53 :1/9:2005/11/27(日) 23:30:31 ID:???

南海特有の晴れ渡った空、青く透き通った海。
波を裂きながら進む灰色の艦隊……
海を進むその姿は威風堂々し、見るもの全てを畏怖させる力強さを持つ。
地球連合海軍、第七艦隊――
その艦隊を束ねる旗艦、大型空母「ヨークタウン」の艦橋に渋顔の男。

「司令、まもなく作戦領域に到達します」
「ああ、分かったよ。 艦長……」

司令と呼ばれた渋顔の男は顔を正面に向けたまま、背からかけられた声にこたえる。

「しかし、司令……本当にこの作戦はこれほどの戦力を必要とするのですか?」

彼は自身が所属する艦隊、旗艦を取り囲み進む艦艇達を艦橋から見渡す。
そこにはヨークタウンを含め
大型空母1、スペングラー級MS搭載型強襲揚陸艦3、大型揚陸艦1、それらを守る護衛艦が14隻。
この膨大な戦力、彼には到底これから行う作戦に必要だとは思えなかった。
なぜならば自分達が戦う相手はたったの1隻なのだから。

「それほど大切なのだ、あれは……MSが戦場を変えたように、あれも完成すれば戦場を塗り替える。
そのための実戦テストだ。 標的に選ばれたザフト艦には同情するがね」

司令は今まで前を向いたまま動かさなかった顔を横にそらし
ヨークタウンの左舷に寄り添って進む揚陸艦を見るとニヤリと笑った……


          Gundam Seed Injustice 第3話『開戦』




54 :2/9:2005/11/27(日) 23:31:50 ID:???

懐かしい潮の匂い。
オーブの人間には馴染みの匂い。
息苦しいミネルバ艦内から逃れ、甲板へとやってきたシンを出迎える海の香り……
シンはこの匂いが嫌いだった、もう自分には必要の無い過去ばかりを思い出すから。

この匂いと浮かんでくる思い出を打ち消すため、ジャケットの胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
肺を満たすタバコの煙、ゆっくり空へと吐き出す。

「相変わらずマズイな……」

別にシンはタバコが好きな訳ではなく、普段から進んで吸う事もない。
ただ無性に吸いたくなる時がある。特にこんな時は……

シンはその手にタバコを持ったまま手すりに寄りかかる。
その瞳が見つめるのはかつての故郷、2年ぶりに復讐へと帰ってきたオノゴロ島……
それを見つめるシンの顔は昏く、どこか遠くを見ているかの様だった。
里帰り、もう少し何かを感じると思っていた。
怒り、悲しみ、呆れ、寂しさ……その何も感じなかった。
シンは軽い驚きを覚える。
この国が、自分にとってまったく意味の無いもの成っていたことに。
全ては過ぎ去り戻れない過去、唯一つやり残した事もしてしまった。

(オーブにはもう二度と『来ない』かも知れないな)



55 :3/9:2005/11/27(日) 23:35:45 ID:???

シンはあえて『帰る』と言う言葉を使わなかった。オーブにはシンが帰るべき場所など無いのだから。
ただ思い残すのは家族の慰霊碑。
それから離れてしまっては自分と家族も離れてしまうことになるのか?

(いや……違うな……俺が生きていることに意味がある。 何時だってそうだった)

自分には慰霊碑など必要ない、家族は慰霊碑にいるわけではないとシンは思い直す。
なぜなら自分が生きている限り家族は常に自分のそばに、記憶の中にいるのだから。
そう思えるようになっただけでもオーブに来た事は間違ってはいなかった、でもやはりもう二度とオーブの土を踏む事は無いだろう……と。
なんだか体が軽くなった気がした。
シンはもう一度タバコを深く吸い込み、そして故郷の思い出と共に海へと投げ捨てた。

「シン・アスカさん、こんな場所にいらしたんですか」

突然背後から掛けられた言葉にシンは顔だけを向ける。
そこには赤い髪が特徴のルナマリア・ホークが満面の笑みで駆け寄ってくる。
ルナマリアは何を気に入ったのかシンに良く話しかけにくる。

「もう少しで出港ですよ。 それまでに配置に付かないと」

シンはルナマリアを無視し、またオノゴロの風景を見つめる。

「シン・アスカさん! 無視しないでくださいよ!」

ルナマリアはシンに並ぶと同じく手すりに寄りかかり、シンがルナマリアを無視した事に頬を膨らませる。



56 :4/9:2005/11/27(日) 23:36:31 ID:???

「もう、ちゃんと聞いてるんですか!?」
「なぁあんた……フルネームで呼ぶのはやめてくれないか」

あまりのルナマリアの五月蝿さに、シンは視線を向けないが相手をしてやる。

「え? じゃあ何て呼べばいいんですか?」
「シンでいい」
「え〜と……シン?」
「ああ、それでいい」
「じゃあ私もルナマリアって呼んでください!」

嬉しそうなルナマリアの声、ルナマリアの顔を見ると満面の笑み。
付き合いが深いわけでもないシンには、それが素なのか作っているのかは分からない。
そんなシンにルナマリアは気安くなったのかさらに明るく話しかけ続ける。

「そう言えばシンって若いですけど、いったい幾つなんですか?」
「……16だ」
「え! シンって年下だったの!?」

シンとしては歳などどうでも良かった、だがそんな事で大袈裟に騒ぎたてるルナマリアに少しうんざりする。
そしてまだ何かを言っているルナマリアを無視し、振り返ると甲板から艦内へ続く扉へ歩いていく。

「ちょっ、ちょっとドコヘ行くの?」
「配置に付けって言ったのはあんただろ?」
「ま、まってよ! 私も行くから!」

ルナマリアは慌ててシンの後を追う。
自分に並んだルナマリアを横目で眺め、シンは考える。
監視か、それとも興味本位か……この女がなぜ自分に近づいてくるのかを。
どちらにしろ目の前の女は無防備すぎる。
あまり長生きできそうに無いな、とシンは思った……



57 :5/9:2005/11/27(日) 23:37:21 ID:???


「先に言っておく……本当にすまない、タリア艦長」

ミネルバ、艦長室。
カガリは憔悴しきった顔でタリアに頭を下げる。
後ろに控える護衛のアスランも深い苦悩が見え隠れする。

「いえ、代表のお立場も分かりますから」
「そう言って貰えると助かる。 だが私は艦長に言わねばならない」

そこまで喋り一つ区切る。
これから話す言葉の非難の視線も、敵意も甘んじて受ける。
それは地球を救ってくれたミネルバとクルーに対する、カガリのせめてもの誠意だった。

「大西洋連邦を中心とする地球連合はプラントに宣戦布告した。 中立国として勧告する。
プラント所属ミネルバは即刻我が国より退去せよ」
「分かりましたわ、代表」
「……それでは私はこれで失礼する」

タリアはこの若く不器用な国家元首に微笑み、答える。
分かっていた。
オーブの立場も彼女の立場も、そしてその思いも。
戦争への流れはもう誰にも止められない。
それをわかっているが故タリアにはカガリを責める事は出来なかった。



58 :6/9:2005/11/27(日) 23:37:51 ID:???


ミネルバ内の通路を保安部員に先導されながら歩く。
カガリは先ほど言った自分の言葉を嘲笑する。

(何が中立国だ! 実際は大西洋連邦の言いなりで同盟する事も時間の問題じゃないか!)

カガリは悔しかった、亡き父の遺志を裏切り理念を守れない事に。
そして自分に守り徹すその力が無い事に。
だからせめて筋だけは徹したかった、すれ違うミネルバクルーの冷ややかな視線を受けても……

クルー達の視線を耐えて歩いていたカガリは前方から歩いて来た人影を見て、思わず立ち止まってしまった。
それはザフト軍の中では見かけるはずは無かった。

――連合軍のジャケット着た少年。

普通ありえない光景、彼はザフト赤服のルナマリアと連れ立って歩いていた。
その彼は唖然とするカガリに、口元に冷笑を浮かべジャケットのポケットに手を入れたまま近づいてきた。

「オーブ代表首長、カガリ・ユラ・アスハ様がこんなところにいるとは驚きだな」

カガリに驚いて立ち止まっているルナマリアを意にもかえさず
唖然としたままのカガリに、久しぶりに会った知人に挨拶するかのように軽く話しかける。



59 :7/9:2005/11/27(日) 23:38:14 ID:???


「連合軍がなぜ……?」
「連合じゃありませんよ。 俺はしがない傭兵でしてね。
今はザフトに雇われているだけです。 おっと、失礼ですが急いでるのでこれで……」

たったこれだけの会話、だがカガリは彼に言いようの無いものを感じた。
去っていく彼の背中を見ながら、それが何だったのかを考える。
と、視界の端に彼を鋭い表情で睨むアスランを見つけた。

「アスラン、どうした?」

前の保安部員に聞こえないように小声でアスランに尋ねる。

「気付かなかったか、あいつ……ポケットの中でずっと銃を握っていた…………」

アスランはそれだけ小声でささやくと護衛の顔に戻る。

「さあ、代表行きましょう」

それからミネルバから退艦するまで、アスランは険しい顔を崩さなかった。
カガリにはなぜ見ず知らずの傭兵からそんな事をされねばならないか全く分からない。
ただ、あの傭兵の顔は当分忘れられそうに無かった……



60 :8/9:2005/11/27(日) 23:38:40 ID:???


「くくっ……」

待機モードの薄暗いコックピットにシンの忍び笑いが響く。
ミネルバは今オノゴロから離岸しオーブの領海外へ出るため航行している。
シンはオーブ領海から離れるまでの間、スクランブル要員としてMSで待機中だった。

「あの姫さん、以外に鈍いんだな……護衛の方は気が付いた見たいだが」

シンは別にカガリなんかに興味は無かった、ただ『アスハのお姫様』は嫌いだ。
無能な父親は責任を取らずに死に、その娘はただアスハというだけでまた無能な代表首長になった。
オーブへの思いを吹っ切ってもアスハへの嫌悪は消えない。
だから銃口を向けてやった、胸のうちにありったけの殺気をこめて。
それは特に意味があることではない、危険で趣味の悪い悪戯だ。
ただシンが残念だったのは本当に撃つわけにはいかないことだが……
その時、突然けたたましアラームが鳴り響く。

<コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! MSは至急追撃に上がってください!>
「連合か!? くそっ! 早すぎる!」

それは敵の襲撃を知らせる警報だ。
MS格納庫もとたんにMSスタッフが飛び出て騒がしくなる。
シンも急いでMSを立ち上げつつ毒付いた。
カーペンタリアまでの間に連合との戦闘があると思っていたがいくらなんでも早すぎる。
まだオーブの領海間際のはずだった。

<艦長、タリア・グラディスからミネルバ全クルーへ
本艦前方には空母4隻を含む地球軍艦隊が、後方には自国海域の警備が目的と思われるオーブ軍艦艇が展開中である。
地球軍は本艦の出港を知り、網を張っていたと思われ。 またオーブは後方のドアを閉めている。
我々には前方の地球軍艦隊突破の他に活路はない。
これより開始される戦闘はかつてないほどに厳しいものになると思われるが、本艦はなんとしてもこれを突破しなければならない。
このミネルバクルーとしての誇りを持ち、最後まで諦めない各員の奮闘を期待する>



61 :9/9:2005/11/27(日) 23:39:34 ID:???


タリアの冷静で重い声、いくら虚勢を張った所でこの戦力差は跳ね返せるものではない。

(終わりだな……こんなに早くとは予想外だが、仕方ない)

シンも腹を決める。戦力差が大きすぎて依頼を達成できるとはとても思えない。
だからミネルバを見捨てる。
これからミネルバを出た後は状況を見て逃げ出す。
自分の生存を何よりも優先させると。

<アスカ、すぐに出てちょうだい。 後の二人もすぐに出します。>

タリアからの通信、それは指揮官らしく力強い言葉で指示を出す。

「わかった、出来るだけはやる」
<出来るだけ時間を稼いで。 戦果を期待するわ、お願いね……>

愛機であるジェットストライカー装備のダガーLをカタパルトへと移動させる。

<シン・アスカ、ダガーL発進スタンバイ。
発進シークエンス開始します。 ダガーL、カタパルトエンゲージ>

出撃するこの瞬間、いくら経験しても緊張する事に変わりない。
だがいくつもの依頼をこなし、共に死線をくぐってきたこの機体、今回もうまく切り抜けられる。
シンはそう自分に唱え、深く息を吐く。
頭が段々クリアーになり機体と体が一つになっていく。MS戦闘のいつもの感覚。

<ご武運を……ダガーL発進! どうぞ!>
「シン・アスカ! ダガーL、出るぞ!」

射出でかかる強力なG、シンは戦いの海へと飛び出した……




To be continued......