238 :1/18:2006/06/17(土) 11:12:47 ID:???
地中海に浮かぶギリシャ領クレタ島。
彼の島には現在地球連合軍の基地があり、沖合いには艦艇も多数停泊している。
その中で……一際大きい空母クラスの艦が2隻あった。
両艦とも、ここユーラシア連邦に属する艦ではない。
一隻はユーラシア連邦と双璧を為す地球連合の大国、大西洋連邦の艦。
もう一隻は、このほど地球連合の同盟条約に加盟した小国、オーブの艦。
即ち、前者はJ・Pジョーンズ、後者はタケミカヅチ。
そのタケミカヅチのブリッジでは、若き指揮官ユウナ・ロマ・セイラン中将がマイクを握る。

『さあて、お楽しみの時間の始まりだ。二人とも、準備はいいかい?』

拡声器を使っているため、タケミカヅチ全体に響き渡るほどの音量で、指揮官の声は伝わる。
ブリッジから見下ろす彼の眼下には、タケミカヅチの広大な飛行甲板が広がる。
その甲板の上には、2機のMSが佇んでいる。互いにライフルを持ち、シールドを構えたまま……
一機はオーブ軍所属の可変型MS。

『キラ・ヤマト三尉、ムラサメ、いつでもいけます!』

ムラサメを駆る青年、キラ・ヤマトが拡声器を使い応答する。
彼のムラサメと向き合う形で佇むもう一機のMS。それは、緑色にカラーリングされた機体。
ムラサメと比べると厳つい顔の機体――混沌の名を冠するMS。

『こちら、スティング・オークレー少尉! カオス、準備OKだ! セイラン将軍、開始の合図を!』

カオスからは、スティングの威勢のいい声が聞こえる。
将軍、とは勿論ユウナのこと。
スティングの了解のサインに、将軍も頷く。
そして、開始の合図が下される。

『さあ、オーブ軍並びに大西洋連邦軍の諸君! これより両軍の親善試合、もとい模擬戦を始めるぞぉ!
 手の空いている者は、是非ご覧あれ! それでは……始めええエッッ!!!』

ユウナの合図にムラサメとカオスが宙に舞った。
ムラサメは一躍、飛行形体となり戦闘機の姿に変わる。少し遅れて、カオスもMA形体に。
ムラサメをカオスが追いかけるようにして、緒戦が訪れる。
かくして、キラ・ヤマトとスティング・オークレーの模擬戦が始まった。

239 :2/18:2006/06/17(土) 11:14:04 ID:???
模擬戦を見守るタケミカヅチのブリッジ。ユウナの隣に控えていた黒髪の少年が口を開く。

「セイラン将軍は……リング・アナウンサーに向いていますよ」
「そうかい? でも、残念だねぇ。飛んでいっちゃった。
 折角、タケミカヅチの甲板があるんだ。精々、派手に殴り合ってくれればいいのに……」

饒舌なユウナのアナウンサーぶりに、黒髪の少年――ゲン・アクサニスが軽口を叩いた。
それを受け流すように、ユウナも軽口で返す。
二人が眺める模擬戦は、まだ始まったばかり。だが、早くも2機を視認できる距離ではなくなっていた。

事の発端は、スティングの陳情であった。
予てから、前大戦でストライクを駆った英雄、キラ・ヤマトに挑戦したがっていたスティング。
彼は、上司ネオ・ロアノーク大佐に頼み込み、オーブ軍にコンタクトを取らせるに至る。
とはいえ、オーブ軍のトップが了承しなければ、実現しない話ではあった。
何せ、スティングとキラは異国の軍隊に属す者同士なのだから。
しかし、ユウナは二つ返事で話を受ける。
こうして、早速に準備が整えられ、スティングの念願は実現した……というわけだ。

「無理を言ってしまい、申し訳ありません」
「いやいや、お陰で大西洋連邦の精鋭の戦いぶりを、直に見られる。
 この程度のお願いを聞くのは、容易いことさ。中尉もやっていくかい?」
「いえ、自分は……結構です」
「そうかい? 君の戦いも見てみたかったのだけれど……それじゃあ、仕方ないな」

ゲンは非礼を素直に詫びる。この模擬戦はユウナの懐の深さが実現させたのだ。
いきなり『模擬戦をやらせろ』と頼んで、聞き入れてくれる指揮官などそうはいない。
それでもユウナの言葉は、リップサービスではなく真実。
連合の精鋭の力を直に見たいというのは、偽らざる彼の本心であった。
もっとも、それだけではない。

「ところでアクサニス中尉、開戦直後に鴉が歌姫を攫ったんだけど……知っているよね?
 お姫様は、ご無事かな? 彼女が帰ってこないと、ボクは困るんだよねぇ」
「……! 無事……だと思います」
「そうか! それは良かった。いや、何より……ハハハッ!」

ユウナは油断無く、ゲンを問いただすことも忘れていない。ちゃっかり、ラクスの安否も確認していた。


240 :3/18:2006/06/17(土) 11:14:50 ID:???
そんなユウナとゲンを、少し離れたところから眺めている人影が二つ。
オーブ軍のトダカ一佐とアマギ一尉である。

「トダカ一佐、あの二人……随分親しげではありませんか? 知り合いか何かですかね?」
「俺は知らんよ、そんなこと。
 それより、模擬戦を見なくていいのか? ヤマト三尉を応援するんじゃないのか?」
「あ……! 見ます、直ぐ見ます!」

トダカとアマギ。
二人は模擬戦を見るための双眼鏡を片手に、チラチラとユウナとゲンを見ていた。
とはいえ、やはり彼らのメインはキラの模擬戦。
すぐに二人は双眼鏡越しにムラサメとカオスを追う。
逃げるムラサメを追うカオス。ドッグファイトとも言える展開が繰り広げられていた。
冷静に状況を眺めているトダカ。が、対照的にアマギは熱っぽい。時々、応援の声が口から漏れる。

「ああッ! もう……! じれったい!
 ヤマト三尉、回り込むんだ! 後ろを取られちゃダメだよ!」
「………」
「大西洋連邦のヤツに負けたら、承知しないぞ!
 ホラ、さっさとその緑色のMSをやっつけてしまえッ!」
「おい、アマギ。格闘技を観戦しているんじゃないぞ。落ち着け」

大西洋連邦が嫌いなアマギは、つい感情的にキラを応援してしまう。
普段なら黙認するトダカでも、その大西洋連邦からの来客――ゲン・アクサニス中尉がいるのだ。
礼節は保たねばならない。暗にそう諭すトダカの声に、アマギも我に返る。アマギは、ゲンの顔色を伺いつつ言う。

「す、すみません。つい……
 でも、あの……第81独立機動群の連中って、何でこう……素顔を隠したがるんでしょう?
 あの仮面の大佐といい、今日来ているバイザーの中尉殿といい。変な部隊ですね、彼ら」
「……そうだな」

今度は小声でトダカに耳打ちするアマギ。
ネオは先日来た折、顔を仮面で隠していた。今日来たゲンもバイザーで素顔を隠す。
トダカには理由は分からなかったものの……一つだけ、言える事はあった。

「素顔を、見られたくない理由があるのだろう。あの中尉殿にも、な」

241 :4/18:2006/06/17(土) 11:15:45 ID:???
まったりと観戦している連中は兎も角……
空の上では、相変わらず激しい空中戦が繰り広げられていた。
カオスのコクピットで、スティングは叫ぶ。

「クソッ! 先輩、逃げてばかりは止めて、戦ってくださいよ!!」

ドッグファイト……と呼べば聞こえはいいが、彼らが使用できるのはペイント弾装填のライフルのみ。
緒戦で飛行形体になったムラサメを駆るキラは、追いすがるカオスを尻目に逃げの一手であった。
時折放たれるカオスのライフルを、ムラサメが避けるだけ。だが、キラは理由も無く逃げていたのではない。
模擬戦とはいえ、初めて戦う相手の出方を見るべく、彼はこれまでの時間を様子見に使っていたのだ。

『逃げてばかりって……無茶言わないでよ』
「模擬戦じゃないッスか!? ガチでやりましょうよ!」
『……やだ』
「そんなぁ!!」

ガチで戦うことをキラは拒む。拒んだ理由は二つ。
一つ目の理由はスティングの技量。
カオスのMA形体でのスピードは、ムラサメの戦闘機形体に劣らぬスピード。
キラは再三振り切ろうとしていたが、スティングはピッタリと背後について離れない。
もう一つの理由は、キラの技術者としての分析故。
スペック的に、ムラサメは軽量に設計されている。
空中での機動力を優先しているためだが、対するカオスをキラが見たところ……
ドラグーンを兼ねる機動兵装ポッドを背面に揃えたカオスは、どうみても中量級。
重量級MSのガズゥートやらに比べればマシであろうが、軽量級のムラサメでの近接戦闘は避けたかった。
そんなキラに、スティングはなおも食い下がる。

「何でですか!? ガチでやりましょうよぉ!!俺、上官に頭下げまくったんですよ!?」
『……仕方ないなぁ』

とはいえ、逃げてばかりでは埒が明かないのもまた事実。
意を決し、キラは打開策を練る。
近接戦闘のパワー勝負を避け、一瞬で相手を戦闘不能にする術を――

ややあって、キラはムラサメの機首をある方向に向ける。
その先に見えるのは、二隻の空母、J・Pジョーンズとタケミカヅチ……

242 :5/18:2006/06/17(土) 11:16:40 ID:???
ムラサメの動きを見て取ったスティングは狂喜する。

「やっとやる気になったか! そう来なくっちゃ!!」

スティングは思った。
キラはやはり自分に胸を貸してくれるのだと。
おそらくは、タケミカヅチに戻り、甲板の上で近接戦闘をしてくれる筈。
勇躍し、彼もカオスの機首をタケミカヅチへ向けた。

しかし、キラは一行に減速しない。
変わらぬスピードを保ちながら、J・Pジョーンズとタケミカヅチのいる方へと向かう。
その様子にスティングは訝しがる。

「どういう……つもりだ? 胸を貸してくれるんじゃ、ないんですか!?」

キラからの応答は無い。
そのまま、二つの空母を目指しムラサメは空を翔る。
やむを得ず、スティングも同様の速度を保ちながらカオスで追う。

キラはムラサメのコクピットで刻を待っていた。勝負に出る一瞬を――
模擬戦とはいえ、悪戯に仲間を傷つけるわけにはいかない。
かといって、相手の意にそぐわぬ形で模擬戦を終えるのも気が引ける。
だから、キラは行動に出た。一瞬で戦いを終わらせるために。

「――今だッ!」

キラはアクションを起す。
J・Pジョーンズとタケミカヅチに迫る直前、ムラサメを飛行形体からMS形体へ――!
ちょうどタケミカヅチの甲板の真上で、変形したムラサメがカオスに体を向ける。
減速したムラサメは、迎え撃つ体勢を一瞬で整えた。
対してカオスは――

「――なッ!?」

突然のことにスティングはうろたえる。慌てて減速しようとするが――それは、キラの狙い通りの行動。
慌てたカオスがMS形体に変化しようとしたところで、キラが再び動いた。

243 :6/18:2006/06/17(土) 11:17:27 ID:???
「そこぉッ!!」

キラは叫ぶ。
ムラサメのバー二アを全快にし、飛翔させる。
カオスの直上に躍り出たムラサメは、勢いをつけて回し蹴りを見舞う――!!

「な、なにッ!?」
『スティング、ごめんッ!!』

ただの回し蹴りではない。何トンもする金属の塊、MSが見舞う回し蹴り
衝撃と共にスティングの意識は奪われ、一撃は容易にカオスのコントロールを失わせる。
機体は蹴られた衝撃で、そのまま地に落ちた。スティングが悲鳴をあげる間もなく……

………

………

『そこまでッ!! 二人ともご苦労だった。オークレー少尉、大丈夫かい?』

ユウナ・ロマ・セイランの声が響き渡る。その声で、スティングは目覚めた。
モニター越しに目の前の光景が映し出される。
眼前に聳えるのは、ライフルを構えたキラの駆るムラサメ――

「け、蹴り飛ばされて、俺は……どうなったんだ?」

蹴り飛ばされた後の記憶は無かった。眼が眩み、何が起きたかも分からない。
衝撃はコクピットのショック・アブソーバーで軽減されているとはいえ、生身の人間には溜まったものではない。
軍人として常日頃から体を鍛えていて、かつエクステンデッドとして強化されている彼でも。
そんなスティングに、僚友ゲンが声を掛ける。

『キラのムラサメは、変形を減速するのに使ったのさ。
 動揺したお前が、慌ててカオスをMS形体にしようとしたところに回し蹴り。
 ご丁寧に、お前が倒れこむ場所まで計算に入れていた。今、お前がいるのはどこだ?』

ゲンの声で、スティングは我に返る。カオスがいるのはタケミカヅチの甲板の上。つまり……
キラは、カオスに蹴りを見舞う場所、カオスが地に落ちる場所――全てを計算に入れていたのだ。


244 :7/18:2006/06/17(土) 11:18:16 ID:???
スティングはようやく事態を飲み込んだ。
そして、仰向けに倒れたままのカオスを起そうとする。
彼が上体を起したところで、ムラサメがそれを助け起す。

『ごめん、スティング。大丈夫?』
「……ガチ勝負で、やられちまいましたね。
 まさか、俺が倒れこむ場所まで、カオスの相対速度まで計算していたなんて……
 最初から、こうするつもりだったんですか?」
『ただの、思いつきだよ。余りにも君が……その、隙を見せなかったから』
「マジかよ……? ……兎に角、完敗ッス。ありがとうございましたぁ!」

俗に言うところのお肌のふれあい、接触回線で会話が可能になる。
隙を見せない相手ならば、その隙を強引に作るまで――
キラの実行したことは、差し詰めこんな言葉で表現できよう。
先の大戦で、ただ一機のストライクでザフトのMS群を相手に戦ったキラ。スティングは思う。
連合軍人にとっては伝説のMS、ストライクを駆った者の実力は噂どおり……いや、噂以上であった、と。

タケミカヅチの艦橋――
アマギが手を叩いて喝采を上げている。彼だけでなく、ブリッジの全員が溜飲を下げていた。
艦橋だけではなく、艦内のいたるところからも、キラの勝利を讃える歓声が上がっていた。
オーブにとっては先の大戦で大西洋連邦に敗北を喫した面目躍如、といったところか。
ユウナも拍手をしようとするが、とっさに彼は思いとどまり……
隣に控えるゲンを見る。

「中尉、気を悪くしないでくれたまえ。どうにもうちの連中は……」
「嬉しいのでしょう? セイラン将軍も、私に構わず応援なされば良かったのに」
「……まぁ、応援したかったといえば、そうなのだが……」

歯切れ悪そうに、青年指揮官はゲンの顔色を伺う。
彼としても喜びたいものの、沸き返る周囲の様子にゲンが――
いや、大西洋連邦の者達が気を悪くしないか心配していたのだ。

「ま、実戦で勝てて何ぼだし。僕は……手放しでは喜べないよ」

ユウナは考えてから、やはり思いとどまった。
彼は仮にも一軍の将。行動には自制を払わねばならない、と心に決めていたのだ。


245 :8/18:2006/06/17(土) 11:19:09 ID:???
ゲンは艦橋を後にした。
自分がいることで、オーブ軍の喜びに水を差すことは避けたかったから。
が、何よりも、スティングの様子が気になっていた。負けて落ち込んでいなければ良いが……
そう思って、甲板へと足を運ぼうとした。
しかし、甲板に下りたところで、何やら騒ぎが起こっているのが聴こえる。

「ちょっと! 離して、離しなさいよ!!」

女の声――
一瞬、ステラかと耳を疑るが、彼女ではない。ステラとは違う、幾分甲高いのが声の主。
声のした方を見ると、女がオーブ軍の男と揉めていた。女の持っているカメラを、男が取り上げようとしている。

「離してよ! 別に、写真くらい撮っても良いでしょう!?」
「ダメだ! この模擬戦は、非公式のモノだ。フィルムを出しなさい。没収する!」
「ちょ……困るわ! 私、まだ見習いのペーペーで……こんなんじゃ、お給料貰えないの!」
「君も従軍記者だろう! 聞き分けなさいッ!」

どうやら、今の模擬戦を写真に収めた従軍記者を、オーブ軍人が見咎めたらしい。
非公式な撮影はバレない様にするのが常套手段なのだが、まだ女は若い。ベテランの記者とは程遠いようだ。
年のころは20そこそこだろうか。ゲンが見たところ、彼女は本当に困り顔。
仕方なく、彼は助け舟を出すことにする。

「……別に、俺たちは構わないぜ?」
「あ? ……って! アンタは、大西洋連邦の!」
「写真くらいは良いさ。
 民間に載るものなら困るが、軍の広報誌に売りつける分には、良いネタになるだろう?
 大体、その新米さんの腕なら、上手く撮れているとは限らない……だろ?」
「……ま、載せる段階で一応軍のチェックは入るんだけどな。
 写真の出来次第では、軍の広報が買ってやらないこともないが。
 正直、アンタたちとの関係が微妙だから気遣ったんだが、大西洋連邦の人が言うなら……見逃すか」

そのオーブ軍人は、結局ゲンの勧めを飲んだ。
軍の広報に載せるというのなら、その写真を没収するのは気が引ける。
何せ、非公式の模擬戦とはいえ、かつての敗戦国が戦勝国の軍を打ち破ったのだ。
オーブ軍人としては、悪い気はしない。
ゲンの助言で、その場は収まった。


246 :9/18:2006/06/17(土) 11:19:56 ID:???
カメラを持った女性記者は、その場が収まるやゲンに礼を述べる。

「助かったわ。ありがとう!」
「……で、アンタどこの記者さんなんだ? 新米を軍艦に乗せるなんて、御宅の会社はどうかしているぜ」
「あ! えっと……ここなんだけどね」

女性記者にゲンは所属を尋ねる。
新米を軍艦に乗せるなど、普通の新聞社ではありえないことだから。
彼女に不審を抱いたわけではないが、所属だけは一応確認しておくことにした。
女性記者が首からぶら下げているのは取材許可証を兼ねた記者カード。
ゲンはそれを覗き込み、読み上げ始める。

「ええと、アンタは……『オノゴロ・ディリー社所属 ミリアリア・ハウ』か?」
「ええ。そこに勤めているの。技術部、写真を撮る係りの……見習いなんだけどね」
「聞いたことない新聞社だな。どういうところなんだ?」
「……う〜んとね、まぁ、色々やっている会社なんだけど……」

女性記者――ミリアリア・ハウは、歯切れ悪そうに応える。
ばつが悪い感じで、しぶしぶ自分の会社について話しはじめた。

「オノゴロ・ディリーって、オーブでは有名なんだけどね。
 オノゴロ・タイガースっていうプロ野球チームの取材で食っている、小さな新聞会社よ」
「た、タイガース? 何だよ、そりゃ?」
「要は、ゴシップを兼ねた新聞を売っているところ。
 戦争になって、その会社から従軍記者を派遣しようとしたけど、誰も行きたがらなくて……
 だから、私が立候補したってわけ。でも見習いだから、お給料も出来高払いなの。お陰で、助かったわ」

ゲンにはよく分からないが、彼女はどうやら小さい新聞社の見習い記者らしいということだけは分かった。
改めてゲンは、甲板の先のほうにいる2機のMS――カオスとムラサメに脚を向ける。
……が、ゲンにくっ付くようにして女――ミリアリアはついてくる。

「……どういうつもりだ? 何故ついて来る?」
「お願いッ! 取材させて! 出来れば、あの緑のMSの写真も撮らせて!」
「ダメ。それやったら、今度こそフィルム取り上げて、海に放り込むからな。ついてくる分には、構わないが……」

女は不満の声を上げるが、ゲンはそれに構わずスティングの元へと向かった。

247 :10/18:2006/06/17(土) 11:20:45 ID:???
歩き続けるゲンは、直立しているカオスとムラサメの足元に辿り着いた。
見れば、キラとスティングはすでに機体を降り、歓談している。
そこへ、ゲンはやって来た。おまけと一緒に。
そのおまけの姿を、スティングが見咎める。

「ゲン、そっちの女の人は誰だ?」
「ああ、こっちのはさっき会った――」
「――ミリィ? ミリアリア! ミリアリア・ハウ!!」

ゲンが説明する前に、それは語られた。キラによって。
名を呼んだ相手を認め、ミリアリアも歓声を上げる。

「……嘘! キラ!? なんで? なんで貴方がここにいるのよ!?
 ムラサメに乗って模擬戦していたのって、キラだったの!?」
「君こそ! どうしてタケミカヅチなんかに!?」
「……ゲン、何だよ、あの二人は?」
「知り合い……みたいだな」

ゲンとスティングを差し置いて、キラとミリアリアは突然の再会に驚きを隠せない。
ミリアリアはキラに語る。戦後の彼女の在りようを。
まず彼女は、戦争を直に体験した者として、為政者が隠そうとする真実を他者へ知らせようと思い立ったこと。
そのためにジャーナリストを目指したものの、素人の夢が直ぐ実現する筈もなく……
結果的に、小さな新聞社の写真見習いに収まり、日々忙しい仕事をこなしていたこと。
開戦後に、従軍記者の話が来て『コレだ!』と思い……
半ば勢いでタケミカヅチに乗り込んでしまったことを。

「じゃあ、マリューさんから話は聞いてないの? ラクスのことは?」
「え? 何かあったの?」

忙しい新聞記者生活故か、マリューからの知らせもミリアリアには届いていなかったらしい。
キラはそのことを幸運に思う。これまでの複雑な話を、今の彼女に聞かせるのも気が引けた。
だからキラは、今はその事実を伏せていようと思った。ゲン達と事を荒立てたくはなかったから。
再会の喜びが終わるや、キラはミリアリアをゲンとスティングに引き合わせた。
細かい話は避け、かつてはアークエンジェルクルーであり、現在はジャーナリストであることだけ。
スティングはその事実に感嘆の声を漏らしたが、ゲンは……
顔には出さないものの、少しだけミリアリアに対する警戒心が芽生えていた。

248 :11/18:2006/06/17(土) 11:21:31 ID:???
その頃、ファントムペインの旗艦J・Pジョーンズでは――
司令官室にネオ・ロアノークとアウル・ニーダがいた。
ネオがこの部屋にいるのはいつものこと。しかし、アウルがいるのは極めて珍しい。
実は、アウルは今日スティング同様陳情に上がっていた。
その内容を聞いたネオは、部下の私心に訝しがる。

「ステラの休暇中の記憶を消すな……とは、どういうことだ?」

アウルが頼み込んだのは、ステラの記憶初期化の中止要請。
彼女に限らず、エクステンデッドは戦闘以外のことは全て忘れるよう、厳命されている。
戦闘に関係のないことでストレスを感じ、それが戦闘に影響を及ぼすことを避けるためであるが……
休暇から戻ったファントムペインのパイロット達は、今だ記憶の抹消は為されていなかった。
前日、ネオが全員の心身の再チェックを命じたからだが。

「確かに、俺はまだ最適化の指示はしていない。今日にもやる予定だったが」
「だから! その最適化を、思いとどまってよ! ステラだけでいいから!!」
「どういう……風の吹き回しだ、アウル?」

アウルの突然の申し出に、ネオは困惑した。
彼らエクステンデッドは常に従順であり、命令を拒むことなどこれまでにはないこと。
故に、ネオはアウルの真意を測りかね、再度質問を繰り返したのだ。
アウルは俯きながら、頭の中で話すべきことを、考えを纏めながら……語り始めた。

「休暇中、ゲンとステラ……デートしてたんだ」
「……で?」
「ホラ、ステラは……女の子だぜ?
 俺らは別にいいけど、アイツは……愉しい思い出とか、全部消しちゃったら……やっぱ、可哀相だよ」
「……ふぅん」

ネオは興味なさそうに返すだけ。だが――
内心、ネオはビックリしていた。あのソキウスのゲンがよりによってデートとは……
しかも、相手はエクステンデッドのステラ。
これまで、二人の仲をからかう事はあっても、それはゲンが余りに真面目な兵器であることを揶揄したもの。
もう少し力を抜けという意味合いで、ステラを介在させることで息抜きをさせようと思ったことはあったが。
寄りによって、休暇中にそんな仲になっていようとは……
ネオは、夢にも思わなかった。まさに、寝耳に水の出来事を聞かされたのだ。


249 :12/18:2006/06/17(土) 11:22:28 ID:???
だが、それ以上に意外だったことがある。
それは、アウルが頼みに来たこと。
彼は元来、他人には余り興味を示すことはなく、マイペースな性分。
その彼が、仲間のことで頼みに来る。ネオには、どう考えても尋常ならざる事態であった。
改めて、ネオはアウルに心境の変化を尋ねる。

「アウル……お前、ちょっと変わったな。何かあったろ?」
「何かって……何さ?」
「お前、他人には無関心なところがあったじゃないか。
 そのお前が、わざわざ仲間のことで頼みに来るなんて……どういう心境の変化だい?」

アウルは言葉に詰まる。
どうやら、彼にも思い当たることがあったらしい。
余り話したくはなさそうなアウルではあったが……頼みに来た手前、質問を遮ることなど出来様筈がない。

「あのさ、俺も……休暇中に女の子と知り合ったんだ」
「……へぇ」
「戦争が終わったら、会いに行く約束をしたんだけれど……
 もし、そのことを相手が覚えてなかったら、悲しいじゃない? だから――」
「――それは、お前も同じだろう?」

ネオは途中でアウルの言葉を遮る。
記憶の抹消――それはストレスをなくす一方、愉しい思い出も消すことになる。
アウルはそれ故、わざわざネオに頼み込みに来たのだが……
アウルの心境の変化が言葉どおりなら、それこそ本末転倒。
彼も、意中の少女と会うことは適わなくなるからだ。

「お前も、その子との思い出はなくなる。可哀相なのは、お前も一緒だ。違うか?」
「俺は、大丈夫。男だし。
 もし忘れちまっても、運がよければ思い出せるかもしれない。だから、大佐! お願いしますッ!」

今度は言葉だけでなく、深々と頭を下げアウルは頼み込んできた。
アウルにとっては、意中の少女とステラとを重ねてしまったのかもしれない。
意中の相手が自分を覚えていないことほど、男として悲しいことはない。
アウルは自分とゲンを重ねているのかもしれない。
ネオは、考えあぐねた挙句――『考えておくよ』と応えるのが精一杯であった。


250 :13/18:2006/06/17(土) 11:23:16 ID:???
「さて、どうする? 可愛い部下の頼みだが、困ったモノだねぇ……」

アウルを司令官室から遠ざけた後、ネオは一人思案に入った。
前日に行なわれたファントムペインのMSパイロット達の精密検査。
結果は、全員良好であり、とりわけステラ・ルーシェには精神的ストレスが検査に現れなかった。
スティングとアウルにも、ほとんどストレスは検出されず。とはいえ、記憶の初期化は規則で決まっている。
規則と人情の間で、指揮官の心は揺れ動く。

また、アウルの心境の変化も気になっていた。
ゲンを含めファントムペインの仲間意識は、少しずつ強固になりつつあると見てよい。
だが一方で、本来の兵器としての任務に支障が出ないとも限らない。
戦争であるから、作戦の進行に際しては仲間を切り捨てる場合も有り得る。
ネオとしては何としてもそんな事態は避けたいが、戦局はいつ具合が悪くなるとも限らない。
味方が不利になった場合に下される非常な決断――
深まった絆がそれに害を及ぼす可能性も否定できなかった。

「出来れば全員、愉しい思い出は残しておいてやりたいが……
 休暇中に深まった仲が、戦局次第で悪影響を及ぼすことも考えられる。さて、どうする? ネオ・ロアノーク?」

自問自答の時間が始まる。
アウルの変化は若干危険な兆候と思える。彼の場合、記憶は消さざるを得ない。
スティングは、キラ・ヤマトとの模擬戦後に何らかのストレスを感じている可能性がある。
二人とも、危険な因子を孕んでいる。やはり、最適化はせざるを得ない――
最後に残されたのは、やはりステラ・ルーシェ。

「ゲン、お前のせいだぞ。一体、どうしてくれるんだ?」

ネオはゲンの名を挙げ、ここにはいない部下を責める。
ゲンの場合はソキウスであるから、記憶の初期化はJ・Pジョーンズでは行なえない。
特別な処方が必要となるため、研究施設クラスの場所でなければ、なし得なかった。
すなわち、彼の場合は今日明日中の最適化は不可能。
そこまで考えて、ネオはある結論に辿り着く。ある意味、指揮官としては無責任な結論だが。

「……ったく、自分の女の面倒くらい、自分で見ろよ。 ん? ……そうか! いっそ、そうするか!」

果たして、どんな結論に辿り着いたのか。ネオはただ、口元を少しゆがめ、悪戯っぽく笑うだけ……


251 :14/18:2006/06/17(土) 11:24:02 ID:???
キラとミリアリアの再会に水を差された格好で、ゲンとスティングはタケミカヅチを後にした。
元々模擬戦目的で彼の艦を訪れたのだ。長居をする理由もなかったからでもあるが……
J・Pジョーンズに戻った二人は、格納庫でネオに迎えられる。

「よう。結果はどうだった?」
「ネオ、負けちまったよ」
「ああ? 仕方ないなぁ……ま、腕立て200で勘弁してやろう」
「げ! マジかよ……」
「あと、お前は晩飯食ったら、最適化だ。処置室へ向かえ。いいな?」

スティングはネオの最後の言葉には、無言で頷いただけ。
彼はこれから記憶を消されるのだ。休暇中の記憶を――
メイリンやマユと過ごした時間、キラを含めた仲間たちと過ごした時間を。
だが、これとて定め。スティングもそれは十二分に承知しているから、不平は言わない。

「ああ、それとゲン、ちょっと来てくれ。話しておきたいことがある」

実は、ネオにとってはこちらが本題。彼は部下を、他人に声が届かぬ場所、甲板に誘う。
先ほどまで悩んでいた、エクステンデッドに対する記憶の処置に関する話をする意図で。

時刻は夕方。西に傾きつつ陽を背に、二人の密談は始まる。
周囲に声を聞く者がいないことを確認した後、ネオは語る――アウルから頼まれたことを。
そして、今の自分の心境をありのまま伝えた。ステラの記憶を消すことを、現在苦慮していると。
突然の話に戸惑うゲン。が、彼に構うことなく、ネオは最後に伝える。上官としての決定を……

「面倒な話だな。だから俺は決めた。判断は……ゲン、お前に任せる! いや、任せた!」

そう……ネオは決めたのだ。ゲンに全てを委ねると。結論は単純明快――

「大体、お前の彼女だろ? なら、お前がフォローしろ。
 お前と仲良くなったことが切欠でステラの戦闘力が落ちるなら、お前がその分を補えば良い話だ。
 ……ったく、ハイスクールのガキじゃあるまいに。男女交際なんて、俺の守備範囲外だ。
 もし、お前が嫌だって言うなら、ステラの記憶を消すことになるが……それでもいいのか?」

無論ゲンとしては、首を縦に振るはずがない。折角ステラと仲良くなれたのだから。
一方、上官としての責任放棄も甚だしいが……ネオは、極めて単純明快な解決策を示し、満足げに笑っていた。


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結局のところ、ネオは判断に困った挙句、ゲンに丸投げして遣したのだ。
ステラに自分との思い出を忘れて欲しくはない――その想いだけで、ゲンは頷く他なかった。
でも、その回答すら上官の予定通りの応え。ゲンは、ネオの掌の上で踊りを踊らされただけなのだ。
次第にその事実に気づき、ゲンは上司をバイザー越しに睨む。
その視線が、相手に気取られたわけではないが……上司はそれに応えた。

「不満なのかい?」
「……こんな判断の仕方でいいんですか? 大佐は、現場の指揮官でしょう?」
「そうだよ。俺はここの指揮官。だから、MS小隊長のお前に判断を委ねたんだ。
 お前がこれを機に更なる活躍をしてくれれば、万事めでたし。全てが丸く収まる。
 護る者出来た男は強い……っていうじゃないか?」
「……いい加減ですね」
「でも……その方が、ステラにとっては幸せだろう?」

ネオの最後の言葉――それだけは、一切の冗談を声色に乗せなかった。
また、それはネオの本音でもある。ステラに対する憐憫の情があったことは間違いない。
最も、平素から彼女だけでなく、兵器として生きねばならない部下全員の境遇に同情してはいた。
とはいえ、指揮官である以上、普段はそのような情を見せることはないが……
この時だけは、ステラが女の子であるということも手伝って、ネオの情の脆さが浮き彫りになってしまった。
そんな言外の意図を察し、ゲンは上官に改めて礼を述べる。

「大佐、ありがとうございます。このお礼は――」
「――礼はいいさ。実戦で返してくれれば。それより、もう一つ聴いておかなければならないことがある」

改まった口調で、ネオはゲンに問う。今度は彼本来の……いや、本性を出しての質問を。

「で、お前……ステラとどこまでいったんだ? 吐いてもらおうか。
 ……ま、応えにくい質問ではあるな。A,B,Cで聴こうか? どこまでやった?」
「へ? え、ABCって何ですか?」
「おい! 上官を謀るのもいい加減にしろよ? Aはキス、Bは胸、Cは……これ以上言わせるのか?」
「ちょ……! ちょっと待ってください! 俺は何も!!」
「いいか? お父さんは、Aまでは赦そう。だが、B以降は赦さん。
 Cなんてもっての他だ! もしCまで行っていたら……魚の餌にしてやる。さぁ、吐け! 吐くんだ、ゲン!!」
「お、お父さん? 何言ってるんですか! え!? ちょ、胸倉を掴まないで! く、苦し――!」

……やはり不真面目な上官。この後根掘り葉掘り、ゲンはネオから執拗なプライベートの尋問を受けてしまった。


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「ったく、あのオッサン……! 俺はまだ、手しか繋いじゃいないっての!!」

ネオの執拗な尋問に折れ、結局全て吐かざるを得なかったゲン。
数十分に渡る尋問の末、ようやく介抱された彼は、一人になったところで悪態をつく。
やがて、甲板から格納庫に戻るところで……
腕立て伏せを終えたスティングと、彼と一緒にいたアウルを見つけた。
アウルはゲンを見つけるや、軽く手を振るが……スティングは俯き嘆いている。

「畜生! ああもアッサリやられるなんて!」
「念願叶ったんだから、素直に喜べばいいじゃん?」
「力の差があるのは覚悟していた。けど、もっと通用すると思ったのに……クソッ!」
「ま、これから差を縮めるしかないじゃん。頭、切り替えようぜ?」

キラの前では悔しさなど見せなかったスティング。
だが、時間が経ったことで敗北の事実に悔しさがこみ上げてきている様子。
そんな相棒を、アウルは慰めていたが、スティングはまだブツブツ言っている。
見かねたゲンは、仲間にある提案をする。

「そんなに悔しいなら、再戦を申し込めばいいだろう?」
「……! 再戦!?」
「そうだよ。強くなって、リベンジの機会があればすればいい。簡単なことだ」

ゲンの言葉に、スティングの表情は明るくなる。
タケミカヅチとの共同作戦が続く限り、また再戦の機会はあるかもしれない。
幸いユウナは理解のある人物だし、障害と呼べるものもなかった。
再戦の言葉に、スティングは歓喜の声を上げる。

「よし! 分かった、ちょっと頼んでくる」
「ああ、そうしろ……って、今から再戦するの? 本気かよ?」
「大マジだ。アウル、お前も来い。ゲンもだ」

唐突なスティングの申し出に、ゲンとアウルは呆然とするが……スティングは言葉を続ける。

「心配するなよ、MSは使わないから。アウル、ボールとバッシュ持ってこい。いくぞ! 再戦だ!」

最後の言葉に、アウルは意を察しニヤリとする。そして、再戦が幕をあける――


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陽が沈む頃……
タケミカヅチの甲板の上、特設バスケットコートで再戦は行なわれた。
ステラを加えたファントムペインのパイロット4人は、タケミカヅチを再度訪れキラに再戦を申し込んだ。
キラと一緒にいたミリアリアを加え、3on3の試合が始まる。しかし、それはMSの模擬戦ではなく――

「ちょ、ちょっと待って! もうくたびれたよ……休憩にしない?」
「何言ってるんですか、先輩。まだ始まったばかりですよ?」
「も、もう疲れた……バスケの試合やるなんて、聴いてないよ!」
「キラ! だらしないぞ! ほら、ボール見てっ! パスカットしろよ!」
「ゲンまで酷いよ。ミリィも、何か言ってよ」
「わ、私も……もう体力の限界。降参、降参するわ」

開始から10数分。決着はあっさりと着いてしまった。
ファントムペイン3人組、アウル、スティング、ステラと……混成オーブチームのキラ、ゲン、ミリアリアの試合。
2年来のモルゲンレーテでのデスクワークで体力の落ちたキラと、生粋のナチュラルのミリアリア。
二人がバテたことと、点差で大幅に負けていたことで、凱歌はファントムペインに上がった。

「MS戦では負けちまったけど、バスケは一日の長あり……かな」
「スティング、1onやろうぜ」
「よし……やるか!」

スティングとアウルはまだ体力があるのか、二人で試合を始めてしまった。
ゲンは試合に負けた上に、まだ体力があり……キラに悪態をつく。

「バスケ、やったことないのか?」
「あるけど……学校でやっていた程度。普段はモルゲンの研究で忙しくて、体を動かす暇も……」
「記者さんは仕方ないとしても、キラ……体力は戻しておいたほうがいいぞ?」
「……了解。筋トレでも、やっておくよ」

ステラとミリアリアも休憩。それぞれゲンとキラの隣に座り……ミリアリアはゲンに話しかける。

「中尉さん、お願いがあるんだけど。あのさ……後で、みんなの写真を撮らせてくれない?
 ホラ、ここで遊んでいたのが同僚にバレたら拙じゃない?
 だから、兵士の休憩中の風景を撮影してた……ってことにしたいの。一枚、撮らせて!」

確かに、彼女は本来仕事中の身。無理を頼んで参加させた手前、ゲンも今度は断れなかった。


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「はーい、ちょっと中央に寄って。端っこから中央に詰める感じで……そうそう、いい感じよ」

スティングとアウルのバスケの試合が終わるや、ミリアリアの撮影が始まる。
ゲンを中央に、右隣はキラ、左隣はステラ。最翼はスティングとアウルが入る。
全員軍服姿。一汗かいたからか、アウルとスティングは少し肌蹴ている。
5人揃っての写真撮影だ。

「ちょっと中尉さん? バイザーを外しなさいよ。
 折角の撮影会に、そんなもの着けて……無粋よ? ほら、外して外して! 後で、焼き増しして渡すんだから!」

ミリアリアに、ゲンはバイザーを取り外すよう注意を受ける。
すると、隣のステラがそっとゲンのバイザーを外し、自分のポケットに入れてしまった。

「……マナー、悪いって」
「あ、ああ……ごめん」
「あら? 中尉さんて、可愛い顔してるんじゃない? さ、写真撮るわよ! 皆、肩でも組んだら?」

ステラはいつも言葉少ない。が、その分発言に重みもあり……指摘され、ゲンは素直に謝る。
そして、ミリアリアの勧めで5人は肩を組んだ。ゲンの肩に、ステラの手が触れる。
その感触で、彼は思い出した。彼女の件で、まだ僚友に礼を述べていなかったことを。

「アウル、さっきは、その……ステラのこと、ありがとう」
「気にしないでいいさ。俺には俺の考えがあって、やったことだし。それより、カメラカメラ!」

礼を述べても、アウルは軽く受け流すだけ。
ゲンは心の中で再度礼を述べつつ……ミリアリアの持つカメラのレンズを注視する。
少しだけ、笑みを浮かべながら。
それを見たミリアリアは、漸くシャッターを切った。
後日、写真は5人に届けられ、彼らはそれを愛機の中に飾ることになるが……それはまた別の話。


翌日早朝、連合の軍偵から連絡が入る。ミネルバに動きあり、と。
彼の艦が向かうとすれば、ジブラルタル基地かスエズ運河。どの道、黒海を抜けることは間違いない。
報告を受けた連合・オーブ艦隊も、ミネルバを撃つべく、動き始める。
決戦の地に選ばれたのは、黒海から地中海へ抜ける海峡……ダーダネルス海峡。
やがて幕を開けるは、ダーダネルスの戦い――!