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 「サーカス」。
 「生体CPU」。
 ナチュラルの孤児にせよコーディネイターの捨て子にせよ、戦争の狂気は子を歪ませる。

SEED DESTINY ASTRAY M 第二話 「記憶」

「……誰でも考えるんだ、こういうこと」

 目の前で繰り広げられる光景――殺し合いをする子供達を見て、私は嫌悪を込めながら
呟いた。
 私が今来ているのは、ロドニアにある地球軍の研究所だ。任務は「生体CPUの成績評
価」。具体的に言うと、生体CPUとの実弾訓練だ。使う機体はむこうが提供してくれるし、
危険性の高さに見合うだけの報酬もある。しかし……

「……気分が悪いわ」

 まるで「サーカス」の様な……いや、それ以上に趣味が悪い光景だ。
 強化。解剖。処分。
 そんな処置を年端もいかない子供達に施して……どこが「蒼き清浄なる世界」なんだか。

「……馬鹿みたい。傭兵がこんな事を考えても、意味なんて無いのに」

 そう呟いて、私は目を逸らした。――目の前の光景から、それを考えることから逃げる
ように。
 そして、その先には奇妙な光景があった。

「……あれは?」

 青い髪の少年だ。表情は笑顔。その傍らには白衣を着た女性がいる。

「母さん、どうだった今の? これなら成績評価でも余裕で勝てね?」
「……ええ。きっとできるわ」
「だよな! 次もちゃんと見ててくれって!」

 どうやら親子らしい。あの研究員は、私が戦う生体CPUの母親ということ。
 ……馬鹿げてる。

「何が楽しくて……自分の子供をこんな所で育てるんだろ」

 ……ホント、気分が悪い。
 イライラしながら、病院のような廊下を歩いた。あてはない。ただ、捨てたい過去を思
い起こさせる、屑みたいな光景を見たくなかっただけだ。



177 :2/7:2006/06/12(月) 01:23:52 ID:???
 ただ適当に歩いていただけだったが、見える光景は変わりつつあった。
目の前にあるのは扉。窓から見えるのは庭園。要するに、この先は中庭だ。私は迷わず
扉を開けて、設置してあったベンチに腰掛けた。
 どうやらあまり手入れは行き届いていないらしい。雑草は生えているし、そもそもベン
チも微妙に錆びている。だが……人が人に対する手入れを繰り返すような場所よりは数倍
ましだ。
 しばらくぼんやりしていると、警戒の色も見せずスズメが数匹私に近づいてきた。ずい
ぶん人懐っこい。エサでも欲しいんだろうか?
 スズメが食べるような物があったかな、などと考えながらカバンを探っていると、突然
スズメが向きを変えた。そこには……先ほどの女性研究員が、パンくずが入った袋を持っ
て立っていた。私を見た彼女は、優しい笑みを浮かべて話しかけてくる。

「隣に座っても構いませんか?」
「……どうぞ」

 できるだけ普通に言ったつもりだったが、多少ぶっきらぼうになったのは否定できない。
 それに気づかなかったのかそれとも無視したのか、彼女は私の隣に座ってパンくずを撒
き始めた。スズメは慣れた様子でそれをついばんでいる。
 私達はしばらくずっと何も言わずに黙り込んでいたが、彼女の方から口を開いた。

「あなたが……傭兵なんですよね。生体CPUの試験をする……そんなにお若いのに」
「……ええ。それが?」

 多少、カチンとした。年齢のことはよく言われるが、よりにもよって自分の子供を改造
した奴に言われたくはない。

「お願いがあるんです……よろしいでしょうか?」
「負けて下さい、とでも言う気ですか?」

 無表情のまま、何の気遣いも無くはっきりと言ってやった。こんな奴が言うのは大方こ
んな言葉だろう、と予想して。
 だが、返ってきた言葉は全く違う言葉だった。

「いえ、逆です。どうか……勝ってくれませんか?」
「は、はぁ?」



178 :3/7:2006/06/12(月) 01:26:37 ID:???
「敵影1。センサーに異常なし。戦闘プログラム起動……」

 敵影1とは、もちろん生体CPUの乗るダガーL。MS訓練用施設の無骨な壁を背景に、
そいつははっきりとモニターに映っている。
 そう、今は成績評価の時間だ。
 私はダガーLのコックピットの中で、OSの最終調整を行っていた。慣れきった作業だ。
だから……あの研究員との話を思い浮かべるほどの余裕がある。


『聞いてしまったんです……もしあの子が私に勝てば、あの子は特殊部隊に配備されると。
その際に更なる強化を施して、私のことを記憶から消してしまうと。……兵器に、肉親
の絆など不要だそうです』

そういう彼女の声は、震えている。だが、私は同情する気になれなかった。

『そんな事が嫌なら、始めからこんなところに入れなければいいでしょう。
 自分の子をこんなところに入れた時点で、そんな事は予想……』
『違います!』
『!?』

 今までどこか穏やかな印象だった彼女が、いきなり大声を上げた。どうやら本人も自分
がそんな声を出したのが驚きだったらしく、俯きながら続ける。

『私は……あの子を兵器にするためにここに入れたわけではありません。
 あの子の死病を治すため……だったんです』
『……死病?』
『ええ……元々私は、とあるカレッジの有名な学者でした。医学関連の……
 しかし、ある時子供が病気に罹ってしまった……私が研究を進めても進めても、あの子
の病気を治す方法はありませんでした。
 その時、ここのラボから連絡が来たんです……あの子を救う手段があると。
条件は、研究成果の提供とメンバーへの参加……』
『…………』
『それを聞いた私は喜んでここに来ました……今となっては、馬鹿げた話ですが』

 そう言って、彼女は自嘲の笑みを浮かべた。とても空虚で、寂しい笑みだった。

『一度入った以上、抜けることは許されませんでした。……当然、といえば当然ですね。
 それに、もうあの子はここにある設備なしでは生きられない体です。私にできた事は、
 自分の知識を使ってあの子が殺されないように強化していくだけ……』

 そして、最後に彼女は泣きそうな顔で……頭を下げた。

『私のつまらないエゴだとは分かっています。間接的に私はたくさんの罪のない子供たち
 を殺しているのですから。……それでも、お願いします。あの子に……殺さずに勝って
 下さい。私は――まだあの子と別れたくないんです!』



179 :4/7:2006/06/12(月) 01:27:28 ID:???
「……本当に、つまらないエゴ。そんなので、傭兵に依頼をするなんて。
 殺さずに勝つなんて難しい依頼、タダで請ける馬鹿なんていないよ」

 そう呟いて、最後の調整を済ませる。私の機体も、ダガーL。武器はビームサーベルと
イーゲルシュテルンのみで、相手もそれは同じ。ハンデはない。

「それを請ける私は……馬鹿だけどっ!」

 それだけ叫んで、機体を前進させる。前進したのはあちらのダガーLも同じ。お互いに
スピードを乗せたサーベルを振り下ろした結果、サーベルが火花を散らせぶつかり合う。
機体も体勢も同じ以上、このまま押し続けても突破は望めない。素早く後退し距離を離す。

「……どうする?」

 「殺さない」という制約がある以上……狙う場所は限られる。狙うとすれば頭部か四肢。
だが、そうそうやらせてくれるパイロットでもないだろう。
 悩む私だったが、相手は気が長いほうではないらしい。再び突進してくる。
 再びサーベルを振った私のダガーLだったが、相手は予想だにしない動きを見せた。
サーベルをシールドで受けながら、モニターの下へ消えていく。本来地上では有り得な
い動き……しかし、自機がバランスを崩したことで私はやられた事を理解した。

「滑り……こんだ!?」

 そう、モビルスーツによるスライディング……予想し得ない、モビルスーツによる格闘。
バランスを崩し倒れようとする私のダガーLに、相手のダガーLがとどめを刺そうとサー
ベルをかざす。私は咄嗟の判断で、左腕のシールドを相手の右腕に突き立てた。根本から
動きを止められた相手の右腕は、シールドを裂くに止まる。その隙に、バーニアを吹かし
て体勢を立て直し、離れる。

「……まずいかな」

既に五分と五分では無くなった。シールドの有無だ。もちろん相手のシールドも損傷は
あるが、私の機体のシールドは真っ二つにされてしまった。このままでは、こちらが逆に
殺されかねない。

「……よし」

 スティレット・投擲噴進対装甲貫入弾を左腕で引き抜き、構える。これはアーマーシュ
ナイダーの改良型で、投げナイフみたいな物だ。右腕にはサーベルを構えたままなので、
二刀流の構えを取っていることになる。
 そのまま私はバーニアを全開にし、再び機体を突っ込ませた。相手は心持ちシールドを
前面に出している。こちらは投擲武器を所持しているのだから当然の反応だ。……そこが、
狙い。

「行けっ!」


180 :5/7:2006/06/12(月) 01:29:28 ID:???
 まだお互いのサーベルが届かない所で、左腕を振りスティレットを投げた「ふり」をし、
更に同時にエネルギー供給を切ったビームサーベルの柄を投げる。つまり、フェイントだ。
相手にサーベルをスティレットと誤認させ、投げた方面である頭部の前にシールドを構え
させるのが狙い。案の定、相手はシールドを構えた。
 スティレットなら、確実にシールドを破壊しただろう。ビームサーベルでも、穴を開け
るぐらいはできた。だが……それはまずい。なぜなら、シールドで隠され、視界も消えて
いる頭部が晒しだされ、視界も取り戻してしまうからだ。
 投げたすぐ後に、私は機体を相手の上へ跳ばせた。シールドが前にある相手は、私が跳
んだことに気づかない。恐らくはサーベルを振ってくると思ったのだろう、シールドを下
ろしながら後退したが……じゅうぶんスティレットの範囲内だ。

「そこっ!」

 相手の居場所が分からず混乱する相手に命中させることなんて、私には簡単だ。
 スティレットは頭部に命中し、爆発する。これで相手のメインカメラは潰れた。そのま
ま降下して、胴体を蹴り飛ばしマウントポジションを取る。
 そのままもう一本のサーベルをコックピットの上で構えて、私は告げた。

「チェックメイト。あなたの負けだよ」


181 :6/7:2006/06/12(月) 01:30:49 ID:???
 任務は終わりだ。私は報酬を受け取った。後は何もこの研究所に用はない。
 ……ただ、たった一つだけ、確かめたいことがあった。少しだけ時間を貰い、研究所内
を歩き回る。人探しだ。
 そして、彼女はそこに――中庭にいた。

「あ……」
「あなたの子供……どうなりました?」

 目的は完全に達成された。彼は負けたが、死んではいない。……なのに、彼女の表情は
暗い。……まさか、処分されたりとかしたんだろうか?
 私の顔から考えを読んだのか、彼女は首を振った。

「いえ、あの子は無事です。ただ……」
「ただ?」
「……やはり、私に関する記憶は消されることになりました。
 さっきの戦いで負けたのは、敵が見えない恐怖心から混乱したから……だから、『母さん』
 をブロックワードとし、私との記憶ごと恐怖心を封じ込めると」
「そんな!?」
「……いいんです。始めから、こうなる運命だったのでしょう。
 人の子供を殺すことに関わりながら、自分の子供だけは守ろうとする。
 そんなエゴが通用するはずは無かったのでしょう……」

 そうして、彼女は笑った。こんなに悲しい笑みを、私は見たことが無い。

「あの子は、この研究所から特殊部隊へ移されるそうです。……私との記憶を思い出させ
ないために、接点を完全に絶ちたいんでしょう。……すみません、あなたがせっかく私の
頼みを聞いてくれたのに……」
「……私に謝る必要は無いでしょ。それより……あなた、私を今は雇ってみる気はない?」
「え?」
「あなたの子供、記憶を消す前に必要な設備ごと誘拐しろって依頼なら……無料でやるよ」
「……!」

 ……我ながら、馬鹿なこと言ってる。
 私の言葉に彼女は驚いたようだったが……やがて、首を振った。

「……いえ、遠慮します」
「どうして? 無理だから?」
「そうではありません。きっと、それを行う過程で、ここにいる他の子供達が追撃に向かわ
されるでしょう。私の子供一人を救うために多数を殺すというのは、いけない事です。
 少なくとも……あの子が特殊部隊に行けば、他の子を殺すことは無い……」

 そういう彼女の目には……はっきりと、涙が浮かんでいる。
 ……罪の意識。
 たくさんの子供を殺してきたという意識が、彼女を縛り付けている。
 特殊部隊に行けば……より多くの人を殺すことになるだろうに。ただここにいる子供達
を死なせたくないという――そして、私に苦難の道を歩かせたくないという、狭いエゴで
こんな事を言っている。……でも。
 それをエゴだと否定し、彼女の想いを踏みにじることが、誰にできるだろうか――?

182 :7/7:2006/06/12(月) 01:31:46 ID:???
 そうして、私はその研究所から離れた。
 依頼主曰く、ここのことは他言無用、忘れろとのことだ。しかし……

「忘れないよ、私は」

 私はどんな手段を使ってでも、いつかあの親子を再会させる。
 「サーカス」の仲間は見捨てて逃げ出した私だけど……それでも、こういった事をする
奴らは許さない。いつか、それなりの力を手に入れて……必ず!
 こういう奴らのやる事を邪魔すること……それが、「サーカス」への私なりの復讐だ。