西洋連邦との同盟条約への加盟に懐疑的であった。
かつて国を焼いた軍隊と、共に作戦行動をせねばならない――
その不満だけでなく、今回は更に囮役を任されてしまったのだ。
かつての敵に対する複雑な思いは、些か感情的に過ぎるほど言葉の端々に現れていた。
ユウナの問いにアマギは間を置いて答える。
「恐れながら……大西洋連邦の言いなりになるユウナ様のことは、嫌いであります」
「アマギ! 司令官に向かって、言葉が過ぎるぞ!!」
「良いよ、トダカ。ボクが聞いたのだからさ。率直な意見を聞けて、嬉しいよ」
あまりに素直なアマギの答えに、流石にトダカが諫めに掛かる。が、ユウナは平然とそれを遮る。
アマギの答えを受け、ぽりぽりと頭を掻きながら、ユウナの視線は宙を彷徨う。
彼は考えていた。如何にすれば、アマギを……いや、大西洋連邦に反発するオーブの兵を宥めるかを。
ユウナには今回の派兵で、格別の心配事があった。
それは兵の士気の問題。
大西洋連邦との共同作戦ともなれば、オーブ軍の士気は大いに低下してしまう。
案の定、アマギなどはネオに不快の念を禁じえず、態度にまで出てしまう。
これでは円滑に作戦を進められる筈などない。
「アマギ、ボクは後ほど艦内放送で訓示をやろうと思う。
本当はもっと早くにやるべきだったんだろうけど……君の疑問への答えは、そのときで良いかな?」
いつもは飄々とした顔のユウナだが、この時だけは真顔に戻り、指揮官の顔で答えていた。
- 487 :12/20:2006/05/21(日) 05:54:44 ID:???
- 『私は、オーブ軍ユーラシア方面派遣部隊司令官、ユウナ・ロマ・セイラン中将である。
これより全オーブ軍兵士らに訓辞を行なう。作業を行なっているものは、手を休めて聞いて欲しい。重要な話だ』
1時間後、ユウナは予告どおり艦内放送での訓辞を始めた。
オーブ軍のチャンネルを使い、タケミカヅチだけでなく護衛艦の艦内にまでこの放送は伝わっていた。
『諸君らは、オーブの大西洋連邦との安全保障条約締結、派遣について些かの疑義を抱いていることと思う。
本来中立である筈のオーブが、ユニウスセブン落下事件を機に連合側につくことになってしまった。
国家政策上仕方のないこととはいえ、皆は少なからず不快に思っているだろう。
私はこの訓示で、諸君等にその疑問に対する答えを示したい』
アマギだけではなく、全てのオーブ兵が聞き入る。
セイランは大西洋連邦寄りの政治家であるため、あまりオーブ軍人に受けが良いわけではない。
それでも、そのセイラン家の跡継ぎが、皆の疑問に正面から応えるとあれば、聞き逃すわけにはいかなかった。
全艦を静けさが支配する中、ユウナの声は流れる。
『中立……そう、オーブは中立の理念を持つ。その中立は、一度は侵された。ユニウスセブンの落下で。
ザフト出身のテロリストが起したという発表がプラント政府からあったのは、諸君らも知ってのとおり。
だが、それだけではない。今、この地、ユーラシア連邦でも異変は起こっている』
ユウナは説く。
プラント政府は和平への道を模索しているものの、一方でザフト軍はユーラシア連邦の独立運動に介入。
独立運動の支援をする過程で、混乱を助長し、悪戯に戦争を長引かせる結果となっている。
それ故、タケミカヅチはユーラシアに派遣されたのだ。
『オーブ代表首長国前代表のウズミ様は、先の大戦で大西洋連邦から選択を迫られた。
即ち、連合につくか、それともザフトにつくかと。
我々は中立国。そんな選択を迫られる言われはない。ウズミ様はその選択を蹴られた。
結果は大西洋連邦との開戦に至り、我がオーブは……敗北を喫した』
話は、二年前の大西洋連邦のオーブ侵攻に及ぶ。
記憶に新しい敗戦の記憶は、兵士たちに生々しい過去を喚起させた。
『開戦前の首長会議で、ウズミ様はこう申された。"大西洋連邦は、どうあっても世界を二分するつもりか!"と。
私はこの言葉をよく覚えている。あの時、ウズミ様が怒りに震え申されたのだから。
……その言葉を、今皆に伝える。その上で、皆も考えて欲しい』
- 488 :13/20:2006/05/21(日) 05:58:23 ID:???
- 『そう。世界が二分されたから、オーブは大西洋連邦から侵攻を受けた。その事実を踏まえ、考えて欲しい。
現在の世界情勢を思い起こせば、プラント政府の味方と呼べるのは、大洋州連合のみ。
親プラント国も、今回はプラントにつかず、じっと戦争の成り行きを見守っている。
今、世界は二分されているだろうか? 圧倒的多数の連合国と、プラントと大西洋連邦の二ヶ国。
幸いにして、世界はまだ二分されるような状態にはなっていない。
話と話の間に一呼吸おきつつ、聞く者に考える猶予を与えて――
更にユウナの訓辞は続く。
『しかし、現実に世界は今、二分されようとしている。
ユーラシア連邦の情勢はどうだ? プラントは新たな味方を欲し、独立運動を支援している。
これがもし成就すればどうなる? 独立運動が実れば、ユーラシアは混沌とした情勢になろう。
連合につく国と、プラントにつく国……ユーラシアの国々がそうなれば、世界はどうなるだろう?』
ユウナの言葉は次第に熱を帯びてくる。
疑問と答えを交互に織り交ぜ、聞く者の問題意識を喚起させつつ。
『そうなれば、今は成り行きを見守っている親プラント国も、公にプラントについてしまう!
まただ……また、世界を二分する戦いになる!
オーブの理念、中立を掲げる国の理念は、二度と戻ることはなくなる!』
段々と言葉は感情的になり……
訓辞ではなく、ユウナが思いの丈を伝える演説に近い形となる。
『今度の我々の戦いは大西洋連邦のためか? 違うっ!
我々の祖国の理念、オーブの理念を取戻すための戦いだ!
世界が二分されれば、二度とオーブは中立を取戻すことができなくなる!
オーブが中立を取戻すには、なんとしてもユーラシアで跳梁跋扈するザフト軍を叩かねばならない!』
そして――訓示は絶叫に近い形で締められる。
『プラントに、ザフトにユーラシアの独立運動を支援する理があろうか!? 否ッ! 断じて否だ!
今カガリ代表は、オーブで非公式ながら連合とプラントの和睦の調停をなさろうとしている。
それなのに……狡猾にも彼らプラントの人間は、代表の思いとは裏腹の行為に出ている!!
だから、我々がこの地に来た! 早期に戦争を終結させるために!!
オーブの理念を再びこの手に取戻す――! そのために、皆の力を貸して欲しいッ!!』
- 489 :14/20:2006/05/21(日) 05:59:34 ID:???
- タケミカヅチ艦橋で、訓示を終えたユウナはホッと息をつく。
その後、艦内ではときおり歓声が上がっていた。タケミカヅチだけでなく、僚艦の艦内でも同じ現象が起きる。
しかし、それらの歓声は、ユウナに対してではない。
ユウナの訓示の中に出てきた、ウズミの想い、カガリの想い……そして、オーブの理念に対してである。
戦うための大儀がないまま、オーブの兵は戦場に出ようとしていた。
そうなると、士気の低下は避けられない。
故に、ユウナは国民に人気の高いアスハ家の新旧代表の名を借りて、正当性を訴えたのだ。
訓示は奏功し、オーブ出国以来下がりっぱなしの派遣部隊の士気は、大いに高まっていた。
ユウナたちは訓示が終わるや、艦橋から指揮官用のブリーフィングルームに向かい移動を始める。
そんな中、今だユウナに怪訝な顔を向ける男がいた。アマギである。
「ユウナ様……申し上げにくいのですが」
「何だい、アマギ? 叫びすぎて喉が痛いんだよ。手短に頼む」
「ユウナ様の想いは理解したつもりです。しかし……
しかし、我々が大西洋連邦との共同作戦で、囮役を務める理由にはなりえないと思うのです」
「……ありゃ? しまった! そういう話だったっけ?」
「……ええ」
ユウナは完全に誤解していた。
アマギの大西洋連邦嫌いを払拭することのみを考え、肝心の問いに対する答えを失念していたのだ。
これは、彼の悪い癖。
相手の意図の、裏の裏まで探ろうとする、若き政治家としての習性が出てしまったのだ。
問いの本質的な部分には応えたものの、当初の疑問への答えにはなっていない――そんな矛盾が生じていた。
「う〜ん、強いて言えば、大西洋連邦と今後友好関係を築けるかどうかの、テストかな?」
「て、テストでありますか?」
「そ。皆はあの国のこと、嫌いじゃない? ボクもあまり好きじゃない。けど、敵対関係になるわけにもいかない。
だから、彼らを試すんだ。万が一、今度の作戦で大西洋連邦がボクたちを見捨てたりしたら……」
「見捨てたら……どうなるのです?」
「大西洋連邦との同盟条約は、破棄される手筈になっている。ボクの戦死が条件だけど。
ほら、異国の地に呼び出して、何の援護も無しに見捨てられたら、同盟を破棄する大義名分は出来るでしょ?」
アマギは呆気に取られ声も出ない。
ユウナのようなセイラン家の跡取りが戦場に借り出された真の理由――
それは、今後大西洋連邦との友好関係を築けるかどうかを試すことであった。
- 490 :15/20:2006/05/21(日) 06:01:24 ID:???
- 指揮官用のブリーフィングルームに入り、外に声が漏れない状態になってから……ユウナは事の顛末を語る。
赤道直下の小国オーブ。この国は中立を掲げることで、世界の混沌とした情勢とは一線を画す立場にあった。
しかし、先の大戦でオーブは戦渦に巻き込まれた。
大西洋連邦の威勢の前に屈する形で。
その後のオーブの政治家達は、理念と同時に実効を念頭に置くようになっていた。
即ち、如何にして国を焼かれないようにするか、である。
オーブの政治家達は考えた。このまま大西洋連邦を中心とした連合が勝ち進めばそれも良し。
万が一形勢が悪化し、連合の敗色濃厚となれば……オーブは最悪、大西洋連邦と手を切る覚悟はあった。
しかし、連合が負けそうだから同盟を破棄するというのは、如何にも体面が悪い。
そこでユウナたちの出番である。
万が一、大西洋連邦がオーブの派遣部隊を嘗ての敗戦国と侮り軽んじ、死地に取り残すようなことがあれば……
戦局が悪化した場合、それを口実に同盟条約を破棄さえしてしまおう。それがオーブの意図であった。
今のところ、プラントにとってオーブは敵国であれども、オーブは少なからずコーディネーターも住む国。
同盟を破棄すれば、プラントもザフトもオーブに侵攻して来はしまい。
彼らの敵は大国、大西洋連邦やユーラシア連邦、東アジア共和国といった国々だからだ。
つまり、オーブは大西洋連邦や連合各国と心中する気など毛頭ない。いざという時は……
狡猾といえば余りに狡猾だが、それとて国を焼かせないための知恵。
「実質国を取り仕切っているのはボクの父、ウナトだ。
実子であるボクが戦死すれば、大西洋連邦とて具合が悪い。お得意の強権を振るうことも、躊躇われるだろう?
ま、戦局が連合不利になれば、大西洋連邦にはオーブを咎める余裕もないだろうけど」
「ま、まさか……そのためにユウナ様はタケミカヅチに?」
「当たり前じゃないか! 何だと思っていたんだい?
まさか、ボクが物見遊山でこの艦に乗り込んでいたとでも?」
「い、いえ! そのようなことは、決して!」
「ふふふ……嘘だろ。 顔に書いてあるよ?」
愉しそうに、心底愉しそうに笑いながら、ユウナはアマギの顔を眺める。
飄々とアマギに説明する青年政治家――だが、その彼こそが生贄に選ばれたのだ。
オーブという国を焼かせないための、究極の手段として。
この手段は、代表のカガリ・ユラ・アスハを除いた主要なオーブの政治家たちが画策したこと。
主立った人物は、彼の実父ウナト・エマ・セイランやカガリの叔父ホムラ・アスハといった首長会議の面々である。
笑い続けるユウナ――そんな中、儚い青年の行く末を案じ、トダカは黙ったままユウナの顔をじっと見入っていた。
- 491 :16/20:2006/05/21(日) 06:03:31 ID:???
- 日が暮れようとする頃――
タケミカヅチの指揮官用ブリーフィングルームには、ユウナとトダカだけが残っていた。
ユウナは、先の話は他言無用とアマギに釘を差した上で返した。
事の真相を知ったアマギは顔面蒼白。返す言葉もなく、呆然と帰っていった。
対照的に、トダカは何事もなかったかのようにユウナと相対する。
「……心中、お察しします」
「へ? 何言っているのさ? こんな話聞いて驚いていちゃダメさ。大変なのは、寧ろこれからだよ」
先ほどまで笑っていた筈のユウナの顔は、いつの間にか真顔に戻り……
眼光鋭くした司令官、ユウナ・ロマ・セイラン中将の顔になっている。
「ボク達はいわば生贄部隊……笑えない話だ。
だが、ボク達が死ねばどうなる? オーブの守りの要は、この第一機動艦隊だ。
本国にいるのは第二以下の二線級の軍。ボク達が死んだら、いざというときオーブを護れないじゃないか?」
「いざというとき……とは?」
「どう転ぶか分からないのが戦争だ。常に最悪の事態は想定しなきゃいけない。
ザフトが本国に侵攻することも、頭の片隅においておかなきゃならないだろう」
「……では、どうしろと?」
「――生きるんだ。なんとしてもこの戦いを生き残るんだ。それが、代表からの至上命令だからね♪」
最後は笑顔で、ユウナは言った。
カガリから伝えられた言葉、『全員生きてもどれ』という言葉を――
首長会議はカガリに対し、事の真相を明かしてはいない。
ユウナたちを使い大西洋連邦との友好関係を築けるかを確かめ、最悪捨て駒に使うという話を。
だが、ユウナは思う。
あるいは、カガリは気づいていたのではないだろうか。
何の実戦経験もないユウナが、名義上とはいえ総司令官に収まり、戦場に出ること――
彼女は、代表に就任してから僅かに2年とはいえ、その最中権謀術数の政治の世界に身を置いたのだ。
ユウナが司令官に据えられ、前線に出された意味を、ひょっとすると感づいているのかもしれない。
「だから、カガリはボクに、『全員を生きて帰せ』じゃなくて……
全員、ボクを含めて生きて帰って来いって、言ってくれた――そう思うんだけど、考えすぎかな?」
ユウナの言葉に、トダカは瞑目する――何としてもこの戦争で、皆を生きて返そうという決意を秘めて。
- 492 :17/20:2006/05/21(日) 06:06:36 ID:???
- ファントムペインのMS隊とキラは、そのすぐ後にクレタ沖にやってきた。
ゲンの駆るストライクMk-U以下、ファントムペインのMS4機はJ・Pジョーンズへ。
キラの駆るムラサメは、オーブ軍旗艦タケミカヅチへ。
ゲンは、ストライクを載せたフライングアーマーを着艦させるや、すぐさまあるところを目指す。
早足、というより駆け出す格好で、J・Pジョーンズの艦橋へと一目散に駆ける。
艦橋に着くや、彼はネオの元へ――
「大佐! お話があります。別室へお越し下さい」
「――? どうした? 何かあったのか?」
「……ここでは、憚られる話です」
暗に、場所を移せと上官に示唆する。
ネオは何事か変事があったものと思い、ゲンと共に司令官室に向かった。
部屋に入り、外に声が漏れないことを確認したうえで、ゲンはネオに向かう。
そして、激しい口調でネオを問い詰めた。
「大佐! ステラたちが……長くは生きられないという話は、本当なんですか!?」
ゲンは開口一番、先日ステラから聞かされた話の真偽を、上官に問う。
いや、問うというより、詰問口調。押し黙ったままの上官を見て、さらに攻撃的な口調で上官を罵る。
「エクステンデッドが30まで生きられるかどうか……大佐は、それを知っているんですか!?」
「………」
「どうして!? どうして、応えてくれないんです!?」
「……ステラから、聞いたのか」
ネオは仮面のままで表情は窺い知ることは出来ない。が、声のトーンは重苦しい。
上官は何事か思案するといった風に、再び押し黙る。
やがて、意を決したように普段の声色で話し始めた。
「ステラが死を怖がっているって話……聞いているな?」
「……ええ。だから、ステラの前では、"死"という言葉を使うなって、大佐は仰いました」
「そうだ。研究所でステラがその事実を知ったときから、彼女は極端に死を恐れ始めた」
ネオの話はファントムペインが結成された頃の話にまで及ぶ。
- 493 :18/20:2006/05/21(日) 06:07:53 ID:???
- エクステンデッドたちは、殆どが身寄りのない者達で構成される。
一応は能力開発という体裁をとり、そんな若者たちに志願させ研究所に入れ、人体への強化を開始する。
やがて、投薬を終えた者は実戦訓練を始め、戦闘訓練を受けるようになる。
多くの者は投薬の過程で命を失うか、戦闘訓練で身体に故障を抱えて研究所を去っていったが……
最終的にアウル、スティング、ステラの3人は、エクステンデッド――即ち、"能力を伸張された者"と認められた。
が、彼らに対し、研究所の者達は常に一定の警戒を怠らなかった。
磨き抜かれた戦闘能力で研究員達に刃向われること、脱走され研究所の所業が口外されることを恐れたのだ。
だから、エクステンデッドが常に支配下にあるよう、ある洗脳を行った。それがブロックワード――
「それには、ある心理的トラウマってヤツを利用するんだそうだ。
ステラは研究所に来るまで殆んどそんなものはなかったそうだ。だから、研究所の連中は……」
「ステラが寿命のことを知って、死を恐怖した。だから、彼女に暗示を?」
「そういうことだ。万が一にも俺たちを裏切られちゃたまらんから、今もそれは生きている」
「それが、"死"……ですか」
アウルには"母"という言葉が使われていらしい。
何でも、過去にある種のトラウマがあり、彼の場合もそれを利用したのだとか。
スティング・オークレーだけには、ブロックワードというものが与えられなかった。
「何故、スティングにはそれがないのです?」
「あいつは、生粋の研究所育ちだ。物心ついたときから研究所関連の施設育ち。
だから、背いたり裏切ったりする危険性は殆どない……ってことで、与えられなかった」
「アイツも、孤児院育ちじゃなかったんですか?」
「だから、その施設……ってのが、研究所直営の孤児院だったんだよ」
吐き捨てるようにネオは言った。
彼としても、初めてそれらの事実を知ったときは吐き気を催した。
戦争に勝つためとはいえ、ナチュラルがコーディネーターと対等に渡り合うために、そこまでするのかと――
ある種実験的な試みとはいえ、幼い少年少女を艱難辛苦に陥れる行為に、彼は嫌悪した。
だが、軍人である限り、私情は挟めない。ましてや、特務に従事する人間であれば。
「恨むなら、俺を恨んでくれて構わん。現場で彼らを使っているのは、この俺だからだ」
「………」
バイザー越しに、ゲンは視線を上官に向ける。が、先ほどまでの睨むような目線でなはく、悲しい視線であった。
- 494 :19/20:2006/05/21(日) 06:10:05 ID:???
- 気まずい二人の沈黙が流れる。
暫くその沈黙が続いた後、ゲンは徐に口を開いた。
「……アイツらを、少しでも生き延びさせる方法って、無いんですか?」
ソキウスであり、コーディネーターであるゲンにも多少の投薬はなされている。
しかし、それは極端に寿命を縮めるものではない。
あるいは、戦争が終われば人並みに生きられるのかもしれない。
が、仲間は、エクステンデッドたちは……
持って、あと10余年しか人生が残されていないのだ。
儚い命の仲間たちに、一筋の光明でも見出したい――それがゲンの本心であった。
「……方法は、あるかもしれん」
「……! ほ、本当ですか?」
「考えてもみろ。彼らは薬物のせいでそんな寿命になっちまうわけだが……
その薬物の摂取量を減らして、少しずつ普通のナチュラルに戻すこと。これは、理論上可能な筈だろう?」
「た、確かに……」
「恐らく、それは可能だろう。だから、彼らを救うための方策は、一つしかない!」
ネオは、高らかに宣する。
目の前の少年兵に向かい、彼に与えられた至上命令を、再び――!
「ナチュラルの敵を滅ぼせ! それがステラたちを救う唯一無二の手段だ!!」
「……分かっています」
「まずはザフトだ。目の前に現れるザフトの犬どもを、皆殺しにしろ。そうすりゃ連合が勝って、戦争は終わる!」
「分かっています! それが、俺の役目――!
"ナチュラルの敵を滅ぼす者"――Genocider Enemy of
Naturalとしての、俺の使命ですから!!」
ゲンはネオに最敬礼する。
ステラを、仲間を救う手段は、それしかない。
それが分かった今、彼のやるべきことは一つ。目の前の敵を全て叩き潰すことだ。
「そうそう、お前のブロックワードも……教えてやろうか?」
「そいつを聞くと、戦えなくなっちまうんでしょ? 聞きたくありませんよ、大佐!」
冗談交じりの上官の言葉を受け流し、来るときと同じくゲンは駆けるようにして司令室を後にした。
- 495 :20/20:2006/05/21(日) 06:12:56 ID:???
- ゲンが去った後、ネオは一人司令室の椅子に腰掛け、上を向く。
やがて……一人になったことで、彼は仮面を脱いだ。
仮面の下からのその素顔には、ユウナたちに話したとおり、真一文字に切り裂かれたかのような傷跡が――
その傷を撫でつつ、彼は一人呟く。
「やれやれ、酷い大人だねぇ……俺は。
出来るかどうかも分からないことを、平気で出来ると安受けする。これって、ウソツキじゃないか?
お前のブロックワードは……"妹"か。なぁ、シン・アスカ君、本当にこれを聞いたら、お前はどんな顔をする?」
デスクの引き出しから、彼はゲンのプロフィールを取り出す。
書類には、ゲンがシン・アスカであるという事実、更にオーブオノゴロで誘拐された者であることが書かれている。
そして、ロード・ジブリールとある契約を交わした上で、ソキウスとなることを選んだ――と。
ネオには大方の予想はついていた。
ゲンの知られざる過去。それは、エクステンデッドたちに劣らぬ、艱難辛苦の人生であろうと。
――その時、ネオの部屋に通信が入った。艦内から、それもエクステンデッドの研究員たちから。
『大佐、3人の最適化を始めても宜しいでしょうか?』
「……あ! もうやるのか?」
『はい。何分、ガルナハン以降は長旅でありました。すぐにでも……と思いまして』
「最適化は明日以降にしろ。まずは全員の体のチェックからだ。心身に異常が無いか、ゲンを含め調べてくれ」
『は、はぁ……わかりました』
「あ、それとだな……ちょっと聞いても良いか?」
ネオは改まって問う。彼自身、仮説を立てたものの今だ解けない疑問について。
「あの3人、人間に戻すことは出来るのか?
例えばだ、投薬の量を減らして、普通の人間並みに生きることって、可能なのか?」
『……それは、恐らく理論上は可能ですが――』
研究員の言葉に、ネオは一瞬心を躍らせる――が、次の言葉は再び彼を、冷酷な現実に引き戻す。
『大佐、彼らはもう兵器ですよ? そんなことをする必要なんて、ないのではありませんか?』
兵器――もはや、人に戻す必要など無い兵器。だから、彼らに戦後の人生設計などする必要は無い。
己の所業を再認識させられ、ネオは言葉を失った。
指揮官が絶望する中で、再び戦端は開かれる――
ファントムペインとオーブ連合軍、相対するはザフト軍艦ミネルバ。
刻一刻とその時は迫っていた。