- 221 名前: 86 投稿日: 2006/06/30(金) 20:27:51
- 前から完成はしていましたが、規制で投下できませんでした。
今回の話を書くにあたり、PP戦記の設定を少し拝借させて貰いました。気に障りましたらごめんなさい。
- 222 名前: 1/7 投稿日: 2006/06/30(金) 20:28:30
- 英雄
この名は人によって……第三者によって作られる名だ。それは当然のこと。
なぜなら、例え何人殺したとしてもそれを他者が認識しなければ、殺した人間を「英雄」
と呼んで称える人間はいないのだから。
……しかし。本当に第三者によって作られた『英雄』も存在する。
SEED
DESTINY ASTRAY
M 第三話 「英雄」
今回私が来たのはユーラシア連邦の都市。観光で来たのはなく、仕事だ。
「……食えない女ね」
今回の……いや、今回も依頼主となった謎の女性、マティスの言った内容を思い返して
私は呟いた。
今回「も」というのは、ロドニアでの任務の依頼主も彼女だったから。もっともロドニ
アで仕事をしていた時は、私はそれを知らなかった。この依頼を受けた際に、彼女が明か
したのだ。彼女いわく、先の任務は私が使えるかどうかのテストが目的だったらしい。
……そして、あの生体CPUの記憶は最初から消される予定だった。
「……気分が悪いわ」
本当ならこいつの依頼は受けたくないけど……彼女は任務の報酬としてこれ以上にない
ものを提示した。
『身分の保証』
定期的に与える仕事さえこなせば、「サーカス」の追っ手から守ってやり、機体も上等な
物を提供するという。事実、今回私が使う機体はNJC搭載機体……いったいどこで入手
したんだろう、あの女は。地球連合の高官らしいが……だからってこんな物を秘密裏に所
持するのはたやすいことではない。そもそも、今回の任務は地球連合の高官が依頼する物
ではない。そう、今回の私の任務は。
「『ユーラシアの英雄』イワン・ザンボワーズの支援……か」
先の大戦で、ユーラシア連邦の国力は大幅に低下した。
国力の低下の影響を直接受けるのはもちろん民衆だ。影響を受けた民衆は、今の状況を
なんとかしたいという想いから国家に歯向かう。そして、今ユーラシアの民衆が主に行う
反抗の手段は独立運動だ。もちろん、ユーラシア連邦はそんな事を許さない。民衆と軍隊
が激突するなか、独立運動に身を投じて民衆を助け、英雄として崇められているのが彼だ。
しかし、『ユーラシアの英雄』という名を持ちながら、彼はユーラシア出身の人物ではな
い。それは私がよく知っている。なぜなら……
「生まれたときから『サーカス』にいたあなたが、自分の出身地なんて分かる訳ないよね」
マティスに渡された顔写真を見ながら、ほんの少しだけ感慨を込めて私は呟いた。
知らず知らずのうちに浮かんでいた、笑みとともに。
- 223 名前: 2/7 投稿日: 2006/06/30(金) 20:30:06
- 私が向かったのは、一つの小奇麗な雑貨屋。一見すると普通の店だが、その正体は違う。
「お客様、何をお買い求めですか?」
「野薔薇を」
本来ならありえない答えだ。なぜなら、ここでは野薔薇は売っていない。しかし人当た
りのよさそうな表情だった男主人は呆れるどころか真面目な顔になり、奥へ私を案内した。
奥で待っていたのは、銃やナイフを携帯しているのが一目で分かる(もっともこれは私
の経験によるもので、一般人では見抜くのは難しいだろう)大勢の男たち、そして彼らに
囲まれて地図を見つめている精悍な、しかし人のよさそうな男……
「久しぶりだね、イワン。脱走以来だから……」
「……三ヶ月ぶりだな。ジャンク屋の荷を運ぶのがお前だとは」
イワンは向き直るやいなや、握手を求めてきた。私は迷わずその手を取る。私達にとっ
ては自然な動作だったが、周りの男たちにとってはそうでは無かったようで、ざわめきが
起こる。増援がこんな小さな子供だったからか、それともそんな子供とイワンが知り合い
だったからか、もしくはその両方か。もっとも私は周りの対応なんて気にしないし、イワ
ンもそうだったようだけど。
「ともかくこれで、ハイペリオンのパーツと装備はきっちり届けたよ。
修理はそっちでちゃんとできるよね?」
「まぁ、できるがな。お前が一緒にやれば早く済むと思うがどうだ?
それに、積もる話もあるだろう」
ニヤリと笑みを浮かべてイワンは言う。
明らかに後半がメインなんでしょ……そうは思っても、悪い気はしなかった。
マティスから言われた極秘の任務が、心の隅にあっても。
- 224 名前: 3/7 投稿日: 2006/06/30(金) 20:30:46
- 私とイワンは、「サーカス」で一緒だった仲だ。
新入りだった頃、彼に色々と教わった。私には才能があって、すぐに追いつけたのは以
前にも言ったと思う。結果的に、私たちは教師と弟子という関係から同じ実力のコンビに
なった。こういう風な事を気に食わない顔する奴は多く、実際嫌がらせをする奴もいたが、
彼はそういう事はしなかった。
そうして二人で戦い続けるうちに私は嫌になって、家族に会いたくなった。今となって
は大甘な考えだったと思うけど。脱走について相談できたのは当然イワンだけ。もちろん、
手伝ってくれたのも彼だけという訳だ。
……そんな訳で、私には少し負い目がある。
「イワンさ……後悔してない?」
「ん?」
「脱走したせいで、色々と大変な目にあってさ」
ハイペリオンの修理が進む脇で、私はイワンに話しかけていた。
ここはイワンを匿っているとある富豪の倉庫だ。もちろん、そのとある富豪が独立運動
に関わっているのは言うまでもない。
どうやらその富豪はメカニックまで雇う余裕があるらしく、私たちは修理に参加もせず
適当に脇でお茶を飲んでいた。
最初は何げない、ありふれた話をしていたが……私は唐突に切り出した。
「……私はちゃんと雇い主を見つけたからいいけど。
色々、苦労してたんじゃないかな、って……」
「…………」
思わず、私は俯いて話していた。
――事実、私は生体CPUの依頼前と依頼後ではめっきり環境が変わっていた。
逃げ回り安心して眠れない日々は終わり、連合軍の宿舎でぐっすりと眠れる。
ストライクダガーやプロトジン、メビウスといった安物を借りるのが精一杯だったのに、
マティスはバスターダガーやゲイツRにM1Aアストレイ、更に核駆動機体やミラージュ
コロイド装備機体といった、ユニウス条約を完全に無視した物まで用意してくる。
もちろん一般人と比べればかなり劣悪な環境で暮らしているのには違いない。それでも、
傭兵を始めたばかりと比べて信じられないぐらいましな生活だった。実際、任務が完全に
終わればイワンに隠し事をしているという罪悪感を抱えたまま、私は帰還してふかふかの
ベッドで寝るんだろう。
――脱走を言い出したのは私で、イワンは私に付き合ってくれただけなのに。私の方が
幸せな生活を送るなんて、おかしいじゃない。
「マユな、お前。ここにいる奴らをバカにしてるのか?」
「……え?」
イワンの答えに、私は顔を上げた。
そこには仏頂面をしたイワンの顔がある。
- 225 名前: 4/7 投稿日: 2006/06/30(金) 20:31:26
- 「ここの奴らはこんなオレを「英雄」と呼んで、できるだけオレの役に立とうと、オレに
尽くそうとしてる。お前は、それでもイワンは苦労しているんだと奴らに言うのか?」
「……それは」
「幸せかどうかなんて当人が決めるもんだ。
少なくともオレは「英雄」と呼ばれるだけで十分だ。たとえどれほど苦労してもな。
……それでいいだろう」
イワンはそう言って、会話を打ち切った。私は言いたいことを抱えたまま、黙っている
ことしかできない。
――違うんだよ、イワン。
あなたが『英雄』なのは、マティスが――
何の話題も見つけられなかった私たちは、ずっと無言のままだった。
沈黙を破ったのは、いきなり走ってきた男。その男は息も休めず、イワンに追手のMS
20機が差し向けられたことを告げた。それを聞いたイワンは、立ち上がってハイペリオン
へと歩いていく。
言わなきゃ。本当のこと――
――でも、マティスには誰にも知られるなと言われてる。
感情と任務の間で、私は揺れ動く。
そんな私に、イワンは私に目を向けずぽつりと言った。
「……分かってるよ。オレにハイペリオンを渡したジャンク屋が碌な奴じゃないって事は」
「え……」
予想しなかった言葉に、私ははっとなる。
そんな私を見ないで、彼は続けた。
「だけど、ここまで来て退けって言うのが無理だろ。
どいつもこいつも、こんなオレを「英雄」と呼んで期待してるんだ。
たとえオレが偽物の『英雄』だとしても……もう退くことはできない」
「イワン……!」
「まぁ、あのジャンク屋に感謝はしてる。
こうして「英雄」扱いされたのは嬉しかったし……お前にも逢えた。
お前はお前で、まだ何か任務があるんだろ? さっさと済ませて来い。
これでさよならだ……多分、もう逢うことはないだろうが」
そうして、イワンは歩いていく。
私から離れて、ハイペリオンへ――『英雄』としての生活へと。
マティスとの『誓約』がある私には、それを追う事はできない。だから。
「……さよなら」
そう言うことだけが、私にできることだった。
- 226 名前: 5/7 投稿日: 2006/06/30(金) 20:32:18
- 何もない草原。
私はマティスから与えられた機体に乗って、敵を待っていた。
テスタメント
『神と人との誓約』
それが今回私に与えられた、核で動く機体。
正確に言うと、RGX-00テスタメントに試作品である「ノワールストライカー」を装備
した「ノワールテスタメント」。Generation
Unsubdued Nuclear Drive/Assault Module
ComplexというOSから私は「ノワールテスタメントガンダム」と呼んでいるけど、それ
はどうでもいいことだ。元はこの機体はザフトの機体で、どうやらストライクを模倣し、
研究するための機体だったらしい。ストライカーパックを装備できるのもこれが理由。
もちろんストライクを開発した連合にはそんな事をする必要が無いので、連合はアクタ
イオン社に依頼してテスタメントにとある装置を取り付けた。その装置は、今回の任務、
「極秘に、気づかれないようイワンを支援する」に欠かせないものだ。なぜそんなことが
必要なのか。それは彼一人で大量のMSを落とした「ように見せかける」ことで更に彼は
『英雄』として神格化されるから。
「……気分が悪いわ」
まるで全てがマティスの手の上の出来事のようだ。テスタメントという名前も合わさり、
未だかつてないぐらい最悪の任務だ。別に難しいわけじゃない。このガンダムの性能なら
びっくりするほど簡単に終わるのは間違いない。ただ、むかつく。それだけ。
一瞬このガンダムを持ち逃げしてやろうかとも思ったが、そうすれば私はサーカスに加
え連合軍にまで追われるはめになるんだろう。
――それに、いくらイワンとハイペリオンの組み合わせとはいえ、支援なしで1vs20をやれば苦戦は必至、墜とされる可能性もある。助けないわけにはいかなかった。
「……ここまで考えて私にやらせたんだろうな、あの女」
ため息と舌打ちを繰り返してしばらく後、敵が到着した。ダガーL20機。ほとんどが
ランチャー装備だ。イワンが町に残った場合に起きる被害は欠片も考えていないらしい。
……まぁ、こういう装備をする事でイワンを町から引きずりだすのが狙いかもしれないが。
どいつもこいつも気分が悪いことばっかりする。
多少イラつきを込めながらキーボードを叩いた。このガンダムに組み込まれた装備……
量子コンピュータウイルス送信システムが作動する。これは、コロイド粒子を媒介に量子
コンピューターにウイルスを送信、掌握できるというとんでもない装備だ。これを使えば
同士討ちさせるなんてことも簡単(実際ある情報屋がこの装置を使い、プロトアストレイ
同士を戦わせたらしい)だが、今回はそうするわけにはいかない。異常が露見してしまう
からだ。従って私がこのガンダムですべきなのは……敵のコンピューター改竄による自機
の隠蔽。ウイルスが作成した偽情報を送ることで、この装置は完璧なステルスとして力を
を発揮する。……もっとも、今回隠すのはこのガンダムだけではないのだが。
「……これで終わりね」
- 227 名前: 6/7 投稿日: 2006/06/30(金) 20:32:58
- ウイルスに汚染されたダガーL隊は、脇にいる私のガンダムに全く気付かず歩いていく。
そのまま彼らはイワンのハイペリオンを目指し進軍するのだろう。……彼らが、ハイペリ
オンの姿を見ることは無いが。
彼らの機体のデータは全て、私に改竄されている。私が変更を加えたのは三つ――私の
ガンダムが映らないこと、ハイペリオンも映らないこと。最後に、イワンの嘘の居場所を
教えるダミー通信が入ること。従って彼らは私の思うがままの進路を取り、見事なまでに
おびき出され、そして目の前にハイペリオンがいるのに気付かないまま撃墜されていく。
「騙して悪いけど……仕事だからね」
はっきり言ってこの装置、反則もいいところだ。私は騎士道精神の持ち主じゃないけど、
敵には同情する。……それしかやらないけど。
しばらく待っていると、ダガーLが向かった方向から爆発が起こった。もちろん、理由
は考えるまでもない。戦いは数分でけりが付いた。理由と同じく結果も考えるまでも無い。
黒煙を見上げながら、私は考え込んでいた。
――1人殺せば殺人罪。100人殺せば英雄。10000人殺せば神さま扱い。
戦争はたくさんの「英雄」を生み出したけど……果たしてその評価は本人が生み出した
ものなのだろうか。そして、その評価は正当なものなのだろうか。
私がフリーダムを絶対に「英雄」として認めないように……人の価値観は千差万別。
そして宣伝次第では、『英雄』なんてものは簡単に作れる。
「英雄」という価値観は、その程度のものなのかもしれない。
英雄なんて、本当にいるんだろうか――
- 228 名前: 7/7 投稿日: 2006/06/30(金) 20:34:07
- そんな私の考えは、突如入った通信とレーダーの警告で遮られた。
『お前……その機体――ガンダムだな』
「っ!?」
突如響く青年の声。
目の前には、蒼いボディカラーとツイン・アイを持つ機体がいた。背部にはHの形を
した独特なユニットを背負っている。
『どうやらユーラシアの軍とは敵対関係らしいな。
ならば知っているか? ハイペリオン三号機の居場所を……』
「……ハイペリオンに何の用」
私は言い返しながら、薄ら寒いものを感じていた。
この威圧感――間違いない。こいつはエースだ。
できるだけ顔を動かさずに、コンソールの上に指を滑らせる。OSはすぐに答えを出し
た。この機体はYMF-X000Aドレッドノート――核で動く機体に酷似している。
『簡単だ。オレは傭兵、カナード・パルス。用があるのはあいつの首にかかっている賞金だ。
先ほどのダガーLへの干渉といい、どうやら居場所を知っているようだな』
そう静かな声で言った後、青年――カナードは、ドレッドノートに銃を構えさせた。
『教えてもらおうか。そうすれば見逃してやる』
To
be continued...
- 229 名前: 86 投稿日: 2006/06/30(金) 20:37:34
- ご迷惑をおかけしました。
今回は一話完結でなく、前後編に分けています。
前半はPP戦記に出たし皆さん知ってるかな、という訳でイワンを使わせて貰いました。
ちなみに、テスタメントのデータにドレッドノートが入ってるのは同じザフトガンダムだからです。