34 :1/11:2005/11/02(水) 06:59:01 ID:???


マユ・アスカが家族を亡くしてから2年――

空は曇り、海は荒れくる。
つい数時間前、世界を砕くと思う程の衝撃が地球を襲いとある島のとある海岸も海水により洗われた。
2年前の戦争、この海岸で起こったありふれた悲劇。
戦闘の流れ弾で一瞬にして燃やされたある家族。
もはやその悲劇を記憶する人も。その死を悼み慰霊に訪れる人もいない。
ただその地にひっそりと置かれる小さな石の慰霊碑だけがその事実をとどめる。
この忘れ去られた惨劇の地にぽつんと立つ人影……
その影は慰霊碑の前に膝を付くと、何かを確かめるかの様にゆっくりとその慰霊碑にふれる。
そこに刻まれているものは家族の名前。
父と母、それに妹……そして――

『シン・アスカ』

自分の名前――――




     Gundam Seed Injustice 第1話『復讐』



35 :2/11:2005/11/02(水) 06:59:58 ID:???


「ブレイク・ザ・ワールド事件」から3日。

『……ユニウス7……落下…………に大きな被害が…………以前わかっておりません。引き続き……』

街頭の大型モニターから無感情なアナウンサーの声が聞こえる。
ときたま足を止め見る人間もいるが、大多数は見向きもせず通り過ぎていく。
プラントザラ派テロリストによるユニウス7の地球への落下。
この地球人類滅亡の危機も、目立った被害も無かったこの国の人間には所詮は人事。
自分には関係の無い事、テレビの中の出来事のように思っている。
人は実際に日常が崩れなくては分からない。わずか2年前、その日常がいとも簡単に崩れたと言うのに……

「やはり、こういった所は全く変わっていないんだな……この国は」

モニターの声を聞きながら道行く人を見つめ、何をするわけでもなく街角に立っていた彼はそう吐き捨てるかの様に小さくつぶやく。

ここはオーブ連合首長国、オノゴロ島。
オーブの商業、工業、国防の中心地であり、2年前悲劇の戦場になった島。
しかし今はもう表面上復興し、繁華街は多くの人で賑わっている。
この平和で華やかな街をその雰囲気に似つかわしく無い影が行く。
その髪は乱暴に短く切られ、それから覗く顔は白く透き通りまだ幼さが残る少女の様にも見える。
しかし上は地球連合陸軍のパイロットジャケットを着込み、下はジャングル迷彩のズボンに軍靴を履く。
そして何よりも、少女にしては鋭すぎる眼光が見るものに威圧感を与え。誰も彼を少女だとは思わない。
彼は表道をしばらく歩くと人目を避ける様に路地裏へと入っていく、そしてまたしばらく歩くと先ほどまでの喧騒が嘘の様な
不気味な静けさが漂い、裡捨てられた廃屋や廃ビルが立ち並ぶ。
そこにたむろするのは浮浪者や売女ども。


36 :3/11:2005/11/02(水) 07:00:49 ID:???

―――これが今のこの国の現状。
表向きは
「わずか2年で復興した奇跡の国」
「18歳の少女が治める平和の国」
などと呼ばれているが、一皮剥けば暗黒街が広がり強盗、売り、クスリ、殺し、人身売買……
それを糧とするマフィアやギャング達が跋扈するオーブの闇が広がる。

2年前の戦争、それがこの国の運命を決めてしまった。
大西洋連邦が主導する地球連合による『オーブ解放作戦』、自爆によるマスドライバーとモルゲンレーテの喪失。
2つ主力産業の喪失と戦争による破壊は大量の失業者と家を奪われた多くの難民を生んだ。
戦争が終わり、ユニウス条約によりオーブが独立を回復してもこの問題がそう簡単に解決できるはずも無く、
また新政府が完全に失った防衛力と国営企業モルゲンレーテ、マスドライバーの復活に力を入れたため民間の復興はさらに遅れた。
政府の無策に不満をつのらせた難民や失業者による略奪、暴動。
それらに対応できぬ警察や軍。
それによる急激な治安の悪化はオノゴロ島だけではなく、オーブ全体に深刻な社会不安を招き、混乱は深く暗い闇を社会に作った。

そしてその社会不安の広がりはオーブに未曾有の大混乱と国家の危機を起こしかけた。
その時手を差し伸べたのは意外にもその原因を作った大西洋連邦を中心とする地球連合だった。
連合は人道的支援を名目に、復興への資金と難民対策の器材を無償で援助した。
それは当然善意からの支援では無く、オーブの優れた技術力を失う事を恐れた事と
半永久的にオーブを連合の影響下に置く事を目的としていたが……
ともかくこうしてオーブの復興は軌道に乗った。だがそれまでに抱え込んだ多くの闇を取り払うまでには到らなかった。
何よりその闇もオーブを形作る物の一つになっていたのだから……


37 :4/11:2005/11/02(水) 07:01:36 ID:???

その暗黒街の片隅を歩く彼自身もまた、ある意味でのオーブの闇が生んだもの。
表道からかなりの距離を歩いた後、彼は半地下へと続く階段を下り廃屋の一つへと入って行く。
戦前はバーで在ったと思われる薄暗い室内、そのままにされているカウンターやビリヤード台がその当時を窺わせる。
部屋の真ん中には椅子に後ろ手に縛られ口をガムテープで塞がれた40代の男、ドアの開く音に気付いたのかハッと顔を上げた。

「何だ、起きていたのか?」

彼は友達にでも接するかの様に軽い調子で男に話しかけ、近くに転がる椅子を持つと男の前に置き腰掛ける。

「始めまして……と言った方が良いかな? リュウジ・カワサキ、さん?」

男は口をふさがれ、椅子に縛りつけられながらも静かな迫力のある目で彼を睨みつけている。

「―――そんなに睨まないでくださいよ。今ガムテープ外してあげますから」

彼は素早く男の口を塞いでいるガムテープを剥がす。
男は一つため息を吐くと、自分を拉致した張本人に怒りを滲ました声で問いただす。

「……どこの誰だか知らんが……俺にいったい何の用だ?」
「この状況でずいぶんと冷静ですね? カワサキさん?」


38 :5/11:2005/11/02(水) 07:02:25 ID:???


カワサキは自分の置かれた状況を把握するため辺りをうかがう。
いつもと同じように仕事を終え自宅に帰る途中、突然羽交い絞めにされたかと思ったら気が遠くなった。
気が付いた時にはこの部屋に縛りつけられ、放置されていた。
この部屋にはどうやら2人だけ、この後自分がどうなるか分からないがろくな事にならないだろう。
時間を稼ぎつつ、だれかの助けを期待しなければならない……
そこまで考えた後自分を嘲笑うかの様にしゃべる彼の挑発に乗らないよう、怒りを抑えながら質問に答える。

「ただ殺すのならこんな回りくどい事をしない……何か俺に用事があるんだろ? 金か? それとも商売関係か? 
言ってみろ、お前の期待に答えてやるかも知れんぞ?」
「そう、用事と言えば用事ですね。 さすがこの辺りのマフィアの元幹部にして人身売買の元締めだった男、器が大きい」

彼はあくまでもふざけたような口調。
リュウジ・カワサキ、オノゴロに暗躍するマフィアの元幹部であり人間を商品にしていた男の名。
そしてマユ・アスカを連れ去った男の名前……
もっとも今は一年前に足を洗って普通と言える生活を送っているが。

「なあに、妹があなたにお世話になったのでそのお礼に伺ったまでですよ」
「……復讐ってことか?」

ギリ……
口の中を噛み締める、その答えはカワサキが想定した中でも最悪に近いものだった。
足を洗ったとしても自分のやってきた事は消えない。
いつか来ると思っていたが……
復讐、どう転んでも自分は殺される事になる、話し合いなんか通じる相手ではない。
最悪自分だけならいいが、もしあれを知られたら――
カワサキは助けが来ることを期待して少しでも時間を稼ぐために問いかける。


39 :6/11:2005/11/02(水) 07:05:13 ID:???

「妹さんの居場所を知りたいのか?」
「いや、そんなことはどうでもいいんだ。 そんなことより……これ、な〜んだ?」

彼はさも愉快そうに笑いながら、懐から写真を取り出す。
そこには優しく微笑む目の前の男と寄り添う同年代の女、そして楽しそうに笑う10歳前後の少女。

「あんた見たいなゲスの子供にしては可愛いくて素直な子だったよ、奥さんも美人で、残念なことを……くく……」

彼の言葉にカワサキは顔面蒼白で固まった。その写真に写っているのは自分と妻、そして愛娘。
家族の存在は誰にも知られていないはずだった。
組織にも家族がいることは話していない、家族も自分がマフィアだったとは知らない。
そんな男に彼はさらに追い詰めるかのように楽しげに語りかける。

「奥さんも可哀相に、子供を連れて行く時に抵抗さえしなければ楽に死ねたのになぁ……
ああ、安心してくれ娘さんは生きてるよ。」


40 :7/11:2005/11/02(水) 07:06:34 ID:???

カワサキはその言葉に思わず立ち上がろうとした。
当然椅子に縛りつけられていて身動きなど取れるはずも無く、床に無様に転がる。
それでもなお顔を目の前のクズに向け怒りに任せ叫ぶ。

「貴様、家族に! 俺の子供に何をした!!」
「何をって……お父さんの職業を体験してもらったんですよ。」
「お前、まさか……」
「ええ、高く売れましたよ。あんたの子供」
「貴様! 貴様ぁ! 家族は何も知らなかったんだ!! 復讐したいのなら俺だけにすれば良いだろう!!」

ドゴ!!
カワサキがそう叫ぶと同時に、彼は床に倒れている男の腹部を蹴り上げ頭を踏みつける。
そしてその言葉が彼の笑みを狂気で塗りつぶしていく。

「それがどうした……お前は今まで何人の人生を壊したと思っているんだ?
そのお前が……そのお前がなに1人幸せに生きてやがる!」 

そこまで叫んで彼は突然頭を振る。

「いや違う、そうじゃ無い、俺は別にお前がやってきた事なんてそんなことどうでも良いんだ
 そうさ、俺が殺したいからお前も、お前の家族も、血反吐を吐き散らしのた打ち回って絶望の中で殺してやるよ」


41 :8/11:2005/11/02(水) 07:09:17 ID:???

引きつった笑みを浮かべたまま懐のホルスターから黒光りする大型拳銃を右手で抜く。
軍でも使用しない重く大きい拳銃を。
それをそのまま床に転がる男に向ける。
それでもカワサキは、銃が見えないかのようにわめき続けている。

「よくも俺の妻を! 娘を! 殺してやる! 殺してやる! お前は必ず俺が殺してやる!!」
「ああそうかい、でもそれは無理だ」


ガンッ!!


一発の銃声、それに続くのは重い沈黙。
部屋はしんと静まり物音一つしない。
弾丸はカワサキの眉間を打ち抜き、その運動エネルギーは頭の上半分を吹き飛ばしていた。
彼はその無残な死体を見下ろしたまま動かない。
そして自身が撃ち殺した男に向かい小さな声で話しかける。

「……なんてな……さっきの話は全部嘘さ、俺が殺したいのはお前だけだ。 関係ない奴を巻き込むかよ」

復讐の引き金を引いた彼は先ほどまでとうって変わり、無表情でその顔からは感情を読み取る事はできない。

「って聞こえるわけないか……頭半分吹き飛ばされちゃ……な」


42 :9/11:2005/11/02(水) 07:11:48 ID:???

ギイ……
彼の背後でドアの開く音。

「よう、終わったようだな。シン」

ドアを開け部屋に入ってきたのは30代の男。
よれよれの白いスーツを着き、2枚目を気取っているのか知れないが
アゴに無精ひげをはやしその締まらない顔はお世辞にもかっこいいとは言えない。
男が話しかけてもシンと呼ばれた彼は反応もしない。
それでも男は気にせずしゃべり続ける。

「しかしお前、役者になった方がいいんじゃないか? 迫真の演技だったじゃないか」
「仲介屋、盗み聞きとは趣味が悪いな……」

シン・アスカはやっと振り返ると男――
『仲介屋』の軽口に答える。

「俺のカワイイ、カワイイシンちゃんに怪我がないか心配で来たのに酷い言い草だなぁ」
「で、お前の用事は何だ?」

シンは男の言葉を無視する。
男はその文字のごとく『仲介』を仕事としている。
その手は広く、ジャンク屋から傭兵。果ては連合、プラントザフトまで恐ろしく広い。
シンとは2年前とある事をきっかけに知り合い、自身はシンの相棒を語り付きまとっているが
それとは裏腹に深入りしてくる事はない。



43 :10/11:2005/11/02(水) 07:13:35 ID:???

「無視するなよ。 まあそんなところもカワイイんだが……」
「いいから早くしろ……」
「ハイハイ。 シン、お前商売道具は持ってきているよな?」
「ああ、ジャンク屋の倉庫に預けてある」
「じゃ昨日オーブに入港して来たプラントの船を知っているか?」

それは有名な船だった
ザフト所属宇宙戦艦「ミネルバ」
ブレイク・ザ・ワールド事件で最後までユニウス7の破壊を試み。
実際ユニウス7を割り、地球の危機を救いそのまま地球におりて来た。
一部では世界の救世主とまで言われている。
そしてその艦は今、ミネルバに乗り一緒におりてきたオーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハを送り届けオーブにいる。

「仕事の依頼なら受ける」
「おいおい、まだどんな依頼か話してないんだぞ? それに今ザフトの依頼は……」
「……そんなことはどうでもいい」

シンはカワサキを殺しても気は晴れなかった。
当然後悔などしていない、それでもこの何とも言えないつまらなさを発散させたかった。
今はどんな『仕事』だろうが大歓迎だった。物事を考える暇さえ無くなれば……


44 :11/11:2005/11/02(水) 07:16:34 ID:???

「詳しい内容は後にしてくれ、今はそんな気分じゃない」
「はぁ〜たく。 お前も女の子なんだから仕事ばかりじゃなく、もっと自分を大切にしろよ……」

投げかけられた男の言葉に外へと続くドアへと歩いていたシンはピタリと立ち止まる。
シンのその茶色い髪がユラリと揺れ、赤紫の瞳は怒りに歪み、左腕で自分の『生身の右腕』を血が出るほど強く握った。
男の方に怒りで体を焦がしながら振り返る。

「俺は男だ、女じゃ無い……」

彼の体の名前はマユ・アスカ――
あの日、全てを失い連れ去られた少女は。
その心を2年という歳月の中で壊れて亡くし。
あの日、閃光の中に消えた少年の亡霊と狂気をその身に宿し原点へと帰ってきた……


To be continued