409 :隻腕12話(01/21):2005/10/26(水) 09:28:44 ID:???
青い海も美しい、インドネシアの島々。
上空から見れば、白い雲と青い海と緑の山々の対比が、目にも鮮やかで。
そのただ中、ひときわ大きな、大陸の半島の一部にも見間違う大きな大地の、とある港に――

巨大空母を含む、数隻の艦船が揃って停泊していた。
ここは連合軍の勢力圏内に築かれた、応急仕立ての基地。
先のザフトMSとの戦闘で、被害微少ながらも随伴する戦艦が被弾した、その修理のための休息だった。

その艦隊の旗艦である、タケミカズチの上。
派遣艦隊の最高司令であるカガリが、何やらキョロキョロと見回しながらブリッジに上がってくる。

「どうしました、カガリ様?」
「ああ、いや、マユはどこに行ったのかなー、と思って……」

まあ、彼女がブリッジに上がってくる用事も少ないのだが。
それでも、誰か知ってる者がいるかもしれない、と考えて来たわけで。
そして、その思惑通り――

「ああ、セイラン三尉なら、連合の例の3人と一緒に、上陸すると言ってましたが?」
「何? アイツ勝手にッ!」
「しかし上陸許可の申請はちゃんと出して行きましたし、止める理由もなかったもので。
 ああそうだ、これ、彼女から預かってたんですよ。カガリ様に渡しておいてくれ、って」

留守を預かる通信兵が取り出したのは――数十枚の紙の束。

「カガリ様のお命じになった通り、反省文50枚、確かにきっちり書き上げました――とのことです。
 で、これで罰は済ませたから、『ここまで遊べなかった分を遊んでくるんだ』と……」
「…………」
「お読みになりますか?」
「いらんッ!」

カガリはうんざりした顔で、マユ渾身の大作文を払いのける。確かにコレは、読む方にとっても拷問だ。
手書きの文章がギッシリ書かれた紙が、ブリッジ内に舞い散る。

「まったくアイツは。まあ私も、別にアイツを苛める気などないんだが……
 この辺りはまだまだ物騒なんだぞ。上陸したって、ちょっと行けばすぐに連合の勢力圏外なのに」



その、マユ・セイラン三尉は――
ファントムペインの3人組と一緒に、海沿いのドライブを楽しんでいた。4人とも私服姿。
オープンカー仕立ての、頑丈そうなジープ風の車。ハンドルを握るのはスティングで、助手席にはアウル。
後部座席には女の子2人が座り、過ぎ行く景色を騒ぎながら眺めている。実に良いドライブ日和。


410 :隻腕12話(02/21):2005/10/26(水) 09:30:48 ID:???

「あ、ほらステラ、見てみて! 今沖合いでイルカが跳んだよ?」
「え……? 見てない……。どこ……?」
「ほらアッチ! あ、また跳んだ!」
「ほんとだ……!」

一方、ハンドルを握るスティングに、アウルはニヤニヤ笑いながら。

「なぁスティング、ホントにいーのかよ? あの子も連れて来ちゃってさ」
「いいんじゃないの? まさか今更、車降りて歩いて帰れ、とも言えねーしさ」
「そりゃそーだ」
「それに――マユならなんとかなるさ。自分の身を守るくらいのことはできるだろ」

何やら言葉を交わしながら、車を走らせ続ける。
道はどんどん山道に入り、舗装もされていないデコボコ道になるが、彼らの車はものともせずに走り抜け。
やがて――山の中、木々の合間にできたちょっとした広場に到着する。周囲にはまるで人気もない。
そこには何やら、彼らを待っていたらしい1人の男。

「よぉネオ、やって来たぜー! って、大佐が直接来てるのかよ、工作員じゃなくて」
「あれ、大佐! なんでこんなとこにいるんですか?」
「……あのなぁ、お前ら。ソイツは俺の質問だよ。あとこんなトコで階級で呼ぶな」

そう、それは3人の上司であるファントムペインのリーダー、ネオ・ロアノーク大佐。彼も私服姿。
普段のヘルメット状の仮面ではなく、大振りのサングラスと似合わぬ野球帽をつけているが、間違いない。
彼には珍しく苦々しい表情を浮かべ、こめかみを押さえる。

「コイツは遊びじゃないんだぞ。極秘任務なんだぞ! なんでマユまで連れて来るんだよ!」
「そりゃまぁ、出てくる時に見つかっちまって。そんで『ドライブ』って言ったら一緒に来たいって」
「だからって乗せてくるな! 大体、途中の検問はどうやって通った!?」
「ネオの用意してくれた怪しい通行証見せたら、あっさり通れたけど?」
「ねぇねぇ、一体何の話? 極秘任務って? コンサートに行くんじゃなかったの?」

困り果てるネオ、ニヤニヤ笑うスティングとアウル、まるでピンと来ない様子のマユ。
ただ一人、ステラは状況にまるで取り合わず、目の前を飛んでいく蝶を視線で追う。
ひとしきり頭を抱えていたネオは、やがて諦めたように溜息をつく。

「ああもう、まさかココでマユの口を封じちまうワケにも行かねェしなァ。
 ……分かったよ、こうなったらマユも共犯だ。嫌だと言っても協力してもらうぞ」
「??? 何を?」

不思議そうな顔で見上げるマユに、ネオは腰に手を当てて答える。

「これから俺たちは――山ひとつ向こうにある、ザフトの前線基地に侵入する。
 侵入して――奴らの『アイドル』、『ラクス・クライン』の誘拐を、試みる――!」


411 :隻腕12話(03/21):2005/10/26(水) 09:32:01 ID:???


              マユ ――隻腕の少女――

              第十二話 『 偽りの歌姫 』



――東インド諸島一帯は、地上でも微妙な情勢の土地だった。
元々、現在の国々の枠組みが出来上がった再構築戦争の頃から、細かな紛争の絶えない土地。
大洋州・赤道連合・東アジア共和国・ユーラシア連邦の各勢力の直接・間接の奪い合い。
そこに、地元の古くからの民族対立や権力争いも複雑に絡み合って。
ただでさえ火種のあるところに来て、2年前にあった地球連合とプラントの全面戦争だった。

この戦争で、オーストラリアを中心とする大洋州連合はプラント側につき。
東アジアとユーラシアは、地球連合側として真正面から争った。
その間に挟まれたこの地域は、中立を名乗る赤道連合の影響下にあったのだが……次第に侵食され。
やがて――連合寄り・プラント寄り・中立の各勢力圏が複雑に入り混じる、混沌の地と化した。

その後、一度はユニウス条約により、赤道連合の支配下に戻ったのだが……
開戦から1月もしないうちに、それらの各地は元のモザイク状に戻っていった。
両陣営共に積極的にユニウスセブンの落下被害を支援したことと、両陣営共に一気に進軍したためだ。
どちらも、まずは勢力圏の拡大よりも支配地域の確保を考え――
独自路線を願う中立領域も、彼らが旧支配地域に留まる限りは、強固な反抗を行わず。

結果として。
決して広くない島々の上に、連合・ザフト・中立の各勢力圏が軒を連ねて並ぶような形になってしまった。
そう、例えば――
連合の基地から山ひとつ車で超えれば中立圏で、さらに山を越えればザフトの基地がある、という風に。



急ぎ作られたザフトの基地は、常ならぬ騒ぎに沸き立っていた。
なかなか生で聞くことのできない世界的アイドルのコンサートが、今日この場で開かれると言うのだ。
前線の兵士を慰問すると同時に、地元住民の心を掴むための大規模イベント。

普段は固く閉ざされている門も開け放たれ。地元の人々が次々と入ってゆく。
ザフトのオープンな態度を示し、開かれたイメージを植えつけよう、というのだ。
入り口で武器持込みを防ぐボディチェックはされていたが、しかしそれ以上のチェックはされていない。
隣接する他勢力地域の住民も、むしろ大歓迎。このイベントでプラント側に心傾いてくれれば儲けもの。
大体――これだけの大人数が押しかけているのだ、細かい確認などできるわけがない。

だから。
大勢の人々に混じって、その4人が入り込んだことに気を留める者はなく――


412 :隻腕12話(04/21):2005/10/26(水) 09:33:13 ID:???

窓の外には、沢山の観客と兵士たち。
――その姿を、ブラインドを押し広げて眺めていた娘は、大きく溜息をつく。
桃色の髪。派手な舞台衣装。星型の髪飾り。
2年の沈黙を破り、再び表舞台に復帰した『ラクス・クライン』――

「どうなさいました、ラクス様」
「あ、サラさん」

控え室に入ってきたのは、スーツに身を包んだ金髪の女。赤い大きなバイザーで視線を隠している。
彼女はハイヒールをコツコツと鳴らして、『ラクス』に歩み寄る。

「そろそろお時間です。みんな、ラクス様の登場を心待ちにしていますわ。
 準備は宜しいですわね?」
「あの……あたし……」
「?」

サラは、『ラクス・クライン』の元気のない様子に、首を傾げる。
歌姫は――自信を欠いた表情で、『マネージャー』のサラを見上げる。

「あたし……ちゃんとやれるんでしょうか。
 あたしの言葉は……みなさんの心を、本当に動かせるんでしょうか」
「どういうことです?」
「だって、この間だって……」

彼女は思い出さずにはいられない。カーペンタリアからこの前線基地までの旅路のことを。
まるで無力だった、自分の言葉。まるで通じなかった、『ラクス・クライン』の威光。
彼女のプライドを著しく傷つけてくれたミネルバ一行は、既にインド洋に抜けこの場にいないが――
だからと言って、簡単に吹っ切れるわけがない。思い出すたびに憂鬱になる。
――しかし、サラは穏やかな笑みを浮かべ、歌姫を慰める。

「大丈夫ですよ。あの時は、相手が悪かったのです」
「でも……オーブだって、コーディネーターはいるはずなのに……」
「残念ながら、コーディネーターの全てが聞き分けが良いわけではありませんから。
 前の大戦でも、そうだったでしょう? ザフトでさえ、ラクス様のお言葉を無視したのです。
 けれど、ナチュラルの中にも、我々の友人はいます。ラクス様を支持する者がいます。
 さきほどご覧になりましたよね? ラクス様の歌を楽しみにしている、現地の方々の姿を」
「……………」

サラの言葉にも、歌姫はしおれたままで。
その様子を見て――サラは彼女から視線を外す。
先ほどまでの歌姫と同様、ブラインド越しに外を見ながら、歌うように言葉を紡ぐ。


413 :隻腕12話(05/21):2005/10/26(水) 09:34:18 ID:???

「――『ラクス・クライン』というお方は、常に正しく平和を愛し。
 けれども必要なときには、わたくしたちを導き、戦場さえも一緒に駆けてくださる……そんなお方です。
 憎むべき敵にさえも情けをかけ、平和を訴え平和を願う。決して逃げず、決して挫けず。
 だからわたくしたちも、お慕いするのです。だからわたくしたちも、愛するのです」
「あ、あの」
「行動することが大事なのです。敗北を恐れぬことが大事なのです。
 あるいはラクス様が語りかける、百人のうち九十九人まではそっぽを向くかもしれません。
 けれども――1人は、応えてくれるかもしれない。1人は、力を貸してくれるかもしれない。
 その百人に1人を積み重ねて行くことこそ、大事なのです。
 決して……『どうせ99人は無駄だから意味がない』などと諦めては、ならぬのです」

サラの言葉に、力が篭る。それはいつしか、『ここにはいない誰か』への怒りにすり替わってゆき。

「そう……言い訳を積み重ね、目先の慈善活動などに酔うのは、『ラクス・クライン』ではないのです!
 彼女は『歌姫』です、『アイドル』ですッ! 我らの希望であり『平和のシンボル』と呼ぶべき存在ッ!
 決して、彼女個人のワガママでドブに捨てて良いような名前じゃないのよッ!
 ああもう馬鹿な小娘がッ! そんな小さな仕事、アンタがわざわざやるべきことじゃないだろッ!」
「あ、あの、サラ……さん?」

拳を握り締め、熱にうなされたような目でブツブツと呟くサラ。虚空を睨みつけ、苛立ちを露にして。
何やらサラが深い怒りを持っているらしいことは分かるのだが、『ラクス』には何が何だかさっぱりで。
ハッ! と我に返ったサラは――次の瞬間には、いつもの態度に戻っていた。冷たさを含む慇懃さ。

「あ、し、失礼し致しました。は、恥ずかしいところを見られてしまいましたわね。
 ともかく――わたくしたちは、常に『行動するラクス様』の味方です。
 ですから、そんなに落ち込まないで下さい。そんなに、自分を卑下なさらないで下さい。
 必要ならば、愚痴もお聞きします。御身もお守りします。お命じになるまま戦いもしましょう。
 だからラクス様は、いつまでも、いつまでも『平和の歌』を歌い続けて下さい――」



コンサート会場は――ごったがえしていた。
照明と足場の組まれた仮設ステージを中心に、ちょっとした屋台や土産物屋も出て、お祭り騒ぎ。
会場の一角には、ザフトの装備やMSも展示され、大勢の人々が興味深げに眺めている。
その人ごみを掻き分けるようにして――4人は、合流する。

「おーい、マユ、ステラー。こっち、こっちー!」
「やー、すごい人だねー。これザフトの人たちも把握できてないんじゃないの?」
「ステラ……足、踏まれた……」
「で、どうだった、そっちの方は? こっちは――ちょっと無理そうだ」

4人はバラバラに、観客に解放された立ち入り許可エリアを調べていたのだが。
やはり、基地の中でも軍事的機密に近いあたりは解放されていない。


414 :隻腕12話(06/21):2005/10/26(水) 09:35:14 ID:???

「たぶん、あっちの建物がMSのある格納庫なんだろうけどな」
「まあ、基本は事前の情報通りだね。仮設ステージとか、立ち入り禁止の柵とかある以外は」
「あたしが見てきた方は、たぶん普段は運動用のグラウンドなんだと思う。
 今は仮設トイレが沢山並んでた。それでも足りなくて、行列がずーっとできてたよ」
「で……どうする……の?」

4人は会場の片隅でこそこそ言葉を交わしながら、作戦を練る。
幸い、周囲は大勢の人々で溢れかえり、気に留める者もいない。リーダー格のスティングが、考え込む。

「そうだな……格納庫の方で見かけたのは、確か若い男の兵士たちだったな。
 悪いが――ステラ、マユ。2人にちょっとだけ、頑張ってもらうぞ」
「え〜? あたし、色仕掛けなんてできないよ?」
「誰もマユにそんなこと期待してないって。もーちょっと大きくならないとね、色々と♪」
「あー、アウルってば、ひどーい!」

からかうアウルを、ポカポカと殴るマユ。笑い合う4人。
その態度は、これから行おうとする犯罪行為とはまるでそぐわないものだったが――

――と、その時。彼らの頭上に、影が差す。巨大な存在が宙を舞う。
彼ら4人は、思わず動きを止めて見上げて――
いや、彼ら4人だけではない、会場にいるほぼ全ての人が、その姿に釘付けになる。
そこにあったのは……宙を舞う、桃色の巨人。


『マユもいるから、改めて最初っから説明するぞー。
 お前ら『ファントム・ペイン』の今回の任務は、『ラクス・クライン』の誘拐だ。
 普段はとても手の届くターゲットじゃないが……コンサートに出てくる今は、絶好の機会。
 お前らは、地元の人間に扮してそこに潜り込み、誘拐を試みる』
『ねぇねぇ、なんで『誘拐』なんて手間かけるの? 『暗殺』しちゃった方が早くない?』
『………………。なあマユ、お前ホントに素人か?
 キミみたいな女の子が、平気で『殺す』とか言っちゃいけないよ』
『ネオって案外ロマンチストなんだね。てか、あたしだって他の人ならこんなこと言わないよ。
 単に『ラクス・クライン』が大嫌いなだけ。偉そうで、見下してて、言うことピントずれてて』
『……何やら妙に乗り気だと思ったら、そういうことかい。ま、いいや。
 下手に殺しちゃうと、プラントの連中が反発して、かえって団結しちまう恐れもあってさ。
 不安を煽るためには、誘拐の方がいいわけ。生きてりゃ色々と使い道あるしね』
『使い道って?』
『身代金要求するとか、捕虜の交換に使うとか。人間の盾代わりにもなるな。あるいは……
 ジブの大将なら、向こうの士気を削ぐようなこと言わせて、情報操作に利用するのかもしれん』
『?? ジブの大将?』
『あー……いや、まあそういう考え持った人もいるだろう、ってこと。
 とにかく、後のことは俺たちの仕事じゃない。気にせずに目の前の任務に専念しろよ』


415 :隻腕12話(07/21):2005/10/26(水) 09:36:16 ID:???

会場にいるほぼ全ての人間が、見上げる中で。
その両脇を、片方の肩がオレンジ色のディンと、全身オレンジ色の見慣れぬMSに支えられながら――
桃色のザクウォーリアが、ゆっくりと舞い降りてくる。
コンサート用の装飾の施されたザクの手の平の上には、1人の人物の姿。
今回の主役、『ラクス・クライン』。

「みなさーん、こんにちわー! ラクス・クラインでーす!
 今日はわざわざ、集まって下さってありがとー!」

満面の笑みで手を振る彼女を乗せたまま、桃色のザクはゆっくりとメインステージの上に降り立つ。
こうして主役が到着してみれば良く分かる、照明の高さと位置。MSの手の平の上という特設ステージ。
アップテンポな前奏が流れ出して――彼女のコンサートが、始まった。


『で――今回の任務、注意点が1つある』
『注意点? なんだそりゃ?』
『今回は――無理しなくて、いい。ターゲットの誘拐より、無事に逃げ帰ることの方が最優先だ』
『はぁ? 何それ? 俺たち『ファントムペイン』に、そんなヌルい任務』
『ま、ちゃんとスエズまで行かなきゃいけないからな。こんなオマケの仕事で死んでやる義理もない。
 あと、俺たちが欲しいのは、実は歌姫の身柄ではない。まあ手に入りゃそれに越したことはないけど。
 本当に欲しいのは、『ラクス・クラインが狙われ襲撃された』という事実の方でね』
『??? どういうこと?』
『この事件でビビって、活動を自粛でもしてくれるなら、連合側としては十分ってこと。
 ザフトの連中も赤っ恥だろうしね。でなかったら――わざわざこんな派手な計画は立てないさ』


MSの手の平の上、歌い、踊り、ファンの声に応えるラクス・クライン――
その歌声も観客の合いの手も、ステージ前から建物1つ向こうに回れば一気に小さくなる。
桃色のライブ用ザクを運搬していたMSの片割れ、橙の右肩を持つディンが、静かに着地して建物に入る。
――MS用の格納庫が並ぶエリアだ。

そんな、人の気配もあまりない一画を、キョロキョロと周囲を見回しながら歩く2人の人影があった。
1人は踊り子のような緩やかな服を着た、金髪の娘。
1人はプリーツスカートを穿き、髪留めを2つ揺らした、育ちの良さそうな少女。
少女の提げたポーチからは、桃色の携帯電話が顔を覗かせている。
2人は寄り添うように、そして何かを探すように歩いていて――

「……って、それマジ?」
「ハハハ、マジマジ。ハイネ隊長ってばさ……」

彼女たちが角を曲がったところで、何やら壁にもたれて談笑する2人組に出くわす。
幼さの残る茶髪の少年と、金髪が所々横にはねた金髪の美青年。どちらも、ザフトの軍服姿。


416 :隻腕12話(08/21):2005/10/26(水) 09:37:06 ID:???

「……あれ? なんでこんなトコに民間人いるの?」
「おやおやこれはお嬢さん方。だめだよ、このあたりは立ち入り禁止なの。そう書いてなかった?」

若い兵士たちは、2人の少女に歩み寄る。
丁寧な口調ながら、やんわりと退出を促す金髪の青年。好奇心丸出しで、2人を詮索する視線の少年。
しかし――2人の少女は、2人の兵士の姿にむしろホッとした表情を浮かべて。

「あの……い、妹が……」
「いもうと?」
「ねぇお姉ちゃん、漏れちゃうよぉ。トイレどこー?」

年長の娘は言葉に困り、年下の少女は甘えた声で生理的欲求を訴える。
姉妹というにはいささか似ていなかったし、少女の口調は見かけよりもやや幼過ぎるものだったが……
それでもその説明は、この2人を十分納得させるものだったらしい。

「お、お手洗い!? それでここまで入ってきちゃったの?!」
「建物が見えたから……どこかにあるかと思って……」
「来場者用のトイレは、ステージ挟んだ向こう側だよ? あ、でも、なんか列ができてたっけ……」
「そんな遠くまでは、無理だよぉ。我慢できないぃ」

膝をすり合わせ、切羽詰った表情で見上げる少女に、兵士2人は顔を見合わせて。
さすがに、「じゃあ漏らしてしまえ」などとは、彼らにも言えない。

「……仕方ない、パイロット控え室にあるお手洗いに連れて行こう。ここからなら一番近い」
「いいの、ジョー? バレたら叱られちゃうよ?」
「困ってる女の子を見捨てられるわけないだろう? さ、お嬢さん、こっちですよ」

青年は『妹』よりもむしろ『姉』の方をチラチラ見ながら、彼女たちを建物の中に連れて行く。
小柄な少年は頭の後ろに手を組んで、彼ら3人を見送る。

「あーあ、困ったモンだね、ジョーの下心にもさ――」

――少年は気付かない。3人を見送った少年の背後に、音も無く忍び寄ってきた2つの影――。
はッと気付いた時には、もう遅い。
彼の首筋に腕が蛇のように絡みつき、物陰に引きずり込む。少年の声無き悲鳴が、格納庫裏に響く。


『しかし……マユ、なんなら別に待っててもらっても構わないんだぞ?
 元々この3人と俺でやるつもりだったし、回収する時にマユも拾えばいいだけだし。
 大体お前、フリーダムの所にいなくていいのか? 何かあったら、オーブ軍は……』
『いいの、いいの。フリーダムは置いて来たし、何かあったら他の誰かが乗るでしょ。
 馬場一尉とか、カガリとか……あたしよりも腕のイイ人、いっぱいいるしねー』
『……何をふてくされてるのかよく分からんが。ま、お前さんがいいって言うなら、それでいいか』


417 :隻腕12話(09/21):2005/10/26(水) 09:38:15 ID:???

金髪の青年と2人の少女が入った建物は――MSの格納庫。
シグー、ガズウート、バクゥ、ディン……まるでMSの展覧会のような、多彩な機種。
どれも外見上はほぼ通常機体そのままで、ただ右肩だけが鮮やかなオレンジ色に塗られている。
いや、どうやら――格納庫の奥に鎮座する1体だけは、頭から爪先まで全部オレンジ一色のようで。
そんなMSの間を進む彼らに、頭上から声がかけられる。

「おーい、何やってんのさ」

見れば、酒瓶片手にディンから降りてきたのは、さらさらした髪の優男。
昇降用ワイヤーが地面に着くのが待ちきれない、とばかりに、かなりの高さから飛び降りる。

「キースか。いやこの子がお手洗いを探してて……」
「ねえ、これって……モビルスーツ? みんな肩だけ色違うの?」

金髪の青年の言葉を遮るように声を上げたのは、『妹』の方。尿意さえも忘れ、周囲の機体を見上げる。
その態度を、「地元住民の純粋な好奇心」と勘違いしたのか、彼らは懇切丁寧に解説を始める。

「ああ、そうだよ。俺たち『オレンジショルダー』ハイネ隊の機体だ」
「アッチの奥にある、全部オレンジの奴は?」
「あれは――ウチの隊長が、こないだまで乗ってた奴だ。いずれ俺たちにもアレが回って来るって話だが」
「今ここには、他の人たちはいないの?」
「そうだな。整備の連中も、みんなコンサートに行っちゃってる。ゼロとアキラは外の警備で、隊長は上空待機。
 グレイシアはミーアに花束渡すんだって言って、今は会場の方に……」
「『ミーア』?」
「あ、やべ、ごめん今の無し! まあ気にしないで」

ペラペラと喋る優男。しかし、少女たちはあまり彼の話を聞いてなかったようで。
女の子同士で、頷きあう。ニヤリと浮かぶ、不敵な笑み。

「……? それよりお手洗いは、ここを抜けてアッチの方に……」
「そうなんだ……2人だけなんだ、ココにいるのは。……ならッ!」

次の瞬間――2人の娘は襲撃者としての牙を剥き出しにして。
風のように、襲い掛かった。


『狙いは、奴ら自身が持っているMSだ。連中は、敵が外から来るとしか思ってない。
 会場内に配置される兵士たちも、対人装備しか持ってないだろう。そこが付け目だ。
 ……ま、よーするに、アーモリーワンの時と一緒だ。最終ターゲットが人間に変わっただけ。
 あの時と違って、武器を用意してくれる協力者はいないが……
 その代わり、格納庫の人払いをしてくれることになっている。抵抗は最小限のはずだ』
『時間なかった割には、準備いーな。この通行証といい、基地の地図といい』
『準備ってことなら、もう1つプレゼントがあるぞ。ほれ持ってけ、このディスク』


418 :隻腕12話(10/21):2005/10/26(水) 09:39:36 ID:???

「……ご苦労さん、マユ、ステラ」
「なんだかなー。せっかく白馬の王子様が助けてやろうかと思ったのに、必要ねーじゃん」
「おいマユ、そいつもうオチてるぞ。それ以上締めると、マジで死ぬ」
「え、うそ、わッ!」

半ば呆れたような声を上げながら格納庫に入ってきたのは、スティングとアウル。
スティングの警告に、マユは慌てて手を離す。支えを失い、金髪の青年がグタリと崩れる。
水面蹴りで足を払って、倒れた相手に即座に裸締め。アンディとマリアに仕込まれた、実戦的格闘術。
……まあ、相手がここまで油断していなければ、こう綺麗には決まらなかったのだろうが。

「……外にいた……男の子……は?」

問いかけるのは、酒瓶を握り締めたステラ。足元では自分の得物で殴られた優男が、目を回している。
相手の腕を取るやいなや、関節を極めながら投げ飛ばし、そのまま手にしていた『武器』を奪ったのだ。
柔術の流れを汲む、マーシャルアーツの複合技。ちなみにオマケの酒瓶の一撃は、素人ケンカの手法。

「あのチビ? 軽くしめといたよ。1時間くらいは目を覚まさねーんじゃないかな?」
「殺しても良かったんだが、死体が見つかると騒ぎになるからな。この2人も、このまま放っておこう。
 ちょうど酒も持ってることだし……こうしておけば、酔い潰れたように見えるだろうしな」

スティングは手際よく酒瓶の中身を倒れた2人に振り掛け、格納庫の隅の方に押しやる。
そして懐から何やらディスクのようなものを4枚取り出し、他の3人に1枚ずつ投げて渡す。
それは、そう、山中の作戦会議の時、ネオが4人のために用意してくれた、ここのMSの起動キー……。

「さ、始めるぞ。楽しんでる最中に割り込んで、悪いような気もするが――
 こっから先は、俺たち『ファントムペイン』が『ライブ』を仕切らせてもらう」



「みんな、ありがとーッ!」

一曲歌い上げた『ラクス・クライン』は、会場を埋め尽くす人々に笑顔で手を振る。
ステージの下、観客の最前列から、ザフト軍服を来た黒髪の美女?が、花束を投げる。

「ありがとう、ありがとうございまーす!
 一日も早く戦争が終わるよう、わたくしも切に願って止みません!
 その日のためにみんなでこれからも頑張っていきましょう!」

花束を片手に、群集に呼びかける歌姫。
会場の盛り上がりは、最高潮で。
そこにはコーディネーターとナチュラルの違いもなく、ザフト兵と地元民の違いもなく。
会場が一体となったように思えた、まさにその時――

一発のビームの閃光が、会場を揺るがした。


419 :隻腕12話(11/21):2005/10/26(水) 09:40:37 ID:???

突然の光と音に、一瞬にして静まり返る会場。
光が発せられたのは――コンサート会場から少し離れた、1つの大きな建物の中。
壁に穴が空き、焼かれた壁面が煙を上げる。
と、次の瞬間。
2本、3本とさらに閃光が上がり――大爆発と共に、建物と壁と屋根が吹き飛ばされる!


燃え上がる炎の中、動く影が4つ。
6枚の翼を広げた、ディンのシルエット。
どっしりと構えた、火器満載のガズウート。
4本の足を踏みしめた、犬型MSバクゥ。
――いずれもその右肩は、目にも鮮やかなオレンジ色に染められて。
そして――拘束用らしき変則武装を備えたシグーを踏みにじり、破壊しているのは。
両肩にそれぞれ盾を備えた、全身オレンジ色の、ブレイズザクファントム――

「な、なんだありゃ!?」
「オレンジショルダー隊!? 何をやってるんだ!」
「ひッ! ……に、逃げろッ!!」

呆然としていた人々も、やがて状況を把握すると同時にパニックに陥って。
会場では、基地の外に逃げ出そうとする地元民と、持ち場に向かおうとするザフト兵が、大混乱。
ザクの手の平の上の歌姫も身を竦ませる。

――4体のMSの動きは、迅速だった。
咄嗟に動けずにいる桃色のザクに、バクゥとザクファントムが一気に迫る。逃げるヒマも余地もない。
突進するバクゥが頭を捻り、口元のビームサーベルがザクの両手を斬り飛ばす。通り魔のようにそのまま通過。
一瞬遅れて落下を始める歌姫を――駆けつけた橙色のザクが、桃色の腕ごと受け止める。
事態が飲み込めずにいる腕無しザクをオレンジのザクが蹴り飛ばし、ビームトマホークを振り下ろす。
照明やスピーカーが沢山ついた舞台の足場が、軋みを上げて倒れ、崩れてゆく。


会場外からは――歌姫の危機に、同じく橙色の右肩を持つゲイツとジンアサルトが突進する。

「お前ら、ジョーたちじゃないな! 何者だ!」
「名乗るほどのものじゃないさ♪」

増加装甲と追加武装を満載したジンアサルトの前に立ちふさがったのは、ザウートの発展型ガズウート。
先手必勝とばかりに容赦なく真正面から、その過大なまでの火力を浴びせ掛ける。
逃げることを許さぬ、包み込むような激しい弾雨。重い装備を背負うジンアサルトは、避けきれずに被弾する。

「何をッ、まだまだ! こうなったら……フルアーマー装備の定番、『鎧を脱いでスピードアップ』!
 本気になったこの俺のスピード、捕らえられる奴なんていやしな……」
「バーカ♪ 装甲外したら『ただのジン』だろッ!? ただの旧式だぜッ!」

420 :隻腕12話(12/21):2005/10/26(水) 09:41:23 ID:???

ジンアサルトを駆る東洋系の青年は、被弾した追加パーツを捨て、速度に勝負を賭けようとしたが……
ここは、ガズウートを奪ったアウルの方が1枚上手だった。
その動きを見通し、予想進路に弾幕を張って……ジンはたちまち蜂の巣にされ、倒れこむ。

「くっ……! 大丈夫か、アキラッ!」
「おっと、余所見はいけないなァ?!」

その様子を視界の端に捉え、動揺したのは橙の右肩のゲイツ。今時、Rではない『普通の』ゲイツだ。
それに向けて弾をバラまくのは……同じく、橙の右肩を持つディンだった。
すんでのところで避けて、空中の敵に向けて両腰のエクステンショナル・アレスターを打ち放つ。
扱いにくい、という理由で現行機ではレールガンに置き換えられた武器だったが、彼の狙いは正確。
だが――相手が、悪かった。

「……まっとう過ぎるぜ! ガンバレルってのは、もっと変則的に扱うもんだ!」
「……!!」

目の前に迫るアンカー状のパーツを、ディンは身を捻って紙一重で避ける。空間把握能力の格差。
逆にスティングのディンは、なんとそのワイヤーを空中で掴み取り、思いっきり引っ張る。
ゲイツは大きくバランスを崩し……もう一方の手から放たれる無数の弾丸を、避けきれない。
致命傷にはならないものの、カメラや関節を打ち抜かれ、戦闘力を喪失する。


混乱する群衆。
全身の火器を放ち、格納庫ごと起動待ちのMSを次々と打ち抜くガズウート。
ゲイツを蹴り倒し、翼を広げるディン。
桃色のザクを踏みつけて、周囲を見回すバクゥ。
ステージ上で暴れる『ラクス・クライン』を手の中に握りこみ、確保した橙色のザク――
誰もがこの『乱心のオレンジショルダー隊』を止められないと思った、その時。
頭上から――狼藉者たち目掛けて、ビームの雨が降り注ぐ。

「お前ら……好き勝手やってくれたなぁ! ヒトの部下のMSを使って、よくもッ!
 ウチの紅一点攫って、何しようってんだ!」

それは――歌姫を握りこむザクと同じ、全身橙色のMS。両肩に突き出た湾曲した角が印象的な、スリムな機体。
スティングが奪ったディンと一緒に、桃色のザクを運んできた航空MS。
緋の戦士ハイネ・ヴェステンフルスの駆る新型機、グフ・イグナイテッド――


新たな敵に、バクゥが威嚇するように身を沈め、背中の2連装レールガンを打ち放つ。
しかし突進するグフを止めることはできず――逆に、グフの手元から長い鞭が伸び、レールガンに絡まる。
ステラは咄嗟の判断で背中の武装を切り離す。直感に基づくその行動は、恐らく最善にして苦渋の決断。
鞭が赤く光ったかと思うと――レールガンが、空中で爆発する。


421 :隻腕12話(13/21):2005/10/26(水) 09:42:11 ID:???

「ステラッ! マユッ! ……ええい、こなくそッ!」

アウルは舌打ちすると、グフにガズウートを向ける。火力重視の戦車形態。
バクゥを排除しザクファントムに踊りかからんとしていたグフの横腹めがけ、無数の火線を浴びせ掛ける。
だが――グフは冷静だった。
ザクを襲うことを一旦後回しにすると、その高い機動力を生かして濃密な弾雨を全て避けきる。
避けきれぬ一部は左手の盾で受けながら、突撃の狙いをガズウートに変える。

「え、おい、ちょっと待……ッ!」

アウルがタンク形態のガズウートを立たせるヒマもなく。
急速にグフが接近し――疾風のように通り過ぎる。
眼にも止まらぬ速度で剣が振るわれ、一瞬遅れて重MSの腕や砲塔が、ボロボロと切れて大地に落ちる。
元々、守勢に転じれば弱いガズウートではあるが……ほんの一瞬で、完全に武装解除されてしまった。

「……逃げろ、マユ! お前だけでも!」
「で、でもっ!」

グフに両手の銃を浴びせて牽制しながら、スティングは叫ぶ。
マユは左手に『ラクス・クライン』、右手にビーム突撃銃を持った姿勢で、躊躇する。

「俺たちならなんとでもなる! だからお前は、ターゲットを連れてこの場を脱出しろ!」
「わ、わかったッ!」

橙色のザクはうなずくと、大きくジャンプする。そのまま基地の塀を越え、山を越え、姿が見えなくなる。
直後――彼女を逃がしたディンは、広げた翼を4連装ビーム砲グレイプニルに撃ち抜かれ、ヘロヘロと墜落する。

「……逃がすかッ!」

グフはそのまま、無力化した敵たちにトドメを刺すヒマさえ惜しむように。
逃げ行く「かつての愛機」の背を追いかけ、翼を広げて飛んでゆき――


――彼らの去った、元コンサート会場。
襲撃犯の一味はディンとガズウートを乗り捨てて、武装を失ったバクゥに拾われ、既に基地を飛び出している。
慌てて押し寄せた歩兵たちを文字通り『煙に巻く』ために使われたガズウートの煙幕が、今なお少し周囲に漂う。
仮設ステージは崩れ落ち、人々の逃げ去った会場はガランと空虚な広がりを感じさせ。
誰かが取り落としたらしい『ラクスLOVE』と書かれたメガホンが、群集に踏まれていびつに歪んでいる。
その、メガホンを拾い上げながら、溜息をつく人影が1つ。
『ラクス・クライン』の『マネージャー』、サラ。
彼女はそれを放り捨てると、携帯電話を取り出しどこかに通話を繋ぐ。中継をいくつも挟んだ、直通通信。

「こちらサラです。議長……たった今、『偽りの歌姫』が、奪われました――」


422 :隻腕12話(14/21):2005/10/26(水) 09:43:04 ID:???

いつしか垂れ込め、空を覆いだした分厚い雲の下――
緑に満ちた島の中を、場違いな橙色の色彩が2つ、駆けている。
大地を跳ねるように逃げるザクファントム。滑るように空を舞うグフイグナイテッド。
逃げるザクのブレイズウィザードが、突端を天に向けたまま、後方上空にミサイルを撒き散らす。
追っ手のグフは、空中で身を捻って避け、あるいは手元の4連ビーム砲で打ち落とし、盾で受け。
一発もクリーンヒットさせることなく、さらに追撃を続ける。

「……ほんとしつこいッ! そろそろ中立エリアに突入すんのにッ!」
「だーッもう下手に撃てないじゃねーか! 大体、なんで昔の自分の機体を壊さなきゃいけないんだッ!」

どちらも焦りを隠せない。
ザクの側は、逃げるのが精一杯だし――なにせ片手が大事な人質で埋まっている上、速度が違う――、
グフの側は、人質がいるので簡単に撃墜してしまうわけにもいかない。
追いついて斬り付け無力化しようと、剣を片手に追い続けているが、良い好機がない。

「……よし、じゃ、賭けてみようかな」

この膠着状態を脱しようと先に動いたのは、マユの方だった。
これまで最小限のジャンプに留めていたザクファントムを――大きく、跳躍させる。
ブレイズウィザードの大出力スラスターが、大きな炎を吹く。

「馬鹿がッ! 空ならこのグフの舞台だぜッ!」

その様子を見て、ハイネは嬉々としてフットペダルを踏み込む。
空中で分かり易い放物運動を見せるブレイズザクファントムの背中に、一気に迫る。
が――突然。
その背中が、目の前に急速に迫ってくる。いきなり大きくなる。
正確には――その背中にあった、ブレイズウィザードだけが。

「何ッ!?」
「もらったッ!!」

それは――空中での、ウィザード緊急排除。
排除で発生した運動エネルギーを獲得し、ブレイズウィザードは背後に迫ったグフにぶつかって。
半身を捻ったザクが敵もろとも、自らのウィザードをビーム突撃銃で撃ち抜く。
空中に、大きな炎の華が咲く。

「……やったッ! 上手くいった!」

それは、過去の経験から思いついた奇襲攻撃。
カガリが、シンがやって見せた、ストライカーパックやシルエットの排除を絡めた変則攻撃。
それを参考にした、マユなりの応用戦術。

423 :隻腕12話(15/21):2005/10/26(水) 09:44:04 ID:???

が――振り返ったマユの表情が、一瞬にして強張る。
爆炎に巻き込まれて砕け散ったのは、同じく橙色に塗り上げられた、その大きな盾だけ。
本体は、咄嗟に盾を捨てて距離を取り、さらに上空に飛びあがっていて。

「やってくれたな……! しかし、ソイツは元々俺の機体だ!
 『やれること』も『やりそうなこと』も、大体想像つくんでね!」

そのまま両手で剣を構え、ザクの背中目掛けて突進。
相手の両肩のシールドを構えるヒマさえ許さず――背中に、深々と剣を突き立てる。

「……あ、え、え?」
「――撃墜はしない。殺しもしない。
 だがこれで――お前に残された時間はあと数十秒だ! さっさと不時着して、降伏しろッ!」

剣はかなり深く刺さっているにも関わらず、爆発もしなければコクピットにも損害はない。
そんなことをすれば、その手に握られた『ラクス・クライン』の命もないからだ。
空中で、グフは慎重にしかし素早く、刺さった剣を抜く。背面には小さな傷が残るだけ。

しかし――マユが操縦桿を握るコクピットでは。
まだまだ余裕だったはずの残エネルギー量が、一瞬にしてレッドゾーンに落ち込んで。
メインバッテリーから伸びるエネルギー伝道路が断絶され、予備電源に切り替わったのだ。
ハイネ自身が叫んだ通り、知り尽くした自分の機体だからこそできる超人芸。

それでもマユは、諦めも悪く逃げ続ける。
エネルギー不足のアラーム鳴り響くコクピットの中、必死に操縦桿を握って。
大きく跳躍しながら、島の山を越え、小さな渓谷を越え――



「――――うおぉぉぉぉおッ!!」

それは――橙色のザクが、一際大きな山筋に差し掛かった、その時。
ザクの逃げ行く前方の空から、叫びを上げつつ突進してきた影があった。

紫色の専用カラーに染められたそのMSは――連合軍の最新鋭機、ウィンダム。
万が一の事態に備え、歌姫誘拐の支援要員として待機し山中に伏せていた、予備戦力。
ジェットストライカーを背に、矢のように飛来してきて――ザクを追うグフに襲い掛かる。

「ネオ!」
「マユ、お前はそのまま逃げるんだ! コイツは俺が受け持つッ!」

ネオ・ロアノークはマユに向けて叫ぶと、グフに向かって左手の盾の衝角を突き出す。
新たな敵の出現に、グフも慌ててそれを回避して。
空中で目まぐるしい死闘を開始した2機を残し、橙色のザクは稜線の向こうに姿を消す――


424 :隻腕12話(16/21):2005/10/26(水) 09:45:05 ID:???

――今にも泣き出しそうな、灰色の雲の下。極彩色のオレンジのザクが、山の斜面に着地する。
止まりきれずに、木々を押し倒しながら滑り落ちていく。派手な破砕音。
咄嗟に右手の銃を放り捨て、左手の中の娘を両手でカバーする。
山肌を延々滑り続けて……ようやく止まったのは、谷底に流れる川の、小さな河原のすぐ近く。
動きが止まるのと前後して、そのモノアイが二度三度点滅して。ついにバッテリーが底を付き……活動を停止する。

――静寂が戻った河原。驚いた鳥たちが鳴きながら飛び去っていく。
動きを止めたザクのコクピットハッチは、小さな音を立てて煙を上げ。
爆薬による緊急開放を受けた扉が、内側から蹴り開けられる。

「……ふぅ。大変な目にあったなぁ」
「――まったく、本当ねッ!」

コクピットから顔を出し、思わず独り言を呟いた少女の声に――応える者があった。
え? と少女が見上げる間もなく、躍りかかるのは桃色の人影。
動きを止めたザクの指の間から抜け出してきた彼女は……他ならぬ『ラクス・クライン』本人。

「なんてことしてくれたのよ、アンタはッ! あたしのせっかくのコンサートッ!」
「な、何よこの無責任女ッ! いまさらコンサートだなんてッ!」

大声を上げ少女に掴み掛かる歌姫に、少女もすぐに応戦して。
2人は取っ組み合いを繰り広げながら、ザクの上から転げ落ちる。髪を掴み 服を掴み 噛み付き合って。
柔肌を傷つける石や枝も気にすることなく、そのまま河原に転がってゆく。

「せっかくみんなが来てくれたのにッ! せっかく掴んだチャンスなのにッ! 全部ブチ壊しよッ!」
「結局そうなんだアンタはッ! 要するに目立ちたいだけなのにッ! いっつも偉そうにッ!
 どーせ、孤児院のことなんてどーでも良かったんでしょッ! この偽善者っ! この口だけ女ッ!」
「何よ、孤児院、孤児院ってッ! アンタもオーブの姫様も、訳分かんないわよッ!」
「何よその変な衣装ッ! この露出狂ッ! こんな金ピカのヒトデなんてつけて……!」

互いに微妙に噛み合わない怒鳴りあいをしながら、2人の格闘は続く。
馬乗りになったマユは、怒りの声をあげつつ、目立つ星型の髪飾りに手を伸ばす。
同時に――その周辺の桃色の髪も、一緒に握り込まれて。
抵抗する歌姫は、大きな胸の上に乗る不安定な姿勢のマユを、両手で突き飛ばして。

その拍子に――歌姫の桃色の『髪』がズルリと、抜け落ちる。まるでタチの悪い冗談のような光景。
身体の離れた2人は、しばし呆然と互いの顔を見合わせて。
マユの手の中に残された、桃色のカツラ。歌姫の装束を身にまとったままの、黒髪の娘。
互いに言葉を失い、見つめ合う。

「…………あんた…………誰?」

搾り出すように、呆然と呟くマユ。その頭上から、とうとうポツリポツリと、雨が降り始める――


425 :隻腕12話(17/21):2005/10/26(水) 09:46:06 ID:???

2度、3度と、空中でMSがぶつかり合う。
ハイネ・ヴェステンフルスの駆るグフ・イグナイテッド。
ネオ・ロアノークの駆る、ジェットストライカー装備の専用ウィンダム。
2人の実力は――まさに拮抗していて。
互いに、姿を消したザクの行方を気にしながら、探しに行くことができない。
どちらも理解しているからだ――背中を向けたりしたら、その瞬間に相手に殺される、ということを。

「……まったく、連合もなんてMSを作りやがるんだよ。なんて運動性だ……」
「いやはや、ザフトもバカにできんね。こんなモノを量産された日には、たまらんぞ」

いつしか降り始めた、土砂降りのスコールに打たれながら。
2機のMSは、空中で互いの出方を伺う。どちらからともなく、動きを止める。
どちらも細かい損傷が全身に刻まれているが、動けなくなるような致命傷は避けている。
機体の状態だけなら、まだまだ戦える。だが――
双方のパイロットが気にしてるのは、視界の隅で点滅する、エネルギー残量を示すメーター。
どちらもイエローゾーン。これから目の前の難敵を倒し、ザクを探索するには、いささか心許ない数字。

否――2人とも、言葉にせずとも分かっている。
目の前の敵を倒しきるには、あと1つか2つ、手が足りないと。
このままでは――共に電池切れで墜落するまで、決着はつきそうにない。

「……やむを得んッ!」
「……何をッ!」

ウィンダムの手元から、手裏剣状の武器が投擲される。
グフは反射的にビームソードで打ち払うが、触れた途端に起こるちょっとした爆発。
……剣を失い慌てて身構え直したハイネが見たものは、敵の追い討ち攻撃ではなく、逃げ去る背中。

「……そっちもバッテリー切れってわけね。さて、コッチも一旦戻んないとなァ……」

ハイネは溜息をつくと、自分も機体を反転させる。
激しい雨に打たれる背後の森を振り返りながら、口の中で呟く。

「……頼むぜ、ミーア。悪いけど、俺が戻ってくるまで無事でいるんだぞ……!」



文字通りバケツをひっくり返したような雨が、森を打つ。熱帯特有の激しいスコール。
木々の葉の下、動物たちも息を潜め、ただただ雨音だけが森に響く。
動きを止めた橙色のザクも、そのままの姿勢で成す術もなく雨に打たれて――
頓挫した時に広げられたままの片方の盾が、ちょっとした屋根を形作る。

その、期せずしてできた小さな東屋の下――膝を抱える人影が、2つあった。


426 :隻腕12話(18/21):2005/10/26(水) 09:47:03 ID:???

「……雨……凄いね……」
「うん……凄いね……。プラントじゃこんな雨は降らないから……」

片手に携帯を握り締めたまま、空を見上げるマユ。
桃色のカツラを返してもらったまま、しかし被らずに握り締めたままの歌姫。
先ほどまでの激しいケンカを忘れさせる、弛緩した雰囲気。

「……ごめんね、なんかミーアの邪魔しちゃって」
「うん……。でも正直、ショックだなー。『本物の』ラクス様がそんな人だなんて」

雨の中、どちらの陣営の迎えも現れず。
雨宿りしながら話すともなしに話していたのは、互いの身の上、そして『ラクス・クライン』のこと。
ケンカの後に芽生える友情、というわけでもないのだろうが……
もはやマユの側にはこの『歌姫』を憎む気持ちはなく、『歌姫』の側もマユの気持ちを納得してしまった。

「ミーア・キャンベル、か……。道理で変だと思ったんだ」
「このことは秘密だよ、マユちゃん?」
「うん。あたし、『ラクス』は嫌いだけど……ミーアは嫌いじゃないし」

これまでのミーア・キャンベルの話を総合するに。
元ザフト兵で、ラクス・クラインのファンで、そっくりさん大会で優勝経験のあった彼女。
顔はあまり似てなかったものの、声と歌唱力は本物に迫るものがあり。
1年ほど前――芸能プロダクションのスカウトに、声をかけられたらしい。

ただしソレは、アイドル『ミーア』の売り出しのためではなく、『ラクス・クライン』の影武者候補として――

「あたしは……本物のラクス様は、行方不明って聞いてたんだ。
 で……ラクス様が出てきてくださるまでの間、代役が必要だって聞かされて、頑張ってたんだけど。
 まさか、そんなところで孤児の世話なんかしてたとはね……」
「たぶんあの人、表舞台に出てくる気なんてないよ。きっとあのキラって男が、世界より何よりも大事なんだよ」

マユは思い出しただけでも苛立ちを隠せない様子で。
生々しくも具体的な『自分の理想像』の実態に、ミーアは少し落ち込む。

「……でもさ、ミーアはそんなこと気にしないでいいと思う。あんな奴に引っ張られること、ないと思う。
 ミーアは、ミーアの信じることをやりなよ。あたしも……立場は違うけど、共感できちゃうからさ」
「ありがと、マユちゃん」

――いつしか雨は小降りになり、雲が晴れてゆく。
ザクファントムの盾と木々の隙間から見上げた空には、綺麗な虹。
2人はゆっくりと立ち上がり、互いの顔を見合わせる。


427 :隻腕12話(19/21):2005/10/26(水) 09:48:04 ID:???

雨上がりの空を、風を切って飛ぶMS。
一旦基地に戻って充電をしてきた、ネオのウィンダムだった。
その背後には――補給のついでに基地で借りてきた、ジェットストライカー付きのダガーLが5体ほど。

「さて、マユたちを見つけられれば良いんだが……あのオレンジ野郎と出くわさないとも限らんしな」

と、ぼやく間もなく――行く手の空に見えるのは、その「オレンジ野郎」。
こちらも応援を頼んだのだろう、後ろにはディンを5機ほど付き従えている。
これでは、ラチが開かない。また似たような均衡になって苦戦するのがオチだ。
向こうもそう思ったのか、すぐには突っかかって来ずに、空中でホバリングして様子を伺う。

「どうしたモンかねェ。あんな気の抜けない戦いを繰り返すのは、正直遠慮したいんだが。
 …………ん? あれは?」

何か均衡を破る契機はないかと、周囲を見回していた彼らは――双方ほぼ同時に、気づく。
2機が向き合う、その足元。谷底を流れる小川の、ちょっとした河原。
頓挫した橙色のザクの姿と――頭上に向かって手を振る、2人の姿。
桃色の髪を揺らす歌姫と、栗色の髪の少女。
その2人の様子を見て、ネオは軽く溜息をついて、通信機を操作する。

「……なぁ、オレンジの。聞こえるかい?」
『なんだ、紫の。聞こえてるよ』
「ここは……ちと休戦といかないかね? 互いに、無理して争う意味もないだろ」
『おいおい、ソッチから仕掛けておいて、何て言い草だよ。
 でもまぁ――仕方ないか。ここまで来て騙し討ちは、ゴメンだぜ?』



――連合側の基地に戻る、ウィンダムの中。
ネオの膝の上に座るマユは、ニコニコと笑顔を浮かべ続けている。
『ラクス・クライン』を確保したグフの後姿は、後方に遠ざかっていく。

「……ま、『ラクス・クライン』の誘拐には失敗したが、作戦としちゃぁ十分だ。
 スティングたち3人も脱出したって報告入ってるし、これでよーやく終わりだよ」
「ねえネオ、あたし、役に立った?」
「ああ、役に立った。まさか向こうにあんな腕の立つのがいたとはねぇ。
 マユがいなかったら、スティングたちもあのオレンジ野郎に倒され、捕まってたかもしれない」
「へへへ……!」

ネオに褒められ、マユは嬉しそうに笑う。
彼女の中に燻っていた自分への疑い、それがこの一連の騒動で払拭されて。
大丈夫、マユは――フリーダム抜きでも、十分ヒトの役に立つことができるのだ。


428 :隻腕12話(20/21):2005/10/26(水) 09:49:41 ID:???

「じゃあさぁ、ネオ」
「何だ?」
「こんなの見せたら……もっと褒めてくれるかな?」

そう言ってマユが取り出したのは、ポーチに入れていた桃色の携帯電話。
手の中で蓋を開いて、なにやら操作を始める。

「おいおい、こんな電波障害の強い所で携帯なんて……」

思わず文句を言いかけたネオは、途中で絶句する。
マユが表示したのは――1枚の写真。携帯電話付属の小型カメラで撮影した、1人の人物像。

 桃色のカツラを手にしたまま、目を細めて微笑む、黒髪の娘――
 ザクファントムの盾の屋根の下、膝を抱える彼女が身にまとっているのは、歌姫の舞台衣装。

「ついさっきね、こっそり撮ってたんだ。喋ってる動画もあるし。……ねえ、びっくりした?」
「これは……驚いたな。ある意味、誘拐よりも凄いかもしれないぞ」

ネオは言葉に詰まるほどに驚いて。マユは膝の上からその顔を見上げて、にんまりする。
ちょっとばかり調子に乗った勢いで、見せてしまったこの映像の意味。マユ自身ちゃんと理解できていない。
彼女はネオにも聞こえぬ小声で、裏切った友に謝罪する。

「ごめんね、ミーア。ミーアの秘密、早速ばらしちゃった♪
 だって、あたし……それでも『ラクス・クライン』が、大嫌いだからさ。
 そんな格好で、これ以上歌って欲しくはないからさ――」



ファントムペインとマユの大暴れで、大きな損害を受けた、ザフトの前線基地で――
赤いバイザーの女・サラは、再び携帯電話を手にしていた。
見上げる彼女の頭上から、歌姫を奪還してきた橙色の英雄がゆっくりと降りてくる。
その手の中には、安堵の表情を浮かべるミーア・キャンベルの姿。

「……はい。やはりハイネ隊は問題があるように思います。腕は確かなのですが。
 数少ない彼女の『正体』を知る者たちとして、護衛に向いているかと思ったのですが……
 どうやら逆効果、かえって彼女を『信頼』し過ぎて、油断してしまうところがあるようですね」

サラの言葉は冷たい。淡々と、電話の向こうにいる相手に向かって、事務的に話す。
頭上のミーアに手を振り返しながらも、口元には笑みも浮かばない。

「……ええ。そうですね――隻眼のヒルダの隊などはいかがでしょう? ええ、あの3人組の。
 『ラクス・クライン』の護衛、やはり彼女の熱狂的ファンの方が、良いと思いますので――」


429 :隻腕12話(21/21):2005/10/26(水) 09:51:03 ID:???

「あ、いたいた。やっとみつけたぞ、マユ!」
「あー、カガリー。どしたの、何かあったの?」

何やら慌しい雰囲気の中。
ひょっこりタケミカズチに戻ってきたマユを出迎えたのは、カガリだった。
連合側の基地施設から出てきた姿を見ていないカガリは、マユのわざとらしい演技に気づくこともなく。

「お前がいない間、大変だったんだぞ? なんだか連合兵にスクランブルかかって、飛び出していくし
 よく分かんないけど、山2つ3つ向こうにあるザフト基地と揉めごとが起こったらしくて」
「ふーん……」
「ムラサメ隊も、万が一に備えて待機させてたんだけど。
 やっぱフリーダムが、マユがいないとみんな不安がっちゃってさ。
 『遊びに行くな』とは言わないが……これからは、出かける前に一言ちゃんと言ってくれよ」
「うん、分かったよカガリ。今度から気をつける」

一通り愚痴ったカガリは、ようやくマユを落ち着いて見て、気づく。
品の良いブレザー姿のマユの服のあちこちが汚れ、擦り切れている。
まるで――山の中で誰かと取っ組み合いのケンカでもしてきたかのように。

「ところでマユ、お前どこに行ってたんだ?」
「ファントムペインのみんなと一緒に、ちょっとドライブにね♪」
「山の中で転んだのか? 大事な身体なんだからな、気をつけてくれよ。
 ところで……それ、何だ?」

マユを気遣うカガリは、ふと『ソレ』に気づいて指差した。
肩から提げたポーチの中から覗く、尖った金色の金属板。
星型の、大きな髪飾り。
問われたマユは、完全に自信を取り戻した素敵な笑顔で――笑って答えた。

「これは――戦利品。あたしと物真似女王の、友情の証だよ♪」


                       第十三話 『 蒼い秋桜(コスモス) 』 につづく