43 :隻腕10話(01/18):2005/10/14(金) 13:09:35 ID:???

宇宙の虚空に浮かぶ、巨大な構造物『プラント』――
フラスコ型の器の中には、緑豊かな美しい人工の大地。
真ん中を貫くメインシャフトを取り巻いて、木々が生い茂り、水は巡り。
人々の生活が息づく、そこは確かに1つの世界。

その、プラントの中心。首都アプリリウス市。
最高評議会議長の執務室で――1人の青年が、議長ギルバート・デュランダルと向き合っていた。
ソファに腰掛ける2人の間、ガラス張りのテーブルの上には――大振りなサングラスと、付け髭。

「まさか、キミがあの『アスラン』だったとはね。正直驚いたよ、アレックス君。
 いや――もう本名で呼んだ方がいいのかな、アスラン君?」
「どちらでも、お好きなように。しかし、議長もお気づきだったのではないですか?」
「さて……ね。それこそ、どちらでも良いことだろう。
 ま、気付いていようといまいと――私はそんなことを詮索して喜ぶ性格ではないよ。
 本人から直接打ち明けられれば、別だがね」

そう、議長と向き合っていたのは、アスラン・ザラ。2年前、終戦と共にプラントから姿を消した英雄。
そして同時に――つい先日、オーブの代表首長カガリの護衛として同行した、アレックス・ディノでもあった。
今は『アレックス』の付けていたサングラスと髭が外され、『アスラン』の素顔が明らかになっている。

「で――用件は何かね。こう言ってはなんだが、連合が宣戦布告をし、オーブが同盟参加を表明した今。
 オーブという国と交渉できるような余地も、交渉せねばならぬ用件もないと思うのだが」
「おっしゃる通りです、議長」

議長の言葉に、青年の顔が歪む。
出立の前、ユウナ・ロマ・セイランが予測した通り――いや、その予測以上に、事態は厳しいものとなっていた。
彼がシャトルで移動している間に、連合は対プラント戦争の再開を宣言し。
オーブは、外圧に屈して連合との同盟に調印していた。
しかもあろうことか、連合からの要請に従い、オーブは一個艦隊を差し出すという――

「国を出る時、わたしはかなりの裁量権を認められ、大概のことは追認してもらえる約束で特使となりました。
 しかしこうなってしまった以上、『オーブの特使』としてできることは、ほとんどないと思います。
 だから、これからお願いすることは――『オーブのアレックス・ディノ』としての言葉ではありません」
「ほぅ」
「パトリック・ザラの息子、元・赤服のエースパイロット、『アスラン・ザラ』として、お願いします。
 今後、戦況がどう推移しようとも――オーブ連合首長国を直接攻撃することだけは、やめて頂きたい」
「――ふむ」

あまりにも無茶な要請。あまりにも自分勝手な言い分。
いくらなんでも、一個人が国家に『お願い』するには大きすぎる話。
しかし議長は怒りもせずに――それどころか、どこか楽しそうな表情で。

「――して、そのお願いの代償として、キミは一体何を差し出せるのかな?」
「『アスラン・ザラ』を」


44 :隻腕10話(02/18):2005/10/14(金) 13:11:03 ID:???

青年は――はっきりと言い切る。議長を見つめる、その瞳の奥には強い意思。

「このわたし、『アスラン・ザラ』を、どのようにお使い頂いても結構です。
 『オーブを攻めよ』という言葉以外なら、議長のどんな命令にでも従う覚悟です。
 自分で言うのもどうかと思いますが――わたしのこの名前と戦闘能力、決して無価値ではないかと」
「…………」
「……議長!」

議長は黙って立ち上がり、背を向ける。
アスランは半ば腰を浮かし、声を上げる。
しばらく間を置いて、デュランダルは静かに答える。

「……少し、考えさせてもらえないかな。即答するには、あまりに急な話だからね」



――アスラン・ザラはその場を辞し、ギルバート・デュランダルは1人執務室に取り残される。
青年が去るまで、背を向けたままだった彼は……やがて、肩を震わせ始める。
堪えきれずに、笑い出す。

「……クククッ……ハハハッ……ハッハッハッハッハ!
 全く、なんてことだ。全く、なんて巡り合わせだ!」

長い黒髪を揺らし、なおもデュランダルは笑う。

「アレックス君、いやアスラン――お願いしたいのは、むしろこっちの方だよ。願ってもない申し出だ。
 いやはや……これぞまさにカモネギというやつかな? 実に良いタイミングで来てくれたものだ」

そして議長は執務室の受話器を取ると、どこかに連絡を取る。

「デュランダルだ。例の、開発が遅れてたMSだがね。今から仕様変更することはできるかね?
 ……いや、ちょっとでいい。機体色を……にして、頭部ユニットを……風にするだけだ。
 地上に運ぶ必要もない。こちらの工房に置いておけばよい。大至急、取り掛かってくれ。
 ん? ああそうか、新型を約束したハイネには――どうするかな。
 そうだ、この間テストの終った量産試験機があったろう。あれを彼の色に塗り替えて、送ってやれ。
 多少見劣りはするが、十分戦える新型だしね――」

策謀を巡らすデュランダル。暗い執務室の中、机上に置かれたガラスのチェスピースが、キラリと光る――


              マユ ――隻腕の少女――

             第十話 『緋色の剣(つるぎ)』


45 :隻腕10話(03/18):2005/10/14(金) 13:12:08 ID:???

青空の下――2機のMSが、激しく飛びまわりながら切り結んでいた。
片方は、蒼い翼の白いMS、フリーダム。
片方は――紅い身体のMS、ストライクルージュ。
目の回るようなスピードで飛び回りながら、互いに有利な位置を奪い合い、斬りつけ合う。

「……流石に速いなッ!」
「スピードならコッチが上なのに……上手いッ!」

速力に勝るのはフリーダム。しかしストライクルージュは上手く身体を捻って背後を取らせない。
改良されたエールの推力でフリーダムから逃げ、時に地面さえをも盾にして有利なポジションを取る。

やがて、焦れたのか――フリーダムは、地面スレスレの位置にいたルージュに向け、真正面から突進する。
咄嗟に大地に両足をつき、盾を構えるストライクルージュ。
ルージュもまたビームサーベルを振り上げて――互いの光の剣が、互いの盾に叩きつけられる。激しい閃光。

「……まだまだッ!」
「なにッ!?」

一瞬の均衡、しかしそれを破ったのは――両機の盾の隙間から飛び出した、1本の足。
フリーダムの鋭い蹴りを腹部に受け、ストライクルージュは後方に吹き飛ぶ。
その勢いで、ルージュの手からビームサーベルがこぼれ落ち。
尻餅をつくような格好で地面に倒れ、重たいエールパックの突端が地面に刺さって動けなくなる。

「もらったッ!!」

マユは絶叫し――サーベルを逆手に持ち替え、倒れた相手に襲い掛かる。
勝利を確信し、思わず笑みが浮かぶ。
――が。その眼前を、素早く紅い影が跳び去って――

「甘いッ!!」

フリーダムがビームサーベルを振り下ろしたそこに、ルージュの姿はなく――
残されていたのは、左右のサーベルの柄を欠いたエールパックだけ。フリーダムの剣は空しく地面に刺さる。
慌てて振り向いた、その眼前で――

「――チェックメイト。わたしの勝ちだな、マユ!」

バックパックを捨て身軽になったルージュ。刃を出さずに、柄だけをフリーダムの胸元に突きつけていた。
先ほど手元から飛ばされたビームサーベルではなく――咄嗟に抜いていた、予備の1本。
フリーダムの、完敗だった。


46 :隻腕10話(04/18):2005/10/14(金) 13:13:18 ID:???

「……ズルいよ、カガリ。ストライカー排除なんて、やっていいなんて聞いてないよ」
「ズルくない! ルール違反なら、お前の蹴りの方が反則だ! サーベルだけって約束だったろ?!」
「むぅ〜〜ッ」

模擬戦が終って。
それぞれの愛機から降りた2人は、ヘルメットを取る。もうすっかり仲良しだ。
勝者のカガリは満面の笑み。負けたマユは頬を膨らます。

「それにしてもお前、よくフリーダムなんか乗りこなせるなぁ。飛び道具ありなら勝てる気がしないよ」
「ん〜、あたしも『ビームサーベルだけで』って縛りがなきゃ、もっとなんとかなったと思う」
「でもさ、接近戦もできなきゃ、いざという時困るぞ? 蹴りばっかりじゃぁさ」
「なんか足の方が先に出ちゃうんだよね。ライフルから持ち換えるのが面倒で」

そう、この模擬戦。
比較的接近戦が苦手なマユの特訓に、カガリが付き合ったものだった。この国家元首、案外腕はいい。
派遣艦隊の編成にかかる時間を利用しての、実戦的な訓練。いささか泥縄な努力だが、2人とも遊びではない。
格納庫に運び込まれるルージュとフリーダムを見送ると、マユとカガリは軍の訓練施設の中に入る。
連れ立って入ったのは、女性パイロット用の更衣室。

「……戦争に、なるんだね」
「……ああ、そうだな。マユももっと頑張れよ? 実戦なら今ので死んでるぞ」

パイロットスーツを脱ぎながらの雑談。話題はやはり戦争の事で――自然と2人の顔も暗くなる。
暗くなるが、しかしマユもカガリも、その空気を明るくしようと努める。ちょっと無理やりな笑み。

「これが実戦だったら、サーベルに拘らないで、バラエーナ撃ってカガリの方が死んでますよー、だ!」
「お、言ったなぁ。それなら、その前にムラサメ隊が襲い掛かって、マユが倒されてるさ♪」
「あー、援軍出すの禁止ーッ!」

子供っぽい言い争い。幼稚な仮想戦闘を繰り広げながら、2人は備え付けのシャワー室へ。
マユは自分の右手をカチャリと外し、ゴトリとベンチに置く。左手一本で、器用にタオルを巻きつける。

「……………」
「……? どうしたマユ、急に黙っちゃって」
「カガリって……案外胸おっきいね」

仕切り板越しにじぃっと見つめる少女。その視線に、思わずカガリも赤面する。
慌てて自分の胸を抱いて隠す。


47 :隻腕10話(05/18):2005/10/14(金) 13:14:10 ID:???

「ばッ……バカッ、何を言って……!」
「あたしもそれくらい欲しいなぁ。やっぱ揉んでもらうと大きくなるの?」
「ん〜、確かにちょっと大きくなったかなぁ……って、何を言わせるんだよ、オイ!」

墓穴を掘ってしまい、ますます顔を赤くするカガリ。
マユは構わず、シャンプーを泡立てながら質問を重ねる。

「やっぱりあの、『アレックス』って人?」
「………ああ」
「あの変なヒゲさえなきゃ、結構かっこいいしね。ユウナが勝てるわけないよねぇ」
「……………」
「あ、勘違いしないで。別にカガリを責めてるわけじゃないから。
 どうせ、あのハゲオヤジが勝手に進めた話でしょ、婚約なんて?」

どうやらマユは、五大氏族の婚姻のルールなどについては、詳しく知らされていないようで。
しかし当たらずとも遠からずな、その推測。カガリはあえて誤解を解くことを諦めた。ただ黙殺する。
マユは泡を流し去り、シャワーを止めて髪を拭く。

「……でもさ、アレックスって何者なの?」
「何者、って?」
「なんか、妙に存在感あるって言うか。只者じゃない雰囲気あるよ?
 なんでボディーガードなんてやってるの? 他にもやれることあるんじゃない、あの人って?」
「…………」

こちらもシャワーを止めたカガリは、言葉に迷う。
迷ったが……マユの直感の鋭さに、嘘をついても仕方ない、と諦める。喋れる範囲で正直に話す。

「アイツは……不器用な奴、さ。
 優秀なんだけど、そんな自分をどう使えばいいか分からずに戸惑ってる……そういう奴さ。
 その一方で、優しすぎて気を使いすぎて、自縄自縛って言うか。ま、一言で言ってしまえば……」
「一言で言えば?」
「ただのバカ、だな」

あまりにもあんまりな、その結論。
しかし、そう言い放ったカガリの表情は、言葉とは裏腹に彼への深い信頼を感じさせるもので……
だからマユは、何となく、納得した。


48 :隻腕10話(06/18):2005/10/14(金) 13:15:09 ID:???

「……少し、緊張しますね。こんな仕事は初めてだから」
「なんでもするゆーたんはあんさんやろ。ま、大丈夫やって!」

その、『ただのバカ』と評された青年は……
なぜか今、どこかのスタジオのような所にいた。
2年ぶりに身にまとうザフトの『赤服』、その襟元を神経質に指で弄っている。
そんな彼の傍らで馴れ馴れしく肩を叩くのは、何やら怪しげな関西弁(?)の男。

「まあ、わたしは議長に言われた通りにやるだけですが……
 しかしキング氏。この台本、もう1人の『登場人物』はどうするのです?
 後からCGでも使って合成するのですか? 技術的に難しいかと思うのですが……」
「あー、心配せんでもええ。今来るがな」
「??」

首を傾げるアスラン。
と、そこに――小走りに駆け寄ってきた影が、声をかける。

「お待たせしましたー。ちょっとメイクに手間取っちゃって☆」
「おお、来た来た。よぉ似合っとるで。その衣装にして正解やな」
「エヘヘ、そうですか? あ、今日はよろしくお願いしますね、アスラン♪ 一緒に頑張りましょう☆」
「こいつは……驚いたな。本当に瓜二つじゃないか」

現れた娘の姿に、驚きを隠せないアスラン。
関西弁の男は、丸めた台本を振り回し、スタジオ中の人々に声をかける。

「さ、役者は揃ったわ。リハーサル1本やったら、さっそく本番いくでー! 準備えーなー?」


「全く、議長は何をやってるんだ!」
「弱気外交だから連合になめられるんだ。こっちからも攻めていくくらいの気持ちでないと」
「既に散発的に戦闘が始まっているようだしな。どう戦う気なんだ」

プラント市民の間には――不満が満ちていた。
言うまでもなく、今の世界情勢と、それに対する議長の態度に対して、だ。
ついに宣戦布告をしてきた連合に対し、議長は守り一辺倒で。
これからのビジョンも思惑も語ろうとしない彼に、市民は苛立ちを隠せずにいた。
酒場で、職場で、街角で。人々の話題はほぼそのことばかりで――

49 :隻腕10話(07/18):2005/10/14(金) 13:16:22 ID:???

そんな折だった。
街頭で、酒場のテレビで、エレカの小型テレビで――『その2人』の演説が始まったのは。

『突然で申し訳ありませんが、みなさんの貴重なお時間を、少しだけ頂きたい。
 わたしは、パトリック・ザラの息子、元エターナル所属、アスラン・ザラ――』
『わたくしは、シーゲル・クラインの娘、元エターナル所属、ラクス・クライン――』

「アスランって、あの英雄の?」「ラクス様だ」「この2年間、いったいどこに」「え、本物!?」

2年の沈黙を破り表舞台に現れた、この2人の姿に市民の視線は釘付けで――
――既にその時点で、皆、議長の術中にハマっていたのだった。



「――先日のユニウスセブンの事件、そしてそれに伴う連合の戦線布告。
 みなさんもよくご存知のことかと思います」
「そして、そのことで動揺し、反撃を望むみなさんの気持ち、わたくしたちも分からなくはありません」

アスラン・ザラと『ラクス・クライン』、2人は互いの言葉を補い合うように交互に語る。
いささか芝居がかかった口調と身振りだが、しかしそれだけに惹きつける力は絶大で。
青年の赤いザフト軍服と、少女のいささか扇情的な舞台衣装は、対照的ながらも印象的。

「元はと言えば――先の大戦。
 我が父パトリック・ザラの暴走により、勝てるはずの戦いを対等の和平で矛を収めざるを得なかったことが問題でした。
 ユニウスセブンを落とさんとしたテロリストたちも、父の名を叫び破砕作業を妨害したと聞いています」
「あるいは、その想いはある意味、正しいものだったのかもしれません。しかし彼らは『方法』を間違えたのです!
 しかし、彼らの選んだ方法は、憎しみを広げ、新たなる戦いの火種を残すものでしかありませんでした」
「ゆえに我々は2年前、当時の最高評議会議長、パトリック・ザラに反逆しました。
 彼らを止め、世界の破滅を避けるために。彼女の父、シーゲル・クラインと共に……」
「みなさん、落ち着いて、よく考えて下さい。今我々が為すべきことを」
「今のこの危機、我々には団結が必要です。団結なくしては、生き残れません。
 我が父パトリック・ザラを今なお信奉する人々も、そのための方法を考え直し、最高評議会に協力を」
「我が父シーゲル・クラインを信じ平和を愛する方々も、どうか今はプラント防衛に協力を」
「「我々は、今は争っている場合ではないのです」」

視聴者の心を掴める構図を求め、何台ものカメラが角度を変えて2人に迫る。
その様子を満足そうに見つめるのは――プロデューサーのキングと、ギルバート・デュランダル最高評議会議長――


50 :隻腕10話(08/18):2005/10/14(金) 13:17:10 ID:???

「ちょっ、まっ、え!? か、カガリ! あれって……アレックス!?」
「ああ……それに、ラクスまで……」

その映像は、プラントだけではなく、世界中に放映され。
着替え終わったマユとカガリも、オーブ兵に混じってその映像を見上げる。

『団結せねばならぬのは、プラントだけではありません。地球連合の現状に異議ある者全てが、我らの同志。
 地球のみなさん、どうかわたくしたちに力を……』

「……アレックスは何があったのか想像つくが、まさかラクスがこんな事に加担するとはな……」
「あの無責任女、何を偉そうにッ……! しかもあんな、媚びるような格好してッ……!」

驚きつつも静かに噛み締めるカガリに対し、マユは桃色の髪の娘が映るたびに苛立ちを露わにする。
マユは、未だに許していないのだ――かつて孤児院で出会った、あの1組の男女のことは。



『我々は、戦わざるを得ないでしょう。しかし予め言っておきます。
 我々は決して、コーディネーターのためだけの世界を作るために戦うのではない、と。
 敵は決して『ナチュラル』という存在ではなく、『地球連合の間違った指導者』なのだと……』

「フン。下手な脚本だな、書いたのはデュランダルか?
 しかし引っ張り出した看板役者、いささか古くはないかね?」

黒猫を撫でながら口元を歪めるのは、大西洋のメディア王、ロード・ジブリール。
もちろん、情報操作のプロフェッショナルである彼も、その映像はリアルタイムで獲得していた。

「ま、プラント内の穏健派と好戦派、双方を1つにまとめよう、という狙いは悪くないがね。
 だが、有名人の言葉一つで動くほど、民衆というのは甘くはないのだよ」

彼は膝の上の猫をどけると、立ち上がる。猫はそのまま彼の座っていた椅子の上で丸くなる。
クラシカルな電話機に手を伸ばし、どこか遠くに向けて連絡を取る。

「例の作戦、進行状況はどうなっている? ……ユーラシアの連中が遅れてる?
 全く、使えんやつらだな。やはり『生贄』として使うしかないか。
 ガーティ・ルーと、例の『トリックスター』は大丈夫かね? 宜しい。撮影の方、しっかり頼んだよ」

懸念事項を確認し、彼は満足げに頷く。
天を仰ぎ、既にこの世にない友に向けて、小さく呟く。

「我が盟友アズラエルよ……天国で見ていてくれているかね?
 私がキミに、『核の本当の使い方』というものを教えてあげよう」


51 :隻腕10話(09/18):2005/10/14(金) 13:18:09 ID:???


――そこは、事情を知らぬ者が訪れれば、ちょっとした公園と間違えるかもしれない。
与えられた空間に限りあるコロニーにしては、広すぎる平原。酸素供給用の木々さえもまばらで。
しかし、芝生の中に整然と並ぶ、無数の小さな石は――その1つ1つが、全て墓。
遺体さえも回収できなかった者たちを祭る、それは集団墓地。

その1つ、『レノア・ザラ』と刻まれた石の前に――彼はいた。
小さな花束を捧げ、別の墓に向かおうとして――ふと、気付く。
墓地の入り口に、2人の人影があった。

「よぉ、三文役者」
「貴様ァ、帰ってきていたなら、連絡ぐらい入れんかァ!」

かつての戦友、ディアッカとイザークの私服姿に――アスランの顔が、少しだけ緩む。



「……で、どうしてあんなことしたわけ?」
「あんなこと、とは?」

別の墓の前で手を合わせるアスランの背に、ディアッカが問いかける。
アスランはその墓の名前――『ニコル・アマルフィ』――に視線を合わせたまま、問い返す。

「例の演説だよ。『ラクス・クライン』と一緒の」
「ああ、あれか。……笑ってくれて、構わないよ」
「フン、どうせ貴様のことだから、あの女のために議長に魂を売ったんだろう! 違うか!」

言葉を濁すアスランを、イザークが喧嘩腰で挑発する。互いの性格を知り尽くした故の洞察力。
しかし、アスランは曖昧に笑うだけで。

「確かに――カガリのため、オーブのためという面もある。実際、そういう約束もしたしな。
 ただ、それだけじゃない。俺が戻ってきたのは――それだけじゃない。むしろそれは、口実だ」



集団墓地から、オープンカーが走り出す。ハンドルを握るのはディアッカ。目的もない気楽なドライブ。
後部座席にイザークと並んで座ったアスランは、風に髪をなびかせながら静かに語る。

「おまえたちはこの2年――何をやってた?」
「相変わらずザフト勤めさ。軍法会議が一段落してからは、後進の指導とかパトロールとか」
「幸か不幸か、忙しい2年間だったよ。そういう貴様は、何をやってたと言うんだ!?」
「……何も、できなかった」

52 :隻腕10話(10/18):2005/10/14(金) 13:19:04 ID:???

アスランは遠い目で。見るとも無くプラントの景色を眺める。

「――『パトリック・ザラの息子』という色眼鏡で見られるのが嫌で、オーブに渡ってみたものの。
 名を変え、国を変えてみれば――結局、俺は何もできなかった。
 政府の役人も、企業の技術者も。工事現場の労働者でさえも。どこでも、最後は人間関係で失敗したよ」
「でもさァ、MSパイロットなら、できそうなモンじゃないの?」
「大抵の国じゃ、移民したばかりの人間が正規軍に入るのは色々と大変なんだよ。ザフトが異例なんだ。
 確かオーブ軍の規則じゃ、市民権を得てから3年、だっけな? 正規の手続きで入隊するには。
 ひょっとしたら――オーブ軍の中なら、居場所は見つけられたのかもしれないけどね」

まぁ、『カガリ・ユラ・アスハ』の鶴の一声があれば、いくらでも特例が認められたのだろうが。
しかし彼女の威光に頼っては、名を捨て過去を捨てた意味がない。少なくとも、アスラン自身にとって……。

「ともかくこの2年で、俺は思い知ったよ。自分が、軍人以外の何者にもなれない人間だってことを。
 さもなきゃ、それこそ――俺にできるのは、要人の個人的なボディーガードぐらいのものさ」
「気付くのが遅いわッ!」

自嘲気味のアスランに、イザークが吼えかかる。アスランの悩みは、彼にとっても他人事ではない。

「貴様も俺も、そんな器用な人間じゃないだろッ。命令と枠組みがあって初めて能力を活かせる人間だッ。
 そんなことを確認するだけのことに、2年も無駄な時間を費やしたのかッ!!」
「まぁまぁ、落ち着けよイザーク。要するにそういうことだって、アスランも認めてるじゃない」

ハンドルを握りながら、親友を宥めるディアッカ。
あるいはこの3人の中で、軍の外でも普通にやっていけるのは彼だけなのかもしれないが――
その彼が、急に厳しい顔つきになって切り出す。バックミラー越しの鋭い視線。

「それより、アスラン。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なんだディアッカ、急に改まって」
「あの『ラクス・クライン』……本当に、『彼女』なのか?」
「……………」

アスランは黙り込む。ディアッカはしばらくアスランの表情を伺って。
急に再び、いつもの軽薄そうな笑顔に戻る。

「ま、喋れないなら、無理に聞かないけどね。なんかもう大体わかっちまったし」
「……すまんな」
「おい待て貴様らァ! 2人だけで、勝手に納得して勝手に終るなァ!
 俺にもちゃんと説明しろォ!!」

ただ1人、会話に置いていかれた格好のイザークが吼え――彼の声の尾を引きながら、車は走り続ける。
プラントの中は、相変わらずのいい天気。のどかなものである。


53 :隻腕10話(11/18):2005/10/14(金) 13:20:06 ID:???

オープンカーは、プラントの市街地区に入ってゆく。
アスランは慌てて、大振りのサングラスと、例の口髭をつける。

「何だよそりゃ? ちとワザとらしくないか? 有名人で大変なのは分かるけどさァ」
「これくらいの方がいいんだよ。みんな髭に注目するから、顔は印象に残らない」
「そいつも2年の間に得た知恵か? なかなか良く似合ってるぞ」

街をゆっくり走る車の中、しかしイザークの言葉は本心ではあるまい。ニヤニヤと意地の悪い笑み。
とはいえ、実際この変装はそれなりに効果があるものらしい。
街頭モニターには再び先ほどの演説が映っているというのに、オープンカー上の彼に気付く市民はいない。

いや、気付く一般市民はいなかったが――ちょうど、車が交差点で停止した、その時に。

「あら……? あ、アスラン!」
「げッ! き、君はッ!」

信号待ちの人ごみの中で、声を上げた人物がいた。
長い黒髪の、若い娘。そばかすも可愛い庶民的な雰囲気。どこかで聞いたような声、聞いたことのない口調。
ハンドバック片手に車の傍に寄ってくる。

「こんなとこでまた会えるなんて! さっきはお疲れ様でした、アスラン♪」
「おいおい、いきなりバレてるぞ?」
「それくらいの髭の方がいいんじゃなかったのか、アア?」
「い、いや、この子は……おいミーア、声が大きいよ……」
「あ、ごめんなさい。あたしアスランとまた会えて嬉しくって……」
「だから、名前の連呼はやめろって!」

ニヤニヤと笑う2人の親友と、人目も憚らずはしゃぐ細い目の娘に挟まれ、アスランは困り果てる。

「で、その子は何なのよ? アスランの何なわけ?」
「プラントに戻った途端に浮気、ってのは良くないなァ。きっちりオーブに報告してやらんとなァ」
「違うッ、この子は……」

悪友たちのからかいに声を荒げかけるも、説明に困る。いったいどこまで話していいものやら。
と、その時……イザークの懐で、携帯電話が鳴る。着信メロディは『世界に1つだけの花』。

「イザーク・ジュールだ! ああ、いま市街にいる。何があった!?
 ……はぁ!? 連合軍艦隊が、接近中!?」

電話越しの緊急連絡に、イザークは思わずその場に立ち上がり――残る2人の顔も、引き締まる。
ただ1人、歩道に立つ『ミーア』と呼ばれた黒髪の娘だけが、きょとんとした表情で――


54 :隻腕10話(12/18):2005/10/14(金) 13:21:26 ID:???

プラントに向け進軍する、連合軍の宇宙艦隊――
その旗艦アガメムノン級のブリッジで、艦隊司令は愚痴っていた。

「……しかし、何なのだろうね、『死なない程度に真正面から挑め』というのは……」
「大方、我々は囮といったところなのでしょう。特殊部隊が何やらやるとも聞いてますし」

指揮官たちにも、覇気はない。敵国の「本土」といえるプラント宙域に入っているにも関わらず。
それもそのはず、彼らの艦隊規模は……

「まあ、我々も簡単にやられる気はないがね。
 しかし、この戦力でアレを相手にするのは……」

巨大戦艦ゴンドワナを中心に展開する、プラント防衛部隊の規模は、寄せ手の連合艦隊の4倍以上。
まあ、部隊規模を絞り、高速艦を中心に艦隊編成したからこそ、ここまで察知されずに接近できたのだが……

「まあいい。適当に戦って、格好のつくあたりで撤退するぞ。
 きっとこれも、本国が大西洋に対抗するために必要な一手なのだろうさ。現場の我々にとってはいい迷惑だが」



プラントから青いザクファントムと緑のザクウォーリアが飛び出し、防衛部隊に合流する。
緑のブレイズザクウォーリアが、2機を迎える。

「すまんシホ、遅くなった!」
「いえ隊長、まだ始まってもいませんから。
 では現時点をもって、ジュール隊の指揮権を隊長にお返しします」
「うむ。イザーク・ジュール、確かにシホ・ハーネンフースから指揮権受け取った」

MSの隊列に並びながら、臨時で指揮を執っていた部下からの引継ぎを受けるイザーク。
が……そんな彼も、目の前の連合艦隊の規模を見て、首をかしげる。

「しかし、あれで全部か? プラントを落とそうというには、やけに小規模だが……」
「別働隊がいる可能性も視野に入れ、他の部隊が警戒に当たっています。
 ジュール隊は、とりあえず目の前の敵だけを考えれば良いとの指令を受けています」

淡々と、受けた命令を伝えるシホ。イザークの顔が、古い記憶に歪む。

「まさか……核とか出しては来ないだろうな……?」

イザークの脳裏によぎるのは、かつてプラントに襲い掛かった、無数の核ミサイルの姿。
あの時は、すんでのところで駆けつけたフリーダムとジャスティスが、全て打ち落としてくれたのだが……
イザークは大きく頭をブンブンと振り、嫌な記憶と嫌な予感をまとめて頭から振り払う。


55 :隻腕10話(13/18):2005/10/14(金) 13:22:21 ID:???

プラントの中枢、最高評議会。
その廊下を、足早に駆ける2人がいた。
急ぎ出撃したイザークとディアッカと別れた、あの2人である。

「ちょ、ちょっとアスラン! ま、待って下さい!」
「ミーアは別にいい! 今は『彼女』が必要な状況じゃないだろう!」

息を荒げる彼女を引き離しながら、アスランは叫ぶ。そのまま廊下の角を曲がる。
と、そこに目標の人物を見つけて足を止め……その背中に、黒髪の娘は軽くぶつかる。

「きゃッ! もう、急に止まらないで! って……って、議長?!」
「やあ、アスラン、それにミーア。丁度良い所に来た」

それは――プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。何人もの部下を引き連れている。
彼は、この非常事態においても余裕のある笑みを浮かべ、2人に歩み寄る。

「いやはや、こんなに早く攻撃されるとはね。君たちに休暇を楽しんでもらう余裕すら貰えないようだ。
 ミーア、君はキング氏と合流して待機してくれ。展開によっては『彼女』が必要になるかもしれない。
 アスラン――キミは、私と一緒に来てくれ。キミに渡したいものがある」



連合艦隊とザフト防衛部隊は、互いにMSを放出し……やがて、戦闘が始まる。
遠くに瞬く、ビームと爆発の光。それを、横合いから見ている者たちがあった。

いやしかしその姿は、禁じられた技術で隠されていて……一方的に彼らが見るだけで、見られはせず。

「……始まったか。用意はできてるか、『トリックスター』?」
『任せとケェ! ちゃっちゃとブッ放してくるぜェ!』

それは――格納庫の中の、1機のジン。前大戦の初期、ザフトで最も多く作られた量産MSで――
戦後は多数が民間に放出され、また連合側に鹵獲されたものも数多く。
それでもなお、ザフトを象徴する代表的なMSとして、双方の陣営に認識されている機体。
両手にぶら下げた巨大な得物は、対艦対要塞攻撃用のD型装備――少なくとも、一見するとそう見える武器。

目を真円近くまで見開いた、見るからに常軌を逸したパイロット『トリックスター』は、ジンをカタパルトに進ませる。
連合系のリニアカタパルトに、光が灯る。

『蒼き清浄な大地のために……逝くゼェ!!』

不可視の艦のハッチがゆっくりと開き――虚空の扉から飛び出たジンが、そのまま戦場の混乱に紛れ込む――


56 :隻腕10話(14/18):2005/10/14(金) 13:23:14 ID:???

戦闘が、始まった。
連合艦隊から飛び出したダガーL隊と、ザフト側のゲイツR隊が激突する。
互いの戦力は、ほぼ互角。ザフト側が裏を読んで、戦力を出し惜しみしているせいだった。

しかし、それでも――奮戦している一部隊があった。ジュール隊である。
青のスラッシュザクファントムが自ら敵陣に斬り込み、慌てて逃げた敵を後方支援のガナーザクが撃ち抜く。

「この程度の戦力で、どうにかなるつもりだったのかァ!」
「ほんと、なんか拍子抜けだよね」

圧倒的な格差を見せつけつつ……彼らはその戦士の勘で、かえってその「順調さ」に違和感を覚えていた。
何かが、おかしい。何かが、根本的に間違っている――


と、彼らの戦うすぐ近くを、1機のジンが通り過ぎる。
防空部隊から応援にきたように見えたソレは、何故か対艦対要塞戦用の重爆撃装備。

「こら貴様ッ! その装備は何だ、相手はMS隊だぞッ!
 どこの隊の者だ、引っ返して持ち替えてこいッ!」
「…………」

イザークの罵声ももっともな話。対艦ミサイルなど、こんな場で撃っても意味がない。届く前に迎撃されて終わりだ。
しかし、ジンは止まらず――なぜか連合側のダガーL隊もそのジンには攻撃せず。
すり抜けるように戦線を突破するそいつに、イザークは目を留める。正確には――その手にしたミサイルに。

……型番がどこにも書いていない。良く見れば弾頭の形が違う。ザフトの制式装備にはない、見知らぬ大型ミサイル。

「ま、待て貴様、何を……! 何を撃つ気だ! そのミサイルは……まさか!」
「……アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

イザークの制止に、壊れた嘲笑で応えるジン。
その狂気の混じった声に――イザーク・ジュールは、直感する。背中に、冷たい汗が流れる。

「止めろ! そのジンを止めるんだ! ディアッカ、奴を撃ってでも止めろ! いや倒せ!」
「無茶言うな、いくらなんでも……!」
「いいから撃て! 責任は俺が取る! ああくそッ!!」


57 :隻腕10話(15/18):2005/10/14(金) 13:24:28 ID:???

イザーク1人が焦り、他の面々はその異常に気づかず。
いや、たとえ気づいたところで、目の前のダガーL隊が邪魔で手が届かない。
ディアッカのガナーザクウォーリアも巨大ビーム砲オルトロスを構えるが、射線上にダガーLが割り込み……

「……誰か、誰か奴を止めてくれェ!!」

イザークが、実も蓋もなく絶叫した、その時。
プラント群の方向から――紅い影が飛び出してくる。信じがたいスピード。

「今度は何だ!?」
「あれは……モビルアーマー? ザフトが!?」

そう、それはどう見てもMA。航空機にも似たスピード感あるフォルム。突き出した2本の大砲。
それはMSには不可能な加速で戦場に突入し――先端の2門の大砲から、強烈なビームを撃ち放つ。
ダガーLの編隊に穴をこじ開け、身を捻りながら戦線を突破する。

「あれは――あの機体は、まさか!?」



――コードネーム『トリックスター』は、勝利を確信していた。

「アヒャヒャヒャヒャッ……! ユーラシアの連中には恨みはネェが……
 そおら、吹っ飛べェ!! 青き清浄なる、大地のためニ!!」

血走った目をまん丸に見開き、彼はトリガーを引く。
一見するとごく普通のジンの手元から、禁断の最終兵器が飛んでゆく。

『トリックスター』に与えられた命令は、ある意味単純で。
それは――『鹵獲ジンを用い、ザフト軍MSに紛れ込み、攻めて来る連合軍艦隊に攻撃せよ』。
命令は単純だが、問題は装備。

彼が今、撃ちはなったミサイルは――NJC装備の、核ミサイル――!

核ミサイルが煙の尾を引いて、連合軍艦隊に向かっていく。
コレが命中すれば――連合軍艦隊は、大きな被害を受ける。ほんの数発のミサイルで全滅させられるが……
世界中に巻き起こるであろう激しい反発を考えれば、敵一個艦隊の壊滅程度では、まるで釣り合わない話。
しかし同時に、ザフト内部の過激な兵士なら行っても不思議でない、と思わせるだけの説得力。
『ユニウスセブンを落とすような連中なら……』と、誰もが納得できるギリギリのライン。

大西洋連邦にしてみれば、ユーラシア連邦所属の一宇宙艦隊となら、十分交換に値する話だ。
いやむしろ、連合内最大のライバルの力を殺ぎ、連合の結束を高め、敵の分裂をも誘う一石三鳥の悪魔の一手――


58 :隻腕10話(16/18):2005/10/14(金) 13:25:33 ID:???

「ヒャヒャヒャヒャ………ヒヤッ?」

その彼も――ふと、気づく。
強引に戦線を突破した、紅いMAに。矢のように飛来するその姿に。

それは、彼の方に迫りつつ、空中で変形し、MSの姿になり――
イージスやジャスティスにも通じる、トサカ状のセンサーを持ったツインアイの顔が、彼を睨み付け――

紅いMA、否、MSは、機首部分にあった大砲を両脇に抱え込んで――太いビームを続けざまに撃ち放った。

閃光。命中。爆発。衝撃。
――まるで、戦場の真ん中に4個の太陽が現れたかのようだった。
ジンの放った4発の核ミサイルは、全て紅い可変MSが撃ち抜いていた。
それは通常のMSでは有り得ぬほどの距離からの、正確な狙撃。
速力・センサー性能・ビーム砲の威力と射程距離・パイロットの技量。その全てを万人に見せ付ける一撃。

爆発は、連合艦隊とザフト防衛隊のちょうど中間で起こって――誰も傷つけることはない。
核ミサイルの煽りで、激しく揺れただけ。
しかし、思いもかけぬ核の光に――両軍の動きが止まる。

ザフトのジンが、核ミサイルを放ち、同じくザフトのMSが撃ち落す。しかも双方にとって害のない位置で。
……この異常な展開、咄嗟にその裏側まで理解できる奴の方が珍しい。誰もがただ、呆然。

「なッ、なッ、なっ……!」
「……お前は……何をする気だった! 一体何者だ!」

『トリックスター』もまた、予想外の展開に呆然となって――だから、急に入った通信にハッとして。
しかしその時点では既に遅く――眼前には、紅いMS。

逃げる間も応戦する間もなく、剣閃が閃いて、ジンの手足両翼が斬り飛ばされる。
いつ武器を持ち替えたのかも分からぬほど滑らかな、ビームサーベルの剣舞。
一瞬の間に6度の斬りつけを行う高度な剣技は、ジンの戦闘力を完全に奪い去って――

「お前は、殺さない……連れ帰って、全てきっちり話してもらうからな」
「アヒ、ヒヤ、ヒャヒッ……!」

ジンの襟首を紅いMSに掴まれて、脂汗を流す『トリックスター』。
しかし彼は――自分の使命を、忘れてはいなかった。
一度だけギュッと目をつぶり、覚悟を決めると――これ以上ないくらいに目を見開いて、哄笑をあげる。

「………ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

自爆。
彼は躊躇いなく自爆装置のトリガーを引き――達磨と化したジンもまた、一個の太陽となって散った。


59 :隻腕10話(17/18):2005/10/14(金) 13:26:37 ID:???

「……大丈夫か、貴様ッ!」
「一応、生きてるよ。……せっかくの犯人に死なれてしまったな。背景を探りたかったのだが」

ようやく戦線を突破した青いザクが、紅いMSに近づいてくる。
紅いMSは、無傷。強固なPS装甲、至近距離でのジンの自爆も、苦にはならない。

「やっぱりお前か、アスラン・ザラ! 大体何だ、そのMSは!」
「ZGMF−X23S『セイバー』。今さっき議長から受領した、セカンドステージ最後の1機だ」
「ふん! 流石は議長の2枚看板、いいオモチャを貰ったものじゃないか!」

嫌味っぽいイザークの言葉。しかし、その口調とは裏腹に彼の顔には不敵な笑みさえ浮かんで。

「さあイザーク、ディアッカ! このまま、連合軍を蹴散らすぞ!」
「貴様が仕切るな、アスラァン!」
「まぁまぁ、久しぶりの連携だ、堅いことは言っこなしってね♪」

セイバー、スラッシュザクウォーリア、ガナーザクウォーリア、ブレイズザクウォーリア。
4機が先頭に立って敵艦隊に斬り込んでゆき――戦況は、一転する。
やがて、戦場に眩い信号弾が上がる。それは連合サイドの、撤退命令。
連合軍の引き際は鮮やかなもので――戦闘は、やがてゆっくりと終結へと向かう――



「……やはり、あの程度の者では無理か。
 今思えば、『ファントムペイン』は優秀だったのだな……変わり者揃いとはいえ」

静かに溜息をつくのは――『見えざる戦艦』の艦長、イアン・リー。
結局、彼らの作戦は、公平に言って失敗と言わざるを得ないものだったが……
事の一部始終を全て見届け、彼は彼の任務を果たしていた。

「……ま、こうなってしまったものは仕方ない。
 このような映像でも、使い道はあるかもしれぬし――それを判断するのは我々ではない。
 これより本艦は帰投する。ガーティ・ルー、微速転進。方向転換終了後、ミラージュコロイド再展開。
 光学欺瞞を展開したまま、当空域を離脱する」



60 :隻腕10話(18/18):2005/10/14(金) 13:28:09 ID:???

「ご苦労だったね、アスラン」
「いえ、私は私の役目を果たしただけですから」

防衛戦が終わって。
アスラン・ザラは、ギルバート・デュランダルに労われていた。
彼の隣には――舞台衣装に身を包んだ、『ラクス・クライン』の姿。

「これから2人には、地球へと降りてもらう。
 アスランには、ミネルバと合流してあのセイバーで戦ってもらいたい。
 『ミーア』には、地上の兵士の慰安と、地球の現地住民への協力呼びかけをお願いしたい。
 どちらも、今後の事態の推移に合わせて柔軟に計画を変更していくことになるが――頑張ってくれたまえ」
「分かりました。アスラン・ザラ、議長の特命を受け、地上へと向かいます」
「えーっと、あたしにはキングさんとかも付いてきてくれるんですよね?」

ピシッと敬礼したアスランに比べ――『ミーア』と呼ばれた『ラクス・クライン』はおどおどした態度で。
デュランダル議長は、そんな彼女に優しく微笑む。

「ああ、キング氏には今後もキミのプロデュースをしてもらうつもりだ。もちろん同行してもらうことになる。
 細かい指示は、彼を通して伝えるから――キミは全身全霊、平和の歌を歌ってくれたまえ。『ミーア・キャンベル』」
「はいッ♪ 頑張ります!」

『ラクス・クライン』は、嬉しそうな様子で――演技の仮面が外れ、目を細めて微笑む。
アスランが街で会った黒髪の少女、『ミーア』の表情そのままに。



――オーブから、民衆に見送られて艦隊が出発する。
甲板の上には、決意に満ちた表情の、カガリ・ユラ・アスハと、マユ・セイラン。
見送る港には、同じく強い目をしたユウナ・ロマ・セイラン。ウナトの姿は、見送りの場にはない。
ネオたちを乗せたJ・P・ジョーンズと共に、オーブの陸地を離れていく――



――カーペンタリア基地に降りてくるのは、1隻の大型シャトル。眼下には停泊するミネルバの姿。
窓辺にはアスラン・ザラと、黒髪のミーア・キャンベル。怪しい髪型の目立つキング氏もいる。
彼らは地球に到着し――彼らを出迎えるのは、1人の女。
スーツをビシリと着こなした彼女の表情は、しかし大型のバイザーに遮られ伺うことはできない――

かくして役者は地上に揃い。本格的な戦争が、幕を開ける――


                     第十壱話 『 亡霊の疼痛 』 につづく