112 :1/12:2005/09/11(日) 13:25:18 ID:???

CE71年6月15日、オノゴロ島――
オーブ連合首長国は、連合軍による攻撃を受けていた。
沖合いに居並ぶ戦艦。襲い来るストライクダガー。迎撃するM1アストレイ。
閃光と爆音が飛び交い、あちらこちらに火の手が挙がる。
オーブは、揺れていた。

そんな激しい混乱の中で。
山の中、港に向け避難する家族の姿があった。
先導する兄。幼い娘の手を引く母親。後ろを気にする父親。
眼下の港では、避難用の船に、一般市民が列を成して乗り込み始めていた。
さらに急ぐ一家。
と、栗色の髪の少女のポーチから、ピンク色の携帯電話が転がり落ちる。

転がり落ちる携帯電話を、取りに行こうと手を伸ばす少女。引き止める母親。
一家が足を止めた、まさにその頭上で――
白いガンダムが青い翼を広げて一旦停止し、すぐさま角度を変えて飛び去る。
そしてその直後、目も眩む光が、ガンダムのいた虚空を、そしてその先にいる家族を飲み込んで――


――オノゴロ上空。
遠景では、その爆発はありふれた戦場の光のひとつに過ぎない。
そこで起こった血しぶきも、悲鳴も、何もかも――戦っている者たちには、見えはしない。
あちこちで敵味方のMSが破壊され、爆発する。流れ弾が、山肌に着弾してクレーターを穿つ。
一家の頭上を通り過ぎたフリーダムは、足元の悲劇に気づきさえせず、激しい空中戦を繰り広げる――


113 :2/12:2005/09/11(日) 13:26:40 ID:???

2年後、再びオノゴロ島。
かつての惨劇の場は、復興の槌音響く再開発地域と化していた。
焼け野原が整地され、新たなビルが建つ。クレーターが埋められ、公園になる。
何機ものレイスタやワークスジンが、金属的な足音を立て作業に従事する。
戦場の傷は未だ癒えきってはいなかったが、順調に進む復興に、人々には笑顔が戻りつつあった。

そんな工事現場のひとつで――1機の作業用MS、ワークスジンが、黙々と作業をしていた。
貯水槽らしき大きなタンクを抱え挙げ、ドシン、ドシンと工区内を歩く。
と、そこに入る一つの通信。

『おーい嬢ちゃん。ストップ、ストップ!』
『え? あたし、何かミスしましたか?』

ノイズ交じりの中年男の怒鳴り声に、同じくノイズ交じりの少女の声が答える。
貯水槽を抱えたまま、ワークスジンが困惑したように振り返る。

『あー、違う違う。
 嬢ちゃんのせいじゃねぇが、なんでもこの後に使う資材が届いてないんだとよ。
 今それ運んでも、中途半端になっちまう。だからとりあえず、作業中止だ』
『いつ頃届くんですかぁ?』
『午後になるって話だ。だから嬢ちゃんは上がってくれていい、ちと早いが昼休みだ』
『わっかりましたー!』

元気のいい返事と共に、ジンのコクピットが開き――まだあどけなさの残る少女が顔を出す。
後ろでひとつ束ねた栗色の髪。Tシャツにサスペンダー付のデニムジーンズ。
何故か右手だけ、肘上まで覆う長い白手袋。
太陽の下、にっこりと笑う。


        マユ――隻腕の少女

       第一話 『長手袋の少女』



114 :3/12:2005/09/11(日) 13:27:32 ID:???

「午後からは普通に作業あるからなー! ちゃんと帰ってこいよー!」
「はーい、分かってますよー、マードックさん!」

背中にダミ声を浴びつつ、少女はマウンテンバイクで作業場を飛び出す。
ジグザクに漕ぎながら、ダンプカーを避け、レイスタ(作業用アストレイ)の股をくぐり抜け。
眩しいくらいの陽射しの中、復興工事の続く再開発地区を出て、買い物客で賑わう旧市街区域に入る。
ウィンドウショッピングを楽しむ人々の間を擦り抜けるように、自転車を走らせる。
平和な街の、日常の光景。
街中でダダを捏ねる幼い子供、叱る親。親子連れに視線を止めた少女の表情が、少し寂しそうに歪む。

『……続いて、アーモリーワンで起きた襲撃事件の続報です。
 この事件の際、現場に居合わせたオーブ政府の特使が行方不明になっており……』

街頭の大型モニターには、エンドレスで流される遠方のニュース。
大画面にはコロニーを揺るがす激しい戦闘が映っていたが、見上げる市民の表情は完全に他人事。
少女も少し足を止めて映像を眺めていたが、興味も薄そうに再びペダルを漕ぎ出す。

少女の自転車がその場を去っても、構わず報道映像は続く。感情の篭らぬ、単調なアナウンサーの声。
ノイズ交じりの映像の向こうに映るのは、『ガンダム』たちの姿。
『カオス』『ガイア』『アビス』、そして……『インパルス』。
平和を甘受するオーブの人々を、画面越しにツインアイが睨みつける――

街を抜け、緑豊かな山道に入る。溢れんばかりの自然。
潮風薫る海沿いの、断崖絶壁の上に通された坂道を、少女は立ち漕ぎで上っていく。
額に健康的な汗が滲む。少女の横を、車やトラックが何台も通り過ぎる。
少し振り返れば、眼下には海に面した立派な街。さっきまで働いていた再開発区域も見える。
さらにその向こうには、大きく弧を描いて天を指すマスドライバーも。
やがて――岬の上に立つ一軒の屋敷が視界に入る。少女の目的地。
立派な作りのその門を、少女はマウンテンバイクを押しながらくぐる。


115 :4/12:2005/09/11(日) 13:28:50 ID:???

「たっだいまーッ! ……って、おっといけない」
「ちと最近、南米から豆が入ってこなくねぇ。これも独立戦争の影響かね……」

勢いよく帰宅を告げようとした少女は、部屋の中、電話している男の様子に慌てて口をつぐむ。
片目の潰れたその男は、視線だけ少女に向けて微笑むと、再び電話に集中する。
少女は静かに椅子に腰掛け、男の商談が終わるのを待つ。

「……ああ、『バナディーヤブレンド』は俺もイチオシの商品だからな。
 じゃ、手に入り次第また連絡する。いつもありがとさん」

電話を終え、男は受話器を置くと椅子ごとクルリと少女に向き直る。

「ごめんねアンディ。お仕事邪魔しちゃった?」
「いや、構わんよ。どうせ半分遊びみたいな仕事だ。それよりマユ、今日はもう終わりかね?」
「なんかね、また資材の搬入が遅れてるんだって。だからちょっと休憩」
「最近多いねぇ。こっちもコーヒー豆の入荷が滞ってるようだしな――」

娘ほどにも見える少女に答えながら、アンディと呼ばれた男はコーヒーを入れ始める。
サイフォンがゴポゴポと音を立てる。少女はテーブルに肘をつき、その様子を飽きもせずに眺めている。

と、別の扉から、若い女性が顔を出す。

「あらマユちゃん。もうお休みー?」
「いえ、また午後から。マリアはモルゲンレーテ行かなくていいの?」
「あたしも今日は午後からよ。造船課は今ちょっとヒマでねー。大きい仕事終わったばかりだから」

マリアと呼ばれた女性は、くつろいだ格好で豊かな胸元にロケットを揺らしつつ、マユの隣の椅子に座る。
母と子、と呼ぶにはいささか年齢の近い2人の前に、湯気を立てるマグカップが一つずつ置かれる。

「このブレンドは販売も検討している新作でね――是非お嬢様方の忌憚のないご意見をお聞きしたい」
「アンディ、ミルクちょーだい。あと砂糖も入れるー」
「あぁ、こら! いきなり混ぜものをする奴があるか、まずは薫りを楽しんでから……」
「いいじゃないの。まだマユちゃんにはブラックは早いわ。あ、わたしにもミルク頂戴」
「くぅ〜、嘆かわしい! 君たちには大地の生み出した芸術品、コーヒー豆に対する尊敬の念が足りん!」

大げさな身振りで嘆いてみせる男、呆れつつも笑って見ている2人。
奇妙な距離感を保ちつつ、温かみのある擬似家族の団欒――

116 :5/12:2005/09/11(日) 13:29:42 ID:???

団欒の光景を窓の外に引けば、重厚な造りが美しい大きな屋敷。
さらに引けば、緑の木々に彩られた絶景の岬。
もう少し引けば、繁栄を取り戻しつつある市街も画面に入る。
戦争の傷跡ももう見えぬオノゴロ島の全景。
青い海に散りばめられたエメラルドのような群島、オーブ連合首長国。
国境など引かれていない、ありのままの島々と大陸の輪郭。
薄く雲のかかる、青く美しい地球――

そして遠くに地球を望む、星の海の中――
巨大な浮遊物の上から、地上を見下ろす影があった。
赤く禍々しいモノアイ。角が突き出したような頭部。増設された装甲とスラスター。
サムライブレードを腰に下げたそのMSは、ジン・ハイマニューバ2型。

「……偽りの平和を貪る偽善者どもめ。我らの怒りと悲しみ、忘れさせてなるものか。
 あと少し、あと少しで……我らの宿願、叶う時が来る」

彼が立つのは、復興などあり得ぬ凍てついた街。空気も重力もない死の廃墟。
前大戦の緒戦で滅びた人工の大地、ユニウス・セブン。
その上に立った黒いジンが、遥か遠く、蒼く輝く地球を睨み付けている。

「まずは……地上の同志たちよ。
 済まぬが我らの露払いとして、先に逝ってくれたまえ――
 我々も、遠からず諸君らの所に向かおうぞ! この嘆きの大地と共に!」

顔に疵持つ男の叫びに呼応するように、その背後で十数のモノアイが輝く。
そう、既に宇宙では仮初めの平和は破られ、止まっていた時が今再び動き出さんとしていた――


117 :6/12:2005/09/11(日) 13:31:01 ID:???
昼食も終わり。
マユは自分の部屋のベッドに、布団も被らず横になっていた。厚いカーテンの隙間から陽光が差し込む。
チラリと時計を見て、嫌々起き上がる。体の右半身は見えない。憂鬱そうな横顔。
一緒にベッドに横たわっていた、白い棒状のものを左手でとりあげ――
暗い部屋にカチャカチャと、何か留め金を留めるような音が響く。
白い手袋に包まれた右手が掲げられ、確かめるように何度か開いたり閉じたりする。

マユは出かける前に、再びリビングを覗く。マリアとアンディは何やら楽しそうに談笑している。

「……あたし、そろそろ行くけど……マリアさんは?」
「あっ、いけない! もうこんな時間!」

オートバイのヘルメットを片手に、急いで立ち上がるマリア。アンディは名残惜しそうな表情。
それを見ていたマユは、ボソッと一言。

「……アンディとマリアってさ。……結婚、しないの?」
「えっ!?」「いぃっ!?」
マユの唐突な問いに、2人は驚いて顔を見合わせる。そして赤面。

「いや、あのねマユちゃん、わ、私たち、そもそもそういう関係じゃないし……」
「まあそのアレだ、大人には色々と事情というものがあってだな……」

見るからに動揺しつつも必死で否定する二人に、マユは肩を竦めた。慌てる素振りや表情まで似てきている。
マユは2人から視線を逸らすと、リビングの隅、棚の上にある2つの写真立てに目をやる。

  片方は、マリアと金髪の男。背景はどこかの艦内だろうか。2人とも連合軍の制服を着て、笑っている。
  片方は、アンディと黒髪の女。ぴったりした服の女が、ザフト制服を着崩した彼に寄り添い、微笑んでいる。

なおもアウアウと言い訳を続ける2人をその場に残し、マユは家を出る。
自転車に跨ろうとして、ふと思い出したように懐からピンクの携帯電話を取り出し、ある写真を表示する。

  黒髪の少年が今よりも幼い顔つきのマユとじゃれあって、舞い散る紅葉の下、笑っている。

「……右手、痛いな……。また、ピリピリしてる……」

マリアやアンディと居る時とは、対照的な暗い顔で。
マユは携帯電話を仕舞い右腕を一撫ですると、自転車に跨り、のろのろと坂を降り始める。

118 :7/12:2005/09/11(日) 13:32:03 ID:???

ゴポリ……。海の中で、水音。

マユのマウンテンバイクが、海辺の下り坂の途中でバイクに追い抜かれる。
片手を挙げ「おっ先〜♪」というマリアの声に、マユは必死の形相で自転車を漕ぎ始める。
しかし自転車でバイクに追いつけるはずもなく。見る見る離され、少女はガックリと肩を落とす。

そんな、平和な光景も――視線を、真下に移していけば。
断崖絶壁の岩場の下、穏やかに波打つ海面のさらに下。
密かに海中を、動く影。その数、実に十数体。
暗い水の中、モノアイが点灯する……。


オーブ軍の監視所に、突然警報が鳴り響く。
ウトウトしていた監視兵は、ねぼけ眼を擦り、その詳細をチェックする。
「なんだぁ……海中センサーに反応?!
 って、何でこの距離まで入り込まれてるんだよ!?」


マユの自転車が、さっき登っていった道を逆戻りする。
平和な市街。人々の笑い声。大道芸人が道の真ん中で様々な芸を披露する。
マユの表情も、思わず和らぐ。誰もこの平和が乱されるなどと思ってもいない。
自転車はそのまま、再開発地区の方へ――


国防本部に、監視所から一報が入る。
「……水中にMSらしきアンノウン多数だと!? いったいどこから!?」
「至急、行政府に連絡しろ! 指示を仰げ!」
「M1部隊を急がせろ! ムラサメもすぐに発進だ!」
「アンノウンの確認急げ! どこに向かってる!?」

管制室に、報告と指示の叫びが乱れ飛ぶ。
既に臨戦態勢には入っていたが、2年ぶりの実戦、しかも敵の目的も狙いも不明。混乱は避けられない。

「市民への通知や避難指示は、どうしますか?!」
「まだアンノウンの目標も分からん、それに……」
将校はモニターを見上げ、苦々しげにつぶやいた。

「もし、今すぐ攻撃されたりしたら――とても全市民の避難など、間に合わん……!」

握り締められた手に汗が滲む。
モニタ上の光点は、刻一刻とオノゴロ島に接近してくる――

119 :8/12:2005/09/11(日) 13:33:00 ID:???
自転車が工事現場に滑り込み、急ブレーキ。少女は身軽に飛び降りて、仕事場に駆け込む。

「すいませーん、少し遅れましたー!」
「ばッかやろゥ! もう作業始めてるぞ、さっさとしろ!」
「はーい、すぐにジンで出まーす」
「全く、かん……じゃなかった、マリアさんの頼みだからバイトさせてやってるのに。
 もし使えないようなら、誤魔化してやってる年齢バラして、容赦なく蹴り出すからなー!」

背中を追いかけるマードックの罵声も馬耳東風。マユは笑顔のまま、自分のジンに乗り込んだ。


――それは、何の前触れもなく。
突如、その頭上を、轟音と共に影が通り過ぎる。

「何!?」「何だ!?」
「軍の訓練か!?」

マードックも作業員も、ジンに乗り込みかけたマユも、みな頭上を見上げる。
そこには――建設中のビルを掠めんばかりに飛ぶ、シュライク装備型M1アストレイの編隊。
そしてその先頭の一機が洋上に出たところで――爆発する。
波の合間から放たれた数条の閃光が、M1に襲い掛かったのだ。
海面から、ニュッと海坊主のように顔を出す、丸い頭――

「な、なんだありゃぁ!?」
「ザフト軍の……水陸両用MS!?」

一気にジャンプし、次々に水中から飛び出してたのは、可変式の水陸両用MS、アッシュ。
それは、周囲の巻き添えも何も気にすることなく、ビームとミサイルを乱射して――
マユたちの日常が、一瞬にして戦場に塗り変わる。


――戦闘が始まったのは、再開発地区だけではなかった。
人々が集まり賑わいを見せる旧市街の上空でも――
街から離れた、岬の上に立つ屋敷のすぐ近くでも――
再建されたばかりの、オーブが誇るマスドライバーの傍でも――
オーブ軍と、謎のアッシュ部隊との交戦が始まっていた。
アッシュの数は決して多くはなかったが、なにぶん深く侵入され、また広く分散している。
どれが陽動でどれが本命か判断つきかね、また市街や市民への被害を恐れ、オーブ軍の対応は遅れていた。

120 :9/12:2005/09/11(日) 13:34:45 ID:???

――その報告を、一人の青年と一人の老人が、行政府の中心で聞いていた。
複数の場所の映像が、壁面を埋め尽くすモニタに同時に映し出される。

「……だからボクは言ったんだよ。コーディネーターなんて信用ならない、ってね。
 カガリはバカさ。わざわざプラントまで行って連中のご機嫌取ったって、これだもの」
「で、この事態、どうするつもりだ、ユウナ?」
「どうもこうも、戦うしかないでしょ、父上」

青年は肩をすくめると、芝居がかかった口調で部下たちに言い放つ。

「カガリがお忍びでプラントに出発する時、後を頼まれたのはこのボクだ。
 首長代理ユウナ・ロマ・セイランの名で全軍に通達。侵入者たちをさっさと排除しろ、ってね。
 街ならいくら壊れても再建できるけど、マスドライバーや軍の施設は面倒だからな。
 そっちの方を重点的に守るよう、指示しておいて」
「しかし、それでは市民の被害が――」

躊躇う部下に、青年は薄ら笑いさえ浮かべ、平然と応える。

「仕方ないさ。長期的なオーブの国益を考えたら、優先順位は明らかだよ。
 もし犠牲者が出たら、TVの前で涙でも流して、遺憾の意でも表明してやるさ♪」

そしてユウナは、誰にも聞こえぬ声で付け加えた。口元だけを自嘲的に歪めて。

「それに――ボクの仕事は、市民に嫌われることでね。
 たとえ蛇蝎の如く嫌われようと、この国を、カガリを守り抜くのが、ボクの使命――」


一方、岬の上の屋敷の中――
マユに『アンディ』と呼ばれていた男もまた、地下室らしき部屋で複数のモニタに向き合っていた。
そこに映し出される映像は、まさにユウナが見ていたのと同じもの。オーブ軍の展開の様子も映る。
男は苦虫を噛み潰したような表情で、立ち上がる。ギリッ、と右膝が不快な金属音を放つ。

「『アレ』を使わざるを得んかな。
 しかし――果たして俺に乗りこなせるかどうか」

屋敷の門に、一台のバイクが滑り込む。甲高い音を立てて急停止。
フルフェイスヘルメットを外したその顔は――マユに『マリア』と呼ばれていた彼女。
急ぎ引き返してきた彼女は、こちらも厳しい表情で、屋敷の中に駆け込んでいく。

121 :10/12:2005/09/11(日) 13:36:19 ID:???
マユのいる工事現場は、半ばパニックになっていた。
次々に持ち場を放棄して逃げ出す作業員たち。しかし再開発地区にシェルターは少ない。
逃げ場を捜し求め、右往左往する。
さほど遠くもないところで、上陸し始めたアッシュとM1アストレイが戦闘をしている。
双方のビームの流れ弾が建設中のビルを掠め、さらなる混乱を招く。

そんな中――マユはジンに乗ったまま、その戦闘を眺めていた。逃げ出す素振りも見せない。

「おい嬢ちゃん! さっさと避難するぞ!」

足元からマードックの怒鳴り声が聞こえるが、マユは動かない。
いや――奇妙に醒めた、微妙に焦点の合わぬ目で、戦闘の様子を観察し。

「……動かないで!」

一言叫ぶと、コクピットハッチを閉じる。そのままワークスジンが身構えて。
世界が、スローモーションのようにゆっくりと動く。

 アッシュにコクピットを貫かれたM1アストレイが、上空でコントロールを失って――
 片翼のシュライクでフラフラと、歪んだ螺旋軌道を描いてマードックたちの頭上に迫り――
 まるでその不規則な軌道を読み切っていたかのように、ワークスジンがM1を蹴り飛ばし――
 間一髪、M1は誰もいない工区の片隅に叩き込まれ――爆発する。

一瞬の間に行われた、的確過ぎる反応。武道の達人のような動き。
唖然とするマードックたちに、マユはスピーカー越しに叫ぶ。

『マードックさんたちは、早く逃げて!』
「逃げろって、嬢ちゃんはどうするんだ!」
『あたしは……放っておけない! こんなの黙って見てられないよ!』
「あ、おい、待てって!」

マードックの制止の言葉も聞かず、ワークスジンはスラスターを吹かし戦場に飛び出していく。
残された彼は、その場で頭を抱え込む。

「ああもう、あの子に何かあったら、『艦長』にどう言い訳すりゃいいんだよ!」

122 :11/13:2005/09/11(日) 13:37:18 ID:???

「「3、2、1!」」

どこか軍事基地を思わせる、硬質な雰囲気の部屋の中――
マリアとアンディの声が、唱和する。
巨大な扉の両端で、掛け声に合わせて鍵が回される。
何かが噛み合うような音が響き、音を立てて扉が開いていく。

「――でも、これを使ってしまって良いのかしら」
「――まあ、俺たちだけの判断で開けていいものかどうか、迷うがね」

扉の奥に鎮座する巨大な影を見上げながら、二人は躊躇いの言葉を口にする。

「だが、この国の姫様も、ウチの歌姫も。こういう時のためにコレを用意してたんだからな」
「そう……でしたわね。彼女たちと連絡がつかない以上、仕方ないのかも――」

と、その時。大きな音と共に、二人のいる部屋にも振動が走る。近くに大重量が着地したような衝撃。
二人は顔を見合わせると、扉の向こう側――まるで何かの工場のような区画に、急ぎ入っていった。


同時刻――
屋敷にめり込むように落下し、煙を上げていたのは――首を失ったマユのワークスジンだった。
コクピットハッチが開き、転がるように少女が降りてくる。

「参ったなぁ、家を守るつもりで来たのに、逆に壊しちゃった」

壊した石壁を見上げ、大きく溜息をつくマユ。しかしその口調には、あまり悲壮感も恐怖心もない。
ジンと建物の被害は少なくないというのに、マユ自身は怪我ひとつしていないようだった。
と、そこに、大きく重いモノが着地する音と振動が響く。

「やば、あいつら来ちゃった!?」

慌てて少女は、破れた壁の隙間から室内に逃げ込む。
放棄されたジンの上に巨大な影がさし、モノアイが光る。
鎌のような鉤爪の間に挟まれていたのは、ワークスジンのもぎ取られた頭部。
――これで、アッシュの顔面にジンの足跡が残ってさえいなければ、さぞかし怖い構図だったに違いない。

123 :12/13:2005/09/11(日) 13:38:41 ID:???

「確か、地下の一番奥がシェルターって言ってたよね……
 二人とも、ちゃんと避難してくれてればいいんだけど……」

二人の安否を心配しつつ、マユは入り組んだ屋敷の廊下を駆ける。
工事現場を飛び出したところで、岬の上の屋敷に迫るアッシュの姿を見つけ。
思わず駆けつけ蹴り飛ばしたまではいいが、武装のない旧式MSで最新鋭MSに勝てるはずもなく。
いやむしろ、首を飛ばされただけで脱出できていること自体、驚愕すべきことだった。

マユは階段を駆け下り、地下に入る。
そこは――クラシカルで優雅な地上部分とは対照的な、冷たく機能的な通路。
まるで宇宙船の艦内のような、直線的で装飾のない機械的な空間。
雰囲気の変化に驚きもせず、少女は通路を駆ける。

先程アンディがいた、モニターが沢山ある情報処理室。
ゲームセンターの体感マシンのような、MSシミュレーター。
小さいけれども充実した、射撃訓練場。
民間人の邸宅にはおよそ相応しからぬ数々の部屋を、少女は振り返りもせずに通り過ぎる。

上ではまだアッシュが暴れているのか、時折衝撃と共に天井からパラパラと破片が舞い落ちる。
通路の行き止まりには、小さなエレベーター。
赤いボタンを叩いて扉を開けると、マユはそれに飛び乗った。


辿り着いたところは――広く、ガランとした空虚な部屋。
人の気配はなく、ただ反対側の壁面に巨大な扉。その両脇には、それぞれ鍵の刺さったコントロールパネル。
扉は今や大きく口を開けており、さらに広い空間と繋がっているようだった。

「アンディ……? マリア……? どこにいるの……?」

流石に不安そうな様子を隠せず、恐る恐る暗がりに呼びかけるマユ。
キョロキョロと周囲を見回しながら、扉の向こうに広がる闇に足を踏み入れる。

124 :13/13:2005/09/11(日) 13:39:30 ID:???

カッ。カカッ。
唐突に、乾いた音を響かせ照明が点灯し――薄暗い空間が、眩しいほどの光に満たされる。

「ま、マユちゃん!?」
「マユ!? 何でここに!?」

光に照らされた少女の姿に、部屋の隅で作業していたマリアとアンディが驚きの声を上げる。
だが――マユは応えない。応えられない。
その眼は見開かれ、視線は眼前に立つモノに釘付けで。
ふるふると震える唇から、絞り出すような声が漏れる。

「な……なんで……」

見間違えるはずもない。忘れられるはずもない。
2年前の「あの日」の記憶が、マユの脳裏にフラッシュバックする。

 逃げる一家、飛んでくる流れ弾、無惨な死体、遠くに転がる小さな手。
 頭上を飛び去る、10枚の翼を広げたシルエット――!

マユの左手が自分の右腕を握り締め、凄まじいまでの力が込められる。
少女の爪が白い手袋を破き、金属光沢を放つ素肌が露になる。

「なんで……これが……」

涙さえ浮かべてキッと睨みつけたのは、『ガンダム』の顔。
4本のシャープなアンテナ。バランスの良い体格。背中に畳まれた巨大な翼。
灰色一色のディアクティブモードでも分かる、独特の姿形。
それは間違いなく、前大戦末期にザフトで開発され、三隻同盟軍で獅子奮迅の働きをした――
ZGMF−X10A、フリーダム。

「どうして……こんなものがここにあるのよッ!!!」

少女の絶叫が、屋敷の地下の格納庫にこだまする――


                    第二話 『蒼き翼の天使』 に続く