246 :1/9:2005/09/15(木) 22:15:20 ID:???
ユニウスセブン落下の数日後―暗室の中、ロード・ジブリールは佇んでいた。
眼前には大型モニターが設置してあり、更にそのモニターの中にいくつもの画面が映し出される。
衛星中継による各地の世情が、その複数の画面に映し出されていた。

『酷いものだな』
『パルテノン神殿が吹っ飛んでしまったわ』

モニターが切り替わり、二人の老人の声が聞こえる。
この場所ではない―おそらくはジブリールと同じような部屋をその老人達も持っているのだろう。
やがてモニターの全てが切り替わり、各画面に人の顔が映し出された。
今から始まるのは、軍需産業複合体ロゴスの会議―

「これでわかったでしょう?奴等コーディネーターの本性というものが」

全ての画面に、ロゴスの主要メンバーの顔が揃ったことを確認し、ジブリールは声を発した。
これから始まるのは、表向きは商人同士の会合―だが、その商人とは死の商人たち―
彼らは厳然たる力を地球各国の政治に及ぼしており、彼らの意向は政治家をも動かす。
ロゴスが、政治家の選挙資金を始めとした金銭を賄い、その他国策にも強い影響力を持っているからだ。
世界の行く末を占う会合が、これから始まろうとしていた。

「所詮ユニウス条約など形骸に過ぎなかった……それを奴等は示したのです。
 既に各国のブルーコスモス派の政治家連中は、開戦の方針を固めております。
 後は皆様のご意向次第……」

ジブリールは、あくまでロゴス次第との姿勢を見せたが、ブルーコスモスもまた政界に影響力を持つ。
ロゴスの傘下に入ってるブルーコスモスだが、実際各国の趨勢は開戦に向けて動き出していた。
如何にロゴスといえども、その趨勢を覆すことは困難であるし、またそのようなことは決してしない。
彼らは軍需産業複合体であることから、戦争については概ね寛容な姿勢を見せるものであった。

『各国の被害情報が今も手元の入ってくるが、被災者は増えるばかり……
 最終的にどのくらいの被害があるのか……想像もつかんわ』
『1000万単位の被災者は、覚悟せねばなりますまい。人々の心は……やはり復讐心に駆り立てられよう』
『戦争は避けられませんな』

"やむを得ない"という発言はするものの、彼らロゴスメンバーの頭の中は既に別のことで埋まっていた。
戦争でもたらされる利益とそれを生むための投資の額……目まぐるしい程の損得勘定が為されていた。
それらを見透かしたようにジブリールは言葉を紡ぐ。

「では、この度のユニウスセブン落下事件によるロゴスの意向は……
 開戦しても構わない、という方針で宜しいですな?」


247 :2/9:2005/09/15(木) 22:16:13 ID:???
『待ちたまえ、ジブリール』

だが、ジブリールが会合を取りまとめようと発言した直後、意外なことにそれを制する者がいた。
ジブリールを含め、他のロゴスメンバーは一斉にその声の主を画像で追い求めた。
老人―というにはまだ若い男、金髪に若干の白いものが混じった髪……
一見して名士とわかる服装と、その眼光に些かの鋭さを湛えながら……
ジブリールはその声の主のことは以前から知っていたし、ロゴスメンバーもまた十二分に知る顔だった。
彼に言葉の続けるよう、丁重にではあるがジブリールは促す。

「……これは……アズラエル様。ご不興な点でもございましたかな?」

ブルーノ・アズラエル―
前ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルの実父にして、軍需企業コングロマリッド社会長。
アズラエル財閥総裁にして、現大西洋連邦国防産業理事としてロゴスに厳然たる影響力を持つ人物。
末席の人間の発言ならまだしも、ロゴスの中心に位置する彼の発言に、全員が傾聴しようとする。

『君は……戦争が始まるとして、どこに落としどころをもっていくつもりかね?』

アズラエルの発言は、この会合の本旨からは若干外れていた。
実際のところ、ロゴスは政治に介入する力を持っていたものの、政治について彼らは門外漢である。
政治や戦争の本題は、政治家や軍人といった人種に任せ、必要とあればその強権を発動する―
それがロゴスという組織であったが、彼は組織の大綱を知りながら敢えてその質問をした。
ジブリールはアズラエルの意図は理解していた。政界、財界、軍に強い支持基盤を持つブルーコスモス。
ロゴスは言わば財界の盟主ではあるが、政界と軍はブルーコスモスの意向が強く反映される。
地球側の戦争の趨勢を担うブルーコスモスの意向が、即ち地球の方針ともなる。

『ジブリール、君はブルーコスモス盟主になったとき、コーディネーターの殲滅を唱えた。
 だが、この戦争で彼らを本当に攻め滅ぼすつもりなのかね?それとも……
 それが叶わぬ場合、どこに落としどころを持っていくつもりなのか、聞かせてもらいたい』

ジブリールは逡巡した。
この点、ブルーコスモスの中でも意見が分かれていたのだ。
旧来からコーディネーターに対する意見は、殲滅を唱える強硬派と融和を唱える穏健派に二分された。
後者は、融和を唱える穏健派と言えば聞こえはいいが、要は殲滅に賛同しない者たちの総称である。
中には先の対戦前の状態、即ちプラントを植民地化し、連合各国の利潤の糧としようとする者もいた。
逆に、ナチュラルとコーディネーターとの不和を憂い、相互理解を図った上での同化を唱える者もいた。
そんな穏健派でも、ユニウスセブン落下事件については、開戦止む無しという意見が多数を占めた。
ただし、開戦の是非と終戦のための落としどころは、その二派閥の主張は、やはり異なるものであった。
殲滅を唱える者と、プラントを再び植民地、あるいは連合の保護国にしようとする者とに分かれていた。
今だジブリールでさえも組織の統一見解を纏め上げることに苦心していた。

248 :3/9:2005/09/15(木) 22:17:46 ID:???
「あくまで……現時点での話ではありますが」

ジブリールは慎重に言葉を選びながら、二派の見解の相違を、アズラエル他ロゴスメンバーに説明した。
ただし、あくまで統一見解が纏まっていないだけで、それは大した問題ではない、とも付け加えた。

「水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる……そういうものです」

そう前置きした上で、ジブリールは自らの見解を示した。要約すればこうである。
地球連合各国の主だった政治家には開戦の意思はあるものの、目下のところは被災者の救援に忙しい。
だが、それが終われば、被災した者達、またその同胞達は自分達の置かれた現状を考えるに違いない。
なぜこうも理不尽な事件に巻き込まれねばならないのかと―ユニウスセブンは何故落ちたのかと―
即ちその想いの矛先は、やがて憎悪を伴ってコーディネーターへと向けられるであろう。
その憎悪で、殲滅にしろ、あるいはそれが叶わぬとも、プラントの現状勢力の維持はさせまい。
ロゴスは、開戦後の状況によって手立てを考えれば済むことであると。
それを聞いたロゴスのメンバーは賛同の声を上げる。

『確かに、あの砂時計を作るのに、我々ロゴスの中にも出資した者が大勢いる』
『忌々しくも先の大戦で独立など許したが……できるなら出資した元は取りたいですな』
『殲滅ともなれば連中も必死になるだろう。上手い落としどころが見つかると良いが……』

この点、ジブリールが慎重に、言葉を選びながら説明した甲斐が現れていた。
性急なプラント本国の殲滅は、それらに出資したロゴスの利を帳消しにするものである。
彼らロゴスは、ブルーコスモスのような思想集団とは違い、利にさとい軍需産業に携わる者達である。
ロゴスにとって重要なのは思想よりも利潤―彼らが開戦に賛同しやすいよう話を仕向けたのだ。
開戦し、なおもブルーコスモスの強硬派が殲滅を唱えても、ロゴスがそれを阻止すればよいだけの話、と。
しかし、そんなジブリールとロゴスのメンバーをよそに、なおもアズラエルは疑問を口にした。

『強硬派の代表者である君が……意外な話だな。
 例えば……連合の月基地には、前々から対プラント用の核ミサイルが多数用意されていると聞く。
 君なら開戦と同時にそれを放とうとする……私はそう考えていたのだがね?』

再びブルーノ・アズラエルが口を開いた。
確かにジブリールの話は、ロゴスにとって都合のよい話ではあったが、反面矛盾するものだった。
ブルーコスモスの盟主で、強硬派の筆頭でもあるジブリールの平素の言動からすれば、意外であろう。
強硬派の対コーディネーターの施策として、最も単純かつ明快なのはアズラエルの主張した方法である。
即ち、開戦と同時にプラント本国への核の一斉攻撃―これではプラントは国力を維持できる筈もない。
核攻撃さえ成功すれば、早晩政権もザフトも崩壊することは疑いなかった。
普段の行動とは矛盾するジブリールの物言い―だからアズラエルは疑問を口にしたのだ。

今度もジブリールが答えるまでに若干の間があった。
しかし、その沈黙は逡巡ではなく黙考であった。再び言葉を選びながら、彼は説明を始めた。

249 :4/9:2005/09/15(木) 22:19:10 ID:???
「アズラエル様、貴方はユニウスセブンの落下の件、如何様にお考えで?」

始めは疑問文で切り出したジブリールだが、それは相手の答えを聞くための発言ではなかった。
すぐにジブリールは言葉を続けた。確かにアズラエルの言う方法も、殲滅の手段としては有効である。
だが、その後はどうするのかという問題が残る。即ち、撃ちもらしたコーディネーター達のことである。
地球におけるザフト軍の拠点は、ジブラルタル、カーペンタリア、アフリカの3箇所に存在する。
仮に核攻撃でプラント本国を攻め落としても、ザフトの残存勢力はある程度残ることになる。
地球では核を撃つこともできず、また彼らの頑強な抵抗にあうことは必定である。
更に彼らはユニウスセブンの首謀者どもと同じように、復讐に走るだろう。
失うものがない人間の怖さは、先日そのテロリストどもが十二分に示したのだ。

「核を撃つことがあるとすれば……状況が殲滅以外考えられなくなったとき……
かつ、それは地球上に点在するザフトの主力を宇宙に追いやった後の話になりましょう」

既にファントムペインからもたらされた情報は、ロゴスのメンバーの手元にも届いている。
ゲンが撮影したユニウスセブンの状況を納めた映像と、指揮官ネオ・ロアノーク大佐の報告書を添えて。
また、同じ情報が地球連合の主だった国々の政治家たちにも渡されていた。
それらの情報を考慮に入れた上でのジブリールの判断であった。
そしてジブリールは会合の総括に入った。

「では、ロゴスの皆様の統一見解は、開戦止む無し……ということで宜しいですな」

誰も口を挟むものは無く、その後会合は閉幕した。
次々とメンバーが回線を閉じモニターを後にする中、最後までブルーノ・アズラエルだけが残った。
やがてアズラエルは徐に口を開いた。

『ジブリール、君は盟主就任の際、あくまでも"殲滅"に己の命をかけると言ったな?
 私はその言葉を信じて、君を息子の後の盟主に推薦し……君は盟主になった。
 恩を着せるわけではないが、あの言葉に偽りはないだろうな?』
「ご冗談を。ロゴスの老人どもの手前、あのような言葉で締めざるを得なかったのですよ。
 連中は利にさとい。利益になると分かれば、相手がコーディネーターでも取引する連中だ。
 そんな連中に、ブルーコスモスの理想など説いたところで……時間の無駄しょう?」
『……ならいい。だが、既にデュランダルは甘い言葉を吐きながら被災国に擦り寄っている。
 開戦しても事態が好転せぬ場合、君の処遇を含め検討することになるが……良いな?』

アズラエルの言葉は真実であった。デュランダルは、事態を沈静化させるべく直ぐに手を打った。
被災国にいち早く救援物資や救護要員を派遣し、被災国に協力的に振舞った。
だが、それも既にジブリールの知るところであった。笑みを湛えてジブリールは答える。

「ご安心を、アズラエル様。私の本意は、あくまでもコーディネーターの"殲滅"です。
……なぁに、勝って見せますよ。その上で我々の理想社会を創ろうじゃありませんか?」


250 :5/9:2005/09/15(木) 22:20:16 ID:???
ユニウスセブン落下から一週間が過ぎた。
太平洋に降り立ったガーティー・ルーは、潜行後、身を潜めつつ連合勢力圏内を目指した。
目的地は、地球における大西洋連邦の最重要拠点の一つ、カリフォルニアベース―
太平洋防衛の最大の拠点となるこの地は、古くからこの国の防波堤を担っていた。
約五日ほどの航海の後、ガーティ・ルーは彼の地に着いた。

基地に着いたガーティ・ルーのクルーを、カリフォルニアベースの基地司令自らが出迎えた。
この基地司令、ブルーコスモスの強硬派であり、またファントムペイン創設にも携わったらしい。
言動に派手さはなかったが、我がことのように彼らファントムペインの作戦行動を褒め称えた。
また自らガーティ・ルーに乗り込み、強奪した3機のGと作戦に携わったストライクMk-Uを確認した。
そして、指揮官ネオ・ロアノーク大佐とガッチリ握手し、こう言った。

「……よく困難な任務を遂行し、無事帰りついた。……君達は国の英雄だ」

正規軍のエリートともなれば、得てしてファントムペインのような特殊部隊を嫌うものである。
本来の正攻法ではなく、あくまで非公式に作戦行動をする―失敗したら後が無い者達。
時には汚れ仕事も引き受ける彼ら―ましてやエクステンデッドという得体の知れない者達を連れている。
軍の一部の者しかファントムペインを知らないとはいえ、あまり好まれないのが彼らであった。
だが、この基地司令は違い、ファントムペインがこなした数々の任務を知り、正当な評価を下していた。

「この奪った3機のGの性能を解き明かせば……ザフトの最新鋭の技術を手に入れることができる。
 この3機は、おそらく現時点でプラントの最高水準の技術が導入されているはずだ。
 君たちは……たった一隻で、敵艦隊を沈める以上の働きをしてくれた。感に堪えない」


更に、強奪に携わったアウル、スティング、ステラを引き会わせるよう求めた。
エクステンデッドについても基地司令は知っていたが、実際の彼らの若さ、というより幼さに瞠目した。
軍隊であるから多少の非道外道は承知の上のこととはいえ、自軍の行いにこのときばかりは心を痛めた。
しかし、それも一瞬のこと―すぐにガーティ・ルーの修理を始めることを告げ、己の任務を始めていた。
そんな基地司令だが、帰り際、もう一機のMSストライクMk-Uに目が留まった。
ふとパイロットの所在が気になり、ネオに問いただした。すると、ネオは逡巡の後こう告げた。
Mk-Uのパイロット、ゲン・アクサニス中尉は命令に違反したため、一週間営倉入りであると。
基地司令は仔細を問いただした。ゲンはユニウスセブン破砕のため、一人ユニウスに残った。
が、その行為は命令違反であり、そのためガーティ・ルーは地球に降下する羽目になった。
最後までユニウスを砕いた功績は兎も角、勝手な行動で艦を危険に晒した罪は罪―故の営倉入りだ。

「彼こそ……国の誇りだ」

記録の上では、ゲンはこのカリフォルニアベース出身の新型エクステンデッドということになっている。
基地司令のゲンへの一言は最上級の褒め言葉であったが、彼はオーブで拾われたコーディネーター。
何よりも彼が忌み嫌うコーディネーターであり、記録の上では存在しない筈のソキウスであるのだが……
彼が真実を知れば、どのような言葉を残したであろうか。

二日後、処分の解けたゲンは、何も知らず、また何の報奨もなく軍務に戻った。

251 :6/9:2005/09/15(木) 22:21:30 ID:???
ゲンは処分の解けた日から軍務に復帰した。
彼は愛機ストライクMk-Uを伴い、基地のMS演習エリアに呼び出された。
ファントムペインに課された指令は二つ、一つはガーティ・ルーの完全修理、そしてもう一つは……

「任務に戻って……いきなりコレかよ!」
『泣き言を言うなよ、ゲン!任務だ任務!』
「だからってスティング……二対一はないだろう!」
『ゲン……うるさい……』

漆黒の機体、ストライクMk-Uが宙に舞う―そしてそれを緑色の機体―カオスが飛翔し追撃する。
地上からは、ストライクとはもう一機の黒い機体―ガイアが名前の通り大地を蹴りMk-Uに迫っていた。
艦のクルーとは別にパイロットに課された任務、それは強奪した3機のGの重力下でのテストであった。
水中用のアビスは、別に水中用MSとのテストが行なわれていたが、その他2機は同時にテストをされた。
その相手は営巣から解き放たれたゲンであった。営倉の暗い部屋からやっと抜け出したものの……

「これじゃあ……営倉のほうがいくらかマシだぜ!」

悲鳴に近い声を上げながらゲンはMk-Uを駆った。
嘆きの理由は目の前のカオスとガイアであった。本来宇宙戦用のカオスは、重力下でも遜色なく動く。
地上戦用のガイアは、Mk-Uが機動力重視のエール・ストライカー装備にも関わらずゲンを追い詰める。
正面から2機を相手にするのは得策ではない。さし当たってガイアを振り切ろうとしたものの……

「犬に変形するなんて……聞いてないぞ!くそおっ!」

MA形態のガイアは変形時、バクゥのような四肢を地に付けるフォームをとる。
地上戦を想定すれば、もっとも機動力の増す形態であるだけに、Mk-Uを以ってしても振り切れなかった。
逃げ回るだけじゃ埒が明かない―明らかに劣勢ではあったが、ゲンは逆転への策を練っていた。
そんなゲンを見て、スティングは挑発を試みる―これは彼の作戦ではあったのだが……

『隊長さんよ!逃げてるだけじゃ埒が明かないぜ?
 月で最初に戦ったときは……確か俺達3人をまとめてやっつけたが……ありゃあ、マグレか?』
「……!」
『悪いが俺たちだってあの頃のままじゃない。
 それに……どうやら俺たちも、Mk-Uと同等の性能の機体を手に入れたらしい。
 いつまでのアンタの後を追っかけてるだけじゃ……ないんだぜ!』
「……チッ……そうかよ!」

丁度ゲンも案が閃いた―ガイアを振り切れないのなら、最初にカオスを撃つしかない。
しかし動きを止めれば、当然地上からガイアが援護射撃をしてくるだろう―動きを止めずにカオスを倒す―
意を決したゲンは機体の推進力を最大限に利用し、重力に逆らう―グングン漆黒の機体は上昇して行く。
それを見たスティングも意を決し追撃する―宇宙ではなく、ここは地球―空に逃げ場など無いのだから。
"追い詰めれば必ず倒せる"―そう追撃者は読んでいた。

252 :7/9:2005/09/15(木) 22:22:51 ID:???
スティング・オークレーは何とも形容し難い高揚感に包まれていた。
理由は、自らが強奪し与えられた機体、カオスの持つ性能への期待感。
機動力テストのため、十八番のドラグーンシステムによる遠隔攻撃は禁じられ、アドバンテージはない。
が、その最大の利点を失っても、現にステラの乗るガイアと共に隊長機を追い詰めている。
これが実戦であればどうだろうか?仮に宇宙戦闘であれば、逃げるMk-Uをドラグーンで捉えられよう。
また、地球の重力下における空中戦でも、エール装備のMk-Uとの機動力の差はほとんど感じない。
"ドラグーンさえ使えれば隊長であるゲンを倒せる"―確信に近かった。一対一でも負ける気はしない。

「やれる……!」

ステラは地上に残ったまま……カオスとMk-Uは上昇を続ける。今の状況は一対一に限りなく近かった。
ここでドラグーンを使わずに倒せば、自らがファントムペイン最強と言えよう―そんな思いを抱いていた。
上昇を続けてもここは地球―いつかは上昇が止まるときが来る―"それがゲン、アンタが負けるときだ―"
やがてモニターがMk-Uの上昇が止まったことを告げた。限界高度の到来―スティングは勝ちを確信した。
だが、その直後、スティングの両目は驚愕に見開かれる。目の前のモニターが警告音を発していた。
MSの急速接近の警告がコクピットに鳴り響く。ゲンは上昇を止めると同時に機体を逆走させた。つまり……

「逆走だと!?冗談じゃねぇ!体当たりでもするつもりか!?」

彼は、ゲンを仕留めようと自機が構えていた模擬戦用のペイント弾装填のライフルを撃つことさえ忘れた。
ここは地球である。体当たりでもされてパイロットがコントロールを失えば、地面に叩きつけられかねない。
危機を察知し、盾を構え退避運動に入る―だが、予想していた衝撃は無く、盾に着弾があっただけ―
モニターを見ればそのままゲンは凄まじい勢いで降下して行く。"一体何をするつもりだ―?"
スティングは疑問を抱いたが、すぐにその答えは判明する―ターゲットを変えたのだ。狙いはガイア―

盾を構え降下しながら、ゲンはMk-Uの模擬用ライフルを放つ。
突然の襲来に驚いたステラも応戦しようと自らもライフルを構える。が、ゲンは一向に減速しない。
迫るゲンのMk-Uの機体とぶつかれば間違いなく無事では済まない―やむを得ず退避に入る。
その攻撃と防御の一瞬の隙を、ゲンは見逃さない―動きを止めたステラの機体に弾丸が着弾する。
ペイントが四散し、黒の機体が赤に染まった。この時点でステラは撃墜された扱いになる。
しかし、問題はこの後、ゲンは自機の動きを止めねばならない―体勢を立て直し、バー二アを吹かす。
重力下の地球である以上、ゲンを降下してきたGが貫く―

「グッ……!」

口から内臓が飛び出すのではないか―そう錯覚するほどの衝撃を体に覚える。
並みのパイロットであれば、この時点で意識を失っても不思議ではない。それほどの衝撃であった。
目がくらみ、予め口に含んでいたマウスピースから血の味がし、内蔵が悲鳴をあげる―

「……ッ!!くはっ……!!」

声にならない呻き声を上げたが、それでも何とか意識は保った。
すぐに機体のコントロールを取り戻し、頭上のスティングに備える。

253 :8/9:2005/09/15(木) 22:24:16 ID:???
『よぉーし、そこまでだ。ご苦労だったな。ゲン、スティング、ステラ、全員戻って来い』

突如、指揮官ネオ・ロアノークからの通信が入る。2機の機体の性能把握は悉く終了したのだろう。
もともと模擬戦とはいえ、カオスとガイアの性能把握、データ収集が目的だったのだ。
本来ならばここまでやる必要はないのだが……それでも実戦さながらの模擬戦を展開した。
観戦していたカリフォルニア基地司令も、ファントムペインの訓練の凄まじさにため息を漏らした。
逐次モニターで様子を見ていたが、とりわけ彼の目を引いたのは、ストライクのパイロット、ゲンであった。
下手をすれば命を失いかねないような行動を平気で取る―ユニウスでも恐らくそうだったのか。
エクステンデッドの能力と、その向こう見ずな勇気に対し、彼は脱帽するしかなかった。

「ショックアブソーバが付いてるっていっても……やっぱりきついな」

機体を降りたゲンだが、まだ吐き気をもよおした後のような、苦々しい味が口の中に充満していた。
模擬戦の途中にスティングが言ったとおり、機体ごとの性能差はほとんど無きに等しかった。
月で実弾装備の訓練を行なったとき程ではないが、かなり追い詰められていたことは間違いない。
やがてカオスから降りたスティングが目の前にやってきた。

「まただ……仕留めたと思ったら、アンタは予想外のことをする。
 何でだ?何であんな無茶をやろうとする?ユニウスの時だってそうだ。平気でアンタは命を投げ出す」
「……落ち着けよ、別に自殺願望なんてありゃしないさ。
 俺はただ、月基地でモーガン・シュバリエ大尉に教わったことを実行してるだけだ」

捲し立てるスティングを宥めつつ、ゲンは質問に答える。

「一体何を教わったっていうんだ?」
「状況を利用しろ、相手の心を読め……それと命を粗末にするな、この3つさ」
「命知らずが……よく言うぜ。これで、負けるのは二度目か……クソッ!」
「別に、お前を撃墜したわけじゃない。撃墜したのはステラだ」

見ればステラもガイアから降りてきていた。すぐに二人のところにやってくる。
彼女は、撃墜されたせいか落ち込んでいたが、それを見たゲンが頭を軽くなでる。
まるで、気にするなと慰めている風だ。先ほどまで激戦を演じていた人間同士にはとても見えない。
"敵わねぇよ……"そう言い残し、その場を去る。
後からゲンとステラが声を掛けるが、既に彼の頭は別のことで一杯だった。

「一時優位に立つのは何の意味もない……どうやって最後に勝つかを考えないと……
 状況を利用しろ、相手の心を読め……か。命を粗末に…って最後の言葉だけは信じられねぇがな」

呟きながらスティングは、自分なりにこの経験を先に生かそうと努めていた。
間もなく開戦するらしい―すでにそんな噂がカリフォルニアベースを駆け巡っていた。

254 :9/9:2005/09/15(木) 22:25:35 ID:???
模擬戦の翌日、地球連合各国は新たな同盟条約を締結した。
また、同時にプラントに対しユニウスセブン落下事件への保障と賠償、その他政治的要求がなされた。
事件で蒙った被害の賠償、犯人の引渡し、現政府の解体、連合監視団の派遣、ザフト軍解体等等……
とてもプラント政府が飲めるはずの無い要求であった。
賠償要求には応じるが、犯人グループは死亡、その他の要求には応じられない―
プラント政府からはそのような回答がなされた。回答への再回答はなされなかった。
その後、地球連合を代表し、大西洋連邦大統領ジョセフ・コープマンにより宣戦が布告された。

ガーティ・ルーは開戦前に既に月に到着していた。
だが、その中にファントムペインのパイロット達の姿はない。彼らは今だカリフォルニアベースにいた。
イアン・リー少佐以下には月軌道艦隊の支援命令が、ネオ・ロアノーク大佐以下には別命が下された。
即ち、旗艦セント・ジョーンズに乗り込み、地球で対ザフト軍への作戦行動を展開することであった。
朗々とネオがそのことを伝えるが、彼の目の前にはゲン、アウル、スティング、ステラの4名しかいない。
あとは、エクステンデッド用の研究員らがガーティ・ルーを降り、行動を共にすることになっていたが……

「まぁ、俺を入れて5人だが……これからもヨロシクな!」

例によって軽めの訓示が行なわれた。5人は互いに笑みを浮かべる―
そして、ネオにより最初の任務が下されたが、それは4人のパイロット達を大いに驚かせるものだった。
目的地はオーブ、作戦行動は要人の確保……もとい……

「大佐、これ、一体どういうことです?ファントムペインはいつから人攫いになったんだ?」
「そう文句を言うなよ。盟主の大切なゲストなんだから……」

また例によってゲンにのみ極秘任務が与えられた。
だが、今度はアウル、スティング、ステラは羨ましがりはしない。
アウルは苦笑いしながら、スティングは哀れみのような視線を送り、ステラは訝しげな表情をしている。

「……有名人でしょ?サイン貰っといてよ」
「今回ばかりは……ババを引いたな、ゲン。ご愁傷様」
「ゲン……誘拐するんだ」

仲間からの同情を受け、ゲンは恨みがましい視線―といってもバイザー越しにだが―をネオに向ける。

「やりますよ。しかし、彼女は……本物なんですか?」
「らしいよ。まぁ、俺の知ったことじゃない。兎に角、連れて来いって言われたんだ。やるしかないだろ?」

投げやりな上司の言葉から、この任務へのやる気の無さが感じられる。
だが命令である以上、やらざるを得ない。ゲンも投げやりに愚痴を言う。

「ったく、何で俺が……ラクス・クラインを攫わなきゃならないんだよ」