- 4 :1/28:2006/07/05(水) 22:50:42 ID:???
- 空母の甲板を舞台に切り結ぶ、白と黒に彩られた2機の機械人形。
その光景は、タケミカヅチから離れたところに滞空するムラサメ隊からも確認される。
そのムラサメ隊の中で、一機だけカラーリングの異なるムラサメがいた。
白のボディに黒の胸部、背部と脚部を赤で彩られているのが、通常のムラサメ。
しかし、ただ一機だけ、背部と脚部を青で彩られているムラサメがあった。
純粋なブルーというよりは、空の色に近い青。
一見して、通常のパイロットが乗る機体ではないことが伺える。
その機体を駆るエースパイロット、キラ・ヤマトは舌打ちしていた。
「……決闘!? ユウナさんは、何を考えているんだ!?」
前線の兵士に、タケミカヅチのブリッジで行なわれた、細かなやり取りまでは伝わっていない。
上官の馬場一尉同様に、キラもその真意を測りかねたが、それでも命令に従う他なく……
何も出来ない自分に歯噛みしながら、黒いストライクの――ゲンの戦いを見守るほかなかった。
そんなキラのムラサメに……ゆっくりと近づこうとする、紅のMSがあった。
キラもそのMSの動きを察する。識別コード、ザフト軍。
何を考えているのか、ミネルバのMSが一機、キラの元にやってこようとしている。
当然、その動きはキラだけでなく、他のムラサメ隊の者からも察知される。
隊を纏める馬場は、紅のMSをロックオンした上で、警告を発する。
「止まれ! 互いに、今は停戦状態の筈だ!」
『待ってください! 今は、戦うつもりはないッ! 自分は、オーブに住んでいた者です!』
「何ぃ?」
紅のMS――セイバーを駆るのは、ザフトレッド、アスラン・ザラ。
彼は、セイバーの両手を上げ……万歳をする格好で、盾とライフルを上にしていた。
敵意はない事の、意思表示である。その様子に、馬場もロックオンを外し、委細を問う。
「投降するつもり……か? ザフトの?」
『いいえ、そのつもりはありません。ただ……どうしても、確かめたいことがあるのです』
「確かめたいこと? 何だ?」
『あの、ブルーのムラサメ……あのMSに乗るパイロットと、話をさせて下さい!』
要領を得ない回答に、馬場は考えあぐねた。ただ、紅のMSに敵意がないことは分かり……
戸惑いながらも、彼はアスランの頼みを黙認することになる。
- 5 :2/28:2006/07/05(水) 22:52:36 ID:???
- ハイネ隊から一人離れ、ムラサメ隊の元へと向かうアスラン。
その光景もまた、容易に同僚からは視認される。ショーンとゲイルは、声を荒げる。
「アスラン!? おい! どこ行くつもりだ!?」
「隊長、アスランが……敵陣に!!」
部下の騒ぐ声に、ハイネは漸くその事態に気づいた。彼は、言われるまで気づかなかった。
眼下で展開される、インパルスとストライクの鍔迫り合いに、目を奪われていたからだ。
ハッとして、ハイネはグフのモノアイを、セイバーに合わせる。
赤い機体は、ブルーのムラサメに、少しずつ近づいていく。
「アイツ、投降するつもりか!?」
「隊長、どうします!?」
突然の事態に戸惑うハイネ。だが、彼は冷静だった。
投降するにしてはセイバーの挙動は不自然。武器は今だ持ったままだからだ。
何をしようというのかは、分からなかった。ただ、投降するつもりでないことは察する。
「……放っておけ。アスランには、アスランの考えがあるのだろう」
「「隊長!?」」
古参の部下二人の抗弁も虚しく、上官は新参の部下の勝手を赦した。ただし……
デュランダルから密命を受けていたハイネは、セイバーの通信帯域に、周波数を合わせる。
彼の脳裏を過ぎるのは、最高評議会議長の言葉――
『アスラン・ザラが、再び不穏な動きを見せた場合、始末は君に任せる』
万が一の事態に備え、ハイネはアスランの声を拾おうとする。
まさか、高々2年を過ごした土地に哀愁を覚え、離反するなどとは思えない。
だが……二年前の裏切りの前科は、今だ消えたわけではない。
部下を疑いたくはなかった。
それでも、常に最悪の事態を想定するのが、上級兵である自分の務め。
やがて、ハイネはアスランの声を拾う。
セイバーの通信周波数を、ようやく見つけることができたのだ。
部下は叫んでいる。悲痛な声で。短く、何度も何度も。
最初こそ、訝しがるハイネだが……やがて、部下が、誰かの名を呼んでいることに気がついた。
- 6 :3/28:2006/07/05(水) 22:53:41 ID:???
- セイバーのコクピットの中、アスランは叫び続けていた。
「キラ! そのムラサメに乗っているのは、キラなのか!? 応えてくれ!!」
ミネルバとタケミカヅチから放たれていたジャマーは、今は弱まっている。
とはいえ、明瞭な会話が常に出来るわけではない。ノイズ交じりの通信。
それでも、アスランは必死に呼びかけ続けた。
「オーブの、ブルーのムラサメ! お前の色は、あの機体……フリーダムに似ている!
ひょっとすると、キラ……お前が、そのムラサメに乗っているのか!?」
アスランの声は、段々と悲痛なものへと変わる。
それが聴こえたわけではあるまいが、今度は……当の青いムラサメが、セイバーに近づく。
狭まる距離。ジャマーの効能は、最早意味を成さない。漸くにして、通信は繋がった。
「キラ! お前は、キラ・ヤマトなのか!?」
『……! あ、アスラン!? アスラン・ザラなのッ!?』
耳に届いたのは、懐かしい声。幼年学校時代からの旧友の声。
2年前、互いの祖国を、仲間を護るため刃を交えながら、最後は共に戦った二人。
ライバルにして戦友。奇妙な縁の両エースは、邂逅のときを迎える――
「どうして……どうして、お前がオーブ軍にいるんだ!?」
『……君こそ、どうしてザフトなんかにいるのッ!?』
信じられなかった。信じたくなかった。
二度と刃を交えることはあるまい――そう思っていた二人が、再びであったのは戦場。
再会の喜びと、再び戦場で出会ってしまったことに覚える絶望。
相反する二つの感情に苛まれながら、アスランは応える。
「俺の祖国は、プラントだからだ!
ユニウスセブンの落下事件、あの事件を引き越したのは、ただのテロリストだ!
なのに……地球連合は、言いがかりに近い形でプラントに宣戦を布告した!
四面楚歌のプラントはどうなる!? 俺が、俺が護るしかないじゃないかッ!!」
普段の理性的なアスランではなく……ただ、感情の奔流に身を任せ、叫ぶ青年がいた。
- 7 :4/28:2006/07/05(水) 22:54:42 ID:???
- アスランの想い。それは直情的であり、些か論理的ではないものの……
付き合いの長いキラには、アスランの想いは十二分に理解できた。
キラ自身、この事態を想定していなかったわけではない。
カガリの使者としてプラントに渡り、そのまま行方不明となったアレックス・ディノ。
偽名を見破られ、殺されてしまったのではと危惧していたキラだが……
ユウナは、アスランがザフトに戻ったに違いあるまいと指摘する。
生きていた旧友。そのことは嬉しかった。だが、ザフトのアスランは、敵に他ならない。
ムラサメのコクピット。キラは震える声で、アスランを罵る。
「そんな……! 他に、他に方法はなかったの!?」
『あるわけがないだろう!
開戦前、地球連合がプラントに突きつけた条件は、プラントの再植民地化だ!
そんな条件、デュランダル議長がいくら和平を望んでいても、飲めるはずがないッ!』
「……!」
『何故先の大戦は起きた!?
独立を望んだプラントに、連合が核を撃った! それが全ての元凶じゃないか!!
そのために、父も二コルも、ミゲルもラスティも……皆散っていった!
漸くにして掴んだ独立、俺たちの国……! それを、捨てられるものかッ!!』
「でも、カガリはまだ講和への道を……!!」
『それでも……そうしている間にも、仲間が……祖国の人間が戦争で死んでいく!
あのインパルスに乗っている少女のような、歳若い者でさえ!』
アスランの想いは、プラントに住む者達の想いそのもの。
だが、オーブ出身のキラにとっては……その想いの全ては、到底理解し得なかった。
アスランの言いたいことは分かる。だが、戦争で傷つくのは国民。
国のあるべき姿のために、大勢の国民が犠牲になる。
人の死を嫌い、戦場で相手の命さえ慮るキラには、やはり納得がいかない。
そんな彼に、今度はアスランが問う。
『お前こそ、何故戦場に出てきた!?』
「……何故? それは……!」
キラは一瞬応えに詰まる。経緯は、話せば長くなる。
しかし、ハッキリと応えられることが一つだけあった。ラクス暗殺未遂事件――
アッシュ6機による、ザフト軍と思われる部隊の急襲で、平穏な日々は終わる。
ラクスはブルーコスモス盟主に攫われ、キラは戦場に戻れと命令されたのだ。
- 8 :5/28:2006/07/05(水) 22:55:51 ID:???
- 逡巡するキラに、アスランは詰問する。
『応えろ、キラ! カガリのためか? 姉さんのために、戦場に出てきたのか?』
「……違う」
『なら、どうして!? ラクスを……彼女を置いてまで、戦場に赴いた理由はなんだッ!?』
「それは……」
躊躇うキラ。話せば、アスランは何というだろうか?
プラントのために、祖国のために戦場に戻った友。彼は、自分の言うことを信じるだろうか?
迷いながらも、キラは言葉を紡ぐ。
「ラクスは……ザフトの特殊部隊に、襲われた。殺されかけたんだ」
『……! 馬鹿な!? ラクスは……!? 生きているのか!?』
「無事……らしい。助けてくれたのは、連合軍。ブルーコスモスの盟主の部下だ。
彼は、ラクスを連れ去り……僕に戦場に戻れと言った。だから、ボクはここにいる」
『……攫われただと!? お前は何をやっていたんだ!!』
罵るアスラン。だが、彼は内心動揺していた。
ラクスがザフトの暗殺部隊に襲撃される――俄かには、信じがたい話ではあった。
が、キラが自分を欺く理由もまたない。第一、キラが戦場に戻る理由が思い当たらない。
プラントで、ラクス襲撃の指示を出したのは、誰か――?
その疑問が頭に浮かぶや、ある人物の顔が脳裏を過ぎる。ギルバート・デュランダル。
ミーア・キャンベルを擁し、ラクスの身代わりを務めさせようとしているのは、彼だ。
あるいは、最高評議会議長自身が、命令を下したのか――?
いや、そんな筈はない。自分を赦してくれたデュランダルが、ラクスを殺すなどとは……
様々な思いが去来し、アスランの心を揺さぶる。
そして、動揺を打ち消すかのように、キラに向かって叫ぶ。
『俺から奪った女だろう!! どうして、お前は……彼女を護れなかったんだ!!』
「……すまない」
『すまない……じゃないだろう! もういい! キラ……お前は、即刻オーブに帰るんだ!
ラクスの件については、俺が調べる! お前は、戦っちゃいけない!』
「でも、それじゃあ、ラクスは!? ラクスはどうなるの!?」
動揺は消えず。アスランは荒唐無稽なことをキラに言ってしまう。
ラクスを助けるためにこそ、キラは戦場に戻ったのだ。キラがオーブに戻れる道理はない。
- 9 :6/28:2006/07/05(水) 22:56:57 ID:???
- オーブとの戦いも、キラとの戦いも避けたいアスラン。
しかし、現実は、彼の想いとは裏腹に……不可避の対決を、二人に迫った。
再び、キラの声が、アスランのコクピットに木霊する。
『君は……この戦いで、オーブの人を殺すの?』
「……! お、オーブは連合に参加した! 今は、プラントの敵だ!」
『だから、殺すの?』
「……プラントの現状を知ってしまったら、戦うしかないじゃないか!!」
アスランの選んだ道は、旧友の想いとは真逆。
戦場に出ながら、敵の命を奪わないキラ。躊躇いながらも、相手を殺す覚悟で戦うアスラン。
二人の間には、埋めがたい溝が出来ていた。それは、誰のせいでもなく、戦争が生んだ溝。
アスランの決意は揺るがない。キラはそのことを悟り、操縦桿を握りなおす。ギュッと、強く。
そして、決意を秘め――キラは叫ぶ。
「君に……そんなことはさせない!」
『……どうするつもりだ、キラッ!?』
「君を……止めるッ!」
ムラサメのツインアイが光る。それは、キラの想いを現していた。
アスランに、同胞を殺させはしない……そう思いながら、キラはアスランを止める決意をする。
オーブは、キラの故郷。祖国の人間を、旧友に殺して欲しくはない。
そもそも、先の大戦では、オーブを護るために二人で戦ったのだ。
セイバーのコクピット。キラの言葉に、アスランは瞠目していた。
キラを殺すつもりなど、彼には毛頭なかった。
出来れば、今すぐ戦場を離れて欲しいくらいだった。しかし、現実はそれを赦さない。
敵前逃亡は、軍隊では銃殺刑に相当する。旧友を、そんな目には合わせたくない。
最早、二人には、戦う以外の選択肢がなかった。戦うしかない。それでも……
「キラ、俺は……俺はッ!!」
――本当は、誰とも戦いたくない! 誰も殺したくないんだ!
そう叫びたいのを、必死に堪え……アスランは乱暴に操縦桿を殴りつける。
二人の青年の苦悩を他所に、戦場は動かず。タケミカヅチの上で戦う、二機のMSを除いて。
- 10 :7/28:2006/07/05(水) 22:57:55 ID:???
- タケミカヅチの甲板の上。
どれほど刃を交えただろうか。二機のMSの均衡は破れない。
マユは冷静に相手の動きを見極め、ゲンの斬撃を受けていた。そして、時折反撃もしたが……
それもまた、ゲンの駆るストライクにより妨げられる。
大剣の持つ質量ゆえ、斬撃のタイミングは読まれ易い。慣れてしまえば、更に。
決め手を欠いたまま、大剣を構える者同士の戦いは、こう着状態へ――
ストライクMk-Uのコクピット。ゲンは、些か苛立っていた。
それは、時間。切り結んでいる間に、既に2分以上経過していた。残りは半分ほどの時間。
「チッ……! よくもまあ、粘るモンだ!」
ゲンはこの戦いを楽観視していた。敵は少女。まだ経験も浅い幼兵に過ぎない。
動揺させ、普通に斬撃を見舞い……そのまま叩き切るつもりでいた。
が、予想に反し、マユの抵抗は頑強。
インパルスの性能もまた、ストライクMk-Uと同程度。性能差は皆無に等しかった。
「このままじゃ、埒が明かないッ!」
三度、ゲンはストライクをバックステップさせる。後退し、距離を数歩分離す。
当初の考え、戦術ではインパルスを倒しきれない。ならば、戦法を変えるまで。
相手の受けられ得ぬ攻撃ならば、敵を貫ける筈。それが、ゲンが次に考えた戦術だった。
「仕掛けさせてもらうぜ、白いMSよ……!」
再度距離を取る黒いストライク。その姿は、マユの目にも映る。
「また、距離を取ったの……?」
呟く少女。彼女は、これまで敵と切り結べたことで、若干の自信も芽生えていた。
怯えず、勇気を持って戦えば、やれる――
レイの助言は、マユを一時の恐慌状態から救っていた。
とはいえ、敵の動きは解せない。
敵の後退は、些か過度。大剣の有効射程内を、遥かに離れていたのだ。
しかし、次の瞬間……マユは、黒いストライクの姿に驚愕する。
敵の剣を構える姿、その挙動の変化に。
- 11 :8/28:2006/07/05(水) 22:59:15 ID:???
- 黒いストライクは、剣を構えなおした。上段でも、下段でもない構えに。
敢えて言えば、中段であろうか。しかし、その構え方は異様だ。
グランドスラムの剣先をインパルスに向け、かつ刀身は水平。
ストライク自身は、体を斜に構え、左足を前に。
右手に大剣の柄を握り、左手を刀身に沿える。
異様な剣の構え方。しかし、その構えを、マユは知っていた。
幼いころ、彼女はその構えを見たことがあったから。家族に剣道をやっている者がいたのだ。
剣道を習っていた彼は、負けず嫌いで、頑張り屋。地区大会で優勝することもあった。
必死に練習し、オノゴロでは負けないくらい勝ちまくった。
そんな彼は、普通に剣を握っても強いのに、ある時から妙な構えに凝り出す。
顧問の先生に止められながらも、より実戦的で格好が良いと言う理由で。
その者の名は、シン・アスカ。死んだ筈のマユの兄。
生前の彼はその構えを、誇らしげに妹に語っていた。構えの名は――
「あれは……! 平突きの構え……!?」
驚愕し、マユは叫ぶ。兄がやっていた剣の構えだ。心に沸き起こるのは、懐かしい思い出。
だが、それは同時に恐怖感をも醸し出す。生前の兄は語っていた。
突きは斬撃と異なり、受け止めるのは困難を極める。
せいぜい、軌道を予測し、払うくらいが精一杯。
つまり平突きの構えは、向けられる相手にとって……これ以上ないほど厄介な構えだと。
「ガード……できないッ!」
先ほどまで、マユの体に刻み込まれた敵の斬撃のタイミング、間合いは……
この構えを相手が取ったことにより、どちらも無に帰した。
マユには、未見の敵の攻撃を、即座に交わせる自信などない。
そして、少女の動揺を、見透かしたように……また、あの男の声が聞こえる。
『平突きの構えを知っているとはな。まぁいい……いくぜ?』
「……クッ!」
マユは、内心憤る。敵は、同じだった。声も、やることも、兄そのもの。
これは、何かの悪夢ではないのか? そう錯覚してしまいそうなほどに。
マユは己の心情を吐き出し、この状況を罵りたい気分で一杯だった。
- 12 :9/28:2006/07/05(水) 23:00:24 ID:???
- 黒いストライクは、剣をインパルスに向けたまま……若干、重心を低くする。
これから相手を貫くために。自重そのものを、大剣の刃先――先端部に、全てを乗せるべく。
機械人形の膝が曲がり、脚部に"溜め"を作る。そして……
機体の背部、エールストライカーの火が点る。出力を最大に上げるために。
「……いいぜぇ、来いよ!」
ゲンは呼びかける。マユにではなく、自機に向かって。
これから放つ一撃は、Mk-Uの、グランドスラムの……ゲン自身の全てを賭した一撃。
ストライクMk-Uのエールストライカー。その出力が最大に高まる刻を、ただ待つ。
やがて……その刻が、来た――!
「来たッ! いけええええッ!!」
エールのエネルギーゲインが最大に高まった時、ゲンは吼えた。
同時に、Mk-Uは動く。引き絞られた矢が、弓から放たれるように――!!
マユは、とっさにバックステップを踏む。突きに限らず、剣は相手との間合いが全て。
最大効果域での一撃を受けない限り、致命傷は避けられる――
これも、兄が生前得意げに話していたことなのだが。だが……
「……ッ!」
『――反応が遅いぜッ!!』
だが、マユにはエールの最大出力までは計算に入れていなかった。ゲンの声は、それを指摘する。
予想外の速度、想定外の剣の伸びに、マユの後退はその意味を軽減された。
次の瞬間、グランドスラムの突き――その衝撃が、インパルスを襲う。
直後、マユは悲鳴をあげた。
「……ああッ!!」
ザックリと切り裂かれたインパルスの右肩口。
グランドスラムをエクスカリバーで払うことさえ、ままならなかった。
完全に交わしきることなど、事実上不可能――
辛うじて、インパルスの右腕は動いた。肩の装甲を裂かれたのみ。手も健在だ。しかし……
戦局は、マユにとって最悪の方向へと、動き出していた。そして、それは具現化される。
- 13 :10/28:2006/07/05(水) 23:01:16 ID:???
- 平突きを放ったストライク。だが、ゲンはそのままでは終わらない。
右手に持ったグランドスラムの柄を引き、自分のところへ戻しつつ……
残った左手で、エールストライクの背後に備え付けられた、新たな剣を引き抜く。
マユは、その動作を見咎め、叫ぶ。
「ビーム……サーベルッ!!」
『こいつは、試合じゃないぜ? 殺し合いだッ!』
ゲンの叫び声と共に、サーベルの斬撃が放たれる。
とっさに、マユはエクスカリバーを手元に引き寄せる。
エクスカリバーの刃、レーザー対艦刀の部分で、それを受けた。
次の瞬間、飛び散るのはビーム同士の膨大な干渉波。
『大した反応速度だな!』
「……そっちが、そのつもりなら!!」
――試合ではない、殺し合いだ。相手の一言で、マユは我に返る。
剣だけに頼る必要はないのだ。それを解した少女。
彼女の操作に従い、インパルスの胸部バルカン砲、20mmCIWSが火を噴く。
が、ゲンの駆るストライクもまた、VPS装甲。直撃でも、射抜くことは出来ない。
またストライクは、弾丸そのものを、水平にしたグランドスラムで受け流しながす。
ラミネートで覆われた刀身部分は、容易にインパルスのCIWSの衝撃を受け流した。
そして、またもゲンは距離を取る。再び、甲板の中央部で、両者は対峙した。
一進一退の攻防。
間近でそれを見守るタケミカヅチのブリッジでは、誰も声を発しようとしない。
目の前で繰り広げられるのは、模擬戦ではない実戦。だが……
誰も、このようなMSの戦いなど、見たこともなかった。
「す、すげぇ……!」
ようやく、アマギが呆然と呟いた。その思いは、誰もが抱いたところ。
そんな彼に、ユウナは指示を出す。
彼もまた、目の前の戦闘に眼を奪われていた。しかし、指揮官としての職責は別。
「……移動用の脱出ヘリを出せ。従軍記者を含めた民間人を、今のうちに逃がすんだ」
- 14 :11/28:2006/07/05(水) 23:02:40 ID:???
- ユウナとしては、このような激戦にするつもりはなかった。
作戦通り事を運び、タケミカヅチには傷一つつけず、戦いを終えたかった。
多分に、希望的観測も多分に含まれていたが……
軍人ではない彼に、そのような願望を捨て去ることは、中々に難しかった。
自分の申し出で始まった決闘。この行く先は、誰も予想し得ない。
この結果が、有利にも不利にも働く可能性も、否定できなかった。
だから、彼は民間人を逃がすことにした。最寄の、クレタ基地へ。
予てから、民間人はヘリの側で待機させられていた。
ユウナの指示が伝わるや、兵士の指示に従い彼らはヘリに移動させられる。
その中には、ミリアリア・ハウも含まれていた。
間もなく飛び立つヘリ。眼下に広がるのは、タケミカヅチの甲板。2機のMSの姿。
「……写真! カメラカメラ!!」
ミリアリアは、眼下の戦いを飛び立ったヘリで視認する。
そして、すぐさまカメラを取り出し……光景を、カメラに収め出す。
制止する兵の声も聞かず、ただ只管にシャッターを切る。
彼女は、戦争の全てを記録しておきたかったのだ。ジャーナリストとして。
- 15 :11/28:2006/07/05(水) 23:03:34 ID:???
そんなカメラマンの目の前で、再び戦端は開かれていた。
インパルスは、エクスカリバーの形を変える。
アンビデクストラスフォームと呼ばれる、連結されたソードを、二つに割る。
ハルバート状の武装を解き、二刀流へ――
「……殺す、殺すって……そんなに殺し合いがしたいの?」
『ああ、お前を殺せば、仲間は皆救われる』
「そう……なんだ。……不愉快なのよ。あなたの声が、似ているから」
『……似ている? 誰に?』
マユの声から焦燥が消え、動揺も消える。代わりに、冷淡な声でゲンに問う。
徐々に……マユの操縦桿を握る手が強まり、やがて……
静かだが激しい怒りと共に、マユ・アスカは己の中に眠る力を呼び起こす――!
「今から、その人の所へ連れて行ってあげるから……伝えて頂戴。
大好きなお兄ちゃん、貴方の妹は――立派な人殺しになりました――って!!」
- 16 :12/28:2006/07/05(水) 23:04:30 ID:???
- 先手を取ったのはインパルス。
機体の出力を高めたマユは、一気に黒いストライクに迫る。
ただし、先ほどまでとは違う。両手にそれぞれ持つのは、二つのに分かれた剣。
それは、長剣ほどの長さしかなかった。
「……いくわ」
『チッ……!!』
常に先手を取ってきたゲン。彼は、敵の動きに意表を突かれた。
慌ててグランドスラムを構え、防御体制を取る。攻撃を受け止めるべく。
そして、インパルスの放つ。最初の一撃――右手に持つ剣の斬撃は受け止めた。だが……
インパルスは次の一撃、左手に持ったエクスカリバーの片割れをゲンに放つ。
それも、受け止めた……つもりだった。
正面にグランドスラムを構え、ガードに徹するストライクには、可能な筈だった。しかし……
インパルスの一撃は正面でなく、ストライクの背後を狙っていた。
ゲンは相手の攻撃に、狼狽し叫ぶ。
「な、なにっ!?」
『……反応が、遅いわ』
マユの狙い。それは、エールストライカー。
正面のディフェンスの堅いストライクに、わざわざ正面から切りかかりはしない。
代わりに、サイドステップを踏みながら……瞬時に、ストライクの側面に飛び出す。
左サイドから、エクスカリバーの片刃の一撃が放たれた――
エールが切り裂かれるや、誘爆を恐れたゲンは、即座にストライカーパックを切り離す。
タケミカヅチの甲板に落ちるや、爆発するエール。それを見ながら、ゲンは舌打ちする。
「チイッ!!」
『これで、貴方はもう平突きも出来ない。逃げることも出来ない』
「……誰が、逃げるかよッ!!」
『なら、死になさいッ!』
二つに分かれたエクスカリバー。グランドスラムと比べ、それらはとても振り回しやすい。
マユの戦術は、それを生かしたもの。
もっとも、ゲンはそれ以上の何かを、目の前の少女から感じていた。
先ほどまでは様子が違う。人が変わったかのような攻撃に、ゲンは戸惑いを隠せないでいた。
- 17 :13/28:2006/07/05(水) 23:05:28 ID:???
- マユは、動揺するゲンを尻目に、更なる攻勢に出る。
グランドスラムより軽くなった二刀のエクスカリバー。その特性を、最大限に発揮しながら。
両刀の攻撃。それは、相変わらず長剣の、グランドスラムしか持たないゲンを追い詰める。
一撃、また一撃。連続で放たれる両の剣は、粗雑に振り回しているようにも見える。
だが、振り方は兎も角、それらはレーザー刃の一撃。
直撃されれば、VPSのストライクでも切り裂かれてしまう。
「く、クソッ! こいつ……こいつはッ!」
罵りながら、ゲンは間合いを取ろうとする。平突きの間合いを。
エールを失ったとしても、平突きさえできれば、この劣勢を跳ね除けられる。
そう思い、後退しようとするが……
インパルスは、ストライクのバックステップにあわせ、距離を詰めてくる。
そして、また斬撃を放つ。その手際の良さに、ゲンは己の間合いを取れずにいた。
『平突きは、もう出来ない。させないって、言った筈よ』
無造作に距離を詰め、次々とエクスカリバーを振り回すマユ。
冷淡に、かつ冷酷に……ゲンに事実を伝える。
彼女は、常に自分の間合いに居た。グランドスラムより短い、二刀のエクスカリバーの間合いに。
自分の間合いを取れなければ、如何なる達人といえども、反撃に転じるのは難しい。
「お前は……一体、何なんだ!?」
ゲンは苦し紛れに叫ぶ。今この時も、敵の斬撃をグランドスラムで受けながら。
彼は、この言葉を、以前にも目の前の少女に言ったことがあった。
それは、インド洋での戦い。
後退する連合軍を、この少女は一人で追い詰め、ゲンを殺そうとした。
このダーダネルスの戦いの緒戦で、怯えていた少女ではない。
目の前の少女は、先ほどの彼女ではない。相手を殺す――それだけを考えているかのように。
「これが、お前の本気ってことか!?」
ゲンの問いに、マユは応えない。応えはしないが、彼女自身は、常に本気で戦っていたのだ。
しかし、今の彼女は少し違った。人が変わったかのように、無表情に相手を追い詰める。
斬撃を振り回し……そして、遂にはストライクを、甲板の先端付近にまで追いやっていた。
- 18 :14/28:2006/07/05(水) 23:06:33 ID:???
- 『後が……ないわね』
嘲笑するでもなく、ただ少女は事実のみを告げた。
今だ打開策も見当たらず、インパルス野攻撃を必死で受けるのみ。
グランドスラムは健在でも、ゲンの精神は磨り減っていた。
恐怖――人の抱く、最も根源的な感情の一つ。
目の前の少女、彼女の強さはゲンの想像をはるかに超えていた。
侮っていた。最初のうちは。だが、今は違う。
必死の防戦。最早、ゲンに余裕など何一つなかった。
『バイバイ……兄に似た声の人』
マユからの、死の宣告はなされた。
一瞬の後、ゲンの目の前に何かが飛び込んでくる。剣、エクスカリバーだ。
だが、それはインパルスの手に収まっていない。
マユは、インパルスの右手に持つエクスカリバーの片方を、投げつけたのだ。
予想外の攻撃に、ゲンは言葉を失う。
「……なッ!? なにを!?」
相手の意図など分かる筈もない。ただ、反射的にゲンは動いた。
グランドスラムで投げつけられたそれを払うべく。そして、払った。しかし、次の瞬間――!
『漸く、隙が出来たわね』
「……ッ!?」
ゲンの堅い防御を崩すため、少女は武器を投げつけたのだ。質量のある武器を。
それを防ぐために、ゲンは反射的に払いのける。その瞬間、僅かに出来た、防御の隙――
払ったグランドスラムを引き戻すストライクの手。それを、インパルスの右手が遮り……
左手に持っていた、残るエクスカリバー。マユはそれを、ストライクに振り下ろす。
『サヨナラ』
インパルスの一撃は、遂にストライクを捉えた。
黒き討伐者は、袈裟懸けに切り裂かれる――!
- 19 :15/28:2006/07/05(水) 23:08:17 ID:???
- 衝撃が、ストライクのコクピットを襲う――!
コクピットだけではない。機体全体に衝撃は伝わり、切り裂かれた部分はスパークしている。
コクピット付近も切り裂かれ、内部は小爆発も起こる。
その衝撃に、黒いパイロットスーツの少年も巻き込まれた。パイロットの生死は――!?
「……死んだの?」
マユは、感慨もなしに呟く。
彼女の言葉を肯定するかのように、ゆっくりとストライクは傾く。そして……
ストライクは、仰向けに倒れた。グランドスラムを持ったまま、甲板の先端に。
ズンッ――という鈍い音が、周囲に響き渡る。
天を仰ぐ黒き機体。しかし、すぐにその色は解ける。
漆黒から、ダークグレーに。フェイズシフトが解けたのだ。
「お兄ちゃんに、よろしくね」
最後にマユは声を掛ける。たった今死んだ、兄に似た声の男に。
間もなく、決闘開始から五分が過ぎようとしていた。
J・Pジョーンズの艦橋、ネオ・ロアノークは叫び続ける。
「ゲン! おい、ゲン! 生きているなら返事をしろ!!」
生体反応は、不明。切られた衝撃で、ストライクの電気系統にトラブルが発生したのか。
ストライクとの音信は、途絶えた状態となっていた。
滞空するカオス、ガイア、海中に息を潜めるアビス。パイロット達も叫ぶ。
「ゲン! 生きているのかよ! おい!?」
「嘘……? ゲン? 嘘でしょ? 返事をして……! お願いッ!」
「おい、ゲンはどうなったんだよ! 反応がないぜ!?
スティング、ステラ、どうなったの!? ネオ、海上の様子、教えてくれよ!!」
悲痛な仲間達の声。だが、それらは最早ゲンの耳には届いていない。
- 20 :16/28:2006/07/05(水) 23:09:41 ID:???
- 仰向けに倒れたストライク、そのコクピットの中……
内部は、インパルスに切られた衝撃でスパークし、煙が立ち込めていた。
だが、火の手は上がっていない。黒いパイロットスーツ、ゲンの姿もある。
が、人影は、ピクリとも動かない。生きているのか、死んでいるのか。
ただ、間違いなく意識はここにはなかった。
ゲン・アクサニスの意識――それは、彼方にあった。
それは、おぼろげな光景。ハッキリとしない映像。古い時代のモノクロ映画のような情景。
目の前にいるのは、白衣の男。彼は何事か喋っている。
なにを喋っているのだろう。分からない。ただ、自分に声を掛けているのは確かなようだ。
口調は、穏やかだが……男は、笑っているようには見えない。
次第に、声が聞こえてくる。冷淡な、男の声。
『君は……ぬ……う』
分からない。もう一度言ってくれと、せがんでみるか。頼みを聞いてくれたのだろうか。
やれやれと、呆れながら男は話す。
『君は、死ぬだろう』
穏やかではない話だ。一体何事だろう。大体、何故俺が死ななきゃならない?
『ここはブルーコスモスの施設だ。
ナチュラルを拾ってくるつもりが、うっかりコーディネーターを拾ってきてしまった。
上は、君を殺せといっている。君には、早晩死が待っているだろう』
俺は……俺は、まだ死にたくはない。やらなきゃならないことがあるんだ。
『だが、死の運命、それを変えることが出来るとしたら、君はどうする?
君が人としての命を捨て、完全な兵器になれば……あるいは変えられるかもしれない』
いいぜ。生きられるのなら、手段は問わない。
俺は生きる。死の運命だって、乗り越えてやるよ。だから――!
そこで、意識は一度途切れた。
- 21 :17/28:2006/07/05(水) 23:11:12 ID:???
- また別の光景が、目の前に拡がる。
今度は、別の男がいる。妙な衣装に身を包んだ、神経質そうな男だ。
『新しいソキウスというのは、君かね?』
多分そうだろう。でなきゃ、俺はここにない。
『では、いくつか質問をしよう。君は、ただそれに応えてくれればいい』
改まって、何を言うかと思えば。でも、雑談のつもりじゃないらしい。
口調こそ軽いが……こいつの目は、笑ってないからな。
『君は……ザフトの軍人、及びコーディネーターを殺せるかね?』
ザフト? プラントの軍隊のことか。
ああ、殺せる。どうせ、顔も見た事のない連中だ。情をかけるいわれはないしな。
『君は……命令があれば、故郷の人間を、オーブの人を殺せるかね?』
故郷? 俺の故郷は、オーブなのか? ま、どうでもいい。
……殺すよ。どうせ、あの家には恨みがあるしな。
あれ……あの家って、何だっけ? よく覚えてないな。
『君は……命令があれば、友人でも殺せるかね?』
嫌な質問だ。だが、否定すれば命はないんだろう?
いいさ、生きるためだ。何だって、やってやるよ。
『では、最後の質問だ。君は――』
- 22 :18/28:2006/07/05(水) 23:12:39 ID:???
- 今度は何だろう? 目の前に、二人の男がいる。
さっきの変な衣装のヤツと、白衣の男……最初のヤツだ。
何だろう。俺は……手に何かを持っている。
――銃!?
何で俺は、こんなものを……!!
変な衣装のヤツ、お前がこれを渡したのか?
『君は命令なら友の命を絶てるといったな。
察するに君達二人は友人だろう。ならば……その男を殺してみろ!』
この、白衣の男を殺せって?
冗談じゃない! 何でコイツを殺さなきゃならないんだ!?
『私は欲しい……誰よりも強く!誰よりも残酷で!
そして……誰よりも私に忠実な人間がっ!』
こいつ、狂ってやがる。眼からして、イカれてる。何を考えているんだ。
……おい、白衣の男。オッサン! 何で笑顔なんだよ!
アンタ、殺されようとしているんだぞ!?
『ここに来る前に、言った筈だ。全ての命令に"Yes"と応えろと』
嫌だ! アンタは、俺の命を救ってくれたじゃないか!
そして……俺を強くしてくれた! 何でアンタを殺さなきゃならない!?
『命令に背いたらだ。禁じられたコーディネーターの強化を、私はやっていた』
だからって、嫌だ! アンタは何も思っちゃいないかもしれない。
けれど、俺はアンタの事を……その、――
『愛憎の中で、君は強くなった。最後に必要なのは、生を渇望することだ。
君は運命をねじ伏せるのだろう? 会いに行くべき人が、いるのだろう?』
いやだ! 俺は……撃ちたくない! アンタを、撃ちたくないんだ!!
- 23 :19/28:2006/07/05(水) 23:14:09 ID:???
- 煙が出ている。俺の手に握った、銃から上がっている。
硝煙だ……。俺は、オッサンを殺した。白衣のオッサンを。
『……見事だ。これで、君は私と"契約"を交わすことが出来る』
殺しちまった……大事な人を。なのに、コイツは……!
変な衣装の男、お前……それでも、人間かよ!?
『怖い顔をするな。君は、その男を殺し、堕ちたのだよ。
君は、最早人ではない。私に魂を売り渡した、罪深き者さ』
……そうか。俺も……殺したんだ。
友を。俺を助けてくれた人を。自分が生きるためだけに。
『そのとおり。さあ、君に新しい名を与えよう。受け取ってくれたまえ』
名前? いいさ、何だって受け入れてやるよ。
たった今、外道に堕ちた人間さ。堕ちるところまで、堕ちてやるだけだ。
『君の名は……"Genocider Enemy of Natural" !
ナチュラルの敵を、滅ぼす者だ! 共に奏でよう! 死の旋律を! レクイエムを!!』
……そうだ、俺は生きる。生き抜いてやる!
会いにいかなきゃならないんだ。例えその場所が、世界の果てでも!
ゆっくりと、意識は覚醒する。
ゲン・アクサニスは生きていた。そして、目覚めた。運命をねじ伏せるために――!
再び訪れた死を、彼は受け入れなかった。
手を動かし、体を動かす。痛むが……動く。致命傷は、なさそうだ。
そして、慣れ親しんだ愛機、ストライクMk-Uの操縦桿を握り締める。
電気系統の一部が壊されたのか、モニターには非常灯が点っている。
だが、動く。フェイズシフトは復活しないが……機体は動く。動かせる。
ゲンは声をあげ、振り絞るように叫ぶ。それは、彼の復活の証――!!
「まだ……俺は、死ねない。死ぬわけには……いかないッ!!」
- 24 :20/28:2006/07/05(水) 23:14:57 ID:???
- ストライクが、動き出す。灰色のまま、ゆっくりと。
マユ・アスカもまた、その動きを捉える。
ダークグレーのストライクは、グランドスラムを支えにして、漸く体を起こす。
「まだ、やるの?」
『ああ、俺は生きなきゃならない。全てを投げ打ってでも!』
「……何故?」
『分からない。でも、会いに行かなきゃならない人がいる。その人に、会うためだ』
「……無理よ。貴方はもう、死ぬんだから」
『どうかな?』
マユの声に応える間、ゲンは機体の状況を確認していた。
インパルスのエクスカリバーに、ストライクのボディは、切り裂かれはした。
だが、操縦系統は、幸いにして無事。それは、一重にVPSの恩恵。
フェイズシフトとは、ビームやレーザーに対しても、耐性はある。
高出力のものであれば、無残に貫かれ、切り裂かれもしようが……
インパルスは緒戦からの戦いで、バッテリーを消耗していた。
故に、レーザー対艦刀の刃先が弱まっていたことも手伝い……致命傷とはならなかった。
フェイズシフトは破られても、ストライクはまだ生きていた。
ゲンはそのことを確かめ、再度攻撃の態勢を作る。
「……いくぜ!」
ストライクは再度突貫する。今度は、平突きの構えではない。
死にたがりだ――マユは、心の中で呟く。
フェイズシフトもない機体で向かってくるなど、自殺行為に他ならない。
マユは冷酷に、CIWSの照準を向ける。放たれる頭部バルカン砲――
だが、それはストライクを貫けない。マユは目の前の事態に瞠目し、叫ぶ。
「……剣を、盾代わりに使うというの!?」
自らの機体を護るかのように、ストライクはグランドスラムの刀身を構えていた。
刃先ではない。側面、平たい刀身そのもの。ラミネート装甲のそれは、CIWSの弾丸を弾く。
それでも、剣を逸れた弾丸の幾つかは、ストライクを捉える。
が、全てを弾けないまでも……コクピット付近に垂直に構えた大剣は、致命傷を赦さない。
そして、マユの元に――インパルスの元に、ストライクは迫る――!!
- 25 :21/28:2006/07/05(水) 23:16:07 ID:???
- マユは臨戦態勢を取る。
敵が剣を構え直し、切り掛かってくるその時――
彼女もまた、左手のエクスカリバーを先んじて振り払うつもりでいた。
しかし――ストライクは、一行に減速することも、剣を構え直すこともしない。
ただ盾代わりのグランドスラムごと、インパルスに突っ込んでくる。
マユは、相手の意図が分からず、声を荒げる。
「……どういうつもり!?」
『こういうつもりさ!!』
ゲンの声が響く。勢いのついたストライクは、そのままインパルスに体当たりを敢行する――!
エクスカリバーの間合いを潰し……そして、次の瞬間、グランドスラムから手を離した。
「……!? 何を!?」
『グランドスラム以外にも、まだ武器はあるッ!!』
新たにストライクが握ったもの、それは……クナイ状の武器、アーマーシュナイダー!
その小刀は、高周波振動ブレードを使用した対モビルスーツ白兵戦用アサルトナイフ。
ゲンは、先ほどのマユの戦いぶりから、ヒントを得えていた。
それは、戦闘における間合い――近づけば近づくほど、得物は短いほうが有利なのだ。
アーマーシュナイダーを、左右それぞれの手に握り締め、ストライクは振り被る。
『VPS装甲相手でも、やりようはあるッ!』
「……!?」
高周波振動ブレードは、VPSの機体に致命傷を負わせることは出来ない。
だが、傷を負わせることは出来る。例えば……例えば、装甲の薄い間接部。
ゲンはアーマーシュナイダーの標的を、インパルスの上腕と前腕を繋ぐ間接部に決めていた。
そして、次の瞬間――クナイを、打ち下ろす!
閃光と共に、VPSと激しくぶつかり合うアーマーシュナイダー。
左手に握られたストライクのナイフは、インパルスの右腕の機能を奪い去った――!
「……くっ! こんなことで!」
使えなくなった右腕。その機能が停止したことをマユは悟る。が、負けるわけにはいかない。
幸い、左腕は狙いをそれた。まだ左腕は使える――すぐさま、少女は反撃を試みる。
- 26 :22/28:2006/07/05(水) 23:16:56 ID:???
- ソードインパルスにも、まだ武器は残されていた。
フラッシュエッジビームブーメラン。
インパルスは、左手に持ったままのエクスカリバーを棄て、背後のそれを取り出す。
本来はブーメランとして使うものだが、近接戦闘では小刀代わりにもなる。
マユは、迷わずそれを振る。無防備に構えていたストライクの右腕に向かって――!
インパルスのフラッシュエッジ。その一撃は、ストライクの右腕を断つ――!
閃光と共に爆発が起こる。ストライクは、右腕の前腕部をざっくりと切り裂かれた。
それでも、ゲンは次の動作に入る。
最終的に、勝てばよいのだ。どの道、満身創痍。損傷を気にする必要もないのだから。
ストライクとインパルス。期せずして、互いに残されたのは左腕のみ。
ゲンは自らを鼓舞するように叫ぶ。
「まだだ! まだ終われないッ!」
「……貴方達には、負けないッ! 私の……新しい家族を、奪った人たちには!」
マユも、ほぼ同時に叫んだ。その言葉に、一瞬ゲンは戸惑う。
「……奪っただと! 誰を!?」
「ユーリ・アマルフィ! 私の……父親よッ!!」
問われたマユは、反射的に答えた。
マユの想い。全てを失った自分の、家族になろうとしてくれたユーリ。
しかし、彼はアーモリーワンで命を落とした。ファントムペインの襲撃で。
何よりも、ユーリを殺したのは、他ならぬゲン。事実を知り、彼は再び叫ぶ。
「人を殺すためにMSを作る男を、殺しただけだ!」
「……!? 何を言っているの!?」
「殺したのは、俺だよ! 暗殺したのさ! あの男は、最後には懺悔づいていたがな!」
「……貴方が! 貴方が殺したのね!?」
「そうだ! まさか、あの男の娘だったとはな! 仲良く、あの世に送ってやるよ!」
「……赦さない! 貴方だけは、絶対に赦さないッ!!」
死闘の果て――激情に駆られた二人。共に余裕などありはしない。
ゲンは己の行為を悔いもせず、少女を罵る。少女も負けずに、殺意を垣間見せる。
憎しみは憎しみを呼び、二人の戦いは終幕へと向かう――!
- 27 :23/28:2006/07/05(水) 23:20:02 ID:???
- インパルスはフラッシュエッジを、ストライクはアーマーシュナイダーを。
互いに短い得物を持ち……相手を殺す機会をうかがう。
先に動いたのは、ダークグレー機体。ストライクだ。
「取って置きの、CIWSだ! 喰らいやがれッ!!」
頭部75mm対空自動バルカン砲塔システム、イーゲルシュテルン。
インパルスのCIWSと同じ機能を持つ、バルカン砲。
この期に及んで、ゲンはこの武器を使っていなかった。
ストライクは最後の最後で、使わずに取っておいた兵器を使う――!
炸裂音が木霊する。幾重もの弾丸が、霰のようにインパルスを襲った。
だが、インパルスの装甲はVPS。有効な攻撃とはなりえない……筈だった。
しかし、緒戦から補給無しに戦っていたインパルス。
マユの機体にも、限界は刻一刻と迫っていた。
コクピットに響くアラート。バッテリー残量が、底をつきつつあることを、警報は知らせていた。
「……バッテリーが!」
悲鳴に近い叫びを、マユは上げる。撃たれる衝撃にコクピットは激震に襲われる。
それでも、少女は意識を保ち、モニターを見ていた。
とっさに、インパルスは地に伏せる。屈伸運動を取り、屈み込み直撃を避けようとしたのだ。
必死の防御――だが、その瞬間をストライクは狙っていた。
その隙に、甲板に横たわっていた大剣、グランドスラムを握りなおす。
そして、握ったまま、構えなすことさえせず……
ストライクはインパルスに体当たりを敢行する――!!
「これで、終わりだッ!! 白いのッ!」
叫ぶゲン。ストライクの突貫に、インパルスは背面から仰向けに倒された。
形勢逆転――今、ストライクはグランドスラムを大上段に構え、インパルスを見下ろす。
「ああ……ッ!」
インパルスのコクピット。絶望の声を上げるマユ。
インパルスのCIWSはとうに尽きていた。そして……フェイズシフトも解ける。
最早、戦闘能力は皆無といえた。
力尽きたインパルスの中、マユは一人想う。
自分は、負けたのだ。
このまま死ぬのか――兄や父母、ユーリの元へ行くのか。
パイロットスーツを緩め、ヘルメットを取り……
マユは目を閉じ、最後の刻を待った。
- 28 :24/28:2006/07/05(水) 23:20:57 ID:???
- しかし、その時――コクピットに声が木霊する。
『マユ! コアスプレンダーはまだ生きているでしょう! 離脱なさい!』
タリア・グラディスの声。まだ、逃げる術は残っている。上官は、その事実を告げた。
ハッと我に返るマユ。まだ、生きることは出来る。死にたくはない。
瞬時に、マユはチェストとレッグを切り離す。ギクシャクとした音が、タケミカヅチに木霊した。
同時に、ミネルバは攻勢に転じる。予てからの命令どおり……タリアは、アーサーに指示を出す。
「トリスタン、イゾルデ! てエッ!!」
一事停戦は破られた。副長のアーサーが引き金を絞る。照準はタケミカヅチへ――!
だが、それも寸でのところで妨げられる。海中から踊り出た、一機のMSの手によって――!!
『ジャスト、5分だ! アウル、ミネルバを潰せッ!!』
「へっ! ゲンのやつ、心配かけさせやがって! こいつを沈めて……お終いだッ!!」
海中で息を潜めていたアビス。ブルーのガンダムが海面から飛び出し、ミネルバを撃つ。
背面のバラエーナ、腹部のカリドゥス、両肩シールドの3連装ビーム砲。
ありったけの火力を、ミネルバの船首部に食らわせる。
しかし、光りの束は放たれた――!
「面舵ッ! 回避いッ!!」
ミネルバの行動を察し、トダカの指示で回避行動に移ったタケミカヅチ。
……紙一重のところで、ミネルバの一撃は逸れた。アビスに撃たれ、衝撃で照準が狂ったのだ。
一方、敵の攻撃で、なお激震に見舞われるミネルバ。
タリアは、この時――先ほど見たユウナの笑顔を、唾棄したい気持ちで一杯だった。
「セイランっ! やってくれるわね!! メイリン! 友軍の支援は!?」
「は、はいっ! ……き、来ましたッ! 南方距離2万!!」
「数は?」
「航空支援部隊です! ディンと、バビ……あわせて、20余り!!」
メイリンの声は弾んでいる。タリアも、ようやく安堵を覚えた。それもそのはず。
ようやく、スエズ方面軍からの支援部隊が来るのだ。彼らは、戦場まで後わずか――
- 29 :25/28:2006/07/05(水) 23:21:50 ID:???
- タケミカヅチの艦橋からも、敵の増援部隊は補足された。
部下の報告に、ユウナは眉をひそめる。
「……増援がこんなに早く来るとはね。
ザフトは地中海南部を、ほぼ手中に収めたのかな?」
「どうにも、そのようで」
ユウナの言葉に、トダカが応じる。
あまりの手際の良さ。スエズ方面軍は、大規模に展開を始めたようだ。
J・Pジョーンズ、タケミカヅチの連合軍の任務は、ミネルバを沈めること。
20余りの邪魔が入っては、味方にも相応の犠牲を覚悟せねばならない。
ユウナは、ネオ・ロアノークに通信を繋ぐ。
「大佐、状況はお分かりで?」
『どうにも、やっかいなことになりそうですな』
「お陰さまで、タケミカヅチの損傷は軽微です。ありがとうございます」
『友軍を、見捨てるわけには行きませんからな。で、これからどうなさる?』
ユウナは、改めて決闘を静観したネオに礼を述べる。
タケミカヅチを見捨てるつもりなら、ネオたちはミネルバへの攻撃を強行できた。
しかし、彼らはそれをしなかった。これ以降、ネオたちは信頼に足る友軍となり得る。
ユウナはそんな確信を抱いていた。
だが、これからどうするか。これは別問題だ。
犠牲を覚悟で戦うのか。それとも一度軍を引くのか……ユウナは即断する。
「この状況は、想定外だ。作戦を強行することには、抵抗を覚えます」
『……分かった。引こう』
ミネルバに20余りの増援が来ることで、数の上での利は皆無に等しかった。
この上、優秀なコーディネーターのパイロットを多数相手にして、勝てる保障もない。
そもそも、ミネルバ以前に、スエズ方面軍の展開の速さは、予想外であったのだ。
事態は、自らに不利に働いている。悟った二人の指揮官は、すぐさま後退信号を打ち出す。
ネオはJ・Pジョーンズに、ユウナはタケミカヅチに、互いに後退命令を下した。
それを見た友軍は、次々に後退を始める。
ムラサメも、ウィンダムも、カオスもガイアも……海中のアビスも退いていく。
- 30 :26/28:2006/07/05(水) 23:22:49 ID:???
- 時を同じくして、ミネルバからも後退信号が放たれた。
追撃の必要はない。追撃すれば、増援部隊にも甚大な被害が出るかもしれないからだ。
これ以上の戦闘を避けようとする、タリアの英断だった。退いていくハイネ隊。
だが、タケミカヅチの甲板の上、コアスプレンダーは……マユはまだ敵の只中。
ギクシャクしたアクションの後、コアスプレンダーは動き出す。
しかし――眼前には、あの機体。ストライクの姿が。大剣を構え、マユを狙う――!
「逃がしは、しないっ!!」
ゲンは剣を振り下ろす標的を、今まさに飛びたたんとするコアスプレンダーに絞る。
重火器の照準と同様、ターゲッティングはなされる。
戦闘機、コアスプレンダーのコクピットに、ゲンは的を絞る。
そして、剣を振り下ろそうと操縦桿を倒そうとするが――!
「……! お前はッ!?」
ゲンは、マユの姿を見た。
拡大された映像に映し出されるのは、彼女の顔。
コアスプレンダーの操縦席で、怯えたような目でストライクを見上げる少女。
先ほどまでの、圧倒的な戦闘力を持った少女ではない。緒戦の、まだ歳若い幼兵だ。
なにより、ゲンにはその少女に……見覚えがあった。
あれはいつのことだろう。そうだ、アレは――
「お前は、暗礁空域の戦いで――!?」
開戦以前、ハイネと戦い引き分けた一戦。
その戦いの最中、ゲンの脳裏を過ぎった少女に、目の前の敵は酷似していた。
余りに意外なめぐり合わせに、ゲンはグランドスラムを振り下ろす機会を逸する。
それが、少女にとっては僥倖となる。敵の目の前を飛び立つコアスプレンダー。
それを呆然と見送りながら、ゲンはただ叫ぶほかなかった。
「……俺は、お前を知っている!? お前は……お前は一体ッ!?」
剣を振り下ろせば命を断てるのに、ゲンはマユにトドメをさせない。
そして、逃げる少女が乗る機体――コアスプレンダーは、一路ミネルバへと逃げ帰っていった。
- 31 :27/28:2006/07/05(水) 23:23:48 ID:???
- 後退信号を見、ミネルバに下がるアスラン。
だが、彼は今だ必死に呼びかけていた。友に、嘗ての戦友に。
「キラ……キラッ!!」
声はもう届かない。それでも、彼は叫び続けた。
……だが、声は届いていたのだ。別の人物、ハイネ・ヴェステンフルスに。
アスランとキラのやり取りを、彼は一部始終聞き届けていた。
「アスラン……! 俺は……俺は、お前を!」
グフのコクピット。アスランに声が聞こえぬ状態で、ハイネは叫ぶ。
裏切りの兆候があれば、殺さねばならない。それは、プラントの最高権力者から与えられた密命。
己に課せられた使命を呪いながら、ハイネもまたグフを後退させる。
そんな彼の唯一の救いは、死地から戻った幼き部下。
「マユ! 大丈夫か!?」
『……は、はい』
「怪我は? どこか、痛めていないか!?」
『インパルスが……ぼろぼろに』
愛機のパーツの大部分を失ったことを詫びる。
が、ハイネは叱るどころか、消沈した部下を陽気な声で笑い飛ばす。
「ばっか野郎! 生きていれば、次がある! お前が生きていれば、それでいい!」
『……生き残って、良かったんでしょうか?』
「……なにぃ?」
『私は、今日……ストライクのパイロットを、本気で殺そうとした。
マルキオ孤児院で、あの女の人に言われたとおりだ。
もう……もう、私は、憎しみの連鎖の中に、取り込まれているのかもしれません』
今にも泣き出しそうな顔で、マユは呟いた。何かを失ったかのような、失望した少女の声。
ハイネはマユの心情を測りかね、また掛ける言葉が見つからなかったこともあり……
ただ、コアスプレンダーを護るかのように、愛機を寄せただけ。
幸いなことに、ハイネ隊に人的損失はなかった。しかし……
アスランとマユ。二人に対する苦悩は、戦闘終了後もなお、ハイネを苛んだ。
- 32 :28/28:2006/07/05(水) 23:25:23 ID:???
- ぼろぼろになったのは、インパルスだけではない。
ストライクMk-U。左手のグランドスラムを地に置き、彼の機体は膝を着いた。
全てを出し切り、インパルスに勝利はした。
だが、ミネルバを沈められず。戦果と誇れるものでは、到底なかった。
クレタ基地へと退くタケミカヅチ。その甲板に、キラのムラサメが降り立つ。
『ゲン! 大丈夫!?』
「……き、キラか?」
『良かった。無事だったんだね』
「あ、ああ……」
Mk-Uのコクピットは、辛うじて開いた。そこから降りてきたゲン。
彼は、拡声器を使うムラサメの声に反応した。パイロットスーツ越しの通信だ。
キラは、アスランの声を聞きながらも、ストライクとインパルスの戦いに目を奪われていた。
互いに一進一退、最終的には満身創痍。勝敗とともに、ずっとゲンの安否も気になっていた。
が、相手の声と姿に一応の安堵を覚える。キラはゲンの無事を確認するや、また飛び立った。
半壊し、戦力外のストライクは兎も角、ムラサメは今だ敵への警戒を解けなかったのだ。
すぐに上昇し、敵の追撃を警戒するキラ。彼を見上げながら……ゲンは、呟く。
「キラ……思い出したんだ。俺が戦う理由を。
友を、殺してまで手に入れた命。それが、俺なんだ。
でも、肝心なところが、思い出せない。俺は……俺は一体、誰なんだ?」
彼は、虚ろな目で上空を見上げる。空を舞うのは数多のムラサメ。
ゲンの問いに応える者はいない。タケミカヅチは、ジャマーを再び発していた。
パイロットスーツの通信機では、到底ジャマーに割って入ることは出来ない。
応える者もないのに、ゲンはなお呟き続ける。
「そして、あの白い機体……
インパルスのパイロット。あの少女を……俺は、知っている。知っているんだ」
束の間の勝利の余韻に浸ることもなく、ゲンの心を虚脱感が占めた。
取戻した記憶の一部は、一度は消された過去。それは、堕ちた日の己の姿――