257 :1/36:2006/06/17(土) 11:30:13 ID:???
地球連合軍クレタ基地――
沖合いに停泊する空母J・Pジョーンズで、ネオ・ロアノーク大佐は通信を受ける。
早朝にも関わらず、レーザー通信を用いて連絡を遣した相手は、ブルーコスモス盟主。

『ロアノーク大佐、随分と勝手なことをしてくれたな?』
「……何のことでありましょうか?」
『惚けてもらっては困る。エクステンデッドNo4、ステラ・ルーシェの件だ』
「耳が早いですな。エクステンデッドの研究員からの報告が、もう届いているとは……」
『ここを何処だと思っている? 私のいるイギリスと君たちのいるギリシャ。報告にタイムラグなど、殆どない』

モニター越しに映るのは、苦虫を潰したような顔のロード・ジブリール。
彼が連絡を遣したのは、配下の将ネオを詰問するためだ。
前日行なわれたエクステンデッドたちの最適化――記憶の消去。
しかし、その中にステラは含まれていなかった。彼女を最適化から外すよう指示したのは、他ならぬネオ自身。
が、そのことはエクステンデッドの研究員たちにすれば異常なこと。
常道を曲げてまで、ネオは不可解な指示を出したのだ。碌な根拠も示さぬまま……
伺いは直ぐに立てられ、ネオを飛び越してブルーコスモス盟主の元まで届けられた。

『エクステンデッドの扱いは、研究員の指示に従え……そう命令した筈だが?』
「状況が変わったのですよ、盟主。今彼女の記憶を消すのは、得策じゃない」
『ならば、その根拠を聞かせ給え! 返答次第では、君の立場も危うくなるぞ!?』
「根拠……か」

要領を得ないネオの回答に、ジブリールは声を荒げる。
エクステンデッドは漸くに実用化の目処が立ったばかり。扱いは慎重を要する。
然るに、ネオは独断で彼らに行なうべき処置をせず……ジブリールが憤るのも、当然といえた。
また、ジブリールと相対するネオの態度にも変化が見られていた。
いつもは忠実かつ有能な部下は、今日に限って態度を硬化させている様子。
そのことも、ジブリールにとっては不快であった。
そんな彼の心を知ってか知らずか、ネオは暫くの間を置いて応え始める。

「ゲンの様子が、変わってきているのですよ」
『アクサニスが? どうした? 何かあったのか?』
「出会った頃のあいつは、ナイーブさはあったものの、心身ともに兵器だった。しかし、今は違う」

ネオは、ブルーコスモス盟主に臆することなく……判断の根拠を明かし始める。


258 :2/36:2006/06/17(土) 11:31:01 ID:???
ゲン・アクサニス――
ロアノークがファントムペインに彼を迎え入れた頃から、彼は正真正銘の兵器であった。
どんな任務も卒なくこなし、開戦後もネオの期待に十二分に応えていた。だが……

「ムスリムに使いに行った頃から、アイツは変わった。
 戦争というものを直に知ったせいか、行動にも変化が見られます。
 ガルナハンでの一件、ご存知でしょう?」
『捕虜を逃がしたという、アレか……
 だが、アクサニスは思考する兵器だ。ザフトの行動と、独立運動派の行動。
 二つを鑑みれば、コーディネーターに乗せられ踊らされている連中を慮るのも当然だろう』
「それだけじゃない。ノフチーでの一件も、お耳に届いていると思います。
 ゲンは、現場の指揮官に食って掛かったそうですよ。
 ユーラシア連邦のイワン中佐らが行なった、あの――」
『――絨毯爆撃による、虐殺事件の話か?
 東ユーラシア一帯は、ロシア共和国の影響下にある。あの国が無茶をやるのは、昔からだ。
 それにアクサニスが腹を立てるのも、無理はない。私でさえ容易にやろうとは思わんよ、あんなことは。
 だが、それとステラ・ルーシェの件と何の関わりがある?』

ネオは語る。ゲンの変化を。
ムスリムでの一件以来、彼は少しずつ変化していた。
命令を受け戦うだけの兵器から、自らの動機付けで行動を起す軍人へと……
それらはジブリールも知るところであったが、彼はゲンのそのような変化は織り込み済みの様子。
余り驚くこともなく、ただ用件を――ステラへの最適化を避けた理由を明示せよと、部下に迫る。
ネオは、一呼吸置き……漸くに彼の本心を吐露し始めた。

「アイツは、ゲンは……ステラ・ルーシェと、どうもその……想いあっているようです」
『――!』
「いつからかは定かではありませんが、少しずつ兵器から軍人へと変わっていく過程で……
 明らかに人に近づいている。まぁ、人と交われば当たり前の話なのですが」
『……ならば、さっさとその娘の記憶を消せば済む話ではないか! 貴様、どういうつもりだ!?』
「戦うための動機付けを、アイツにやろうと思いましてね。
 正直、私はゲンが貴方のために死ねるとは思わない。
 所詮、貴方とゲンは使用者と兵器の関係だ。それ以上でも、それ以下でもない。しかし――」

更にネオは語る。
事の核心とも言える、ゲン・アクサニスとステラ・ルーシェの立ち位置について。


259 :3/36:2006/06/17(土) 11:32:05 ID:???
「惚れた女のために戦う。実に単純明快な話です。
 俺はね、盟主……人が戦う動機ってのは、植えつけられるものじゃないと思うのですよ。
 連合軍人の多くは、自分のため家族のため祖国のため……色んな動機で戦っている。だから――」
『アクサニスに、惚れた女のために戦えと? 下らん! そんな感傷は、兵器には不要だ!!』
「落ち着いてください、盟主。だから……人に近づきつつあるんですよ、ゲンは。
 恋人のために戦う。そんな人間は世の中大勢いる。男って生き物は、そういうものです」

憤るジブリールを宥めつつ、ネオは説得を試みる。
ゲンにこれまで以上の戦果を望むのであれば、これまで以上のモチベーションも必要となる。
とりわけ、ミネルバとの戦いにおいては。
連合は開戦から今日まで何度も刃を交えながらも、ザフトが誇る最新鋭戦艦を沈められずにいるのだ。
敵のシンボル的な存在を潰せば、一気に味方の士気は上がるし、敵の士気は下がる。
ネオとしても、ゲンが人に近づくことはあまり好ましいとは思えなかった。
が、何よりも戦果を求められるファントムペインとしては、やれる限りのことはやっておきたかった。
それが、危険な賭けだとしても。

『戦う動機を与えるだと? それは危険だ! 感傷に溺れ、弱体化することは考えないのか?
 仮に、仮にだ……ステラとかいう娘を庇って、アクサニスが被害を被ればどうなる? 貴様に贖えるのか!?』
「そのときは……仕方ないんじゃないですか?」
『し、仕方ないだと!? 貴様、任務を――!!』
「アイツがそんなことで死ぬのならば、所詮そこまでの運命だったということです。
 ま、俺はアイツがそんなことで死ぬタマじゃないと、思ってはいますがね」

ネオの主張。それは、ゲンに全てを任せるということ。
どの道、戦場に出れば誰もが死ぬ可能性を孕んでいる。敵に戦い敗れるか、味方の流れ弾で命を落すか……
様々な事象が戦場では起こりえるのだ。
運、あるいは運命というものが、その者の命を左右する――
ある意味では、悟りに近い哲学が、軍人であるネオにはあった。
ジブリールの指摘も最もではあるが、そんなことは先刻承知。
敢えて、ゲンを強化するための賭けに出たのだ。
しかし、ジブリールはネオの言葉をなお否定する。

『昔、私に似たようなことを言った男がいたよ。愛と憎悪……この相反する二つの感情こそが、人を高めうる。
 これらの感情を持つ人間は、尋常ならざる力を発揮する、と。だが、ナンセンスだ! 私は認めないッ!!』

声を荒げ、ブルーコスモス盟主は叫んだ。


260 :4/36:2006/06/17(土) 11:32:52 ID:???
『アレは……アクサニスは私のものだ!!
 私はアクサニスと契約したのだよ! 互いに命を預けた状態で、アレは誓った! 私のために戦うと!!
 それを……どうして、エクステンデッドの小娘如きにくれてやろうか!? 認めん……認めんぞ!!!』

双眸を光らせ、狂気を垣間見せながら……男は絶叫を続ける。

『現場の指揮は貴様に預けてある! だから、今度のことは多めに見よう!
 だが!! アクサニスは渡さん!!
 戦争が終わっても、アレにはやって貰わねばならん仕事がある。
 二度と……二度とナチュラルが、コーディネーターに畏怖せず生きられる世界を造るためにッ!!』

ジブリールは一気に言い切る。それは、盟主としての至上命令。しかし――
ネオは最後の言葉に違和感を抱く。何故、ゲンが役に立つというのだろう? 
ナチュラルがコーディネーターに畏怖せず生きるべく、エクステンデッドは生み出されたのではないのか?
必要とされるならば、エクステンデッドの筈。ソキウスでありコーディネーターであるゲンに何が出来るというのか?
様々な疑問が頭を駆け巡る中……
ネオの逡巡の間に、一息ついたジブリールは冷静さを取り戻す。

『すまない。熱くなりすぎたようだ』
「……い、いえ。こちらこそ、出すぎた真似を――」
『詫びはいい。君を司令にしたのは、私だ。君のミスは私のミス。この件は後日処理しよう。それより……』

先ほどまで憤怒の表情であったジブリールだが、もう普段の彼に戻っていた。
冷静になり、口元に笑みまで取戻しながら……彼は伝える。

『月経由で面白いものをそちらに送った。アクサニスへのプレゼントだ。そろそろ着く頃だろう』
「……それは?」
『見せれば分かる。アレならば、使いこなせよう。
 あと、君から届いていたエクステンデッドの……戦後の処遇についての上申書、読ませてもらったよ。
 戦後彼らを人間に戻すこと、考えてもいい。戦勝が前提の話だが。
 エクステンデッドに関する全ての記憶を消した上での解放なら、吝か(やぶさか)ではない」

前日、ネオからジブリールの元に、上申書が届いていた。内容は、エクステンデッドの戦後処理の問題について。
可能であれば3人を、戦後人として生かしてやりたい――それが内容であった。
ゲンは渡せぬといいながら、エクステンデッドには戦後自由を与える。
不可思議な話ではあるが、それがジブリールの伝えた『決定事項』であった。


261 :5/36:2006/06/17(土) 11:33:44 ID:???
――朝一番で、嫌な汗をかいたな。

体を伝う汗を感じる。ネオは通信が終わるや、シャワーを浴びたい気分に駆られた。
ジブリールは話が終わるや、「では、蒼き清浄なる世界のために」という決まり文句を残し、通信を終えた。
激昂しかけた上司に冷や汗をかきつつ、ネオは内心話が終わったことに安堵していた。

――ただ一度最適化を避けただけで、ここまで大事に発展するとはね。

ネオはそう思いつつ、炒れておいたモーニングコーヒーに口をつける。
朝起きて直ぐ炒れたものの、すでにそれは冷め……酷く拙いコーヒーになっていた。
彼はそれに舌打ちしながら、先ほどの会話を思い起こす。

――ゲンに何がある? 盟主は、なぜあそこまでゲンに拘る? 理由は何だ?

訝しいのは、ジブリールの態度。
ゲンとの契約とは何か? そして彼に何をさせようというのか?
疑問は尽きぬまま、ネオの一日が始まる。
定時の通信音が部屋に木霊する。艦橋からのコールだ。

『大佐、いらっしゃいますか?』
「ん、艦長か。いつもご苦労だな、もう起きているよ」
『先ほど、妙なものがクレタ基地に届いたという報告が。
 なんでも、ストライクMk-U用のパーツだそうですが、何やら装備部が……処置に困っているようでして』
「……早いな。プレゼントは、恋人にいの一番で届けたい……か? 盟主様よ?」
『……は?』
「いや、こっちの話さ。いいだろう、ゲンを送る。Mk-Uで運べば、手間も掛からん」

ネオは即断する。
盟主からのプレゼントの中身は、どうやら並大抵のものではないらしい。
そのことに、また疑問は深まるが……考えても詮無きこと。
頭を切り替え、ネオは本来の仕事――指揮官としての仕事に戻る。

数分後、ネオは起床したゲンをクレタ基地に向かわせる。
Mk-Uを駆り、J・Pジョーンズに荷物を持って帰ったゲン。
その荷の中身……
それが、味方をちょっとした騒ぎに陥れることになろうとは、この時のネオには思いもよらなかった。


262 :6/36:2006/06/17(土) 11:34:31 ID:???
時刻は8時近く。
ゲンはMk-Uを使い、J・Pジョーンズに荷を持ち込んだ。
荷は、長方形のケース、MSほどの長さはあろうかという代物。
その割りに幅は対してなく、ストライクの両手で持ち運べるほどであった。
長さが長さなので、人手で開封するのは手間が掛かる。
能率を考えて、空母の甲板の上での開封作業が進められた。
ゲンはMk−Uの手を器用に使い、ケースを開ける。

「……ったく、朝一番の届け物なんて、何だっていうんだ?
 腐るから早めに……って、それじゃ生もの、魚か。少なくとも、魚じゃないな、これは」

突然の労働に悪態をつきながら……サクサクとケースの留め金を外すゲン。
留め金といっても、長さ10メートルに及ぼうかというケースなのだ。MSでようやく開けることが出来る代物。
その荷を解き、中を見たゲンは――
僅かに残っていた眠気も吹き飛び、驚嘆の声を上げる。

「――こっ、こいつは……!!」


ちょうどその頃、ファントムペインの他のパイロットも様子を見に来ていた。
アウル・ニーダは、格納庫にストライクの姿が見えず、朝からゲンが動いていることを察知する。
甲板で何やらやっているようだと、整備の人間から聞くや、彼も甲板へ上がる。

「あ……ストライクだ。みっけ。 ん? 何だ? 何をやってるんだ?」

ごそごそとストライクは屈み込み、ケースらしき物体の開封作業の真っ最中らしい。
何が出るのか――
胸躍らせながら、アウルは様子を見ていたが……
中から出てきた“それ”を見たとき、彼は一目散に格納庫に戻ってきた。
スティングがカオスから降りてくるのを見るや、息を切らせながら彼の元へ向かう。

「ス、スティング!! ちょっと来て! 甲板に!」
「あん? どうした? 何かあったのか?」
「と、兎に角、早くっ!!」

強引に引っ張られるようにして、スティングも甲板に上がり――ケースの中身を目の当たりにする。


263 :7/36:2006/06/17(土) 11:35:17 ID:???
中身を確認したスティングは、堪えきれず叫んだ。

「――!? ちょ……! な、何だよアレはッ!?」
「だから、言ったじゃん! 凄いだろ!」
「た、確かに凄いが……アレは大きい。いや、大きすぎるッ!! 何なんだよ、アレは!?」

同じ頃、J・Pジョーンズの隣に停泊するオーブ軍空母タケミカヅチでも、隣艦の異変を察していた。
アマギが一目散に司令艦室に飛び込んでくる。ユウナ・ロマ・セイラン将軍の元に。

「ゆ、ユウナさま! 大変です!!」
「……ん? どうかしたのかい?」
「あ、あれ! 外を見てください!! 隣の艦、J・Pジョーンズの甲板の上ッ!!」
「どうしたの? 何かあるの?」
「ス、ストライクです! 黒いストライクが、J・Pジョーンズの上に!!」
「……ストライクなんて、そんなに珍しいのかい?
 カガリだって、乗っているじゃない? 大騒ぎするほどのことじゃ……」
「と、兎に角見てくださいッ!」

アマギに促され、ユウナは隣の艦を眺める。
甲板を見ると……確かに黒いMSがいた。甲板の上で、ストライクに酷似したMS――
ストライク自体は、カガリ・ユラ・アスハの愛機ストライク・ルージュを知っていることもあって、ユウナは動じない。
……しかし、その黒いストライクの持っているモノを認めるや、ユウナは歓声を上げる。

「――! 凄いッ!! アマギ、何だいアレは?」
「分かりませんッ! しかし、これはご報告せねばと思いまして」
「ふむ……デカイな。どうやら、剣みたいなものみたいだけど……バスタードソード? クレイモア?
 いやいや、形が全然違うな。あんなモノ、僕は生まれて初めて見たよ。フフッ、一体何だろうねぇ……?」

ユウナが見たのは剣。
剣というにはあまりに大きく、MSを以っても捌ききれるかは分からないほどの代物。
ただ、一見して尋常の兵器ではないことは分かった。
その兵器を手に持つ少年――ゲンの眼は、光り輝いていた。

「盟主!! アンタ、随分気の利いた贈り物をくれるじゃないか!?
 こいつは……すげえ! 気に入ったぜ!! 
 見ていてくれ、ステラ!! こいつでザフトを、あの白いMSを――両断にしてやる!!」


264 :8/36:2006/06/17(土) 11:36:05 ID:???
その頃、黒海沿岸トルコ領に位置するザフト軍ディオキア基地では――
休暇を終えたミネルバは、この日出航。当初の目的地、ジブラルタル基地へと向かう予定であった。
艦長タリア・グラディスは、出航を前にブリーフィングを行なう。
艦長室に呼ばれたのは副長のアーサー・トラインと、MS隊隊長ハイネ・ヴェステンフルス。
階級のないザフトでは、実質的な艦のコントロールを預かる副長と、攻撃防御の基点となるMS隊長。
この二人こそが、ミネルバの要とも言えた。二人を向かえ、タリアは会合を始める。

「本日午前9時を以ってディオキア基地を発ち、ジブラルタル基地へ向かいます。
 黒海を抜け地中海へ、そして最西端のジブラルタル。ちょうど、地中海を横断することになるわね」

彼女は私室のモニターに、地中海と黒海を納めるヨーロッパ南部の地形を呼び出す。
ジブラルタルまでの航路。それは海上航行による地中海横断。
更に、タリアはミネルバの航行ルートを呼び出す。横断といっても、数千キロに及ぶ行程。
しかし、ミネルバは旅行に行くのではない。あくまで戦争のための行軍……

「黒海の勢力図が、ザフトと連合が入り乱れているのと同様……地中海も問題が多いわ。
 まずはここ、ギリシャ領クレタ。連合の基地があるこのクレタ島は、敵の地中海における最大拠点よ」

タリアの示す地図は、地中海の中ほどを拡大し……クレタの島を映し出す。
連合の地中海における最大の拠点、そこはファントムペインの旗艦J・Pジョーンズのいる場所。同時に……

「先日、この基地にオーブ艦隊も入ったらしいわ。あの国とは戦いたくはないけど……
 彼らが私たちの航海を見過ごすわけがない。迂回路を取るにせよ、連合との戦いは避けられそうもないわ」
「……困りますねぇ。うちのアスランとマユ、大丈夫ですかね? どうなのです、ハイネ隊長?」
「う〜ん、休暇のおかげで二人とも大分マシにはなりましたが……」

オーブと戦う可能性は依然消えていなかった。
開戦前までオーブにいたアスラン・ザラ、オーブ出身のマユ・アスカ。
二人が戦闘に際し、本来の力を発揮できないのではないか――?
上級兵3人が抱いていた不安を、アーサーが指摘した。
ハイネはそれに対し、現状の彼らを踏まえて方針を説明する。

「アスランは正規兵、いざ戦いに及んでグダグダ言うヤツではないでしょう。戦ってもらいます。
 マユはまだテストパイロットですが……新米二人を含めて、あの3人組はディフェンス。前には出しませんよ」

アスランには積極的に戦ってもらい、マユには艦の防衛に回ってもらう。それがハイネの方針であった。


265 :9/36:2006/06/17(土) 11:36:54 ID:???
「……というわけで、お前等3人はディフェンス。
 ルナマリアはオルトロスで長距離援護、レイはブレイズで中距離援護、マユは……
 インパルスをフォースで出撃、ブリッジを狙ってくるハエどもを追っ払ってくれ。OK?」

ハイネはタリアとアーサーに話したことを、そのままパイロットのブリーフィングで伝えた。
新米3人はあくまでも艦の防御。攻撃はハイネを含めたベテランMSパイロット6名が行なうと。
ベテランたちとは――ハイネ、アスラン、ショーン、ゲイル、マーズ、ヘルベルト。
ハイネ、ショーン、ゲイルはグフに乗り込み、マーズとヘルベルトはバビを。アスランはワンオフ機のセイバーに。
オフェンス組みは、ヒルダ隊の2名を加える豪華布陣。

ハイネは内心、この布陣が組めたことを手放しで喜んでいた。
これならば、マユを積極的に戦闘参加させずに済むからだ。正規兵のアスランは兎も角……
若干13歳の、オーブ出身の移民の娘に、かつての同胞を殺せというのは酷に過ぎる。
温情采配であることは自覚していたが、戦局に影響がなければこれもあり。
出来れば、マユには手を汚さずに戦いを終えて欲しかった。
そのことに気づいたのか、マユはハイネに礼を述べる。

「……ありがとうございます、ハイネ隊長」
「ん、出来れば戦わせたくはないが、どうなるかは分からん。
 インパルスを遊ばせておく訳にもいかない。俺も……オーブと当たらないことを、祈っておくよ」

それはほんの短いやり取り……だが、幼い部下と歴戦の上司は意を通じ合っていた。
これでマユの件は解決。次はアスランだ。ハイネはアスランにも一言声を掛けるべく、彼の方を向くが……
彼は他の人間と話していた。相手はマーズ・シメオン、ヒルダ隊のベテランパイロットだ。
会話は和気藹々……とは進んでおらず、どうにも険悪な雰囲気。いや、話しているというよりも……

「おい! アスラン、お前俺のこと無視しているのか!?」
「い、いえ……そんなことは」
「なら、情報をもっと遣せ! もう一度聞くが……ガルナハンで俺のバビを潰しやがったオーブのムラサメ。
 アレに乗っていそうなヤツを、俺に教えろ! オーブのエースパイロット、知っている限り挙げてみろ!」
「でも俺は、代表の秘書のようなことをしていたわけでして、軍の情報に精通しているわけではありません」
「だあっ! 使えないヤツだ! もういい、シミュをやる! ついて来い!!」

まるで尋問。アスランは、マーズにオーブ軍の情報を遣せと迫られ、すっかり困惑してしまった。
おまけに、強引にシミュレーションに付き合わされることになり、格納庫に引っ張られていってしまう。
最後に縋るような眼でハイネを見つめるアスラン。彼に声を掛けようとしたハイネは、ただ苦笑して……見捨てた。


266 :10/36:2006/06/17(土) 11:37:52 ID:???
哀れなアスランは、ブリーフィング終了後にマーズとの模擬戦を強いられる。
模擬戦とはいえ、それはシミュレーションを介して行なわれる仮想訓練。
互いのMSのコクピットとコンタクトを取り、CG画像を介したシミュレーション訓練を行なうのだ。
そして、セイバーとバビ、2機の模擬戦は始まった。

互いに空中戦用のMSであるため、仮想の戦場に空が描かれた。
擬似的なホログラムは……雲ひとつない、現実感のない空。それがモニターに映し出される。
模擬戦開始直後から、先日のムラサメにやられた鬱憤晴らしとばかりに、マーズは猛攻を仕掛ける。
バビのビーム、ミサイルが次から次へとセイバーを狙う。
アスランは、それに防戦一方になってしまう。

「くっ……! いきなり全開ですか?」
『戦場で手加減するアホがいるか!? 模擬戦も実戦と同じッ! 俺はいつでも全開だッ!!』
「……! それは、そうですね……」

模擬戦といっても、コクピットには振動も伝わってくる。仮想の戦闘とはいえ、緊張感を出す演出は必要。
シミュレーションでそんな凝った機能も付いているのが、この時代のMSなのだ。
その振動を肌で感じ、徐々にテンションを上げていくアスラン。
しかし、体と心は裏腹。戦闘に入りながらも、彼は内心、別のことを考えていた。
マーズの一言に、ある人物のことを思い出していたのだ。戦場で、手加減をする人物のことを。

――いるんですけどね、そういうヤツ。俺も、昔はそんなアホなことをやっていましたけど。

頭に浮かんだのは、幼年学校時代からの親友のこと。
フリーダムという伝説のMSを駆った彼は、戦場で手加減をする人物であった。
アスランも、彼といるときはそんな戦法を取ることがあった。が、今は――

――俺の側にアイツはいない。安心して背中を任せられるのは、アイツだけだった。

そう。彼は今オーブの、モルゲンレーテ社にいる筈。アスランの隣に彼はいない。
最強の戦友がいたからこそ、かつてのアスランも戦場で手心を加えられた。今は、そのような状況ではない。
敵が来れば倒す。殺す。自分の背中を護る男がいないのだから、そうするしかないのが今のアスラン。

――待てよ? そういえばマーズは戦闘不能、殺されなかった。……まさか、アイツが?

マーズの問いに、思い当たる人物が一人浮かぶ。が、そんな筈はない。アスランはその考えを必死に打ち消した。


267 :11/36:2006/06/17(土) 11:38:39 ID:???
ミネルバがディオキア基地を発った頃――
ミネルバ出航の一報は、クレタ基地にも伝わる。
報告が入るや、ネオはすぐさま動き出す。タケミカヅチにも連絡を入れ、出撃の命令が下される。
空母J・Pジョーンズ、タケミカヅチ、そしてオーブ軍の護衛艦4隻。連合・オーブ軍の共同作戦が始まった。

「セイラン将軍、迎撃ポイントは予てからの手筈どおり……」
『黒海と地中海を繋ぐ海峡、ダーダネルスですね?』
「あの狭い海峡なら、ミネルバの動きを封じながら戦える。
 まさか、連中も我々がミネルバ一隻を狙っているとは思わないでしょう。
 クレタ近くならいざ知らず、黒海を抜けたところを狙われるとは……ね」
『先方は任されました。囮役、務めてみせましょう』
「頼みます。こちらも万全を期します」

最後の会合は、用件のみを伝え合う簡潔なもの。
ネオからの通信が入ったことで、タケミカヅチのブリッジに号令が響き渡る。
司令官ユウナ・ロマ・セイランの号令が――

「これより、オーブ軍はJ・Pジョーンズとともにダーダネルス海峡に向かう! トダカ一左!!」

指揮官とはいえ、ユウナは名目上の司令に過ぎない。
実際に艦を指揮するのは、艦長トダカ一佐。
ユウナが彼の名を呼ぶや、トダカは再度号令を下す。今度はオーブ軍全艦への通信で。
簡潔に目的地と戦うべき相手――ミネルバのことを伝え、トダカは最後に言った。

『待ち受ける敵は強力だが、オーブ軍人としての誇りを胸に……総員、状況を開始せよッ!!』

これで、戦場での主導権はユウナではなくトダカの物となる。
やはり、現場で頼りになるのは青年政治家ではなく熟練の軍人。
トダカの指揮の元、タケミカヅチを旗艦とするオーブ派遣軍はクレタを後にする。

「トダカ、政治的な判断以外には僕は口を出さない。全権を君に、任せるよ」
「……しかと、任されました」

最後にユウナは伝える。戦場での全権をトダカに委任すると。
こうして、連合艦隊は動き始めた。彼らが、目指すのは黒海と地中海を繋ぐ要衝、ダーダネルス海峡。
ダーダネルスでの決戦の時は、刻一刻と迫っていた。


268 :12/36:2006/06/17(土) 11:39:40 ID:???
J・PジョーンズのMSパイロットブリーフィングルーム。
ネオから4人のパイロットたちに伝えられたのは、作戦の要旨。

「陽電子砲を潰すのは、ゲン。あわよくば、ブリッジも潰してしまえ。
 やるときは、ストライクMk-Uの能力をフル活用しろ。あとは……言われなくても分かるな?」
「分かっています。けど、あの新しい武器を使う機会は……今回はなさそうですね」
「どうかな? 戦局はどう変わるか分からんのだ。
 一応、フライングアーマーにあの武器を置けるよう、スペースを作らせている。
 備えあれば憂いなし。いちいちJ・Pジョーンズに戻る時間もないだろう。常に持っておけ」
「……了解」

ゲンの役目はストライクMk-Uを使い、ミネルバのタンホイザーを潰すこと。
また、ジブリールから届けられた新しい武器も、今回の帯同することになった。

元々、ストライクMk-Uの装備はエールパックしか用意されていなかった。
ソード・ランチャーの各装備は、その有効性をキラが示したものの……
ストライクのデータに基づき、バスターダガーやソードカラミティなどバリエーションに富んだMSを連合が製造。
用途にあったMSを多数製造し、数で圧倒する。ワンオフ機には、最早心血を注ぐまい――
それらが、連合軍が採った方針であった。
Mk-Uはストライクの後継機として作られたが、ブリッツのミラージュコロイド機能も受け継ぐ偵察機でもある。
隠密行動が主の偵察機に、重火器も巨大な対艦刀も必要なかったのだ。

「アウルはアビスでミネルバを攻撃。ありったけの火力で、船底に穴でも空けてやれ」
「了解!」
「スティングはカオスを機動、空中戦だ。キラ以上の戦果を挙げて、驚かせてやれ」
「言われなくたって、そのつもりさ」
「ステラもガイアを機動、フライングアーマーを使え。海に落っこちないよう、気をつけろよ?」
「……了解」

今回はステラも出撃。
文字通り、総力戦になる筈……だったのだが、ネオはJ・Pジョーンズに残ることに。

「悪いが、オーブ軍との共同作戦なので、戦場でも連中とやりとりをせねばならん。
 というわけで、俺は今回ウィンダムには乗れない。一緒に戦いたいが、こればかりは……な」

ネオは司令官としての職責があったのだ。こうして、ファントムペインの布陣も整えられる。


269 :13/36:2006/06/17(土) 11:40:45 ID:???
ミネルバは、この日の午後には、ダーダネルス海峡を渡るところまで来ていた。
クレタ島を避ける迂回路を取るとはいえ、ジブラルタル基地までは約2、3日の行程。
黒海南部の国トルコがザフトの影響下にあることから、僅か数時間でここまで辿り着けた。
しかし、ここから先は地中海。連合の勢力圏内に含まれる。これより先は敵地……
そのせいか、ブリッジにも緊張感が漂う。

「メイリン、異常は?」
「あ、はいっ。 敵影はありませんが……たった今、スエズ方面軍から連絡がありました。
 クレタ沖には大西洋連邦やオーブを始めとした増援軍が来ており、注意されたし……とのことです」
「注意されたし……ね。
 言うは易しというけれど、マメに連絡を遣すくらいなら、こちらの増援要請にも応じてくれればいいのに」

タリアは、通信を遣した相手に悪態をつく。
ミネルバの戦力は充実していたものの、敵の勢力下を僅か一隻で通り抜けるのだ。彼女の不安は尽きない。
ジブラルタルへ向かうよう命令を受けたあとも、再三援軍を要請したのだが……
今回の戦争は、プラントの自衛権の積極的行使が目的。
降下部隊による本国からの増援が見込めない戦争なので、在地球ザフト軍は何処も戦力に余裕はなかった。
上層部は、ヒルダ隊を送ったのだから最早ミネルバにこれ以上の支援は出来ない――そう判断したのだ。

「困るわね、本当に」

元々、プラントの総人口は一億程度。
それで地球連合各国と渡り合うのだから、人手不足も慢性的なものとなっていた。
分かっていても、不安が消え去るわけではない。タリアは暗澹たる気持ちでいた。
そんな彼女を、メイリンの声が現実に引き戻す。今度の声は先程とは違う。警戒の色を孕んだ、高いトーンの声。

「か、艦長! レーダーに敵影! 海峡を出たところです!」
「――!! 数は!?」
「大型艦2隻と、中型の……護衛艦4隻!」
「本当に敵なのね? 所属は!? 」

メイリンは頷く。青ざめた顔で、縋るような眼でタリアを見る。
そして、絶望したような表情の少女は、呻くように上官に伝えた。悲痛な声と共に。

「……こんなのって、ないよ。信じられない……信じたくない。
 艦長……報告します。今連絡があったばかりの国……識別コード、オーブ。オーブ軍……です」


270 :14/36:2006/06/17(土) 11:41:56 ID:???
タケミカヅチのブリッジに、トダカ一佐の号令が響き渡る。

「MS隊、各機発進! ミネルバ攻撃はムラサメ隊のみ、シュライク・アストレイは艦隊の防衛に専念せよ!」

オーブ軍は2種のMSで構成される。一つはムラサメ、もう一つはM1アストレイ。
前者は戦闘機形体にもなり得る可変型MS。後者は前大戦から活躍するオーブの量産機だ。
MSの開発は、目まぐるしいほどの競争。ザフトも連合も次々と新型を作る傾向にある。
この時代、型落ち機のアストレイは、空中用シルエット――シュライクを装着することで機動性を発展させる。
辛うじて、前線の一翼を担っていた。トダカの命令は、そのことを考慮したもの。

「仕掛けは第81独立機動軍のMSが行なう! 各機、展開後は攻撃をあせるなよ!!」

タケミカヅチはあくまで囮。オーブ軍は囮役を務めるべく、意図的に攻撃を遅らせる手筈を整える。
トダカの号令に基づき、次々とムラサメ隊とアストレイ隊が発進する。
馬場隊長率いるムラサメ隊、5番機の中に、キラ・ヤマトもいた。
ムラサメは飛行形体での発進となる。

「キラ・ヤマト! ムラサメ、発進します!」

型どおりの発進シークエンス。
言葉を発した直後、弾丸のように空母タケミカヅチから、彼の乗るムラサメが放たれる。
引き絞られ放たれた矢のように……弾道を描いて、ムラサメはミネルバへと先行した。


その頃、ファントムペインのMS隊もすでに発進していた。
カオス、ガイア、アビスの3機が、先陣を切りJ・Pジョーンズから発つ。

「アウル! あまり攻撃をあせるなよ!」
「わかっている! 手筈どおり、Mk-Uが仕掛けてからだろ?
 そっちこそ、ステラと二人だけなんだから、十分注意してよ?」
「おう! 行くぞステラ!」
「……了解」

カオスと、フライングアーマーに乗ったガイアが飛び立つ。
水中用のアビスも飛び立ち、水中に入る直前にMA形体に変わり、水を切り裂くようにして潜行する。
しかし……Mk-Uの姿が見えない。あの黒き討伐者の名を持つMSは、一体何処へ――?


271 :15/36:2006/06/17(土) 11:43:01 ID:???
ミネルバのMS格納庫。ハイネ隊のMSも、次々と飛び立つ。
先陣を切り、緋色のグフ・イグナイテッドが発進する。

「起きて欲しくないことってのは、往々にして起きちまうものだな! クソッ!!」
『隊長、それってマーフィーの法則ですか?』
「ゲイル! てめぇ、帰ってきたら腕立て200だ!! いいな!?」
『ええっ!? 俺、何か拙いこと言いましたぁ?』
「悪いことは重なる……あの法則には、そういう話もあったからな。
 勿論、そうはさせないつもりだが!! ハイネ・ヴェステンフルス、グフ出るぜッ!!」

ハイネの発進に続き、古参の部下ショーン・ポールとゲイル・ラッセルのグフ二機が出撃する。

「よう、失言王のゲイル君。腕立て200オメデトウ」
「うるせぇ! 隊長め……八つ当たりもいいところだぜ」
「生きて帰れよ。でないと、お前の懲罰を見れなくなっちまう」
「……ケッ、軽くこなしてやるよ!」

ブルーにカラーリングされた一般兵用のグフ二機が、ミネルバから飛び立つ。
オーブのMSは、確認されているだけで20を軽く越えていた。後方には大西洋連邦のJ・Pジョーンズも。
30を越える敵がいる筈なのだ。比してミネルバのMSは9機。うちオフェンス組みは6機。
単純計算で、一人5機落さねばならない。
残りのオフェンス組み、マーズ・シメオンとヘルベルト・フォン・ラインハルトのバビが続く。

「ムラサメ……ムラサメッ!! 5機だろうが10機だろうが、落してやるぞおっ!!」
「落ち着け、マーズ。敵の方が、数が多い。奴等が逃げる道理がない。直ぐに殺せるさ」

殺す――
その言葉を聞いて、身の気がよだつ思いをしているのは、アスラン・ザラ。
最後にセイバーを発進させる彼の胸中は、暗澹たるものだった。

「殺さなければ、殺される。やるしかない、やるしかないんだ……」

オーブはカガリの治める国。プラントを追放された自分を受け入れてくれた国。
祖国プラントに戻りザフトに複隊したことで、その国と戦うことになってしまった。
オーブに対しては憎しみもなく、あるのは2年を過ごした地への郷愁くらい。
しかし、その郷愁も振り払うようにして……赤の騎士、アスランの駆るセイバーは発進する。


272 :16/36:2006/06/17(土) 11:43:52 ID:???
ミネルバの攻撃隊が艦を発った後、紅白の2機のザク。
そして、フォースシルエットを身に纏ったインパルスが甲板に降り立つ。だが……
3人のうち、誰も口を開こうとしない。
それもその筈。オーブとの戦いは、アスランだけが避けたかったわけではない。
最もそれを望まなかったのは、オーブ出身のマユ・アスカに他ならなかった。
彼女を慮り、ルナマリアもレイも、どんな言葉を掛けてよいものか見当がつかず……沈黙だけが流れた。
やがて、沈黙を破ったのは――3人の中で一番寡黙な男。

「マユ、無理をしなくてもいい。ルナマリアの隣で、艦の防戦にのみ努めればいい」
「「――!?」」

意外や意外。沈黙を破ったのは、レイ・ザ・バレル。
あまりに意外すぎて、ルナマリアは勿論マユも返答に詰まる。

「戦いたくはないだろう。とはいえ、インパルスに乗っている以上、出撃は致し方ない。
 が、積極的に戦う必要はない。戦争は大人の仕事、俺達がやる」
「レイ……?」
「ルナマリア、俺は何かおかしなことを言っているか?」
「あ、あまりに意外で……何か変なものでも食べた?」
「ここ数日、お前と同じものしか食べてないぞ。大体、ここはもう戦場だ。世間話をする場所ではない」

レイの言葉に驚いたルナマリアは、驚きの余り場違いな言葉を掛ける。
すでにここは戦場、冗談を言って良い場所ではない。

「大体、お前が言い出したことだろう? マユのことは……」
「……? ああっ、そうだった!」

レイの指摘で、ルナマリアは我に返る。
数日前、彼女はレイから、マユの兄代わりをやってくれと頼まれていたのだ。
つまり、彼はそれを実行してみたのだ。この時、この場所で。
それも、場違いといえば場違いではあるのだが。
それでも……一人の少女を緊張から救うことは出来た様子。間を置いてからマユは、少しだけ明るい声で応えた。

「……二人とも、ありがとう。私は、大丈夫だから」

つかの間の安息に浸るマユ。だが、戦局は――意外な形で、マユに決断を迫ることとなる。


273 :17/36:2006/06/17(土) 11:44:45 ID:???
緒戦、キラはムラサメを駆る。彼の周りに他のMSは居ない。彼は一目散に、ミネルバへと向かった。
馬場隊に所属しているものの、隊長の馬場一尉はキラに編隊を組むことを求めなかった。
キラは、軍に入ってから日が浅かったし、何より……
非公式にユウナから、フリーダムやストライクを駆った人物がキラだと聞かされていたから。
圧倒的な操縦技術を持っている筈の人間に、凡俗と組ませ長所をスポイルさせることもあるまい。
それが馬場の判断だった。故に、キラは自由に戦うことを赦された。とはいえ……

「敵が陽電子砲を持っているのなら、それを潰さなければ話にならない……ッ!」

作戦では、ファントムペインが先陣を務める筈。
しかし、カオスとガイアの姿は見えても、Mk-Uの姿は見えない。その事実がキラの不安を掻き立てた。
囮役のタケミカヅチは、万が一にも陽電子砲を撃たれれば潰える。
そうなれば、ユウナもトダカもアマギも……ミリアリアの命も奪われかれない。

「させない! そんなことはッ!!」

キラは、ミネルバの陽電子砲発射を阻止すべく、先駆けた。
たった一機でミネルバに迫る敵影。それは、ミネルバのMS隊からも容易に捉えられた。
マーズ・シメオンはその存在にいち早く気づき……狂喜する。

「来たッ! 来たアアアッ!!」
『マーズ? どうした?』
「アイツだ! あのムラサメだッ! たった一機でミネルバに切り込んでくる……アイツに間違いないッ!」
『……おい! 一人で何処へ行く!? 勝手なことは……!』
「うるせえぞ、ヘルベルト!! 借りを返すんだよ! アイツになぁッ!!」

復讐に燃えるマーズは、ただ一人バビを駆り、キラのムラサメへと猛進する。
やれやれと呆れながら……相棒のヘルベルトは、上官に随伴の許可を求める。

「ハイネ隊長、申し訳ありません。差し支えなければ、ヤツを手伝っても宜しいでしょうか?」
『差し支え? ありまくりだよ。ヒルダ姐さんがいないと、あの人はいつもこうだ』
「すまんねぇ、ハイネ君。悪いが、そういうヤツなんだ」
『さっさと撃墜して、一緒に戦ってくださいよ?』
「分かっているさ……行って来る」

アカデミーの先輩に当たる人物の暴走に、呆れ顔でハイネは黙認するほかなかった。


274 :18/36:2006/06/17(土) 11:46:03 ID:???
マーズの駆る、飛行形体のバビが攻撃を仕掛ける。
飛行形体のキラのムラサメに向けて、背部の航空ミサイルランチャーを放つ。
12連装のこのランチャーを一斉に解放する。小型ミサイルとはいえ、その数は膨大……

「へっ……! まずはその勢いを、止めさせて貰おうか!?」

ミサイルの初撃で、敵の動きを止めるのが狙い。
動きが止まったところを、アルドール複相ビームと、両手に持つライフルとガンランチャーで狙撃。
それで蹴りが付く筈……であった。
しかし、キラのムラサメは動きを止めず、そのまま直進してくる。

「正気かよ!? オーブの!!」

嘲笑するマーズ。キラの攻撃は、確かに一件無謀――
だが次の瞬間、ムラサメからバビのミサイルの方角に目掛け、何かが放たれた。
それが、バビのミサイルにぶつかるや……爆煙とともに、無数の銀の雨が周囲に降り撒かれる。

「銀の雨……!? 何だ!?」

マーズは困惑する。
銀の雨――戦場で、彼がこれを直に見たことはない。この時が初めてであった。
それが、キラにとっては最大の幸運となり、マーズにとっては最大の不幸となる。
ゆっくりと眼下の海に落ちていく銀色を眺めながら、ようやくマーズは我に返る。その雨の正体に気づいて――!

「これは……しまった!!! こいつは、チャフ!? チャフ・グレネードかッ!!」
『遅いッ!!』

声が聞こえる――若い、男の声が。
ミサイルの爆煙の中から、ムラサメが現れる。戦闘機ではない。既に、MS形体。
両の手にサーベルを握り締めたキラは、柄から伸ばした蒼い閃光をバビに振り払う。

「バ、バビがあッ!? ……お、お前は……お前は一体、誰なんだッ!?」

激震がマーズを襲う。またしても両の手を?がれ、武装を失い……マーズのバビは、再びキラに敗れ去った。
今度は、不意打ちではない。正面切っての戦いに、マーズは負けたのだ。
彼はただ、自分を一蹴した人物の正体を知ろうと……?がれた手を、ムラサメに向けて掲げるのみ――


275 :19/36:2006/06/17(土) 11:47:11 ID:???
崩れ落ちるようにしてマーズのバビは降下。
両の腕から煙を噴出しながら、辛うじて飛行――ミネルバへ後退して行った。キラは、その光景に安堵する。

「撃墜……じゃないよね?」

フラフラと逃げていくバビを見つめるキラ。今回は、相手の戦闘能力だけを殺げた。
常にこうできれば、相手を殺めなくて済む……そう思うキラだが、直ぐに次の戦闘は始まる。
マーズに勝利を収めたキラを、ビームの雨が穿とうとする。

「……!?」
『殺さず……か。大した腕だな。真意は解せないが、相棒を殺さなかったことには……礼を言うぞ、オーブの』

冷淡な声。言葉とは裏腹に、更なる光弾がキラを狙う。
キラは気づいた。ムラサメの背後を取られたことに。狙っているのは、この声の主――
モニターに表示されるアラート。ロックオンされていることを告げる警告音も、コクピットに鳴り響く。

『チャフ……良い手だ。宇宙育ちの俺たちの、盲点をついた策。見事だよ』
「……!」

先程キラが放った銀の雨の正体は、チャフ。
電波欺瞞紙とも呼ばれるこの装備は、レーダーによる探知を妨害するためのもの。
この時代、レーダー誘導のミサイルを逸らす手段となりえた。ただし、これは地球上に限られる。
即ち、宇宙育ちのザフト兵では、地球の空中戦を熟知している者はそういない。
だから、有効な手となり……マーズの敗北の端緒となった。

『だが……一度使った手は、二度も通用しないぜ?』

ヘルベルトの駆るバビが再び――キラを襲う。
先ほどとは違う状況、今度は後ろを取られた。
ヘルベルトのバビを引き剥がすべく、キラはムラサメを飛行形体に変化させる。
速力を生かし、敵が放つビームの雨から逃れようとするが……バビは離れず追撃してくる。

『お前と違って、俺はお前を殺す。よもや――恨むまい』
「……恨みませんよ」

キラは応じる。そして断を下す。この男は弱くない、倒して決着をつけねばならないと。


276 :20/36:2006/06/17(土) 11:48:10 ID:???
追撃するバビ、逃げるムラサメ――しかし一瞬の後、攻守は逆転する。

「オオオッッ!!」

キラは吼えた。戦うことに歓喜を覚えたのでもなく、自らを鼓舞するためでもなく。
ただ、己の体に加わる重力を堪えるために。口に入れたマウスピースを噛み締め、衝撃に備える。
一瞬の後、眼が眩むほどの加重が加わる――!

「クハッ……!」

辛うじて、キラは堪えた。
マウスピースからは血の味がし、体中の血液が逆流したような錯覚を覚えるが、意識は保つ。
そして、モニターに広がるのは、バビの紫色の機体。

その瞬間、ヘルベルトも絶叫していた。
彼は驚愕したのだ。突然目の前に、ムラサメの機体が現れたから――

「ば、馬鹿なッ!? 空中戦で減速しただとおッ!!」
『すみません!』
「な、何ッ!?」

謝罪の言葉と共に、キラは再びサーベルを抜き払う。またしても、バビの両の腕を断つ。
空中でストップ&ゴーを繰り返すなど、正気の沙汰ではない。
キラは、ムラサメの変形で機体を急停止させた後、今度はバビに向かい切りかかってきたのだ。
頑健なコーディネーターのヘルベルトでも、そんな戦法をやろうとは思わない。
大気圏内での戦闘、空中戦でのストップ&ゴー。
機体と掛かる負荷でパイロット自身が意識を失えば、その時点で……死ぬのだ。敵に撃たれて。
戦場で賭けに近いことをやろうとする若者――ムラサメのパイロットは何者なのか?
ヘルベルトも分からなかったが、唯一つ分かったことはある。それは、相手がまともな人間ではないということ。
煙を上げながら、ヘルベルトの駆るバビも後退する。
キラは相手が後退する様を見て、自らの勝利に気づいた。彼は再び叫ぶ。

「2機目……ダウン!!」

撃墜ではない。戦闘不能にしただけ。だが……
キラは相手の命を奪わなかったことに、またも安堵していた。


277 :21/36:2006/06/17(土) 11:48:56 ID:???
ハイネたちは瞠目する。一瞬にして味方2機が戦闘不能されたことに。
少なくとも、コーディネーターのベテランパイロットが2機で向かって、2人とも戦闘不能になるなど……
ハイネには想定外であったし、それは仲間もまた同じであった。驚愕と共に、ハイネは心情を吐露する。

「何だ……? 何だ!? あのムラサメはッ!?」

バビの火力はムラサメを遥かに凌駕していた。敵が勝っていたのは、速力だけの筈。
しかし、その速力を最大限に生かし、キラはマーズとヘルベルトを屠った。
ハイネには、キラのことは分からなかった。だが、これだけは言えた。

「間違いない……ッ! ヤツは……エースだッ!! 全員、気を引き締めろ!!」

ハイネ隊、彼のほかに戦えるのはショーン、ゲイル、アスラン。
だが、ショーンとゲイルは動揺から立ち直ってはいなかった。いつもなら、返答を返す二人が、黙りこくっている。
意外だったのだ。自分達よりもキャリアのある、アカデミーの先輩二人が、一瞬にして潰されたことが。
そして、彼らは確信する。あのムラサメのパイロットは、ナチュラルではないと。
自分達と同じ……いや、自分達をも凌駕するコーディネーターかもしれないと。

それは、アスラン・ザラも同じであった。
相手はおそらくコーディネーター。そして、相手を殺さない戦法を採る人物――
思い当たるのは、一人の青年。かつての戦友、最強の戦士の名を……ただ、呻くように呟くだけ。

「そんな……馬鹿なッ!!
 キラ……お前なのか? お前があのムラサメに、乗っているのか!?
 ……そんな筈がない、そんな筈は――!!!」
『アスラン!! どうした!?』

上官の声で、アスランは我に返る。
起こって欲しくないことは、往々にして起こるもの。悪いことは重なるもの――
ゲイルの言っていた、嫌な法則が頭を過ぎる。アスランは、最悪の考えを必死に否定しようと、大声で叫んだ。

「い、いえ……なんでもありませんッ!!」
『6機で戦う予定が、4機になっちまった。だが、後には退けん! いくぞぉ!!』

ハイネの号令のもと――
ミネルバの攻撃部隊は、敵MS隊に向けて戦いを挑む。


278 :22/36:2006/06/17(土) 11:49:46 ID:???
空を飛び、ミネルバへと向かうカオスとガイア。
キラの戦いぶりを目の当たりにしたステラとスティングは、呆然と彼の勝利を見ていた。

「キラ……すごいッ!」
「だな。あの模擬戦のとき……俺はああしてやられたのか。
 ザフトの連中には、同情するぜ。だが……!」

敵はザフト。残る4機のMSを落せば、戦局は連合に有利となる。
この機を逃す彼らではない。一気に前線に飛び出す。

「ステラ! 残りの4機が迫っている。キラを援護するぞ!」
「……了解!」

キラのムラサメに迫る4機のMS。3機のグフと赤いワンオフ機セイバー。
如何にキラでも、1対4では圧倒的に不利。仲間を助けるべく、二人はキラの元へ――
キラも自機のモニターでそのことを察知する。
ムラサメの左右にポジショニングしたカオスとガイアを見て、一息つきながら応答する。

『先輩、大丈夫ですか!? 機体に損傷は!?』
「ありがとう。大丈夫、今のところない。それより……」

キラは敵艦――ミネルバの様子が気になっていた。あの艦に陽電子砲を撃たれてはならない。

「敵の陽電子砲発射を、何としても阻止する! 一緒に来て!!」
『『了解ッ!!』

嘗てストライクを駆った連合のエースは……
二人の後輩とともに、一気呵成にミネルバに向かった。
だが、その前に4機のMSが立ちふさがる。
キラはその光景に舌打ちする。時間がない。間もなくミネルバは、タケミカヅチを射程に収める。
一度射程内に収めれば、すぐさま発砲するに違いないのだ。そうなれば、タケミカヅチは沈む。

「ゲン! 君は一体何処にいるんだ!?」

あの男がいれば、目の前の4機を相手にしても互角に戦える筈なのに――
そう思い、姿の見えないもう一人の後輩の名を叫びつつ……キラはムラサメの操縦桿を握りなおした。


279 :23/36:2006/06/17(土) 11:50:42 ID:???
ミネルバのブリッジ――
タリアも、2機のバビが戦闘不能にされたことに驚愕していた。

「マユと同等……あるいはそれ以上のコーディネーターのパイロットが、オーブにもまだいたのね」
「艦長ぉ! 冷静に分析している場合ですか!?」

いつもは驚くのはアーサー、諫めるのがタリアなのだが……今日は立場が逆転する。
タリアが驚きを口に出し、アーサーが窘めていた。

「艦長、これは拙いです! マユを……インパルスを前線に!!」
「その必要はないわ。貴方こそ、落ち着きなさい」

戦局が不利に傾いているにも関わらず、タリアは冷静そのもの。
だが、次の瞬間――彼女は指揮をとる。ミネルバを戦勝に導くための、命令を下す。

「アーサー! タンホイザー起動! 目標、オーブ軍旗艦タケミカヅチ!」
「は……はいいいッッ!!」

タリアは冷静ではなかった。ただ冷静さを装っていただけ。
自軍のMS二機を瞬時に戦闘不能にされたことで、内心怒りが渦巻いていた。
中立を掲げながら、已む無く参戦したオーブ。立場は分かる。だが、それとこれとは話は別。

「落とし前は、付けさせてもらうわ! アーサー、何してるの!? タンホイザーの激鉄を起しなさい!!」
「ハッ! 照準、タケミカヅチ!!」

ミネルバは、タケミカヅチをその射程内に収めようとしていた。
一撃で勝負をひっくり返す――それが、タリアの計算であった。
ゆっくりと、ミネルバの艦首に取り付けられた陽電子砲タンホイザーが、その姿を露にする。

敵艦が陽電子砲の発射体勢に入ったとき、キラにもその様子は伝わった。
ムラサメのモニターが警告音を発する。アラート警告音が、コクピットに木霊し、キラは異変に気づく。

「拙いッ!!」

舌打ちしてみたものの、キラとスティング、ステラはハイネ隊に阻まれ……
敵の防御陣形を突破することさえ、ままならかった。


280 :24/36:2006/06/17(土) 11:51:38 ID:???
オーブ軍旗艦タケミカヅチ――
ミネルバが陽電子砲発射体勢に入ったことは、彼の艦からも確認できた。
アマギ一尉が、その事実をブリッジに告げる。

「敵艦、陽電子砲発射体制に入りましたあッ!!」

彼は、現場の指揮官トダカ一佐の顔を伺う。
幾ら囮役とはいえ、万が一陽電子砲を喰らえば一たまりもない。アマギは上官に判断を請う。
トダカも、意を同じくし回避運動を採ろうと指示を出すが……

「いかんな……回避運動! 面舵――」
「――否ッ!! 全艦そのまま!! 陣形を乱すなッ!!!」

名目上の指揮官、ユウナ・ロマ・セイランがそれを阻む。
誰もがその言葉に驚愕し、ユウナの顔を見る。正気の沙汰ではない、敵は自分達を狙っているのだ。
この世界で最も破壊力のある、艦載兵器で。トダカは、その意を測りかね、ユウナを問いただす。

「お待ち下さい! このままでは――!」
「信じるんだ。必ず、敵の陽電子砲を……ファントムペインが潰してくれる」
「しかし! ヤマト三尉を含め、彼らは敵MS隊を突破できておりません!」
「……動いてはいけない! こちらが動けば、敵も動く。
 そうなれば、ファントムペインのMSは……ミネルバの陽電子砲を射抜けなくなる。
 トダカ、僕達はここに何をしに来たの?」

確固たる口調で、ユウナはトダカの要請を否定した。
オーブ軍がここに来た理由、それは大西洋連邦との協調関係を維持できるかどうかを探るため。
もし、ここでファントムペインがミネルバの陽電子砲を撃ち損じ、ユウナたちが死ねば……
それを口実に、大西洋連邦との同盟を切る覚悟が、オーブ首長会にはあった。
これは、ユウナたちにとっては賭け。派遣軍の命を賭した勝負――

「……わかりました。旗艦、そのまま。一歩も動くな」
「と、トダカ一佐あッ!?」

トダカの判断にアマギが悲鳴をあげ、彼らの真意を知らない部下達も悲壮感を露にする。
風前の灯のオーブ軍に、今――
ミネルバの陽電子砲が放たれようとしていた。


281 :25/38:2006/06/17(土) 11:52:26 ID:???
ハイネはガイアに対し応戦しながら、その刻を待っていた。
自由飛行の出来ないガイアは、フライングアーマーに乗りながらの応戦。
その様子を嘲笑するかのように、ハイネは叫んだ。

「悪いが、もう終わりだ。ミネルバはタンホイザーを撃ち、勝負は決まる。残念だったな?」

ガイアはライフルを矢継ぎ早に放つが、ハイネのグフはあっさりとシールドで弾く。
返す刀で、ビームバルカンを放つだけ。応戦は、それで十分だった。
ミネルバの主砲で、敵の空母さえ沈めれば、敵軍は後退を余儀なくされる。
ミネルバの任務はジブラルタル基地へ向かうこと。ここで敵を全滅させることではない。勝負は、もうすぐつく。

「自由飛行も出来ないくせに、頑張るな……今日は、アイツはいないのか? 黒いストライクのアイツは?」

ハイネは届かぬ声をガイアに掛ける。黒いストライクのアイツ――それは、ゲンのこと。
この戦闘が始まってからも、黒いストライクの姿は見えず。仇敵がいないのは残念だったが、今は天佑といえた。
だが……一つの考えが頭を過ぎる。

――なぜ、あのストライクはいない? ミラージュコロイドもある機体だ。

考えてみれば、おかしな話だ。あの黒い機体は、強奪された3機と一緒に行動していたはず。

――おかしい。ヤツがいれば間違いなく戦力になる筈なのに。何故いない?

そして、最悪の事態が頭を過ぎる。ミラージュコロイド、姿の見えない敵。

――いや、ひょっとすると……いるのか?

まさか。よもや……その考えに行き着いたとき、彼は大声を上げ、ミネルバに向かって叫んだ。

「しまったああぁぁ!! ミネルバ、ヤツは……黒いストライクは目の前にいるぞぉ!!!」

ハイネが絶叫したその時――照準を引き絞っていたミネルバ副長、アーサー・トラインはその引き金を引いた。
引き金を引いてから、タンホイザーが陽電子砲を発射するまでには数秒の間がある。
艦首が光り輝き、陽電子砲の一撃が放たれる、その直前……

何もないはずの空間から、一筋の閃光が艦首を穿つ――!!


282 :26/36:2006/06/17(土) 11:54:51 ID:???
――射抜かれたタンホイザー!!

その衝撃は、ミネルバ全体を激震させた。
艦首から艦尾に至るまで、艦橋、MS発射口、甲板……全ての世界が歪む。
MSに乗る者たちも例外ではない。マユ、ルナマリア、レイの3人は、その衝撃を懸命に耐える。

「キャアッ!!」
「……クッ!! 何なの!? マユッ! レイッ!」
「――チッ!! ヤツだ! あの黒いストライクがいるぞ!!」

その中で、レイだけは状況を悟っていた。
レーダーに感知し得ない敵。それは、ミラージュコロイドを装備した敵機に他ならない。
しかし、レイはかつて黒いストライク――ゲンの攻撃を察知したことがある。あの暗礁空域での戦いで。
が、この時は察知し得なかった。

「クソッ! 今の攻撃には……殺意がなかった!!」

以前ストライクMk-Uからの一撃を回避し得たのは、相手の殺意に反応したから――
今度のゲンの攻撃には、殺意がなかった。彼はあくまでタンホイザーのみを狙った一撃だった。
レイが察知し得なかったのは……

「殺意がなければ、反応することさえ出来ないとはッ!!」

攻撃を察知出来なかったことに、舌打ちするレイ。
だが、レイの鋭敏な感覚は、ゲンの次の攻撃を察知する。次の一撃は、艦橋を狙ったもの。
その攻撃を阻止すべく、レイはブレイズ・ザクファントムのミサイルポッドを解放する――!!

「そこかッ!!」

ミネルバの艦橋の前方、幾分かの高度をとった場所に、ミサイルは放たれる。
何もない筈の空間――そこにミサイルは着弾する。
爆煙の中を掻き分けるようにして、一機のMSが姿を現す。
漆黒の機体。彼の機体は、フライングアーマーに騎乗し、左腕にシールドを構えていた。
右手に持つのは、対艦ランチャー。タンホイザーを穿った得物。
遂にその姿を現した黒いストライク。
が、レイに察知されたものの、ファントムペインの目論見――タンホイザー潰しは、見事に成功したのだ。


283 :27/36:2006/06/17(土) 11:56:00 ID:???
作戦は見事成功。しかし、Mk-Uのコクピットでゲンは舌打ちしていた。

「クソッ! あのザク……! ディテクターでも付けているのかよ!?」

ミラージュコロイドを暴く装置――ミラージュコロイドディテークター。
CE73年には既に実用化されているものの、その配備数は極少。
が、最新鋭戦艦のミネルバには装備されていないとも限らない。
故に、レイのザクにそれが装備されているのではないかと、ゲンは勘ぐったのだ。

「もうこの手は使えないか……まぁ、いいさ!」

再度、ゲンは対艦ランチャーをミネルバのブリッジに向ける。今度は姿を現したまま。
速攻で仕留めれば良いだけの話だ。
だが、その攻撃は済んでのところで妨げられる。
目の前に白いMS、インパルスが現れた事によって――!

『ミネルバは、やらせないッ!!』
「――!?」

機体の背部、フォースシルエットからサーベルを引き抜いたインパルスが、漆黒のMk-Uを狙う。
ゲンは咄嗟に、Mk-Uを載せているフライングアーマーを後退させる。
切り裂かれる寸前のところで交わすが、サーベルの切っ先は僅かに早く……
爆音とともに、自機の右手にもつランチャーが破壊される――!

「――!! またお前かッ!?」

忌々しげにインパルスを睨みながらも……ゲンはMk-Uを後退させる。
攻勢だったとはいえ、既にミネルバの射程圏内。見れば、紅白のザクが互いの得物をゲンに向けている。
ルナマリアのオルトロス、レイのビームライフル――それぞれの光線が、Mk-Uを狙う。
それを機に、ゲンはミネルバの戦域より離脱を余儀なくされた。

「……まぁいいさ! 目的は果たしたんだ。 あと一歩のところだったが……
 だが、俺の攻撃を阻んだことを後悔することになるぜ? これから、お前等には地獄が待っているんだからな!」

ゲンの最後の言葉は負け惜しみではない。この時既に、ミネルバに迫る大群がいたのだ。
ハイネ隊と交戦するキラ達の後方から……この時を待っていた、連合・オーブ両軍のMSが迫り来る――!


284 :28/36:2006/06/17(土) 11:57:49 ID:???
全ては彼の計略どおりにことが運んでいた。
ネオ・ロアノークは、J・Pジョーンズのブリッジで微笑する。それは、酷薄な笑み――

「全軍、この機を逃すなッ! 一気に掛かれッ!!」

予てからジブリールから送られた増援部隊、中隊規模のMSウィンダムが飛翔する。
彼らが目指すのは、ザフト軍艦ミネルバ――!

そしてもうひとり、海中でこの機会を待っていた人物がいた。
アビスのコクピットで、アウル・ニーダは叫ぶ。

「ネオ! 俺も行っちゃうぜ!?」
『おう! 船底にでっかい穴をこさえてやれ!!』
「了解ぃ!!」

海中で待機していたアビスも、一路ミネルバに向かう。
水中魚雷を全弾、撃ちつくす用意は既に出来ていた。
目の前に広がるのは暗い闇の世界、海の底――
だが、アビスは、間もなく眼前に巨大な物体を捉える。それはミネルバの船底。

「アハハハッッ!! ボディが、がら空きだぜええッ!!!」

歓声と共に、アビスの魚雷がミネルバの船底を穿つ。
その衝撃はミネルバのブリッジにまで伝わり……タリアは、状況が危機的であることを悟る。

「メイリン! ハイネ隊を呼び戻して! 艦の援護を――」
「ダメです! 敵MS隊が展開しています!」

ミネルバのブリッジ、大型モニターに映し出されるのは数多のMS。
ウィンダムとムラサメ、そしてアストレイ。物量に任せた連合の総攻撃、それが今始まろうとしていた。
タリアは歯軋りしながらそれを見る。やがて、彼女は断を下す。

「このままでは艦が持たないわッ!! メイリン、スエズ方面軍に増援要請を!!」
「は、はいッ!!」

要請したとて、果たして間に合うのか――? 最悪の事態が、タリアの脳裏を過ぎっていた。


285 :29/36:2006/06/17(土) 11:58:49 ID:???
Mk-Uがミネルバの艦首を撃ちぬいた光景を、キラは呆然と見ていた。

「……最初から、このつもりだったのか!」

キラは欺かれていたのだ。ファントムペインに、ゲンに。
最初から、ストライクMk-Uのミラージュコロイドを活用した戦術を採るつもりだったのだ。
ユウナたちは、キラにはこの作戦を知らせていなかった。
馬場隊を含めた艦載機部隊には一応伝えたものの、キラには何も伝えていなかった。
必死で突破口を開こうとしたキラ。タケミカヅチを撃たせまいとした、彼の奮戦すら利用する。
それが、ファントムペインとユウナの仕組んだ計略だったのだ。

『お陰さまで助かったよ、キラ』
「ゲン!!」

キラは声を掛けてきた人物――ゲンの名を叫ぶ。若干の怒声を交えて。
その様子に、ゲンは肩をすくめ宥めに掛かる。

『おいおい、怒るなよ? 俺たちは、仲間なんだぜ?』
「最初からこうするつもりだったんだね?
 海峡を抜けた所で君はずっと待っていた。獲物を、ミネルバを待って――」
『ご名答。この作戦の鍵は、味方にも気取られぬようにすることさ。特に、お前には』
「……ボクは、何も知らされていなかった」
『そう仕向けたのさ。そうすりゃ、お前は必死になってミネルバの陽電子砲を潰そうとする。
 そうすることが、俺にとっては何よりの援護。お前が必死で戦ってくれたことで、敵の注意を逸らせたんだ』

キラは文字通り囮役。彼の驚異的な戦闘能力が、ハイネ隊の注意を惹きつけたのだ。
もしオーブ軍の誰もが、揚々と陽電子砲の発射を待ち構えていれば……
ハイネのような戦術家に気取られる虞があった。
そして、キラが2機のバビを瞬時に戦闘不能にしたことで、彼らはキラの駆るムラサメを徹底的にマークする。
結果、ミラージュコロイドの狙撃を敢行したゲンにとっては、何よりの援護射撃だったのだ。

『敵を騙すには、まず味方から……っていうだろ?』
「……恨みはしない。けれど、これは――」

――あんまりじゃないか?
そう言いたいのをグッと堪え、キラは再びコンセントレーションを高め……戦闘に入ろうとしていた。


286 :30/36:2006/06/17(土) 12:00:00 ID:???
タケミカヅチの艦橋――囮役を果たし終えたオーブ軍は沸きかえっていた。
アマギは、無事敵の注意を惹きつけたキラと、敵の主砲を潰したファントムペインに、手を叩いて喝采を送る。

「よしっ!! これで戦局は我等に有利になるッ!!」

彼だけではない。ブリッジの誰もが、勝利の端緒を得たことに安堵を覚えていた。
ただ一人、この人物を除いて。

「トダカ、何か気に入らないのかい?」
「……いえ、そういうわけでは」

一人、トダカだけは今だ警戒を解いていない。
ユウナは、相変わらず難しい顔をした現場の指揮官に、その真意を問う。

「どうしたのさ? 戦局は、俄然こちらに有利なのに……ムラサメ隊は、ミネルバを今にも潰そうとしているよ?」
「――上手く行き過ぎです。好事魔多しという言葉もあります。ゆめゆめ油断めされぬよう」
「……ふぅむ」

ユウナはトダカの、歴戦の兵としての力量を見た気がした。
このタケミカヅチでただ一人、今だ自軍の勝利を確信していないのは彼一人だろう。
見れば、馬場隊を始めとしたムラサメ隊は、次々とその砲火をミネルバに向け……
ブリッジのモニターの拡大映像で映されるミネルバには、いくつもの爆発が見て取れる。

「油断大敵……か」
「はい」

ユウナはトダカの真意を知ったことで、彼もまた兜の緒を締めなおそうと、胸中に警戒の色を強めていった。
その頃二人の会話に挙がったムラサメ隊所属――馬場一尉は、自軍の指揮を最前線で執っていた。

「各機、功を焦るな! 敵MSはファントムペインとヤマト三尉に任せろ!!
 我々の目標はただ一つ、ミネルバのみ!! CIWSの射程外からミサイルのみを叩き込め!!
 撃ち尽くした者から、タケミカヅチに帰還! 補給を受け再度ミサイルを放て!
 如何な兵の軍艦といえど、100の砲弾を浴びれば必ず朽ちる!!」

トダカ同様、先の大戦からの古参兵の一人、馬場一尉もまた手綱を緩めることはない。
彼を始めとしたオーブのムラサメ隊は、次々とミサイルを放ち……ミネルバを朱に染めた。


287 :31/36:2006/06/17(土) 12:01:12 ID:???
眼前の黒いストライクと刃を交えながら――ハイネ・ヴェステンフルスは己の浅はかさを呪っていた。

「畜生! コイツの存在に、何故俺は気づかなかった!?」

ハイネは気づかなかった。ストライクMk-Uの存在に。
が、彼を責めるのは酷といえよう。新たな強敵、オーブのムラサメに注意を奪われたのだから。
キラ・ヤマトの駆るムラサメ。圧倒的な操縦技術と戦闘能力を誇る彼に、ハイネは瞠目した。
いや、彼だけではない。隊の全員が目を奪われた。それが、最大の失態となるのだが……

「……やられたッ! 糞ッタレがあッ!!!」

目の前の敵への応戦に必死で、ミネルバを援護することすらままならない。ハイネは臍をかんだ。
それは、アスラン・ザラも同じ。目の前のムラサメに、必死に彼は叫び続けた。

「キラ! お前は、キラなのかッ!?」

セイバーはムラサメを追う。声の届かぬ相手に、呼びかけながら。
マーズとヘルベルトがキラの声を聞けたのは、緒戦だったから。
まだ戦闘距離を詰めていなかったタケミカヅチとミネルバの、電波霍乱に巻き込まれなかったが故。
互いの母艦が距離を縮め、ジャマーが有効範囲内になったことで、敵味方での交信はほぼ不可能になる。
声の届かぬ相手に舌打ちしながら……アスランの時は過ぎる。

圧倒的に不利な戦局は、ミネルバ本艦も例外ではない。
ムラサメ隊の砲火に、応戦するMS隊にも悲鳴が木霊する――!

「レイ! このままじゃ!!」
「分かっている! だが――!!!」

悲痛な叫びをルナマリアは上げる。
時間が経つにつれ、CIWSの砲火の網を抜けるミサイルの数は多くなる。
それに比して、ミネルバは被弾していく。二人の脳裏を、最悪の事態が過ぎる。
誰かが――
誰かが戦局を変えねば、このままミネルバは……

その時――
同じく防戦に回っていた白いMSが、ミネルバを離れ……矢のようにタケミカヅチへと向かう――!


288 :32/36:2006/06/17(土) 12:02:17 ID:???
引き絞られ放たれた矢の様に――一機のMSが敵陣に切り込む!
その光景はミネルバからも確認できた。
被害報告に賢明なオペレーターのメイリンは、その光景に瞠目する。

「マユちゃん!?」
「メイリン!? マユがどうしたの!?」
「インパルスが、タケミカヅチに向かっていますッ!! マユちゃん、応答して! どうしたの!?」

寝返り――!? マユの行動に、奇妙な考えがタリアの脳裏を過ぎる。
しかし、マユは降伏のサインを挙げることもなく、ただ只管に……
敵のMS隊の十字砲火を掻い潜り、タケミカヅチへと向かう――!!
疑心暗鬼になりかかった自分を、タリアが恥じていた頃、マユの声がメイリンの元へ届く。

『メイリン……! ソードシルエットを!! それと、チェストとレッグをそれぞれ私のところへ!!』
「マユちゃん!? どうするつもりなの!?」
『同じ戦法が二度通用するとは思えないけど……やらなきゃ、皆死んじゃう!!』
「でも! 相手は!!」
『そんなこと……分かっているわよぉッ! でも、やらなきゃ!! 私がやらなきゃ!!!』

マユは狙う。オーブ海戦における連合軍との戦いで用いた戦術を使い、敵の大将を。
即ち、それはタケミカヅチのブリッジ。敵の艦橋に取り付き、降伏を迫り……さもなくば――!
タリアは逡巡の末、彼女の顔色を伺うメイリンに応える。力強く頷くことで。
そして、数秒の後、ミネルバからソードシルエットが射出された。

迫り来る白い矢――インパルスの行動は、タケミカヅチからも捉えられた。
オペレーターが悲痛な声をあげる。

「敵、一線を抜けますッ!!」
「……トダカの言ったとおりだねぇ。好事魔多し、だ」
「各艦、防衛ラインを張れ! アストレイ隊も弾幕を張って応戦しろッ!!」

ユウナはトダカの指摘が現実化したことを嘆き、トダカは応戦の指示を出す。
ややあって、その指示は実行される。インパルス目掛けて、オーブ軍の十字砲火が炸裂する――
マユもそれを交わしきれず、若干の被弾をするが……
構わずに、彼女は突き進む。
タケミカヅチの艦橋へ向かって――!!


289 :33/36:2006/06/17(土) 12:03:22 ID:???
インパルスの突貫――それはゲンの視界にも入る。

「野郎……ッ!! やらせるかよッ!!!」

仇敵の狙いを察したゲンは、一路タケミカヅチへ進路を取ろうとするが……
目の前に緋色の機体――ハイネの駆るグフが立ちふさがる。
ハイネには分かっていた。マユの狙いが。この戦局を覆すには、敵の大将首を取るしかない。
そして、それはタケミカヅチのブリッジに他ならない。

「マユの邪魔は、させねえッ!!」

インパルスを阻もうとするゲンを、ハイネは機体のビームガンで狙おうとする――
が、グフとMk-Uの間に一機のMSが割って入る。それは、オーブのムラサメ。

『させんッ!!』
「何だ、テメェはッ!?」

突然の妨害に、ハイネはいきり立つ。空中で体当たりを喰らい、接触回線で相手の声が聞こえる。
先ほどマーズとヘルベルトを戦闘不能に追いやった機体ではない。耳に聞こえるのは、中年らしき男性の声。

『あの黒い機体、我が母艦を護ってくれようとしている! ならば、貴様の相手は私だッ!!』
「……このッ! 舐めるなよ! ナチュラル風情がッ!!」

声の主は、ムラサメ隊馬場一尉。
コーディネーターのパイロットは総じて若いもの。相手の年齢を察し、ハイネは馬場を罵った。
が、相手は罵声には罵声を以って応じてくる。

『若造が、利いた風な口をきくッ!! よかろう! オーブ軍人の意地、とくと見せてやろう!!』

空中で組み合う馬場のムラサメとハイネのグフ。
先の大戦を潜り抜けた、両古参兵の戦いは熾烈さを増し……
キラのムラサメはセイバーと、カオスとガイアは2機のグフと――それぞれ戦闘に没入していく。

被弾しながらも敵の本隊を叩こうとするインパルス、それを追うストライクMk-U.
あたかもそれは、タケミカヅチへと向かう白き矢と黒き弾丸。
やがて、運命の兄妹の邂逅は再び果たされる――!


290 :34/36:2006/06/17(土) 12:04:24 ID:???
インパルスは被弾していた。腕に、脚に、背中に――
激震がコクピットを襲うが、それでもなお、マユは突貫を止めようとはしない。
やがて……インパルスは、タケミカヅチを眼前に捉える。

「見えたッ!! フォース、チェスト、レッグ、離脱――ッ!!」

マユは被弾した箇所を持つ部位、フォースシルエットを脱ぎ捨てる。インパルスの腕部チェスト、下半身レッグも。
コア・スプレンダーのみになりながらも……タケミカヅチを目指す!
間近に艦影を捉えたとき、コア・スプレンダーの後ろから、何かが追ってくるのが見えた。
先ほど切り離した部位、新しいチェストフライヤー、レッグフライヤー。そして、ソードシルエット。

「換装体型に、固定ッ!!」

マユが叫ぶや、後ろから送られてきた部位がコア・スプレンダーを包み……MSの形をとる――!
ついに、タケミカヅチのブリッジの正面で、新しいインパルス――ソードインパルスが再誕した!!

タケミカヅチのブリッジ。クルーの目の前で大剣を構えるMS。
瞬時に再誕したインパルスを目にし、ユウナは呆れたように呟いた。

「……なんて物を作るんだ、ザフトは」

ブリッジの全員が同じ思いだった。被弾しながら……その腕を、脚を削られながらも突貫したインパルス。
普通のMSであれば、そこで力尽きる筈。だが――
目の前で、再びインパルスは息を吹き返したのだ。余りの光景に、ユウナも二の句が告げずにいた。
指揮官以下、呆然とするオーブ兵にその機体――インパルスから通告がなされる。

『降伏してくださいッ!! 降伏すれば、命までは取りませんッ!!
 直ちにミネルバへの攻撃を中止してくださいッ!! お願いしますッ!』
「……お、お願いぃ?」

マユの降伏を勧める声が聞こえる。あまりに間近であるため、ジャマーもこの距離では意味を成さない。
相手の声が、タケミカヅチのブリッジに響き渡る。が、マユの最後の言葉に、ユウナは呆けたように呟くだけ。
やがて、相手がまだ若い少女の声であることに気づいた指揮官は、事態を察し……
ここが戦場であるとは思えないほど優しい声で、マユに語りかけた。

「お、お願いされても困るのだけれどね」


291 :35/36:2006/06/17(土) 12:06:24 ID:???
ユウナは語る。あくまで優しい口調で。

「勇敢なお嬢さん、君は素晴らしい。そのMSも、実に見事な戦いぶりだ。
 君のお陰で……勝利を手に仕掛けたオーブ軍は、一転最悪の事態になってしまったよ」
『なら、投降してくださいッ!!』
「……気持ちは分かるよ。人を殺すなんて、したくないんだよね? でも、僕たちはそれが出来ないんだ」
『どうして……!?』

マユは悲痛な声を挙げる。敗北必死の指揮官が、降伏を拒む理由が解せなかったから。
そんな少女に、ユウナはなお語りかける。

「僕達は国の威信を掛けて戦っている。そして、国の命運も掛けてね。だから、降伏できないんだ」
『……面子のためですか!?』
「厳しいね。間違いじゃないけど……そういう、命令を受けているんだ」
『アスハにですか!?』
「カガリが? アハハハッ……!! 彼女はそんなこと、絶対に出来ない人間だ」
『なら、誰にそんな命令を――』
「――国家さ。国家の見えざる手が、そうさせるんだ。君が今、こうして戦っているように、ね」

ユウナの応えに、マユは瞠目する。国家の見えざる手――それは、酷く抽象的な言葉。
だが、マユが今己の行為を振り返ったとき、それは正鵠を射た回答とも思えた。
何故、オーブ出身の自分がMSに乗り、故郷の人間と刃を交えるのか?
ユウナの抽象論こそが、最もその状況を語りえる物であった。

ユウナの言葉に戸惑うマユ。しかし、次の瞬間――
聞き覚えのある声が、インパルスのコクピットに木霊する。ユウナよりも年嵩の男の声。

『その剣を振り下ろすのが、君の任務だろう。ならば、それを為したまえ』
「――!? ト、トダカ一佐!?」

かつての恩人トダカ――彼の声は、今マユが為さねばならないことを、冷酷に告げていた。
軍人であれ軍属であれ、やるべきことは同じ。国のために戦う。ただ、それだけ。
それでもインパルスの対艦刀を振り下ろせないマユ。少女の心は躊躇い、揺れ動く。だが、そのとき……
コクピットにあの男の声が木霊する――!!

『ハッ! 誰がさせるか!! そんなことをよぉ!!!』


292 :36/36:2006/06/17(土) 12:10:10 ID:???
ドンッ――!!!

タケミカヅチに、いや……海域全体に轟音が鳴り響く。
その声と音は、マユはインパルスを振り向かせる。ブリッジの前で構えていたインパルスの後ろ……
タケミカヅチの甲板の戦端部に、轟音を轟かせた者がいた。舞い降りたのは、黒いMS――!!

「……黒い、ストライクッ!!!」

マユはその招待を悟り、まだ名も知らぬ敵MSの名を叫ぶ。
黒いストライク――GATX105/U ストライクMk-U――ゲン・アクサニスが駆る機体。
だが、その機体はいつもとは違った。そのことにマユは程なく気づく。
フライングアーマーから飛び降りたその機体は、手に得物を持っていたのだ。黒光りする鉄塊を……

「あれは、剣……!? 対艦刀!?」
『違うぜ、お嬢さん』

冷淡な声で、答えが返ってくる。ゲンの声が――死んだ筈の兄、シン・アスカの声が。
フライングアーマーから飛び降り、屈みこんだ体勢で着地したMk-U。
黒い機体は、ゆっくりと立ち上がる。そして、鉄の塊の正体が露になった。
剣――それは、大剣。有史以来数多の剣が人の手によって生み出されてきたが、剣は大きかった。
とてつもないほどの長さ、MSの背ほどもあるその剣。
一見するとソードインパルスの対艦刀――エクスカリバーに近い大きさではあった。が、対艦刀ではないと、ゲンは否定する。

『こいつは、対艦に限定されねぇ! こいつは"全てを制するもの"――XM404グランドスラム!!
 お前を、ミネルバを、ザフトを……全てを両断する剣だッ――!!』

ジブリールからの贈り物――それは禍々しいほど巨大な鉄塊、実剣グランドスラム――!
マユが再びタケミカヅチを狙えば、この男――ゲンは、その隙に間違いなくインパルスを両断するだろう。
そのことを悟ったマユは、エクスカリバーを構え臨戦態勢を取る。
しかし、何よりも――マユは、この男を倒さねばならないと思った。兄とよく似た声の男。
この上なく不快だった。敵として現れた男が、死んだ筈の兄の声を騙る。不快さを堪えきれず、マユは叫ぶ――!

「その声で……その声で、喋るなあッ!!!」

地を蹴るインパルス。同時にストライクMk-Uも、タケミカヅチの甲板を蹴り、インパルスに向かう。
インパルスはエクスカリバーを、ストライクMk-Uはグランドスラムを振り上げ、互いに切り結ぶ――!

運命は、かくして残酷なまでの対決を二人に強いた。今幕開けるは、兄妹の死闘――!!