915 :1/2:2005/07/26(火) 18:29:31 ID:???


第二十七話
 あの日は、キラの剣幕に押し切られた。マユはザフトに帰さない、連合にもオーブにも渡さない。この子はもっと普通に生きて、もっと普通の幸せを得るべきなんだ、と。
 連合はコーディネーターの差別意識を喧伝するために利用するのが目に見えているし、オーブも難民返還を断られた挙句が自国民に非人道的な研究を行われたでは黙っていない。
 どう転んでも、マユは晒し者になる。だから、アークエンジェルに匿うしかなかった。

 アークエンジェル艦長・マリューから見たマユ・アスカ。
 匿ってはみたものの、正直言うと、マユをどう扱っていいのかわからなくて、一部屋割り当てて、そこにいてもらうだけだった。マユの過去はクルーに話せず、捕虜としても扱えない。一時期、艦内はマユへの憶測で持ちきりになった。
 けれど、マユはいつの間にか雑用を経て、整備を手伝い、負傷者を手当てし、戦いに臨むパイロットを拙くも励ました。その甲斐あって、マユはクルーに認められていった。自分は何もできなかったが、努力でそれを乗り越えたマユを、素直に尊敬できると思う。
 整備班班長・マードックから見たマユ・アスカ。
 キラが突然、見ず知らずの女の子を連れてきた時は驚いた。口数が少なくて、体に普通じゃない傷跡があるとかで、なにか訳ありみたいな子だけど、普通の女の子だ。整備の腕は本職に及ばないが中々いい、仕事に愛情が感じられる。
 それと、キラとの関係がよくわからない。キラは、自分が仇だなんだと漏らしていたが、マユはそのキラの後をついて回っている。傍目から見ると兄妹のようにしか見えない。
 フリーダムパイロット・キラから見たマユ・アスカ。
 不機嫌そうに口をつぐんで、部屋に篭もっていたマユを外に連れ出したのは自分だ。少しでもいいから話し合う機会が欲しくて、時間を作っては部屋の外に連れ出した。そうしている内に、マユは艦内の仕事に参加するようになっていた。
 相変わらず、不機嫌そうにしていて、ちゃんと口も聞いてもらえないけど、最近はそれでもいいと思っている。自分に微笑み掛けなくてもいい、どこかでマユが、心から笑顔になれるのなら、それでいいと思っている。

 以上の調査結果を、ダコスタから直接報告を受けたバルトフェルド。実はあのマユの告白に、何か釈然としないものを感じて調べていた。
 マユとも何度か話しているが、彼女は口数が少なく、少しでも昔のことになるとほぼ無口になる。しかし、マユが嘘をついているとは思ってない。マユを診た軍医の意見も、マユの過去を裏付けている。ただ、どういう訳か今の状況では据わりが悪いのだ。
 そんな上官を見かねて、ダコスタは私見を述べる。多分、肉親の仇であるキラと仲良くしているのが引っ掛かっているのでしょうが、独りぼっちで辛い思いばかりしていたマユは、仇として憎むよりも、キラの優しさに寄り添う気持ちが勝ったのでしょう。
 それを聞いたバルトフェルドは、ある場面が過ぎり、一つの答えが出た。
 あの時、マユは昔のことしか語っていなかった。恐らく今のマユは「独りぼっち」などではない筈だ。でなければ、インパルスへの援護を阻んだ時、仲間の危機に駆けつけたいという熱意をぶつけてくる二機のザクと、死闘を演じたりはしない。



916 :2/2:2005/07/26(火) 18:33:21 ID:???
 仕事、銭湯、食事の順に済ませたマユは、自分の部屋に戻る。監視の一切ないこの部屋ぐらいしか、落ち着ける場所はない。心を閉じた少女を演じるためにレイの物真似をし続け、風呂場では傷跡をアピールし、食事も喉を通らない風も装った。
 お腹がなる。マユにとって、「不幸少女」を維持し続けていくためには空腹であることが一番だった。それは、マユが最も辛い思いをした難民キャンプの頃を思い出すために。
 全てを失い、訳もわからず宇宙に上がって、そこで性根の腐りきった腹黒女に目をつけられて、悪事の片棒を担がされて、しかも汚いことをやらせるだけやらせて、悉くその上前を撥ねられた、夢も希望も力もない、空腹に喘ぐだけの日々。
 それに比べたら、研究素材にされた日々はまだマシ。確かに、人間扱いされなかったし、嫌な思いは山のようにあった。でも、たった一人しかいない貴重なモルモットの健康管理は万全だったし、何よりインパルスと一緒だったから、希望はあった。
 研究の名を借りた蛮行も、デュランダル議長の知るところとなり、秘密裏に処理された。しかし、シン・アスカの一件で明らかなように、マユはまだ自由とは言えない。もちろん、マユにもその自覚はある。自覚があるから、自分を助けてくれる人もよくわかる。
 マユを助けてくれる人、この艦ではキラがそうで、彼にはマユの肉親を殺したという負い目がある。しかし、当時のマユは今日を生き抜くことに精一杯で、実を言うと死んだ肉親を省みる余裕はほとんどなかった。
 過去を振り返る余裕が持てるようになった時、マユはもうすでにインパルスのパイロットであり、あの出来事が不幸な事故であることもよくわかっていた。キラを許す許さないは別にして、家族が死んだことで恨みに思うのは、前の戦争そのものに対してだった。
 だから、戦争で殺す側になったマユは、戦争で死んだ家族に「ごめんなさい」と「さようなら」を送るため、オーブで戦没者慰霊碑を訪れた。そこで新たな一歩を踏み出すマユの背中を、そっと後押ししたのは、他ならぬキラであった。
 しかし、マユはそのことをキラに伝えない。キラを利用するために。本当なら、インパルスは悪く言おうと思っていた。でも無理だったから、皆のことも悪く言えないと思って全く言わなかった。だから、あの場を有耶無耶にしたくて狂言自殺もした。
 全ては帰るための準備、インパルスが導いてくれた新しい家族、ミネルバの元へ帰るための。

 移動中のアークエンジェルを捕捉した部隊がいる。連合最強の戦力を叩くため、ザフト最強の戦力、ハイネ隊とアレックス隊が共同戦線を張った。

ハイネ「やっと追いついたねぇ、アスラン」
アレックス「自分はアレックス・デュノです、ヴェステンフルス隊長」
ハイネ「ハイネでいいよ、アレックス」


552 :マユ種のひと :2005/10/10(月) 07:08:59 ID:???


第二十八話
 オーブ、セイラン邸の中庭。ラクスは、戦地から送られた手紙を読んだ後、手紙を丁寧に折り畳む。そして、差出人の、キラの無事を祈った。

 その時、アークエンジェルは激しく揺れた。
 ブリッジ。マリューは、何者かの長距離射撃によって受けたダメージで、無理に速度を上げれば航行に重大な障害をもたらす可能性があるという報告を受けた。マリューは今の速度を維持したまま、艦の応急処置を指示、処置ができ次第、最高速度で離脱を狙う。
 直後、アークエンジェルにハイネ隊ザクの長距離射撃の雨が降る。キラは誰よりも早く出撃、素早くフリーダムを移動させ、ザクをマルチロックで捉える。しかし、ただ一機、そのロックを外しながら突っ込んでくるMSがいた。グフ・イグナイテッド。
 キラはロックを解除した。だが、遅かった。ビームガンを浴びせかけられ、一気に距離を詰めてきたグフのビームソードが唸る。フリーダムはビームサーベルを抜く間も与えて貰えない。そして、グフの鋼の鞭はシールドごとフリーダムをからめとり、地面に叩き付けた。
 足の遅いアークエンジェルを護るべく陣を展開したバルドフェルドのムラサメ以下、M1アストレイ隊。一方、グフとの一騎討ちを強いられるフリーダムの上を通り抜けてきたアレックスのセイバー率いるディン隊は、規格外の速さでアークエンジェルに迫る。

 再びブリッジ。マユは、新型MSのザクのみで編成された部隊はハイネ隊、各機カスタマイズされたディン部隊はアレックス隊であることをマリューに告げる。そして、今すぐ全速力で逃げなければ、確実にアークエンジェルは落とされるとも言った。
 セイバーやディンだけではなく、射撃の精度を保つために足を止めながら移動するザクでさえ、今のアークエンジェルは振り切れないのだ。なら、後先考えていられない。そしてマユからのもう一つの申し出、予備のM1アストレイで戦闘に参加することを受理した。
 マユがパイロットとは夢にも思ってなかったマードック班長以下、整備士達は大わらわになってM1アストレイを仕上げる。マリュー艦長は、少しでも不調が出たならすぐ戻るようにと、しつこいくらい念を押す。
 マユはちょっと可笑しかった。エイブス班長なら、どんな時でもマユが乗り込む前にインパルスを完璧に仕上げている。タリア艦長なら、一機でゲルスゲーを倒してこいくらいの無茶を要求してくる。ふと、キラと兄が重なり、兄の方が出撃に反対すると思った。
 出てすぐ逃げるつもりだった。でも、アークエンジェルが逃げ切れるまで戦おう。マユが選んだ武装はシールドとMSの整備に用いるワイヤー数本。同胞のザフト兵を殺さず、なおかつ戦い抜くための最低限の武装であった。

 アークエンジェルは速度を上げた。それに合わせ、M1アストレイはディンの迎撃からアークエンジェルの防衛に移行する。そのため、後退していくM1アストレイ隊。その中で一機、マユのM1アストレイが突っ込む。
 後方からの援護とシールドに護られたマユのM1アストレイは、アークエンジェルに追い付こうとするディンとの距離を一気に詰め、ワイヤーを振るう。
 どこかしらが絡むと同時に、機体の全体重を以てディンを地面に引きずり落とす。玄人揃いのアレックス隊のディンは地面の激突こそ免れるが、受けるダメージに飛行能力は奪い取られた。
 バルトフェルドのムラサメと相対していたアレックスのセイバーは、その相手は部下に任せ、マユのに目標を移す。戻ることを考えていないマユの突撃が一番の障害になると判断した。迫るセイバーの、ビームの射撃と斬撃を凌ぎ、マユはすれ違いざまにワイヤーを引っ掛ける。
 ところが、M1アストレイが何かするよりも早く、セイバーがワイヤーでつながった相手を引き込んだ。セイバーのビームサーベルをシールドで弾きながら、もみ合い、両者地面に。マユは思う、やっぱり強い、マシンも、パイロットも、それならば。
 容赦のないセイバーの攻撃をぬってM1アストレイは接触回線、死んだ筈のマユからの呼びかけにアレックスは困惑した。その隙を突き、ワイヤーはセイバーの全身に絡まる。そのセイバーをM1アストレイは思い切り踏みつけ、飛ぶ。向かう先は、孤立しているキラの元。


553 :マユ種のひと :2005/10/10(月) 07:10:00 ID:???
 フリーダムとグフの一騎打ち。撃ち合いはない、斬り合いのみ。フリーダムはビームサーベルを両手に戦う。しかし、グフはその二刀流をソード一本で難なく制し、余った片腕からヒートロッドを繰り出しながらフリーダムを追い詰めていく。
 キラは、グフが対MS戦に特化した機体であり、それをここまで扱いこなす敵パイロットに戦慄を覚えた。対するハイネは、重火器で全身を固めて対MS戦を高い基本性能で誤魔化しているフリーダムで、グフ相手にここまで戦った敵パイロットに尊敬すら覚えた。
 そして、グフのヒートロッドがフリーダムの右腕を捕らえた。しかし、フリーダムは自らの右腕を切断、さらに突撃、一太刀交え、グフの右腕を切り飛ばした。キラは母艦の行動に呼応して逃げることを選んだ。

 その頃、ディンの追撃、ザクの狙撃、両方が終わったという報告を受けたマリューは、難局を乗り切ったという安堵の中でキラとマユの帰りを心待ちにする。

 追いすがるアレックス隊と引き離されたハイネ隊、その中間で、マユとキラは出会った。
 キラは機体を乗り捨ててフリーダムに乗るよう促す。マユは渋った。キラはミネルバに戻るのかと尋ねる。心底驚きつつも、マユは素直に認めた。キラは引き留めず、一人、アークエンジェルに向けて飛び立った。
 遠ざかるフリーダムをゆっくり見送りたかったが、そんな暇はない。今、ザフト側に捕まったら言い訳の仕様がない。追撃を断念して動きを止めているアレックス隊、ハイネ隊も後方に待機したまま、この距離なら何もできない筈‥‥‥なのだが。
 胸騒ぎを覚えたマユはハイネ隊に近付く。遠目に見える砲身の長いビームライフル、あれはミネルバにもあった、威力と射程の凄さに反比例して命中精度の低さと使い勝手の悪さで、結局、一度も使う機会のなかった物だ。
 グフは片腕ながら、それを当たり前のように受け取って、当たり前のように構えた。マユは背筋が凍る、きっと、当たり前のように当ててくる。M1アストレイは飛び出し、高出力で撃ち出されたビームの前でシールドを構え、阻んだ。

 強力なビームがアークエンジェルを掠めた。安心しきっていたマリューはこれに肝を冷やし、警戒を強めるよう命令した。

 二発目が撃てる頃にはアークエンジェルは射程外、そんなことをハイネはつまらなそうにつぶやく。そして、シールドも胸から上もドロドロに溶けて、無様に横たわるM1アストレイに一瞥をくれるのであった。

ハイネ「一応、調べておけ。蒸発してなけりゃ、面を拝んでみたい」


554 :マユ種のひと :2005/10/10(月) 07:11:24 ID:???
第二十九話
 マユ・アスカは、M1アストレイのコックピットが無理やり抉じ開けられる振動で、自分が奇跡的に生き残ったことを自覚した。ザフトに保護されたら、きっと銃殺なんだろうな。生き残ったばかりの少女は、ぼんやりとそんなことを思った。
 外の人間にマユの生存が知れると、外の雰囲気が少し物々しくなった。外に出たマユが見たもの、ザク、ディン、グフ、セイバー、その前に居並ぶ屈強な男達、その中心に男性が二名、ハイネとアレックス。敵兵よりも味方の裏切り者を許さないという空気だ。
 泣いて許しを乞おうか、それとも脅されてやったと嘘をつくか。思案を巡らすマユに、ハイネは有無を言わさず銃口を突き付け、最期に残す言葉を聞いてきた。マユはアレックスに助けを求めるが、応じてはくれなかった。もう、どうしようもなかった。
 悔しいとか怖いとか死にたくないとか、そんな感情が駆け巡ると、マユはぼろぼろと涙を零した。けれども、マユはそんな中で、ここで死んだのは自分ではないことにして欲しいと頼んだ。それは、仲間を二度も悲しませたくなくて出た言葉だった。
 それを聞き入れ、ハイネは引き金を引いた。でも、外した。そして、マユを殴り、怒鳴りつける。部下に死傷者がいないからこれで済ませるが、隊が被った損害分は働け、と。休む間もなく次の戦地へと赴く彼等に、マユは同行せざるを得なかった。

 宇宙、待機中のガーディ・ルーのブリッジにて、ネオの留守を預かるリーは、同じく留守を任されたアウルとスティングの話相手にされていた。
 話題に上るのはネオとステラのこと。ネオは、一度は断ったザフトのシン・アスカの調査を買って出て、ステラは安定したエクステンデッドを一人寄越して欲しいというジブリールのたっての希望で地球に居る。
 ネオの心変わりが気に掛かるスティング、ネオは大丈夫でもトロいステラが馬鹿やってないか心配だと毒を吐くアウル、何か入れ込んでいるネオとあの調子のステラにどちらも一抹の不安を感じるリー。三人に共通しているのは、何か落ち着かない、であった。

 ハイネ、アレックス隊が使う陸上戦艦の格納庫で、マユはまた泣きたい気分になりながらも、自分に回された機体を物にしようと必死だった。その機体とはザウート。前の戦争の時点で役目は終わったと囁かれた代物である。でも、マユはめげない。
 次に任務は前線で脅威となっている連合の新型MS部隊を叩くこと。問題の戦場はその部隊だけではなく、他の連合戦力とオーブ軍まで参加している戦場だった。
 正直なところ、アレックスは不安を募らせていた。これから戦う新型とは、かつてミネルバチームのMS三機がかりでやっと仕留めることのできた強敵、ウィンダムだからだ。それを受け、初戦は相手の性能を見るだけにしようとハイネは言った。


555 :マユ種のひと :2005/10/10(月) 07:15:10 ID:???
 戦場に到着したハイネ、アレックス両隊は、ウィンダムの前に通常のディンもバクゥも相手にもなっていないという現実に遭遇した。早々に隊を展開、敵新型の部隊とぶつかる。
 ウィンダム隊の勢いを押し留め、下がる味方の援護を果たしたハイネ、アレックス隊。新型の性能を見るという当初の目的も果たし、ハイネは撤退命令を出そうとした矢先、マユのザウートが前にでた。
 足の速さに差がありすぎる敵の只中、敵のビームに装甲を削られながらも、ザウートの砲撃はウィンダムを脅かしていた。マユは思う、ウィンダムの強さは変わらない。でも、乗り手の反応が鈍すぎる。これなら戦える。
 明らかに性能の劣る機体で一歩も退かずに応戦するマユに、アレックスも同調する。意外な人間が積極的になるものだから、ハイネも乗ることにした。そして彼の号令の元、隊員達は完全に火が点いた。
 オーブ軍を指揮するユウナは、最も屈強な所を切り崩して突っ込んでくるハイネ、アレックス隊に顔面蒼白。すぐに自軍を下がらせるように命令を下す。
 トダカがいぶかしむと、あんな連中と真正面から戦ったら味方にどれだけの被害がでるかわかったものではない、とユウナは答えた。大局的な是非はどうあれ、トダカはすんなりと命令に服した。

 戦闘は終わった。隊員達と共に、ガタガタの前線をボロボロのザウートで行くマユ。すると、補充や補給と一緒にミーアがやってきた。彼女は脇目も振らずアレックスに熱烈に言い寄る。
 ちょうど良かった。マユは用事を思いついたのでザウートから降りる。死んだと聞かされた人間の参上にミーアは腰を抜かす。騒ぎを聞きつけ、お付のミリアリアもやってきて、驚いた。用があるのはカメラマンの方、マユは彼女から携帯電話を借りた。

ミリィ「別にいいけど、どこにかけるの?」
マユ「形見のケータイに、ね。ミネルバに置いてきちゃったから」


556 :マユ種のひと :2005/10/10(月) 07:16:48 ID:???
第三十話
 ミネルバに戻ってきたのはボロボロのインパルスだけだった。
 マユは嵐の海に投げ出され、帰らぬ人となった。クルーの多くは暗黙のうちに納得し、ヨウランとヴィーノはインパルスを修理していくうちに希望を捨てた。しかし、ルナは、どこかでマユが生きているという希望を捨て切れなかった。
 だから、ルナは、仲間を失うまいとより厳しく振舞うレイと衝突し続け、ついには殴り合いを始め、止めようとしたメイリンに怪我をさせた。二人は、次の作戦まで反省房に入った。

 手負いのアークエンジェルを仕留めるため、三人のエースパイロット、ヒルダ、マーズ、ヘルベルトが黒いザク三機と共に、補充人員としてミネルバへ配備された。艦長への挨拶の中、彼等はシン・アスカの仇討ちは任せてくれと言った。
 その時、訂正しよとしたアーサーを遮ったタリアは、ほんの少しの間だけ、たまらなく寂しい気持ちになった。

 アークエンジェルのブリッジ、バルトフェルドはマリューに、よくここまで凌げたものだと呟く。前の頃に比べたらまだまだとマリューは返すも、アークエンジェルは苦境の只中にあった。
 ハイネ・アレックス隊の強襲を潜り抜けたものの、手負いのアークエンジェルに対してザフトの執拗な攻撃が続いた。戦闘を重ねる度に損害は増し、今や動けるM1アストレイは一機もない。
 しかし、それでもアークエンジェルが存在していられるのは、やはりフリーダムの圧倒的攻撃力が、そしてキラが居ればこそ、である。
 キラは今、整備班長マードックと共にフリーダムの調整に心血を注ぐ。クルー全員の命運と、マユを引き換えにして得た生還のチャンス、そして最愛の女性と交わした、生きて帰るという約束を守るために。
 現在、アークエンジェル進路後方はまとまったザフトの戦力が、前方からはミネルバが、それぞれから迫っていた。後方の戦力に追いつかれたら、万事休す。しかし、前方を抜ければ一気に安全圏へ行けるのも、また事実であった。

 アークエンジェルとの接触に備えるミネルバ、しかし、フリーダムとムラサメの両機は、すでにミネルバに詰め寄っていた。かつてキラは、先行したことで窮地に陥ったが、この戦法しか残されていなかった。そして今回は、功を奏した。
 フリーダムの先手を阻むべく、ミネルバは素早くザクを展開。しかし、キラはそのザクさえもマルチロックに織り込み、一斉発射。ヒルダ、マーズ、ヘルベルトの黒いザクはかわしたが、反応の遅れたレイとルナ、そしてミネルバが攻撃を受けた。


557 :マユ種のひと :2005/10/10(月) 07:22:34 ID:???
 ヒルダはレイとルナの不甲斐なさに舌を打ち、マーズ、ヘルベルトの三人でフリーダムに迫るも、バルドフェルドのムラサメが連携の出鼻を挫き、得意の形に持ち込めない。
 地上、撃ち落とされて微動だにしない二機のザク、しかし、パイロットは無事。レイはザクの足回りの異常をルナに伝え、ルナは同じく両腕が動かないとレイに返した。頭上の激しい戦い、自分達は蚊帳の外。レイは、ルナに協力を求める。ルナは、レイに応じた。
 レイのザクは瞬時に立ち上がり、ルナのザクは背中合わせで、その支えになった。ルナは一緒に生き残ろうと約束し、レイはマユとの思い出は預けると言った。ルナは胸元に収めてある、マユの携帯電話を握り締めた。
 キラは、ザクに気が付いた。しかし、その時すでに、レイは相手を照準に収め、引き金を引いていた。咄嗟にシールドを構えたものの、ビームの威力に弾かれるフリーダム、畳み掛けるマーズとヘルベルトを凌ぎ、ヒルダのトドメはバルトフェルドが阻んだ。
 そして、アークエンジェルがこの戦場に到達した。所々が激しく損傷しており、戦闘はおろか、飛行すら危うく見受けられる。さらに、アークエンジェルの後方を塞ぐザフトの一軍も、ミネルバから目視できる距離まで迫る。アークエンジェルに逃げ場はない。
 光。爆発。そして、アークエンジェル後方のザフト軍が火に包まれた。火の中から編隊を組んで飛び出すザムザザーの影、火の中で居並ぶゲルズゲーの影、火の中でたった一つだけ人の形をした影。その巨人の影から、ミネルバにビームが降り注いだ。
 レイのザクがルナのザクを突き飛ばし、彼女だけはビームの災いを免れた。しかし、それ以外、三機の黒いザクも、レイのザクも、ミネルバも、文字通り身を削られた。タリアは救援を要請しようとするが、通信は妨害されていた。
 動かないザクの中で、レイはルナに逃げろと叫ぶ。途切れ途切れの通信の中で、タリアも逃げろと命令、このことを味方に報せなければならない。戸惑う姉に、妹も語気も強く逃げることを指示。黒いザクは、まだ動ける機体に鞭打ち、時間稼ぎの応戦準備。
 迷いに迷ったが、ルナは恐怖に押し潰されて、逃げた。

 ルナは、必死に逃げた。それこそ、味方に報せることも忘れて。その時、胸の携帯電話が鳴った。怯えながら電話に出るルナ、それはマユからの電話だった。ルナは嬉しくて泣いた。でも、辛いことをありありと思い出して、泣き崩れた。

ルナ「死んじゃったよぅ、レイも、メイも、艦長も、みんな、死んじゃったよぅ‥‥‥」



129 :マユ種のひと :2005/10/16(日) 21:18:45 ID:???


第三十一話
 ザフトの地上戦艦内、アレックスは、ミネルバとアークエンジェルの戦闘跡地に数人の部下を伴って赴いたハイネからの通信に耳を傾ける。
 戦闘跡地でまだ使える残骸拾いにいそしんでいた地元民を捉まえて聞き込んだ、ハイネからの報告。それは、ミネルバはアークエンジェル共々、MA群に連行された、であった。
 ハイネは、フェイスの特権において自分の隊は独自に行動することと、お別れをアレックスに告げる。しかし、アレックスもフェイスの特権において、自分と隊も行動を共にすることを告げた。

 ハイネ・アレックス隊に保護されたルナは、目立った外傷こそなかったが、病室で塞ぎ込んでいた。マユは見舞いも兼ねて食事を運んでくるが、ルナは陰鬱なままだった。その時、ルナはアークエンジェルを守って捕まったのは本当かと聞いてきた。
 言い淀みながらも、マユは認めた。次の瞬間、ルナはマユに掴み掛かって、その訳を厳しく問い詰める。マユは、命を助けてくれたし、よくしてもらったから、助けたかったと語った。
 ルナの平手がマユの頬を打った、あんたのせいでみんな死んだと罵声を浴びせながら、何度も、何度も。マユは無抵抗だった。
 それを止めさせたのはアレックスだった。彼は、ミネルバが拿捕され、自分達が独自に救出作戦を行うことを伝えた。ルナはその場にへたり込んだ。マユは黙って部屋を出た。

 マユはその足でブリッジに向かった。頼み込んでハイネとの通信を許可してもらう。ハイネはマユに何かあったことを見破る。マユは、さっきのこと語り始めた。

 いつもはお姉さんぶっているくせに、いざとなると八つ当たりをする自分に嫌気がさす。それが、アレックスに語ったルナの本音だった。
 アレックスは慰めの言葉は口にしなかった。ただ、その気があるのなら、今日中にでも仲直りするように言い、今の内なら些細な行き違いで済むとも付け加えた。

 全てを聴き終えたハイネは、殴り返すぐらいすればいいのにとつぶやく。マユは、自分は平気だからと返し、すぐにいつものルナに戻ってくれると続けた。そして、ハイネに話に付き合ってくれたことにお礼を言って、マユは会話を打ち切った。
 一人、ハイネは思う。我慢するのが癖になっている少女は、自分で言うほど平気ではないという自覚はあるのか、少し不安になった。


130 :マユ種のひと :2005/10/16(日) 21:19:37 ID:???
 戦地で捉まえた地元民から人づてに情報を集めながらミネルバの進路をたどり、前線から離れたある集落に至った。そこで、ミネルバとアークエンジェルの搬入された基地を知っている人間に出会った。しかし、その情報を得るには、ある頼み事を聞く必要があった。
 ハイネとアレックスの協議の結果、マユとルナに集落近くに最近住み着いた賊退治を命じた。心許ないと他の隊員から作戦参加希望者も多く出たが、両隊長はそれを突っぱねた。尤も、心許ないのは事実で、今のマユとルナは、どこか噛み合っていなかった。

 賊の根城を遠目に眺めるマユとルナ、事前の情報では賊はザウートを三機所持だったが、実際にはザウートの上位機にして最新型のガズウートであった。しかし、二人は事前に決めたMSの力押しという作戦を変えない、一刻も早く、次の作戦に移りたいから。
 ルナは、ザウートのマユでは荷が重過ぎると考えた。だから、後方で待機するように指示を出し、ザク一機で飛び出した。マユは慌てて後を追う。
 賊のガズウート、起動。ザクが先手でビームを撃つも、相手は正面から受けきってビクともしない。二発目、三発目はすっとかわしてザクを包囲しようと動きを見せる。そのガズウートを阻んだのはザウートの砲撃、しかし、それはザクも巻き込んだ。
 味方を頼れず突っ込みすぎるルナと、味方を大事にしすぎて慎重すぎるマユは、ガズウートに弄ばれていた。そんな中で、ルナはユニウスセブンの時を思い出した。自分が馬鹿やってみんなを窮地に追いやった、あの時のことを。
 ルナは冷静に見渡す。ガズウートの攻撃はザクに集中していた。反面、消極的なザウートは半ば相手にされていない。また、これまでの動きから、賊は正規に訓練されたザフトの人間に違いない。
 ルナからの鋭い指示がマユに飛ぶ。マユは、それはそれは嬉しそうに了解といった。
 ザクは攻撃をかわしつつ、速く、大きく、包囲の外から回り込む。ガズウートはザクを正面に見れる状態で、各機が再び包囲すべく素早く移動。
 ここで、罠が働く。ルナの動きに合わせた位置取りは、言ってみれば教科書通りで先読みできる。また、ザウートへの注意が散漫だから、急転回とその後の全速力を見逃す。よって、ザウートが全速で向かう先に、ガズウートは全速で回り込む格好になる。
 マユはこの瞬間を逃さない。ガズウートの側面、それも至近距離から砲弾を叩き込む。まず一機目。
 見違えたザウートに睨みをきかされ、敵が乱れたところをルナは突く。ガズウートの足をビームライフルで足を撃ち抜き、ヒートホークが炸裂。二機目。
 三機目のガズウートはもうすでにパニックに陥って、ザクとザウートの体当たりで吹っ飛んだ。

 戻ってきたマユとルナを一番最初に迎えたのはアレックスの説教だった、ガズウートが相手なら戻れ、と。仲良く二人して反省する姿に、ハイネはチームの呼吸が戻ったことを読み取り、アレックスを黙らせ、改めてマユとルナを歓迎した。

ハイネ「ハイネ隊・アレックス隊改め、オレンジ・ショルダー隊は、お前達を歓迎する」


347 :マユ種のひと :2005/10/23(日) 12:19:23 ID:???


第三十二話
 マユは今、土で顔を汚し、誰かが着古した服をさらにボロボロにしていた。それを見張るルナ、マユが体を綺麗にしないように目を光らせていた。

 準備は着々と進んでいた。集落の人々から情報だけではなく、より具体的な協力も得ることができた。尤も、たっぷり報酬を弾むことになったが。
 一方、しぶとく生きていたガズウートのパイロットはザフトの人間で、アークエンジェル後方にいて、あの惨劇を免れた人間だった。その時の恐怖から逃れたくて、軍からも逃げ出した人間だった。彼等を通して、恐しい敵の存在を再確認した。
 ハイネは、どちらも成功させないと駄目かな、とつぶやく。アレックスは、自分はそのつもりだと答えた。一つはミネルバ救出、もう一つは謎の巨大MSの破壊。

 壊れた三機分を寄せ集めて修復した一機のガズウートが、集落の人々を乗せて問題の連合基地に横付けした。集落の人達は度々ここに売買しに来ているので、容易に近付けた。
 MS丸々一機、それもザクよりも珍しいガズウートを持ってこられて、基地側は困惑した。無碍に追い返せず、とりあえず代表一人とガズウートを基地の中に案内した。
 この短いやり取りは、基地への着陸態勢に入った航空機の中でも確認できた。乗っていたVIPは、ことのほか強い関心を惹いた。

 ガズウートと基地の中に入ったのは、基地側にも顔なじみの集落の人一人と、パイロットのマユ。実はそれともう一人、基地の潜入をするべくガズウートに潜むハイネがいた。事前の打ち合わせ通り、倉庫の中に行く前にハイネは別行動に入った。
 マユはガズウートから降りるように言われ、すんなり従う。少女が出てきて驚かれはしたが、追求されることはない。交渉事は他の人がやっている。マユの仕事の半分は終わっていて、後は何事もなく無事帰れば終了。だから、マユは黙ってじっとしていた。
 話を聞き、ザフトの新型に興味を持ったVIP、ロード・ジブリールがここにやってきた。そして、彼の隣にいたステラはマユを見つけ、抱きついた。

 オレンジ・ショルダー隊にて。マユの帰りが遅く、やきもきするルナと、潜入の成否が気になるアレックスに、ハイネの潜入成功と、マユも基地に残ることになったという報告が届いた。

 マユは今、シャワーを浴び、汚れを落とし、用意されたドレスに着替える。露出が少なく、傷跡を隠せるので安心した。身なりを整えたマユに感嘆の声を上げるジブリールと、ニコニコ笑っているステラ。マユは自分でもわからぬ内に、客人になっていた。
 ジブリールはマユに、自分より一足先に来ていたステラの仕事を紹介するといって、兵士にある場所まで案内させるよう命令を下した。
 その間のジブリールは非常に上機嫌で、色々なことをマユに語った。自分はブルーコスモスの盟主であること、その自分が嫌悪するのは地球の恩恵を忘れた人間であること、地球に住むコーディネーターには寛容であること、これから会う二人の名艦長を同志にしたいということ。
 そして、マユが案内された会談場所とは、噂の巨大MS、デストロイの格納庫であった。マユはその姿に圧倒され、ジブリールは少女の反応に満足気だった。すると、後方から案内したことを伝える連合兵の声が響いた。
 振り返ったマユ、そこにいたのはタリアとマリュー。タリアは思わず、マユの名を口にした。マユはタリアに駆け寄って、抱きついた。


348 :マユ種のひと :2005/10/23(日) 12:20:51 ID:???
 この時、マリューは隣に立つタリアの腕の中にいる、マユからの強い視線と目が合い、思わず口をつぐんだ。そして、マユは必死に、タリアに兄は無事なのかと何度も尋ねてきた。タリアは、マユが置かれている状況がややこしいことだけは悟った。
 ステラ共々驚かされたジブリールは、マユにタリアとの関係を尋ねる。マユはジブリールに向き直って説明を始める。
 マユは、インパルスのパイロットが死んだと思った兄と知り、会いたい一心でミネルバに密航した。すぐに見つかったが、その時はカガリの亡命騒動の渦中であり、しばらくの間、ミネルバに居たことがあり、戦争前に密航の事実を不問にして解放されたと話した。
 どうしてすぐにオーブに戻らなかったのかも訊かれた。マユは、結局は一度も兄には会えず、助けたステラは大切な人の所に戻れるのが羨ましくて、兄との再会を諦めきれずにミネルバを追いかけてここまで来た。
 ジブリールは、ここに忍び込むつもりだったのかと問うと、マユはあっさりと認め、頭を下げた。しかし、ジブリールはそれを軽く流し、ここにマユの兄がいないこと、それどころかザフトにすらいないことを語った。マユと両艦長はどきりとした。
 ジブリールの言葉は続く。自分はある理由でザフトのシン・アスカが偽者であること知っており、自分とステラの友人がその真実を追っているのだ、と。
 マユの脳裏にファントム・ペインが過ぎる。そして、秘密が暴かれた時、プラントは、連合は、自分をどうするのか。次の瞬間、恐ろしい過去が駆け巡り、傷跡は痛みを取り戻し、未来が黒く塗り潰されるのを感じながら、マユは絶叫の後に倒れた。

 ソファーに寝かされ、ステラに介抱される中、マユは目覚めた。同室で書類を捌くジブリールもそれに気付いた。彼は、兄がいないことを軽々に語ったことを詫びた。もっとも、その埋め合わせ報告を受けると同時にできるだろうとも付け加えた。
 報告を受けた時は、いもしない兄の代わりに自分が何かされるのだろうと、マユは思った。それはともかく、マユは会談の結果を尋ねた。マリューは断り、タリアは考える時間が欲しい、と。
 一人になりたいと思うマユは、ジブリールの許可を貰い、基地の敷地内ではあるが、外に出た。もうすっかり、暗くなっていた。
 マユは、何も考えられない。でも、あのことが公になれば、地球にも、宇宙にも、ミネルバにも、自分の居場所はなくなる。そんな確信だけはある。傷跡が痛む、本当は痛くない筈なのに、焼けるように痛い。
 そんな、暗く沈んでいるマユに声を掛けたステラ、すごく心配そうな顔を見せられて、マユはすぐさま平気な顔を作った。すると、ステラは、前に見たマユの傷跡の所をさする。訳がわからないマユは尋ねた。ステラは傷跡が痛むから泣いていると思ったと答えた。
 マユは平気な顔のまま、涙だけが零れていた。泣いていることに気付くと、涙はとめどなく溢れ、マユはステラに泣きついた。堪えきれず、もういやだ、戻りたい、父も母も兄もいて、平和な頃のオーブに戻りたい、マユは泣き喚いた。
 ステラは、マユをそっと抱きしめた。そして、優しく頭を撫でながら、戦争が終わって自由になったら、一緒に暮らそうと言った。マユの涙は、ますます止まらなくなった。

 二人のやりとりを遠目に見守る、潜入工作で息を潜めるハイネ、マリューに話を聞いたキラ、そして、ジブリール。

ステラ「あのね、この戦争が終わって自由になったら、みんなと一緒に暮らそうと思うの。ネオと、アウルと、スティングと、リー艦長と、みんなと、良かったら‥‥ううん、マユ、この戦争が終わったら、私達と一緒に暮らそう、ね」

368 :マユ種のひと :2005/10/24(月) 09:05:41 ID:???


第三十三話
 オレンジ・ショルダー隊。集落の人達から買った食材での朝食。隊員達に混じって、ルナは雑味の多い食事をとりながら、早ければ今夜の作戦決行を待つ。
 その頃、マユはジブリールやステラと共に豪勢な朝食を取っていた。マユは宇宙での生活を訊かれるが、宇宙にいた時のことは耳汚しになるのでと茶を濁す。ジブリールは追求しなかったが、宇宙に住む人間への嫌悪を覗かせた。
 意を決して、マユはミネルバのみんなに会いたいというと、ジブリールはあっさりと承諾した。正直、マユはジブリールのこの辺の匙加減がわからない、だからなのか、現状に現実感も沸かない、マユは現実を取り戻したくて、ミネルバのみんなに会いたかった。
 ジブリールは当然として、ステラは急用があるとかで、マユは一人でみんなに会いに行く。その歩んでいく先にキラがいた。話は短く、アークエンジェルはいつでも君を受け入れる。マユは何も言わずに通り過ぎた。

 ミネルバクルーは敷地内の一角でひとまとまりにされていた。タリア艦長とは引き離されていたが、ジブリールの客人であるミネルバクルーは、捕虜でありながらも丁寧に扱われた。ただ、丁寧にされる理由のわからないクルーは、一部を除いて戦々恐々だった。
 人の塊から外れたところで本を読むレイは、本で隠しながらあるメモに目を通し、見終わったメモを丸めて飲み込んだ。それはハイネから渡されたメモ、基地の内部とミネルバの所在を書き記してあった。
 そこにマユが来ると、クルー達は喜びいさんで駆け寄ってきた。メイリンはマユを押し倒し、ヴィーノとヨウランがその上に覆い被さった。出遅れたアーサーは人垣の外で号泣し、新顔のベテラン三人は騒ぎの元をしげしげと見つめ、奥の方ではレイが微笑んでいた。
 マユは嬉しかった。みんなが無事で、元気で、いいことばかりで、まるで夢を見ているみたいで。だから、悩みは深くなった。

 ハイネからの情報を受け、アレックスは基地攻撃の算段を煮詰める一方で、ジブリールと直接対峙できる千載一遇の好機に、逸る気持ちを抑えていた。

 複雑な気持ちで部屋に戻るマユは、まるっきり人気のない場所でハイネに呼び止められた。ハイネはここで深夜1時に待ち合わせること、1秒でも遅れたら見捨てるといった。
 深夜。
 マユは全く眠気がなかった。夕食の間も上の空、ジブリールがインパルスの勇姿を見ることが楽しみだったが扱えるパイロットがいないのでがっかりした、という話題だけは覚えている。
 プラント、連合、オーブ、どこへいくのか答えはまだ決めかねている。でも、ハイネの約束の時間、つまりは作戦開始の時刻は間近に迫っている。
 MAの格納庫では、指摘された通りにMAへ仕掛けられた爆発物を発見し、連合兵は驚愕した。

 ハイネは指定した場所でマユを待っていた。砂利を踏む音に、ハイネは待ち人が来たのだと思った。それが一瞬の遅れとなり、ステラの手にしたナイフに貫かれた。マユは、その光景を前に呆然となった。
 マユに気付いたステラは、すぐさまマユに近寄り、部屋に戻るように言って聞かせる。しかし、マユはそれを振り切ってハイネに駆け寄り、まだ息のある彼に呼びかける。今度はステラの方が呆然となった。

 オレンジ・ショルダー隊の夜襲に基地は騒然となる。同時に、ミネルバクルーも行動開始、ハイネの下準備のお陰で怒涛の勢いでミネルバを目指せた。
 一気に攻め落とそうとするザク、ディン。だが、基地に集められたMAが彼等の前に立ち塞がる。工作は失敗したが、奇襲そのものは成功している。アレックスは部下を鼓舞し、一気に押し切ろうとした。

 ハイネを抱くマユの後ろ姿を目の当たりにするステラは、それがネオを抱く自分に見えた。ステラは恐怖した。その時、MS、MAが入り乱れ、ミネルバクルーの決起で基地は混乱の極みであることをやっと認知し、デストロイに乗ろうと思った。
 マユはハイネに、一人で脱出すればこんなことにならなかった、そう言った。女を護るのは男の役目、とハイネ。続く言葉は、心と体に大きな傷跡があるなら尚更だ。もしかして、自分の過去を知っている。しかし、その答えは返ってこない、永遠に。


369 :マユ種のひと :2005/10/24(月) 09:11:41 ID:???
 道中でタリアと合流し、レイ、ヒルダ、マーズ、ヘルベルトの活躍がクルーをミネルバのあるドッグまで導いた。ほとんど捕まった時のままの艦内、さすがに発進はできないが、篭城にはもってこいだ。
 ザムザザー、ゲルスゲーを次々に撃墜するオレンジ・ショルダー隊、その分、味方の損害は大きかった。基地制圧を目前にしてデストロイが現れた。またアークエンジェルも発進準備に入る。アレックスはアークエンジェルの艦橋を凝視、懐かしい顔の中に、ジブリールがいた。
 ミネルバ内、外の加勢に行きたいが、今すぐ動かせるのはインパルスしかない。レイはそれが無謀と知りつつも、外で戦う戦友、ルナの元に駆けつけたくて、インパルスに乗り込んだ。だが、レイは止まった、マユが引き止めた。
 マユはノーマルスーツに着替え、慣れ親しんだシートに座る。早速、エイブス班長がインパルスの調子をマユに伝える。次いで、タリア艦長がマユにデストロイ破壊を命令。出撃前、メイリンの簡素な激励。マユは、帰ってきたことを実感した。

 デストロイはビームの雨を降らせ、相手のビームは陽電子リフレクターで防ぎ、接近戦を挑んできた者は巨大な拳と巨大な足で叩き潰した。ルナを始め、隊員達は果敢に応戦した。それも全て、アレックスを行かせるため。
 アレックスは単身、アークエンジェルに突っ込む。そこにフリーダムも単機で出る。だが、セイバーはそれを一気に抜け、艦橋のジブリール目掛けてサーベルを振るう。その瞬間、フリーダムはセイバーの背中を撃ち抜いた。
 そして、デストロイの圧倒的暴力が生き残った者達に迫る。もう逃げない、必死に踏みとどまろうとするルナに、メイリンの声が届く、そちらに、インパルスがいく。
 飛び立つコアスプレンダーとフライヤー二機。マユは上空からデストロイを確認、それと、たぶん部下に持ってこさせたのだろう、基地の外で乗り手を待つグフも見た。
 ステラが織り成す、激しく厳しいビームの弾幕を抜けながら合体、ブラスト。真っ向から打ち合いながらの突進に加え、またザクとディンの援護がデストロイを足止め、瞬く間に零距離。ステラは息を呑む、マユはいつものように引き金を引いた。
 陽電子リフレクターと共にデストロイの装甲が弾け飛び、インパルスも砕けた。ザク、ディン、この好機に全てを叩き込む。直前、デストロイが高く高く跳躍した。そして、本当の意味でビームの雨を降らさんとした。だが、デストロイを通り抜ける、コアスプレンダーと他二機。
 デストロイのほんの少し上で、ソードインパルスに合体した。ステラは絶叫を上げる。デストロイが繰り出す左の拳、それをインパルスは対艦刀で叩き切る、右腕が壊れた。そして、残った左腕と対艦刀での刺突が、デストロイの巨大な胸板を貫く。
 インパルスは勢いをつけ、自分諸共デストロイを地面に叩き付けた。基地全体が地響きに揺れた。アークエンジェルも飛び立った。戦闘は終わった。

 ステラはパニックに陥った。きっとマユが殺しにくる。マユにだけは殺されたくない。しかし、いくら泣こうが喚こうが、デストロイはピクリとも動かなかった。
 マユは血を吐いた。戻った早々、こんなに壊したことをインパルスに謝った。でも、また乗れたことが嬉しくて、ほっとして眠った。眠る前、ハイネが死んだことを思い出した。
 半壊したセイバーから這いずり出たアレックスは、基地とMSとMAの残骸の散らばる酷い状況を見た。もう遠くを飛ぶアークエンジェルも見た。そして、その傍らを飛ぶフリーダムも。

アレックス「勝ったんだよな、俺達‥‥」
347 :マユ種のひと :2005/12/14(水) 19:44:57 ID:???


第三十四話
 ベッドの上に拘束されたステラ、彼女の周りを複数人の医者と軍人が囲んでいる。医者は彼女がエクステンデッドであると断定した。軍人は宇宙にいる連中が研究材料として欲しがっていると洩らし、加えて、戦死していた方がまだマシだっただろうとも言った。
 通気孔な中で息を潜め、全てを聴いていたマユは、声の方向を今にも噛み付きそうなくらい睨み付けた。

 ミネルバは、かつてミネルバが中心となって攻略した陽電子砲を備えた元連合基地にいた。オレンジ・ショルダー隊共々、ボロボロのミネルバは一目散に逃げるしかなかった。奇しくもその頃、ザフト地上軍もまた戦線を後退させていた。
 あの戦いから一週間が過ぎていた。
 ここではラクスことミーアのラストコンサートが予定されていた。その効果なのか、日一日、怪我をおして続々と集まってくるザフトの軍人達。ミネルバからその様子を眺めるヒルダに、ルナは気軽に、レイは丁寧に挨拶をする。
 二人に何をしているのかと訊かれて、負傷した仲間がこれだけ戻ってくることは宇宙じゃなかったと、ヒルダは答えた。逆にヒルダからデートかと訊かれて、二人はマユの見舞いと答えた。
 ヒルダの脳裏に、血まみれのコックピットに沈んだマユの映像がありありと浮かぶ。そして、設備の整った病院に運ばれたことも思い出す。艦から降りられないヒルダは、マユによろしくの伝言を頼んだ。
 一方、メイリンはマーズやヘルベルトと共に、賭けポーカーに熱くなるヴィーノとヨウランを捕まえて問答無用で連行する。前々から約束していた、マユへの見舞いにみんなで行くために。

 町外れの、町人も軍人も眠る墓地で、マユとミーアとミリアリアは鉢合わせた。マユがコンサート直前にこんな所に居てよいのかと問うと、だからこそファンの眠るここを訪れた、とミーア。マユは、ミーアが自発的に死者を弔うなら世も末とからかい、ミーアに頭をはたかれた。
 何気なく、ミリアリアはシャッターを切る。マユのことは記事にできないと知っていても、写真に収めておきたかった。
 偶然は重なる。マユの名を呼びながら駆け寄ってきたコニールが抱きついた。その後、コニールは隣にいるのがラクスと気付いて驚き、緊張して硬くなった。ミーアもすぐさまラクスとして応対する。
 マユは不意に、コニールとはそこまで打ち解けていなかったことを、コニール本人にぶつける。コニールは逡巡するが、その間に一人の中年男性がコニールに追いついた。彼はコニールの父親だった。
 父親は結局、音信不通になっていただけで、この地区でザフトの占領統治が始まるとあっさり帰ってきたと説明された。それが何を意味するのか、マユはわかっていた。そして、コニールはマユと向き合い、あの時、マユが止めてくれたことを心から感謝した。
 ミーアは「あの時」のことに興味を持ったようで、早速、コニールに訊いている。ミリアリアも興味津々で、ノートを開き、父親も巻き込んでその話のメモを取っていた。マユは、そんな四人の様子を一歩引いたところから眺める。
 そのマユに小石が当たった。小石が飛んできた方向を見ると、茂みに隠れる人影を見た。すると、マユがそろそろ病院に帰ると言った。去り際のマユに、ミリアリアから憎しみで人を殺さないのくだりについて、コメントを求められた。
 振り返ったマユはまぶしいくらいの笑顔を作って、自分の場合はみんな殺しても気が晴れそうにないからやらないだけ、そう答えた。
 全員は呆気にとられて、結果、マユを無言で見送った。


348 :マユ種のひと :2005/12/14(水) 19:49:16 ID:???
 レイ、ルナ、メイリン、ヴィーノ、ヨウランは、マユの病室で待ちぼうけをくっていた。マユからコンサートに行きたいと持ちかけてきただけに、一同釈然としなかった。その頃、同じ病院内で、捕虜が逃げ出したとかで少し騒ぎになっていた。

 ミネルバでは、マユがインパルスの発進許可を貰っていた。発進前のコアスプレンダーに乗り込もうとするマユを、ヒルダは捉まえた。
 改めて初めましての挨拶。ヒルダは戻った早々に働き始めるマユを褒めた。マユはそれを否定、見回りのついでに長らく触っていなかったインパルスを動かしたいので、無理に頼み込んだと答えた。
 前の時はちゃんと話ができなかったから、機会を伺っていたとヒルダは言う。今もゆっくりできない、とマユは返す。ヒルダは肯定、ついでに、あの後でマユの連合スパイ疑惑が持ち上がったが、マユに限ってそれはないで片付けられたことを語った。マユは押し黙る。
 ヒルダは続けて、あの時の脱出を引き合いに出しながら、マユならどうやって捕虜を逃がすのかを訊いてきた。落ち合う場所を決めて拘束を解いただけ、あとは自力でできるから、マユはそう言った。
 少し間を置いて、ヒルダはマーズとヘルベルトが掛け替えのない仲間であることを話し、レイとルナを見て、彼らにとってマユという少女は掛け替えの無い仲間と想像し、こうしてちゃんと会える日を楽しみにしていたと語った。マユは、やはり黙っていた。
 ヒルダは、何があっても仲間に銃口は向けたくないと語る。マユは同意する。そのヒルダは銃に手を掛けながら、その仲間を裏切るのはどういう時かと疑問を投げかける。マユは例え話として、言うことを聞かなければ核ミサイルを撃ち込むと脅されれば、と答えた。
 そんな嘘を真に受ける奴はいないとヒルダが即答した後、マユは形見の携帯電話を手渡す。その画面には核ミサイルの画像が数点。
 これこそブラフと断言するヒルダ、捕虜一人のために核一発という式が成り立たないからだ。普通はそうですよね、と返すマユの脳裏にはジブリールの姿がちらつく。でも、マユはそれには触れず、そんな脅しをしているのは死んだ筈の兄とだけ言った。
 ヒルダは言葉を失った。それを見計らい、マユはそっと携帯電話を取り返し、捕虜が一人逃げ出すだけのことだし、こんなことは今回限りだから見逃して欲しいと頼み込む。ヒルダは何も言わず、この場を去った。マユはヒルダの背中に頭を下げた。
 コアスプレンダーに乗り込むマユに、操縦席の奥で身を隠していたステラは心配そうな眼差しを向けるもマユはそれを冷たくあしらう。
 そして、コアスプレンダーとフライヤーは飛び立った。

ヒルダ「こってりしぼってやるから無事に帰ってこいよ、お嬢ちゃん」

262 :マユ種のひと :2005/12/27(火) 13:17:54 ID:???


第三十五話
 アークエンジェルのおかげで難を逃れたジブリールは、ユウナの手厚い歓迎を受けていた。その席で、不慣れな土地で兵達が体を壊していなければ救援にかけつけられた、とユウナは謝罪する。
 ジブリールは、ユウナの不手際で掛け替えのないものを手放したことへの怒りを示す、その一方で異国の地で苦しむオーブの兵を思えば厳しく言えないと明言する。ユウナは恐縮し、自分達も独自に動いて件の掛け替えのないものを探し出しましょう、と申し出た。
 その時だった、ジブリールがユウナに対して明らかな嫌悪を滲ませたのは。しかし、それも一瞬のこと、ジブリールは優雅に、それを取り戻す役目を担うに相応しい者はこの世に一人だけで、その者はもう使わしていると述べ、ユウナの申し出を丁重に断った。

 マユが受けた指示は、ステラを連れ、指定された場所に、誰にも報せずに一人で、インパルスに合体した状態で赴くこと。マユは時間を気にした、ちょうど今ぐらいに、ミーアのコンサートが始まる。正直、行きたかった。
 その道中、ステラは自分だけ降ろして、マユはミネルバに戻るように言い続けていた。このような秘密の接触はマユにあらぬ疑いを掛けるという考えからきていた。しかし、マユにはそれがただ耳障りで、その苛立ちを怒鳴り声にして叩き付けた。
 ハイネを殺して、オレンジ・ショルダー隊のみんなを殺して、ミネルバのみんなを殺しかけたステラは、本当はこの場で殺してやりたいけど、我慢している。だから苛々させないで、と。そして最後に、あの時、助けるんじゃなかった、そう吐き捨てた。
 ステラは何も言えなくなった。マユは胸が痛くなった。

 ガーディ・ルー、ブリッジ。ネオはつまらなそうに呟く。傍らにはリー。
 携帯電話で捕虜脱走の強要と指南、出した条件は無理難題、地域全体の危機に関わる核の存在も臭わせた。にもかかわらず、どうして、ここまで破綻なく旨くいってしまうのだ。
 それは妹君が優秀なのだろう、とリー。ネオは頭を振って、運がいいだけだ、と言う。リーはもう一言、それでもステラが戻ってくることは喜ばしいでしょう。ネオは、それには答えず、アビス、カオス、ガイア、ウィンダムの用意を指示した。

 マユが指定を受けて来た場所、そこにはアビス、カオス、ガイア、ウィンダムの四機が並び、その前にネオが佇む。マユはそれを視認して、合体、フォースインパルスガンダムとして場に降り立つ。
 インパルスから降りたステラは、一目散にネオに駆け寄って、抱きついた。後から降りたマユは、その光景に思わず微笑んだ。しかし、自分が微笑んでいることに気付くと、ハイネや死んだオレンジ・ショルダーのみんなを思い出し、ごめん、と呟いていた。
 マユとネオ、二人は向かい合う。ネオは仮面を外した、紛れもなく兄だった。
 しばらく見詰め合って出たマユの第一声は、折角の再会だけどあまり嬉しくない、だった。どちらかが昔のままなら、すんなり喜べた、という兄の意見に、マユも同意した。苦笑する二人は、家族四人でいたあの頃は、遥か遠い昔の出来事と思い知らされた。

 閑話休題。兄は、マユに強要したステラ脱走幇助の真の目的が、ジブリールから要請されたマユ・アスカの保護にあることを告げ、マユに同行を求める。マユは即答で断った。
 すると、ネオは再び仮面を被り、マユにインパルスに乗るように言った。そして、インパルス共々マユを殺すと宣言した。この宣言に驚いたのはマユで本人はなく、ステラであり、アウルやスティングだった。
 何故と問い詰めるステラを制してネオは語る。ジブリールがマユを手に入れたがっている、全てを知ればロゴスもきっと興味を示す、その動きが知れればプラントも口封じをしてくる。マユに未来はない、ならばいっそのこと自分の手で。
 そう言われてマユは、連れてこいといわれた人間を勝手に殺していいのか、と他人事のように言う。ネオは答えた、ジブリールは何より劇的な結末を好む、と。マユはすんなり納得した。生き別れた兄妹が出会ったその日に殺し合う、悲劇には違いない。
 本気の兄と、それを理解した妹は淡々とMSに乗り込む。戸惑うステラは、感情に流されるままネオに詰め寄った。ネオは、マユが敵であること、敵を殺せないことが何を意味するのかと問うと、ステラは、これからマユと殺し合うことを受け入れるしかなかった。
 ステラの取り乱しようを眺めたマユ、同時にアウルとスティングの顔を思い出す。インパルスに火を入れながら、マユは、これから戦う人の顔をよく知っていることに気付いた。この、どうにも現実感のない状況で、マユはこの戦いにある目標を見出した。


263 :マユ種のひと :2005/12/27(火) 13:21:20 ID:???
 五機、散開。
 最初に仕掛けてきたのはウィンダム、応じるインパルス。兄妹の間でビームの応酬が始まってすぐ、カオスがそれに加わった。カオスのガンバレルも含めたビームの重圧はインパルスを空へと逃がしてはくれず、地面近くに縛り付ける。
 このよくない状況を抜け出したいと思うマユに、アビスのビームの束は襲ってくる。上と横からの猛攻、インパルスは辛うじて潜り抜けるが、そのインパルスに四足のガイアが並走し、体をぶつけてきた。何とかそれも受け流し、インパルスは体勢を立て直す。
 現状の確認。敵の攻撃をかわし損ねて、ビームライフルの銃口がやられた。ガイアの追突で、抜き掛けていたビームサーベルを一本手放した。今のような連携をあと二回もされれば、確実にやられる。

 ウィンダムが再び口火を切るべくビームライフルを構えたところで、インパルスはビームライフルを投げつけ、バルカンで破壊。爆発したビームライフルはウィンダムを遮った。この一瞬にインパルスがつけ込んだのはウィンダム、ではなくアビス。
 インパルス、真正面から突進。アビスが全身のビームを展開。インパルス加速、アウルが引き金を引く瞬間、地面を蹴り、ほんの少しだけ浮き上がってビームを全て飛び越えた。
勢いをそのままに向かってくるインパルス、迎撃に繰り出されたビームランスを紙一重でかわし、すれ違いざまのビームサーベルがアビスの首を刎ねる。着地したインパルスは一回転、さらにアビスの両太腿を切断。二回転、インパルスの回し蹴りがアビスを蹴り飛ばす。
 飛来するアビスの胴体を、ステラは思わずガイアで受け止める、マユの狙い通りに。ガイアに突撃するインパルスを空から見据え、スティングは胆を決めた。ガイアが攻撃された瞬間、諸共インパルスを撃ち抜くべく、ライフルを構え、ガンバレルを展開した。
 まさにその時、インパルスはカオスの方へ向き直り、アビスよりくすねたビームランスの投擲。狙い澄ました所を狙われたカオスによける間はなかった。
 オレを捨てろというアウルの叫びで、ステラは我に返る。ガイアはアビスの胴体を捨て、応戦の構えを見せるが遅く、インパルスの体当たりを許してしまう。少し距離をとり、変形してやり過ごそうとステラは考えたが、ガイア自身が変形を拒絶した。
 可変部分の、装甲の薄い部分に、インパルスの対MS用ナイフが滑り込んでいた。ステラが呆然としてガイアが止まった一瞬を逃さず、インパルスの蹴りはナイフをより奥深くへと捻り込み、ガイアは力なく膝をついた。そして、インパルスはウィンダムと向かい合う。

 ネオは、まだ動けるガイアを使って、アウルとスティングの回収をステラに命じた。ステラが了解すると同時に、ウィンダムはインパルスにビームを撃ち込んだ。インパルスは飛び上がり、バルカンで応戦した。頭上の兄妹の戦いを目の当たりにして、ステラは震えていた。
 バルカンを、ビームを、シールドで弾きながら、かわしながら、激しく、鋭く、中空を飛び交う二機のMS。ついに、バルカンの、ライフルの、弾が尽きた。二機、ほぼ同時に、一直線に、最高速度で突っ込んだ。
 インパルスとウィンダムはシールドを構えた状態でぶつかり合った。粉々に砕け散るシールド、その向こう側で、どちらもビームサーベルを構えていた。両者がくりだした突きは寸分たがわず重なり、サーベルの柄は爆ぜ、粒子の力に二機のMSは弾き飛ばされた。
 言われた通りにガーディ・ルーへアウルとスティングを届けたステラは、そこで全てを見、そのままガイアで飛び出した。


264 :マユ種のひと :2005/12/27(火) 13:23:34 ID:???
 大地に立つインパルス、マユは自分自身に苛立だった。インパルスはまだ戦えるのに、自分は何度も気絶しそうになって情けない、と。あと、ワン・アクション、次を成功させれば、誰も殺さずに追い払うことができる、とも思っていた。
 ウィンダムはビームサーベルを抜刀、決着のため、切り込んでくる。インパルスもまた密かに応戦の準備を整えていた。そこに割って入ったガイアは、ウィンダムを阻んだ。
 ステラは、マユには逃げるように言い、ネオには人を殺せなくなったと言った。ステラが助けに入ったことが信じられないマユ、一方のネオはステラの告白を静かに受け止めた。
 次の瞬間、ウィンダムの構えたビームサーベルの切っ先がガイアに向けられる。ガイアに抵抗はない。咄嗟に、インパルスは最後の武器であるナイフを投げつける。ウィンダムがナイフを弾く間にガイアを押しのけ、インパルスは拳を叩き込んだ。
 マユは何故ステラを殺そうとしたのかと怒りに震える。ネオもまた怒りに震え、エクステンデッドは兵器、人を殺せなくなった兵器の末路はマユにもわかるだろう。その答えはインパルスの鉄拳、最早、問答無用。それは、ネオも望むところだった。
 振るわれるウィンダムのサーベル。しかし、それはシールドの破片を握り込んでいたインパルスの右手に弾かれる。
 同時に密着、インパルスのバーニアは火を噴き、前に踏み出した右足が体を固定、インパルスの全身を前方へと押し出す力は、ウィンダムに触れた左手を通り、衝撃となってウィンダムを貫通した。その衝撃の通り道には、ネオのコックピットがあった。
 吹き飛んだウィンダム。左腕を突き出したままのインパルス。マユ、ネオ、どちらもボロボロだが、執念が二人の意識を繋ぎ止める。何としても、目の前のコイツは倒す。
 ネオに通信が入る。ザフトが動いたが故の撤退命令。逡巡するネオに、通信を代わったリーに、遅れれば本当に核を使わなければ突破できない状況になると説得され、ネオは折れた。
 引き上げるウィンダムと、離陸するガーディ・ルー。追おうとするインパルスを止めたのはガイア。兄妹で殺し合わないで、みんなを見逃してと懇願するステラに、マユの怒りも萎んでいった。
 そして、ここには傷つき、壊れた四機のガンダムだけが残った。

ネオ「あの時、お前を助けなければよかった」
マユ「‥‥‥私だって、あの時、死ねばよかったと、何万遍だって思ったよ」


16 :マユ種のひと :2006/01/03(火) 19:55:27 ID:???


第三十六話
 インパルスと共に、ミネルバに戻ったマユは目を白黒させていた。みんながマユを囲んで、口々に心配と歓喜の言葉を交互に並べていた。それは約束をすっぽかされた筈のレイやルナ達も同様だった。
 マユはすぐに現状を理解した。ミーアのコンサートで色めく中、敵と遭遇し、たった一機でこれを撃退。しかも、相手は因縁深きガンダム三機。それだけしか知らなければ、華々しい勝利以外、何物でもなかった。
 ちっとも嬉しくない。マユは、最悪、銃殺刑も覚悟して戻ってきた。それは捕虜を逃がしたことを打ち明ける覚悟があったから。そして‥‥。
 その時、ヒルダが肩を組み、そっと耳打ち。自分の手で決着をつけたいなんて意気込んでいたから心配していたが、まさか全員返り討ちとはやるじゃないか、安心しろ、お前が連中の呼び水に捕虜を連れ出したことは黙っておくから。
 ヒルダの勘違いに、マユの緊張の糸は切れ、ふっと意識がなくなった。マユは大声で叫びたかった、自分は行き場を失くした捕虜を一人殺したと、ステラを殺したと。

 プラント最高評議会。デュランダルの前で、他の議員達は盛んな議論を交わしていた。
 今、宇宙は混沌としている、連合は開戦当初から大規模なゲリラ戦を仕掛け、相手がコーディネーターであれば軍・民を問わない有様だ。
 ならば、もっと宇宙の戦力を増強させよう。地上ではちゃんと戦場を形成して戦っているというし、戦線も後退させて守りを固めているそうだ。これなら地上に回す分を減らして、宇宙を充実させられるだろう。地球の制宙権を握ることが最優先だ。
 それらの意見を受けて、デュランダルは口を開く。
 制宙権を握ることは大切だが、自分としては宇宙の混乱した状況をまずは収めたい。今すぐこの状況が収まるなら、形の上での敗戦もやむなしと考えている。
 具体的な方法を問われ、デュランダルは明確な答えを述べる。
 現在の地上の情勢で戦争の勝ち負けを決めたい。幸い、宇宙の現状を覆い隠すため、シンとラクスの活躍を中心に地上最前線の近況を大々的に喧伝してきた、国民も納得させやすい。あとはこちらで地上での決戦を設定、演出し、その結果で以てこの戦争を締める。
 そのように提示されたデュランダル案を中心に議論はより活発になった。

 コニールはその日、たくさんのお金を持って家に戻った。コニールの父親は、娘が大金を持っている理由を尋ねた。コニールは、マユに貰ったといい、また、これはきっとマユの全財産だろうと思った。

 画面越しにロゴスのメンバーと対面するジブリール。
 ロゴスのメンバーから。ミネルバを始めとしたザフトの戦力がオーブに向かっている。よって、オーブと協力してこれを打ち倒せ。これは戦後、プラント側から有利な条件を引き出すために必要になる。
 最後に、カガリ・ユラ・アスハの暗殺や、高い金をかけたデストロイとMA群のような失敗を繰り返さないようにとも言われた。そして、画面が消える。
 ジブリールは部屋の奥に控えていたネオに言った、君の妹には煮え湯を飲まされてばかりだ、と。しかし、ドレス姿の可憐なマユと、デストロイを屠る荒々しいインパルスを思い浮かべる彼は、言葉とは裏腹に恍惚の表情だった。
 ネオは自分が呼ばれた用件を尋ねる。ジブリールは嬉々として語る、エクステンデッド全体の安定度が着実に上がっている事実と、それに伴って計画を次の段階に進めることを。

 オーブへの航路を行くミネルバ。その格納庫で、マーズは遠目にマユの姿を見掛け、声を掛けた。マユは応じるものの、雑談さえ切り上げてインパルスの調整に戻った。マーズはマユの態度に、つい小言をもらす。
 その有様を見ていたヘルベルドは、マユはオーブの出で、恐らく次の作戦のことでナーバスになっている。自分が声を掛けた時もそうだったし、あの若い連中が声を掛けても同じ有様だった、と説明した。
 そう言われると、マーズは大人として納得しない訳にはいかなかった。


17 :マユ種のひと :2006/01/03(火) 20:00:05 ID:???

 プラント。ザフトのオーブ侵攻を前に、カガリは自らの無力を嘆く。その胸の内を、かつての仲間、ミリアリアに語る。だが、当のミリアリアは、誇張と美談に彩られたシン・アスカを報じる新聞を読んでゲラゲラ笑うミーアの相手をしていた。
 本音を無視されたカガリの怒りの矛先はミーアに向いた。尤も、ミーアは気だるい受け答えで、貴方は宇宙で一番暇なのだから、宇宙で一番忙しい自分の話題作りがてらの休養に協力しなきゃ、と。その一言で、カガリの我慢は振り切れた。
 二人の間に割って入るミリアリア、思うところは色々あるが、カガリが元気そうなのは嬉しく思った。

 レイとルナ、あからさまにマユの行き合いが悪くなった。メイリン、マユから人間味が薄くなっている気がした。ヴィーノとヨウラン、マユが一日中インパルスに篭もるのも珍しくなくって不安になった。そんな各人の思いを打ち明けながら、五人は艦長室を目指した。
 マユのことでタリアから呼び出しを受けた彼等は、約束の時間よりも早く部屋の前に。そこでは中のマユとタリアのやり取りが漏れて聞こえる。構わず中に入ろうとするレイをルナが止めたことで、一同、立ち聞きすることになった。
 タリアは、艦内で公然の秘密になっている捕虜の脱走幇助の真相について問う。マユは事実と認め、兄と戦い、その後にデストロイのパイロットを殺したと語った。
 すると、タリアは悲しげにつぶやく。ジブリールとタリアが会談した時、気絶したマユに駆け寄って必死になって介抱したのは、他でもない、そのデストロイのパイロットだったことを告げる。そして、マユに、もしかして友達を殺したのか、と重ねて尋ねた。
 マユはそれを認め、言葉を続ける。敵なら殺します、例え相手が友達でも、実の兄でも、命を助けてくれた人でも、生まれ故郷の人でも、誰でもです。命令された通りに殺します。自分は所詮、人殺しの道具でしかない。だから‥‥。
 言い終わらぬ内に、レイはノックもなく中に飛び込み、マユを思い切り殴り飛ばした。激しい怒りを顕にするレイを、ルナはなだめる。遅れてメイリン、ヴィーノ、ヨウランが入ってきた。
 場に全員揃ったのを確認して、タリアはマユに命令した。彼等に全てを話しなさい、マユがコーディネーターにされた仕打ちも含めて、全部。マユはきょとんとした。タリアは、デュランダルから全て聞いていたと告白し、一人部屋から出た。
 マユは悩む。そして。

 夜遅く。コニールは高いびきをかきながら眠っている。寝床にはもう一人、少女がいる。彼女は寝付けず、月を眺めていた。その少女とは、髪を茶色に染めたステラだった。

 疲れきったマユを部屋まで送るのを買って出たメイリンは、マユの部屋で泣き疲れ、そのままベッドで眠った。マユは部屋を出た、格納庫に向かう。途中、ヴィーノとヨウランを見る、夜の海にただひたすらバカヤローと叫んでいた。
 格納庫、コアスプレンダーの前で、レイとルナに会った。二人は、マユの話を聞いて、無性に見ておきたくなったという。マユは、何のご利益もないよ、と苦笑い。
 ルナは、ステラの生存を改めて問う。マユは肯定。そして、ハイネやオレンジ・ショルダーのみんなを忘れた訳ではない、と言った。ルナは何も言えなくなった。
 マユは語る。今まで、インパルスの中でなら死んでも良いなと思っていた。でも、ステラに、生きて帰って、そして一緒に暮らすことを約束して、だから絶対に死ねないと思った。それは生まれて初めての感情だから、変に気が張っていた。
 そう前置きして、マユは二人に、改めてよろしくと頭を下げた。レイは、そんなマユの頭を撫でた。

レイ「今更になって、やっと仲間を信じる気になったか」
マユ「そういう意地悪な言い方しないでよ」