565 :1/16:2005/08/18(木) 01:09:10 ID:???
「やれやれ…とんだ任務だったぜ」

第81独立機動軍ガーティ・ルーの艦内―
帰還したゲンは肩をすくめ、先ほどまでの任務を振り返っていた。

ザフト軍セカンドステージMS計画―
インパルス、カオス、ガイア、アビス、ザクウォーリア…
ファーストステージのジンやゲイツとは比較にならないほどの性能を誇るMS群
それらの製造計画の総責任者であり、プラント屈指の技術者ユーリ・アマルフィの暗殺―
彼の暗殺がゲンの任務だった。

アウル、スティング、ステラの3人がカオス、ガイア、アビスを強奪する混乱に乗じての暗殺―
軍用プラントであるアーモリーワンへの潜入と、要人の暗殺自体が困難を極めた。
更に暗殺後は、MSを用いず単身母艦への帰還をこなさねばならなかった。
流石のゲンもその任務で疲労しきっていた。

ゲンの合流後、ガーティ・ルーはネオのエグザスと強奪した3機の新型を収容。
ザフト軍新鋭戦艦ミネルバの追撃にあったものの、予備の推進剤を爆破させ距離を取る事に成功。
ここまではほぼ計画通りの作戦進行ではあった。

帰還後、ゲンは艦橋に上がり、指揮官ネオ・ロアノーク大佐とイアン・リー艦長に報告を行っていた。

「だが、お陰で思わぬ収穫もあったよ」

ブリッジの椅子に腰掛けるネオがゲンにねぎらいの言葉をかける。

「お前のお土産、アレの中身なんだが…かなりヤバイものだったよ」

ゲンの持ってきた土産―
ユーリ・アマルフィの遺体から回収したディスクのことであった。

「何だと思う?」
「…勿体つけないで教えてくださいよ」

からかう様にしてゲンに問うネオ。
だが疲労していたゲンは彼の悪戯に応じるつもりはなかった。
ネオは残念そうに口を尖らせ、だがそのあとすぐに笑みを浮かべながら答えた。

「新型核エンジン搭載の…MSの設計データさ」


566 :2/16:2005/08/18(木) 01:10:19 ID:???
「へぇ…ユニウス条約違反じゃないですか?ザフトもやるモンですね」

我関せずとばかりにゲンは受け流す。それを聞いたネオは、意外そうに呟く。

「ちぇっ…もっとこう、驚いたらどうなんだ?
 条約違反なんだから、『ザフトめ!とんでもないこと計画しやがって!』とかさぁ…?」
「…大佐、だいたいこのガーティも俺のMk-Uも、とっくに条約違反のミラージュコロイドを使ってるんだぜ?
 今更そんなこと言えた義理ですか?」

まさしく正論でゲンは切り返す。
ミラージュコロイドを搭載し、停戦中にもかかわらず、幾度もザフトに仕掛けているのは自分達である。
条約違反どころか、それ以上のことをしているのが彼らファントムペインであった。

「…お前、若くないねぇ?
 もっとこう、熱い人生を送ろうとか思わないの?時には感情に訴えることも大事だよ?」
「…俺達の仕事は冷静さが信条でしょう。
 いちいち熱くなってたら、こんな任務は務まりませんよ」

再び言い負かされるネオを見かねて、もう一人の艦橋の男が口を挟んだ。

「大佐、貴方の負けです」

ガーティ・ルー艦長、イアン・リー少佐。
傍から見ると、まるで子供と大人の言い合いのようなやりとりを続ける二人を見て、呆れながら言った。
オマケに大人に見えるのが部下で、子供に見えるのがその上官である。
特殊任務の特殊戦艦でやりとりされるべき会話ではない。
職業軍人のリーにとっては何とも珍妙な光景であった。
見ればブリッジのクルーまで笑いをかみ殺している。
リーは咳払いをした後、本来の仕事を続けた。

「中尉、今回の働きは見事だった。
 本来ならここで君には少し休みでも与えたいところだが…そうもいかなくなった。これを見てくれ」

リーはブリッジの大型モニターに図面を投影した。
ガーティー・ルーの後を、高速で追う艦影が映し出される。

「追っ手…ですね」
「ああ、ガーティー・ルーよりも脚が早い。このままでは数時間後に追いつかれるだろう。
デブリ帯に誘い込んで仕掛けようと思うのだが、その前に万が一にも他の部隊と接触しないとも限らない。
ご苦労だが、あの3人が最適化を終えるまで、Mk-Uで待機していてもらおう」


567 :3/16:2005/08/18(木) 01:11:36 ID:???
アウル・スティング・ステラの3名はエクステンデッド。
彼らはその戦闘力を維持するため、戦闘後は自らの体の最適化を迫られる。
連戦もできないではないが、投薬で能力を引き出された代償がどんな形で出るか分からない。
ゆえに、今3人を戦闘に参加させるわけにはいかなかった。

「了解。これより第二戦闘配置で待機します」

軽く敬礼した後、ゲンはブリッジを後にした。
それを見たリーはため息をついた。そしてクルーに聞こえないようにネオに語りかける。

「コーディネーターとは強靭なものですな。
 あれほどの任務をこなした後でも平然と次の任務に向かえる…」
「アイツだけさ。コーディネーターっていったって、あそこまでタフなやつは居ない。
 恐らく疲労はしているだろうが、艦の置かれた状況を考えて疲労を押さえ込んでるのさ」

コーディネーターであり、ソキウスでもあるゲン。
しかし、艦では彼はあくまでコーディネーターとしてではなく、新型エクステンデッドの身分だった。
ファントムペインの中で彼の秘密を知るのは、ネオとリーの二人だけである。
そんなリーでもゲンの精神的、肉体的強靭さにリーは驚きを隠さない。
それと同時にひとつの疑問が浮かんだ。

「本来、詮索すべきではないでしょうが…彼は何者なのですか?」
「…運命すらねじ伏せる男さ」

言外にネオは説明を拒んだ。暗に機密であるから話せない、と。
だが、それでも彼に対して秘密のままにしておくには、今後の信頼関係に齟齬をきたしかねない。
そう思ったネオは抵触しない範囲でゲンの秘密を語った。

「そうだな。たとえば…全てを失った人間が、唯一残された肉親を求め彷徨う。
 己の命も魂も、記憶も売り渡して…そんな人間がいるならば、そいつが最強だろう。そうは思わないか?」
「肉親…ですか」

真相は分からない。だがリーには、想像もつかないであろう部下の過去を推し量るには十分であった。

「さて、俺もエグサスのところへ行くよ」
「…大佐も行かれるのですか?」
「不測の事態が起きたときに、ゲン一人じゃ大変だからな」

じゃあな、と手を振ってブリッジを後にするネオ。
艦を護るためMk-Uに向かったゲンとエグザスに向かったネオ―
軽口とは裏腹に確実に任務をこなす二人を見て、この作戦は必ず成功する―そんな確信をリーは抱いた。


568 :4/16:2005/08/18(木) 01:12:58 ID:???
「やられたな…」

ザフト軍新鋭戦艦ミネルバの艦内―
プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルは、肝を舐めつつ報告を受けていた。
カオス・ガイア・アビスの新鋭3機の強奪に居合わせ、ミネルバに乗り込む羽目になった。
だが、その先で受けた報告―
セカンドステージMS計画の総責任者、ユーリ・アマルフィ博士の暗殺―

「MSは作り直しがきくが…人の命はそうはいかない」

これでセカンドステージMS計画に続くサードステージへの移行は遅れる。
そればかりか責任者の死亡が現場指揮に与える影響も懸念される。
ユーリの暗殺の事実は伏せ、強奪に伴った被害の中での死という形を取るよう指示したが…
今後のデュランダルの思い描いたプランは変更を余儀なくされた。

「せめて…あの奪われたあの3機の始末だけでも…つけませんとね」
「そうだな。タリア、よろしく頼むよ」

報告を行なっていたのは、ミネルバ艦長、タリア・グラディス。
新鋭戦艦ミネルバに着任したばかりで、いきなりの強奪事件への遭遇、そして暗殺事件―
事態が予断を許さぬ状況ではあるが、彼女の言葉はデュランダルの思いを代弁していた。

「それと、もうひとつ報告しなければならないことが…」
「何かな?」

この期に及んで、また悪いことかとデュランダルは内心肩をすくめていた。
もっとも、これ以上悪いことなどあるまいとも思っていたが…

「極秘会談をなさっていた、オーブ首長国連邦代表、カガリ・ユラ・アスハ代表が、この艦に乗っております」
「…あの姫が、乗っているのか?」

これは良いことなのか悪いことなのか、デュランダルにも判断ができず、苦笑するしかなかった。

569 :5/16:2005/08/18(木) 01:13:48 ID:???
極秘会談―
先の大戦で戦場となったオーブから流出したコーディネーターの難民たち。
その中にはオーブ国営企業、モルゲンレーテ社の技術者が数多く存在した。
戦後、プラントの移民政策の一環として、それら優秀な技術者はユーリの元へ集っていた。
そしてユーリ指揮の元、セカンドシリーズMS計画に携わっていたのだ。

カガリ代表の突然の会談申し込みは、オーブから流出した技術者の返還、帰国を求める内容であった。
もっとも、国内の軍事機密に携わった人間を、おいそれと帰すわけには行かない。
平行線をたどった会談の末に、突如発生したMS強奪事件―
会談の当事者が、まさかこの艦にいるとは…

「だが、挨拶くらいはしなければな…」

そう言ってデュランダルは席を立ち、グラディス艦長と共に席を立ち、相手の待つ部屋へと向かった。

同じ頃、話に上っていた人物もこれからのことを考え、頭を悩ませていた。

「これからどうする、アスラン?」
「…アレックスです、代表」

オーブ首長国連邦代表首長、カガリ・ユラ・アスハは、混乱の最中ミネルバに到着―
その後、若干のトラブルにはあったものの、側近と二人で別室に案内された。

「…今は状況に身を任せるしかないな…
 俺は…その…正体がわかると、色々と拙いことになるので、迂闊なことはできない。
 それにこの艦はどうやらザフトの新鋭大型戦艦。今は客人扱いだが、ちょろちょろすれば…」
「あらぬ疑いを掛けられかねない…か。今は何もできないな…わかったよ、アレックス」

アレックスと呼ばれた側近の諫言に従うことにしたカガリ。
実際、彼女もどうすることもできないとは分かってはいたのだ。
新型MSが強奪された後、アレックスとともにザクに乗り込み、強奪犯と戦いもした。
しかし、ミネルバに着いて真っ先に、誤解から銃を突きつけられたりもした。
最早平時ではなくなっていた。それが彼女の不安を掻き立てていたのだ。

アレックスとのわずかなやり取りは、彼女に理性的な側近の存在を再確認させた。
自分の今すべきことは無事にオーブに帰り着くこと―
そう心に留めたカガリであった。

そして部屋に来訪者―プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル―が到着した。


570 :6/16:2005/08/18(木) 01:16:10 ID:???
「お待たせ致し申し訳ない、姫」

開口一番、プラントの最高責任者は面会の遅延を詫びた。
そして状況の把握、事後の対策の検討に多大な時間を割いていたと弁明した。
また、カガリに対しても機密に抵触しない範囲で状況の説明をした。
現在、奪取された3機のMSを追っていること―
奪還が最優先だが、困難ならば破壊、敵の撃滅をせねばならないこと―

「こんな状況ですが、何卒ご理解願いたい」

デュランダルは最後に深々と頭を下げた。

「いや、こちらこそ、突然の会談の申し出に応じていただいておきながら…
 なんの助力もできず、おまけにこの艦でやっかいになっている。詫びるのはこちらの方だ」

今度は逆にカガリの方が頭を下げた。
デュランダルとしては、一応誠意を見せるために下げたのだが…
逆のことを、しかも他意なく本心でされるとは―苦笑いがこみ上げてくるのを我慢していた。

「ところで、こちらの方は…アーモリーワンでもお会いしたが、どなたかな?」

デュランダルは、先ほどアレックスと呼ばれた青年の方に向き直っていった。
サングラスをかけた青年は、困惑した様子でカガリを見やった。

「あ、いや、彼は…その…
 私の私設秘書で、護衛の任にもあたってもらっているアレックス・ディノだ」
「なるほど。
 先ほどは、あの混乱の最中、ザクに乗り込みわが軍を援護していただいたとか…
 流石は代表の護衛。お陰でこの艦の搭載機も助かったと聞く。私からも礼を言わせて貰うよ」

やや戸惑いながらのカガリの説明ではあったが、デュランダルは納得顔で礼を述べた。
ほっとしたカガリではあったが、次のデュランダルの言葉は彼女を驚愕させることになる。

「その腕を見込んで頼みたいことがあるのだが…
引き続き、わが軍の作戦を援護してはもらえないだろうか…アレックス・ディノ君…
…いや、アスラン・ザラ、そう呼んだ方が宜しいかな?」


571 :7/16:2005/08/18(木) 01:17:38 ID:???
「ぎ…議長!それは…!」

慌ててカガリが会話を遮るが、時既に遅かった。
アスラン・ザラ、側近の真の名を呼ばれたことでカガリは蒼白であった。
同じく、デュランダルの隣に控えていたタリアも驚きの表情を隠せないでいた。

「やはり…バレていましたか」

だが、意外にも当の本人であるアレックスは冷静に返答していた。
サングラスを取り、素顔のままでデュランダルに向き直る。

「お久しぶりです、議長」
「最後に君と会ってから2年近くになるな」
「私がプラント国外追放の処分を受けてから…もう2年にもなりますか…」

驚いた顔のカガリとタリアをよそに、二人は会話を続ける。
アスラン・ザラの受けた国外追放処分―話は二年前に遡る。
大戦末期、プラントは対地球政策の対立から、穏健派のクライン派と強硬派のザラ派に二分された。
ザラ派頭目、パトリック・ザラの息子であったアスラン・ザラも当初はザラ派に属していた。
が、己が父の妄執に疑問を感じ、大戦終盤の第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦では派閥を離れる。
そして、彼はラクス・クライン率いる三隻同盟に参加―ジェネシスの破壊に携わることとなる。

戦後、クライン派が政権に就いたが、戦後処理の中でザラ派の処理―即ち戦犯裁判が問題となる。
プラントの軍事を司ってきたザラ派を裁くことは避けたいクライン派ではあった。
しかし、ジェネシスで地球を焼こうとしたザラ派に何の咎めも無しでは対地球政策は為しえない。
仮の形でも彼らを裁かないことには、地球サイドの心証の悪化は避けられない。
ザラ派への裁判は、クライン派にとっても苦渋の決断だった。

最中、3隻同盟に参加したザフト軍人の中で、アスラン・ザラと盟友ディアッカ・エルスマンの二人が出頭。
嘗てのザラ派二人は、他のザラ派と共に裁判を受けた。

だが、彼らの処理はクライン派の首脳陣を更に悩ませることとなる。
ラクス・クラインの3隻同盟自体、公の存在にはできない上、当のラクス本人も行方不明―
二人は、ザラ派であった罪と、脱走兵としての罪で処理する以外に裁く手段が存在しなった。
更に、アスラン・ザラはジェネシス破壊の罪を裁判で告白―
一時は極刑も免れ得ない状態であった。

その時、救いの手を差し伸べたのがデュランダルであった。
大戦中盤、最強といわれた連合のストライクを撃った功労を元に、クライン派を説得、死一等を減じた。
結果、軍籍の剥奪、所有財産の没収、プラントからの国外追放という落としどころに落ち着いたのだ。



572 :8/16:2005/08/18(木) 01:18:48 ID:???
裁判終了後、アスランはプラントの友好国である大洋州連合に移住することになる。
その後、オーブに渡り、カガリ・ユラ・アスハの元でアレックス・ディノとして生きることになる。
これが事の顛末であった。

つまりは、今だプラントにおける罪は消えていないアスランが、ザフトの艦にいる―
カガリの心配とタリアの驚愕の理由は、その異常事態を慮ってのことであった。
最も、そんな二人をよそにアスランとデュランダルは言葉を続ける。

「…ディアッカ・エルスマンは…その後どうなりましたか?」
「彼か…彼は今宇宙にいるよ。地球軌道艦隊、ジュール大隊の一員としてね」
「ジュール大隊?」
「人手不足の折、ザラ派への処分も徐々に緩和されている。
 イザーク・ジュールにも艦隊を任せていてね…ディアッカはその腹心というわけだ。
 君は何も聞いていないのかね?」
「オーブに渡ってからは…いろいろと、その、問題がありますから」

ザラ派に属していた政治家、エザリア・ジュールとタッド・エルスマンの息子達―
イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンの二人は、裁判後、ザフトに復隊していた。
ザラ派であっただけのイザークは、母が公職から追放された以外はお咎めなし。
レッドであり、大戦終盤から隊長格にあったことから艦隊司令に任じられていた。
一方のディアッカは、脱走の罪が災いしてレッドから降格処分を受ける。
一般兵の身分であったが、実力では抜きん出ているため、イザークの腹心として活躍していた。

もっとも、嘗ての盟友たちの安否はアスランの元には入らなかった。
オーブに行ってからは、アレックス・ディノとして、カガリの秘書兼護衛役として生きていた。
いくらオーブ代表でも、プラントの犯罪者を手元においていると分かれば具合が悪い。
故に彼は、プラントの現状を知らずに今日まで過ごしていたのだ。

「議長!アスラン…いや、アレックスのことは…!」

心配そうにことの成り行きを見守っていたカガリであったが、やっと口を開けた。
彼女をよそに、二人にしか分からない会話を続けられたので、会話に入る機会がなかったのだが…
部下の不安定な状況を慮っていたが、やっとのことで会話を遮った。
が、デュランダルの次の言葉は彼女を拍子抜けさせることになる。

「代表、ご安心を。いまさら彼をどうこうするつもりはない。
それにここはザフトの軍艦ではあるが、プラント領内ではない。
アーモリーワンでは彼はプラントに居たことになるが、…彼は一応アレックス・ディノだからね」

573 :9/16:2005/08/18(木) 01:19:59 ID:???
デュランダルの言葉の後、アスランはカガリに事実を打ち明けた。
プラントにいた頃の裁判で、議長から並々ならぬ助力があり、命が助かったこと。
更には、プラント脱出から大洋州連合に至るまでの手配も行なってもらったことを。
そこまで聞いたカガリはようやく安堵の表情を見せたものの、今度は怒り出した。

「…なんでそれをもっと早く言わない!私はどうなることかと、さっきから心配していたんだぞ!」

今まで散々心配させておいて、実は最初からアスランもデュランダルも旧知の間柄だったのだ。
流石に彼女でなくとも文句のひとつやふたつは言いたくもなろう。
だが仮にも国家元首…すぐに側近としてのアスランに諫められてしまった。

「で、話を戻そうか、アスラン」

デュランダルは、そういってアレックス・ディノに今後の作戦の援助を願い出た。
新鋭機を3機強奪されたことに端を発した今回のミネルバの緊急出動。
新鋭戦艦ということもあり、スタッフに戦争を熟知した人間がいないこと―
進水式後の就航後に行なわれる筈の練成訓練もできず、パイロットの連携に不安があること―
そんな中で、強奪された3機と、謎の戦艦ボギーワンを追わねばならない状況―
一時的に、アレックス・ディノとして、戦闘に参加してもらえないか、そうデュランダルは頼んだ。

「無論、積極的にオーブの人間が戦闘に参加するのは拙い。
 だから、艦の防衛にのみ参加、ということではどうだろうか?」
「私は構いませんが…代表次第です」

アレックスから話を振られたカガリは迷った。
議長の言うとおり、ザフトからの要請でオーブが戦闘に参加することは拙い。
だが、この状況を考えれば、議長の要請にも理はあるとも思えた。逡巡の後、カガリは断を下した。

「アレックスの戦闘参加は…できれば避けたいが、そうもいかないだろう。了解した。
 だが、ひとつだけ。あくまでザフトの要請ではなく、私の要請でということにしたい。
 今回、この艦に居合わせることになったのも、私の責任―だから、私の意志で―」

デュランダルとタリアが退席した後、カガリはこのような事態になったことを部下に詫びた。
本心では何としてでも彼を戦場に送ることは避けたかったが、それができないことが歯がゆかった。
せめてその責を自分にと思い、自らの要請でということにしたのだが、彼女の心は晴れなかった。
そんな彼女を見て、アレックスは困った様子で言った。

「これで、俺は君を護るという本来の仕事ができるわけだ。嫌なことなんて…ないさ」

574 :10/16:2005/08/18(木) 01:21:43 ID:???
「大佐、間もなく捕捉されますな」
「そうだな。さて、どうするかな」

ガーティー・ルーは当初の予定通りデブリ帯へと進路を取った。
だが、懸念の通り、ミネルバの脚は早く、交戦は免れ得ない状態となった。

「私に妙案があるのですが…」
「へぇ…聞かせてくれよ」

リーの案は、間もなく進路に現れる隕石にアンカーを射出しミネルバの射程外へ移動。
デコイを用いミネルバをかく乱、その隙に背後を突き、ミネルバ本体を強襲するというものであった。

「ミネルバを撃つのはこの艦でやるのか?」
「無論。この艦の主砲ならば必ずや彼の艦を撃沈できましょう」
「…悪いが、最後のヤツだけは反対だな」

ネオはリーの作戦に同調しかけたが、最後のミネルバを撃つ役をガーティにさせるのを躊躇った。

「何故です?一気に仕留めたほうが…」
「リー、落ち着いて考えろ。万が一この艦が被弾した場合はどうする?
 確かにこの艦の主砲ならいくら最新鋭艦であろうと、直撃を食らえば一たまりもないだろう。
 だが、逆を言えば相手の主砲に捕らえられる危険性もある。
 俺達の作戦は何だ?
 奪った最新鋭の機体からその技術力を戴くことにあるんだろう?
 俺達のガーティ、今は連合の艦であることを公にはできない。
 補給も修理も月の秘密ドッグ以外では碌に行なうことすらできない。
 …いわばこの艦は、完全なるスタンド・アローンの状態だ。
 艦への危険は極力避けるべきだ、違うか?」

ガーティ・ルーは完全なるスタンド・アローン状態。
増援も補給も望めない孤立した艦は、被弾すれば命取りになりかねない―
ネオの危惧にリーは反論の余地がなかった。

「では、ミネルバはどうなさいます?」
「ミネルバを撃つ役は、アイツにやってもらうさ」

ネオは笑みを浮かべ、指を二本立てた。Mk-Uにやらせる―暗にそう言っていた。

575 :11/16:2005/08/18(木) 01:22:44 ID:???
「熱紋反応!これは…カオス、ガイア、アビスです!」

ミネルバのブリッジにオペレーター、メイリン・ホークの凛とした声が響き渡る。
それと同時にこれが作戦の幕開けであることを物語っていた。
強奪された3機の奪還、もしくは破壊―そしてミネルバのMSも動き出す。
ルナマリア・ホークのザクウォーリア、レイ・ザ・バレルのザクファントム、そして…

『マユ・アスカ!コア・スプレンダーいきます!』 

ガーティ・ルーの3機とミネルバの3機はこうしてデブリ帯での戦闘を行なうことになる。

「ボギーワンに変化は?」
「今のところありません」

一方、ミネルバ艦長タリア・グラディスはボギーワン、即ちガーティ・ルーの動きを不自然に感じていた。
捕捉されたにもかかわらず、3機のMSを出した以外に変化はない―
普通なら反転して攻撃をしてきても良さそうなものなのだが・・・
このままではミネルバの射程内に入るかもしれないのに、全く動きがないことが不可解であった。

「変ね…」

そうタリアが呟いた頃には、既にガーティー・ルーはミネルバの背後に回り、射程内に収めようとしていた。

「始めましょうか、大佐」
「ふっ…こうも呑気だとはな…せいぜいミサイルの雨を食らって慌ててもらおうか!」

射程距離に収めたネオたちの行動はすばやかった。
ありったけのミサイルをミネルバに向けて発射し、直後に退避運動に入り、コロイドを展開―
これによりミネルバは再びガーティ・ルーを見失うことになるのだが…
ミネルバはそんな相手の動きさえ見えていなかった。

「後方よりミサイル群接近!」

メイリンがブリッジに危機を告げる。

「機関最大!全速離脱!」

直後にタリアも指示を出す。だがその行動も既にガーティに先読みされていた。
第一波ミサイルはかわしたものの、第二、第三のミサイル群が接近していた。
数発の被弾で済んだものの、ミサイルが逸れた先にあった隕石の岩盤がミネルバを叩く―

576 :12/16:2005/08/18(木) 01:23:51 ID:???
「艦の被害状況を報告せよ!」

岩盤の破片による激震に見舞われたミネルバ。
事態が沈静化した後も、クルーはその建て直しに追われた。
ミネルバの船体への損傷は致命的なものではないが、不幸にもエンジン部分に損傷が認められた。
更には、周囲に漂う岩盤の欠片により対空監視がままならない状況―
今敵が新たなMSを出せば、間違いなく窮地に陥る―誰もがそう思った。

『艦長、アレックス・ディノです。
 被害状況は聞きました。このままでは敵の動きに対応できません。
 自分がザクででますが、宜しいですか?』

格納庫から入った通信は、アレックス―かつてのザフト・エースからのものだった。
無論、タリアに断る理由もなく、ブリッジに同席していた議長も目で頷いていた。

「本来貴方に頼むことではないけど…そうも言ってられないわね…頼むわ。出て頂戴」
『了解。アレックス・ディノ、ザク、発進させてもらいます!』

艦の外に出たアレックスは慄然とした。ミネルバの損傷は素人目にも分かった。

「これでは…敵の追撃など…無理だ」

だが、そう言った直後、閃光が彼の前を通り過ぎ、ミネルバの艦尾を抉った―

「機関部破損!航行能力大幅減退!…それにこれは…敵艦からの発砲ではありません!」

ダメージコントロール要員から報告を受けた副長のアーサー・トラインが、被弾の原因を報告する。
タリア・グラディスはその事実からMSの存在を悟ったが、レーダーにそのような反応はない―

「ミラージュコロイドだ!」

混乱した状況を説明したのは、軍人ではないプラント最高評議会議長―
すぐにその言葉が正しかったことが証明される―
漆黒の機体が姿を現した―

「ス…ストライク…?そんな…どうしてここに…!」

嘗てアスラン・ザラであった頃、自身が撃墜した筈のMSが、アレックスの眼前にいた―

577 :13/16:2005/08/18(木) 01:25:18 ID:???
「…ったく、なんて硬い艦だよ!」

ゲンはMk-Uのコクピットで悪態をついていた。
岩盤に叩かれたショックでミネルバが体勢を立て直す間、彼はコロイドを展開し接近していた。
そしてMk-Uのメガ・ランチャーでミネルバを抉る―
エンジンブロックを狙い、艦を撃沈、あるいは自力航行不能なまでに追い込む―
ここまでは彼の描いた筋書き通りだった。

だが、ミネルバは自力航行能力を失わないばかりか、退避運動に入っている。
最新鋭艦としてプラントの技術力の粋を集めた艦の装甲の硬さはゲンの予想を遥かに超えていた。
そして、見ればミネルバから発進したザクがこちらに迫ってくる。

「これ以上はやらせない!」

アレックスの乗るザクはブレイズ・ウィザードを装備していた。
そして、ウィザードの肩に備え付けのミサイルを放った。

「フェイズ・シフト装備のMk-Uにそんなものが効くかよ!」

ゲンはシールドを構え、被弾を防ぐ―
だが、ミサイルの爆煙が収まったとき、彼の眼前にアレックスのザクがいた。

「くっ…煙幕のつもりか!」

舌打ちするゲンだが、若干反応が遅れる―
アレックスのザクはヒートホークを引き抜きゲンのMk−Uを捉えた―
直後、彼の斧はMk-Uのランチャーを切り裂いていた。

小爆発が起こり、ランチャーが爆散する。
アレックスの狙いは、最初からMk-Uではなく、敵の持つ対艦用ランチャーだった。

「こいつ…!ホントに一般兵かよ!?」

緑色の機体でパーソナルカラーに染められていないザクの、意外な動きにゲンは翻弄された。
機体の色から相手は一般兵と思われたが、乗っているのは嘗てのエース、アスラン・ザラ。
真相を知ればゲンも納得しただろうが、今は知る由もない。
追撃を警戒したゲンだが、アレックスはそのままザクの機体をMk-Uに寄せてきた。
接触回線が開かれ、アレックスの声が響く―

「ストライクのパイロット!お前は一体誰なんだ!」

578 :14/16:2005/08/18(木) 01:26:41 ID:???
「…はぁ?」

ゲンは戦闘中にもかかわらず、ポカンと口をあけ、動きを止めてしまった。
それほどアレックスの取った行動は突拍子もなく、ゲンを拍子抜けさせるものだった。
戦闘中に接触回線を開いて敵の仔細を問いただす―そんなことは通常は考えない。
最も、アレックスの強さに驚嘆し、警戒を強めたゲンの戦意を挫けさせるものではあったが…。

一方のアレックスは、ゲンとは違い真剣そのものの表情で問いただしていた。
彼にしてみれば、ストライクというMSは、宿敵であり親友でもあったキラ・ヤマトが駆った機体―
そして盟友であり部下でもあったニコル・アマルフィの命を奪った憎むべき機体―
そんな因縁のMSを目の前にして、先ほどまでの冷徹な戦士としての行動とは裏腹に、心は乱れていた。

友情とも憎悪ともつかない奇妙な感情がアレックスを支配する。
それが彼を、突拍子もない行動に駆り立てた理由であった。
ザフト艦艇を襲撃した漆黒のストライクの行動を知っていれば、そのような行動は取らなかっただろうが…
プラントを追われ、軍籍を剥奪された故の情報量の少なさが、彼にとっては仇となった。

だが、そんな異常な行動が、逆にミネルバとアレックスにとっては幸いとなる―

「…アンタこそ、誰だよ?」

戦意を挫かれたゲンは、アレックスの意図を知ってか知らずか応答してしまった。
見れば、アレックスのザクは、既にヒートホークの刃を収めてしまっている。
無論、ゲンが戦闘を再開しようとすればすぐに応じることは可能であったが…
少なくとも、今は戦闘の意思はない―そんなアレックスの意思に同調してしまったのだ。

「俺は…!アス…いや、アレックス・ディノ…だ」

まさか自分が問いただされるとは思っていなかったアレックスは、思わず真の名を言いそうになった。
焦りながら答えるアレックスの声を聞き、ゲンは笑い転げそうになった。
本当に名前を名乗りやがった―
名前の真偽は兎も角、アレックスの行動は今度こそ本当にゲンから戦意を削ぎとってしまった。
そしてゲンはある悪戯を思いつくことになる―

「へぇ…アレックスか。いいぜ、アレックス、教えてやるよ。
 俺は"Genocider Enemy of Natural"―ナチュラルの敵を殲滅する者…さ」

579 :15/16:2005/08/18(木) 01:27:46 ID:???
そう言い残すと、ゲンは踵を返し後退した。
どのみちミネルバは追撃できる状態ではなく、敵艦の追撃阻止という任務は終了していたのだから―
それに、名前を告げたところで、公式には存在しないファントムペインの自分なら問題はない。
直後、ガーティー・ルーから後退の信号が上がり、この戦闘は幕を閉じることになる。

アレックスはゲンの名前を反芻していた。

「"Genocider Enemy of Natural"―ナチュラルの敵を殲滅する者…
 俺達コーディネーターの…敵…なのか?」


「で、そのアレックス・ディノ君と戦ったってわけ?」
「ああ」

帰還後、ゲンはネオとリーに戦闘状況の報告を行なった。
ネオはアレックスの行動を聞くと、腹を抱えて笑い出し、リーを呆れさせた。
ネオが一しきり笑い終わると、今度はリーのゲンに対する小言が始まった。

「中尉、君はファントムペインの中では私に次ぐマトモな軍人かと思っていたが…
 我々は特殊任務に着いている特務戦艦のクルーなんだぞ?もっと自覚を・・・」

そこまで言いかけてネオが口を挟む。

「リー、お前何気に今酷いこと言わなかった?」
「さぁ…?」

さり気なく酷いことを言われた気がするネオをリーはフォローもしない。
小言が続いた後、ゲンは素直に詫び、以後気をつける、とだけ言った。
その後、リーはゲンに部屋に帰り休息を取るよう指示した。


一方その頃、アレックスの方も、タリア艦長のお説教が始まっていた。

「…嘗てのザフトのエースパイロットともあろう人間が…
 敵と通信を開いて、あろうことか正体を聞こうとするなんて…」

タリア・グラディスは、別室でデュランダルとカガリ、そして当のアレックスを交えて報告を受けていた。
因縁の相手を認め、思わず敵に接触回線を開き、所属を問いただしたことに関する報告―
タリアとカガリはアレックスの行動に呆れながら、デュランダルは笑いをかみ殺し聞き入っていた。
そんな中、肩をすぼめて聞き入るアレックスがいた―

580 :16/16:2005/08/18(木) 01:29:41 ID:???
「本当に…その…申し訳ありませんでした」

心底済まなそうにするアレックスを見て、タリアは怒る気力も失せてきた。
かつてのイージス、ジャスティスを駆ったアスラン・ザラは鬼神のような強さを誇ったと聞くが…
今目の前にいる青年は、ただの好青年にしか見えなかったのだから。

最も当のアレックスは打ちのめされていた。
まさかあの漆黒のストライクが、過去数回にわたりザフト艦艇を襲撃していたとは…
知らなかったとはいえ、仇敵を打ちもらしたことについては弁明の余地がなかった。

「まぁ、タリア。そう彼を責めないでくれ」

話の腰を折ったのはデュランダル―

「彼に助力を求めたのはこの私だ。責められるべきは私、彼を怒るのは筋違いというものだ。
それに、彼は本来の仕事ではないのに、この艦を護ってくれたではないか?」

そしてもう一人―

「いや、アレックスに命令をしたのはこの私。責められるべきは私だ、議長」

オーブ代表、カガリ・ユラ・アスハも部下の不始末を詫びていた。
タリアは、目で議長に合図をし、この場を収めるよう言った。

「ふむ…そうだな」

呟いてデュランダルは、アレックスの報告の検討に入った。

「名はその存在を示すものだ。
 ならば、もしそれが偽りだったとしたら…
 それが偽りだとしたら、それはその存在そのものも偽り、ということになるのか?
 だが、撃墜された5隻の艦艇、それに大破したナスカ級…
 そして今回のカオス、ガイア、アビスの強奪事件…これらは現実に起こったことだ。
 "彼ら"は現実に存在し、今や我々の脅威となっている」

「今よりあのボギーワン、ザフト軍襲撃犯の呼称を"Genocider Enemy of Natural"…
 頭文字をとり、"Gen."すなわち、"ジェネラル"と命名する。そして、その撃滅を全軍に指示しよう」

かくしてガーティ・ルーとMk-U、カオス、ガイア、アビスの存在はザフトにとって公式に敵と認識された。
以後、ファントムペインはプラント敵対勢力"ジェネラル"と仮称され、ザフト軍と果てしない攻防を続けることになる。