- 21 :1/6:2006/08/10(木) 23:00:02 ID:???
- 「ずいぶん扱き使ってくれるよね、あの女」
私は乗機、NダガーN――ミラージュコロイドとニュートロンジャマーキャンセラーを
搭載する連合トップレベルの性能を誇る量産機――のコックピット内で呟いた。モニター
に映るのは、真っ暗な空間と漂う大量のデブリ、そして任務のために特別に装備している
ビームスナイパーライフルだけ。そう、ここは宇宙だ。
今までユーラシア地方を中心に連合と戦っていた私だったが、マティスの命令で今度は
ザフトに手を出すことになった。受けた命令は、「アカデミー卒業寸前のザフトの新兵を
訓練中に『事故死』させること」。それに従って今まで二回ほどザフトの艦を沈めてきた。
……もちろん、沈む艦から脱出するライフポッドも。
「……気分が悪いわ」
もっとも、考えに耽っている余裕は無い。今回の目標がやってきたし、物思いに沈んだ
ところで罪が晴れるわけでもない。任務を始めよう。
今まで行ってきたようにスナイパーライフルを構える。ミラージュコロイドを散布し、
スラスターを着火していない以上、レーダーに探知されることはない。そして、この距離
ならミラージュコロイドデテクターの範囲外だ。レーダーで相手をもう一度確認して、
少し舌打ちした。
「……ちょっと面倒かな」
今回の目標であるナスカ級の艦からモビルスーツが出ている。警戒しているんだろうか。
艦に一緒に搭載されていれば一回の狙撃で終わるのだけど、艦を潰した後モビルスーツを
撃つ必要がありそうだ。
更に悪いことにモビルスーツは三方向に散り、そのうちの一機がこっちに向かってきた。
機種はスラッシュザクウォーリア。
「やれやれ、ね」
手間が増えたことに、思わずため息を吐いた。
――こっちへ来るモビルスーツに乗っているのが誰か、なんてことは欠片も考えず。
SEED DESTINY ASTRAY
M 第六話 「見えない相手」 Side of Mayu
- 22 :2/6:2006/08/10(木) 23:01:09 ID:???
- こちらに向かっている一機。悪いことにこっちにまっすぐ向かってきているが、位置を
知られた訳ではないらしい。敵に気づいているにしてはあまりにも無防備すぎる動きだ。
それでも、このまま接近させてしまえば気づく可能性が出てくるのも確か。
「このライフルなら、うまくやればあの機体ごとブリッジも撃ち抜けるはずよね……」
シールドや動力部などに当たってしまえば対ビームコーティングや爆発のエネルギーで
ビームの威力が落ちてブリッジまで届かなくなってしまうだろうけど、コックピットなど
を貫けば問題はないはずだ。
ブリッジに照準を合わせたまま、こちらへ来るザクを待ち構える。ザクが照準に入って
きた瞬間に撃つ。単純明快な作戦だ。しかしその作戦は失敗した。ザクが途中で止まって
しまったのだ。そのまま頭部、つまりメインカメラを左右に振っている。
「……私に気づいた?」
何かを探している動作をしている、ということはまだ位置を分かっていないが、何かが
いると気づいたということ。このままでは位置までばれるかもしれないし、そもそもこれ
じゃ照準内に入ってくれそうにない。待っていても不利になるだけだ。
心の中で少し謝ってから、スナイパーライフルのトリガーを引く。既に照準は合わせて
あったので、綺麗にビームがナスカ級のブリッジを貫いた。できれば動力部も一緒に撃ち
抜きたかった(任務は「生存者を出さないこと」なので艦を完全に爆発させる必要がある。
気分が悪いけど)。もう一度撃ってそれで動力部を撃ち抜くしかない。ただ……
「あのザクが先か。相当近づかれてるし」
次弾をチャージしながらザクに照準を合わせる。急な事態の展開に驚いているらしく、
相手は動きが止まっている。チャンスだ。チャージ完了とほぼ同時に、発射。しかし、
寸前で避けられてしまった。
「どういうこと? 相手は私が見えないはずなのに……運がいいだけ?」
ミラージュコロイドテデクターが搭載されているとしても、それで分かるのは「ミラー
ジュコロイドを使っている機体がいる」ことだけで位置は分からない。私としては相手が
避けた理由は幸運ぐらいしか思い浮かばなかった。
理由が分からない以上、そのまま撃っていくしかない。ただ、相手の進路を予測して、
悪魔が囁いた。
「嫌な方法だけど……これぐらいしかない。ごめんね」
ナスカ級の動力部に照準を合わせる。さっきと同じ、一回の射撃で両方を撃ち抜く作戦。
避けたのが偶然なら、今度の狙撃で終わり。もし避けられても艦を墜とせる。
相手も今回は止まらない。照準に入ったところでトリガーを引く。しかし、避けられた
(正確には、トリガーを引く寸前に照準から外れた)。どうやら、何らかの方法で見られて
いるみたいだ。――もっとも、艦の動力部には当たってうまく爆発けれど。
さすがに母艦が爆発したとなれば、相手も躊躇せざるを得ない。動きが止まる。その間、
こっちも黙っているなんてことはもちろんない。スナイパーライフルのエネルギーを充填、
照準を合わせ、撃つ。人間心理の弱みを突く最悪な手段だ。気分が悪いけど……だから
こそ効果は高い。――しかし、相手は見事に避けた。
- 23 :3/6:2006/08/10(木) 23:01:57 ID:???
- 「これも避けるって、どういうこと!?」
思わず大声を出していた。一瞬、ミラージュコロイドが誤作動でも起こしているのか、
なんて考えが頭をよぎる。だけどそれならナスカ級もこちらに気づいているはず。つまり
あのザクだけが何かの装備か技術で避けているということ。……厄介だ。
その後も狙撃を続けたが、相手は寸前で避けていく。機体を掠めこそしているものの、
大した損傷にはなっていない。そろそろ相手の射程距離だ。まずい。
もう一回撃とうとして、警告が入った。スナイパーライフルの廃熱が追いついていない。
これじゃ当分撃つこともできない……
「……熱」
そこでやっと、閃いた。そうか、熱だ。
「ミラージュコロイドは赤外線の透過を防げない。だからこのライフルの熱を探知すれば」
位置は簡単に分かる。下手をすれば攻撃のタイミングや方向さえ分かるかもしれない。
……もっと早く気づくべきだった。相手はもう射程距離に入っている。
ともかく、スナイパーライフルがお荷物と化しているのは確実だ。迷わず捨てる。囮の
役割は……無理か。ミラージュコロイドの有効範囲は広くない。しばらくすればライフル
だけが漂う姿がまる見えになる。
さて、どうやって移動するか。答えは簡単だ。相手が熱を頼りにして探っている以上、
バーニアを使って移動するわけにはいかない。そんなことをすればバーニアの熱で簡単に
位置を見抜かれ、ミラージュコロイドの意味が全く無い。もっとも、それに対する策は
NダガーNに準備されていた。
機体各所からアンカーを射出、周辺のデブリ(できるだけ大きい物)に突き刺していく。
後はそれを巻き取っていけば、熱を残さずに移動できる。私の考えが正しいなら、これで
相手は私を見失うはずだ。
答えはすぐに出た。相手は私がアンカーで移動する前にいた位置にビームを乱射した。
やはり、見失っている。
「見逃がさない!」
素早く右手の攻盾システム・シルトゲヴェールに装着された高エネルギーブラスターを
相手に向ける。ただ、バーニアが使えないこと、機体各所がアンカーでデブリと繋がって
いることが影響し、狙いが付けづらい。なんとか放ったものの、コックピットから逸れて
ザクの右足に当たった。
「ああもう、時間がないのに!」
あまり手間取ってしまえば、ザフトの増援部隊が来てしまう。それに、まだ他も機体は
いる。爆発に巻き込まれて損傷したのか艦の近くで待機しているだけで戦闘も後退もする
気配は無いけれど墜とさなくてはいけないのに変わりはない。一機だけに手間取っている
余裕はない。
アンカーで移動しながらもブラスターを連射していく。だけどシールドで防がれたり、
避けられたりと結果は思わしくない。NダガーNが撃ったビームの熱を元に位置の検討を
付けているんだろう。こっちに攻撃を当てられるほどの正確な位置は分からなくても防ぐ
くらいならできるということか。
- 24 :4/6:2006/08/10(木) 23:02:48 ID:???
- 私が思わず撤退を考え出した瞬間、突然相手が突っ込んできた。どうやら相手は絶対に
ここで私を逃がしたくないらしい。だけど……
「隙だらけよっ!」
ブラスターを連射する。相手の正確な位置も分からずに突っ込んでくるなんて無謀だ。
ビームの奔流が何本も走り、相手の左足を奪い去る。そのまま、一気にとどめに入ろうと
した瞬間に相手が止まった。
驚く私をよそに、相手は背部の砲を起動する。今の前進は、突っ込むためじゃなく……
「砲の射程距離に入るため――!?」
とっさに回避運動をとる。しかし、アンカーによる運動では、周辺一帯にばらまかれた
ビームを避けきれなかった。相手の砲が連射性の高いガトリングビーム砲なら尚更だ。
なんとかシルトゲヴェールで防ぐも、全体にばらまく感じだった攻撃が一転NダガーNに
集中し始めた。ビームが遮られたことで位置がばれたのだ。
「……っ!」
文句の付けようのない、完璧なミラージュコロイド破りだ。諦めて普通に戦うしかない。
ミラージュコロイドを解除、バーニアで移動する。今までとは比較にならない高機動で
攻撃を避けた。相手が一気に前進してくるのを見て、こちらも左腕で腰に装着されている
対装甲刀を抜く。日本刀のような形状だけど、これはアーマーシュナイダーの改良型。
ガーベラストレートのような見事な切れ味はない。それでも上手くやれば敵を両断する
ぐらいはできる。
刀を振り上げ、斬りつける。しかし相手がビームアックスで迎撃しようとするのを見て、
素早く刀を引いた。対装甲刀にせよシルトゲヴェールにせよ、相手の巨大なビームの斧を
受ければ切断されてしまう。相手もまたこちらの剣も盾も破れると分かっているらしい。
そのまま一気に反撃に転じてきた。回避しつつ、機会を伺う。
スラッシュザクウォーリア……近接用の装備をしている相手にこの刀で接近戦を挑む、
というのは一見無謀に見えるかもしれない。だけど、NダガーNの武器は刀だけじゃない。
そして、ついにその武器を使うときがきた。
ザクのビームアックスがNダガーNの右腕を掠める。シルトゲヴェールの接着面が綺麗
に分かれ、腕から外れた。これでもうブラスターも盾も無いけど、代償としては十分だ。
右腕自体は無事なんだから問題はない。もう、仕込みは済んでいる。
「そこよ!」
相手が斬り返してくるより速く、左腕を引く。その掌からはアンカーが延びて、ビーム
アックスの柄に絡まっていた。相手のバランスは崩れ、アックスは違う方向へ逸れる。
素早く右腕でもう一本の対装甲刀を抜き、アックスの柄を断ち切った。同時に、左腕に
持っている刀をコックピット目がけて突き出す。ザクのシールドは左肩に付いている。
こちらの左から、つまり相手の右から突き出した対装甲刀に防御は間に合わないはず!
しかし、相手はシールドの代わりに右腕を出してきた。しかも、ハンドグレネードを
持って。ザクの右手ごと対装甲刀が吹き飛ぶ。
「なっ……そんな無茶苦茶な手段で!?」
- 25 :5/6:2006/08/10(木) 23:04:13 ID:???
- 思わず叫んだが、状況がよくなるわけでもない。それどころか、悪くなった。
レーダーの端に反応。艦1。敵の増援……タイムアウトだ。
「ああ、もう!」
せめてこいつだけでも墜とそうと右腕にある対装甲刀で斬りかかる。しかし、あっさり
とシールドで防がれた。だけど、まだだ。左腕のハーケンファウスト――単純に言うと
手の甲に付いてる格闘用の大きな爪――がある。それを相手に突き刺そうと瞬間、相手の
声が接触通信で聞こえた。
『お前なんかに……やられてたまるかーーっ!』
「え……!?」
思わず動きが止まる。いきなり大声が聞こえたことに驚いたのでも内容に驚いたのでも
ない。
私は、この声を知っている――
私の――NダガーNの動きが止まっていた。それは、完全に隙だった。
ガトリングビーム砲の弾が、左腕に直撃する。
「きゃあ!?」
機体が揺さぶられ、バランスが崩れる。それで、現実に意識が戻った。
急いでバランスを戻し、バーニアを噴かす。戦うためじゃない、逃げるため。そのまま
ミラージュコロイドを展開する。
ちらりとザクを見た。相手はもう弾切れらしい。ガトリングビーム砲が空回りしている。
だけど……そんなことを確認するために見たんじゃなかった。
「あの声――兄さん、なの?」
- 26 :6/6:2006/08/10(木) 23:05:00 ID:???
- 帰還した私は、盛大な叱責を受けた。任務を失敗したんだから当然か。
それでも、ザフトに対する破壊工作担当のチームから外されることはなかった。
――これが幸運なのか、不運なのか、私には分からない。
私がザフトに兄さんがいるのか確認するには、任務を行いながらでしかできない。私は
監視されているからだ。だけど、あれが本当に兄さんなら、私は――。
「くっ……!」
自分の立場をこれほど呪った日は――無い。