293 :隻腕11話(01/21):2005/10/22(土) 15:30:05 ID:???

「……つーわけで、我々オーブ・連合混成艦隊は、スエズ基地の援軍に向かうわけだ。
 当面の我々の目標は、可能な限り戦力を減らすことなく、スエズに到着すること」
「今更言われずとも、それは了解している。が……納得行かないのはこの進路だ」

オーブを出て、珊瑚海を西に向かう艦隊。その旗艦、タケミカズチの中――
仮面の大佐ネオ・ロアノークと、オーブ派遣艦隊最高指揮官カガリが激しく遣り合っていた。
会議室らしきその場には、他にも何人もの軍人の姿。

「オーストラリアは今なおザフトの勢力範囲だ。
 この進路だと、カーペンタリアの間近を通ることになるぞ?
 ニューギニア島の北側を通った方が良くはないのか?」
「ん〜、それがね〜。ちとあの島の北岸は、使えないんだ」
「何が問題だと言うんだ!?」
「津波」

やけに砕けた口調で語るネオ。
その一言もあまりにさり気なく、一瞬カガリは見過ごしかける。

「ああ、津波か……って、まさかそれって!?」
「そ、ユニウスセブンの破片落下の、分ッかり易い被害。
 オーブもそれなりに波を被ったそうだけど、ここは間近だったからねぇ。モロ直撃。
 お陰で、港は潰れるは死者は千人単位で出るわ、えらい被害でさ。
 残った港も、被災地の支援でごった返してる。
 とてもじゃないが――こんな大規模艦隊が通ったり泊まったりできる状況じゃないんでね」
「どうせなら、東回り航路を通った方が良かったんじゃないのか? 同じ地球半周するにしても」
「ん〜、なんか北アフリカとかがきな臭いらしくてね〜。またジブラルタル取られちゃうかもしれないって。
 ま、そっちはそっちでちゃんと戦争するにしても……オーブに頑張って欲しいのは別のトコだから」
「つくづく、勝手な話だなッ!」

カガリはプイッと横を向く。他のオーブ軍人も、そこまで露骨ではないものの、不機嫌さを隠せない。
しかしネオには蛙の面に小便。まるで気にすることなく飄々と語る。

「……で、話戻すぞ〜。とりあえず、ザフト軍と遭遇しても、できるだけ戦闘は避けたいわけよ。
 でも、回避しきれない可能性、ってあるじゃない? そういう時のために、一応役割分担決めとこうって」
「役割分担も何も……ほとんど我がオーブ軍だけだろう、戦力は?
 そちらの、たった1隻の艦に乗っているたった4機のMSで、何ができる?」
「『たった4機』とはひどい言われようだな〜。どれもこれもすんごく強いのに」
「強いと言っても、うち3つは盗んだMSだろうがッ! しかも、あんな連中がッ!」

カガリが指したのは……会議室の片隅でヒマを持て余している3人。
スティングはテーブルに肘をつき、アウルは机に足を乗せ、ステラはコクリコクリと居眠りをしている。
とてもではないが――『すんごく強い』兵士には見えぬダラケぶり。軍服さえも改造され、まるで厳格さがない。
痛いところを突かれた形のネオは、しかし肩をすくめて軽く言い返す。


294 :隻腕11話(02/21):2005/10/22(土) 15:31:01 ID:???
「そーゆーこと言わないでよ。そっちのフリーダムのパイロットだって、見かけによらないじゃない。
 機体の出所が胸張れないのも、一緒でしょ?」
「……あたし?」

急に話題を振られたマユは、びっくりして自分を指差し、周囲を見回す。
その拍子に連合側の3人組と目が合い……なんとなく、微笑み合う。ちょっとした親近感。
一方、やり込められた格好のカガリは、苦虫を噛み潰したような表情で押し黙る。

「……ま、4機しかいないから、やれること限られるってのは本当のトコでさ。
 基本的にウチの連中がオフェンスで、オーブ軍のみなさんにディフェンス担当してもらうってことでOK?
 ちゃんとJ・P・ジョーンズも守ってくれる、って約束してくれるなら、こっちも攻撃に専念できるんだけど」
「……そうだな。どう思う、アマギ?」
「確かに、王道ですね。数の多い我らが艦隊の防衛、小数精鋭の彼らが斬り込み役。
 戦況を柔軟に判断し、フリーダムや一部のムラサメ隊は遊撃や予備戦力として使う形になるでしょう」
「それでいいか、トダカ?」
「問題ないでしょう。ただ、連合の艦もこちらの指揮の下で動いてもらうことが前提になりますが」

カガリに判断を求められたアマギ一尉は、ネオの提案を評価する。
今回タケミカズチの副長を務めている彼は、元々は戦術の専門家。特に、MSを交えた戦闘の分析に長けた人物。
タケミカズチの艦長・トダカ一佐も、艦隊全体の意思統一が成されることを条件に、その案を肯定する。
頼もしい部下たちの判断に、彼女は1つ頷いてネオに答える。

「よし、ではそれで行こう。あとはその場その場の判断で、連絡を密にするということで」
「んじゃ、スエズまでの長い道中、ヨロシクねみなさん♪」



同時刻。

「……というわけで、我々はこれより東インド諸島方面に向かわねばならない」
「バカらしーな。ミネルバのこと、タクシーか何かと勘違いしてねーか?」
「ちょっとシン、言い過ぎよ!」

タケミカズチと同様、ブリーフィングルームで会議の場を持っている艦があった。
地上に降りてきていたザフトの新鋭艦、ミネルバである。
前に立って語るのは、赤い軍服をまとったアスラン・ザラと……バイザーで目元を隠した女性。
並んで座る兵士たちの中、一番前に座る赤服のパイロット、シン・アスカが不満そうに声を上げる。

「タクシーか……悪いがまあ、そのようなモノだな。ザフト全軍を探しても、これほどの高速艦はそうそうない」
「言ってくれるわね。ま、他ならぬ『ラクス・クライン』のためなら仕方ないのかもしれないけれど」

アスランの言葉には、ミネルバ艦長タリア・グラディスも不機嫌さを隠せない。




296 :隻腕11話(03/21):2005/10/22(土) 15:32:06 ID:???

そう――オーブ沖で連合軍艦隊の包囲から脱したミネルバは、カーペンタリアで新たな乗員を迎えていた。
1人は、前大戦の英雄、『アスラン・ザラ』、及びその乗機『セイバー』。
もう1組は、前大戦の後姿を消していたアイドル、『ラクス・クライン』及びそのその随員数名。
当初、ミネルバは、地上でも重要な戦線とされた黒海近辺の戦場に送られることになっていたのだが……
急遽、途中まで『ラクス・クライン』を送り届ける任務が追加されたのだった。

「東インド諸島は、一応は赤道連合ですが……再構築戦争の頃から、大洋州や東アジアとも近い紛争地域。
 元々火種があったところに、先の戦争です。連合・プラント・中立の各勢力圏が、モザイク状に並ぶ混沌の地。
 一旦はユニウス条約でリセットされ、全て中立寄りとなったのですが。先日の開戦で、また混乱してきました」
「なんでそんな所に『ラクス・クライン』を送るんだ?」
「そんな所だから、です」

シンのツッコミにも負けず、バイザーをつけた金髪の女、サラは淡々と語る。

「そんな古くからの争いが残る所ですから、プラント側の拠点を維持するには、単純な兵力だけでは足りません。
 どうしても地元住民の心を掴み、支持を得る必要があります。勢力圏の拡大は、地盤を固めた後になります。
 そこで――プラントのアイドルとして名高い彼女が、彼らを慰問し、支持を求めることになったのです」
「それは良いのですが、我々はどうなります? 彼女の護衛をずっと続けるのですか?」
「現地には先行して降下し、基地を確保した『オレンジショルダー隊』ことハイネ隊がいます。
 ミネルバの任務は、無事に基地まで行き、彼らに『ラクス様』と我々スタッフを引き渡すまで、です」
「その後は、彼女のことはハイネ隊に任せ、俺たちは黒海へと赴くことになる」
「……? アスランはラクス様の所に残らないのですか?」
「俺はそのままミネルバに残り、共に戦うよう指令を受けている。奪われた例の3機に代わる、補充戦力として。
 時間がなく、このような艦上での説明となってしまったが――この任務伝達が終わり次第、艦長の指揮下に入る」

サラとアスランの解説に、質問したレイ・ザ・バレルも頷く。
と――ずっと黙っていたもう1人の赤服、ルナマリア・ホークが、無言でスッと手を挙げる。

「――何かな?」
「変な質問で悪いんですが……今日は、あの変な付け髭つけないんですか、『アレックス・ディノ』さん?」

それは、この場にいる誰もが気になり、しかし面と向かっては聞けなかったことで。
全員の注目を浴びて――しかし『アスラン・ザラ』は、能面のような無表情さで、事務的に答える。

「何のことかな。俺はそんな名前の奴など知らないし、付け髭などつけていた覚えもない。
 ……少なくとも、何度聞かれてもそのようにしか答えられない。今の立場上、な――」



              マユ ――隻腕の少女――

               第十壱話 『亡霊の疼痛』



297 :隻腕11話(04/21):2005/10/22(土) 15:33:08 ID:???

再び、タケミカズチ。
作戦会議を終え、細かい打ち合わせも済ませ、一旦解散した面々だったが……
廊下を歩くカガリの背に、声をかける者がいた。

「あー、いたいた、ちょっといいかな、お姫様」
「その呼び方はやめろ。それより何だお前は。まだ向こうの艦に戻ってなかったのか?」

そう、それは仮面の大佐、ネオ・ロアノーク。
さっさと消えろ、と言わんばかりの彼女の態度に、彼はしかし笑って頭を掻く。

「いやー、実は一緒に来てた3人、どっか行っちまってねェ。さっきから姿が見えないんだ。
 なぁ、奴らドコ行ったか知らないかい?」
「お前の知らないことを、なんでこのわたしが知っているんだ。
 大方、この広い空母の中で迷子にでもなってるんじゃないか? 保護者なら保護者らしく、目を離すな」
「いやはや、コイツは手厳しいねェ」

まるで堪えていない様子で、頭を掻いてみせるネオ。果たしてヘルメットの上から掻く行為、意味があるのか。
そんな彼をウンザリした目で見ていたカガリだったが、急に真面目な顔になって切り出す。

「……そうだな。丁度良かった。ロアノーク大佐とは、わたしも会いたかったんだ。
 迷子は部下に探させるから――少し、時間を取ってもらっても良いか? 内密な話がしたい」
「秘密のお話? 恋の告白以外なら、いくらでもお相手しちゃうけど?」
「ここではなんだな。ついてきてくれ」

ネオの軽口にも乗ることなく。カガリはクルリと背を向けると、タケミカヅチの廊下を歩き出す――


オーブの誇る巨大機動空母、タケミカズチ。
多胴式の船体と広い2層式甲板を持つ、オーブの『動く軍事基地』だ。
オーブという群島は広い領海を持つが、その国境付近の小さな島々には大規模基地を築くだけの土地がない。
そこで――有事に備えて建造されたのが、この移動軍事拠点。小国には過ぎたほどの大型空母。
先の大戦のトラウマ、連合軍の攻撃を領海外で留められなかった後悔が、この大型艦の建造を推し進めさせた。
しかしまさか、そうして生まれた巨大空母が、対外攻撃のために使われようとは――

そのタケミカズチ、長期の任務を念頭に置いて設計されているため、艦内施設は充実している。
ケタ外れなMS積載量を誇る格納庫、ちょっとした工場ほどの設備を持つMS整備ドック。
数千人の人員を余裕で収容できる居住区に、彼らの胃袋を支える艦内6箇所の巨大食堂。
厚生施設の集中する一角は、まるで小さな街のようだ。
各種売店、散髪屋、バー、図書館、スポーツジム、映画館にクリーニング屋、そしてゲームセンターまで……


298 :隻腕11話(05/21):2005/10/22(土) 15:34:14 ID:???

「やりぃッ、また俺の勝ち〜♪」
「あーっ、もうアウルったらぁ。ズルいよソレ!」

タケミカズチ更生施設エリア、ゲームセンターで歓声を上げていたのは……1組の少年少女。
どちらも軍服を着、『少尉』あるいは『三尉』の階級賞をつけてはいるが、とてもそうは見えない。
対戦型ゲームの勝敗で一喜一憂するその姿は、年相応の子供そのものだ。

「あーもー、なんでそんなに上手いかなー。これ、オーブにしかないゲームなのに」
「な〜に、ゲームなんてどれも似たようなモンさ♪ 基本パターンさえ掴めば楽勝だよ♪」

楽しげに語るのは、ネオと共に居た3人のパイロットの一人、アウル・ニーダ。
胸元を大きくはだけたスタイルながら、男っぽさとは無縁の幼さの残る体つき。
そして、そんな彼と仲良くゲームに興じるのは、オーブ軍では異例に幼い兵士、マユ・セイランだった。

「しっかし、この艦ってスゲーなー。なんかもう船の上だってこと忘れちまうよ」
「へへへ、すごいでしょー。別のフロアになるけどね、ジャパニーズスタイルの『オンセン』もあるんだよ」
「何、スパもあんの?! じゃ、一緒に入ろうぜ、マユ!」
「ダメだよー、日本式だから水着ナシで素っ裸で男女別だもん。ステラとだったら一緒でいーよ」
「……『オンセン』……入ったこと……ない……」

急に話題を振られて、UFOキャッチャーに挑戦していた少女ステラ・ルーシェも振り向く。
ハロを模して作られた球形のぬいぐるみが、あと一歩のところでアームからこぼれ落ちる。

「……記録更新してきた。なんかヌルい設定になってねーか、ココ?」
「ん〜、かもしれないねー。言っちゃ悪いけど『フツウの人』が楽しむためのとこだし」

体感レーシングゲームの大型筐体からボヤキながら降りてきたのは、スティング・オークレー。
口では文句を言いつつも、しかし案外楽しそうではある。

お互い、出会って間もない1人と3人ではあったが――
オジサンばかりで構成された軍の中、年も立場も近いこともあって、4人はすぐに仲良くなっていた。
このゲームセンターも、マユが3人を連れてきたのだ。「ヒマならちょっと遊ばない?」と。
4人とも、まるっきり戦争を忘れて、今は目の前の小さな平和を存分に楽しむ――



潮風が、頬を撫でる。波を割る水音が響く。
艦内にいると海上にいることさえ忘れがちなタケミカズチだが、こうしてデッキに出てくるとやはり違う。

「……で、話って何さ?」
「用件は2つだ。1つはオーブ軍の指揮官として、1つはプライベートな問題だ」

艦の各所に設けられた小さなデッキの1つに姿を現したのは――ネオ・ロアノークと、カガリ・ユラ・アスハ。
周囲に誰もいないことを確認し、カガリが真剣な表情で切り出す。

299 :隻腕11話(06/21):2005/10/22(土) 15:35:05 ID:???

「まずは――『フリーダム』のことだ。
 言われるままに持ってはきたが――本当に、いいのか? ユニウス条約との、整合性は」

そう、ユニウス条約に定められた、NJCの軍事利用禁止条項。
それが『中立国』の自己防衛に使われる範囲なら、除外規定により問題にはならないが――
こうして、連合軍と行動を共にし、連合軍の一員として戦場に出るなら。まともに引っかかる。

「ん〜、今更、条約もクソもないんじゃない? あれって『休戦条約』だし、一種の紳士規定に過ぎないし。
 それに、先のプラント近くの戦いでは、ザフト側が核ミサイル使おうとしてた、って情報もあるしねぇ。
 向こうが使って来るなら、コッチも対抗するっきゃないでしょ」
「……明らかに、お前たちの要請の方が先だったように記憶してるが?」
「先見の明がある、って言って欲しいとこだね、ソコは♪」

カガリの追求も、まるで暖簾に腕押し。
まあ……彼女自身も、こちらの件についてはさほど期待していない。「どうせそんなところだろう」という感じだ。
オーブにとってはこの艦隊派遣自体が無理のある話で、今更無理が1つ2つ増えたところで驚きもしない。
溜息一つついて、話題を変える。

「……では、次だ。
 ネオ・ロアノーク大佐……悪いが、その素顔を見せてはくれないか?」
「…………」

カガリの言葉に――どんな厳しい言葉をぶつけられても平然としていたネオは、黙り込む。
その口元から、常に浮かんでいた笑いが消える。

「以前、『酷い傷痕がある』と言ったな? しかし……本当に隠さねばならぬほどの傷があるのか?
 あったとしても、わたしも戦場で酷いモノを色々と見てきているからな。生半可なことでは驚かんよ」
「……どうしても見たいのかい? 何故、そこまで?」
「お前が、似過ぎているからだ。『ムウ・ラ・フラガ』と。そして、『ラウ・ル・クルーゼ』と」
「…………」
「メンデルにまつわるフラガとクルーゼの因縁は、わたしも後から聞いた。お前はどうしてもソレを思い出させる。
 一卵性双生児のようにそっくりな、お前とフラガ。似た仮面を被った、お前とクルーゼ。
 ……そうやって言葉に詰まること自体、何かあるということなのだろう?」

鋭い視線で射抜くように見据えるカガリ。
彼女の場合、最初からこういう風に論理的に考えていたわけではない。むしろ、直感で何かを感じたのだ。
フラガとクルーゼの因縁は、メンデルという接点でキラと、そしてカガリにも通じている。他人事ではない。
――やがて、ネオは観念したように軽く息をつくと、仮面に手をかける。

「……そこまで見透かされているんじゃ、黙ってるわけにもいかんなァ。
 ただこれ、2人だけの秘密で頼むぜ。誰にも言うなよ。キミの昔の仲間にもだ。
 ある意味、同じ『メンデルの子』カガリ・ヒビキだからこそ、話すんだからな――」

そして彼は、ヘルメットのような仮面を外し、素顔を、長い金髪を晒し――


300 :隻腕11話(07/21):2005/10/22(土) 15:36:05 ID:???

「あらあらマユちゃん、元気してたー?」
「セイランのお嬢さん、試食用にリンゴ剥いたんだけど、食べます? ほら、そっちの連合のみなさんも」
「あ、セイラン三尉。ノーマルスーツの首回りがちょっとキツいって言ってたでしょ?
 大人用のスーツから転用できそうなパーツが見つかったんだ。後で試着に来て」

タケミカズチの更生施設ブロック、売店の立ち並ぶ『売店街』――
それはもはや「空母内の売店」の域を越え、ちょっとしたアーケード商店街のような雰囲気で。
果物を扱う生鮮食料品店もあり、衣類を扱う店もあり。なぜか各種オーブ土産を取り揃えた店もあり。
スティングたち3人とそこを覗いて歩くマユに、各店の店員たちが次々に声をかける。

「すげーな、マユって。人気者じゃん」
「……あ……このハンカチ、可愛い……」

渡されたリンゴを齧りながら感心するアウル、全く気にせず展示されてた小物に張り付くステラ。
マユは恥ずかしそうに頭を掻く。

「ん〜、みんなイイ人だから。誰にでも優しいんだよ」
「違うだろ。マユが『フリーダムの英雄』だから、だろ?」
「……まあ、オーブって、案外コーディネーター多くないからさ。ただそれだけだよ。
 スティングたちだってそうでしょ? 連合でコーディネーターって、珍しいんじゃない?」

話題を逸らそうとしたマユの、何気ない一言に。
スティングたち3人は、一瞬顔を見合わせたが……すぐに笑い出す。

「??? みんな、何笑ってるの?」
「ははッ、いやスマンスマン。まあマユが勘違いすんのも仕方ねーけどさ」
「……ステラたち……コーディネーターじゃ……ない……」
「俺たちは3人ともナチュラルだよ。少なくとも生まれはな」
「え? でも、あの反射神経って……」

つい先ほど、ゲームセンターで散々見せ付けられた、彼ら3人の高い身体能力。
マユはすっかり、彼らもコーディネーターだと思い込んでいたのだが。

「俺たちは――『エクステンデッド』さ」
「えくす……てんでっど?」
「ナチュラルを、後天的にパワーアップさせてんの。手術とか、インプラントとか、クスリとか使ってさ」

あっけらかんと言い放つアウルの顔には、何の躊躇いも、憂いもなくて――
だからマユは最初、その言葉の意味を、重みを理解できない。

「それって、どういう――」

と、マユがさらに問いを重ねようとした、その時。
タケミカズチの『売店街』に、急に耳障りなアラームが鳴り響く。誰もが反射的に頭上を見上げる。
それは、緊急事態発生を全艦に告げる一報。のどかな商店街も、戦闘を予想して緊迫した空気に塗り代わる。


301 :隻腕11話(08/21):2005/10/22(土) 15:37:05 ID:???

緊張高まるタケミカズチのブリッジ。
そこに駆け込んで来たのは――1組の男女。ネオとカガリ。

「何が起きた!?」
「艦隊に先行していたムラサメ偵察型が、南西海上を北上する正体不明艦を見つけました。
 このままでは、我ら艦隊と進路が重なります」

タケミカズチの艦長、オーブ艦隊の第二位の指揮権持つトダカ一佐が、厳しい声で答える。
ネオとカガリは、咄嗟にモニタに表示されている世界地図を見上げる。
艦隊の現在位置は、オーストラリアのヨーク岬と ニューギニア島の間、トレス海峡。
小さな島々と岩礁が多い迷路のような海域で、大型空母を抱えるオーブ軍艦隊はなかなか動きが取れない。
そして、そこから南西と言えば――

「カーペンタリア……ザフト軍か!?」
「おそらくは。ただ――単艦というのが気になります。
 彼らとて、カーペンタリア湾を抜けてしまえば、その先は混沌の領域のはず。
 たった1隻で、ここに出てくるというのは――」

カガリの疑問を肯定しつつも、いささか納得のいかない顔のトダカ。
と、そこに――通信兵の1人が、悲鳴のような声を上げる。

「スカウト01から入電! 熱紋照合完了、敵艦の正体判明! ……『ミネルバ』、です!」
「ミネルバだと!?」

それは――最悪の相手。みなの顔が蒼ざめる。
カーペンタリア基地の鼻先を通る航路を決めた時点で、ザフト軍との遭遇戦は覚悟してはいたが。
彼らも良く知るかの艦は――最も恐るべき敵であり、最も戦いにくい相手。
相手は空を飛び、陽電子砲を備え、強力なMSを何機も抱えた万能高速艦。
岩礁に足を取られて動きの鈍い大艦隊など、いい的でしかない。
いやそれ以前に、あの愛着深い『戦友』を、冷静に討つことなどできるのか――?

「いやはや、みなさんが『逃がしてくれた』大魚、こんなトコで出会っちゃうとはねェ。因果応報って奴?」
「嫌味を言うのは後にしてくれ、ネオ! それより……早く迎撃体勢を!」
「た、戦うのですか!?」
「できれば戦闘は避けたいが……向こうがやる気なら、受けるしかないッ……!」

カガリの顔に、汗が滲む。
その真剣さを見て、軽口を叩いていたネオも顔を引き締める。艦内通信を担当する兵士に歩み寄る。

「ウチの3人はどうなってる? ヘリポートまで来てる? じゃあ大至急J・Pジョーンズに送ってくれ!
 俺を待つ必要はない、一刻も早く自分の機体に乗り込むように! 俺はココから指示を出す!」
「トダカ、ここは頼む。私はルージュで待機する。『私の存在』を分かり易く示す必要があるかもしれない」
「了解です、カガリ様。ブリッジとの連絡は常時繋いでおきますので」

カガリはブリッジから飛び出していき――その眼下では、連合の3兵士を乗せた連絡ヘリが飛び立つ。
やがて――水平線の上、艦のセンサーにも、ミネルバの矢のような姿がくっきりと映り――


302 :隻腕11話(09/21):2005/10/22(土) 15:38:03 ID:???

――それはもちろん、ミネルバの側でも、察知できていた。
流石に偵察に特化した偵察用ムラサメの姿は見逃していたが、大艦隊はむしろ見落とす方が難しい。

「あれはッ……! オーブの、『タケミカズチ』……!」
「このままでは、双方の進路交差します!」
「振り切ることはできる、アーサー?」
「え、えーっと……ダメです、そのー、地形の関係上、一度は戦闘距離を通過しないことには……。
 こ、こちらが引き返せば、やり過ごすこともできるかと」

緊迫するブリッジ。
オーブ艦隊側が、彼らを強敵と見たのと同じように――ミネルバにとっても、それは難敵だった。
何しろ規模が違う。艦載MS数のケタが違う。相手にはフリーダムも、カオス・ガイア・アビスもいるだろう。
ミネルバ側の強みの一つ、陽電子砲タンホイザーも……艦首に固定されているため、背中を向けては使えない。

引き返すか。真正面から戦いを挑むか。それとも、敵の眼前を通過し向こう側に逃げるか――

「戻ることは、なりません。この艦の任務は一刻も早く『ラクス様』をお届けすることなのですから」

悩むミネルバクルーに冷たい言葉を投げつけたのは、ブリッジに入ってきたスーツ姿の女。
大型のバイザーを神経質そうに押し上げると、彼らに向けて言い放つ。

「もちろんラクス様に危害が及ぶことも許されません。
 この艦は足の速さが自慢なのでしょう? ならば、早く通り過ぎてしまって下さい」
「……簡単に、言ってくれるわね……。それも、あの人の……『議長からの特命』のうち?」
「はい。議長特命です」

歯ぎしりするタリアにも構わず、サラは冷たい目で彼女を見る。
軍事の素人が作戦に口出ししてくるというのは、とてもやり辛いことなのだが――

「――仕方ないわね。では本艦はこれより、オーブ艦隊の鼻先を通って北西の海域に脱出する。
 コンディションレッド発令、MSパイロットは機体にて待機。あと、オーブ艦隊に通信を繋ぐ準備を――」
「ああ、それでしたら、今――」

タリアの指示を、サラが途中で遮ろうとした、その時。
ドタバタと、ブリッジに上がってくる数名の影――
それは、戦闘直前の緊迫感を、まるでブチ壊しにするもので。

「ああもうッ。ちとメイクに時間かけ過ぎやで、ラクス様」
「ごめんなさいッ、でも何とか間に合ったからいいでしょ?」
「良くないがな。台本あわせするヒマもなくなってしもた。カンペ用意するから、ぶつけ本番で行くで」
「……あ、あの、みなさん? ここは危険ですので……」

おずおずと、派手な衣装の『ラクス・クライン』と、そのスタッフに声をかけるアーサー。
しかし、彼らはまるで出て行く素振りも見せずに――

「通信機、ちと借りるで。カメラのコントロールもや。『平和の歌姫』の言葉の力、みせたるわ!」


303 :隻腕11話(10/21):2005/10/22(土) 15:39:07 ID:???

彼我の距離が、どんどん縮まる。
それぞれの艦上で待機するMSパイロットたちの額にも、汗が滲む。

と――そんな緊張には、場違いな口調で。
1人の娘の言葉が、通信に乗って双方の全員に届けられる――

『わたくしは、ラクス・クラインです。
 オーブのみなさん、わたくしたちは不幸にして敵対することになってしまいました。
 しかし、思い出してみて下さい。わたくしたちには戦う理由などないはずです。
 どうか、お願いします。わたくしたちを、通して下さい――』

それは、プラントの歌姫、『ラクス・クライン』。
ハイレグの水着とロングスカートを組み合わせたような舞台衣装をまとって。星型の髪飾りを光らせ。
芝居がかかった大袈裟な身振りで、祈るように両手を組み合わせる。戦闘回避を訴える、空虚な言葉。
その、不意打ちのような通信映像に――

「ラクス・クラインって……プラントの歌姫が?!」
「ミネルバに乗っているのか!?」
「おいおい、何言ってるんだよコイツ」

オーブ軍艦隊には、動揺――と言うより、困惑が走り。

「……何考えてるんですか、アンタたちは!」
「VIPが乗ってます、ってバラす護衛がどこにいるんだよ!」
「前大戦の時もそうだったらしいが……相変わらず良く分からないお方だな……」

ミネルバの側でも、不安の声があちこちで挙がる。
そんな中、コアスプレンダーで待機していたシンは、オペレーターのメイリンに怒鳴る。

「ちッ! ……おいメイリン、俺を出せ!」
「え? ちょっと、シン!?」
「あのバカ歌姫め! 今のを聞いて敵が襲ってくるぞ! 少なくとも、俺がアッチ側ならそうする!
 そうなってから合体していたら、間に合わない。今のうちに、フォース装備で空中に待機しておく!」
「りょ、了解! では各パーツを順次発進させます。まずはコアスプレンダー、どうぞ!」



マユ・アスカは――不機嫌だった。
フリーダムのコクピットで待機しながら、その映像に眉を寄せる。

「この、無責任女ッ……何を、ヌケヌケとッ……!」

温厚なマユがこの世でただ2人だけ、どうしても許せない人間。それがラクス・クラインとキラ・ヤマト。
その片方が――手の届く距離の敵艦に乗っているのだ。
ミネルバには恨みはない、むしろ親近感すらあるが、しかし……

「いっそあの艦ごと、ここで沈めてやろうかしら?」

304 :隻腕11話(11/21):2005/10/22(土) 15:40:04 ID:???

そんな物騒なことを呟いた、彼女の眼前で。
相当に近い距離となったミネルバから――1機の戦闘機が飛び出すのが見える。
いや1機ではない。次々とその後を追うように、上半身が、下半身が、シルエットが飛び出して。
1機のMSへと、合体していく。

「あれは……インパルス!」

マユの脳裏に、そのMSのこれまでの所業がよぎる。
好戦的な態度。必要以上の破壊。戦いそのものを楽しんでいるような姿――

――それは、おそらく無意識の行動だったのだろう。
インパルスに対応しなければ。インパルスが動いたら即応できるようにしなければ。多分、そういう判断。
フリーダムの翼が、広がって――その足が、ゆっくりと甲板から離れる。
インパルスがミネルバの前方上空に立っているように、フリーダムもタケミカズチの前方上空に立つ。


そして、そのフリーダムの動きは、インパルスの側からも見えて。

「やっぱり……やる気か!?」

相手の動きを伺うように、相手の動きに合わせるように、少しだけ機体を前に進ませる。


マユもまた、相手に合わせて少しだけ前進して。
それを見たインパルスも、さらに動いて。
相手を牽制せねば。相手は押さえ込まねば。相手に合わせねば。
お互い、ただそれだけのはずだったのに。

いつしか両機は、それぞれの母艦からかなりの距離を離れていて。
いつしか両機のスピードは、全速力と呼んでも差し支えないほどのものになっていて。
背後の友軍の動揺も制止も全て2人の意識から吹き飛んで。
海上を滑るように真っ向から、2機の距離が急速に縮まって行き。
それぞれ素早く右手でビームサーベルを抜き放ち。

互いに真正面から切り結んで――激しい閃光が上がる――!

フリーダムの盾に止められた、インパルスのビームサーベル。
インパルスの盾に止められた、フリーダムのビームサーベル。
一瞬の均衡、それを破ったのは一本の足。
フリーダムの鋭い蹴りが両機の盾の間から飛び出して、インパルスを吹き飛ばす。
バランスを崩したインパルス、そのフォースシルエットの突端が海面を削り、激しい波を立てる。


305 :隻腕11話(12/21):2005/10/22(土) 15:41:14 ID:???

「もらったッ!」

マユは思わず叫んで、逆手に持ち換えたビームサーベルで追い討ちをかけようとして――
ゾクリ、と背筋に寒いものを感じる。
脳裏にフラッシュバックする、カガリとの模擬戦。
咄嗟に翼を広げ急ブレーキをかけて――命拾いを、する。

彼女の目の前では。
シルエットを切り離し姿勢を回復したインパルスが、カウンターを狙ってビームサーベルを構えていた。

思惑が外れ、インパルスは舌打ち1つ残して一旦後方に跳ぶ。一瞬ならば本体だけでも海面を飛べる。
外れたフォースシルエットが、再びその背に合体する。
仕切り直し、という形になった2機が、今度は距離を開け、慎重に互いの出方を伺う。


と、その時――互いに、気付く。
相手の背後から迫る、紅い影に。

「え?」「な?」

驚きの声を上げる余裕も、身構えるヒマもなく。
フリーダムとインパルスは、それぞれに、背後から強い衝撃を受けて。
前のめりに、顔面から、激しく海面に叩きつけられる。
2機を蹴り飛ばし、大きな波しぶきを見下ろすのは――どちらも紅い、2機のMS。

ストライクルージュと、セイバーだった。



「……すまないな。ウチの馬鹿が迷惑をかけた」
「いや、それはお互い様さ」

フリーダムの片腕をストライクルージュが掴んで、水中から引き上げ。
インパルスの片腕をセイバーが掴んで、水中から引き上げ。
互いに互いの問題児を救出しながら、2人は言葉を交わす。

「……やはり、『アスラン・ザラ』か。その色と頭部を見た時から、そうだろうと思っていたが」
「その紋章、『カガリ・ユラ・アスハ』か。『久しぶり』だな」

双方の暴走戦士たちは、蹴られた衝撃でいまだ少し朦朧としている状態で。
それをいいことに、2人は少し他人行儀な会話をしながら、距離を離す。

「さっさと行ってしまえ、アスラン。こちらの気が変わらぬうちに」
「言われなくても、そうさせてもらうよ」
「……もう、会いたくはないものだな。戦場では」
「そうだな。会いたくはないな、カガリ・ユラ・アスハ」


306 :隻腕11話(13/21):2005/10/22(土) 15:42:14 ID:???

セイバーとそれに引きずられるインパルスが、ミネルバに着艦するのを見ながら。
カガリは今度は、ミネルバの方に通信を入れる。

『……久しぶりだな、ラクス。半年振りくらいになるのか』
「お、おひさしぶりです、カガリ様」

ミネルバのブリッジ上、『ラクス・クライン』は、少し慌てながら答える。
彼女の目が泳いで、カメラの死角に立つプロデューサーのキングの姿を探すが……
彼が咄嗟に掲げたスケッチブックには、『臨機応変に!』とだけ書かれていて。
少しオドオドした態度で、画面の向こうのカガリと向き合う。

『……? 別にいつもどおり、『カガリさん』でいい。それより……
 別に、プラントに戻ったことは責める気はないが、1つだけ聞きたいことがある』
「な、なんでしょう?」
『お前……孤児院の子供たちは、どうした?』

画面の向こう、パイロットスーツに身を包んだカガリは、鋭い視線で彼女を睨む。

『お前……こないだ会った時に、言ってたよな? 
 『子供たちの世話が楽しい』と。『これこそが自分のやるべき仕事だと思った』と。
 本当に嬉しそうに、活き活きと。
 なのに――なんでお前は『そこ』にいる? なぜ子供たちを放って行ける?
 やっぱり地味な孤児の世話よりも、スポットライトが恋しくなったとでも言うのか?』
「え? え? あ、あの、その………」

見ていて気の毒になるほど混乱し、動揺する『ラクス・クライン』。何も言葉が出てこない。
それを見て――どう思ったのか、カガリは1つ深い溜息をついて。

『……分かったよラクス。もういい。お前にはちょっと失望した。
 お前は、そんな奴じゃないと思ってたんだがな――』
「あ、あの、カガリさま……じゃない、カガリさん……」
『せいぜい、良い旅を。もう会いたくないな、お前とは――たとえ、戦争が終っても』

そのまま、ストライクルージュはフリーダムを引きずったまま、背中を向けてタケミカズチへ――



「何? 見逃しちゃうの?」
「仕方ないでしょう、ロアノーク大佐。
 我々の任務は、『可能な限り戦力を減らすことなく、スエズに到着すること』でしょう?」

そのやり取りは、タケミカズチのブリッジの上でも見て取ることができて。
不平を上げる仮面の男に、トダカ一佐が静かに答える。
互いに戦闘開始のタイミングを逸した感じの両軍は、そのまま通り過ぎて。
進行方向はほぼ同じながら、圧倒的に速力で勝るミネルバは、どんどん遠ざかっていく。
その背を見送りながら――ネオは、ブリッジの通信機に向かう。

307 :隻腕11話(14/21):2005/10/22(土) 15:43:21 ID:???
「何をするつもりです、大佐?」
「いや何、オーブ艦隊が戦えないのは仕方ないけどさ。
 このまま本当に見逃したら、俺の立場的にはマズいわけよ。だから連絡を、ね」
「……見逃してもらえたのは、こちら側でもあるのですよ?!」
「どーかなー。まだ緊張解かない方がいいぜ? ミネルバを無条件に信頼すんのも危険だ。
 なにせホラ、まだこの海域は――」



パシィンッ!
格納庫に、大きな音が響き渡る。
……フリーダムを降りてきたマユを襲ったのは……カガリの平手打ちだった。
張られた頬を押さえて、涙目でカガリを見上げる。

「どうして勝手に動いた! どうして指示を待てなかった!
 下手すればあのままミネルバと戦闘になって、大きな被害が出てたかもしれないんだぞ!」
「でも、先に動いたのはインパルスだし、作戦会議でもフリーダムは柔軟に判断しろって……」

パシィッ!
モゴモゴと言い訳をするマユの反対側の頬が、さらに張られる。

「それはあくまで『遊撃』として、だ! あくまで他の兵士との役割分担の上で、だ!
 誰が真っ先に戦えと言った! 誰が戦闘開始の判断をしろと言った!
 今は『軍』の一員なんだ、いつまでも『正義の味方』のつもりでいるんじゃあない!」
「…………」

2度も頬を打たれてなお、納得できない顔のマユ。
それを見下ろして……カガリは諦めたように、溜息をつく。

「ともかく……軍としては、不問にするわけにはいかない。
 正式な処分は後で考えるとして……マユはしばらく、自室で謹慎していろ!」



ガチャン!
暗い廊下に、鍵の下りる音が響き渡る。
放り込まれたシンは、すぐに立ち上がって鉄格子にしがみつく。
怒りに燃える目で、鉄格子の向こう側のアスランたちに叫ぶ。

「なんでだよ! なんでこんな扱いされなきゃいけないんだよ!」
「お前の行為は越権行為だ。独断で戦闘を始めて、艦の全員を危険に晒したんだ」
「先に動いたのはフリーダムだろッ! おいッ!
 この俺抜きで、この先どうするって言うんだよッ! またすぐに敵とは出会うぞッ!」

シンの言葉にも、彼らは応えることなく。彼を置いて、みな独房を出て行く。
廊下の扉が閉まる寸前、振り返ったルナマリアの、小さな呟きが響く。

「……バカな、シン……」

308 :隻腕11話(15/21):2005/10/22(土) 15:44:07 ID:???

オーストラリア北岸、大きく抉れたカーペンタリア湾に面した軍事基地、カーペンタリア基地。
2年間の休戦中も維持されてきた、ザフト軍の一大拠点である。
戦争の再開を受け、今ここは多くの兵士でごったがえし、混乱していた。
宇宙から降りてきた兵士やMSが、ここで再編成され、地上の各地に散っていく。
そんな基地に――先ほど基地を出たミネルバから、一報が入る。

「――なるほどな、オーブ軍の艦隊か。ニュートロンジャマーの影響下で見失っていたのだが」
「彼らは、あろうことかラクス様の乗った艦に銃を向けました。許すわけには行きません」

基地司令と直通通信を交わすのは、ラクス・クラインの傍にいたスーツ姿の女、サラ。
まだミネルバはオーストラリアからそう離れていないため、中継をすればNジャマー下でも通信は届く。

「しかし、急に言われても出せる戦力がなァ。……まあいい、それはこちらで何とかする。
 情報提供、感謝する」

基地司令は通信を切ると、腕を組んで考え込む。
確かにカーペンタリア基地には多数の戦力があるのだが……その多くは、派遣先が決まっている。
そういった『予約済み』の戦力を除外しても、基地防衛に欠かせぬ部分は少なくない。
それらを差し引いて、なおかつ、情報にあった敵艦の位置まで向かえる余剰戦力となると……

「……艦を出していたら間に合わんだろうしな。
 この間届けられたばかりの『あの新型』なら、航続距離を考えても十分だろう。
 ディンも護衛につけて――直接向かわせるかね」

基地司令は呟くと、受話器を取り上げ、どこかに指示を出す。
窓の外、空港に面した格納庫で、とんがり頭の特異なシルエットのMSが、モノアイを灯らせる――



一方、インドネシア諸島、小さな島々の中にある小さな連合軍の前線基地で――
カーペンタリアの司令よりは数段格の劣る基地司令が、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「『ファントムペイン』め、無理を言ってくれる。『ミネルバ』がこちらに来るから討て、とは」

しかし、知ってしまった以上、無視もできない。相手は大物だ、討つことができれば昇進も確実。
彼は咄嗟に前線基地にある全戦力を思い浮かべる。

「新品のジェットストライカー装備のダガーLが、30機あったな。
 ……全部出せば、なんとかなるか? 地の利はこちらにあることだし」


309 :隻腕11話(16/21):2005/10/22(土) 15:45:26 ID:???

ミネルバを見送り、一旦は安心したタケミカズチに――再び、警報が鳴り響く。
自室でふてくされて寝ていたマユは、ハッと飛び起きる。
慌ててカチャカチャと、外していた右の義手をつけ直し、部屋を飛び出そうとして――誰かに衝突する。
ボフッ、と顔を埋める形になったのは、カガリの胸。

「……どこに行くつもりだ、マユ?」
「どこって、フリーダムに決まって……」
「自室で謹慎していろ、と言ったはずだが?」
「で、でも、敵が来てるんだよ? フリーダムが、あたしが出なきゃダメなのに……」

厳しい目つきで睨みつけるカガリに、あうあうと慌てるマユ。
周囲でも他の兵士が慌てて自分の持ち場に走っていく。
カガリを相手にしていてもラチが開かぬとばかりに、自分も走り出そうとして……襟首を掴まれる。
勢いのあまり、息がつまる。

「ぐぇッ!」
「……ちょうどいい機会だ。マユ、お前はコッチに来い」
「な、なに!? ど、どこに行くの?」
「たぶんお前には、懲罰房に入ってもらうより効果的だろうからな――
 オーブ軍を、あんまり舐めてくれるなよ。見せてやろう、『本職』の仕事という奴を」



オーブ軍艦隊を振り切った、ミネルバでも。
前方に姿を現した敵を、察知していた。

「空飛ぶダガーLが30機、ね……他に伏兵は?」
「ないようです。これで全部ですね」
「では、またわたくしが……」
「ラクス様は黙って見ていて下さい! 余計なことはしないで!」

おずおずと声を上げたラクスに、タリアが怒鳴りつける。
その剣幕に身を竦めるその姿は、哀れささえも感じさせるもので。
とてもでないが――平和のためにはザフト軍への反逆も辞さなかった、『伝説の歌姫』の風格ではない。
タリアはブリッジの片隅でしおれる彼女を無視して、パイロットの待機するMS格納庫に通信を繋ぐ。

「アスラン、あなたの判断が聞きたいわ。この数の敵に囲まれても、セイバー1機でなんとかできる?」
「艦の方の防衛が、ザク2機でできるなら。
 30機相手に完全な足止めは無理ですが、30機相手でも倒されない自信はあります」
「……決まりね。シンを独房から出す必要はないわ。このまま迎撃に入ります。
 そうね――彼の方にも、映像回せるなら回してあげて。彼にはちょうど、いい薬よ」


310 :隻腕11話(17/21):2005/10/22(土) 15:47:05 ID:???

「状況はどうなってる!?」
「あ、カガリ様! ……空からの襲撃です、どうも逃げられないようですな」

タケミカズチのブリッジに、マユを引きずるようにして上がってきたカガリ。すぐに報告を求める。
ブリッジのモニターに映るのおは、南の空から飛んでくる数十機の航空MS。

「敵はMSだけです。母艦もないですし、カーペンタリアから直接来たのでしょうな。
 数は40。うち20はディンで――残る20は、新型です。どうやら可変機のようですが」
「新型の量産可変機か……性能が知りたいな。ネオ、そちらの3機は出せるか?」
「ああ、ウチの連中も準備は整っている。指示有り次第だせるぜ」

カガリはマユの手首を掴んだまま、ブリッジになお居座っていたネオに声をかける。
マユは、彼女の口調に少し首を傾げる。妙に親密というか……壁がなくなっているというか。
今までは、何かにつけて仮面の大佐に反発し、また『ネオ』ではなく『ロアノーク大佐』と呼んでいたのに。
一体、何があったというのだろう?

「では、カオス・ガイア・アビスは先行して、敵MSに攻撃を加えてくれ。
 無理に落とす必要はない、できるだけ新型の性能を暴くように、と。
 馬場一尉のムラサメ隊は、攻撃に備えて待機。3機からの報告を得次第、独自の判断で攻撃に移れ。
 他のMS隊は、基本的に艦の防衛だ。作戦通りのフォーメーションを維持せよ。
 あ、J・Pジョーンズのカバー、忘れないように言っておけよ」

キビキビと指示を飛ばすカガリ。それを受け、受けた指示の十倍以上の言葉を各所に飛ばす部下たち。
マユは呆然と、その様子を見ているだけで――



ザフトの新型量産航空MS、バビの編隊は、迫るオーブ艦隊を見てにんまりしていた。
敵は鈍重な大型艦船。平和ボケしたつい先日までの中立国の艦隊。敵としてはそう怖くない。
向こうにも、ムラサメとか言う可変航空MSがあるそうだが――まだその数はそう多くもない。
随伴する連合の艦には、奪われた3機のセカンドステージMSがあったが、しかしそれだって。

「気をつけるのはあの3機のみ、しかし正面から相手にせず、母艦に攻撃を集中させれば――」

――しかし、その余裕の言葉は、途中でかき乱された。
オーブ艦隊はまだ距離がある、と思ってたその最中に――海中から唐突に放たれた無数の光条。
海中から上半身だけ突き出したアビスの、急襲だった。


311 :隻腕11話(18/21):2005/10/22(土) 15:48:19 ID:???

「あははははッ! 悪いねェ、びっくりさせちゃってさァ!」

アウルは哄笑しながら、扇形に攻撃を撃ち放つ。
アビスの広げたバインダーの内側に並んだ、左右それぞれ3門のビーム砲。
角度を微妙に変えて、バインダー外側の速射砲も火を吹く。胸のビーム砲も、頭部中央のバルカンも。
圧倒的なまでのフルバーストに、バビとディンの編隊は大きく乱れ、何機か被弾する。

反撃とばかりに、バビの何機かが飛行形態から人型形態に変形し、胸のビームを撃ち放つ。
両手の大型火器も構えて、アビスに浴びせかける。
しかしアビスは素早くMA形態に変形して――海中に姿を消す。
空しく攻撃は海面を撃ち、激しい蒸気と水しぶきを上げるだけ。

「敵新型の武装、胸のビームは威力ありそうだよ! ……もし万が一、当たればだけどさ!」

アウルは半ばバカにしたような報告を送りながら――再び、少し離れた海面に姿を現し、ビームを撃つ。
際限のないモグラ叩きに、バビたちの隊列は乱れ、混乱に陥る――



と、そのバビの1機が、下からのアビスの攻撃を避けた直後に、爆発する。
真上からのビームに、貫かれたのだ。
さらに、周辺のバビたちにもミサイルの雨が降り注ぎ――何機かは被弾し、慌てて姿勢を立て直す。

「……頭の上が、お留守だぜェッ!」

一体いつの間に飛び上がっていたのか。
太陽を背に急降下してくるのは――スティングの駆る緑の鷹、カオス。MA形態。
反撃しようと見上げたバビのパイロットたちは、太陽に目を焼かれて一瞬ひるむ。

「そうらッ!!」

そしてその隙を見逃すスティングではない。
急降下しながら機動兵装ポッドが分離され、MA本体と合わせて複数の敵を撃ち貫いていく。
バビもミサイルを放って反撃するが、カオスのスピードを捉えきれない。
そのまま、カオスは空中のザフト軍の編隊を突破して――海面近くで減速しつつ、報告を送る。

「敵新型、動きはあんまり速くないぜ――無駄に沢山武器積んではいるようだがな!」


312 :隻腕11話(19/21):2005/10/22(土) 15:49:18 ID:???

海面近くまで降下し、急ブレーキをかけるカオスに、上から生き残ったバビたちが攻撃の狙いをつける。
相手は凄まじい速度で飛びまわる強敵だが、この一瞬は逆に狙い目。避けられるハズがない。
が――カオスを見下ろした彼らは、その近くに信じられないものを見る。

「……だぁぁああああッ!」

なんと――沈むことなく、魔法でもあるかのように海面を駆ける、黒い四足獣。
ガイアは波の下、やもすると見過ごしてしまう小さな岩場を次々と、跳ぶように駆ける。
そのまま、近くの小島の断崖絶壁を駆け上がって――降下するカオスと交差するように空中に飛び上がる。

「やあああああッ!」

普段のボーッとした雰囲気とは一変し、鋭い表情でステラは絶叫して。
突進してくるガイアに、バビは慌てて武器を向け、バズーカを放つが……止まらない。
空中で脚を振り、身を捻って紙一重で避けて――広げられたビームブレイドが、そのままバビを断ち斬る。
さらにガイアは、空中で自ら斬ったバビの残骸を蹴って、その反動で次の一機に襲い掛かる。
足場さえあれば――それがたとえ水面下の岩場でも、空中の敵でも――そこを『地面』にできるガイア。
まるで翼があるかのようにバビの背中を次々に踏んで跳びながら、ステラは叫ぶ。

「敵新型、両手の火器は実弾系。……弾速は遅い、十分避けられる!」



それらの報告を受け――タケミカズチから、オーブ艦隊から、ムラサメの編隊が飛び立つ。

「3機1組で敵を各個撃破してゆく。新型は、ホバリングできる爆撃機だと思え!」
「了解!」

馬場一尉の叫びを受け、大いに乱れたディンとバビの群れにムラサメ隊が襲い掛かる。
機動力と息のあった連携を大いに活かし、一方的に次々と落としていく。

いや、ディンもバビも、決して練度は低くない。普段ならば連携もしっかりできただろう。
バビの遅さをディンが補い、ディンの火力不足をバビが補えれば、ムラサメとも互角に戦えたはず。
しかし、3機のガンダムに大いに乱された後では。
態勢を立て直せず、ムラサメ隊の三位一体攻撃に、次々に落とされていく――


数機のディンが、なんとか狩人の手を逃れ、本来の攻撃目標・オーブ軍艦隊に迫る。
しかしそこも、決して安全な場所ではなかった。
艦の対空砲が、艦上に居並ぶM1アストレイが、濃密な砲火を浴びせかけてくる。
とても避けきれず、ほとんど艦に攻撃することもできず、彼らは次々に撃ち落とされてゆく――


313 :隻腕11話(20/21):2005/10/22(土) 15:50:21 ID:???

その光景を――マユは、唖然として見ていた。
文字通り口をポカンと開け、言葉も出ない。

「……分かるか、マユ。これが、『戦争』だ。これが、『兵士』というものだ」

静かに語るのは、隣に立つカガリ。圧倒的な強さを見せるオーブ軍を見ながら、しかし笑顔はない。

「1人で何でもやる必要はないんだ。むしろそういう考え方は、組織の足を引っ張る。
 与えられた任務、与えられた役割の中で、『柔軟に判断して』戦うんだ。
 お前に期待されているのは――例えばそう、あの3機のような役目だ。
 ……あいつらの格好には驚かされたがな。こうしてみれば、しっかりした『軍人』じゃないか」

モニターの中では、相変わらず3機のガンダムが大暴れを繰り広げていた。
足場のない所に叩き落されたように見えたガイアが、水面に顔を覗かせた円盤状のアビスの上に着地。
襲い掛かろうとしていたバビが、逆にガイアの人型形態のライフルに撃ち抜かれる。
空中では敵機の群れの真ん中、カオスが両足の鉤爪でディンを捉え、それを盾に次々と敵機を屠っていく。

「…………」
「フリーダムは、確かに我々にとって大事な戦力だ。しかし、それだけではダメなんだ。
 みんな、フリーダムには期待している。でもそれは、さっきのような暴走ではない」

カガリの言葉は、あるいは過去の反省を踏まえてのものなのだろうか。
ある意味、彼女らしからぬ説教だったが――それだけに重く、マユにのしかかって。

火力ならフリーダムをも超えるアビス。
速度ならフリーダムをも超えるカオス。
俊敏性ならフリーダムをも超えるガイア。
練度ならマユを遥かに超えるムラサメ隊。

それらを見せ付けられて――マユは、少し、落ち込む。
憂鬱そうな表情で、誰にも聞こえぬ小声で呟く。
 
「……ひょっとして、あたしって……必要、ないのかな……。
 フリーダムさえあれば、それで……」



ほぼ、同時刻。
ミネルバは――海上を進んでいた。
30機のダガーLの残骸が、浮き沈みしている海の上を。
役目を終えた2機のザクは艦内に引っ込み、セイバーも着艦する。
眼下の島では、前線基地の全戦力を失った連合士官が呆然と見上げているが、目もくれずに通り過ぎる。

独房のモニターでその一部始終を見せ付けられたシンは……拳を固く握り締める。
噛み締められた奥歯が、ギリッ、と鳴る。
プライドと傲慢さを打ち砕かれ、しかし彼の目の奥には未だ怒りの火は消えず――


314 :隻腕11話(21/21):2005/10/22(土) 15:51:23 ID:???

「『ファントムペイン』……?」
「そう、そいつが俺たちの部隊名。直訳すれば『幻の痛み』。
 要するに事故などで切断され、なくなったはずの手足が痛む、という症状のことでね」
「幻の、痛み……」

戦闘終り、ようやくザフトの勢力圏を脱して。
夕陽の沈み行く海を見ながら――ネオとマユは、小さなデッキの上で語り合っていた。
ネオの部下である3人の話を、マユがせがんだのだ。

「あいつらから、ひょっとして聞いてるかな、『エクステンデッド』のことは」
「うん……」
「奴らは……自分から望んで、強化処置を受けたんだ。事情はそれぞれに違うがね。
 自分から望んで、普通のヒトであることを、辞めたんだ」
「ヒトであることを、辞めた……」

鸚鵡返しに呟く、マユ。
それは果たしてどういうことなのか。どれほどの覚悟を要することだったのか。
マユにはいまいち、理解できない。
理解できないながらも、彼らの陽気な態度の向こうに滲むある種の『哀しさ』に納得する。

「一旦は、戦争は終わった。傷も塞がった。
 しかし失われたものは決して戻らず、痛みはなお消えることはない、ってことさ………」
「…………」

それで『ファントムペイン』ということなのか。
その癒えぬ傷の痛みが、彼ら3人の原動力なのか。
マユはふとあることに気付き、黒衣の大佐の顔を見上げる。

「……大佐は、一体何を失われたんですか?」
「あれぇ? この仮面見てもわかんない?
 失われたものを人工物で補ってる、ってのは、嬢ちゃんと同じでね」

おどけて答えるネオの態度に、どこかあの3人の哀しい陽気さにも通じるものが感じられて。
マユは白手袋に包まれた右手を、ギュッと左手で握り締める。

「ま、お互い傷を持つ者同士、仲良くやっていこうぜ」
「…………」

夕陽に照らされ、右手を差し出す仮面の大佐に。マユはしばし躊躇って。
やがて、おずおずと、マユはその硬い人工の右腕を、ゆっくりと差し出す――


                      第十二話 『 偽りの歌姫 』 につづく