187 :1/7:2006/08/27(日) 21:06:47 ID:???
 兄さんの声を聞いて、数ヶ月。私は、あれ以来兄さんの手がかりを掴めてはいない。
 当然と言えば当然か。私の任務はあれ以来「新型機の調査・破壊」になった。
 例えば、砲台を内部に潜ませている隕石……つまり罠を輸送する。
 例えば、廃コロニーへの細工をし、その崩壊で内部に逃げ込んだ新型機を破壊する。
 例えば、スパイから情報を得た後、機密保持のため抹殺する。
 そう言ったことで必要なのは機体やそれが通るルートについての情報で、ザフトの兵士
についての情報なんて得られるはずがない。新型機のパイロットについての情報くらいは
得られるかも知れないけど、そもそも、たかだか16歳の新兵が新型機に乗るはずもない。
だいたい聞き間違いかも知れないじゃない。

――そう、思ってた。

             SEED DESTINY ASTRAY M 第七話 「衝撃」

 普段は無骨であり派手な装飾――もっとも爆発や命のやりとりは地味とは言えないけど
――に彩られることのない軍の基地が、どこかお祭りのような雰囲気に包まれている。
 ここはプラントのコロニーの一つ、アーモリーワン。今日ここで行われるのは、新型の
モビルスーツのパイロットの披露。今週中には新型戦艦・ミネルバの進水式も控えている。
 新型は本来なら、私達が破壊して置かなくてはいけない機体。しかし、それは二回とも
ジャーナリストの乗る民間機とインパルスによって失敗した。今日失敗すれば,もう機会
は無い。そして私の今回の任務は,来賓のふりをして潜入すること。……なんだけど。
 その任務をするために与えられたのが,今私が着ている服。まるでフランス人形とかが
着ていそうな真っ白い服,いやドレス。私だって女の子だから,可愛い格好はしてみたい。
とは言っても今まで任務用に地味な服ばかり着ていたせいで、なんとなく違和感がある。
もちろんこのドレスだって色々な隠し機能はあるし、デザインも悪くないと思うけど……

「……駄目だ、こんなこと考えてる場合じゃないっていうのに」

 考えを振り切って招待状を提示、手荷物検査を受ける。あっさりパスして通過。当然か。
「手荷物には」おかしな物はない。金属探知器を通過してそれで終わり。まあ、招待状を
持っているような人間を詳しく調べる必要はないということか。

「……偽物だけどね、この招待状」

 呟きは誰にも聞こえない。兵士が運転する車に乗せられて、敷地内の会場へ送られる。
 任務は――新型機の正式パイロットの抹殺。


188 :2/7:2006/08/27(日) 21:08:00 ID:???
 華やかなパーティ会場。私の着ているドレスに負けず劣らずの綺麗な格好をしている人
ばかりだ。だからといっても私のドレスは惨めな訳でなく、上手く周りの平均的レベルに
とけ込んで、目立っていない。やたら色んな服を持っているだけあってマティスのセンス
は決して悪いものではないらしい。

「……さて」

 胸に手を当てる。見た目には分からないが、そこには絶縁体を巻かれたマシンピストル
(機関拳銃)がある。例えドレスの上から触っても、脱いでドレスを見せても分からない。
内側に隠しポケットと触感をごまかすパッドがあるからだ。私に胸がないから隠せるわけ
じゃない、断じて!
 改めて周りを見渡す。着飾った女性の姿は珍しくないけど、さすがに私ぐらいの年齢の
人はいないだろう。まあプラントでは15歳でもう成人らしいし、そもそも他のスカウト
(マティスの部下の総称のこと。それぞれナンバーを割り振られていて、私は1185)は
私以上にこの場にふさわしくない顔の人間が多いけど。顔面ペイントとか。

「まあ、結構背は高いほうだから2,3歳はごまかせるかな……」

 オーブにいたころは小さい方だったけど、この二年間、馬鹿みたいに運動したせいで、
だいぶ伸びた。二年前の兄さんよりも高くなってると思う。でも、兄さんも成長してるか。
そんな感傷に浸っている自分に気付いて、辟易した。人殺しをするにしては暢気過ぎだ。

「……平和ボケかしら」

 こんな場所に来ておかしくなってるかもしれない……それともあの声を聞いた時から?
多少ヤケ気味にグラスに口を付けた。中にあるのはもちろん、アルコール。……苦い。
そんな事をしてもちっとも気は晴れなかったが、代わりに人目を引き付けたらしい。

「こんにちは、お嬢さん。一緒に飲んでもよろしいですか?」
「……は?」

 目の前には、金髪に黒いアゴヒゲを持つ20代半ばぐらいの男がいた。……いわゆる、
ナンパって奴だろうか。こんな場所で?
 私は返事よりも真っ先に追い払う方法を考えたが、幸いこいつの仲間らしい、蒼い髪に
金髪のメッシュを入れた青年の乱入でそれを実行せずに済んだ。

「何やってんだよ? そんな小さな子まで声をかける事はないだろ」
「おいおい、それでもジャーナリストか? この子はどう見ても18から19歳ってとこだ。
体つきもそうだが、何より雰囲気が落ち着いてる。どこが小さな子だ?」
「そうかぁ? 無理に背伸びした子供っぽい感じだけど。多分15歳くらいだな」
「いーや、それはお前の勘違いだ、ジェス。ですよね、お嬢さん?」

 目の前の光景に笑い出したくなるところだったけど、こらえる。代わりにすました顔で
言ってやった。

「私は15歳ですよ、ナンパ男さん?」
「……それは失礼を」
「ほらな、言った通りだろカイト」

189 :3/7:2006/08/27(日) 21:09:08 ID:???
「……カイト?」

 私の口からそんな言葉が漏れた。
 蒼い髪の青年――ジェスだっけ?――の言葉。このナンパ男とは当然面識がないけど、
カイトっていう名前ならよく知ってる。もしかして、このナンパ男は……

「……カイト・マディガン?」

 カイト・マディガン。『サーカス』の中で唯一、正規の手段――1vs5の戦いに勝つ――
を使って『サーカス』を抜けた人間。その実力は最強レベルといっていい。こんな所で
遭うとは思わなかったし……こんなナンパ男だとも思わなかった。だから、思わずこんな
事を呟いていた。

「……ちょっと待った、お嬢さん。どうしてまだ言ってない名字まで出てくる?」
「……あ」
「オレの名前を知ってる、ってわけか?」

 どうやら、ちゃんと聞いていたらしい。その表情も、さっきまでのようなふざけたもの
じゃない。この威圧感、ああ、なるほど――確かに彼は本物のカイト・マディガンだ。

「おい、何でそんな殺気立つんだカイト? たまたま知ってただけかもしれないだろ」
「簡単なことだ。オレの名前をたまたま知っているような奴は大抵裏の人間さ、ジェス。
 この会場で俺の名字は一度も言ってないし、知る機会もない……何者だ、お嬢さん」
「……」

 ――ミスったな。
 迂闊だった。この調子じゃ、そうそう逃がしてくれなさそうだ。どうする?時間的には
そろそろ新型のパイロットが壇上に上がる時間。強硬手段でいこうか……?だけど先に、
横から声が聞こえた。

「どうしたの、ジェス? そろそろ発表よ」
「ああ、ベルか? カイトが……」

 ジェスがそれに応対する。カイトもほんの少しだけど、注意がそっちに移った。重心を
後ろに移す。すぐに動けるように。ちらり、と時計を見る。確かに、発表が始まる時間だ。
そして、その演出も。

――パチリと、会場のライトが全て消えた。

 素早く後ろに跳ぶ。二足目で左。急に暗転したから、カイトは目が慣れていない。横に
注意が少しいっていたのだから尚更。そのまま闇にまぎれて移動する。足音もできるだけ
殺して。

「あ、おい!?」
「ちょっと、静かにしてくれる? これから発表が……」

 探し出そうと動くカイトを、さっきの女の人が止めた。ツイてる。そうしている間にも、
私は動く。会場の出口前まで来て、私は息を吐いた。

190 :4/7:2006/08/27(日) 21:10:04 ID:???
『みなさまに我がザフトが誇るMSセカンドシリーズのパイロットをご紹介します!』

 壇上で立っている、司会らしい男が唯一光っているライトの光の中で喋っている。
 ……もう奪われてるんだけどね、それ。

『ZGMF-X56Sインパルスのパイロットは……』

 ドレスの中に手を入れた。腕時計からはシグナルが鳴っている。アウル達は成功した。
後は私の仕事だ。MS格納庫からのアラートなり爆発音なりが伝わり会場が浮き足だった
瞬間。その瞬間に……撃つ。

『シン・アスカ! 続きまして、ZGMF-X31Sアビスの……』

 闇に隠れたまま、マシンピストルを構えて――

「……え?」

 そこに立っていたのは
           紛れもなく
                黒い髪と赤い目の
                        私の兄だった。

『マーレ・ストロード! そして……』

 私の手にあるマシンピストル。誰を撃つの? 新型機のパイロットを? 兄さんを?

 ――光るライトが少しずつ増えていく。まるでタイムリミットを示すように。

 以前の宇宙の戦闘。私のNダガーNと戦ったスラッシュザクウォーリア。

 ――処分される仲間。『サーカス』では使えない戦闘人形に意義はない。

 平和だった国にいた私の家族に――お兄ちゃんに、死を告げる機械の天使。

 ――会場に警報が鳴り響く。アビスとかが奪われたのが伝わったんだろう。
 それは、正真正銘のタイムリミットを示す音――

 銃声が、響いた。


191 :5/7:2006/08/27(日) 21:11:09 ID:???
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 あちこちで爆発が起き混乱する基地内を走る。爆発を起こしているのはカオス・ガイア
・アビスの三機。……もっとも、混乱を起こした一因は私にある。
 白いドレスはまだ綺麗なまま、手にあるのはマシンピストル。そして後ろには私を追う
ザフト兵。これくらい不釣り合いな組み合わせはない。

――あれで、正しかったの?

 警報が鳴った瞬間、染みついた癖がとっさに体を動かしていた。撃ったのは……兄さん
以外の壇上にいた人間。私に兄さんが撃てるはずがない。

――だけど、兄さんの前で兄さんの仲間を殺したのには変わりない。

 なら撃てないで任務を放棄すればよかったのか。マティスのことだから、私の兄さんが
インパルスのパイロットだなんてすぐに分かる。いや、下手をすれば分かっていて敢えて
私にやらせたのかもしれない。そんな状況下で任務を放棄なんてすれば、マティスは私を
役立たずとして迷いなく処分するだろう。
 いっそザフトに、兄さんに助けを求める?――問題外だ。兄さんまで危険に晒すなんて。

――じゃあ、自分の行動を正しいとなんで言えない?

「駄目だ、こんなん、じゃ」

 この状況下で迷ってる暇なんてないのに。それなのに、思考はどこまでも堂々めぐりを
続けていて。落ち着かないと……!
 銃弾をかいくぐって目の前にあった建物に滑り込む。扉に鍵は掛かっていない……いや、
近くで爆発があったんだろう、扉は吹き飛んでいた。天井まで崩れていたら入れなかった
だろう、運がいい……んだろうか。

「……ともかく進もう」

 一部の電源が落ちているのか、ライトが付いていない暗い廊下を走る。まるで、私の
今の気分みたいだ。本当、おかしなことになった……。

――死んだと思っていた兄さんが実は生きていて。
――私にそれを殺す命令が下される。

「……本当に。おかしなことになった」

 呟いて、足を止めた。
 どうやらここは格納庫……それもゴミ捨て場に近い感じで、さっきの扉は裏口みたいな
ものだったらしい。目の前には広い空間と大量のよくわからない部品、そして左には正規
の入り口らしい車もそのまま通れるだろう大きな扉がある。更に、もう一つ。右には厳重
そうな大きな扉が。その扉の前でザフト兵士が操作をしていた。少しずつだけど扉が開い
ていく。後ろからは追っ手、前には開く扉。迷っている状況じゃない。
 マシンピストルを構えて、走る。相手はこっちを振り向いたけど、もう遅い。このまま
撃てば、それで終わり――

192 :6/7:2006/08/27(日) 21:11:54 ID:???
 ――また、兄さんの仲間を殺すの?

 思わず、私の指が止まる。その隙に、相手は拳銃を抜いていた。やっと私の指が動いた。
ただし撃ったのは……相手の拳銃。

「……くっ!」

 相手が怯んだ隙に急接近、マシンピストルで顎を殴りつけて意識を綺麗に刈り取った。
でも死んではいない……なんで、今さらこんなことを。

「……散々今まで撃ってきたのに」

 理由は分かり切ってる。兄さんを目にして、昔を思い出して、完全に迷いが出てきてる。
生きるためと理由をつけてやってきた事に、それが正しいのか自信が持てなくなってる。
だけど、迷っている暇はなさそうだった。後ろから足音。そろそろ追いつかれる!
 扉の間をくぐって、すぐに端末を操作、閉める。内側から閉めるだけなら、キーや暗号
無しでもできた。もっとも開けることはやっぱりできないみたいだから、閉じこめられた
かもしれない。
 扉に背をかけて座り込んだ。正直、もう……疲れた。頭の中は混乱していて、ドレスで走り続けて体にも負担がかかっている。
 ぼんやりと周りを見る。モビルスーツが大量に並んでいた……それも見たことのない物
ばかり。多分試作品の類だろう。ここの前に部品がゴミみたいに散乱していた所を見ると、多分実戦に投入はできないかする必要がない物の集まりだ。証拠に、整備士の姿がない。

「……動かせる、かな」

 動かせれば、簡単にこのコロニーを脱出できる。……本当は密かに搬入したシャトルを
使う予定だったけど、会場を出た後は考え無しで走ったせいで全然違う方向であるこんな
ところまで来てしまった。今さら行けない。だけど……

「脱出して、どうする……?」

 戻って、それでザフトと戦えと命令されたら、私はできるんだろうか。……兄さんと、
戦えるのか。
 じゃあ脱走する?……散々私が損害を与えたザフトが助けてくれる保証がないのに、
連合を敵に回す?

「駄目だな、私……迷ってばかりだ」

 兄さんを巻き込みたくないなら、脱走して一人で戦って死ねばいいのに……中途半端に
自分の命や兄さんに執着しているから結論が出ない。……臆病者だ、私は。
 ため息を吐いて立ち上がった。少し休んだおかげで落ち着けたおかげで、戻るにせよ、
脱走するにせよモビルスーツがあった方がいいと気付いた。少し迷った後、薄いグレーの
機体に乗り込んだ。起動してデータを見ると、予想通りフェイズシフトだ。

「ZGMF-YX21Rプロトセイバー……この機体もガンダムなんだ」


193 :7/7:2006/08/27(日) 21:12:47 ID:???
 Generation Unrestricted Network Drive Assault Moduleだからテスタメントとは違う
けど、略すとガンダムなのには違いない。PS装甲に電流が流れ始め、装甲は黒を基調に
白いラインが浮かぶというまるで『サーカス』の的みたいな色に変わった。可変機で更に
試作機だから変形の時パーツがどうなるか確認するためなんだろうけど……皮肉だ。

「……ともかく外に出よう」

 一瞬格納庫を爆破しようとも思ったが、その必要はないらしい。どうやら宇宙専用の
機体もここにあるらしく、直接宇宙に出られるハッチがある。そこをサーベルで切断して
出ればいい。暴れるところを見られないのだから、ザフトのふりをして脱出することも
簡単だ。これならできるだけ交戦をしないですむ。

「……そのあとどうするかは決まってないけど」

 何をやるにせよ、迷っていれば失敗する確率が増える。死にたくないなら進むしかない。
それでも、ほんの少しだけ私は止まってレーダーを見ていた。

「……兄さん」

 格納庫の中だから、レーダーの感知は悪い。それでも、ぼんやりながらもとらえていた。

――ZGMF-X56S/β、ソードインパルス

 位置は遠い。兄さんがこちらへ来ることも――通信を入れることもないだろう。逆も、
あり得ない。きっと兄さんが許してもザフト軍が私を詰問するだろうから。今会っても、
悲しませるだけだ。

 ――そう、理屈では分かっていても。
 ――レーダー上のただの電子信号を見つめてしまう私はおかしいだろうか?