- 165 :隻腕13話(01/21):2005/11/13(日) 19:03:17
ID:???
- 谷底に横たわる、まだ焦げ跡も生々しいバクゥの残骸の上を、矢のような大きな影が通り過ぎていった。
草一本ない枯れた峡谷、飛んでゆくのはザフトの無敵戦艦、ミネルバ。
彼らが向かう先に待ち構えるは、連合軍屈指の要塞、ローエングリンゲート。
その名の元になった陽電子砲台が、山の上から彼らを狙う。
防衛MSがわらわらと湧き出す中、先手必勝とばかりに先に仕掛けたのはミネルバの側。
艦首に据えたこちらも陽電子砲、タンホイザーを遠距離から撃ち放つ。
岩肌を削り地形を変えながら、固定砲台に迫る閃光。
しかし――その圧倒的な破壊の光は、割り込むように飛び出した一機のMAに遮られる。
蜘蛛のような6本足。とってつけたようなダガーの上半身。怪しい光を放つ陽電子リフレクター。
かつてオーブ沖でミネルバを苦しめたザムザ・ザーの流れを汲む、新型機ゲルズ・ゲーだ。
その光の盾は、またしてもタンホイザーを完全にシャットアウトし――そしてすぐ、その場をどいてしまう。
ゲルズ・ゲーが射線から避けた途端、お返しとばかりに砲台から放たれるローエングリン。
ミネルバは、戦艦とは思えぬほどの敏捷性で機体をロールさせ、紙一重でそれを回避する。
翼の突端が岩山に触れ、大きな土煙を上げて大地を削る。
大砲の撃ち合いではラチが開かないと見たか、双方はMSを全面に押し出して交戦を始める。
……しかしこの戦闘、誰が見てもミネルバの不利は明らかだった。
ゲルズ・ゲーを倒さんと突進するセイバーを、無数のジェット装備のダガーLが阻止する。
逆に、ミネルバの足を止めようと襲ってくるダガーLの群れは、2機のザクだけでは止めきれない。
ミネルバは何発も被弾し、その巨体が大きく揺れる。
このまま、またしてもザフトの攻勢は失敗するのか、と思われた、その時――
固定砲台近くの山肌が、何の前触れもなく突然、爆発する。
土煙の中から飛び出したのは――コアスプレンダー。
その後を追うように、チェスト、レッグも飛び出してくる。
現地のレジスタンスの協力で知った、忘れられた廃鉱山の坑道の情報。
常識的にはMSなど通れぬ狭い道だったが――この分離合体式MS、インパルスならば。
「――俺がキめるッ! 俺が……ミネルバのエース、シン・アスカだッ!」
砲台の眼前で合体したインパルスは、絶叫と共にローエングリンを撃ち抜いて。
難攻不落のローエングリンゲートは、その最大の武器を失った。
そこから先は、一方的な乱戦だった。
戦意を失いつつも引くに引けない連合軍MSを、ミネルバ側が容赦なく落としていく。
赤いザクウォーリアも白いザクファントムも、1発撃つごとに1機のダガーLを落とし。
セイバーはゲルズ・ゲーをスピードで翻弄した挙句、その2門の大砲を背中に押し付けゼロ距離射撃。
これでは、無敵の盾・陽電子リフレクターも、使いようがない。
そして――陽電子砲を落としたはいいが、1人大量の敵の中で囲まれる格好になったインパルスは。
しかしその危機をものともせず、むしろ嬉々として大立ち回りを演じる――
- 166 :隻腕13話(02/21):2005/11/13(日) 19:04:22
ID:???
――場面変わって。ここは連合軍の一大拠点・スエズ基地。
大河にも見間違う人工の水路、スエズ運河から枝を出すように作られた港に、艦隊が到着する。
長旅の果てにここまで到着した、オーブ軍艦隊である。
途中、何度かザフトとの遭遇戦を経験していたが、しかし艦隊にさほどの損傷はない。
彼らは基地に入港し――しかし、せっかくの援軍の到着だと言うのに、出迎える連合兵はほとんどいない。
たまたま通りかかった兵士たちも、むしろどこか冷たい目で――
――そんな様子を、運河の反対側から望遠レンズで捉える人物がいた。
茶色の髪をバンダナでまとめた、1人の娘。いかにも戦場カメラマン、という風体。
古風なデザインの――しかし、中身は最新鋭の――カメラを構えて、艦隊や基地の様子を撮影する。
伏せて藪に姿を隠したまま、基地の様子を窺う。
「もう少し近づきたいんだけどなァ。これ以上は、見つかっちゃうだろうしね。
……ん? あれは?」
と……彼女はふと何かに気付いて、オーブ艦隊から視線を外す。
港だけでなく、スエズ基地に併設された空港の方にも、動きがあったのだ。
一機の飛行機が、音を立てて着陸態勢に入る。
「おかしいわね……定期便の時間は、もっと先のはずなのに」
時計を一瞥してそう呟くと、今度は停止した小型機にもカメラを向ける。
望遠レンズの向こうに、降りてくる細い人影と、ペコペコと頭を下げる基地司令の姿を捉える。
「……!! あの人は、確か……。
って、何でジブリールグループの総裁がこんなトコに来るのよ!?」
2年のキャリア持つ戦場カメラマン、ミリアリア・ハウは、伏せていることも忘れて思わず叫ぶ。
そう、まるでオーブ艦隊の到着とタイミングを合わせるように、スエズの地に降り立ったのは――
「これは盟主殿、わざわざこんなところまで」
「頭を上げたまえ、基地司令殿。事情を知らぬ者に見られたらどうする気かね?」
「はッ、いやしかし」
「表向き私は、ただのテレビ屋だからね。将官クラスの軍人に頭を下げられる理由がないのだよ」
「……以後気をつけます。それより、ご用件は?」
「そうだな……どこか、内密な話のできる部屋はないかね?
ちょっとばかし、大事な話を聞き出さねばならない相手がいるものでね――」
その会話は、ミリアリアの耳には届かぬが――その中性的な横顔は、カメラにしっかり捉えられる。
大西洋の重鎮の1人、メディア王、ロード・ジブリール……!
- 167 :隻腕13話(03/21):2005/11/13(日) 19:05:21
ID:???
マユ ――隻腕の少女――
第十三話 『 蒼い秋桜(コスモス) 』
スエズ基地に錨を下ろした、タケミカズチ――
そこから降りてくるのは、カガリを中心としたオーブ軍の指揮官たち。
「まったく、ロクに出迎えもないとはな。連合はこの同盟を本気で維持する気があるのか?」
基地司令の中を歩きながら、カガリは愚痴る。
実際――連合軍の態度は、遠路はるばるやってきた「友軍」に対するものとは思えぬほど冷たかった。
特に、何といってもカガリは一国の長。名誉職的なものとはいえ、今は階級的にも将官クラスの軍人扱い。
本音はどうあれ、本来ならば基地司令自ら歓迎の意を表明すべき存在。
それを、はるかに格の劣る部下に出迎えを任せ、逆にカガリの方に挨拶に来い、などと言うのは――
「いくらオーブが小国とはいえ、これはちょっとした国辱ものだな。
なあネオ、連合は我々と共闘したいのか? それとも我々と戦争したいのか?」
「悪気はないんじゃないですかねぇ。司令だって『忙しい』って言ってたんでしょ?
ほら、なんか北のガルナハンの方が大変なことになってるらしいし、その関係じゃないかなぁ?」
同じようにJ・Pジョーンズから降りてきたネオと合流しつつ、カガリは愚痴る。
彼らの背後では、一般のオーブ兵たちも久しぶりの陸地に続々と上陸して。
東インド諸島で寄港してから一ヶ月弱、ずっと海の上だったのだ。
ザフトとの遭遇戦を恐れる心配もなくなり、どの兵士の顔もどこか緩んでいる。
「……しかし、カガリ様。本当に良かったのですか?」
「何がだ?」
「兵士達の、上陸許可です」
心配そうに口にしたのは、カガリに付き従っているオーブ軍人の1人、トダカ一佐。
カガリたちと歩きながら、背後の兵士たちを振り返る。
「ここは連合の後方にある巨大基地です。猫の手も借りたい前線基地とは、事情が異なります。
ナチュラルの兵は問題ないでしょうが……もしかすると、コーディネーターの兵は……」
「……まさか、大丈夫だとは思う、んだがな」
オーブ軍には僅かではあるが、コーディネーターの兵士も混じっている。
あるいは、コーディネーターへの偏見持つ連合兵とトラブルを起こしたりはしないか?
トダカの心配に、カガリも眉を寄せる。
「まあ、いい。その件についても、基地司令にしっかり言っておくことにしようか」
- 168 :隻腕13話(04/21):2005/11/13(日) 19:06:48
ID:???
スエズ基地から北北東に遠く離れた、山中に――ガルナハン、という名の街があった。
険しいハゲ山に挟まれた、枯れた峡谷。小さな盆地に作られた、小さな街。
一応、南北の平地を繋ぐ天然の関所のような地形ではあったが、しかし他にいくらでも迂回路は存在し。
むしろ、いくつかあるルートのうち、比較的狭く通りにくい道だったため、あまり栄えてもいなかった。
だがユニウスセブンの落下が、この街の運命を変えた。
この街そのものには、落ちていない。運良く直撃は避けていた。
しかし――このあたり一帯には、運悪く多くの破片が降り注いで。
無数の隕石の襲来に、ほとんどの交通路はズタズタに寸断され、復旧の見通しすら立たず。
奇跡的に、地図の上に一本の線を引いたように残されたのが『ガルナハンルート』。
東西どちらかに回って海に出るか、ガルナハンを通るか。陸路に拘るなら、避けようのない場所。
ちょうど、連合・プラント双方の勢力圏の境界近くに位置していたことも、この町にとっては不幸だった。
小規模な部隊なら山越えもできようが、大部隊を敵勢力圏に進出させるにはガルナハンルートが唯一の道。
一夜にして、この小さな街の戦略的価値は急上昇したのだった。
その重要性にいち早く気付いた連合軍は、開戦とほぼ同時にガルナハンを制圧。
そして、この拠点の防衛のため、ガルナハンルート上の隘路に巨大な砲門を据えた。
難攻不落の要塞、『ローエングリンゲート』の誕生である。
最強の攻撃力を誇る陽電子砲と、最強の防御力持つMAゲルズ・ゲー。
この、無敵の矛と盾の組み合わせは、開戦以来ザフトの攻勢を何度も退けてきた。
強圧的支配を受けたガルナハン住民の一部がレジスタンスとして抵抗したが、これも力で退けて。
この地における連合軍の優位は、揺るがないものと思われていた――
ミネルバが、ローエングリンゲートを突破するまでは。
ローエングリンゲートから少し入ったところにあるガルナハンの街は、歓声に沸いていた。
街の人々に嫌われていた連合軍が、完膚なきまでにザフトに敗北したからだ。
力で街を支配していた連合兵たちが、レジスタンスの面々に拘束され、打ち倒され、その場で処刑される。
人々は降り立ったザフトのMSの周りに集まり、彼らの健闘を称えて喜びの声を上げる。
特に人の集まっていたのは、支配の象徴だったローエングリンを破壊した、インパルス。
ワイヤーを使って降りてきたシンを、街の人々が取り囲む。
みな、口々に英雄を称えて――
「あの、その……さっきは、ごめんな」
「ん? ああ、ミス・コニールか。別に構わないよ。君のお陰で、連合軍が倒せた」
モジモジしながら出てきた少女に、青年は自信に満ちた笑顔で応える。
この少女こそ、坑道の存在をミネルバに伝え、この作戦を成功させた功労者。
その際、彼女はシンの実力を見くびって、ちょっとしたトラブルになっていたのだが――
もはやわだかまりも何もなく、笑いあう。
- 169 :隻腕13話(05/21):2005/11/13(日) 19:07:48
ID:???
――スエズは、大きな基地である。
陸・海・空・宇宙、全ての軍に対応した、連合軍の一大拠点。自然と規模も大きくなる。
そもそも、このスエズ地峡という土地。有史以来、地政学的に極めて重要なポイントであった。
陸地に目をやれば、ユーラシア大陸とアフリカ大陸を繋ぐ重要な陸路。
海洋に目をやれば、地中海の航路と紅海の航路が最接近する重要な地峡。
ましてや、スエズ運河が開通し、地中海と紅海が直接繋がれるようになってからは。
そこから得られる収入、そして軍艦の交通による軍事的利益を求め、各国は相争うことになった。
19世紀に開通したスエズ運河は、当初フランスとエジプトの共有とされ、次いでイギリスが支配し。
その後、数段階に渡る紛争と交渉を経て、エジプトが完全に支配、国有化することとなったが……
コズミック・イラのこの時代。
かつての国家の枠組みが崩壊し、新たに大きな国々に編成し直された、再構築戦争に伴う紆余曲折の末に。
この運河は――かつてのイギリスの流れを一部汲む、大西洋連合が実質支配する飛び地となっていた。
綺麗事で手に入れた土地ではない。多くの血を流し、恨みを生み、それでもなお武力で押さえられた土地。
そして、その大西洋連邦は――地球連合所属の各国の中でも、特に『ブルーコスモス』の力の強い国でもある。
「……あぁん!? 何だ、このガキは?」
「おいおい、オーブの軍服に……少尉さんの階級章までつけてるぜ!」
「何? こいつ、ひょっとしてマジで少尉なわけ? コスプレじゃなくて!?」
「オーブってそんなに人手不足なのかよ?」
基地の一角――人通りの少ない建物の影で。1人の少女が、4、5人の兵士に絡まれていた。
上陸許可を取ったはいいが道に迷ってしまったマユと、通りすがりのスエズ基地所属連合兵。
道を尋ねたマユに、しかし兵士たちはニヤニヤと、馬鹿にしつつも敵意を滲ませて……
「あ、その、確かにあたしは三尉ですけど……。それに、オーブは人手不足なんかじゃないですよ」
「じゃあ、なんでガキが少尉なんてやってられるんだよ?!」
「それは……その、えーと……あたしが、コーディネーターだから……」
必死に抗弁するマユ。オーブでは一度だって受けたことのない理不尽な反応に、ただ混乱するだけで。
だから彼女は――自分の言葉の持つ意味を理解せず、素直にあっさり、その単語を言ってしまう。
「………!」
「コーディかよ、この糞ガキ!」
「遺伝子弄ってるから、子供でも戦争できます、ってかァ!?」
「宇宙の化け物は宇宙に帰れってんだ! 何オーブなんぞに潜り込んでこんなとこに居やがる」
「お前らさえ最初からいなければ……!」
マユの小さな身体に叩きつけられる、強烈な敵意。
単なる『コーディネーターへの反感』だけでは片付けられないその攻撃性に、マユは身を竦ませる。
彼女には、どう対処すれば良いのか、どう言い返せば良いのか、全く分からない。
- 170 :隻腕13話(06/21):2005/11/13(日) 19:08:52
ID:???
- と――そこへ。
「おい、お前ら――ウチの仲間に何やってんだよ」
「す、スティング!」
男たちの背後から声を掛けたのは――そう、マユも良く知るカオスのパイロット、スティング・オークレー。
マユを囲む男たちを哀れむような目で見ながら、大胆に近づいてくる。
連合の制服を着崩した、頼れる「白馬の騎士」の登場に、マユは少し安心する。
「な、なんだよお前は!」
「てめぇ、連合のクセにコーディの味方をするのかよ!」
「お前らさぁ……こんな子に何をビビってるんだよ? コーディってだけで怯えすぎだぜ。
それに、この子はこう見えてオーブのエースだぞ? お前らが何人束になろうと……」
「う、うるせぇッ! コーディはコーディだ、俺たちの敵だッ……!」
兵士たちはスティングに対しても罵声を浴びせるが、明らかに両者の『格』が違う。
余裕たっぷりな彼は悠々と歩を進め、兵士たちは及び腰で道を明ける。
スティングがマユに歩み寄り、彼女の肩に手をかけ微笑んだ、その時――
「なんだよ、お前は! ひょっとしてお前も――その『宇宙の化け物の仲間』かよ!?」
「!!」
何気ない兵士の一言に、スティングの顔が強張る。
マユは不思議そうに彼の顔を見上げるが、彼の視界に既にマユの姿はないようで。
傍から聞いている分には、今までの罵りとほとんど何も変わりはしないのに――
「い、今……な、なんて、言った? 『化け物の』……『仲間』?」
「なんだよ、耳も悪いのかよ、コイツは?! 『化け物の仲間』はロクなのがいないな!」
「ば、化け物……同類……コーディネーター……仲間……に、似たようなモノ……」
「ちょっと、スティング?! しっかりして!?」
「なんだぁ、こいつ??」
心配そうに顔を覗き込むマユも、不審がる兵士たちも無視して――いや、反応もできずに。
スティングは焦点の合わぬ目で、ガクガクと震えながら、ブツブツと呟いて――
「あーあ、知らねーぞ、お前ら」
「スティング……『ブロックワード』……」
その場にいる全員の視線が、スティングに集まる中――呑気な声と共に、新たな影が現れる。
ボリボリと頭を掻く青い髪の少年と、スティングを心配そうに見る金髪の少女。
「アウル! ステラ!」
「お前らさー、止めといた方がいいと思うぜー。いやマジで。
俺らは――そこにいるスティングも含めて、『第81独立機動軍』でさ」
- 171 :隻腕13話(07/21):2005/11/13(日) 19:09:43
ID:???
- 先ほどのスティング同様、兵士たちを舐めきった態度で近づくアウルとステラ。
兵士たちは、彼の名乗りに一気に蒼ざめる。
「81、って……ファ、『ファントムペイン』!?」
「ウワサの死神部隊……スエズに来てたのかよっ!」
「か、勘弁してくれ! 冗談じゃねぇ! 関わっていられっかよ!」
ただ一言、その部隊名を言っただけで――兵士たちは色を失い、後ずさり、散り散りに逃げ出した。
アウルはいつもの笑みを浮かべたまま手を振って見送り、ステラは膝をついたスティングに歩み寄る。
「さいなら〜。ったく、弱い犬ほどよく吼えてよく噛み付くんだよなァ。
逃げるぐらいなら、最初っから手出しすんなよ。よりによって一番の禁句を言っちまうし」
「スティング……大丈夫、ステラたちが、傍にいるから……」
「ステラぁ……ヒック、すて、ステラぁ……!」
一連の展開についていけないマユは、ただ目の前の状況を見守ることしかできない。
その場に膝をつき泣きじゃくるスティング。子供のように涙をこぼす彼に、いつもの余裕や強気は見られない。
そんな彼に近づいたステラは、優しくその頭を抱き、肩をさする。慈愛に満ちた優しい微笑み。
「ヒック……お、俺ッ、ば、化け物じゃない、化け物じゃ……」
「分かってる。スティングは人間だから。ステラたちと同じ、人間だから……」
ステラの胸に顔を埋め、優しく肩を抱かれて。青年の慟哭は、少しずつ収まってゆく――
――基地の中、マユたちが騒ぎを起こした場所から建物2つ向こうの道で。
オーブ軍人を引き連れたカガリが、足音も荒く歩いていた。
「全く、なんだあの基地司令の言い草はッ! 我々を馬鹿にしくさって……」
「実務的な件については一応対応して頂けましたが、しかし誠意ある態度とはとても……」
前もロクに見ず、部下たちと怒りながら歩く彼女が、道の角を曲がったその時――
彼らは反対側から歩いてきた1人の人影とぶつかりかける。慌てて足を止めるカガリ一行。
「あ、す、すまん――って、お前――」
「いえいえ、って――か、カガリさん!?」
反射的に謝ったカガリは、相手の姿を確認し、目を丸くする。こんなところで会うとは思ってなかった相手。
そこに居たのは、首からカメラを下げ、戦場カメラマン風のいでたちをした――
「ミリアリア! ミリアリア・ハウじゃないか! 久しぶりだな、おい!」
- 172 :隻腕13話(08/21):2005/11/13(日) 19:10:40
ID:???
――ガルナハンの街は、ザフトの兵士で溢れ返っていた。
この街の「解放」を実現した、ミネルバの兵だけではない。
別の地に向かうことが決まっているミネルバ、その後を継いでこの地の防衛に当たる部隊。
何やら山肌に防衛用陣地を構築している工兵隊に、南の連合勢力圏に攻撃をかけようとする大部隊。
行くもの・来るもの・通り過ぎるもの、それらがこの一時、全てガルナハンに留まっているのだ。
混雑しない方がおかしい。はっきり言って、街の許容量を越えている。
「なんでこんなに人がいるんだよ!」
「谷の方見なかったの? MSで埋め尽くさんばかりだったわよ。地上戦艦もいたわね」
「だから、なんでその連中が、みんな揃って街に出てるんだよ!」
緑色のザフト兵がひしめく、ガルナハンの目抜き通りで。一組の赤いカップルが言葉を交わす。
ぶつくさ文句を言うシンと、その腕にしがみつくように従うルナ。
2人は自機の整備を終えて休憩を貰い、艦長から直々に「街で遊んできたら?」と言われ出て来たのだが――
これではとても、デートどころではない。ただでさえ怒りっぽいシンは、苛立ちを隠せない。
と――その頭上に、何やら影が差す。同時に耳をつく、航空MSの飛翔音。
「なんだ!?」「敵襲!?」「何かあったのか!?」
シンも、ルナも、ザフト一般兵たちも。頭上を見上げて――そして、見る。
目にも鮮やかな、桃色の色彩。手の平の上に乗った、派手な舞台衣装の娘。
『みなさーん! こんにちわー! ラクス・クラインでーす!
勇敢なるザフト兵のみなさん! 心優しきガルナハンのみなさん! ご苦労様でーす!』
「あ、あれって……ラクス・クライン?」
「誘拐未遂されたって聞いたけど、また前線近くに出てきてるのかよ……!」
シンもルナマリアも呆然と見上げる中。
橙色のグフと、通常型のディンに抱えられた桃色のザクは、街外れの空き地に着地して――
『ラクス・クライン』のサプライズ・ライブは、この乾いた街で唐突に始まった。
――スエズ基地の外れ。
マユたち4人は、運河の見える小広場に来ていた。
ようやく泣き止んだスティングの背を、ステラがなおもゆっくりさする。
「大丈夫、スティング? 『ベッド』の手配……する?」
「いや、もう落ち着いたよ。お前のお陰で助かった。ありがとな、ステラ」
「おーいスティング、元気になったならマユに説明してやれ。どこまで喋るかは任せっから」
親密な空気の2人に、取り残された格好のアウルが、声をかける。
近くにあった自販機の、紙カップのコーヒーをスティングに渡し、少し距離を置く。
- 173 :隻腕13話(09/21):2005/11/13(日) 19:11:45
ID:???
- 柵にもたれ、スティングはコーヒーを啜る。そして、1人困った顔をしていたマユを手招きする。
ステラは静かに身を引いて――スティングとマユは、2人で柵越しに運河を眺める格好になる。
「……さっきは格好悪いとこ見せちまったな」
「ううん、ありがとう。あたしのこと、守ろうとしてくれたんだよね?
スティングの様子には――正直驚いたけど」
おずおずと、言葉を選ぶマユ。何から聞いていいものか、迷って言葉が出ない。
スティングはコーヒーを一口含むと、遠い目で虚空を見上げる。
「俺は正直、分かるんだ。分かっちまうんだ。あの連中の気持ちが。
マユに因縁つけてた、あの下らない連中の気持ちが、さ」
「気持ち、って?」
「奴らは……憎いよりも何よりも、『怖い』んだ。コーディネーターという存在が。自分とは違う存在が。
――連中自身には、そんな自覚持つ余裕もないと思うけど、よ」
目の前の運河を大きな船が通り過ぎてゆく。大西洋の旗を掲げた商船。
それを何とはなしに目で追いながら、スティングは言葉を紡ぐ。
「俺も、昔はああだった。コーディネーターが嫌いで、コーディネーターが憎くて。
奴らを見返したい、奴らに仕返ししたい、ってずっと思っていた。
あんな『化け物』、この世に居ること自体が間違ってると……本気で思っていた」
「…………」
それは、マユには想像もできない話。オーブでは、まるで聞かない話。
かの国では、コーディネーターかナチュラルか、という問題は、そこまで深刻な対立にはならないのだが――
「それで、俺は……ある筋から聞いたエクステンデッドの実験体に、志願した。
コーディネーター並の、いやコーディネーターを越えるほどの力が手に入ると聞いて、な。
確かに、ラボの奴らの言っていたことは嘘じゃなかった。けれど……」
「けれど?」
「気がつけば――俺も既にヒトではなくなっていた。忌み嫌っていた『化け物』と同等の存在になっていた。
いや、ある意味、コーディネーターよりタチが悪いぜ――定期的にクスリや『調整』が必要なんだから。
一部の能力に限って言えば、平均的なコーディネーターより遥かに高い能力があるんだから」
いつも皮肉っぽい笑みを絶やさぬスティングが、今はその虚勢の鎧を脱ぎ捨てて。
どこか諦めたような表情で、あけすけに己のトラウマを語る。
「だから、今はよ――コーディネーターというもの、それ自体は、そんなに嫌っちゃいない。
連中も、生まれた時からこんな気分だったのかな、って思うとよ。ちょっと憎いとは思えねぇ。
少ないながらもマユみたいに、イイ奴もちゃんといるしな」
「……ねぇ、スティング。一つ聞いてもいい?」
「ん? 何だ?」
- 174 :隻腕13話(10/21):2005/11/13(日) 19:12:40
ID:???
「あの、さっきのスティングのことだけど、ステラの言ってた『ブロックワード』って……?」
マユが疑問を口にした、その時。
運河を眺めるスティングとマユ、少し離れたベンチに腰掛けるステラとアウルに――声を掛ける者が。
「おー、こんなトコいたのか! タケミカズチに問い合わせても外出中って言われてさァ」
「……ネオ!」
「どーしたんだい、いったい? 確かしばらく任務はねーって聞いたけど?」
そう、それはファントムペインを率いる仮面の大佐、ネオ・ロアノーク。
ベンチから立ち上がり迎えるステラとアウルを無視して、彼は柵にもたれる2人に近づく。
「今用事があるのは、マユの方でね――。
スティング、お話中のとこ悪いが、ちとこちらの『お姫様』を借りてもいいかね?」
「文句は言えねーけどよ。一体何があるって言うんだ?」
露骨に眉をしかめるスティングに、ネオは口元だけを歪めるような笑みを浮かべて。
「いやなに――お前らも良く知る、とある『お方』が、マユに直接会いたいんだとさ♪」
――タケミカズチ艦内。
応接室のようなソファの置かれた部屋で、2人の若い娘が向き合っていた。
その雰囲気は、とてもではないが再会を懐かしむ少女たちのものではない。
「――では、最後の質問です。
艦隊派遣の延長もありうる、というお話でしたが、その際代表はどうなされるおつもりですか?」
「それは私の決めることではないな。その種の外交上の決断は、本国にいる代表代理に全権委任している。
もし、彼が延長を決めたのなら、私が異論を挟むことはないし――そのまま私も前線に留まるだろう。
今の私は、代表としての権限を凍結した、ただの将官に過ぎないからな」
「分かりました。ではこれで――インタビューを終わります。ありがとうございました」
どちらも硬い言葉で、相手に応えて。
ミリアリアが音を立てて取材メモを閉じた途端、2人の間の空気が弛緩する。
「――ふぅっ。カガリさん、なんか本当に代表っぽくなってない?」
「そりゃ、この2年間で鍛えられたからな。ミリィも、ジャーナリストが板についてきたんじゃないか?」
「んー、でもやっぱりまだまだね。今の質問だって、オーブの本社から送られてきた文章そのまんまだし」
とりあえずやらねばならない「お仕事」を終えた2人は、すっかりリラックスした様子で。
ぬるくなってしまった紅茶で、揃って唇を潤す。
- 175 :隻腕13話(11/21):2005/11/13(日) 19:13:55
ID:???
「「――ところで」」
紅茶を口から離し、話題を変えようとした2人は――タイミングが合いすぎ、思わずハモってしまう。
互いに顔を見合わせて、互いに譲り合う。
「あー、ミリィ、そっちからどうぞ」
「いえいえ代表、偉い人からお先どうぞ♪」
「『3SAFA(スリーサファ)』の仲間に「偉い」とか言って欲しくないんだけどな……まあいいや」
頭を掻きながら、カガリはソファの上に座りなおして。
ミリアリアの顔を見つめて、真剣な表情で切り出す。
「なあミリィ――お前さ、今の『ラクス・クライン』について、何か詳しいことを知ってないか?」
――ガルナハンの街。
唐突に始まった『ラクス・クライン』のゲリラライブは、大盛り上がりのうちに終了し。
彼女が手を振ると、ステージになっていたザクの手の平の上にスモークが満ちて……
煙が晴れた時には、彼女の姿は魔法のように消え失せていた。マジックショーじみた、過剰な演出。
「……全く、頑張っているな、ミーアも……」
群集に紛れてその様子を見守り、溜息をついたのは――赤服に身を包んだアスラン・ザラ。
以前、テレビの前で競演した2人だったが、彼女をミネルバから下ろした後は接点もなく。
アスランはミネルバと共に前線で、『ラクス』は各地の慰問活動で、それぞれ名を上げていた。
なし崩し的に全面戦争に入ってしまったザフトが士気を維持できているのも、この2人の存在が大きい。
コンサートが終わり、再び人々が動き出したガルナハンの街で、アスランもまた歩き出す。
彼もまた、休みを貰っていたのだが……しかし、こんな小さな街ではやることもない。
ミネルバに戻ろう、と彼が身を翻そうとした、その時だった。
「……あッ、いたいた! アスラーン!」
「……み、ミーア!?」
そう、大声を挙げて手を振っていたのは、アスランも良く知る黒髪の娘。
何やら不自然なコートを着て、ハイヒールを鳴らして駆け寄ってくる。
「あたしのライブ、見てくれましたかぁ!? 上からはちゃーんと見えましたよ、アスランの赤い軍服♪
あ、他にも赤いのが、2人いましたねー☆ あの2人ってひょっとして、付き合ってるんですかぁ?」
「こ、こらミーア、声が大きい! 正体バレたらどうするんだ!?」
開けっぴろげなミーアに対して、アスランは気が気でない。
周囲を見回し、誰も注目してないことを確認すると、彼女を人気のない路地に引っ張り込む。
- 176 :隻腕13話(12/21):2005/11/13(日) 19:14:59
ID:???
「……全く。声は『そのまんま』なんだから、もっと気をつけろよ。
それにしても、やけに早く着替えたな? ついさっきまで歌ってたってのに」
「んー、カツラ取って、メイク落としでちょっと顔拭いただけですからー。この下は、ホラ♪」
「ぶッ!!」
ミーアは何も恥じることなく、コートの前を開けて見せる。下に着てたのは、さっきまでのステージ衣装。
素顔と、羽織ったコートと、きわどいレオタードの組み合わせが妙に卑猥で、アスランは慌てて目を逸らす。
「ば、バカッ! は、早くしまえって!」
「むーっ☆ もっとあたしのこと見て下さいよー。婚約者でしょ?」
「婚約者だったのはラクスだ、ミーアじゃない! それに、アイツはもう……!」
「そーでしたね。アスラン捨てて、別のオトコと一緒に、田舎の孤児院に引き篭もっちゃったんですよね?」
慌てるアスランを、挑発的にからかうミーア。
彼女が何気なく言った一言で、アスランの雰囲気は一変するが……ミーアはそれに気付かず言葉を紡ぐ。
「ひどいですよねー、ラクス様って☆ あたしがラクス様だったなら、ちゃんとプラントで頑張ると思うのに♪
あと、なんでアスラン捨てて浮気するかなー? いくら英雄って言っても、裏切り者の元連合兵なんて……」
「…………おい、ミーア」
「え?」
ドンッ!
唐突に、アスランはミーアのコートの襟元を捻り上げて。彼女を近くの壁に叩きつける。
壁に押し付けるような形で、彼女を吊るし上げる。厳しい表情。
「キャッ! ……ちょ、ちょっと、アスラン!?」
「……誰に聞いた。そのこと、どこで聞いた」
戸惑うミーアを射抜くアスランの目は、強い怒りに燃えていて。底冷えする低い声で、ミーアを問い詰める。
「……ラクスとキラが、孤児院で働いていることを知ってる者は、限られている。
俺やカガリといった、ごく親しい数人だけのはずだ。
それこそ、議長だって知らないことだぞ!? 俺にはっきり『知らない』と言っていたんだぞ!!
なのに――何故キミが知っている! 一体どこで、誰に聞いた!」
「そ、それは、その……!」
「回答次第では――タダでは済まさない。生半可な嘘で誤魔化せるとも思うな」
見た事もないようなアスランの剣幕に、ミーアは竦みあがる。
頭の中に、グルグルと「あの時」の記憶が蘇る。生きた心地もしなかった誘拐未遂事件。
雨宿りをしながらマユと過ごした1時間。「あたしが言ってたってことは、秘密だよ?」と念を押す少女の笑顔。
――しかしアスランの怒気に押されたミーアは、ついに、口を開いてしまう。
「あ、あのね、それは……この間、誘拐された時に――」
- 177 :隻腕13話(13/21):2005/11/13(日) 19:15:48
ID:???
- ――タケミカズチ艦内、応接室。すっかり冷めてしまった紅茶。
「残念ながら――私も今のラクスさんとは接点がないわ。孤児院にいたはずだ、としか」
「そうか……」
「何かあったの?」
ミリィの言葉に、カガリは落胆を隠せない様子で。
「いやな、ここに来る途中、ザフト艦にいた『ラクス』と対峙したんだが……なんというか、違ったんだよ」
「違う、って?」
「顔も声も、確かにラクスだ。だけど……雰囲気といい、言ってることといい、まるで別人だ。
誰かに洗脳でもされたのか、それとも、『そっくりさん』の演じるニセモノなのか……
それこそ、別の教育受けたクローンだ、と言われても納得してしまうような感じだった」
「…………」
「ま、私もラクスの全てを知ってたわけじゃないからさ。
アイツに、私の知らない一面があっただけなのかもしれないが、それでも……な。
なんというか――裏切られたような気分だよ。誰が裏切ってくれたのかは、まだ分からないけれど」
しみじみと、カガリは溜息を吐く。
「バルドフェルドさんやマリュー艦長は何て言ってるの? 確かあの2人が『連絡係』よね?」
「虎とマリューは……例のフリーダムの騒動で、姿を隠したっきり。連絡も取れない」
「アスランは? ずっとオーブにいたんでしょ、彼も? なんかTVに出てたけど」
「アイツには、私から頼んでプラントに戻ってもらった。
そっちからも便りがないから……きっと余裕がないのかな」
「そっか。一応貴女なりに努力した上での相談なわけね」
「ああ。正直言って、八方塞がりでね。微妙な話だから、オーブの情報部も動かしたくはない。
私としては『3SAFA』の仲間に力は貸しても、力を借りる気はなかったんだが……」
「……わかったわ。私もちょっと、調べてみる。何か分かり次第、連絡するわ」
「すまないな。こういう立場になってしまうと、簡単には動けなくて」
カガリはミリアリアに頭を下げる。と、何かを思い出したように、顔を上げて。
「ま、こっちはコレでいいとして――さっきミリィが言いかけてたのは、何だ?」
「ああ、アレね。そう、ちょっと警告しとこうと思って」
「警告?」
眉を寄せるカガリに、ミリアリアは膝を摺り寄せて。真剣な表情で、その名を口にする。
「今、スエズには要注意人物が来てるわ。大西洋のメディア界の大物、ロード・ジブリール――
貴女が直接何かされることはないと思うけど――くれぐれも、気をつけて。
真実を伝えるジャーナリストとは対極に位置する、情報を操作しヒトの心を惑わす『魔術師』だから――!」
- 178 :隻腕13話(14/21):2005/11/13(日) 19:17:32
ID:???
- ――スエズ基地の、一室で。
マユは、その『魔術師』とも評された男と、向き合っていた。
カガリやミリィ同様、応接室のような一室――ただし、その調度類は、いささか豪華で。
セイラン家での生活で多少の贅沢には免疫の出来たマユも、ちょっとばかり萎縮する。
「ああ、緊張しなくても良いのだよ、フリーダムのパイロット殿。リラックスしてくれたまえ」
「あの……あたしに、何の用ですか?」
目の前の男はにこやかに微笑むが、マユとしては居づらくて仕方がない。
助けを求めるように、同行してきたネオに視線をやるが、彼は無表情に壁沿いに控えたまま。
ソファに座ろうともしない。大きすぎ、柔らかすぎるソファに、マユは居心地悪く何度も座りなおす。
「まずは自己紹介せねばなるまいね――ワタシの名前は、ロード・ジブリール。
『大西洋広域放送』を始めとして、いくつかの新聞・テレビを所有する――いわゆる、テレビ屋だ」
「ロード・ジブリール……」
その名はマユも聞いたことがあった。反コーディネーター寄りの報道を繰り返す一大グループの長として。
彼らのグループはオーブにも支社を出していたが、正直、あまり評判は良くない。
しかしまさかその支配者が、こんなに若く、こんなに線の細い、中性的な雰囲気の男だったとは……
テレビ屋、という粗野な自称も似合わぬ貴族的な男。イメージとの違いに、マユは少し混乱する。
「あ、あたしはマユ・セイランです。オーブ軍でフリーダムに乗ってる……」
「知っているよ。しかし――ワタシの記憶が正しければ、ウナト氏には娘も愛人もいなかったハズだがね?」
「…………」
「まあ、いい。今日キミを呼んだのは、そんなツマラナイことを聞くためではないのだよ」
黙り込んでしまったマユを、含みのある笑みで見やって、ジブリールは本題を切り出す。
リモコンを操作して、壁面にあったモニターに1枚の写真を映し出す。
マユははッとして、ネオの顔とその映像を見比べる。
ネオ・ロアノークは相変わらず仮面に表情を隠し、彼の感情は全く伺えない。
「ネオとは、古くからの知り合いでね。だからこの写真も、ワタシが真っ先に手にすることになった。
さて、マユ・セイラン――この写真の意味、詳しく話してくれないかね?」
そう、その映像は、マユが携帯で撮った「ラクスの装束を着たミーア」の写真。出来心でネオに渡した映像。
ジブリールの、蛇のような視線を真っ向から受けて――
マユは、自分が「友人」ミーア・キャンベルに対して行った「裏切り」を、早くも後悔した。
- 179 :隻腕13話(15/21):2005/11/13(日) 19:18:46
ID:???
- ――ガルナハンの街の、乾いた路地裏。ミーアの話を聞いたアスランは、腕を組んで考え込む。
「……秘密ですよ? アタシが言ったってことは」
「ああ、分かってる……」
アスランの厳しい追求に、それでもミーアは可能な限りマユの情報を伏せようとした。
伏せようとしたが……それでも、孤児院やラクス・クラインに関わる話は余すところ無く聞きだされ。
ミーアが隠し通せたのは、せいぜいマユの本名と、マユが孤児院に入る以前の事情くらいのものだった。
「……そうか……セイランの娘、どこから沸いてきたかと思ったら、孤児を養子にしたわけか……」
「あ、アタシは何も言ってませんよ!? あの子の名前とか、立場とかッ! 秘密にするって約束だしッ!」
「あのなぁ。俺もオーブに居たんだよ。『フリーダムに乗ってる女の子』って言われたら、大体わかる」
いまさら慌ててみせるミーアに、アスランは溜息をつく。彼女の様子に、それ以上突っ込む気力が失せる。
……アスランは、知らない。自分が追求の手を緩め、聞きそびれてしまった数々の事実、その重要性を。
――彼は後に、ここでミーアをもっと厳しく問い詰めておかなかったことを、激しく後悔することになる。
「お、いたいた! おーい、ミーア!」
「あ、ハイネ!」
アスランの思索は、遠くからかけられた声に遮られた。見れば、路地に入ってくる、一人の赤服の男。
その顔はアスランにとっても初対面ではない。東インド諸島で一度会っている、一部隊の長。
「……っと、アスランも一緒か。そーいや久しぶりだもんな、お前ら2人も」
「お久しぶりです、ハイネ隊長。お元気でしたか?」
「『隊長』なんていいよ、ハイネでいい。……ま、俺は元気だけどさ、部下が3人も病院送りにされちまった。
そのうえミーアの護衛も首になって、こんな辺境で拠点防衛。まったく、やってられないよ」
大袈裟に肩を竦めて見せる、ハイネ・ヴェステンフルス。大いに嘆きながらも、どこか仕草が芝居臭い。
と、何かを思い出し、ミーアの方に声をかける。
「……あ、そうだ。ミーア、なんかサラさんが『ラクス様』を探してたぜ? まだ仕事残ってるみたいだったぞ」
「げッ!? や、やっばー……! あ、ありがとハイネ! じゃ、アスランさん、また今度ッ♪」
見るからに顔色を変え、慌てて走り去るミーア。何事にも物怖じしない彼女も、サラのことだけは苦手らしい。
その背中を見送って、2人の男はようやく互いの顔を見合わせる。
「……ハイネも、ミーアの正体を知ってるんですね」
「ああ。奴は元々、ウチの隊の部下だったからな。ああ見えても、結構パイロットとしての腕はいいんだぜ?
槍だったか、棒だったかを持たせたら、生身の戦闘もかなりのモンだし。自分の身はちゃんと守れる。
――ま、こないだは、それで失敗したわけだが。奴の正体……バレてなきゃいいんだけど」
- 180 :隻腕13話(16/21):2005/11/13(日) 19:20:13
ID:???
- ――スエズ基地。
「……なるほどね、良く分かったよ。キミのお陰で、この戦争はより早く終るかもしれないな。
もしそうなれば、キミはザフト兵を千人殺すにも勝る戦果を、上げたことになる」
「…………」
「実に、素晴らしい戦果だよ」
長い足を蜘蛛のように組んだジブリールは、満足そうに頷く。
褒められたマユは、しかし自責の念と居心地の悪さに、晴れない顔で俯いたまま。
あれから小一時間――
可能な限り、あの日の出来事を隠し通そうとしたマユだったが、しかしジブリールの話術は巧妙で。
おだて、あおり、先読みし、カマをかけ。時に「キミは戦争が終らずとも良いのか!」と叱責し。
抵抗も空しく、ほとんど全ての事実関係を聞き出されてしまっていた。
偽ラクスのことのみに留まらず、自分の生い立ちから、孤児院の真のラクス・クラインの様子に至るまで――
マユがなんとか隠し通せたのは、せいぜい偽ラクスの本名「ミーア・キャンベル」くらいのものだった。
「確かに違和感はあったのだよ。我々とてこの2年、姿を消した『ラクス・クライン』を探していたのだ。
それを、デュランダル如きに出し抜かれ、あのように利用されるのはどういうことかと思っていたが……
アレがニセモノで、本物はマルキオの奴が匿っていたとなれば、全て納得だ。全て辻褄が合う」
「あ、あの……導師様のこと、ご存知なんですか?」
ジブリールの言葉に、マユはひっかかるモノを感じた。
あの温厚な盲目の導師を良く知るような彼の口調に、思わず問いかける。
「マルキオは――アレは、危険な人物だよ。ある意味、ワタシよりも危険な人物だ。
奴はね、『平和』のためなら何でもするのだ――『平和』のためなら、手段も、目的さえも選ばん。
無視しきれぬほどの力とコネクションを持つクセに、次に何をしでかしてくれるのか、全く読めん。
あの、誰が見ても長持ちしそうになかったユニウス条約、アレの強引な締結にも、奴の力が関わっていたのだ。
ラクス・クラインも――有名人とはいえ、所詮は小娘1人。世に知られぬよう匿うくらい、苦でもあるまい」
「……導師様って……そんな凄い方だったんですか……」
マユは嘆息する。自らを危険人物と告白するジブリールに突っ込む余裕もなく、嘆息する。
確かに孤児院も留守にしがちで、偉そうな人々が頻繁に訪れ、夜中まであちこちに電話していたが……
当時は、そんな大物だとは夢にも思わなかったのだ。
「ま、マルキオのことなど、今はどうでも良い。
マユ・セイラン、キミのもたらしてくれたこの情報、大事に使わせて貰うよ。
そのために――1つ、約束だ」
「約束……ですか?」
- 181 :隻腕13話(17/21):2005/11/13(日) 19:21:22
ID:???
- 「そう、約束だ。
キミが今、ワタシに向かって喋ってくれた、ラクス・クラインに関するこの話――
そして、今日ここでワタシと会い、この話をしたという事実そのもの――
これらを、秘密にして貰いたい。誰にも喋って欲しくないのだ。
ラクス・クラインに関するこの情報、タイミングを見計らって明かしてこそ、価値あるものだからね。
どこかからウッカリ漏れてしまう危険性を、可能な限り排除したいのだよ」
「……分かりました」
マユは気乗りしない様子で、しかし頷いて。そんなマユの前に、ジブリールは手を差し出す。
フレンドリーに、握手を促す仕草。信頼を示す動作。あくまでにこやかに、あくまで紳士的に。
「何度でも繰り返そう。コレは、実に立派な戦果だ。
キミが落ち込む必要なんかない、胸を張って良い――ワタシとの『約束』を守る限りにおいては」
――マユが去った後。
ジブリールたちが居た応接室、そこに隣接した洗面所に、水音が響く。
鏡の前、顔を歪めて神経質そうに手を洗うのは、ジブリールその人。
先ほどまでの余裕も風格もかなぐり捨て、病的な潔癖症を剥き出しにして、洗い続ける。
「……ったく、なんだかなァ。ねぇ盟主殿、そんなにイヤなら会わなきゃイイじゃないですか」
呆れた声を上げるのは、ジブリールの後ろ、壁に背を預けるネオ・ロアノーク。
なおも執拗に流水に手をさらす彼は、鏡越しに仮面の男を睨みつけ、怒鳴りつける。
「仕方があるまいッ! 憎っくきコーディの情報を持つのが、他ならぬコーディの小娘だと言うならッ!」
「コーディネーターが嫌いでも、触るのも嫌ってのはどういう感覚なんですかねェ」
「貴様には分かるまいよ。本来なら、同じ空気を吸っていることさえ耐え難い事なのだ」
「嫌がる気持ちまでは、まあ想像つきますがね。別に、遺伝子操作が感染するってわけでもあるまいし」
「フンッ! 実害はなくともな、『ケガレ』は感染るのだよ!」
ようやく水を止め、ふやけきった手を――マユと握手した手を、丁寧にタオルでぬぐう。
何度もタオルを換え、一滴の水さえ許さんとばかりに手を拭いていた彼だったが――ふと、部下の沈黙に気付く。
「――どうした、ネオ?」
「遺伝子弄ったコーディネーターが『ケガレ』だと言うなら……俺は一体、どうなります?
盟主殿もご存知でしょう? 俺はある意味、奴ら以上の――」
「気にするな。オマエは別格だよ」
珍しく気落ちした様子のネオに、ジブリールはニヤリと笑う。
振り返り、ネオの胸を軽く拳で叩く。
「オマエの存在は、むしろ祝福だ。奴らの行き詰まりを体現する、蒼き清浄なる世界の生んだ奇跡――
だからこそ、オマエはワタシの下にいる必要があるのだよ」
- 182 :隻腕13話(18/21):2005/11/13(日) 19:22:22
ID:???
――ガルナハンの街が、揺れる。
地響きを立てて、枯れ谷を埋め尽くしていたMSたちが、動き出す。
バクゥ、ガズウート、バビ、ディン、ゲイツR。ホバーで動く、大型の陸上戦艦の姿もある。
それらが一斉に、南へ向かって。
「攻撃部隊のみなさーん! 頑張って下さいねー!」
空中にホバリングするグゥルの上、桃色のザクの手の平の上で、桃色の髪の歌姫が手を振る。
去り行くMSたちも、あるものは拳を突き上げ、あるものは銃を振ってアイドルの応援に応える。
一気に兵士の数が減り、がらんとした街の中で。
進軍する部隊の背中を眺める、2人の姿があった。
「……俺もアッチに参加したいな。なんで俺たちは後方なんかに」
「シン……あんた、あんな激しい戦闘した直後だってのに、まだ戦いたいの?!」
戦闘の気配にうずうずして仕方ないシンと、呆れてその横顔を見上げるルナマリア。
と、そんな2人の背後に近づく2人の、これも赤服。
「……軍にはそれぞれ、役割ってものがあるんだよ、シン」
「そーそー。それにさ、あいつら勝ち目薄いと思うぜ? あんたらがここに残されてる、ってことはさ」
「アスラン! それに……ハイネ、さん」
「ハイネでいいよ」
アスランとハイネ、2人はシンとルナマリアに並ぶ位置まで近づき、一緒に遠ざかる部隊の背中を眺める。
地上部隊の姿は既に入り組んだ渓谷の影に隠れ、上がる土煙で大体の位置が分かるだけ。
「勝ち目ないって……それ、どういうことです?」
「あいつらはさ――そもそもは、このガルナハンを『落とし損ねた』部隊なんだよ。
結局ミネルバが落としてくれたけど、それって連中にとっちゃ面目丸潰れでさ。
あのスエズ攻撃計画だって、名誉挽回を狙って、連中が強引に上層部から許可取ったわけだが……
もし、軍上層部が完勝できると踏んでたなら、ミネルバを参加させないわけがない」
「……??」
ハイネの言葉に、シンもルナマリアも首をかしげる。アスランだけが、どこか疲れたような表情で。
「つまりな……俺も含めて『ミネルバ』というのは、今やザフトの『看板』なんだよ。
シンは、アカデミーをトップで卒業した有望なエース。
レイも、シンとほぼ同成績のNo.2。
ルナだって、ザフト全軍でも史上3番目という女の赤服だ。
そして、俺、アスラン・ザラも……」
「前大戦のエースで、パトリック・ザラの息子で、父親の暴走止めた英雄、だもんな」
「……否定はしないよ、ハイネ。
少なくとも、そういう風に見られているから、わざわざミネルバに配属されたのだろうしな」
- 183 :隻腕13話(19/21):2005/11/13(日) 19:23:31
ID:???
- 「……じゃ、何? あたしたちって……?」
「戦意高揚のためには、分かりやすい『英雄』が求められるのさ。
オレのハイネ隊とか宇宙のジュール隊みたいに、既に自分の隊を持ってる奴らを除外すれば……
ミネルバ隊ってのは、今のザフトで考えうる限り最高の『ドリームチーム』だからな。
機体だって、最新鋭のワンオフ機2機に、最新鋭の量産機2機、しかもパーソナルカラーだ」
「で……そのドリームチームに、華々しい戦果を上げさせて、大々的に報道する。
すると味方の士気は上がり、敵の士気は落ちる、と。そういうカラクリさ」
「……あんまいい気分はしないッスね、それって」
「見方を変えれば、期待されてるってことさ♪」
ガルナハンを出て行った部隊の姿は、もう見えない。
4人は誰からともなく向きを変え、街の中を歩き出す。
「あいつらの作戦、悪くないと思うんですけど……」
「オレもそう思う。そして連中の作戦通りに進めば、スエズは落ちる。ミネルバが参加するなら、なおさらだ。
けど、そうさせないってことは……上層部は、何か不安要素を掴んでいるのかもな」
「不安要素、って?」
「さぁ? 攻撃隊にもソレは伝えられてるハズだから、判断の分かれる内容ではあるんだろうなァ。
例えば……戦力を評価しづらい援軍がいる、とか」
連合軍側の、スエズ基地への援軍――
4人の脳裏に、揃ってある国の艦隊が思い浮かぶ。しばしの沈黙。
街から消えたのは攻撃に参加する兵士だけではなかったようだ。工兵隊も陣地構築の仕事に入ったらしい。
巨大なビーム砲らしき機械が、輸送用ヘリコプターに吊り下げられ、どこかに運ばれてゆくのが見える。
砕岩用のドリルや、太いエネルギーコードを抱えたワークスジンたちが、それを追うように歩いてゆく。
それを見るとも無く見上げながら、ハイネが再び口を開く。
「この街の防衛は、俺たちハイネ隊が中心になってやることになったけど……この後ミネルバはどーすんの?」
「ディオキアの街まで『ラクス・クライン』を護送し、ヒルダ隊に護衛役を引き継ぐ、としか」
「ずーっと戦いっぱなしだったから、そこで長めの休暇もらえるらしーけど……別に休みなんて貰ってもなァ」
「ちょっと、シン! せっかくの休みなんだから、もっと喜んでよ、もうッ!」
恋人との時間よりも戦いを欲するシンの態度に、頬を膨らませるルナ。
アスランは、そんな2人のやりとりを眩しそうに、どこか羨ましそうに見やって……
ハイネは、そんなアスランの様子に、少しだけ眉を寄せた。
- 184 :隻腕13話(20/21):2005/11/13(日) 19:24:30
ID:???
- ――スエズ基地、港湾部。タケミカズチに戻ってきたマユは、カメラマン風の娘とすれ違う。
軍の空母では見慣れぬ私服姿に、思わず目で追いかける。
「お、マユ! どこ行ってたんだ?!」
「あ、カガリ……」
ちょうど、ミリアリアを見送りに出ていたカガリが、マユに声をかける。
マユはしかし、いつもの元気の欠けた覇気のない姿で、力なく応える。
「……別に……ちょっと、基地の中を散歩してただけ」
「そっか。なんか元気ないぞ、体調でも悪いのか?」
「そんなこと、ないけど……」
マユは短く答えただけで、通り過ぎようとして。
そのまま見送ろうして――ふと何かを思い出したカガリは、その背に声をかける。
「ああそうだ、マユ。いくらでも散歩してくれていいんだけどさ」
「何?」
「くれぐれも、言動には気をつけてくれよな。
なんか今、スエズ基地には『ジブリール』って奴が来てるそうだから」
「ジブリー……ル?」
「そう。マユも知ってるだろ? 例のブルーコスモス的な言動の目立つテレビの。
マユなんかはコーディネーターだから、目をつけられたら厄介だしな」
「……………」
思わず黙り込むマユ。流石に不審を抱いたカガリが、声をかけようとしたその時――
タケミカズチの中に、そしてスエズ基地に、警報が鳴り響いた。
――モビルスーツの出現は、戦争のあり方を大きく変えたと言われる。
戦闘力。大型の工作機械も兼ねられる柔軟性。MAには不可能な高い格闘戦闘。
しかし、それにも増して大きかったのは――その、進軍速度である。
単純な最高速度なら航空機やMAに劣るが、しかし敵地に斬り込んで行く能力で言えば。
前衛・支援砲撃・空戦・防空。全ての戦闘を、MSのみで行えるMSなら。
それ以前の時代の混成部隊以上のスピードで、進軍することができる。
いわゆる、『電撃戦』を、さらに圧倒的な速度で、より少ない戦力で、行うことができるのだ。
コスト的な問題を抱える地上戦艦なども、まさにその速度について行くことを目的に採用されたものだ。
そして、ガルナハンを破ったザフト軍は、その速力を存分に活かし、一気にスエズに迫っていた。
途中の小規模な連合軍部隊を蹴散らし、細かい陣地や街は占領すらせずに通り過ぎ。
目標はただ1つ、スエズ基地。それも占領は考えてもおらず、基地機能の破壊が目的。
港、空港、宇宙港……それらの機能を喪えば、このあたり一帯の戦力バランスは大きく崩れることになる。
攻撃部隊は、スエズ基地の防衛体勢が整いきる前に、強烈な一撃を加えんと――
- 185 :隻腕13話(21/21):2005/11/13(日) 19:25:37
ID:???
「間もなくスエズです。斥候のディンの報告では、小規模な部隊が出ているものの、まだ混乱しているようだとか」
「よし。このままゆく……ぞ……」
副長の報告を受け、勢い良く頷きかけた地上戦艦の艦長は、途中で言葉に詰まる。
遮るものなき乾いた大地の上――偵察用ディンが打ち落とされ、無数の影がスエズの上に湧き出してくる光景に。
航空機のようなシルエットを持つ無数の量産機、ムラサメ。
それらを率いて飛ぶ、ストライクルージュ。
天駆ける緑の鷲、カオス。大地駆ける黒い豹、ガイア。翼を広げ飛ぶ、紫のウィンダム。アビスは後方に控えて。
そして――10枚の蒼い翼を広げて先頭に立つのは、オーブの守護神、フリーダム――
そう、スエズまでの航海の最中、常に不意の遭遇戦の緊張に晒されていたオーブ軍は。
ローエングリンゲートに全幅の信頼を置き、いつしか安心に慣れていたスエズ駐留軍よりも、素早かった。
混乱する連合軍をよそに、即座に戦闘態勢に入った彼らは、そのままザフトの部隊と交戦に――!
――混乱続くスエズ基地の、空港で。
ジブリールはしかし、悠々と小型ジェット機に乗り込む。
スエズの士官が、血相を変えて小型機の戸に手をかけ、ジブリールに呼びかける。
「ジブリール様、危険過ぎます! ここは一旦シェルターに避難して頂いて……」
「あいにく、この先も予定が詰まってるものでね。こんなところで穴蔵に篭ってるヒマはないのだよ。
今日のうちにはロンドンに着いてなければならんのだ。それに……」
対照的に落ち着き払った態度で、彼は遠くに見えるビームと爆発の閃光に目を細める。
「オーブ軍とファントムペインが出たなら、もう勝負はついたようなモノだ。
あの国のお姫様は、バカがつくほど真面目な性分だからね。頼まれずとも手を抜くことはあるまい。
キミたちも、せいぜい連中を上手く使うんだね。
こうなってしまった以上――ミネルバを見逃がした彼らに、ガルナハンのツケを払って貰っても良いだろう」
遠くでは、フリーダムが奮戦している。ムラサメ隊が、バビたちと激しいドッグファイトを繰り広げる。
動き出した飛行機の中からその姿を眺め、彼は静かに笑う。
「毒には毒を。せいぜい頑張ってくれたまえ、マユ・セイラン。そしてオーブ軍の諸君。
キミらが何を願って戦うのかは知らんが、利用させてもらうよ。蒼き清浄なる、世界のために――」
ジブリールを乗せた小型機は。マユたちの想いとは真っ向から反する巨悪を乗せた小型機は。
命がけで戦う彼らを横目に、蒼く深い空の彼方に消えてゆく――
第十四話 『 タンホイザーを討て! 』 につづく