- 518 :1/21:2005/09/25(日) 07:47:34 ID:???
- 開戦の数日前、オーブ首長国連合首脳会議―
代表首長であるカガリ・ユラ・アスハは頭を悩ませていた。
理由は、大西洋連邦から迫られている、新しい地球連合への参加及び同盟要請であった。
ユニウスセブン落下事件の後、各国は、暫くの間数千万に上る被災民への対応に追われた。
が、その傷も癒えぬ内、大西洋連邦が呼びかけた同盟条約が各国を駆け巡った。
内容は、ただの同盟ではなく、明らかにプラントとの戦いに備えた軍事同盟―
中立を掲げるオーブに取っては、受け入れがたい条約ではあったが、会議は肯定派が多数を占めた。
「代表、お気持ちは分かりますが……我々は今、誰と痛みを分かち合わねばならないのか、お考え下さい」
五大氏族の中でも最年長であり、最も実力のあるウナト・エマ・セイランが逡巡するカガリを促す。
カガリの気持ち―先の大戦で大西洋連邦から宣戦を布告され、父ウズミ・ナラ・アスハを失ったこと―
そして、この条約に締結すれば、死して父が護ろうとしたオーブの中立性が侵される虞があること―
それらが彼女が同盟条約に反対する理由であった。しかし、状況はそのような想いを酌んではくれない…
「だが……このままでは再び連合とプラント、世界は二つに分かれ争うことになる!
我々オーブの中立の理念はどうなる?このままでは……再び戦火がこの国を包むことになる!」
「もう包まれてますよ……とっくにね」
カガリが反論を示した直後、それを真っ向から否定する意見を出したのは、ユウナ・ロマ・セイラン。
ウナト・エマ・セイランの息子であり、現在カガリを補佐するこの人物は、同時に彼女の婚約者でもあった。
だが、実際は二人は心を通わせた中ではく、中立を維持しようとするカガリと、大西洋連邦よりのセイラン。
この会議だけでなく、アスハ家とセイラン家は、昨今の政策決定の場でしばしば対立することもあった。
今は対立関係にある二人のやりとりは続く。
「代表、ユニウスセブンの一件、もう一度思い起こしてください。あのテロリストどもの標的は?
地球を破滅させることでしょう?既にオーブの中立性は侵されている……これは厳然たる事実です」
「しかし、プラントの現政権の手先ではなく、テロリストだ!政治的思惑で行なわれた行為ではない!
現にプラント政府は賠償要求には応じる構えを見せている!戦争をする必然など何処にも無い!」
「では、その言葉を被災国の人間に言えますか?"お前達は運が悪かっただけだ。我々は関係ない"と。
今回はたまたまオーブは津波による被害だけで、被災者も数えるほど……だからそう言えるのでしょう?
もし、あの大きな岩がオーブを穿ったとき、"プラント政府は関係ないから仕方が無い"と言えますか?」
「そ……それは」
理詰めで迫るユウナに対し、まだ年若く感情が先走るカガリでは論客の相手足り得なかった。
ふぅ……とため息をつくユウナ。だが彼も悪戯に目の前の国家元首を軽んじているわけではない。
如何にすれば彼女を説得できるか―彼はその方策を頭の中で練っていた。再びユウナが口を開く。
「代表、本題とは外れますが……現時点でのわが国が状況を確認しましょう」
- 519 :2/21:2005/09/25(日) 07:48:58 ID:???
- ユウナが手元のパソコンを弄くる。
各首長の手元の同じものにあるグラフが表われ、棒線グラフの列が表示された。
グラフは2本セットで伸びており、天をつくほどの勢いの線と、その右に申し訳程度に伸びる線があった。
「手元のグラフは過去10年間のオーブの食料自給率です。
左側は、現在同盟条約に参加している大西洋連邦、ユーラシア連邦他、各国からの輸入された食糧。
そして……悲しいくらいちっぽけですが、右側が我々オーブの生産食料です」
赤道直下に位置する南海の島国、オーブ―
この国は技術立国としては華々しい成功を収めているが、反面その国土の狭さから食料は外国任せ。
ユウナは更に説明を続ける。オーブが連合各国からの食料を止められれば、物価が高騰することは必然。
さらに、国民の危機感は煽られることは必定で、国内企業への有形無形の影響も懸念されるであろう。
もちろん、有事に備え国内にも食料は蓄えてはいるが、輸入が止まればオーブへの影響は計り知れない。
それらの説明が終わった後、今度は別のグラフが出てくる。今度は2本の棒線ではなく一本の棒線の列…
「さて、次に、自慢ではありませんが、我がオーブ国営企業モルゲンレーテが稼ぎ出した外貨です。
いやはや、この国の大きさで、これだけの額を稼ぐのは些か驚きですが……ここにも問題があります」
次の瞬間、一本の棒線が一つの線で隔てられた。2:8程度の割合で一本の棒線が分けられる。
ユウナの説明では、上がプラントや大洋州連合で稼がれた外貨、下が連合各国との取引で得られた外貨。
オーブの今日の繁栄は、プラントではなく、地球各国との取引によるところが大きいのは明々白々である。
また、プラントはコーディネーター国家であり、人材的不足は無いため、年々割合は低下しつつあると。
「大戦の折、大西洋連邦から宣戦布告はされましたが、ユーラシア連邦、東アジア共和国は不参加でした。
が、今回の同盟条約ではすでにそれらの国々も加盟しております。オーブが同盟条約に不参加で……
さらにプラントに協力する敵性国家とみなされ、輸出入が止められた場合……早晩わが国は崩壊します」
オーブが中立を宣言した場合、これらは現実となる問題、しかも避けては通れない問題である。
また、彼の説明では、同じ中立国のスカンジナビア王国もこの同盟条約に参加する意向とのことであった。
このままではオーブ地球で孤立化するだろう、それがユウナの主張だった。
「確かに理念は大事です。わが国の誰もがそれは知っています。
ですが、今やその理念よりも、明日の国民の生活という避けては通れない問題が現実にあるのです。
仮に中立を宣言しても、プラントや親プラント国の大洋州連合が助けてくれる保障はありません」
戦争云々ではなく、現実にオーブに残された選択肢はひとつしかありえない。
会議の閉幕直後、カガリ・ユラ・アスハも同盟条約への締結を認めざるを得なくなった。
- 520 :3/21:2005/09/25(日) 07:50:00 ID:???
- 「……カガリが、大西洋連邦に向かった!?」
同盟条約締結に向けた会議の翌日、ユウナの元に一方が飛び込んできた。
先日の会議の後、放心状態だったカガリに一言二言声を掛けて元気付けようとしたが……
国家元首がこの非常事態に気を病むのは拙いと、朝一番でアスハ家を訪れたものの……
特使アレックス・ディノをプラントへ渡らせ、自らは夜中に大西洋連邦大統領に会おうと向かった―
それがアスハ家の用人から伝え聞いた事実であった。
「同盟条約がダメなら……今度は両国首脳に会って戦争をとめようってか?無茶苦茶だよ!」
ユウナが叫んでいた頃、大西洋連邦大統領、ジョセフ・コープランドも同じようなことを叫んでいた。
「オーブの代表が間もなく到着だと!?何をしに?アポイントの要請はあったのか?」
「申し上げにくいのですが……アポなしの上に、目的も判然としません。ただ会いたいと……」
コープランドに問いただされた秘書官も、どうしたものかという表情だ。
ユニウスセブン落下事件の被害は大西洋連邦をも穿っていた。フィラデルフィアとケベックは壊滅。
彼は事後処理のため、また被災民への激励と復旧活動の視察を兼ね、フィラデルフィアを訪れていた。
その激励演説を終えたところでカガリ来訪の一方が到着した。
アポイント無しでも国家元首を軽んじることはできない。
「全く……この忙しいのに一体なんだと言うんだ?兎に角DCに回せ。私も今から行く」
突然の会談は首都ワシントンで行なわれることになった。
通常、国のトップ同士の会談ともなれば、大々的なニュースになるし、マスコミも群がるものだが……
突然の来訪のため、幸か不幸か取り立てて騒ぎにもならず、会談は極秘裏に行なわれることとなる。
略式での会談が始まった。カガリの要旨は、兎に角開戦を避ける手段は無いかというものであった。
オーブが連合各国とプラントとの仲立ちをしても良い、何としてでも戦争を避けたいのだと。
コープランドは呆れた。ただそのためだけにわざわざ来訪したとは……
これがオーブでは通例なのかと、頭が痛くなった。だが、彼は気を取り直し、現在の状況を語りだした。
「ユニウスセブンの落下事件……彼の隕石が火の矢となり、フィラデルフィアとケベックが崩壊しました。
国民の意は、世論調査でも開戦派が9割近くにまで達しています。民主国家としては国民の意こそ全て。
私としても、できることなら戦争は避けたい……が、国民のために働くと宣誓した手前、できないのです」
相手がまだ年若い少女とはいえ、仮にも国家元首。コープランドはあくまで丁重に要請を拒んだ。
先日ユウナが彼女に示したのと同じ理屈、即ち国民のためという台詞がカガリの頭を殴りつける。
が、戦争となればその国民こそ傷つく―そう言って翻意を促すカガリだが、返ってくる答えは同じであった。
- 521 :4/21:2005/09/25(日) 07:51:01 ID:???
- 会談はごく短いものであった。
非公式の上、コープランドには予定が詰まっていたため、時間を多くは避けなかった。
コープランドは、自らに非は無いものの、その非礼を詫び、せめて空港まで見送ると申し出た。
彼はこの後ケベックに向かうとの事で、その道すがら両者は同じ車に座ることとなった。
「何のおもてなしもできず、まことに申し訳ない」
切り出したコープランド、だが当のカガリは先日の会議後と同じく放心状態であった。
コープランドは目の前の少女思う。大統領制を敷く大西洋連邦とは異なり、首長制のオーブ。
前政権下のこととはいえ、先の大戦ではオーブを焼いた負い目もあり、彼は年若い元首を慮った。
突拍子も無い行動を呆れたが、ただ平和を望む目の前の少女―
先の大戦で彼女の父を殺したのは我が祖国―
ふとコープランドは先日の一報を思い出した。
ブルーコスモス盟主、ロード・ジブリールから言い渡された、"ロゴス、開戦認可"の報。
穏健派のジョゼフ・コープランドは、就任当初の公約でプラントを含めた地球圏統一を訴えていた。
軍需産業複合体の排斥をも狙っていた彼だが……支持基盤の政党内にも強い影響力を持つロゴス。
大統領である彼にとってもその排除は敵わなかった。
戦争は避けたい―その想いはカガリと通じるものがあった。
だが、それを遮る壁は、二人の首脳の前に厳然と聳え立っていた。想いを同じくするものならば……
彼は意を決し、ある行動に出た。幸い今は車中……会談は終わり、声が外に漏れる虞は少ない……
「代表……貴方はロゴスというものをご存知ですか?」
帰りの機内―
カガリ・ユラ・アスハはコープランドから聞かされた話を振り返っていた。
先ほどまで放心状態であった彼女とはまったく別の顔、まるで戦場に赴くような顔を彼女はしていた。
軍需産業複合体ロゴス―
古来より存在し、常に戦争の影にあり、利潤を追い求める組織。
その構成は現在も不透明なままで、中心人物のうち幾人かは分かるものの、全体像は依然として不明。
しかし、彼らは大西洋連邦だけでなく、各国の政治に影響力を及ぼし、その排斥は困難を極める。
ブルーコスモスとともに、今回開戦することを強固に推し進めようとする者達。
カガリは、その若さゆえロゴスへの怒りが表情にありありと出ていた。
ふと機内から空を見れば夜―あの夜空の向こうにはプラントがある。
今頃はアレックス・ディノが、自分の代理としてギルバート・デュランダルと会談に臨んでいるはず―
コープランドが平和を望んでいることは分かった。あとはデュランダルと想いが同じならば……
最悪戦争になっても、あるいは早期の終結は可能かもしれない。
今のカガリにはそれが唯一の望みであり、救いであった。
- 522 :5/21:2005/09/25(日) 07:52:26 ID:???
- 宣戦が布告された数日後、ユウナ・ロマ・セイランは自邸の一室にいた。
既に時間は夜。海に程近い邸宅には潮風が入り込んでいる。
「これは……現実なのか?」
ユウナは一人モニターの映像に見入っている。
先日、オーブ領海を出たところで、ザフト軍艦ミネルバと地球連合艦隊の一戦が行なわれた。
この戦いで、地球連合軍は、僅か一隻と搭載機3機のMSに対し、戦艦6隻を失う大敗を喫していた。
オーブ軍は様子を逐次モニタリングし、連合のMSウィンダムとMAザムザ・ザーのデータを収めていた。
更にはミネルバ大勝のきっかけを作ったザフト新鋭MSインパルスの戦闘データを……
「まるで……化け物じゃないか?」
インパルスの姿を見た彼の素直な感想である。これほどの力をザフトが持っていたとは……
ふと彼はバルコニーを見やる―レースが靡き、風が潮騒を運んでくるのが分かる―
だが、彼には別の気配が感じられた……鳥や動物ではない―人の気配―
「……どなた?」
仮にもセイラン家の邸宅である。警備は厳重であるし、関係者以外立ち入ることはできない。
しかし、現に黒い人影が姿を現し、バルコニーからこちらを見てる。
「物取り……にきたわけじゃないよね?誰か知らないけど、入ってきたら?」
ユウナは更に不審者に入ってくるよう促した。ここは3階―警備の目を掻い潜ってくる以上、只者ではない。
物取りにしては手が込みすぎているし、暗殺でもする気ならとっくにやっているだろう……
だが、ユウナは用があるなら入って来いと言った―細面の外見とは異なる豪胆さを彼は秘めていた。
それを聞き、黒髪の少年―バイザーをかけた少年が、音も立てずに部屋に入ってくる―
「……アメノミハシラから?それとも……」
「卿からの命令で来た。これを……」
バイザーの少年、ゲンは大小2枚のディスクを投げてよこした。
大きいのはMSのOSサイズ、もう一枚は……すぐさま小さいディスクをユウナは手元のパソコンに挿入する。
やがて文章がディスプレイに映し出される。途端にユウナの眼が鋭さを増す―
この場にカガリがいれば、さぞかし驚いたであろうほどの眼光―
文書が一読されたころには、そのディスクのデータは自動的に消去されていた。
- 523 :6/21:2005/09/25(日) 07:53:22 ID:???
- パソコンの電源を切り、ふぅとユウナはため息をつく。読み終えたときは既に元の目付きに戻っていた。
「相変わらずだね、盟主は。用心深いことこの上ない。で、例のものはちゃんと用意してくれた?」
手元のOSサイズのディスクをひらひらとさせる。この中には約束のものは入っているのか―?
意を解したゲンは無言で頷くが、ユウナは不満げに呟く―
「あのさ、この中身を専門家に見せて、納得できないようなら……さっきの話もご破算になるけど……?」
バイザー越しで表情は見えないが、ユウナの目には不満げに映った。が、直ぐに少年は答える。
「オーブの技術者連中の腕が確かなら、恐らくそのOSは満足のいくモノに仕上がっているだろう。
ご希望に沿う形で、モノは構成されているはずだ……もっとも俺の腕を信用することが前提だが……」
「ふぅん……君がねぇ。……じゃ、信用しよう」
先ほどの不満げな様子が嘘のように、意外なほどあっさりユウナは引き下がった。
同時に、用は済んだとばかりにゲンがバルコニーへ戻ろうとする―が、それをユウナが制する。
「どうせなら、正面玄関から堂々と帰ったら?見送るけど?」
「悪いが……うちは礼儀作法に厳しくてね。それに……知らない人についていくなって言われてるんだ」
「なら……せめて名前くらい教えてくれよ?住居侵入で訴えるとき、名前がないとねぇ?」
「……八咫烏(ヤタガラス)さ。ま、アンタのおふざけに付き合うほど、暇じゃない」
言うや否やゲンはバルコニーを駆け飛翔した。驚いたユウナが慌てて見下ろすが、既に誰もいない。
ホントに飛んだのか―?そうユウナが疑いを抱くほど、彼の姿は掻き消えていた。
だが、音も無く、ただ潮騒が漂うだけ……
「八咫烏ねぇ……確か神話で、ご先祖様をこの地に導いたって言うけど……
それに……戦勝を運ぶ伝説の鳥って話だったか……コードネームか何かか?ま、どうでもいいけど」
こちらも言うや否や、先ほどのことは既に忘れた様子。
直ぐにユウナは携帯を取り出し、どこかへ連絡をする。
「モルゲンレーテの技術部?ヤマト研究員は帰った?あ、そう。
じゃあさ、明日義理のお兄様が君を迎えに行くって伝えて。うん、ちょっと見て欲しいものがあってね。
ああ……そうだね……夕方ごろになるかな?そうそう、晩御飯でも食べながら、ってね」
話が終わると、彼は室内のソファーに身を投げ出た。OSのディスクを弄りながら呟く
「これで……一応の手札は揃った。やれるだけのことはやっている。あとは情勢がどう転ぶかだな」
- 524 :7/21:2005/09/25(日) 07:54:31 ID:???
- セイラン邸を後にしたゲンは、今回の作戦のパートナーに通信を送る。
周辺を海に囲まれたオーブ―連合に加盟したとはいえ、その主権を侵すことは理に反する。
故に、彼らファントムペインの旗艦セントジョーンズは、オーブ領海の外で待機せざるを得ない。
単独行動のゲンを支えるのは、海を渡りオーブまで共に来た戦友―
「こちら八咫烏……セイレーン、聞こえてるか?」
『……なぁ、そのわざとらしいコードネームで呼び合うの、止めにしない?』
アビスのコクピットでアウル・ニーダは、相棒へ文句をつける。
通信コードは通常の連合のコードとは異なるものを用いているが、万が一傍受されるとも限らない。
念のため、所属を気取られないようコードネームで呼び合ってはいたのだが……アウルには不満らしい。
『……ま、任務だから仕方ないけどさ。で、何?』
「……決行は明日だ。"共犯者"と連絡が取れた。後はお姫様を連れてくるだけさ」
『へぇ……上々じゃん。じゃ、今日は引き上げるよ。そっちは今日も泊まりか……大変だね』
「もう慣れたさ。明日は予定通り頼むぜ」
『了解』
通信を終えた後、アウルはアビスをセントジョーンズへと向けた。
既に戦時下であり、オーブ軍も臨戦態勢には入っているはずなのだが、監視の網にかかることもない。
気味の悪いほどの順調さ、旗艦とオーブを苦も無く行き来できる状態をアウルは不審に思った。
あるいは、連合とオーブで今回の計画は内密に話が出来ていて、手はずも整えられているのか―?
だが、もしそうならわざわざアビスで出向き、こうしてゲンと連絡をつける必要もないはず―
不可解に思いながらも、何か彼の知らないところで状況が動いているのは分かった。
「ま、俺には関係ないけどね」
状況を理解はしても詮索はすまい―
兎角彼ら特殊任務に就く人間にとっては、ときに知らないところで手筈が整えられることもある。
たとえば、アウルたちがアーモリーワンでカオス、ガイア、アビスの強奪のときもそうだ。
事前に潜入した者達が手筈を整え、彼らはその手順に従い任務を遂行するのみ。
自分達の知らないところで物事が進む不可解さはあっても、それを表には出さない。
手筈を整える者達がいるならば、それを確実に実行する者達もいる―それが彼らファントムペイン―
「……でも、こういう任務は……退屈なんだよね」
割り切ってはいても時に愚痴もこぼす。ゲン、スティング、ステラの模擬戦の際、彼は一人別行動だった。
アビスのデータ収集のため、一人だけ大西洋連邦のフォビドゥン・ブルー隊を相手にしての模擬戦―
結果は、プラントの最新鋭の技術を盛り込まれた彼の愛機アビスに凱歌が上がった。
加えて相手は旧式の上に、パイロットもエース級の腕を持った相手ではなかった。
腕がなまって仕方が無い―今回も、プラントのお姫様を乗せて運ぶだけの簡単な任務―
だが、明日の任務が、彼が望む"退屈しない任務"へと変貌することは、今の彼には知る由もなかった。
- 525 :8/21:2005/09/25(日) 07:55:22 ID:???
- 同じ頃、ザフト軍カーペンタリア基地―
基地司令の部屋では、司令官と突然の来訪者との会話がなされていた。
「いきなりやって来て、アッシュを6機貸せ……か」
訝しげな顔をする司令官とは対照的に、相対する長身痩躯の男は鷹揚に頷いた。
受け取った命令書には、最高評議会議長ギルバート・デュランダルのサインも付してある。
断るわけにも行かず、かといって最新鋭MSを戦力から裂かねばならない事への不満は残る。
アッシュの手配書を作成しながら基地司令は呟く。
「例によって機密かもしれんが……何が始まるのか教えてくれたら貸しやすい―」
「―特殊任務につき、ご容赦願います」
司令の言葉を遮る形での即答―予想通りとはいえ、些か司令にも忸怩たる想いは残る。
彼ら特殊部隊の人間は、たとえば独立の指揮権限を有するフェイスとは真逆に位置する組織である。
名前の上では同じ"特務"に就くものでも、いわば彼らは裏の世界の人間―汚れ役であった。
しかし、時としてその権限はフェイスと同等の力を有することもある。それが今このとき発揮されていた。
命令書一通で基地司令ですら関与し得ない有様―やがてMSの手配書ができ、司令は男に渡した。
「どこでそれを使うかは知らんが……こっちに迷惑はかけんでくれよ?」
「ご心配なく……この辺りでは使いませんから」
それだけ言うと、男は足音すら立てずに部屋を出て行った。部屋の外には待機していた部下達がいた。
そのうち一名に手配書を渡し、男―ヨップ・フォン・アラファスは厳かに語った。
「決行は明日の夜、上陸部隊は俺を入れて8名、後詰のMS部隊は6名で行く。
……分かっているとは思うがいつもどおり、我々の任務に詮索は無用だ。全てはプラントの明日のため。
状況次第で如何様な任務に切り替わっても、その命令を確実に遂行することだけを考えろ」
命令と訓示が済むと、一人ヨップは残された。
佇みながら、ポケットから取り出した今回の作戦対象者の写真を見やる。
「ラクス・クライン……明日がキサマの命日だ。せいぜい最後の夜を楽しんで過ごすんだな」
写真には、プラントの歌姫と謳われたラクス・クラインが収まっていた。
吐き捨てるように言った後、彼もまた己が任務の準備へと戻っていった。
- 526 :9/21:2005/09/25(日) 07:56:28 ID:???
- 翌日―
オーブオノゴロ島、アスハ家の別宅で今はマルキオ孤児院となっている家屋では……
「お兄ちゃん、今日もお仕事?」
「最近ぜんぜん遊んでくれないじゃん」
「今日は日曜だよ?お休みなのにお仕事?」
マルキオ孤児院の子供たちは不満顔。文句を言われている茶色の髪の青年は困った顔。
やがて、その青年は傍らにいる少女の顔をうかがう。どうしたものかと―
「あらあら、これではキラがお仕事にいけませんわ。
今日もどうしても外せないお仕事なので……皆さん、またにしましょうね」
少女のとりなしで子供たちもしぶしぶ引き下がる。
子供たちのいうとおり、今日は日曜であり、本来なら青年も休みのはずなのだが……
「ゴメンね、ホントに。この埋め合わせは必ずするから」
そう言うと青年は車に乗り込む。傍らの少女は、子供たちに聞こえないような小声で青年に話しかける。
「戦争の……影響ですの?」
「うん……新しいOSの調整が忙しくて。本当は……あまり乗り気はしないんだけど」
「帰りは?」
「多分、夜になると思う。皆、ゴメンね」
再度、少女と子供たちに謝って車を走らせる―青年の名はキラ・ヤマト。傍らの少女は……
「あ〜あ、行っちゃった」
「ねぇ、ラクスお姉ちゃん、海に行こう」
「今日は何して遊ぶ?」
ラクスと呼ばれた少女は青年が見えなくなると、振り返り子供たちに微笑みかける。
青年が仕事続きで子供たちの遊び相手は連日彼女が務めていたのだ。
「わかりましたわ。でも……その前に朝食の片づけをしてから、ね?」
宥めるように語りかけ、少女は子供たちと供に孤児院へと戻っていった。
- 527 :9/21:2005/09/25(日) 07:58:45 ID:???
- ラクス・クラインは、朝食の片づけが終わると、約束どおり浜辺に出かけた。
だが、その姿を遠くから一人の少年が見ていることを、彼女も子供たちも気づいていない。
「やれやれ……お姫様は今日も子供たちとお遊戯か」
ここ数日、彼女の動向を監視していた少年―ゲンは肩をすくめる。
本当に彼女があのラクス・クラインなのだろうか―?そんな疑いさえ抱き始めている。
情報によれば、先の大戦をたった3隻の戦艦を率い収めたというプラントの歌姫。
しかし、彼から見れば、今のラクスはただの若い保母さんといった感じの少女に過ぎない。
「さっきのが……キラ・ヤマト。休日出勤とは大変だな。俺達ほどじゃないが」
ゲンはラクスと共にいた青年の顔も確認していた。
キラ・ヤマトも、ラクス同様に監視対象ではあったが、彼も連日早朝に出かけ、夜遅くに帰る。
彼もまた3隻同盟に所属し、最強と謳われたフリーダムを駆ったという青年。
が、ゲンには彼もまたただの好青年にしか見えず、本物かと疑いたくなっていた。
「ま、どのみち決行は今夜なんだ。やるしかない……か」
オーブ国営企業モルゲンレーテ社―
ここはオーブ産業の最大の担い手であり、同時にこの国を世界でも有数の技術立国ならしめている。
キラ・ヤマトは車を駐車場に止め、技術部に向かおうとしたが、それを呼び止める二人の人物がいた。
「よう、少年。おはよう」
「……バルド……じゃなかった、アンディさん。おはようございます」
「おはよう、キラ君。はぁ〜、やっと休めるわ……」
「徹夜ですか?マリ……アさん」
「……使い分けって難しいわね。人のいないところでは元の名前でもいいけど。
ご覧の通り徹夜よ。戦争が始まって、造船課でも当初の予定を前倒ししていろいろ作ってるわ。
お陰でお肌はガサガサ……これから帰って休むけど」
アンドリュー・バルドフェルドとマリュー・ラミアス―といっても今は別の名前だが―の二人。
彼らもキラ同様モルゲンレーテ社のスタッフとして働いていた。徹夜明けの二人は流石に精気がない。
「これから仕事かい?」
「ええ」
「無理しない程度に頑張ってね」
二人は流石に眠気が勝ったのか、キラの相手も程ほどに車に乗り込む。
二人と別れたキラは、彼の職場―モルゲンレーテ社の技術部門へと向かっていった。
- 528 :11/21:2005/09/25(日) 08:00:07 ID:???
- だが、キラが技術部門についたころ、課内は大騒ぎであった。
なにやら祝杯を挙げている連中までいる。不審に思ったキラは、課内の人間を捕まえ問いただした。
「何かあったんですか?」
酒が入っているのか、喜んでいるだけなのか、上気した顔の同僚はキラの手を掴み握手を求めた。
そして大仰に手を握りながら、左手でキラの肩を叩き喜びをあらわにした。
「ヤマト研究員!君が作った新しいOSが完成したんだよ!凄いよこのデータ!完璧だよ!」
「えっ!?そんな……完成って……」
「なんでもユウナ様がどこかでテスパイロットを見つけたらしくてね。
そのパイロットがデータを入れたらしいんだけど……これなら実戦で使える!オーブを護れるよ!」
「……ユウナさま?ユウナさんが……どういうことです?」
「ああ!そうだった。ユウナ様が君に会いたいそうだよ。内線で連絡してくれってさ」
キラの問いにもそこそこにしか答えず、研究員は次に出社してきた人間を掴まえ同じ事をやり始めた。
しかし、そんな彼の様子も既にキラの目には入っていなかった。課内の電話を掴み、ダイヤルする。
相手は件の男―繋がるや否や掴みかからんばかりの勢いで相手を問いただす。
「ユウナさん!完成したってどういうことです!?」
『こらこら……"おはようございます"だろ?日曜の朝から元気だねぇ』
「アレは……完成するはずがない……いや、完成しちゃいけないOSなんだ!どうしてそれが!」
『……でも、それを完成させちゃった人間がいるんだ。残念だったね。
ま、詳しい話は夕方にでもしよう。僕はこれからまた首長会議でね。終わったら電話するよ、じゃあね』
それだけ言うと、ユウナ・ロマ・セイランは一方的に電話を切った。
後には受話器を握り締めたキラがひとり残された。課内の人間が騒ぎを続ける中、彼は一人蒼白―
「どうして……完成するんだ。
僕は……オーブの戦争への参加を止めるために……あのOSを作ったのに……!」
通話を終えたユウナは、鼻歌交じりで公用車へと向かっていった。
彼を待つのは父親であり、現オーブの実質的な統治者であるウナト・エマ・セイラン。
「ふん♪ふん♪ふん♪」
「なんだ、ユウナ?ずいぶん楽しそうじゃないか?」
「お父様、これが楽しまずにいられますか。やっと切り札が揃いましたよ。例のOS、完成しましたよ」
「本当か?いつ使えるようになる?」
「ま、微調整も含めれば……一月もすれば全軍に配備できますよ。これで、オーブを護れます」
最後の一言を発したユウナの顔は、父ウナトが驚くほどの鋭い目をしていた。
だが、それも一瞬で、すぐにいつものニヤけた表情に戻っていたが―
- 529 :12/21:2005/09/25(日) 08:01:52 ID:???
- 夕刻、キラとユウナはセイラン邸で会食を始めようとしていた。
しかし、キラの表情は蒼白で、ユウナの表情をまともに見ることも出来なかった。
キラはあの後、自らの手で"完成したOS"を精査した。事実、彼の作ったOSは完成していた。
本来なら完成するはずのないものが―
「……どうやって、あのOSを完成させたんですか?」
「ま、僕の友達が協力してくれてね。優秀なパイロットも貸してくれて……お陰さまで完成したのさ」
飄々と答えるユウナ。蒼白な顔でキラはユウナを問いただし始めた。
「あのOSは完成するはずがなかった。実戦データを入れなきゃ使い物にならないからだ。
それがどうして完成してるんですか?あれは……何度も何度も戦場を潜り抜けて来たデータです!
どうして……どうしてあんなものを完成させたんですか!?」
「模擬戦レベルじゃ完成しないモンね、あのOSは……。だから頼んだのさ、実戦をやる人間にね」
ユウナは顔面蒼白なキラを尻目に語りだした。キラの作ったのはナチュラル用の最新型のOS―
本来、抜群の身体能力を持つコーディネーターと異なり、反射神経で劣るのがナチュラル。
MS戦の戦闘でもそれは如実に現れる。MS操縦においても、コーディネーターとの差は明白。
同じMSに乗せても、両者が戦闘をすれば、余程の能力のナチュラルでなければ対抗できまい。
それを補うためにナチュラル専用のオペレーションシステムが存在する。
コーディネーターとの差を補い、パイロットをサポートするための専用のオペレーションシステム。
だが、その作成は決して容易ではない。なぜなら、OSは人の動きを補うためだけのものである。
コーディネーターのパイロットと互して戦えるだけの、動きを覚えさせる必要が出てくる。
最初に本格的なナチュラル用OSを作成したのは、他ならぬキラ本人であった。
大戦の最中、偶然にもストライクに乗り込んだ彼は、ナチュラル用の学習型OSに自らの動きを覚えさせた。
やがてそれはコピーされ、ムウ・ラ・フラガを始めとしたナチュラルのMSパイロットをサポートするに至った。
今回キラが作成した最新のOSもナチュラル用学習型OS―
しかし、それとて基本動作以外は碌にデータが入っておらず、そのままでは使い物にならない。
故に、実戦に必要なデータを入力するべく、連日オーブのパイロットが模擬戦を行なったのだが……
M1Aアストレイを始めとしたMSの模擬戦くらいでは、必要なデータは入手できず、完成が遅れていたのだ。
いや、遅れていたというより―
「君が意図的に模擬戦に参加せず、完成を遅らせていたともいえるがね」
「でも……!あのOSで戦争をするなんて……!僕はオーブを戦争に参加させないために……
そのために以前より高性能のOSにして……データ収集が容易に行なえないようにしたのに!
戦争で……オーブの人がよその国の軍隊と戦って、人を殺すなんて、僕には耐えられません!」
やれやれとユウナは顔をしかめる。そして笑みを浮かべ、キラを諭すように語り掛けた。
「僕はね……世界中の人間が戦争で死んでも、オーブの人々が無事なら、それで構わないと思ってる。
だから、悪魔とも手を結び……アレを完成させたのさ。アレでオーブを護れるとすれば、安いものさ」
- 530 :13/21:2005/09/25(日) 08:02:51 ID:???
- 深夜のマルキオ孤児院―
ラクス・クラインは一人自室で眠れぬ夜を過ごしていた。
キラの言い残した新型OSの話―嘗ての彼の説明によればオーブを戦争に参加させないためのOS―
普段なら、遅くなるなら電話の一本もあるのだが、今だ彼からは何の連絡もなく、帰ってきた気配もない。
そのOS絡みの作業でここまで遅くなるということは、あるいは実用化の目処が立ってしまったのか―?
自らの予感は確信に変わりつつあった。ベッドの中でそんなことを考えていたとき―
ガタン―
どこかで何か動く音―ラクスは不思議に思い、部屋の扉を開ける―
子供たちが遊んで物を動かすことはあるが、今は深夜である。音の主は子供たちではない。
自室の本棚から本を一冊取り出す―だがその中から出てきたのは小型の拳銃―
部屋を出て辺りを見回すが、何もない。やがて居間のほうまで出向いてゆく……
一通り眺めたが、異常はない。風の音かと思い、自室へと戻ってきた。
だが、自室に入ったところで異変に気づく―目の前に誰かがいる―男が―
同居しているマルキオ導師やバルドフェルドではなく、若い男。
「キラ……ですの?」
返事はなく、彼女が拳銃を構えようとしたそのとき、男は素早く彼女の腕をひねり上げる。
次の瞬間、男のもう片方の手が彼女の口をふさぎ、あっという間にラクスは抵抗の手段を失った。
殺される―そう思った彼女であったが、男の声が否定する。
「大人しくしてろよ……殺すために来たわけじゃない」
男はラクスから拳銃を取り上げると、彼女の口を塞いでいた手も離した。ラクスはそれを見て騒ぎもしない。
それを確認した後、男は奪った拳銃をラクスに渡し、自分の手で部屋の明かりを点けた。
ラクスの目の前に現れたのはバイザーの男―ちょうどキラ・ヤマトと同年代の少年。
「カナーバの手のものですか?」
「……残念ながら、違う。ブルーコスモスの盟主からの招待で、迎えに来た」
一瞬ラクス・クラインの顔が安堵とも苦悩ともつかない顔に変わる。
だが、バイザーの男の申し出を、逡巡するでもなく彼女はあっさりと受け入れた。
「ブルーコスモス……お断りするわけには、参りませんわね?」
「ああ。取り急ぎ着替えてくれないか?寝間着のまま連れて行くのは具合が悪い」
「……わかりましたわ。でも……殿方に着替えを見られるのは、些か……」
「暗視モードに切り替えてある。赤外線モードだから、体の線しか見えないよ」
準備が宜しいことで―そう嫌味を言いながら、拳銃をしまいこみ、ラクスは着替えに入った。
- 531 :14/21:2005/09/25(日) 08:03:48 ID:???
- ゲン・アクサニスは、ラクス・クラインの意外とも言える素直さに驚いていた。
警告を発した後に何らかの抵抗を見せれば、気絶でもさせて攫っていく予定であったが……
そんな邪な計画が水泡に帰すほどの従順さであった。同時に自分のやっていることを振り返る。
突然夜中に女の部屋に来て、連れて行くから支度をしろと言う人間―まるで夜這い、誘拐魔……
任務の経過報告をネオにするとき、絶対に指摘されるであろうその言葉を考え、頭が痛くなった。
彼を尻目にラクスは指示通り、普段着に着替えたばかりか、旅行用のバッグを取り出し荷造りを始める。
「……何やってるんだ?」
「何って……2,3日で帰してくれるかわかりませんし、生きてここに戻れるかもわかりませんから。
人から宛がわれた物を使うのは抵抗がありますし、せめて用意できるものは私の手で……」
ゲンは暗視モードから通常の視界に切り替え、様子をつぶさに見る。
まるで自分を敵視していない。同時にゲンの頭に一つの疑問が浮かび上がる。
「……殺されるかもって思うなら、なんで抵抗しないんだ?」
「私が抵抗したりすれば、一緒に住んでいる孤児院の子供たちに被害が及ぶかもしれません。
そんな事態だけはどうしても避けたいですから……それに……」
「それに……?」
「いつか、このような日が来ることは、覚悟しておりましたから。
でも、まさかプラントではなく、ブルーコスモスの盟主からご招待に預かるとは思いませんでしたわ」
プラント―?
この少女はプラントの歌姫ではないのか―?プラントの政敵にも狙われているのか―?
ゲンがそんな疑問を抱いた直後、部屋に異変が起きる。突然部屋の明かりが消えたのだ。
「……あら?お仲間がやってらっしゃるのですか?」
「いや……そんな指示はしていない。それに……ここに来るのは俺一人のはずだ」
ゲンは部屋の明かりを再度点けようとするが、点かない。
ラクスの仲間がやっているとしても、それならば彼女が逃げも隠れもしないのは不自然―
暗視モードに再び切り替え、耳を澄ます―部屋の近くに気配はないが……
『ハロ!ハロ!キケン!キケン!』
戸外から突然機会の電子音声が響き渡る―ガードロボットが動き出した。
やがて異変を察知した住人達が動き始めた。部屋に突然女性が飛び込んでくる―
「ラクスさん!侵入者……って貴方は!?」
言い終わる前に声の主―マリュー・ラミアスは拳銃を突きつけられる。
- 532 :15/21:2005/09/25(日) 08:04:55 ID:???
- 「待って!その方を撃ってはなりません!」
凛とした声がゲンを制止する。歌姫の名に違わぬ美しい声が部屋に響き渡る。
だが、事態はそれだけで終わらない。もう一人、アンドリュー・バルドフェルドも部屋に飛び込んできた。
「キサマは!?」
バルドフェルドは、拳銃をマリューに突きつけるゲンに銃を突きつけようとするが、それもラクスが制す。
「バルドフェルド隊長!この方は違います!」
「違う……だと?」
訝しげな顔のバルドフェルドは、怪訝な顔をしてラクスを見返す。
その隙にゲンはもう一丁の拳銃をバルドフェルドに突きつけた。2丁の拳銃を、一つずつ相手に向ける。
左手に握られた拳銃はマリューへ、右手に持つ拳銃はバルドフェルドへ―
突きつけられたバルドフェルドは、それらの拳銃が連射式の強力な銃であることに気づいた。
「どういうことだ?あのロボットの声は何だ?」
「……足音は、一人の人間なら反応しないようになってます。
キラが……家に戻ってくるときに反応しては困りますから。ハロが反応したということは……
この家の外に、複数の人間が来ているということになりますわ。貴方のご友人でなければ……」
ラクスが言い終わる前に銃声が響く―部屋の窓ガラスが割れ、全員がとっさに地に伏せる。
舌打ちしながらバルドフェルドは窓から外を見やるが、暗くて何者がいるのか分からない……
そして、ゲンも窓辺に近づき暗視ゴーグルで外を見る―複数の……8人の人影が確認できた。
だが、この作戦に他の連合の人間が参加しているとは聞いていない。となると……
「どうやら、俺の同業者が来たようだな。最も連中は殺しが目的らしいが」
「……そのようですわね。バルドフェルドさん、マリューさん、お二人は子供たちを護って下さい!」
ラクスの指示に二人は被りを振る。
「ラクスさんはどうするの!?」
「……彼等を引き付けます」
「まて!それは無茶だ!」
「無茶でもやるしかありませんわ。貴方、一緒に来てください」
二人に反論の余地を与えず、ゲンにまで指示を送る。
連合の手のものではないということは、おそらくは彼女が最初に疑ったプラントの手のものか―?
目の前の少女をジブリールの元へ届けるのが彼の役目である。舌打ちしながらも、ゲンは断を下した。
「チッ!……くそっ!手伝ってやるよ!」
- 533 :16/21:2005/09/25(日) 08:06:40 ID:???
- ラクスと二人、居間まで来たゲンは、窓辺で応戦を始めた。
敵はマシンガンを所持しているのか、手数が多く、とても反撃できない。
また、連射式とはいえ短銃に過ぎない彼の得物の不利は明白。それに人数も―
「ツーマンセル、二丁かよ……やっかいだな」
ツーマンとは"2人1単位"の意―
警察、軍事組織等による作戦行動の際、作戦遂行の円滑化の観点からこの方式が採られることが多い。
冷徹な見方をすれば、1人が死んでももう片一方が生きていれば全体としての作戦成功の可能性は上がる。
言い換えれば、目的達成のためには多少の犠牲は厭わないということでもある。セルともなれば4人一組。
それが8人で二組もいるのであるから、相対するゲンとラクスの状況は危機的である。
ゲンは手元の武器を確認する―拳銃2丁、あとは照明弾の類があるだけだ。
照明弾は本来信号弾代わり―ファントムペインに異変を知らせるためのものだが……
連中の射撃精度からして、彼と同じ暗視ゴーグルを用いていることは明白。ならば……
「お姫様、連中の注意を引き付けるって言ってたが、何か手があるのか?」
「私には……この声しかありませんわ」
「ならそれでいい。連中の銃撃を数秒でいい……止めてくれるか?」
「承りました」
言うやラクスは叫んだ。己の凛とした声が屋敷、戸外にまで響き渡る―
「撃つのをお止めなさい!欲しいのは私の命でしょう!?
ここには私とは何の関わりもない孤児院の子供たちがいます!私が今から出て行きます。
その上で、殺すなり生け捕るなり……お気の済む様になさればよろしいでしょう」
「フン……それがキサマの答えか」
プラントからの襲撃者、ヨップ・フォン・アラファスは吐き捨てるように呟いた。
彼には生け捕る気など毛頭ない。また、命令も暗殺であってそうする義務もなかった。
「女が出てきたところを狙え。蜂の巣にしてかまわん」
冷徹に言い捨て、全員が銃を構える―が、次の瞬間彼らに異変が起きる―
バシュッ―
何かがラクスの声のしたほうから放たれる―そして、激しい閃光が炸裂した。
- 534 :17/21:2005/09/25(日) 08:07:39 ID:???
- その光を見た襲撃者から一斉に悲鳴が上がる。
「ぐあああああっっ!!」
「眼が……眼がぁ……!!」
襲撃者全員が悲鳴をあげる―彼らはゲンの予想通り暗視ゴーグルを用いていた。
それが仇となった。熱や光に敏感に反応する赤外線センサーは、時として強烈な光に脆弱である。
ゲンが放った信号弾は、文字通り彼等の目を一瞬にして奪い去った。そしてゲンが跳躍する。
軽々と室外に飛び出し、彼等の側面に渡りながら2丁の拳銃を乱射する。
狙いなどはいい―ありったけの弾を撃ち連中を殺せばいいだけの話だ―そうゲンは意を決していた。
ツーマンセル形式の相手を一人ずつ殺すのは得策ではない。時間が経てば彼等の眼も戻る。
そうなれば再び窮地に立たされるのは明々白々―故に今が千載一遇のチャンスなのだ。
撃たれた襲撃者は悲鳴をあげて地に伏せる。ゲンが弾を撃ちつくした頃には勝負がついていた。
「終わったか……」
息を切らせゲンは様子を見る―暗視モードに切り替え、人方の熱量を探る。
本来なら8体あるはずの熱量が一体足りない―一人逃がしたか―舌打ちして居間の方を見やる。
ラクス・クラインが外に出てきていた。彼女は撃たれて倒れている人間の元に向かう―
ゲンもそれを追って行く。やがて倒れている一人の男の前に二人は立った。
「まだ、この方は息がありますわ」
「……だから何だ?手当てでもしてやれっていうのか?」
「……お願いできませんか?」
「できるわけないだろ?大体俺達は……」
言いかけたところで倒れていた男が動く―とっさにゲンはラクスを庇う。
「願い下げだな……欲しいのは貴様の命だ!」
息も絶え絶えの男が叫び、懐から榴弾を取り出しその引き金を引く―付近一帯に榴弾が炸裂する―
ラクスを抱えとっさに離れたゲンは、彼女を庇いながら地に伏せていた。そしてゲンは少女を罵る。
「……馬鹿が!任務に失敗すれば死あるのみ……それが俺達だ!」
背中に痛みが走る―どうやら榴弾の破片が彼の背中を傷つけたようだ。
ゲンは舌打ちしながら体を起こす―目の前の少女が盟主の"客人"でなければ殴っていたところだ。
彼等特殊部隊は、彼の言葉どおり任務に失敗すれば死があるのみ―
幾度も死線を潜り抜けた彼にとっては、彼女の見せた優しさなどは唾棄すべきものであった。
憤ったゲンを見て、俯きながらラクスは体を起こす。彼女もまた身をもって彼等の意図を知った。
- 535 :18/21:2005/09/25(日) 08:08:36 ID:???
- それでもラクス・クラインは残りの者の生死を確かめようとした。
だが、ゲンの雑な狙いでも、残りのものの命を奪うには十分だったようで、一人も生きてはいなかった。
俯くラクスであったが、傍らのゲンは呆れながら、それでも文句は言わず、ただ唾を吐き捨てた。
「……傷ついた者に、優しくしてはいけませんか?」
「アンタは……破壊と慈悲の混沌だな。少なくとも俺達にそんなものは不要だ」
自らもまた傷ついていたゲンだったが、それでも背中の傷は少女に見せない。
こんなものを見せてまた不要な優しさなど見せ付けられた日には反吐が出る―それが彼の本音だった。
一人その場から逃げ延びた男―ヨップ・フォン・アラファスもまた毒づいていた。
「何とも狡猾な女だ!照明弾を用いて……我々の眼を潰すとは!」
だがラクス本人が考えたにしては上出来すぎる。撃ってきた人間はアンドリュー・バルドフェルドか―?
が、こんな手口は特殊部隊出身でなければ考えつきはしない。即ち彼ではない―一体何者だ―?
彼の体にもゲンが穿った銃弾が刻み込まれていた。それでも彼は任務を続行した。
「こちらウィザード0、ウィザード0。
聞こえるか?01、02、上陸部隊は任務を達成できず!後詰を出せ!」
『……ウィザード01から06、起動します。後はお任せを』
「すまん……頼む!」
「おっそいなー」
アウル・ニーダは、予定時刻になってもゲンからの連絡がないことを不審に思った。
アビスのコクピットで彼は今日も待っていた。かれこれ数時間コクピットの座席に座りぱなし……
そんな彼のコクピットのモニターが異常を発する―移動するMS郡をアビスは捉えていた―
「UMF/SSO-3、アッシュ?何コレ?ザフトじゃん」
見ればMS群はゲンとの合流ポイント近くに向かっている―今はゲンと連絡も取れない。ならば―
「……退屈してたんだよね、ずーっと。最新型のザフトの量産MS……へへっ、格好の獲物だね」
言うや否や休眠モードのアビスを戦闘ステータスに切り替える。不測の事態に備えていた彼の出番。
元々お姫様の運搬役くらいで満足できる性格の人間ではないのだ。海妖―セイレーンが動き出す。
「さぁ、アビス!いこうぜ!」
- 536 :19/21:2005/09/25(日) 08:22:34 ID:???
- ラクスは相変わらず遺体の側に佇んでいた。
襲撃者達の冥福を祈るかのように、何事か言葉を捧げている。だが、そんな状況も長くは続かなかった。
「チッ……拙いな。来やがった」
異変を察知したゲンがバイザーの望遠モードで遠くを見やる。
なにやら見慣れないMSがこちらに向かってくる―連合ではない、ましてやオーブでもない。
「おい!ぐずぐずするな!逃げるぞ!」
「待ってください!まだ家の中には子供たちが!危険を知らせないと!」
冗談ではない。彼女一人ならまだしも、他の子供たちまで面倒は見切れない。
それでも彼女は家に戻ろうとする。シェルターの中に避難しているであろう子供たちの下へ。
しかし、そんな彼女をゲンは制止する。
「もどってどうなる!シェルターなんてMSの前には無意味だ!」
「それでも……!」
なおも彼女は食い下がる。が、そんなやりとりの間にも6機のMS-アッシュは迫り来る。
万事休すか―この状況からはゲンですら打開策など見当たらない。人がMSに勝てる道理がないのだ。
が、突然迫り来るアッシュのうち一機が爆散する。そして、もう一機も爆風に飲み込まれる―
やがて、彼の見覚えのあるMSが海面から飛び出し、空に舞い上がった。天佑とはこのことか―ゲンは叫んだ。
「アビス!!アウル!来てくれたのか!?」
「ごめんねぇー!遅くなってさあぁ!!」
アビスのコクピットでアウルは謝罪の言葉を発した―だが、それはゲンに向けての言葉ではない。
状況はよく分からないが、目の前のMSは人家を襲おうとしている。そこがラクスの住居かは問題ではない。
彼等も自分と同じように退屈してこのような所業に及んだのだろう―そんなことを勝手に想像していた。
ならば彼が取るべき方法はただ一つ―
「待ちくたびれたんだろう!?遊んであげるよ!!これからねぇ!!」
- 537 :20/21:2005/09/25(日) 08:24:36 ID:???
- 海中から躍り出たアビスの動きは速かった。空中で肩の3連装ビーム砲を放つ―その時点でもう一機。
更に着地した瞬間に、アビスの持つビームランスがアッシュを穿つ―貫かれたアッシュは昏倒する。
初撃の奇襲とあいまって、この時点で6機中4機を撃破していた。
「馬鹿な!何故アビスがここに!?」
「知るか!兎に角撃て!近づけさせるな!!」
残った二機は必死の抵抗を試みる―だが、放つミサイルはフェイズシフトに阻まれ効果がない―
ビーム兵器を用いようとした頃には、すでにアビスは彼等の眼前に躍り出ていた。
一機のアッシュをランスで串刺しにし、帰す刀で実体刃を持つランスでもう一機をなぎ払った―
アビスが現れ勝負がつくまでの間、僅か30秒程度―瞬時に勝敗は決した。
「あれ……もう終わり?早すぎるよ〜」
己の早業でやっておきながら、相手の無策をなじるアウル。が、彼のお陰でゲンとラクスは事なきを得た。
その直ぐ後、ゲンは、別室にあったラクスの荷物を持ってきて、そのまま彼女をアビスに乗せた。
アウルは初めて見る歌姫をまじまじと見ながら、それでも彼は好奇心からか快く乗せてやった。
ゲンがラクスを乗せるのを手伝い終わり、やがてアビスに背を向けて去ろうとする。
だが、そのゲンの姿を見たとき、ラクスは彼の背中が血にまみれていることに気づいた。
やがてアビスは水中に姿を消した。そのコクピットの中でラクスはアウルに問いただした。彼の名は―?と
「ゲンだよ、ゲン。Genocider
Enemy of Naturalってのが正式な名前らしいけどね」
機密にも関わらず、アウルは名を明かしてしまった。最も名を明かしたところで足がつくものでもないが。
その名前を頭の中で反芻しながら、ラクスはユニウスで初めてキラ・ヤマトと会った時のことを思い出した。
あの時、キラも身を挺して自らを護ってくれたか―そう思いながら、誰にともなく彼女は呟いた。
「……あなたで二人目ですわ、ゲン」
「馬鹿な……アビスが何故ここに?何故連合が彼女を連れ去る!?」
ヨップ・フォン・アラファスは一人茫然自失、破壊されたアッシュを見て愕然とうなだれた。
「どうやら、連合にも彼女を必要とする人間がいるらしいな」
「……!キサマは!?」
「サヨナラだ、暗殺者君」
声の主を振り返ったヨップ―だが、その彼を一人の男が手持ちの拳銃で撃ち殺した。
最後の暗殺者を殺したのは、アンドリュー・バルドフェルド―砂漠の虎―その人であった。
「悪いが、俺は……歌姫ほど優しくないんでね」
- 538 :21/21:2005/09/25(日) 08:26:25 ID:???
- 「いいのか?」
バルドフェルドの背後からゲンが声を掛けた。彼の手には油断なく銃が握られているが。
「歌姫は、自身の意思でお前の主人のところへ行ったんだろう?俺が口を差し挟む余地など……ない」
平然と砂漠の虎は応じる。訝しげにゲンは問いただす。
「あんた等の担ぐ御輿じゃないのか?死んだらどうする?」
「あの人はお前の思っているほど愚かではない。今日のような日が来ることも覚悟していたよ」
「なら、何故逃げない?どこか人のいないところへでも……」
「このご時世、どこに行ってもお前等連合か、ザフトの眼は光っている。所詮、それは徒労だ」
砂漠の虎はひらひらと手を振り、ゲンに早く行けと促す。
自分はこれから夜が明けるまでに襲撃者の死体の掃除をせねばならないから、邪魔だとも言った。
ゲンはこの男が自分を撃つ気がないことがわかった為、ゆっくりと下がっていった。
最後に一言、あるメッセージを残して……
「キラ・ヤマトに伝えろ。彼女を取り戻したければ、戦場へ戻れとな」
「……戻す気があるのか知らんが、一応伝えておくよ」
砂漠の虎は気のない返事で返すだけであった。
同刻、セイラン邸では、ユウナ・ロマ・セイランがマルキオ邸の急報を聞いていた。
だが、その報告を聞いても彼は、眉一つ動かしはしない―
「邪魔が入ったようだが……あの烏君なら上手くやっただろうね」
それだけ呟くと、彼は私室に向かった。
彼の私室ではキラ・ヤマトが安らかな寝息を立てて眠っている。
会食の際、キラの皿には強力な睡眠薬が混ぜてあった―この家の主人の意思で―
「さて、これで君という最後の切り札がそろったわけだよ、弟君。
ジブリールは何を考えているのか分からないが、君を僕の元に残してくれて感謝するよ。
さぁ、これからこの国のために、オーブの未来のために……僕と一緒に戦おうか、キラ・ヤマト」
微笑みながら眠るキラに微笑みかけるユウナ―
キラはまだ何も知らず眠り続ける―やがてこの国を戦火が包むことになるとも知らずに―