- 13 :1/8:2006/08/10(木) 22:52:21 ID:???
- ――あの時に、僕の人生は一度終わったんだと思う。
まだ全部遠い国や宇宙での出来事だったはずの戦争で家族も――妹も何もかもを失った
僕は、プラントに行くことを決めた。
それでも、たった一つの区切りを決めていた。プラントに行くのは、九月――つまり、
二ヶ月待とうと。その間に、遺体が見つからなかった妹を探すんだ。有り得ない願望だと
言われて当然の考えだけど――もしかすれば、どこかで妹は生きているかもしれないじゃ
ないか。
そうして、僕は毎日のようにオーブ国内を走り回った。役所に、孤児院に、オーブ国外
へ出る交通機関に――妹の手がかりを求めて。
だけど、何もなかった。何も見つからなかった。だから、諦めざるを得なかった。
妹は――マユは死んだのだと。
SEED DESTINY ASTRAY M 第六話 「見えない相手」 Side of Shinn
- 14 :2/8:2006/08/10(木) 22:53:10 ID:???
- 俺は、どことなく緊張していた。
当然といえば当然か。これでアカデミー生としての実習はこれで最後。この実習の結果
次第では新型機のパイロットとして働けるという。ふざけてやる気なんて欠片も起きない。
『シン、硬くなりすぎだ。あまり気張っていてはいい結果は出ない』
『そうそう。シンなら普通にやってればできるでしょ?』
「ああ――うん。ありがとう、レイ、ルナ」
二人の同期生からの通信に、多少苦笑しながら答えた。ルナはともかく、同じく新型の
候補生であるレイが激励するのはおかしいだろうに。まあ、理由は分かっている。レイは
競争するにあたって、同じスタートラインに立っての競争でなければ納得しない。簡潔に
言えば、かなり几帳面で真面目な性格なのだ。
『では、実習を開始する。
シンは12時方向、ルナマリアは7時方向、レイは4時方向へ向かえ。
デブリ帯のどこかに的が置いてあります。できるだけ多くの的を発見、破壊しろ。
ダミーとして模擬機雷も設置されている。死亡事故が多発しているので注意するように』
「了解」
艦からの指示に従って乗機――スラッシュザクウォーリアをデブリ帯に突っ込ませる。
新兵の訓練にこんな最新鋭の機体が割り当てられた理由は知らないが、教官によると俺が
新型機の候補生だから技術などを最大限に活かせる機体を割り当てたのだろう、という事
だった。実際、レイもザクだがルナはゲイツRだ。だけど……違う噂も流れていた。
――曰く、最近起こっている事故は実は連合の仕業であり、警戒した軍上層部が新型の
候補生だけでも生き延びられるようにザクを割り当てた、と。
「……って、何考えてるんだ、俺」
新型機のパイロットになれるかどうかが懸かってる実習なのに、なんで急にこんな事を
考えているんだ?そう思い、その噂を頭から振り払おうとしても……なぜか違和感の様な
物がどこかにある。
「くそ、なんなんだ?」
思わず、機体を停止させて周囲をサーチしていた。レーダー、モニター、あらゆる手段
を使って周囲を探索する。その瞬間だった。
何も無い前方にいきなり熱源が現れて、そこから走った光が乗ってきた艦のブリッジを
撃ち抜いたのは。
呆然としていたのは数秒。敵の存在を思い出し、慌てて機体の位置をずらす。急に動き
出したのが功を奏したか、こっちを狙ってきた次弾は外れた。
自分を狙ってきた……その事実で、俺は逆にいつものペースを取り戻せた。どこにいる
か分からない、だけど間違いなくどこかにいる相手に怒りを覚える。
「ふざけんなよ……また戦争がしたいのか、お前達はッ!」
- 15 :3/8:2006/08/10(木) 22:54:44 ID:???
- 機体のOSを操作し、熱紋センサーを呼び出す。多分、相手が見えないのはミラージュ
コロイドで隠れているからだろう。その赤外線の透過を防げない性質を利用する。
ビームが発射された時起こる熱を目標に、今姿の見えない相手を探しだす。だけど狙い
はそれだけではない。相手のビームライフルは、かなりの射程距離を誇っているらしい。
なら発射の前後に相当なエネルギーを、そして熱を生み出すはずだ。なら、熱による温度
差でライフルの形や向きを見抜いてしまえば、撃つ方向を見抜き、避けられるはずだ。
予想通り、前方には細長い形の熱源があった。さっきの射撃の余熱かそれとももう一発
撃ってくるためのエネルギーチャージか。細長い熱の先端を銃口と仮定し、そこに機体を
合わせないように動かす。瞬間そこから光が走り、何も無い空間をビームが飛んでいった。
「……よし、いけるぞ!」
確信した。やっぱり、この作戦で間違いない。機体を一気に突っ込ませようとした、
その瞬間。
『シン、一人で先走るな!』
「レイ!?」
レイからの通信に慌てて指を止めた。目の前の敵に夢中で、仲間のことを忘れていた。
だけど、この通信はいい機会だ。隠れている相手への対策を伝えないと。
しかし、レイは俺が喋るより早く口を開いていた。
『戦える状況じゃない! 退くぞ!』
「何言ってんだよ! 対策ならちょうど……」
『そうじゃない、さっきの一撃が乗ってきた艦の動力部が貫いたんだ!』
「なっ!?」
唖然とした。
さっきの射撃は俺じゃなく、艦のとどめを狙って撃った射撃だったのか――
そんな俺の考えに気づいているのかいないのか、レイは畳みかけるように続ける。
『艦は爆発してしまった上、更に悪いことに近くにいたルナマリアの機体が損傷を受けて
しまっている。これ以上損害が出る前に退くぞ!』
「……!」
ふざけるな。これだけ好き勝手やられて退けるかよ。
俺はそう言おうとしたが、また前方の熱源の温度が上がり出すのを見て慌てて言う内容
を変えた。
「レイ、また撃ってくる! ルナの機体は損傷してるんだよな? ルナのカバー頼む!」
『分かった、お前も早く退け!』
「俺はあいつを墜とす!」
『何を言っている! 俺達はまだ正規兵では……』
「あんな奴、見逃しておけるか!」
レイからの通信を打ち切って、機体をずらす。さっきより機体の近くをビームが飛んで
いった。さっき完全に外れたのは、艦への攻撃を兼ねていたからということか。だからと
いって今更退く気には全くならない。隠れて何人も人を殺すような奴を許す気は全く無い。
- 16 :4/8:2006/08/10(木) 22:55:43 ID:???
- 幸い、相手のビームライフルは連射が利かないようだ。当たり前といえば当たり前か。
狙撃型のライフルである以上、連射性能は自然に犠牲となる。それを利用して接近する。
光の帯が何回も機体を掠め装甲のあちこちに焦げた痕が残ったが、やられる前にこちらの
射程距離に入れた。ザクの標準装備であるビーム突撃銃を連射しようとした瞬間、熱源は
移動し始める。しかしモビルスーツの行う複雑な機動ではなく、単純な一方向への動きだ。
「……捨てたのか?」
それに答えるかのようにモニターに長い銃身を持つライフルが現れた。ミラージュコロ
イドの範囲外に出たからだろう。つまり機体そのものはまだ動いていないか、別の方向へ
動いている。
だけど、動いたならバーニアの熱が残っているはずだ。それが無い。つまりライフルは、
機体が動いているのかと思わせるための囮。
「こんな安い罠に引っかかるかよ!」
捨てられるまでライフルがあっただろう場所へビームを撃ち込む。それは、まだそこに
留まっている敵に命中する。
――はずだった。
ザクが発した緑の光は、何の変化も見せずただ何も無い宇宙を走って消える。
俺が戸惑うより先に、敵が撃ってきたビームがザクの右足を貫いていた。
「!?」
思わずパニックになりかけたが、ビームが残した熱を辿って撃ってきたと思われる位置
にシールドを向けた。同時に、ビームコーティングが当たったビームを弾く。そのビーム
は、さっきのビームから少し離れた位置から来ていた。
「どういうことだよ……バーニアを使わないで宇宙で動けるのか!?」
その後も敵のビームは間断無く襲ってきた。さっき捨てた物とは別のライフルらしく、
威力も射程距離も連射性能もそこそこの性能らしい。この距離ではこれ以上なく厄介だ。
幸い相手の移動速度はあまり長くないらしく、今まで撃ってきた場所を参考にシールドを
向けていれば致命傷は防げる。だけど、シールドで覆っていない部分を狙われてしまえば
打つ手はない。機体の各所が削られていく。
「くそ……どうする……」
額に冷や汗が走る。
相手は真空・無重力という宇宙の特性を利用して慣性で動いているのかとも思ったが、
それは今までにビームが飛んできた方向を確認して間違いだと分かった。相手は明らかに
多方向へ動いているし、動ける。移動速度があまりないため、撃ってくる位置にそれほど
ばらつきがないのが救いだけど、かといって当てられるほど遅いわけでもない……
「……待てよ」
- 17 :5/8:2006/08/10(木) 22:56:34 ID:???
- とっさに一つの案が思い浮かんだ。どんな移動手段にせよ、位置にばらつきがないなら。
「これしか……ない!」
肩ごとシールドを前面に押し出しつつ、撃たれた方向へ進む。もちろん、相手が黙って
見ているはずはない。更に敵が放ったビームにザクの左足が持っていかれ、バランサーが
悲鳴をあげたが気にしてはいられない。案のためには、こちらのもう一つの武器、背部の
ハイドラ・ガトリングビーム砲の射程内に入らなければ駄目だ。
「ここだっ!」
射程内に入ると同時にガトリングビーム砲を起動する。狙いは最後に撃ってきた位置の
周辺全体。更に突撃銃も加えて、手当たり次第に乱射した。撃ったビームのうち、一つが
何もない空間で小さな爆発を起こす。この程度では墜ちていないだろうが……
「そこか!」
位置は分かった。
全ての射撃をそこへ集中する。しかし、それより先に相手はそこから逃れていた。なぜ
分かったか、その理由は簡単だ。敵はミラージュコロイドを解除してバーニアで移動して
いた。これ以上は無理だと悟ったらしい。
ミラージュコロイドを解除したことで、敵の姿をやっと確認できた。OSがすぐに敵の
名前を導き出す。NダガーN。ブリッツに似た外見で、核駆動かつミラージュコロイドを
装備しているというユニウス条約に真っ向から違反している機体。データによると手足に
アンカーが内蔵されているらしいから、バーニアを使わずに移動できるのも納得だ。
「そんな機体まで使いやがって……絶対に追いつめてやる!」
叫ぶと同時に更に前進。元々スラッシュは近接用の武装で、その上相手は核駆動だ。
長期戦になればこっちのバッテリーが持たない。もちろん、長引かせればこっちの援軍が
来るだろう。だけど、それは相手も分かっているはずだ。中途半端な距離で戦えば相手は
逃げる。援軍を待つ余裕はない。
どうやら相手も短期決戦で俺を墜とすことに決めたらしい。右手のシールドらしき物に
内蔵されたビームライフルを放ちながら左腕で抜刀したのは、日本刀のような実体剣。
ビームサーベルが無くそんな物しか使えないという点では、NダガーNは真正面からの
格闘戦向きと思えない。
「……それなのに抜刀して、格闘戦に持ち込みたがってるってことは」
よほどの自信があるのか、それとも……なめられているのか。どっちにせよやることは
同じだ。墜とす!
ガトリングビーム砲で牽制しながら背部のファルクスG7・ビームアックスを外し、
構える。これはスラッシュウィザードのメインとも言える武器で、その出力は、対ビーム
コーティングシールドでも両断できるほど。リーチも長く、相手の実体剣に負けることは
無いはずだ。
- 18 :6/8:2006/08/10(木) 22:57:39 ID:???
- 先に攻撃を開始したのは相手だった。一気に距離を詰め実体剣を振り下ろしてくる。
だけど、こっちの見立てが正しければ回避する必要も無い。振り下ろした剣に合わせ、
ビームアックスを振り上げる。予想通り、NダガーNは武器のぶつかり合いを避けて後退
した。やはり相手の剣はこっちの刃には耐えられないらしい。
「よしっ、勝てる!」
どういうつもりで格闘戦を挑んだか知らないが、チャンスを逃すつもりはなかった。
一気に決めに入る。振り上げたビームアックスを今度は前進しながら一気に振り下ろす。
NダガーNは後退して右腕のライフルを向けようとしたが、ガトリングビーム砲による
攻撃でそれを妨害する。盾と銃が一体化している以上盾で防御させるように仕向ければ、
銃がこちらを向くことはない。
ここに来て、スラッシュザクウォーリアの優位性は決定的だった。アックスによる斬撃
は相手の剣に対する防御になるし、ガトリングビーム砲はライフルへの防御を兼ねている。
だからこっちは防御を考えずに攻撃を繰り返しているだけでいい。その証拠に少しずつ、
だけど着実にNダガーNの損傷は増えている。そしてついにビームアックスの刃は相手の
盾を断ち切った。
「終わりだ!」
相手の右腕自体は無事だったが、それでもNダガーNの場合これはビームライフルを
失ったということと同じだ。だが勝利を確信してビームアックスで再び斬りつけた数秒後、
戦況は覆された。
アックスを振ったと同時に、機体のバランスが崩れる。何が起きたか理解できない。
NダガーNのアンカーがビームアックスの柄に巻き付けられていて、それを引っ張られた
という事に気付いた時には既にアックスの柄はNダガーNが右手に持った実体剣によって
断ち切られていた。
「……え」
NダガーNが最初に剣を左手で抜いたのは右腕には盾があって持てないから。盾が破壊
された以上、右手に剣を持たない理由は確かに無い。そしてもう一本、左手で持っている
実体剣はどこを狙うか?――考えるまでもない。
死の予兆に頭の中が真っ白になる中で……俺の頭に浮かんだのは一つのイメージだった。
水面に『種』が落ち、そして割れる――
とっさに右腰のグレネードを投げ……いや、右手にグレネードを掴ませるやいなや、
敵が突きだして来た実体剣の前へ差し出した、の方が正しい。結果、グレネードはザクの
右手ごと敵の実体剣を吹き飛ばしていた。もう少し遅ければ、コックピットを貫かれて
いたに違いない。それでも……状況が好転したとは言えなかった。
「くそ、右手なしじゃトマホークが使えない……!」
ザクの左肩にあるシールドには、ビームトマホークが入っている。当然、それは右手で
取り出すように作られている。左手でそれを取り出すのは至難の業だ。相手にはまだ剣が
あるのに……!
- 19 :7/8:2006/08/10(木) 22:58:27 ID:???
- そう考える間にも、敵は右腕の実体剣で斬りかかってくる。なんとかシールドで防ぐ。
しかし、相手は左腕に付いている鉤爪も振りかざしてきた。もう右腕は無い。さっきの
ようにはできない。
「お前なんかに……やられてたまるかーーっ!」
叫ぶと同時に、ガトリングビーム砲を起動した。砲自体の可動範囲が狭いため射角も
大して広くないが、それでもこの姿勢なら命中するはず……!
なぜか分からないが、相手の反応が止まった。ビームが左腕に命中する。だが、肝心の
右腕が残ってる……!
とっさにザクの左手にグレネードを握らせたが、相手はあっさり後退した。そのまま
退き始める。
「逃がすかよ!」
再びガトリングビーム砲を起動する。いや、しようとした。しかしOSからアラート。
バッテリーが既にビーム一発さえ撃てないほどのレッドゾーンになっている。
「……くそ」
相手はそのままミラージュコロイドを展開し、消えていった。
- 20 :8/8:2006/08/10(木) 22:59:14 ID:???
- あの後、俺やレイ、ルナは救援にきた艦(ヴォルテールとかいう)に拾われた。
回収された後は起こったことを詳しく説明する羽目になり、そうとう疲れた。もっとも、
その艦にいる隊員も軍本部に同じことをする羽目になるんだから、おあいこか。
一通り終わって、俺はさっきの戦いをふと思い出していた。
「何であの時止まったんだ、あいつ」
最後。こっちが撃つより先に鉤爪を突き刺すことができたかもしれない。それなのに、
相手は止まった。何か内部機構に問題でもあったんだろうか。
どうでもいいといえばどうでもいい話だ。だけど、何となく気になる。気にしなくては
いけないような気がする。
「おい、シン。ジュール隊長から伝言だ。軍本部から連絡が来たらしい」
「え、ああ。分かった」
結局、考えはそこで打ち切りになった。
――なぜか、妹の――マユの携帯が鳴っている気がした。